【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第70話 京都現着

 光の明日の教団員が影森町を訪れてから、数時間後。黎明と榊原澪は、京都へ向かう新幹線に乗っていた。

 

 窓の外を流れていく景色を、澪は無言で眺めている。その足元には小さな旅行鞄が置かれている。膝の上では両手を組み、時折、不安そうに指を絡ませていた。

 

 一方、隣に座る黎明は駅で買った弁当を食べている。

 

「澪、それ食べないの?」

「……あ、はい。あまり、お腹が空いていなくて」

「ボス戦の前に食事を抜くと、後半でスタミナ切れになるよ」

「ボス戦が、あるんですか?」

「うん、宗教の本拠地に行くんでしょ? 絶対にいるでしょ」

「あ、そ、そうですか」

 

 

 澪が小さな声で答える。その返事を聞いて、黎明は少し嬉しそうに頷いた。

 

 

「やっぱりボスモンスターがいそうな気がするんだよね」

「黎明さんって、強いからそんな飄々とできるんですか? さっきもあっという間に相手を倒してたし」

 

 

 つい先ほど、侵入してきた三人の教団員は、黎明によって一瞬で無力化された。現在、黎明の術で捕縛されており、おとなしいらしい。どうやら、黎明の強さを見て戦意を喪失しているのだとか。

 

 

 

 

「まぁ、あれくらい、大したことないし。変なアイテム持ってるだけの一般人だし」

「あの、石ですか?」

「そうそう、あんなの初めて見た」

 

 

 

 

 教団員の一人が持っていた、霊力を封じる黒い石。

 

 封霊石(ふうれいせき)

 

 石の力が及ぶ範囲では、詩は霊力を使用できなかった。黎明だけは多少使いづらいと言いながら、普段とほぼ変わらず霊力を操り、炎も使用していたのだが……まぁ、黎明は例外である。

 

 しかし、光の明日が同じ石を大量に持っているのなら、普通の陰陽師を同行させるほうが危険だった。

 

 同行者が一人くらいなら問題ないが、複数いる場合は黎明が守る必要が出てくる。そのため、黎明と澪だけで向かったのだ。

 

 詩や透など、ほかのメンバーも同行するか迷っていたが、霊力が使えない可能性に加えて、冒険者ギルドの設立準備もあるため、待機となっている。

 

 また、黎明は知らないが、紅と蓮は陰陽庁で発生した怪異テロに対応した後、京都へ向かおうとしているところだった。

 

 

「これ、食べる? 卵焼き」

「あ、えっと、いただきます」

「お、食欲出てきた?」

「はい、確かに今のうちにスタミナをつけておかないとなって」

 

 

 澪は黎明からもらった卵焼きを食べると、自分の鞄から小さなパンを取り出した。袋を開け、それも食べ始めた。

 

 

 

「それでよし」

 

 

 黎明は満足そうに頷き、自分の食事に戻った。しばらく、新幹線が走る音だけが続く。

 

 

「……黎明さん」

「なに?」

「昨日、前の両親も宗教に入っていたと言っていましたよね」

「言ったね」

「前の、というのは……」

 

 

 澪はそこで言葉を止めた。聞いてはいけないことだったかもしれない。そう思い、視線を下げる。

 

 

「あ、えっと、もし、話したくないなら、大丈夫です」

「別にいいよ。まぁ、前の親っていうのは、前世の親って意味。その親がね、随分と宗教とかにハマってて、俺もそれに付き合わされてた」

 

 

 

 澪には信じられない話だった。澪は清泪村で怪異を倒す黎明を見ている。さらに、先ほども、一瞬で大人を気絶させるのも目撃した。

 

 だからこそ、真偽を疑った。それほど強い黎明が、かつては親に従うしかなかったというのだから。

 

 

 

「黎明さんは、強いのに。言いなりだったんですか?」

「昔は弱くてね。体も細くて、背も低くて、視野も狭くて、それしかないと思ってたんだ」

「そう、だったんですね」

「うん。いやー、正体のよくわからない食事を食べたり、水中に入れられて座禅させられたり、友達とかとも関わってはいけないとか。色々制限があったね」

 

 

 黎明はお弁当を食べながら、軽い口ぶりで語った。しかし、その口調とは裏腹に、内容は非常に重かった。

 

 

 

 

「えっと、なんかすみません。辛い過去だったのに」

「いや、過ぎたことだしね。今は関係ない。それに、親にはもう会えないだろうし」

「会えないんですね」

「まぁね。でも、澪はまだ会えるし。何としても助け出そう。お互いに落ち着いたら、冷静に話せるかもしれないし」

「はい、私もちゃんと話したいです。呪いも、教団の人もいないところで。父と母が本当は、わたしをどう思っているのか聞きたいです」

「ふーん。そっか。じゃあ、冷静に話せる状態に戻ればいいね」

「……はい」

 

 

 

 黎明はまたお弁当をもぐもぐ食べ始める。その後、スマホに連絡が届き、それを確認しつつ、再び澪を見た。

 

 

「どうやら、あの宗教団体がテロ行為をしたらしい」

「ええっ!? そ、そんなことも?」

「うん、表沙汰にはなってないみたいだけど。俺の仲間が対処したって。ほら、あの村にいて、狩衣を着てた男女二人組の双子」

「あぁ、あの人たち。ただ、テロ行為って、やっぱりそんなに危険なんでしょうか」

「だろうね。まぁ、あまり重く考えすぎないようにしてさ。両親とも一度話して、それでも宗教から離れるのが難しいなら、縁を切ればいいし」

「そんな簡単に決めていいんでしょうか」

「いいんじゃない? 縁を切って、それが嫌なら、また結び直せばいいし」

 

 

 その言葉に、澪は目を見開いた。黎明は深く考えていない。ただ、誰かの人生を他人が決めるほうがおかしいと思っているだけだ。

 

 

 

「……黎明さんは、不思議な人ですね」

「あー、よく言われる」

 

 

 

 澪は少しだけ笑った。

 

 

 

 

      ◆◆◆

 

 

 新幹線を降りた二人は、京都駅から電車とバスを乗り継いだ。正直、黎明が彼女を背負って走ったほうが早いのだが、目立たないようにするため、一般的な方法で向かっている。

 

 目的地は、京都市内ではなかった。

 

 光の明日が所有する居住区は、山間部にある。教団員から聞き出した住所は地図上にも表示されていたが、航空写真では森の中に大きな白い建物が僅かに見えるだけだった。

 

 最寄りのバス停へ到着した頃には、すでに昼を過ぎていた。そこで降りたのは、黎明と澪だけだった。乗っていたバスは、二人を残して走り去った。

 

 周囲には店も民家もない。古びた待合所と、山へ続く一本の道路だけだった。

 

 電波も弱い。澪の携帯電話は圏外と表示されている。待合所の壁には、色褪せた時刻表が貼られていた。

 

 この場所へ来るバスは、一日に二本だけ。最終便は夕方前で、それを逃せば翌朝まで帰れない。時刻表の隣には、それより新しい紙が何枚も重ねて貼られている。

 

 

 

【人生に疲れた方へ】

【家族との絆を取り戻したい方へ】

【光の明日は、あなたを拒みません】

 

 

 

 金色の太陽の下に、無料相談の電話番号が大きく印刷されていた。

 

 

 

「……お、電話番号がある。一応、今から行くって言ったほうがいいか?」

「や、やめておきませんか?」

「冗談」

「え? 冗談だったんですか」

「まぁね」

 

 

 

 

 

 二人は山へ続く道を歩き始めた。最初は舗装されていたが、十分ほど進むと民家も畑も消えた。左右には杉の木が並び、昼間にもかかわらず道は薄暗い。

 

 

 

「この先に、本当に千人以上も暮らしている場所があるんでしょうか」

「地図にはあるね。それに、人の気配も増えてきてる」

「人の気配?」

「ほら、こっち見てる人がいる」

 

 

 

 黎明が森の奥へ視線を向ける。同時に、木々の間から男女が現れた。二人とも白い外衣を着ている。胸元には、光の明日の金色の太陽。

 

 

 

 

「榊原澪さんですね」

 

 

 男が穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「ご両親がお待ちです。私たちと一緒に来てください」

「どうして、わたしがここにいると……」

「神は、全てをご覧になっています」

 

 

 

 女はそう答え、澪へ手を伸ばす。しかし、彼女はすぐに身を引き、距離を取る。

 

 

 

「帰りましょう。家族のもとへ」

「参りましょう。神がお呼びです」

 

 

 

 だが、女の首から下げられた金色の円盤が光る。澪の瞳から、急に力が失われた。

 

 

「家族のもとへ」

「……家族の、もとへ」

「あなたは、お父様とお母様を愛しています」

「わたしは……父と、母を……」

 

 澪が女へ向かって一歩踏み出す。細い金色の霊力が、円盤から澪の額へ伸びていた。

 

 

 

「──いや、わたしは、違うッ」

 

 

 しかし、その霊力を彼女は退けていた。それと同時に、彼女の体からは霊力が溢れており、支配を拒んでいた。

 

 

 

「これは……霊力……いや、呪いへの耐性」

「これこそ、神が選んだ母体の力」

 

 

 

 信者たちは、感動した様子を見せている。一方、黎明の反応は薄かった。

 

 

 

「なるほど。洗脳系の魔法か」

 

 

 

 黎明が、その金色の糸を指で摘まんで軽く引く。それだけで金色の霊力が音を立てて千切れた。

 

 

 

「あれ……?」

 

 澪の瞳に光が戻る。そして、男と女の笑顔が同時に固まった。

 

 

 

「神の御技に、素手で触れた……?」

「そんな、神のお力が込められているにもかかわらず……」

「ちょっと邪魔だったからさ、これ」

 

 

 

 黎明は澪を背後に庇う。そして、そのまままっすぐ歩き出した。

 

 

「この程度なら、簡単に壊せるね」

「この程度……だと? この術は、陰陽師すら逆らえない! 教主様より賜った救済の術だぞ!」

 

 

 男が地面を蹴る。一般人とは思えない速度だった。拳には黒い霊力が集まり、近くの木々を震わせる。

 

 

 

「神へ逆らう者に、罰を!」

 

 

 拳が黎明の顔面へ迫る。それを、黎明は人差し指一本で止めた。

 

 

「……は?」

 

 

 男の拳は動かない。全体重をかけても、霊力をさらに込めても、たった一本の指を押し込めなかった。

 

 

 

「う、嘘だ……」

「本当」

 

 黎明が指を少し前へ押す。男の腕から黒い霊力が吹き飛んだ。続いて体が宙へ浮き、十メートル以上後方へ飛ばされる。

 

 黎明は、ほとんど力を入れていなかった。男は地面を何度も転がり、木の根元でようやく止まった。

 

 

「あり得ない……人間の、力じゃ……」

「人間を殺すのは忍びないし、手加減しないと」

 

 

 女が懐から短刀を抜いた。刃には、人間を一瞬のうちに殺害できるほどの猛毒の霊力が宿っている。

 

 

「なら、これで――!」

 

 

 一歩。女が踏み込んだ瞬間、黎明の姿が消えた。

 

 

 

「どこに――」

「後ろ」

 

 

 

 耳元で声がした。女が振り返るより先に、黎明の手刀が首筋へ触れる。

 

 強く打ったわけではない。軽く触れただけのように見えた。それでも女の意識は一瞬で刈り取られ、その場に崩れ落ちた。

 

 

「み、見えなかった……」

 

 倒れた男が、震える声を漏らす。

 

 

「霊力の流れすら、捉えられない。お前は、一体……」

「勇者」

 

 

 黎明は男の前まで歩く。

 

 

「それで、まだやる?」

「ひっ……」

 

 

 男は後退しようとした。しかし、その背中は木の幹に当たっている。逃げ道はない。

 

 

 

「わ、私は、神に選ばれた……恐怖など……」

「すごく怖がってるけど」

 

 黎明が男の額へ指を当てる。その瞬間、男の頭の奥に施された魔法に気づいた。澪に使われたものより深く、複雑な洗脳。

 

 

 

 男の記憶と感情に金色の霊力が絡みつき、教団へ疑問を抱くたび、その考えを消している。

 

 

 

「あー、使ってる側も洗脳されてるんだ」

「何を、言って……」

「状態異常、解除」

 

 

 

 黎明の指先から白い光が広がる。金色の霊力が、男の頭の中から引き剥がされた。

 

 

 

「が、ああああっ!」

 

 男が頭を抱える。脳に霧がかかっていたような数年間。その間の記憶が一気に押し寄せてきた。

 

 家族を捨てたこと。

 教団へ全財産を渡したこと。

 逃げようとした信者を捕らえ、地下へ運んだこと。

 

 

「俺は……何を……」

 

 

 男の顔から、作られた笑みが消えた。黎明は女の洗脳も同じように解いた。ただし、女は気絶したままだった。

 

 

「この人たちも、操られていたんですか?」

「うん。多分、中にいる人の多くもね」

 

 

 澪は山道の先を見る。両親も同じ術を受けているかもしれない。そう思えば、ここで立ち止まる理由はなかった。

 

 

「行きます。父と母の洗脳も、解きたいです」

「うん。でも、このまま正面から向かうと、また囲まれそうだね」

 

 

 黎明は倒れた男女を見る。

 白い外衣。

 金色の太陽。

 

 

 

「よし。装備を借りよう」

「装備?」

「潜入クエストだから、敵の服を着る」

「え、勝手に」

「ドロップアイテムだよ。倒した相手の装備だしさ」

「あ、そう、ですか」

 

 

 

 男女が着ていた白い外衣を脱がせ、その下の服は残した。男のものを黎明が、女のものを澪が羽織る。黎明は二人を術で縛り、道から見えない木陰へ移した。洗脳が解けた男には、警察が来るまで動かないよう告げる。

 

 

「これで、信者に見えますか?」

 

 

 澪が不安そうに、自分の白い外衣を見下ろす。

 

 

「それっぽいよ。笑顔も作ってみて」

「……こうですか?」

 

 

 澪はぎこちなく笑う。

 

 

「怪しい」

「黎明さんも、やってください」

「ニヤリ」

「あ、似合ってないですね」

 

 

 

 

 二人は白い外衣の襟を整え、再び山道を歩き始める。今度は、光の明日の信者のふりをして進んでいく。木々の隙間から、白い壁と金色の尖塔が見え始める。それでも、足を止めなかった。

 

 

 

「待っていて。お父さん、お母さん」

 

 

 澪は小さな声で呟き、黎明と共に教団の本拠地へ向かった。

 

 

「あ、さっきの二人、上着を脱がせたまま置きっぱなしだったけど、大丈夫かな?」

「ま、まぁ、大丈夫では?」

「虫とかに刺されたりしないかな。虫除けスプレーをかけておけばよかったかな」

 

 

 

 そんなことを言いながら、黎明達は信者の本拠地へと歩を進めた。




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そして、明日も11時更新!! お楽しみに!
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