【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第69話 黎明への宗教集団の襲撃

 影森町にある白妙詩の自宅。

 

 そのリビングで、黎明は一人の少女と向かい合っていた。

 

 少女の名は、榊原澪(さかきばらみお)。中学二年生。セミロングの黒髪に、どこか陰のある顔立ち。以前、清泪村で怪異に襲われていたところを黎明達に助けられた少女である。

 

 あの時より服も髪も綺麗だったが、俯きがちな様子は変わっていない。両手で握った麦茶のグラスには、細かな水滴が浮かんでいた。

 

 以前会った時、彼女は「いずれまた相談したいことがある」と言っていた。その問題が深刻化したため、わざわざ影森町まで訪れていたのである。

 

 

「へえ、ご両親が怪しい宗教に入ってるんだ。俺の前世の両親と一緒だね」

「は、はい。そうなんです。あ、黎明さんも?」

「まぁね。それにしても、前に相談したいって言ってたのは宗教関連だったのか」

「はい。元々、様子がおかしかったのですが、最近さらにおかしくなってるというか……」

 

 

 黎明が軽い調子で答えると、澪は困ったように頷いた。

 

 部屋には白妙詩もいる。詩は澪の正面ではなく、少し横へずれた席に座っていた。真正面から見つめ続ければ、澪を萎縮させてしまうと思ったからだ。

 

「黎明さんも宗教とかで色々あったんですね」

「まぁ、俺は気にしなくていいよ。それで、どんな宗教なの?」

「【光の明日】という名前です」

 

 

 その名を聞いた瞬間、詩の表情が僅かに変わった。

 

 

「……光の明日」

「知ってるの、詩?」

「名前だけ。ここ一年ほど、京都を中心に急激に信者を増やしている宗教団体。悩みを抱えている人や、家族を亡くした人に声をかけているって聞いたことがある」

「澪の両親も、勧誘されたの?」

「はい」

 

 澪はグラスを強く握った。

 

「清泪村から戻って、わたしと両親にかかっていた呪いはなくなりました。父もお酒を飲む量が減って、母も前より落ち着いて……最初は、これで普通の家族になれるかもしれないと思ったんです」

 

 清泪村に縛りつけられていた濁水の呪い。

 

 それは黎明の魔法によって消えている。澪だけではない。長年、呪いによって精神を蝕まれていた両親も、すでに怪異の影響から解放されていた。

 

 しかし、呪いが消えたからといって、それまでに壊れたものが全て元に戻るわけではない。

 

「元々、わたしが呪いに悩んでいたのですが、両親もわたしの身の回りで起こる怪奇現象に悩んでいました。そこで頼ったのが、【光の明日】という宗教団体でした」

「ほーん、そうなんだ」

「はい。呪いが解けても、今度はその宗教団体が問題になっていて。両親が以前にも増してのめり込んでいて、最近は、わたしにも強制的に入信するよう迫ったり、巡礼に参加しないとぶったりして……」

「ああ、俺もそうだったよ。それは辛かったね」

 

 

 黎明にそう言われた澪は、ほんの僅かに口元を緩めた。

 

 清泪村で会った時もそうだった。黎明は恐ろしい出来事を、恐ろしいものとして扱わない。怪異をモンスター、呪いを状態異常と呼び、絶望しかなかった場所へ平然と踏み込んできた。

 

 その軽さに、澪は救われていた。

 

 

 

 

「ちなみにだけど、両親はどういう経緯で宗教に入ったの?」

「わたしが呪いに悩んでいた時……母が買い物先で教団の人に声をかけられたらしいです。苦しみは神様が与えた試練で、教えを受ければ家族全員が救われるって」

「よくある勧誘だね」

「最初は無料の相談会だけでした。でも、すぐに集会へ行くようになって、お金も渡すようになりました。父も母に連れられて行って……二人とも、毎日同じ言葉を言うようになったんです」

 

 

 澪は震える唇を開いた。

 

「光は、明日へ。痛みは、救済へ。神は、間もなくお戻りになる……」

 

 

 その言葉に、詩が眉を寄せる。

 

 

「神が戻る?」

「はい。教団の人は、もうすぐ救済の神様が復活すると話していました」

「そうか。それで、ご両親は今どこに?」

 

 

 黙って耳を傾ける黎明を見て、澪は話を続けた。

 

 

「一週間前から、両親は京都の本部へ行っています。最初は三日で帰ると言っていたのに、帰ってこなくて。電話をしても、『神様のそばにいるから心配はいらない』としか言わないんです」

「警察には?」

「相談しました。でも、両親は自分の意思で行っていますし、電話にも出るので……事件とは言えないって」

 

 

 詩の言葉に、澪は頷いた。

 

 

「その後、両親から連絡が来て、わたしも京都へ来るように言われました。教団の人も家に来て、『両親が待っている』『家族が一つになれば救われる』って。断っても毎日来るので、怖くなって家を出ました」

「それで、影森町まで?」

「はい。黎明さんに、頼りたくて……。すみません、お忙しいのに」

「いや、いいよ。相談したいことがあるとは、前に言われてたしね。それで、依頼としては保護してほしいってこと? それとも両親を連れ戻したいってこと?」

 

 

 澪は膝の上で拳を握り、深く頭を下げた。

 

 

 

「……両親を連れ戻すのを手伝ってください」

 

 弱々しい声だった。だが、震えながらも、両親の身を案じる強い心を感じさせた。

 

 黎明は腕を組み、少しだけ考える。

 

 

「ふむ、いいよ」

「……え?」

「依頼、受けるよ。前も約束したしね」

「そ、そんなに簡単に決めていいんですか?」

「クエストを受けて、悪い宗教の本拠地へ行く。普通の流れじゃない?」

「そ、そうですか」

 

 

 

 黎明は依頼を引き受けた。そして、近くにいた詩もそれを否定することはしなかった。

 

 

「実を言うと、【光の明日】という団体を調べてくれと、冒険者ギルドに依頼が複数来ていたんだ。どうやら、他にも被害者がいるようだな」

「へえ、そうだったんだ」

「あぁ、以前から悪い噂もあったが、最近はさらに闇が深くなっているらしい」

 

 

 

 光の明日という教団には、以前から良くない噂がある。それに【神】の復活という言葉。怪異が関わっている可能性も無視できなかった。

 

「まずは教団について調べることにしよう。澪さん、勧誘に来た人の名前や連絡先は分かるか?」

「名刺があります。それと、教団から渡された冊子も……」

 

 

 澪が鞄へ手を伸ばした、その時。玄関の呼び鈴が鳴った。三人の視線が、同時に廊下へ向く。

 

 

 

「誰か来る予定はあった?」

「ないな」

「スザクとか?」

「あいつなら、勝手に入ってくるだろうな」

 

 

 

 詩は立ち上がると、室内に置かれた画面で玄関先を確認した。白い服を着た男女が三人。

 

 全員の胸元に、金色の太陽を模した紋章がある。

 

 

 

「……どうやら、宗教団体がここまで来たようだな」

 

 

 

 詩がそう言うと、澪の顔から血の気が引いた。そのまま、玄関先の映像を澪も確認する。

 

 

 

「あの人たちです……家に、来ていた……」

 

 

 

 呼び鈴がもう一度鳴る。続いて、扉の向こうから穏やかな男の声が響いた。

 

 

 

 

「榊原澪さん。ご両親がお待ちです。一緒に京都へ帰りましょう」

「どうして、ここが……」

 

 

 

 澪は誰にも行き先を伝えていない。携帯電話の電源も途中で切った。それでも、教団員は彼女を追って影森町まで来た。詩が澪を庇うように前へ出る。

 

 

 

「黎明。あの玄関の人間、もし戦うことになったら、倒せるか?」

「うん、いける。それと、多分確実に戦闘になりそう。玄関にいる人たちから、弱いモンスターみたいなMPがあるし」

 

 

 そんな黎明の呑気な雰囲気とは裏腹に、外の様子は激しくなってくる。扉が、外側から大きな音を立てて叩かれ始めた。

 

 

 

「澪さん。これはご両親の願いです」

「家族を拒むことは、新たな痛みを生みます」

「痛みは救済されなければなりません」

 

 

 

 声は穏やかなままだった。だからこそ、不気味だった。怖がる彼女の代わりに、詩がインターホン越しに会話をする。

 

 

 

 

「澪さんは、あなた方についていくことを望んでいない。これ以上居座るなら、警察沙汰にもなるぞ」

「部外者には関係のないことです」

「……悪いが、渡すことはできないな」

 

 

 

 

 警察沙汰になると言っても、一切引こうとしない信者たち。これは間違いなく一筋縄ではいかないと、彼女は悟った。

 

 

 そして、次の瞬間、玄関の鍵が内側へ弾け飛んだ。

 

 扉が開き、白衣の男が踏み込んでくる。その手には、黒い石が握られていた。表面には金色の筋が走り、脈打つように淡く光っている。

 

 

 

「なっ……!」

 

 

 

 詩が即座に霊力を練る。しかし、術は発動しなかった。

 

 

 

「え?」

 

 体の内側にあるはずの霊力が、急に遠くなった。手を伸ばしても掴めない。呼吸はできる。体も動く。それなのに、術へ変えるための霊力だけが、深い穴へ沈んだように反応しない。

 

 

 

「無駄です。神の御前では、人のまやかしなど意味を持たない」

 

 

 

 男は黒い石を掲げた。そのまま、後ろにいた女二人が、澪へ向かって歩き出す。

 

 

 

「い、嫌、帰って……!」

「怖がる必要はありません」

「お父様も、お母様も、京都であなたを待っています」

「家族は一つになるべきです」

 

 

 

 澪は後ずさった。詩は再び術を使おうとする。だが、やはり霊力が動かない。

 

 

 

 

 

(霊力を封じる霊具……? こんなもの、聞いたことがない……!)

 

 

 

 

 しかし、霊力が一切動かない中で、やはり彼だけは例外だった。

 

 

 

 

「へぇ。面白いアイテムだね」

「……なぜ、それほどまでの霊力に満ちている?」

「まぁ、MPの操作技術が高いからかな」

「MP? とにかく霊力は封じられているはずだ!」

 

 

 男が黒い石を黎明へ突きつける。金色の筋が強く輝いた。

 

 確かに、石から奇妙な力が広がっている。周囲にある霊力の流れへ干渉し、人間が術を使うための道を塞いでいた。

 

 ただし。

 

 

「あー、ちょっと使いづらいかも」

 

 

 そう言いながらも、黎明の手のひらには炎が灯った。

 

 

「……は?」

 

 

 教団員だけではない。詩も言葉を失っていた。しかし、すぐに「やはり黎明、さすがだ!」とでも言わんばかりに、ニヤニヤしていた。

 

 彼女だけは黎明の強さを理解しており、後方師匠面で頷いてもいた。

 

 

 

「まぁ、誤差かな」

「馬鹿な! 神から授かった封霊石(ふうれいせき)だぞ! 陰陽師であろうと、これの前では――」

「俺、陰陽師じゃなくて勇者だから」

 

 

 黎明は男の手首を軽く捻った。骨は折れないが、抵抗する気が完全に失せる程度の力で。

 

 

「ぐ、あああっ!」

 

 

 男が石を落とす。黎明はそれを足先で受け止め、宙へ跳ね上げて掴んだ。次の瞬間、詩の霊力が戻る。

 

 

「やっぱり、この石が原因か」

「返せ!」

 

 女の一人が黎明へ飛びかかった。黎明は炎を消し、一歩だけ前へ出る。そのまま流れるような美しい動作で、女の首筋へ手刀を叩き込む。

 

 それだけで女は気を失った。もう一人が鞄から小型の刃物を取り出したが、振り上げるより先に手首を掴まれ、そのまま床へ組み伏せられる。

 

 

「は!? さ、さっきまでそこにいたのに、いつの間に!? それよりも、い、痛っ……!」

「人間相手なら、魔法を使わない方がいいね。経験値もなさそうだし」

 

 

 

 黎明は淡々と言いながら、女の手から刃物を取り上げた。

 

 怪異を素手で殴れば、大抵の場合は相手が消し飛ぶ。しかし、人間ならば壊さないように力を調整しなければならない。黎明にとっては、そちらの方が少し難しかった。

 

 残された男が、折られてもいない手首を押さえながら後ずさる。

 

 

 

「お前は……何者だ」

「職業は勇者」

「ふざけるな!」

「ちゃんと答えたのに」

 

 

 

 黎明が一歩近づくと、男は腰を抜かした。

 

 

 

「それで、澪の両親はどこ?」

「言うものか」

「さっき、京都で待ってるって言ってたよね? 京都のどこ?」

 

 

 

 何も脅していないはずなのに、男の顔が青ざめる。それは、黎明から徐々に霊力が溢れ始めていたからだ。

 

 

 

「……!」

「もう一回聞くけど。京都のどこ?」

「ほ、本部施設……山の中にある、教団の居住区だ。両親はそこで、帰光の儀を受ける」

「帰光の儀?」

「神の復活のための儀式だ。娘も連れてこいと、教主様が……」

 

 

 

 澪の肩が跳ねた。

 

 

 

「どうして、わたしを……?」

「知らない。本当だ。私たちは、あなたを傷つけずに連れてこいとしか命じられていない」

 

 

 

 男が嘘をついているようには見えなかった。つまり、教団は澪本人を必要としている。

 

 その事実を受け、詩は険しい表情で澪を見る。

 

 

 

「澪さん。京都へ行くのは危険だ。ご両親のことは、私たちが調べる。それまで、窮屈かもしれないが、ここで待機してほしい」

「……嫌です」

 

 

 小さな声だった。しかし、澪ははっきりと首を横に振った。

 

 

「両親は、ずっと呪いのせいで苦しんでいました。わたしも、それを理由に二人から逃げていました。呪いが消えた後も、怖くて、ちゃんと話せなくて……」

 

 

 澪は震える拳を胸元へ置いた。

 

 

「だから、今度は逃げたくありません。二人が京都にいるなら、わたしも行きます」

「でも――」

「大丈夫だよ」

 

 

 黎明が軽く口を挟んだ。詩は、彼女が行くのは危険だと言うつもりだったが、黎明がそれを遮った形だ。

 

 

「俺が守ればいいんでしょ?」

「だが、相手は霊力を封じる霊具、いや、アイテムを持ってる」

「確かに、一定以下のMPなら封じられそうだけど」

 

 

 

 黎明は封霊石を片手で弄ぶ。そして、片手で石を握りつぶすと、拳の中で炎を生み出し、全てを焼き尽くした。

 

 

「これは、俺には意味ないよ」

 

 

 黎明は澪のほうへ向き直る。

 

 

「一緒に行く? 両親、心配でしょ」

「え、あ、は、はい」

「悪い宗教にハマっていても、両親であることには変わりないだろうし」

 

 

 

 そう言って、黎明は今度は詩のほうへ顔を向けた。

 

 

「詩は留守番してて。俺はこの子と行ってくるからさ」

「……いや、だが、私も」

「いいよ。今、冒険者ギルドの設立とかで忙しいでしょ。石のせいでMPが使えないかもしれないなら、俺だけで行ったほうがいいよ」

 

 

 

 黎明は手早く準備を済ませると、澪の手を引いて玄関に向かった。

 

 

「あ、この男も気絶させておかないと」

「うっ」

 

 

 

 黎明は残っていた信者を気絶させ、全員を術で捕縛して動けなくしてから、澪と一緒に外へ出た。

 

 

 

「それじゃ、行ってくる。詩もスザクとかと一緒にいて。もしかしたら、あっちの援軍が来るかもだし」

「……一人で大丈夫か」

「大丈夫。ちょっと経験値を稼ぐくらいだよ。心配しないで。それじゃ!」

「あぁ、分かった。必ず帰ってこい」

 

 

 

 

 

 こうして、影森町で受けた一つの依頼は、京都へとつながった。

 

 一方、黎明はまだ知らなかったが、教団は陰陽庁を襲撃していた。それぞれの出来事は、京都へとつながっていく。

 

 

 

 

 

「すみません、黎明さんも忙しいのに」

「全然大丈夫。むしろモンスターが来ないと暇なんだよね。昼間って特にさ。ほら、モンスターは夜に出るでしょ?」

「あ、そうなんですか」

 

 

 

 

 

 

──そして、二人は京都へと出発した。




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