【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ 作:流石ユユシタ
山道を進むにつれ、木々の隙間から見えていた白い壁が次第に迫ってくる。近くで見ると、それは壁というより城塞だった。
三メートルを超える白塗りの外壁が山の斜面に沿って続き、その奥には金色の尖塔が聳えている。入口は一つ。分厚い鉄製の門の両側に監視塔があり、白い服を着た信者が立っていた。
山奥の宗教施設というより、敵国の砦のようだった。
「思ったより、本格的な建物だね」
「はい、こんな田舎なのに」
「どっかに宝箱とかありそう。探検したいね」
「え、本当ですか?」
「うん、本当」
澪は余計に不安になった。
二人は先ほど倒した男女の白い外衣を身につけている。胸元には、金色の太陽を模した刺繍。その裏側には、木で作られた小さな札が縫いつけられていた。
男の札には【巡光班・三十七】。
女の札には【巡光班・四十二】。
おそらく教団内での所属と番号なのだろう。
「止まりなさい」
門まで十メートルほどの場所で、見張りの男が手を上げた。
「顔を伏せ、光へ祈りを」
黎明と澪は足を止める。二人は周囲の信者を真似て、胸に右手を当てた。
「光は、明日へ」
見張りの男が言った。黎明と澪は答えを知らない。けれど、山道で戦った男女が何度も口にしていた言葉を思い出す。
黎明は、信者が口にしていた言葉を思い出して答えた。
「……えっと、痛みは、救済へ」
黎明が答えると、門番は満足そうに頷いた。続けて、門番が黎明に尋ねる。
「巡光班ですね。迎えは終わりましたか?」
「あー、まぁ、はい」
黎明は適当に答えた。隣の澪は、もう少し真面目に答えてほしいと思ったりもしていたが、怖いので黎明に任せている。
「そうですか。ですが、心配はいりません。神の御許から逃げられる者はいません」
「結構あっさり倒せたけど……」
「ん?」
「いえ、なんでも」
黎明は良くも悪くも正直者である。それゆえに、このままでは相手にバレてしまうのではないかと、澪は危惧した。
そのため、怖い気持ちを押し殺して彼女は前に出た。
「えっと、二人は、こちらから逃れた後、本拠地の方向へ走っていきました。なので、侵入の可能性もあるかと……」
「なるほど、そうでしたか。では、あなたたちは中に入ってください。聞いていると思いますが、ほかにもネズミが入ったようで、見つけ次第粛清しても構いません」
「承知しました」
門番は納得したらしい。
門番は二人の身元を尋ねず、胸の札だけを確認する。それから二人の額に、金色の円盤を順番に近づけた。
円盤から細い霊力が伸びる。先ほど澪を操ろうとしたものと同じ、意識に潜り込む術だった。
澪の体が強張る。しかし、金色の霊力が触れる寸前、黎明が彼女の背中に指を当てた。黎明がほんの少しだけ流し込んだ霊力が、澪の周囲に薄い膜を作る。
(へぇ、定期的にアイテムで洗脳してるわけね)
金色の糸は膜の表面を滑り、澪の中に入り込んだように見せかけて地面へ落ちた。
「……問題ありません。二人とも、光の中にあります」
門番は円盤を下ろし、二人を先に促す。門番は術が成功したと思い込んでいる。だが、実際は黎明がその術を消していたことに気づいてなかった。
そして、分厚い門が、ゆっくりと左右へ開く。
「おかえりなさい。光の家族よ」
「ただいま戻りました」
澪は頭を下げ、門番の横を通り過ぎた。黎明はきょろきょろしながら中に入る。
「なるほど。状態異常にかかってるかどうかで本人確認してるんだ。あ、それと、澪って演技がうまいんだね」
「え、えっと、はい」
「いやー、連れてきてよかった。あのままだとバレて、戦闘になってたかも」
「あ、お役に立てたなら。えっと、戦闘になっても黎明さんなら問題ないかなとも思うのですが」
「その通り。いやでもね、せっかく変装してるのに、全て暴力で終わらせたら風情がないじゃん? こうやってこっそり侵入するのはRPGの醍醐味」
「あ、そうでしたか」
二人はようやく、本拠地への潜入に成功した。
◆◆◆
壁の内側には、一つの町があった。
中央には巨大な礼拝堂。その周囲に同じ形をした白い集合住宅が並び、学校、診療所、食堂、畑、作業場まで揃っている。
千人以上が暮らしているという話は、嘘ではないらしい。けれど、人が多いのに町は異様なほど静かだった。
畑では、白い服を着た大人たちが一列に並んで鍬を振り下ろしている。誰も話さない。腕を上げる高さも、土に刃を入れる間隔も同じだった。
洗濯物を運ぶ女たちは、同じ歩幅で歩いている。道ですれ違う者は必ず胸に手を当てた。
「光は、明日へ」
「痛みは、救済へ」
口角の上がり方まで、ほとんど変わらなかった。
「うわぁ、みんな笑い方一緒。NPCみたい」
「全員が同じ考えで動いてるみたい。これって洗脳とか?」
「かもね。それに、ここにいる人、ほとんど……モンスターが混じってる感じがするね」
「……え?」
「とりあえず、先に進もう。探索ワクワク!」
「え、すごい気になるのですが……」
澪が小さく呟く。さすがにその話で終わりとなると、気になって仕方がないのだ。少年漫画の次回への引きくらい、気になる。
「まぁ、そのままの意味だよ。モンスターが混じってる。前にも似たようなのがいたけど、それと近いのかな」
「え、モンスターが……じゃあ、全員が人間ではない?」
「いや、人間ではあるんじゃない? 洗脳されて、モンスターが混じってるだけで」
黎明は周囲を眺めながら言った。
「……黎明さんは見ただけで、分かるんですか?」
「頭から細い糸が伸びてる。さっきの人たちよりは弱いけど、町の真ん中に集まってるみたい。命令を伝える信号みたいな感じかな。それと、モンスターが混じってるのが分かるのは、MPの感じが似てるからね」
黎明はそう言いながら、信者たちに伸びる糸が集まる場所を見据える。糸の先にあるのは、金色の尖塔の下部だ。
「地下かな。大元は」
「……地下、ですか」
「ゾクゾクするね」
「ゾクゾクですか?」
「ワクワクもする」
「ワクワクもするんですね」
その時、鐘が鳴った。町にいる全員が、同時に動きを止める。畑の者は鍬を置き、道を歩いていた者はその場で跪いた。子供たちまで校庭に膝をつき、金色の尖塔へ頭を下げる。
『光の家族よ。祈りの時です』
町中に設置されたスピーカーから、女の声が流れる。
『我らの痛みを』
「光へ」
千を超える声が重なった。
『我らの悲しみを』
「水へ」
『我らの命を』
「神へ」
澪の呼吸が止まる。大勢の人間が呼応するように、同じ言動をするのは衝撃的なのだろう。さらに、全員から禍々しい霊力が溢れているのだ。
「これ、早くお母さんとお父さんを見つけてあげないと……」
「ちなみに、この中に両親いそう?」
「いえ、多分、ここにはいないかと」
二人も周囲に合わせ、礼拝堂へ頭を下げる。黎明だけは薄く目を開けたまま、町の様子を観察していた。
(あの金の塔に二人、見張り役かな。それに、塔の地下からも霊力を感じる。それも複数。やはり下かな)
頭を下げつつ、地下の気配を探る。黎明の感知能力であれば、地下を探るなど造作もない。ここには探知を阻害する結界があるのだが、それも些細な問題であった。
「やっぱり、地下が怪しいね」
「地下、ですか」
「うん。かなり多くの気配があるし、百くらいあるから、いるかもね」
「……黎明さんって、よく分かりますね。私、全然分かりません」
「よく言われる」
澪は疑問だった。なぜ地下の様子まで簡単に分かるのか、彼女には理解できなかった。目の前の集団も理解し難いが、その隣にいる存在はそれ以上に謎だった。
少し放心している間に、祈りが終わる。信者たちは何事もなかったように立ち上がり、作業へ戻った。
黎明たちも立ち上がろうとした、その時だった。
「三十七番。四十二番」
「……あ、俺たちか。出席番号みたいなもんかな」
「さすがに違うかと」
背後から呼び止められる。白髪を短く整えた男が立っていた。首から下げている金色の円盤は、門番のものよりもひと回り大きい。
「巡光班の帰還報告が届いていません。私と共に来なさい」
穏やかな笑み。しかし、その視線は二人の顔を確かめるように動いていた。
「はい」
澪は俯いたまま答える。男の後についていけば、正体が露見するかもしれない。断れば、その場で怪しまれる。
しかし、黎明に任せていれば絶対にボロが出て、そのまま戦闘になる。黎明であれば、この付近を吹き飛ばすことくらいわけない。だが、両親がいるかもしれないこの場所で荒事は避け、なるべく穏便に済ませたいと彼女は考えていた。
(黎明さんがすごく強いのは知ってる。なんか、詩さんが太陽を作ったとか言ってたし。私の常識を超える人なんだとは思う。だから、両親がいるかもしれないこの場所で、荒事は避けてほしい……)
自分がなんとかしないといけない。そう思った彼女は前に出た。
「榊原澪について、先ほど確認しました」
「それは、素晴らしい。どちらに?」
「男と一緒にいて、二人で本拠地の方向へ走ってきたので、そのことを門番に報告しました。その後、祈りの時刻になったため、一度確保を中止し、今に至ります」
「なるほど」
「この中に入り込んでいる可能性もあるので、それも念頭に置いて捜索しようかと」
(澪って演技派だな。嘘をつくのが得意な子なんだなー)
黎明は、すらすらと嘘をつく澪の姿を見て、そんなことを考えていた。一方で澪は、黎明に任せたら「俺は経験値を求めてここに来た!!」とか言って、その場をめちゃくちゃにするだろうから、自分がやるしかないと思っていたりする。
「それでは、二人はこのまま捜索を続けてください」
そう言って、男は二人から離れていった。「よっしゃ! 切り抜けたぜ」と思いながら、黎明は本拠地の探索を再開した。
「よっしゃ。いくぜ」
「はい」
「澪って嘘が得意だね。すごいなー」
「う、嘘が得意って、いいことですかね?」
「いいと思うよ」
「適当ですね」
◆◆◆
黎明と澪が潜入に成功し、安倍家の双子が怪異テロを解決する少し前のこと。
京都、嵯峨野にある土御門家の屋敷では、重苦しい空気が流れていた。
当主、
一つ目は、美術館で発生した大規模な怪異事件。
三か所の美術館を覆っていた異界は消滅し、千人近い一般人が生還した。その解決には、安倍家の双子と彼らの仲間が大きく貢献したと記されている。
二つ目は、安倍家の双子を狙った暗殺が失敗したという報告。
「……美術館の異変全てを解決、だと」
秀春の声は低い。
「はい。安倍紅、安倍蓮の二名は、ほぼ無傷とのことです」
報告に来た陰陽師は、畳に額がつきそうなほど深く頭を下げている。怪異が大量に現れ、大多数の人間が巻き込まれた美術館事件。
それらを安倍家の陣営が全て解決したと、陰陽師の間では大きな噂となっている。
「安倍家は、四年前に終わったはずだ」
秀春が吐き捨てる。
「それが今では、美術館を救った英雄か。陰陽師の間にも、再び安倍家を支持する者が増えているというではないか」
「父さん。このまま放置するのは危険です」
隣に座る長男、土御門宗一も珍しく余裕を失っていた。なぜなら、彼もまた、この美術館の一件に関与していたからだ。
美術館には、阿修羅兵と呼ばれる、陰陽師を改造して作った兵器が放たれていた。そして、阿修羅兵を用意したのは彼である。
双子を美術館へ送り込み、仲間もろとも混乱に紛れて殺すはずだった。たとえ怪異から生き延びても、最後に阿修羅兵が始末する。幾重にも策を巡らせたはずが、結果は全て失敗に終わった。
「安倍を名乗らなくなろうと、あの二人の血は変わりません。功績を重ねれば、周囲が勝手に安倍家の再興を望み始めます」
「分かっておる」
秀春は報告書を握り潰した。安倍家が再興すれば、現在の土御門家の立場は揺らぐ。双子が暗殺について調べ始めれば、さらに不都合な事実まで明るみに出るかもしれない。
「こちらも、目に見える功績が必要だな」
「でしたら、光の明日はどうでしょう」
宗一が別の資料を差し出す。以前から陰陽庁が監視していた宗教団体、光の明日。信者から財産を奪うだけではなく、行方不明者や怪異との関係も疑われている。先ほどは陰陽庁への襲撃まで行っており、もはや摘発する理由は十分に揃っていた。
「京都に本拠地を置く危険な教団を、土御門家が壊滅させる。今の状況を変えるうえで、分かりやすい功績になるかと」
「そうだな」
秀春は少し考えた後、廊下に控えていた使用人へ命じる。
「綾乃を呼べ」
◆◆◆
しばらくして、襖が開いた。
「お呼びですか、父さん」
長い黒髪を低い位置で束ねた女が、柔らかな微笑みを浮かべて入ってくる。
土御門家の長女、
二十歳という若さながら、強い霊力と高い術の才を持つ陰陽師である。家柄だけで評価されているわけではない。本気で任務に取り組めば、同年代で彼女に並ぶ者はほとんどいないとされていた。
ただし、本人には名声を得ようという意欲がない。
面倒な仕事は他人に押しつけ、会合では柔らかな笑みを浮かべたまま嫌味を口にする。そのため、周囲からは「才能を腐らせている」「何を考えているか分からない」と陰で評されていた。
綾乃は座ると、机の上の報告書に視線を落とす。
「あら。また安倍さんたちに負けたの?」
「言葉を慎め、綾乃」
「事実でしょう? 宗一さんが一生懸命作った玩具まで、全部壊されたと書いてあるもの」
「玩具? 宗一、なんのことだ?」
当主である秀春は、宗一が裏で阿修羅兵を作っていたことは知らない。そのため、宗一の眉が僅かに動く。
「父さん、綾乃のいつもの嫌味ですから、気にしないほうが……それより、綾乃。お前には土御門家の人間として働いてもらう」
「嫌ね」
綾乃は即答した。
「なぜ断る。土御門家の一大事なんだぞ」
「宗一さんがそんな顔で話しかけてくる時は、ろくなことではないでしょう?」
口元には微笑みがある。しかし、兄を気遣う様子は欠片もなかった。
「綾乃、当主として命じる。光の明日の本拠地へ向かえ」
二人では埒が明かないと思った秀春が命じる。
「光の明日? あぁ、あのキモい宗教団体ね」
「教団は近頃、急速に勢力を拡大している。死者も出ているらしい。お前が本拠地へ入り、教主を捕らえろ。抵抗する者は殺して構わん」
「随分と乱暴ね。信者が何人いるかも、正確には分かっていないのでしょう?」
「精鋭を五人つける」
「六人で宗教団体を壊滅させろ、と? 父さんは娘を高く評価しているのね」
「お前ならできる」
「失敗すれば、切り捨てやすいですものね」
「ふん、教団と言っても所詮は一般人。土御門の敵ではあるまい」
秀春と宗一の二人が、彼女をじっと見た。断ることは許さない。そう言いたげな表情だった。
綾乃は二人の顔を順番に眺めた後、小さく息を吐いた。
家の名誉。功績。安倍家への対抗心。大人たちが必死に積み上げているものは、彼女にはどれも滑稽に見えた。
「……まぁ、いいわ。このまま断っても面倒なだけでしょうし。仕方ないから、行ってきます。教団を潰せばいいのね?」
「──ああ。土御門の名を知らしめてこい」
「はいはい」
最後まで嫌味な笑みを崩さず、綾乃は部屋を出た。数十分後。白と金の狩衣に着替えた綾乃は、五人の陰陽師と共に車へ乗り込む。
目的地は、山間部に築かれた光の明日の本拠地。車内で、彼女はふと呟いた。
「安倍とか、土御門とか……そんなの、いつまで残っているかしらね。どうせ、全部壊れちゃうのに」
そこに黎明と榊原澪が潜入していることを、彼女たちはまだ知らなかった。
【9月12日】
書籍版『救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ』が、9月12日に発売されます!
書籍といえば、やはりイラストですね。
というわけで【新イラスト】を公開します。
【挿絵表示】
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そして、明日も11時更新!! お楽しみに!