【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第68話 襲撃

 警報音が、陰陽庁の建物全体を震わせていた。

 

 長官室を飛び出した安倍蓮と安倍紅は、非常階段へ向かって駆ける。

 

 エレベーターは緊急停止しており、使えない。怪異が出現したのは、一階、三階、そして地下の保管区画。最上階にいた二人は、近い場所から順番に対処することにした。

 

「怪異が三十体。それに、爆弾を持った人間まで入り込んでるなんて……随分と派手な襲撃ね」

 

 階段を駆け下りながら、紅が口を開く。

 

 

「実績としては申し分ないな。ただ、気になるのは人間とモンスターが同時に侵入してきたことだ。これは協力関係にあるってことか?」

「……それはわからないわね」

「共存は不可能だろうからな。人間が操られてると考えるのが普通か」

 

 

 

 

 軽口を叩く二人だが、その速さは凄まじい。常人にはあり得ないほどの速さで、怪異と人間のもとへ走る。そして、階下から何かが壁へ叩きつけられる重い音が響いた。

 

 続いて、陰陽術が発動する気配。しかし、その直後には苦痛に満ちた叫び声が聞こえてくる。

 

 

 

「三階にはもうモンスターが来てる。ガンガン倒して経験値を集めて、下に向かう」

「わかったわ」

 

 

 

 三階へ続く扉を開けた瞬間、濃い血の匂いが二人を襲った。廊下の床には、何人もの職員が倒れている。

 

 まだ僅かに動いている者もいたが、すでに息絶える寸前の者も混じっていた。壁には赤い飛沫が広がり、天井の照明も半分ほど砕かれている。

 

 書類や机が散乱する廊下の奥。

 

 そこに、一体の怪異がいた。

 

 蜘蛛に似た胴体、人間の腕ほどもある八本の脚。そして、胴体の中央には老人の顔が埋め込まれている。

 

 

「カエシテ……カエシテ……」

 

 老人の口から黒い泡が零れ落ちる。怪異の目の前で、若い女性職員が腰を抜かしていた。

 

 逃げようとしているが、片足を深く切られている。床を這うように後ずさりしたものの、背中が壁にぶつかり、それ以上動けない。

 

 

 

「嫌……やめて……」

「カエシテ……オマエノ、イノチ……」

 

 

 

 怪異――返蜘蛛(かえしぐも)が、鋭く尖った脚を振り上げた。狙うのは女性の胸。

 

 その一撃が振り下ろされる寸前。

 

 

水縛(アクアトラップ)

 

 紅の指先から放たれた水流が、返蜘蛛の脚に絡みついた。水流が蜘蛛の巣のように絡まり、返蜘蛛の動きが止まる。

 

 

「ギ、ギギ……!」

 

 

 怪異が抵抗し、水の拘束を引き千切ろうとする。

 

「蓮」

「分かってる」

 

 蓮が紅の横を駆け抜けた。返蜘蛛との距離が一瞬で消える。

 

 そして、剣を抜くのと同時に、赤い炎が刀身を包んだ。次の瞬間、返蜘蛛の胴体が上下に分かれた。

 

 

「カエ……シ……」

 

 

 最後まで言葉を発することはできなかった。切断面から炎が広がり、怪異の全身を内側から焼き尽くしていく。やがて肉体が黒い霧となり、空気に溶けるように消滅した。

 

 封印ではない。怪異の存在そのものが、この世から失われた。

 

「……え?」

 

 壁際にいた女性職員が、目を見開いた。怪異がいない。封印したわけでもなく、術で縛られているわけでもない。霊力の気配さえ残っていなかった。

 

 

 

「今……何を……?」

「モンスターを倒しただけだ」

 

 

 蓮は何事もなかったように剣を下ろす。

 

 

 

「怪異を……倒した? 噂は本当だった……?」

 

 

 

 女性は、その言葉を理解できないようだった。陰陽庁で働く以上、怪異についての知識は持っている。

 

 

 

 怪異は倒せない。

 封印するしかない。

 

 

 

 それは、子供に火に触れるなと教えることと同じくらい、疑う余地のない常識だった。

 

 その常識が、目の前でたった一太刀によって覆されてしまった。

 

 

 

「足を見せてください」

 

 

 紅は女性の前へしゃがみ込む。傷は深いが、命に関わるほどではない。

 

 

「蓮、治せる?」

「あぁ。最近覚えたしな、回復(ヒール)

 

 

 

 淡い光が女性の足を包む。裂けていた皮膚がゆっくりと繋がり、流れていた血が止まっていく。

 

 

 

「治癒の陰陽術まで……? しかも、狩衣でもなく、言霊もなしに?」

「魔法だ」

「え?」

「気にしないでください。弟独自の呼び方なので」

 

 

 

 紅が女性を支えて立ち上がらせた。

 

 

 

「上の階へ避難してください。今のところ、怪異の気配はありません」

「は、はい……」

 

 

 

 女性は数歩進んだところで立ち止まり、振り返る。蓮はすでに廊下の奥を見ていた。

 

 まるで、先ほどの怪異を倒したことなど大した出来事ではなかったかのように。

 

 

 

 

「あの動画……本物だったんだ……」

 

 

 

 

 

 女性は小さく呟き、非常階段へ向かった。そして、その女性と別れた二人は三階に潜むほかの怪異と対峙した。

 

 

 

 濡れた長い髪で全身を覆う女。

 頭部が巨大な鐘となっている異形。

 腹部に何人もの乳児の顔を持つ大男。

 

 

 

「三体」

「右の二体はワタシがやるわ」

「左の三体はオレがやる」

「それじゃ、全部蓮が倒すことになるじゃない。いいから、無理しないで」

「早い者勝ちだろ。経験値は」

「これは競争じゃないって」

 

 

 

 

 話を早々に切り上げた蓮が先に踏み込んだ。濡れ髪の怪異が両腕を広げると、髪が生き物のように廊下へ広がっていく。

 

 

 触れれば、皮膚だけでなく骨まで断ち切られるだろう。だが、蓮は避けなかった。

 

 刀身に炎を纏わせ、正面から髪を焼き払う。そのまま怪異の懐へ入り、首を斬り落とした。

 

 速い。

 

 陰陽師が見れば、術を発動する暇すら与えられない速度。濡れ髪の怪異が霧散した直後、鐘頭の怪異が頭部を大きく振った。

 

 ゴォン――。

 

 重低音が廊下を揺らす。衝撃が蓮の鼓膜を打ち、耳から僅かに血が流れた。その一瞬を狙い、腹部に乳児の顔を持つ大男が拳を振り上げる。

 

 

 

 

「すばやさが足りねぇぞ」

 

 

 

 蓮は大振りの拳を、紙一重で回避した。しかし、それで怪異側の攻撃が止むわけではない。

 

 

 

「オギャアアアアア!」

 

 

 

 腹部の乳児たちが、一斉に泣き叫ぶ。再び蓮の鼓膜を攻撃しようとするが、その怪異は泣き声を攻撃に変えるより先に、蓮に斬られていた。

 

 

 その泣き声は攻撃ではなく、体を断ち切られた痛みの表れだった。

 

 

 そして、それと同時に紅は大男の怪異の腕を切断した。剣を軽々と扱い、そのまま刃を返して胸を貫き、そこから大量の炎を体内へ流し込んだ。

 

 

 

 

 この時点で、二体の怪異が完全に消滅した。残った鐘頭の怪異も、ただうるさいだけの木偶にすぎない。蓮がそのまま炎で焼き尽くし、戦闘を終える。

 

 そのまま二人は次なる場所へ向かうために、歩みを進めた。耳の傷を回復させて、次の怪異の気配を探る。

 

 

 

 

「……嘘だろ」

 

 

 

 そして、そこから少し離れた曲がり角。そこには、数名の陰陽師が立っていた。三体の怪異を封印するため、急いで集まった者たちである。

 

 全員、息を切らしながら狩衣に身を包み、符や封印具を手にしていた。しかし、到着した時には戦いが終わっていた。

 

 

 

 

「俺たちは……三体を封印するために、六人で来たんだぞ」

 

 

 一人の陰陽師が、掠れた声を漏らす。

 

 

「結界を張って、動きを止めて、そこから一体ずつ封印する予定だった。それでも誰か死ぬかもしれないって……」

 

 

 

 その隣の陰陽師は、怪異が消えた場所を見つめている。残留する霊力を確かめるために印を結ぶが、反応はなかった。

 

 

 

「いない……本当に、消えてる」

「封印されてるんじゃないのか?」

「違う。封印なら、霊力の繋がりが残る。これは……完全に消滅してる」

 

 六人の陰陽師たちが、蓮と紅を見る。信じられないという感情が、その顔にはっきりと表れていた。

 

 

 

 しかも、二人には怪異を倒した疲れすら見えない。陰陽師たちの驚愕は、さらに深まっていく。

 

 怪異を倒した。それだけでも信じ難い。なのに、二人は怪異三体を相手にして、平然とした表情で次の場所へ進もうとしている。

 

 一人の若い陰陽師が、思わず聞いた。

 

 

 

「あ、安倍さん……さっきの動画は、本物だったんですか?」

 

 

 

 二人が足を止めて、紅が彼を見る。

 

 

 

「はい。ワタシ達は怪異を倒せます」

「そんな……どうやって……?」

「詳しい話は後で。今は、まだ怪異が残っています」

「冒険者になれば分かる。そうだ、素晴らしい提案をしよう。お前も冒険者にならないか? 今募集中だ。陰陽師から転職すると、少し有利だぞ」

「蓮の言うことはお気になさらず。皆さんは、まず避難を」

 

 

 

 

 

 そう言って、二人はその場の陰陽師たちを残し、先へ進んでいった。

 

 

 

 

「安倍蓮って、あんな感じだったっけ?」

「もっと陰陽師にプライドとか持ってるイメージだったけど」

「変わったな。冒険者って」

「いやでも、俺も転職しようかな。あっちのほうが未来がありそうだし」

「給料いくらなんだろう」

「面接の準備とか、しとく? 冒険者の志望動機、考えるの大変そうだけど」

 

 

 

 その場に残された陰陽師たちは、さまざまな情報を一度に受け、混乱していた。

 

 

 

 

 

◾️◾️

 

 

 

 

 一階は、すでに戦場と化していた。

 

 受付は破壊され、自動扉のガラスも粉々に砕けている。壁には亀裂が走り、床の至るところに血が広がっていた。

 

 陰陽師たちは複数人で結界を張り、一体の怪異をどうにか押さえ込んでいる。

 

 

 

 

「結界を弱めるな!」

「封印補助の霊具を早く持ってこい!」

「無理です! 地下にも怪異が出ていて、人手が足りません!」

 

 

 

 一体を封印するだけでも、数名がかり。それでも怪異は暴れ続け、結界へ何度も体当たりをしていた。

 

 結界を維持する陰陽師の一人が、口から血を吐く。

 

 

 

 

「もたない……!」

 

 

 

 

 怪異が腕を振り上げた。結界に亀裂が走る。その場にいた全員が、崩壊を覚悟した瞬間。

 

 炎を纏った剣が、怪異の背中から胸まで貫いた。

 

 

 

「ギャアアアアア!」

 

 

 

 怪異が絶叫を上げる。蓮が剣を横へ振り抜くと、上半身が真っ二つに裂けた。

 

 

 

「な……」

 

 結界を張っていた陰陽師たちが、動きを止める。自分たちが命を削り、数分かけても封じられなかった怪異だった。

 

 それが、一撃。黒い霧となって消えていった。

 

 

 

「次の経験値は?」

 

 

 

 蓮が尋ねる。誰もすぐには答えられなかった。

 

 

 

 

「だから、他のモンスターの配置と数は?」

「え?」

「他のモンスターの配置と数は?」

「……え、も、モンスター? え? か、怪異のこと?」

「──他のモンスターの配置と数は?」

 

 

 

 

 

 蓮の体からは、膨大な霊力が溢れていた。さらに怪異を一瞬で倒すほどの強さを目の当たりにし、一般の陰陽師たちは凄まじい威圧感を覚えていた。

 

 

 

「あ、えっと、あっちに。そ、それと、人間のテロリストも、あ、あっちに」

「分かった」

 

 

 蓮は指された方向へ走り出す。陰陽師たちは、ただその背中を見送るしかない。

 

 

 

 

「俺たちが……あれだけ苦戦していた怪異を……」

「一撃?」

「いや、それより……怪異が、本当に消えたぞ」

「動画だけじゃなかった……」

 

 

 

 

 そう思ったそのとき、走り去ったはずの蓮が戻ってきた。

 

 

 

 

「言い忘れてた。お前らも冒険者にならないか? 今、仲間を募集してる」

「蓮、一旦あとでね」

 

 

 

 

 姉の紅に連れられ、蓮は今度こそ陰陽師たちのもとから姿を消した。残された者たちは、本気で転職を考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

──蓮と紅は走り続ける。

 

 

 

 

 すると、特徴的な霊力の気配にすぐ気づいた。そう、この場には怪異だけではない。爆弾を持った人間も入り込んでいる。白い衣服を身につけた人間たちが姿を現した。胸元には、金色の太陽を模した紋章。

 

 

 

「光は、明日へ」

「痛みは、救済へ」

「神は、間もなくお戻りになる」

 

 

 

 その口調と格好から、二人は彼らが先ほど陰陽庁長官から聞いた宗教団体【光の明日】の人間だと悟る。

 

 目の前の教団員たちは、同じような笑みを浮かべていた。

 

 

 中には銃を持つ者や刃物を握る者、さらには体に爆弾を巻きつけている者までいる。

 

 

 

 

「さっき聞いた【光の明日】で間違いないわね」

「あぁ、人間か」

「やりづらい?」

「経験値が少ないから、コスパがな」

「そう、まぁ、適当に捕縛しましょうか」

 

 

 

 一人の信者が、逃げ遅れた職員へ銃を向けた。

 

 

 

「神の邪魔をする者へ、救済を」

 

 

 

 引き金に指をかける。その前に、紅の水流が信者の腕を絡め取った。

 

 

 

「な……!」

 

 

 銃口が天井へ逸れる。発射された弾丸が照明を砕いた。

 

 

「蓮!」

「あぁ」

 

 蓮が一瞬で信者との距離を詰め、首筋へ手刀を叩き込む。信者の体が崩れ落ちる。

 

 

 

「人間は殺さないのね」

「聞きたいことがあるからな。それに、モンスターじゃない。やっぱり経験値のコスパとかもな」

「コスパね」

 

 

 

 しかし、別の信者が笑いながら胸元を見せた。

 

 ──爆弾。すでに赤いランプが点滅している。

 

 

 

 

「神のために!」

「面倒だな」

 

 

 蓮が手を向ける。すると、一瞬でその場の空気が凍りついたかのような悪寒が、人間たちの体を走る。

 

 

 

氷結の彫像(クロック・アート)

 

 

 

 信者は一瞬で巨大な氷塊に閉じ込められたかのように動かなくなった。信者は爆弾ごと凍らされ、まるで時間が停止したかのように動きを止めていた。

 

 

 その光景を見ていた職員たちは、声を失った。爆発寸前の爆弾を術で封じ込めた。それも、周囲の人間を一人も巻き込まずに。

 

 

 

「なんだ、今の術……」

「言霊も、霊具も使ってないぞ」

「いや、マジで……? 双子強すぎだろ」

「あれ、もうどっちが怪異か分からないな」

 

 

 

 

 

 もう、驚くしかなかった。その後も二人は怪異を淡々と片付けつつ、テロリストも完全に捕縛した。

 

 

 

「経験値はぼちぼちだな」

「それより、捕縛したテロリストから情報を抜きましょう」

 

 

 二人にとっては、余裕のある戦い。だが、見ていた者にとっては違う。目の前で起きたことを、理解するだけで精一杯だった。

 

 

 

「え、ガチ? 強いとかそういう次元じゃなくね?」

 

 

 一人の陰陽師が呟く。

 

「あんだけ動いて、術も使って、息一つ乱れていない……」

「俺たちは、一体封印するだけで寿命を削ってるんだぞ」

「同じ人間なのか?」

「いや……動画の時より、さらに強く見える。あれ、フェイク動画じゃなかったのかよ」

「絶対嘘だと思ってたわ」

「いやでも、本当なら本当で、あの双子怖いな……俺、あの動画にバッドボタンつけたけど、グッドボタンに変えておくわ」

「お、俺も」

「わ、私も」

 

 

 

 

 恐れに近い感情すら混じっていた。それでも、視線を逸らすことはできない。怪異を倒せる人間。それは陰陽師にとって、奇跡よりも現実味のない存在だった。

 

 

 

 

      ◆◆◆

 

 

 

 長官室から一階へ降りてきた冴島は、足を止めた。彼もまた、他の職員や陰陽師と同じく、二人の戦いを見ていたのだ。

 

 蓮の剣によって、一体の怪異が真っ二つに切り裂かれる。怪異は炎に焼かれ、霧となって消えた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 動画では見ていた。何度も再生し、加工の痕跡も調べさせた。それでも、心のどこかには疑いが残っていたのだ。

 

 何らかの安倍家に伝わっていた霊具を使用している。あるいは、怪異に見せかけた式神。

 

 

 そういった理由があるはずだと思っていた。

 

 だが、生で見れば分かる。違う。剣に特別な仕掛けはない。蓮自身の霊力が怪異へ流れ込み、その存在を内側から破壊している。

 

 

 

 

「本当に……倒していたのですね」

 

 冴島の口から、無意識に言葉が漏れた。その横では、紅が水の術で怪異の攻撃を逸らし、続けて剣で両断している。

 

 一体。

 二体。

 三体。

 

 

 霊力の感知に意識を集中させれば……倒すたび、怪異の霊力が僅かに双子へと吸収されていく。

 

 会談で聞いた話。怪異を倒し、霧散する霊力を取り込むことで強くなる。それも事実だった。

 

 

 

 

「これが……冒険者」

 

 

 

 冴島は目を細める。

 

 恐ろしい。そう感じた。

 

 同時に、それ以上の期待が湧き上がる。もし、この技術が他の陰陽師へ広がれば。

 

 封印のために寿命を削る必要がなくなる。何百年後の人間へ災厄を残さずに済む。怪異に怯える時代そのものが、終わるかもしれない。

 

 

 何より、外交上も大きな切り札になることは間違いない。

 

 

 

「長官!」

 

 職員の声で、冴島は我に返る。

 

「怪異は全滅し、テロリストも全員捕縛されました」

「死者や怪我人はどうなっていますか?」

「死者は、0人。そして、怪我人もいましたが、安倍家の二人が治癒の術で治療したため、現時点ではそちらもいません」

 

 

 

 

 

 信じ難い。

 

 

 

 

 

 

 それでも、これは現実だった。冴島は双子を見つめる。

 

 この二人を利用すべきなのか。守るべきなのか。

 

 それとも、陰陽師全体の新たな柱として押し上げるべきか。あまりにも凄まじい光景だったため、まだ判断はできない。

 

 ただし、一つだけは断言できる。昨日までの陰陽師の常識は、今日ここで終わった。

 

 

 

      ◆◆◆

 

 

 

 

 

 全てが終わった後、一人の陰陽師が、震える声で尋ねる。

 

 

 

「安倍さん……冒険者ギルドへ行けば、俺たちも怪異を倒せるようになるんですか?」

 

 

 紅は彼を見る。

 

 

「絶対とは言い切れません。修行も厳しいです」

「でも、怪異を倒せる可能性があるなら……」

 

 周囲の者たちも、同じような目で双子を見ていた。

 

 

 

 先ほどまでは疑っていた。

 映像は偽物かもしれない。

 安倍家が権力を取り戻すために、嘘をついているのかもしれない。

 

 

 

 しかし、今は違う。この二人は本物であり、怪異は倒せる。

 

 

 

「興味があるなら、冒険者ギルドへ来い。お前達も冒険者になれ。そうすれば全てが変わる」

 

 

 

 

 そう語る蓮の姿には、圧倒的な説得力があった。最初は「何を言ってるんだ、こいつ?」と疑っていた者たちも、期待に満ちた目で彼を見ている。

 

 

 

「転職、しようかな」

「引き継ぎとかやらないとね」

「でも、土御門に目をつけられたり」

 

 

 

 色々と話題が膨れ上がっている中、冴島の部下である職員が、声を上げる。

 

 

 

 

「長官、地下保管区画で、問題が発生しました!」

「怪異が残っていたのですか?」

「いえ……怪異ではありません」

 

 

 職員の顔から、血の気が引いている。

 

 

 

「保管していた霊具が一つ、なくなっています」

「霊具?」

「はい。封印指定されていた品です」

 

 

 冴島の表情が険しくなる。

 

 

「何が盗まれたのですか?」

「正式な名称は不明です。安倍晴明が残したとされる古い霊具で、黒い水晶のような形をした楔です」

「楔……」

 

 紅も眉を寄せた。なぜなら、彼女はその霊具に、少しだけ心当たりがあったからだ。

 

「どのような用途の霊具なのですか?」

「詳しくはわからないのですが……怪異の封印を解く可能性があるため、決して持ち出してはならないと」

 

 

 

 その時、蓮はようやく察した。大量の怪異と爆弾を持った教団員。それは、陰陽庁そのものを標的とした大規模襲撃ではなく――

 

 

 

 

「陽動か」

 

 

 蓮が呟く。

 

 

「怪異と信者を建物内に放ち、陰陽師の目を引きつける。その間に地下へ侵入し、霊具を盗み出した」

 

 

 

 蓮は倒れている教団員へ視線を向けた。白い衣服。胸元にある金色の太陽。【光の明日】の紋章。

 

 

 

「捕らえた信者がいる。まだ気絶してるが、起きたら聞けばいいだろ」

「光の明日……」

 

 冴島は教団員を見下ろす。先ほどまで双子に抱いていた驚愕は、すでに新たな脅威に対する恐れへと変わっていた。

 

 

 

「彼らは、何を復活させるつもりなのでしょうね」

 

 

 

 誰も答えられない。空気が少し重くなった。最近、怪異が活発になり、美術館の一件もあったばかりだ。当然、不吉な予感が彼らの胸中を巡る。

 

 

 だが、しかし。

 

 

 

 

「いいじゃねぇか。面白くなってきた。封印が解けても、倒せば経験値になる。それだけだろ」

「まぁ、そうね。結局、封印って放っておいたら経年劣化するし。後で解けるか、今解けるかってだけだし」

「さっさとこいつらから聞き出して、本拠地の京都に行こうぜ。そっちの方が話が早い」

 

 

 

 

 

 そんな重苦しい空気を切り裂くように、二人は飄々としていた。もっと恐ろしく強い存在を知っているかのように、心に余裕がある。

 

 

 

 絶望や恐怖に屈しない、英雄のような二人。その光景を見て誰もが感じた。

 

 

 

 新たな時代の幕開けを。

 

 

 

 

 

──そして。

 

 

 

 

 

「へえ、ご両親が怪しい宗教に入ってるんだ。俺の前世の両親と一緒だね」

「は、はい。そうなんです」

 

 

 

 

 

 

 影森町で、彼もまた、とある少女から京都にある宗教団体を調べてほしいという依頼を受けていた。

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