【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
影森町にある白妙詩の自宅。
そのリビングで、黎明は一人の少女と向かい合っていた。
少女の名は、
あの時より服も髪も綺麗だったが、俯きがちな様子は変わっていない。両手で握った麦茶のグラスには、細かな水滴が浮かんでいた。
以前会った時、彼女は「いずれまた相談したいことがある」と言っていた。その問題が深刻化したため、わざわざ影森町まで訪れていたのである。
「へえ、ご両親が怪しい宗教に入ってるんだ。俺の前世の両親と一緒だね」
「は、はい。そうなんです。あ、黎明さんも?」
「まぁね。それにしても、前に相談したいって言ってたのは宗教関連だったのか」
「はい。元々、様子がおかしかったのですが、最近さらにおかしくなってるというか……」
黎明が軽い調子で答えると、澪は困ったように頷いた。
部屋には白妙詩もいる。詩は澪の正面ではなく、少し横へずれた席に座っていた。真正面から見つめ続ければ、澪を萎縮させてしまうと思ったからだ。
「黎明さんも宗教とかで色々あったんですね」
「まぁ、俺は気にしなくていいよ。それで、どんな宗教なの?」
「【光の明日】という名前です」
その名を聞いた瞬間、詩の表情が僅かに変わった。
「……光の明日」
「知ってるの、詩?」
「名前だけ。ここ一年ほど、京都を中心に急激に信者を増やしている宗教団体。悩みを抱えている人や、家族を亡くした人に声をかけているって聞いたことがある」
「澪の両親も、勧誘されたの?」
「はい」
澪はグラスを強く握った。
「清泪村から戻って、わたしと両親にかかっていた呪いはなくなりました。父もお酒を飲む量が減って、母も前より落ち着いて……最初は、これで普通の家族になれるかもしれないと思ったんです」
清泪村に縛りつけられていた濁水の呪い。
それは黎明の魔法によって消えている。澪だけではない。長年、呪いによって精神を蝕まれていた両親も、すでに怪異の影響から解放されていた。
しかし、呪いが消えたからといって、それまでに壊れたものが全て元に戻るわけではない。
「元々、わたしが呪いに悩んでいたのですが、両親もわたしの身の回りで起こる怪奇現象に悩んでいました。そこで頼ったのが、【光の明日】という宗教団体でした」
「ほーん、そうなんだ」
「はい。呪いが解けても、今度はその宗教団体が問題になっていて。両親が以前にも増してのめり込んでいて、最近は、わたしにも強制的に入信するよう迫ったり、巡礼に参加しないとぶったりして……」
「ああ、俺もそうだったよ。それは辛かったね」
黎明にそう言われた澪は、ほんの僅かに口元を緩めた。
清泪村で会った時もそうだった。黎明は恐ろしい出来事を、恐ろしいものとして扱わない。怪異をモンスター、呪いを状態異常と呼び、絶望しかなかった場所へ平然と踏み込んできた。
その軽さに、澪は救われていた。
「ちなみにだけど、両親はどういう経緯で宗教に入ったの?」
「わたしが呪いに悩んでいた時……母が買い物先で教団の人に声をかけられたらしいです。苦しみは神様が与えた試練で、教えを受ければ家族全員が救われるって」
「よくある勧誘だね」
「最初は無料の相談会だけでした。でも、すぐに集会へ行くようになって、お金も渡すようになりました。父も母に連れられて行って……二人とも、毎日同じ言葉を言うようになったんです」
澪は震える唇を開いた。
「光は、明日へ。痛みは、救済へ。神は、間もなくお戻りになる……」
その言葉に、詩が眉を寄せる。
「神が戻る?」
「はい。教団の人は、もうすぐ救済の神様が復活すると話していました」
「そうか。それで、ご両親は今どこに?」
黙って耳を傾ける黎明を見て、澪は話を続けた。
「一週間前から、両親は京都の本部へ行っています。最初は三日で帰ると言っていたのに、帰ってこなくて。電話をしても、『神様のそばにいるから心配はいらない』としか言わないんです」
「警察には?」
「相談しました。でも、両親は自分の意思で行っていますし、電話にも出るので……事件とは言えないって」
詩の言葉に、澪は頷いた。
「その後、両親から連絡が来て、わたしも京都へ来るように言われました。教団の人も家に来て、『両親が待っている』『家族が一つになれば救われる』って。断っても毎日来るので、怖くなって家を出ました」
「それで、影森町まで?」
「はい。黎明さんに、頼りたくて……。すみません、お忙しいのに」
「いや、いいよ。相談したいことがあるとは、前に言われてたしね。それで、依頼としては保護してほしいってこと? それとも両親を連れ戻したいってこと?」
澪は膝の上で拳を握り、深く頭を下げた。
「……両親を連れ戻すのを手伝ってください」
弱々しい声だった。だが、震えながらも、両親の身を案じる強い心を感じさせた。
黎明は腕を組み、少しだけ考える。
「ふむ、いいよ」
「……え?」
「依頼、受けるよ。前も約束したしね」
「そ、そんなに簡単に決めていいんですか?」
「クエストを受けて、悪い宗教の本拠地へ行く。普通の流れじゃない?」
「そ、そうですか」
黎明は依頼を引き受けた。そして、近くにいた詩もそれを否定することはしなかった。
「実を言うと、【光の明日】という団体を調べてくれと、冒険者ギルドに依頼が複数来ていたんだ。どうやら、他にも被害者がいるようだな」
「へえ、そうだったんだ」
「あぁ、以前から悪い噂もあったが、最近はさらに闇が深くなっているらしい」
光の明日という教団には、以前から良くない噂がある。それに【神】の復活という言葉。怪異が関わっている可能性も無視できなかった。
「まずは教団について調べることにしよう。澪さん、勧誘に来た人の名前や連絡先は分かるか?」
「名刺があります。それと、教団から渡された冊子も……」
澪が鞄へ手を伸ばした、その時。玄関の呼び鈴が鳴った。三人の視線が、同時に廊下へ向く。
「誰か来る予定はあった?」
「ないな」
「スザクとか?」
「あいつなら、勝手に入ってくるだろうな」
詩は立ち上がると、室内に置かれた画面で玄関先を確認した。白い服を着た男女が三人。
全員の胸元に、金色の太陽を模した紋章がある。
「……どうやら、宗教団体がここまで来たようだな」
詩がそう言うと、澪の顔から血の気が引いた。そのまま、玄関先の映像を澪も確認する。
「あの人たちです……家に、来ていた……」
呼び鈴がもう一度鳴る。続いて、扉の向こうから穏やかな男の声が響いた。
「榊原澪さん。ご両親がお待ちです。一緒に京都へ帰りましょう」
「どうして、ここが……」
澪は誰にも行き先を伝えていない。携帯電話の電源も途中で切った。それでも、教団員は彼女を追って影森町まで来た。詩が澪を庇うように前へ出る。
「黎明。あの玄関の人間、もし戦うことになったら、倒せるか?」
「うん、いける。それと、多分確実に戦闘になりそう。玄関にいる人たちから、弱いモンスターみたいなMPがあるし」
そんな黎明の呑気な雰囲気とは裏腹に、外の様子は激しくなってくる。扉が、外側から大きな音を立てて叩かれ始めた。
「澪さん。これはご両親の願いです」
「家族を拒むことは、新たな痛みを生みます」
「痛みは救済されなければなりません」
声は穏やかなままだった。だからこそ、不気味だった。怖がる彼女の代わりに、詩がインターホン越しに会話をする。
「澪さんは、あなた方についていくことを望んでいない。これ以上居座るなら、警察沙汰にもなるぞ」
「部外者には関係のないことです」
「……悪いが、渡すことはできないな」
警察沙汰になると言っても、一切引こうとしない信者たち。これは間違いなく一筋縄ではいかないと、彼女は悟った。
そして、次の瞬間、玄関の鍵が内側へ弾け飛んだ。
扉が開き、白衣の男が踏み込んでくる。その手には、黒い石が握られていた。表面には金色の筋が走り、脈打つように淡く光っている。
「なっ……!」
詩が即座に霊力を練る。しかし、術は発動しなかった。
「え?」
体の内側にあるはずの霊力が、急に遠くなった。手を伸ばしても掴めない。呼吸はできる。体も動く。それなのに、術へ変えるための霊力だけが、深い穴へ沈んだように反応しない。
「無駄です。神の御前では、人のまやかしなど意味を持たない」
男は黒い石を掲げた。そのまま、後ろにいた女二人が、澪へ向かって歩き出す。
「い、嫌、帰って……!」
「怖がる必要はありません」
「お父様も、お母様も、京都であなたを待っています」
「家族は一つになるべきです」
澪は後ずさった。詩は再び術を使おうとする。だが、やはり霊力が動かない。
(霊力を封じる霊具……? こんなもの、聞いたことがない……!)
しかし、霊力が一切動かない中で、やはり彼だけは例外だった。
「へぇ。面白いアイテムだね」
「……なぜ、それほどまでの霊力に満ちている?」
「まぁ、MPの操作技術が高いからかな」
「MP? とにかく霊力は封じられているはずだ!」
男が黒い石を黎明へ突きつける。金色の筋が強く輝いた。
確かに、石から奇妙な力が広がっている。周囲にある霊力の流れへ干渉し、人間が術を使うための道を塞いでいた。
ただし。
「あー、ちょっと使いづらいかも」
そう言いながらも、黎明の手のひらには炎が灯った。
「……は?」
教団員だけではない。詩も言葉を失っていた。しかし、すぐに「やはり黎明、さすがだ!」とでも言わんばかりに、ニヤニヤしていた。
彼女だけは黎明の強さを理解しており、後方師匠面で頷いてもいた。
「まぁ、誤差かな」
「馬鹿な! 神から授かった
「俺、陰陽師じゃなくて勇者だから」
黎明は男の手首を軽く捻った。骨は折れないが、抵抗する気が完全に失せる程度の力で。
「ぐ、あああっ!」
男が石を落とす。黎明はそれを足先で受け止め、宙へ跳ね上げて掴んだ。次の瞬間、詩の霊力が戻る。
「やっぱり、この石が原因か」
「返せ!」
女の一人が黎明へ飛びかかった。黎明は炎を消し、一歩だけ前へ出る。そのまま流れるような美しい動作で、女の首筋へ手刀を叩き込む。
それだけで女は気を失った。もう一人が鞄から小型の刃物を取り出したが、振り上げるより先に手首を掴まれ、そのまま床へ組み伏せられる。
「は!? さ、さっきまでそこにいたのに、いつの間に!? それよりも、い、痛っ……!」
「人間相手なら、魔法を使わない方がいいね。経験値もなさそうだし」
黎明は淡々と言いながら、女の手から刃物を取り上げた。
怪異を素手で殴れば、大抵の場合は相手が消し飛ぶ。しかし、人間ならば壊さないように力を調整しなければならない。黎明にとっては、そちらの方が少し難しかった。
残された男が、折られてもいない手首を押さえながら後ずさる。
「お前は……何者だ」
「職業は勇者」
「ふざけるな!」
「ちゃんと答えたのに」
黎明が一歩近づくと、男は腰を抜かした。
「それで、澪の両親はどこ?」
「言うものか」
「さっき、京都で待ってるって言ってたよね? 京都のどこ?」
何も脅していないはずなのに、男の顔が青ざめる。それは、黎明から徐々に霊力が溢れ始めていたからだ。
「……!」
「もう一回聞くけど。京都のどこ?」
「ほ、本部施設……山の中にある、教団の居住区だ。両親はそこで、帰光の儀を受ける」
「帰光の儀?」
「神の復活のための儀式だ。娘も連れてこいと、教主様が……」
澪の肩が跳ねた。
「どうして、わたしを……?」
「知らない。本当だ。私たちは、あなたを傷つけずに連れてこいとしか命じられていない」
男が嘘をついているようには見えなかった。つまり、教団は澪本人を必要としている。
その事実を受け、詩は険しい表情で澪を見る。
「澪さん。京都へ行くのは危険だ。ご両親のことは、私たちが調べる。それまで、窮屈かもしれないが、ここで待機してほしい」
「……嫌です」
小さな声だった。しかし、澪ははっきりと首を横に振った。
「両親は、ずっと呪いのせいで苦しんでいました。わたしも、それを理由に二人から逃げていました。呪いが消えた後も、怖くて、ちゃんと話せなくて……」
澪は震える拳を胸元へ置いた。
「だから、今度は逃げたくありません。二人が京都にいるなら、わたしも行きます」
「でも――」
「大丈夫だよ」
黎明が軽く口を挟んだ。詩は、彼女が行くのは危険だと言うつもりだったが、黎明がそれを遮った形だ。
「俺が守ればいいんでしょ?」
「だが、相手は霊力を封じる霊具、いや、アイテムを持ってる」
「確かに、一定以下のMPなら封じられそうだけど」
黎明は封霊石を片手で弄ぶ。そして、片手で石を握りつぶすと、拳の中で炎を生み出し、全てを焼き尽くした。
「これは、俺には意味ないよ」
黎明は澪のほうへ向き直る。
「一緒に行く? 両親、心配でしょ」
「え、あ、は、はい」
「悪い宗教にハマっていても、両親であることには変わりないだろうし」
そう言って、黎明は今度は詩のほうへ顔を向けた。
「詩は留守番してて。俺はこの子と行ってくるからさ」
「……いや、だが、私も」
「いいよ。今、冒険者ギルドの設立とかで忙しいでしょ。石のせいでMPが使えないかもしれないなら、俺だけで行ったほうがいいよ」
黎明は手早く準備を済ませると、澪の手を引いて玄関に向かった。
「あ、この男も気絶させておかないと」
「うっ」
黎明は残っていた信者を気絶させ、全員を術で捕縛して動けなくしてから、澪と一緒に外へ出た。
「それじゃ、行ってくる。詩もスザクとかと一緒にいて。もしかしたら、あっちの援軍が来るかもだし」
「……一人で大丈夫か」
「大丈夫。ちょっと経験値を稼ぐくらいだよ。心配しないで。それじゃ!」
「あぁ、分かった。必ず帰ってこい」
こうして、影森町で受けた一つの依頼は、京都へとつながった。
一方、黎明はまだ知らなかったが、教団は陰陽庁を襲撃していた。それぞれの出来事は、京都へとつながっていく。
「すみません、黎明さんも忙しいのに」
「全然大丈夫。むしろモンスターが来ないと暇なんだよね。昼間って特にさ。ほら、モンスターは夜に出るでしょ?」
「あ、そうなんですか」
──そして、二人は京都へと出発した。
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そして、明日も11時更新!! お楽しみに!