【書籍化】救いない怪異の世界をRPGの世界と勘違いしてるやつ   作:流石ユユシタ

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第74話 光の明日

 倒れた半人半魔を残し、三人は資料室を出た。

 

 壺を割った音は、廊下の奥まで聞こえていたらしい。何人かの信者がこちらへ向かっているのを黎明は感じていたが、それより先に別の部屋へ入る。

 

 そこには木箱と樽が積まれていた。

 

 

「お、いっぱいある」

「ちょ、ちょっと……」

 

 

 黎明は近くにあった樽を持ち上げ、床へ叩きつけた。木材が割れ、中に入っていた布が飛び出す。

 

 

 

「あ、今度はモンスターが! やっぱり中にいたね!」

「ちょ、怪異がこんな中に潜んでるの!?」

 

 

 

 黎明が樽の中に潜んでいたモンスターを一瞬のうちで刈り取る。あまりに速い手刀、一瞬のうちに両断をし、さらに拳を五回ほど怪異に打ち込み、体を破壊し、完全に祓った。

 

 明らかなオーバーキル。しかし、速すぎて綾乃は視認できずに、ツッコメなかった。

 

 

 だが、綾乃には僅かにだが、黎明が動いた。それだけは分かっていた。なぜなら、怪異が現れと思ったら、一瞬のうちに細切れになり煙になって消えたからだ。

 

 

 

(こいつ、マジで速い……! 速過ぎる、微かに挙動があったと認識しかできなかった。マジでなんなのこいつ……)

 

 

(双子の知り合いとは言ってたけど、当然のように怪異を倒してる。双子は嘘を言ってなくて、本当に怪異は倒せるってこと……?)

 

(それなら、わたしのあの悪夢は……いや、怪異が倒せるってのは傑物なのは間違い無いけど。だとしても、結局、無駄に終わる。だって、あの夢は)

 

 

 その時、綾乃はハッとして廊下へ目を向けた。先ほどよりも足音が増えている。黎明は気にせず、隣の壺を割った。

 

 

 

「あ、薬草みたいなのがある。これは……なんだろ? MP感じるけど」

「ちょ、ちょっと、来てるわよ」

「毒消しかな?」

「い、いやその」

 

 

 綾乃が黎明の背中を押す。三人は部屋を出て、廊下の奥へ向かった。次の曲がり角にも壺が二つ並んでいる。

 

 黎明は迷わず片方を蹴った。

 

 

「謎のグロイ内蔵みたいなのを手に入れた」

「手に入れてる場合なの……?」

「これは、モンスター。いや、似てるけど違うね。人間が混じってる感じがする。さっきの半魔の実験の産物とかかな?」

「冷静に考察してる場合じゃないと思うわよ……追手が来てるし」

 

 

 

 綾乃が言い終わる前に、壁のスピーカーから警報音が流れた。

 

 

『地下区画に侵入者を確認』

『巡光班三十七、四十二、五十八は偽装です』

『発見次第、救済を行ってください』

 

 

 綾乃は黎明を見る。

 

 

「バレてる見たいよ」

「あちゃー。まぁ、仕方ないね」

 

 

 

 前後の通路から、信者達が現れた。白い服を着た男女。手には鉈、鎌、鉄の棒。中には黒い封霊石を持つ者もいる。

 

 

「侵入者へ救済を!」

「神の敵を殺せ!」

「澪と綾乃は後ろにいて」

 

 

 黎明は二人を背中へ庇う。

 

 最初の男が鉈を振り上げた。黎明は僅かに体を横へ動かし、その腕を掴む。男の足を払うと、体が一回転して後ろにいた信者を巻き込みながら床へ落ちた。

 

 右から鉄の棒が迫る。

 

 黎明は手の平で受け流し、相手の胸へ肩を当てた。男は息を吐くこともできず、壁へ叩きつけられる。

 

 三人目、四人目。次々と圧巻の動きで黎明は倒していく。前後左右、全ての目がついてるかのように、動きが完璧だった。

 

 黎明に敵わないと分かると、背後から鎌を持った女が、澪へ近づく。

 

 

「澪、左来てるよっと!」

 

 

 黎明は前にいる男の腕を掴んだまま、後ろへ蹴りを放った。

 

 爪先が鎌の柄だけを弾く。武器は天井へ回転しながら飛び、女が驚いている間に、黎明の手刀が首へ当たる。

 

 信者の一人が、首から下げた金色の円盤を掲げる。

 

 

「神の前へ跪け!」

 

 

 金色の糸が黎明へ伸びた。黎明は飛んできた糸を指で掴み、隣の男へ投げ返す。男の目から力が抜け、持っていた鉄の棒で仲間を殴り始めた。

 

 

「な、なぜ神の御技を操れる……!」

「飛んできたからコピーして使ってみたんだ。でもこんな魔法もあるんだね。操作するのはやったことなかった」

 

 

 黎明は混乱している男の腹へ掌を当てる。男の体は後ろの三人を巻き込み、廊下の端まで滑っていった。

 

 

「止まれ!」

 

 

 奥にいた信者が拳銃を向ける。引き金へ指が掛かる前に、黎明は目の前から消えた。

 

 次に見えた時には、拳銃が床へ落ちていた。そして、男は気を失って倒れる。

 

 

 

 

(強い……強い強い強い。理不尽なまでに強過ぎるッ。こ、こんなの人の皮を被ってるだけで、怪異と変わらないじゃないッ)

 

 

 

(強い、それ以外の感想がない。今、相手の金色の糸の術を、一瞬で打ち消した後。模倣して使っていたように見えたッ。単純な肉弾戦だけじゃない、霊力操作も術を扱うセンスも全部が神懸かってるッ)

 

 

 

(こいつの機嫌を損なってはいけない。損なったり、こいつの気が変わったりしたら、わたしみたいなのは間違いなく死ぬ)

 

 

(これはもう、災害と一緒。台風が通った場所が荒れてしまうように。こいつの前に立ったら、全て吹き飛ばされる)

 

 

 綾乃は黎明を恐れた。黎明の全ての動きは、相手の生命を簡単に奪うことができる。常に台風が隣にいるかのような緊張感が走る。

 

 

 

(でも大丈夫。台風も中心は静かなもの。機嫌さえ損なわず、わたしにヘイトが向かなければ……)

 

 

 黎明は少し嬉しそうに、倒れた信者達の間を進んでいく。綾乃は何も言わず、その背中を見ていた。

 

 

(軽やかな足取り。こっちは神経がすり減るくらい緊張してて、汗だって止まらないのに。クッソ、こんなのがいるなんて。見たところ、霊力による身体強化はしてないように見えた。なら、純粋な身体もこちらの想像を遥かに超えてるってことでしょうね)

 

 先ほどの半人半魔もそうだが、黎明は霊力で体を強化していない。にも関わらず、全てにおいて綾乃の想像を超える動きを叩き出す。

 

 土御門家には、術を封じられた時に備えて武術を学ぶ者もいる。しかし、それは護身のためであり、武器を持った集団や半人半魔を相手にするものではなかった。

 

 

(やはり、どう考えても、尋常じゃない。双子の知り合い……まさか、海外のエクスシストとか?)

 

(……いや、海外でもここまで強いのがいるわけないか。え、じゃ、なんなのこいつ?)

 

 

 名家で多くの陰陽師を見てきたからこそ、目の前の存在がおかしいと分かる。黎明は今まで見てきたどんな存在よりも、遥かに強い。

 

 

(……理解不能の化け物、か。日本にこんなの放し飼いしてていいのかしら。でも双子の知り合いっぽいし。一応は味方……いやちょっと待って!?)

 

 

(双子に結構嫌味を言ってた、わたしって敵候補?! 少なくとも良いイメージではないわよね?! どうしよう、こんな化け物に目とかつけられたら、たまったもんじゃない! 地球に安全圏なんかなくなるし)

 

 

(ど、ど、どうしましょう。今まで基本嫌味とかしか言ってきてないし、挑発的な言動が染み付いて、どうしようもない……)

 

 

 

「どうしたの? なんか顔色悪いけど」

「い、いえ、何も……その、双子からはわたしについて、どう聞いてたのかしら?」

「めっちゃ嫌味の人。人としてあんまり好きじゃない、友達居なそう、ペットにも手を噛まれてそうとか」

「……めちゃめちゃボロクソに言ってたのね、まぁ、わたしもそれ以上に言ってたけど。その、実は誤解よ。わたしも、あんまり嫌味とか言いたくはなくて」

「あ、そうなんだ。確かになんか大人しいよね。蓮は三歩歩いたら、悪口が四つ出てくるって言ってたのに」

「えぇ、意外とね。二人は一応親族だから、ちょっとだけ距離感を間違えたと言うか」

「へー」

 

 

 綾乃は少しでも自分のイメージを上げるために、色々と黎明に説明を開始した。しかし、黎明はそもそも綾乃と双子についてどうでも良いと思っており、説明も聞き流していることを彼女は知らない。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 黎明は信者達の霊力が集まっている方向へ進み、現れる者を全て気絶させていく。

 

 途中にも壺や樽があった。もちろん、全部割った。一見、意味不明な言動に見える。だが、黎明は霊力を感知している変わっているのであり、逆に一才何もない壺などは割っていなかった。

 

 

 

「これ、金貨じゃないね」

「教団の記念硬貨みたいです。両親の家にもありました」

「使えないのか。これ、何個か集めたら、役立つアイテムと交換とかもできなそう」

「あの、黎明さん、わたしの両親はそろそろ、見つかるでしょうか?」

「うん。そろそろじゃない? そこの大きな部屋に人が集まってる。多分そこ」

 

 

 澪が心配した表情で黎明に聞いた。それに対し、黎明はそろそろであると話す。

 

 進むほど、廊下の壁へ水滴が増えていく。配管から漏れているのではない。天井や床そのものから、綺麗な水が染み出していた。

 

 澪は一度、足を止めた。

 

 

「この感じ、清泪村に似ています」

「へぇ。同じような水系のボスなのかな」

 

 

 黎明は笑いながら、階段を上がった。そのまま長い廊下を抜ける。その先には、金色の太陽が描かれた巨大な扉があった。

 

 そこを黎明が押す。鍵が掛かっていたのか、向こう側で金属の折れる音がした。

 

 

「……壊したのね。なんか、術が施されてた気がしたけど」

 

 

 

 綾乃は脳筋戦法で扉を壊した黎明を見て、顔がひきつっていた。しかし、ずっと引き攣ってるような状態なので特に顔に変化はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉の先は、地下とは思えないほど広い礼拝堂だった。数百人の信者が並んでいる。

 

 全員が、黎明達の方を向いていた。白い服を着た信者達は、最初から三人が来ることを知っていたかのように、黙って扉を見つめている。

 

 

 

「あ、待ち伏せされてる」

 

 

 黎明は礼拝堂の中を見回した。ここにいる者達が、教団に残された最後の信者らしい。

 

 地下施設にいた信者のほとんどは、ここへ来るまでに黎明が気絶させた。外にいた者達も、黎明が本拠地へ入る時に倒している。

 

 警戒されているのか、誰も黎明へ近づこうとはしない。そして、その信者の列の奥には、金色の太陽が描かれた祭壇があった。

 

 その前に、白と金の法衣を着た男が立っている。

 

 光の明日の教祖。年齢は五十ほどに見えた。痩せた顔に穏やかな笑みを浮かべ、両手を信者達へ広げている。

 

 表情だけを見れば、落ち着いているように思える。だが、額には汗が滲んでいた。法衣の袖から出ている指も、僅かに震えている。

 

 それもそのはずだ。侵入者が居るとわかり、地下施設へ何度も連絡を送った。そのたびに返事をする信者が減っていった。

 

 巡光班、半人半魔、封霊石を持たせた処刑班。

 

 侵入者へ差し向けた者達は、一人も戻ってこなかった。残っているのは、この礼拝堂に集めた信者だけだった。

 

 

 

 

「……よく、ここまで辿り着きましたね」

 

 

 教祖の声が礼拝堂へ響く。

 

 

「……なるほど。貴方が、我々の同胞を傷つけて回った侵入者ですか」

「そうだね」

 

 

 教祖の笑みが、一瞬だけ消えた。地下施設には、教団が作り出した半人半魔を何体も配置していた。

 

 封霊石によって陰陽術を封じれば、どれほど優れた陰陽師でも逃げることしかできない。実際に、先に侵入した土御門家の陰陽師達は、ほとんど何もできずに殺された。

 

 だが、黎明には通用しなかった。封霊石の中でも動きは鈍らない。半人半魔を見つければ、何の迷いもなく倒してしまう。

 

 教祖にとって、黎明は最初から想定していなかった存在だった。想定できるはずもない。霊力使用不可の石があるのに、霊力を使用し、そもそも霊力を使わなくても最強クラスの人間。

 

 それを想定してるはずがない。

 

 

 だからこそ、教祖は焦っていた。そんな教祖を黎明は見る。

 

 

 

 

「さて、アンタで最後かな? あんまり強そうじゃないけど」

「……随分と簡単に言ってくれますね」

「難しくはなさそうだから」

「貴様……!」

 

 

 教祖の顔から、穏やかさが消えかける。だが、すぐに笑みを作り直した。

 

 

「確かに、貴方は強い。地下にいた者達が敗れたことも認めましょう。しかし、我々は貴方と戦うために、ここへ集まったのではありません」

「そうなの?」

「我々が待っていたのは、そちらの方です」

 

 

 教祖の視線が、黎明の後ろにいる澪へ向けられた。祭壇の左右に並んでいた信者達が、道を空ける。

 

 その奥に、一組の男女が立っていた。白い服を着て、胸の前で手を組んでいる。

 

 

「……お父さん、お母さん」

 

 

 澪の声が震えた。二人とも生きている。目立った傷もなく、自分の足で立っている。

 

 ただし、その目には山道にいた信者達と同じ金色の糸が絡んでいた。

 

 

「お待ちしておりました。榊原澪さん」

 

 

 教祖は、今度こそ余裕を取り戻したように笑った。

 

 

「ようやく、家族が揃いました」

「……お、お父さんとお母さんを返してください」

「返す? お二人は、自ら光の中へ来られたのですよ」

「そんなわけない」

「果たして、そうでしょうか」

 

 

 

 教祖が右手の指を動かした。澪の父と母が、同時に前へ出る。

 

 

 

 

「澪。こちらへ来なさい」

「もう、逃げなくていいのよ」

 

 

 

 父が手を伸ばし、母が笑っていた。

 

 

 

「お父さん、お母さん……」

 

 

 

 澪は両親へ近づきかけた。黎明は止めなかった。ただ、二人の体から漏れている霊力を見ていた。

 

 

 

「……どうして、わたしをここへ連れてこようとしたの?」

「貴方が選ばれたからですよ」

 

 

 答えたのは教祖だった。

 

 

「貴方は知らないでしょうが、本来、清泪村で生贄となるはずだった人間なのです」

「……え?」

「幼い時、その血と命を水神へ捧げられるはずだった。しかし、貴方の両親は儀式を拒み、村の外へ逃げた」

「どうして、それを……」

「お二人から聞きました。村を出た理由。代々、娘が巫女として水神へ捧げられてきたこと。そして、貴方が生まれた後に起きた数々の怪異を」

 

 

 澪は両親を見る。二人とも、教祖の話を否定しなかった。

 

 

「貴方の両親は、濁水(だくすい)を飲んでいた。その子供である貴方も、生まれた時から水神の呪いと繋がっていた。心当たりがあるでしょう?」

「……」

 

 

 澪は清泪村で起きたことを思い出した。物心がついた頃から、自分の周囲では説明のつかないことが起きていた。

 

 そして最後には、清泪村へ引き寄せられた。あの村へ封じられていた水神の怪異に、自分は生贄として求められていた。

 

 

「貴方は本来、神へ捧げられる巫女。特別な霊力と、呪いに耐える肉体を持っている。清泪村の呪いを受けながら、貴方は生き残った」

「黎明さんが、助けてくれたからです」

「それだけではない。普通の人間ならば、村へ戻る前に壊れていたでしょう。貴方の体には、元から呪いを受け入れる性質があった」

 

 

 

 教祖の視線が、澪の腹部へ下がる。

 

 

 

「我々は、怪異の子を宿す母体を探しているのです」

 

 

 澪の表情が固まった。

 

 

「これまでにも、何人もの女性を試しました。しかし、誰も耐えられなかった。子を宿しても、怪異を移す前に母体が死ぬ。あるいは、胎児の方が先に壊れる」

「……」

「ですが、貴方なら違う。人と怪異、両方の性質を持つ子を産むことができる」

「そんなことのために……」

「そんなこと? いえいえ、これこそ非常に重要なこと。怪異を宿せれば、神の子ですら宿すことができるかもしれない。そうなれば、神に近しい存在を量産できる。素晴らしいことです」

 

 

 話を聞いていた綾乃は、地下で見た存在を思い出した。人間と怪異の間にいる化け物。怪異に近い霊力を持ちながら、人間の肉体も残していた。

 

 あれは、実験の中で生まれた……失敗作。

 

 

 

 

 理由は理解できた。理解できたからこそ、綾乃は背中へ冷たいものを感じた。教団は、何年も前から同じ実験を繰り返している。地下にいた半人半魔だけではない。

 

 あの資料室へ残されていた人数を考えれば、ここで殺された人間は数十人では済まない。

 

 

「神を量産し、使役する。神々の軍勢を作り出し、神の頂点に私が立つ」

 

 

 教祖が両腕を広げる。

 

 

「それこそが私の計画。まず手始めとして……罔象大神(みつはおおかみ)を復活させる」

 

 

 数百人の信者が、同時に頭を下げた。

 

 

「そして、その神を孕む母体。その可能性が貴方なのですよ」

 

 

 澪は即座に答えた。

 

 

「わたしは、そんなものになるために来たんじゃない。お父さんとお母さんを返してッ」

「お二人も、それを望んでいるのですよ」

「そんなことないっ」

「では、本人達へ聞いてみましょう」

 

 

 

 澪の父から笑顔が消える。

 

 

「村を出た後も、怪異に怯え続けた。いつか見つかるのではないか。いつか、お前が連れていかれるのではないか。私達は一日も安心できなかった」

「それは……」

「お前がいたから、私達は普通の家族になれなかった」

 

 

 母親が娘を睨む。

 

 

「あなたさえ生まれなければ、あんな村から逃げる必要もなかった。呪いも、怪異も、何も知らずに生きていけたのよ」

「お母さん、やめて……」

「最後くらい、親の役に立ちなさい。教主様の言うことを聞いて、神の母になるの」

 

 

 

 目の前にいる二人が、洗脳されていることは分かっている。本心ではないかもしれない。それでも、両親の声で言われた言葉は、澪の中へ残った。

 

 

 心が揺らぎかけた時、黎明は彼女の肩を叩いた。

 

 

 

 

 

「落ち着いて。今はあっちも本心が言える感じじゃなさそうだしね。それに、ちょっとモンスターの気配もあるし」

 

 

 

 

 先ほどから感じていた、人間とは異なる霊力。金色の糸による洗脳だけではなかった。

 

 

 

「モンスター……? 妙な言い回しですが、まさか感知が出来るとは。信じられません」

「まぁ、ここまでくる人間もだいたいそうだったしね」

「なるほど、それで察しがついていたというわけですか」

 

 

 

 教祖が指を曲げる。父親の体から、骨の軋む音がした。

 

 

「お、とう……さん?」

 

 

 父親の背中が大きく膨らんだ。白い服が内側から裂ける。背骨の両側から黒い突起が伸び、その先が人間の腕へ変わった。

 

 一本。

 

 二本。

 

 新しく生えた腕が床へつき、孝之の体を持ち上げる。皮膚の下を黒いものが移動している。

 

 首筋から頬へ血管のような線が広がり、右目が金色へ変わった。口が耳元まで裂ける。それでも、残った左目は澪を見ていた。

 

 

「澪……教主様、に……従いなさい」

 

 

 人間の言葉と、獣の唸り声が混ざっている。隣にいる母親の体も変わり始めた。

 

 長い黒髪が床へ落ちる。髪だと思っていたものが一本ずつ持ち上がり、先端に白い指が生えた。

 

 両腕は異様に細く伸び、爪が黒く変色していく。腹部には縦に大きな亀裂が走った。

 

 服が裂け、その下から現れたのは口だった。腹に作られた口が開き、中から細い舌と、何本もの子供の腕が伸びてくる。

 

 

「お、お母さん……?」

 

 

 澪の足が動かなくなった。両親は生きている。だが、その体には怪異が入り込んでいた。

 

 地下で綾乃達を襲った半人半魔と同じだった。

 

 

 

 

 

「そんな……お父さんと、お母さんが……ば、化け物に……」

 

 

 

 澪の声が掠れる。そのまま絶望した表情で彼女は地面に手をついて蹲ってしまった。

 

 

 

 

 

「おや、心が折れてしまいましたか。まぁ、精神は関係ありません。母体さえ手に入れば良い。そして、この時点で問題なのは……やはり貴方ですね」

「お、ようやく戦闘かな。後ろの信者も全員がアンタが操ってるわけね」

「……凄まじい霊力感知。これは本気で行かなくてはなりませんね」

 

 

 

 

 教祖の顔が歪んだ。礼拝堂に残された数百人の信者と半人半魔へ変えられた澪の両親。

 

 

 それらが全て霊力を高める。通常の陰陽師であれば、戦うという選択さえできない。

 

 封印用の準備もなく、守らなければならない澪と綾乃を連れた状態で、これだけの敵に囲まれている。

 

 

 どう足掻いても、死ぬ以外の選択肢がない状態。だが、この状態でも黎明はいつもと同じ表情だった。

 

 

 

 

「あ、そうだ。綾乃は澪をよろしく。げんきになる言葉とかけてあげて」

「……いや、無理じゃないかしら。この状況で……」

「あ、そう。なら、みててくれればいいさ。あんまり時間もかからないだろうし」

「大丈夫、なの? 勝ったとしても、その、この子の親とかはもう……」

「あぁ、大丈夫でしょ。モンスターの部分だけ、抉って、回復魔法かければ良い気がするしね」

 

 

 

 半人半魔となった澪の両親がゆっくりと動き出し、同時に数百人の信者達も、白い服の下から武器を取り出す。

 

 

 

 

「──神の母を確保しなさい!」

 

 

 

 教祖の命令で、信者達が一斉に動き出す。それにより礼拝堂全体が揺れる。

 

 

 

 

「さて、この人間を全員、あんまり傷つけないようにしないとね」

 

 

 

 数百人の信者に囲まれた礼拝堂で、黎明と教祖、そして澪の両親との戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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