男は死に場所を探していた。
普通の家庭。普通の学校。普通の成績。
友人はいたが本音で接することができる相手はいなかった。
この春、周囲の同世代は新たな進路へと進み始めた。
ポケモンと旅に出る者、研究・学業を始める者、就職する者、家を継ぐ者。
彼はすることが何もなかった。
欲までもがなかった。いや、あったのかもしれないが、諦めてしまった。
窓の外、ポッポが数匹、群れになって飛び立つ。
自由に空を飛ぶ姿は、心まで鎖に繋がれてしまった自分といかにも対照的だ。
生まれ育ち、遊び周ったヤマブキシティ。
少年時代は、活発で運動神経も良く、この街を駆け回ったが、いつしかそんな記憶も遠い過去のこととして色褪せてしまった。
夢がない。目標がない。生きる理由がない。
たったそれだけのことなのに、鬱々とした感情が自分を蝕む。
朝、目を覚ます。なぜ生きているのかわからない。食事をする。人と話す。心が動かない。時間が過ぎる。日々が流れる。
刹那的な快楽でごまかすような日々。行きたい場所すらこの世界のどこにもなかった。
生きているのではない。死んでいないだけだ。
小さい頃思い描いていた理想の未来から、どんどんかけ離れていく。
無駄につけ流されているテレビからは、ふたご島特集の話が聞こえてくる。
カントー地方南部、グレンタウン沖の孤島。冬は猛吹雪。遭難者が毎年出る場所らしい。
最近、グレンタウンのニュースをよくやっている。
どうでもいいが。
彼は思った。
ふたご島なら、静かに消えられる。
誰にも迷惑をかけずに遭難事故として処理されるだろう。
両親は少しは悲しむかもしれないが、すぐに忘れるだろう。
友人たちもすぐに日常に戻るはずだ。
自分が消えても、世界は何も変わらない。
彼はわずかな荷物だけを持って、グレンタウンへ向かった。
そこから船に乗り、すぐ近くのふたご島へ。
船員は不思議そうに彼を見たが、何も言わなかった。
島に降り立つとすぐに冷たい風が彼を迎えた。
チルットが一匹、路上で死んでいた。
渡り鳥の群れから逸れでもしてしまったのだろう。
争った形跡があり、羽はもがれ、おそらく数日経って凍っていた。
ああ、もうすぐだ。
もうすぐ、この空虚な日々が終わる。
彼は洞窟の奥へと足を進めた。
一章:死と翼
容赦ない吹雪で視界はゼロ。白い壁が四方を覆い、上も下も分からない。
やっとのことで洞窟に入る。
息をするたびに肺が凍るような錯覚に襲われる。
地に足だけはついていたが、足元は滑りやすく、何度も転んだ。手はもう感覚がない。
苦しい。だが、それでも、引き返そうとは思わなかった。
もう何も考えなくていい。
足がもう動かない。体温が奪われ、筋肉が硬直している。
このまま座り込めば、数時間で凍死するだろう。
彼はそこに座り込んだ。
雪の上に。氷の上に。
冷たい。だが、もうすぐ冷たさも感じなくなる。意識が薄れていくのが分かる。視界が暗くなっていく。
ああ、これで。
これで終わりだ。
だが——
*ミシッ……*
何かが崩れる音がした。
彼が座り込んだ場所の氷が、崩壊を始めている。体重を支えきれなくなったのだ。
*ミシミシミシッ——*
間に合わなかった。
足場が崩れ、体が宙に浮いた。落下する感覚。白い吹雪の中を、真っ逆さまに落ちていく。
ああ、これも運命か。
凍死ではなく、落下死。
どちらでもいいか。どうせ死ぬのだから。
だが、落下は突然止まった。
いや、止まったのではない。何かが彼を受け止めた。
冷たい。だが、不思議と柔らかい。羽毛のような感触。そして、心地よい。
彼は気づく。氷のように透き通る青い羽根と長い尾羽。
伝説のポケモン、フリーザー。一瞬にしてその気高さと美しさに見惚れてしまった。
フリーザーは着地し、ただ静かに、彼を氷の床に降ろした。
なぜ、助けた?
なぜ、生かした?
当然答えてくれそうもないフリーザーに対し怒りすら湧き上がってくる。
全てを終わらせたかったのに…
放っておけばよかっただろう。
フリーザーは、ただじっと静かに対峙し、彼を見つめている。
敵意は感じないが、仕方がない。
こうなったら、伝説と呼ばれるポケモンと戦って散るというのも悪くないかもしれない。
人を一人を凍らせるくらい、わけないだろう。
彼は拳を握り、体制を構えた。
フリーザーの目が、わずかに細められた。空気が変わる。
フリーザーの周囲に冷気が渦巻き、氷の結晶が生まれる。
氷の光線が放たれる。彼は横に飛び、転がって避けた。次の攻撃。また避ける。何度も、何度も。
体が悲鳴を上げる。息が切れる。視界が揺らぐ。
こちらからの攻撃など、できる余地などなかった。
膝をつく。もう立てない。体力の限界だった。もう気力も限界で意識も飛びそうだ。
これで終わりか。あっけない。彼の人生は何だったのだろう。
だが最後は思いもよらない体験だったな。
フリーザーは攻撃を辞め、ただ静かに彼を見つめている。
その目を見て、ようやく彼は気づいた。
この目は、自分と同じだ。
孤独。空虚。だが何かを求めている目。
この島で、誰も寄せ付けず、誰にも理解されず。力ゆえの孤独。伝説ゆえの孤独。
同じ孤独を抱える者同士だから、理解できた。
その時、地響きがした。
島全体が揺れ始める。遠くから轟音が聞こえる。火山活動だ。ふたご島の火山が、活性化している。
熱気が洞窟内に流れ込んできた。さっきまでの凍える寒さが嘘のように、急激に温度が上がっていく。
凍えた体に、徐々に感覚が戻ってくる。
フリーザーが翼を広げ、彼に背を向けた。
乗れということなのか。
彼は、この状況に少し高揚感を見出していた。
焼死は辛そうで嫌だしな。
迷わずフリーザーの背に飛び乗り、フリーザーはそれを受け、飛び立つ。
その時彼は、どこからか監視されているような、気配をわずかに感じた。
だがそんなことを気にしている場合じゃない。
洞窟を抜け、空へ。眼下には、赤く染まり始めたふたご島。
マグマが地表に噴き出そうとしている。
二人は、島を後にした。