【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
光の明日の教団員が影森町を訪れてから、数時間後。黎明と榊原澪は、京都へ向かう新幹線に乗っていた。
窓の外を流れていく景色を、澪は無言で眺めている。その足元には小さな旅行鞄が置かれている。膝の上では両手を組み、時折、不安そうに指を絡ませていた。
一方、隣に座る黎明は駅で買った弁当を食べている。
「澪、それ食べないの?」
「……あ、はい。あまり、お腹が空いていなくて」
「ボス戦の前に食事を抜くと、後半でスタミナ切れになるよ」
「ボス戦が、あるんですか?」
「うん、宗教の本拠地に行くんでしょ? 絶対にいるでしょ」
「あ、そ、そうですか」
澪が小さな声で答える。その返事を聞いて、黎明は少し嬉しそうに頷いた。
「やっぱりボスモンスターがいそうな気がするんだよね」
「黎明さんって、強いからそんな飄々とできるんですか? さっきもあっという間に相手を倒してたし」
つい先ほど、侵入してきた三人の教団員は、黎明によって一瞬で無力化された。現在、黎明の術で捕縛されており、おとなしいらしい。どうやら、黎明の強さを見て戦意を喪失しているのだとか。
「まぁ、あれくらい、大したことないし。変なアイテム持ってるだけの一般人だし」
「あの、石ですか?」
「そうそう、あんなの初めて見た」
教団員の一人が持っていた、霊力を封じる黒い石。
石の力が及ぶ範囲では、詩は霊力を使用できなかった。黎明だけは多少使いづらいと言いながら、普段とほぼ変わらず霊力を操り、炎も使用していたのだが……まぁ、黎明は例外である。
しかし、光の明日が同じ石を大量に持っているのなら、普通の陰陽師を同行させるほうが危険だった。
同行者が一人くらいなら問題ないが、複数いる場合は黎明が守る必要が出てくる。そのため、黎明と澪だけで向かったのだ。
詩や透など、ほかのメンバーも同行するか迷っていたが、霊力が使えない可能性に加えて、冒険者ギルドの設立準備もあるため、待機となっている。
また、黎明は知らないが、紅と蓮は陰陽庁で発生した怪異テロに対応した後、京都へ向かおうとしているところだった。
「これ、食べる? 卵焼き」
「あ、えっと、いただきます」
「お、食欲出てきた?」
「はい、確かに今のうちにスタミナをつけておかないとなって」
澪は黎明からもらった卵焼きを食べると、自分の鞄から小さなパンを取り出した。袋を開け、それも食べ始めた。
「それでよし」
黎明は満足そうに頷き、自分の食事に戻った。しばらく、新幹線が走る音だけが続く。
「……黎明さん」
「なに?」
「昨日、前の両親も宗教に入っていたと言っていましたよね」
「言ったね」
「前の、というのは……」
澪はそこで言葉を止めた。聞いてはいけないことだったかもしれない。そう思い、視線を下げる。
「あ、えっと、もし、話したくないなら、大丈夫です」
「別にいいよ。まぁ、前の親っていうのは、前世の親って意味。その親がね、随分と宗教とかにハマってて、俺もそれに付き合わされてた」
澪には信じられない話だった。澪は清泪村で怪異を倒す黎明を見ている。さらに、先ほども、一瞬で大人を気絶させるのも目撃した。
だからこそ、真偽を疑った。それほど強い黎明が、かつては親に従うしかなかったというのだから。
「黎明さんは、強いのに。言いなりだったんですか?」
「昔は弱くてね。体も細くて、背も低くて、視野も狭くて、それしかないと思ってたんだ」
「そう、だったんですね」
「うん。いやー、正体のよくわからない食事を食べたり、水中に入れられて座禅させられたり、友達とかとも関わってはいけないとか。色々制限があったね」
黎明はお弁当を食べながら、軽い口ぶりで語った。しかし、その口調とは裏腹に、内容は非常に重かった。
「えっと、なんかすみません。辛い過去だったのに」
「いや、過ぎたことだしね。今は関係ない。それに、親にはもう会えないだろうし」
「会えないんですね」
「まぁね。でも、澪はまだ会えるし。何としても助け出そう。お互いに落ち着いたら、冷静に話せるかもしれないし」
「はい、私もちゃんと話したいです。呪いも、教団の人もいないところで。父と母が本当は、わたしをどう思っているのか聞きたいです」
「ふーん。そっか。じゃあ、冷静に話せる状態に戻ればいいね」
「……はい」
黎明はまたお弁当をもぐもぐ食べ始める。その後、スマホに連絡が届き、それを確認しつつ、再び澪を見た。
「どうやら、あの宗教団体がテロ行為をしたらしい」
「ええっ!? そ、そんなことも?」
「うん、表沙汰にはなってないみたいだけど。俺の仲間が対処したって。ほら、あの村にいて、狩衣を着てた男女二人組の双子」
「あぁ、あの人たち。ただ、テロ行為って、やっぱりそんなに危険なんでしょうか」
「だろうね。まぁ、あまり重く考えすぎないようにしてさ。両親とも一度話して、それでも宗教から離れるのが難しいなら、縁を切ればいいし」
「そんな簡単に決めていいんでしょうか」
「いいんじゃない? 縁を切って、それが嫌なら、また結び直せばいいし」
その言葉に、澪は目を見開いた。黎明は深く考えていない。ただ、誰かの人生を他人が決めるほうがおかしいと思っているだけだ。
「……黎明さんは、不思議な人ですね」
「あー、よく言われる」
澪は少しだけ笑った。
◆◆◆
新幹線を降りた二人は、京都駅から電車とバスを乗り継いだ。正直、黎明が彼女を背負って走ったほうが早いのだが、目立たないようにするため、一般的な方法で向かっている。
目的地は、京都市内ではなかった。
光の明日が所有する居住区は、山間部にある。教団員から聞き出した住所は地図上にも表示されていたが、航空写真では森の中に大きな白い建物が僅かに見えるだけだった。
最寄りのバス停へ到着した頃には、すでに昼を過ぎていた。そこで降りたのは、黎明と澪だけだった。乗っていたバスは、二人を残して走り去った。
周囲には店も民家もない。古びた待合所と、山へ続く一本の道路だけだった。
電波も弱い。澪の携帯電話は圏外と表示されている。待合所の壁には、色褪せた時刻表が貼られていた。
この場所へ来るバスは、一日に二本だけ。最終便は夕方前で、それを逃せば翌朝まで帰れない。時刻表の隣には、それより新しい紙が何枚も重ねて貼られている。
【人生に疲れた方へ】
【家族との絆を取り戻したい方へ】
【光の明日は、あなたを拒みません】
金色の太陽の下に、無料相談の電話番号が大きく印刷されていた。
「……お、電話番号がある。一応、今から行くって言ったほうがいいか?」
「や、やめておきませんか?」
「冗談」
「え? 冗談だったんですか」
「まぁね」
二人は山へ続く道を歩き始めた。最初は舗装されていたが、十分ほど進むと民家も畑も消えた。左右には杉の木が並び、昼間にもかかわらず道は薄暗い。
「この先に、本当に千人以上も暮らしている場所があるんでしょうか」
「地図にはあるね。それに、人の気配も増えてきてる」
「人の気配?」
「ほら、こっち見てる人がいる」
黎明が森の奥へ視線を向ける。同時に、木々の間から男女が現れた。二人とも白い外衣を着ている。胸元には、光の明日の金色の太陽。
「榊原澪さんですね」
男が穏やかな笑みを浮かべた。
「ご両親がお待ちです。私たちと一緒に来てください」
「どうして、わたしがここにいると……」
「神は、全てをご覧になっています」
女はそう答え、澪へ手を伸ばす。しかし、彼女はすぐに身を引き、距離を取る。
「帰りましょう。家族のもとへ」
「参りましょう。神がお呼びです」
だが、女の首から下げられた金色の円盤が光る。澪の瞳から、急に力が失われた。
「家族のもとへ」
「……家族の、もとへ」
「あなたは、お父様とお母様を愛しています」
「わたしは……父と、母を……」
澪が女へ向かって一歩踏み出す。細い金色の霊力が、円盤から澪の額へ伸びていた。
「──いや、わたしは、違うッ」
しかし、その霊力を彼女は退けていた。それと同時に、彼女の体からは霊力が溢れており、支配を拒んでいた。
「これは……霊力……いや、呪いへの耐性」
「これこそ、神が選んだ母体の力」
信者たちは、感動した様子を見せている。一方、黎明の反応は薄かった。
「なるほど。洗脳系の魔法か」
黎明が、その金色の糸を指で摘まんで軽く引く。それだけで金色の霊力が音を立てて千切れた。
「あれ……?」
澪の瞳に光が戻る。そして、男と女の笑顔が同時に固まった。
「神の御技に、素手で触れた……?」
「そんな、神のお力が込められているにもかかわらず……」
「ちょっと邪魔だったからさ、これ」
黎明は澪を背後に庇う。そして、そのまままっすぐ歩き出した。
「この程度なら、簡単に壊せるね」
「この程度……だと? この術は、陰陽師すら逆らえない! 教主様より賜った救済の術だぞ!」
男が地面を蹴る。一般人とは思えない速度だった。拳には黒い霊力が集まり、近くの木々を震わせる。
「神へ逆らう者に、罰を!」
拳が黎明の顔面へ迫る。それを、黎明は人差し指一本で止めた。
「……は?」
男の拳は動かない。全体重をかけても、霊力をさらに込めても、たった一本の指を押し込めなかった。
「う、嘘だ……」
「本当」
黎明が指を少し前へ押す。男の腕から黒い霊力が吹き飛んだ。続いて体が宙へ浮き、十メートル以上後方へ飛ばされる。
黎明は、ほとんど力を入れていなかった。男は地面を何度も転がり、木の根元でようやく止まった。
「あり得ない……人間の、力じゃ……」
「人間を殺すのは忍びないし、手加減しないと」
女が懐から短刀を抜いた。刃には、人間を一瞬のうちに殺害できるほどの猛毒の霊力が宿っている。
「なら、これで――!」
一歩。女が踏み込んだ瞬間、黎明の姿が消えた。
「どこに――」
「後ろ」
耳元で声がした。女が振り返るより先に、黎明の手刀が首筋へ触れる。
強く打ったわけではない。軽く触れただけのように見えた。それでも女の意識は一瞬で刈り取られ、その場に崩れ落ちた。
「み、見えなかった……」
倒れた男が、震える声を漏らす。
「霊力の流れすら、捉えられない。お前は、一体……」
「勇者」
黎明は男の前まで歩く。
「それで、まだやる?」
「ひっ……」
男は後退しようとした。しかし、その背中は木の幹に当たっている。逃げ道はない。
「わ、私は、神に選ばれた……恐怖など……」
「すごく怖がってるけど」
黎明が男の額へ指を当てる。その瞬間、男の頭の奥に施された魔法に気づいた。澪に使われたものより深く、複雑な洗脳。
男の記憶と感情に金色の霊力が絡みつき、教団へ疑問を抱くたび、その考えを消している。
「あー、使ってる側も洗脳されてるんだ」
「何を、言って……」
「状態異常、解除」
黎明の指先から白い光が広がる。金色の霊力が、男の頭の中から引き剥がされた。
「が、ああああっ!」
男が頭を抱える。脳に霧がかかっていたような数年間。その間の記憶が一気に押し寄せてきた。
家族を捨てたこと。
教団へ全財産を渡したこと。
逃げようとした信者を捕らえ、地下へ運んだこと。
「俺は……何を……」
男の顔から、作られた笑みが消えた。黎明は女の洗脳も同じように解いた。ただし、女は気絶したままだった。
「この人たちも、操られていたんですか?」
「うん。多分、中にいる人の多くもね」
澪は山道の先を見る。両親も同じ術を受けているかもしれない。そう思えば、ここで立ち止まる理由はなかった。
「行きます。父と母の洗脳も、解きたいです」
「うん。でも、このまま正面から向かうと、また囲まれそうだね」
黎明は倒れた男女を見る。
白い外衣。
金色の太陽。
「よし。装備を借りよう」
「装備?」
「潜入クエストだから、敵の服を着る」
「え、勝手に」
「ドロップアイテムだよ。倒した相手の装備だしさ」
「あ、そう、ですか」
男女が着ていた白い外衣を脱がせ、その下の服は残した。男のものを黎明が、女のものを澪が羽織る。黎明は二人を術で縛り、道から見えない木陰へ移した。洗脳が解けた男には、警察が来るまで動かないよう告げる。
「これで、信者に見えますか?」
澪が不安そうに、自分の白い外衣を見下ろす。
「それっぽいよ。笑顔も作ってみて」
「……こうですか?」
澪はぎこちなく笑う。
「怪しい」
「黎明さんも、やってください」
「ニヤリ」
「あ、似合ってないですね」
二人は白い外衣の襟を整え、再び山道を歩き始める。今度は、光の明日の信者のふりをして進んでいく。木々の隙間から、白い壁と金色の尖塔が見え始める。それでも、足を止めなかった。
「待っていて。お父さん、お母さん」
澪は小さな声で呟き、黎明と共に教団の本拠地へ向かった。
「あ、さっきの二人、上着を脱がせたまま置きっぱなしだったけど、大丈夫かな?」
「ま、まぁ、大丈夫では?」
「虫とかに刺されたりしないかな。虫除けスプレーをかけておけばよかったかな」
そんなことを言いながら、黎明達は信者の本拠地へと歩を進めた。
【9月12日】
書籍版『救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ』が、9月12日に発売されます!
書籍といえば、やはりイラストですね。
というわけで【新イラスト】を公開します。
【挿絵表示】
表紙はもちろん、挿絵もすべて素晴らしいクオリティに仕上げていただいております。さらに、WEB版から一部加筆もしていますので、ぜひぜひ、お手に取っていただけると嬉しいです!
【9月12日発売!】
下に表紙とAmazonの予約ページへのリンクを載せておきますので、気になった方はぜひチェックしてみてください!
【タイトル入り表紙】
【挿絵表示】
【Amazon予約ページ】
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そして、明日も11時更新!! お楽しみに!