皆は『回復術士のやり直し』という作品を知っているだろうか?
ある日この作品に出会ってからその世界観にのめり込んだ。受験期であった俺にはこの作品の魅力的な人物、天職に憧れ、現実から逃避することが増えた。
ああ、できることならこの世界に入って好きに生きたい。
そんな事を考えていたが、大学を出た今ではそんなこともあったなと笑える話だった。
だったはずだった…
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『はあ、はあ、はあ、はあ…』
息が苦しい。体が、頭が、痛い。
なにが起きた?
痛む体を無理矢理無視して瞳をどうにか動かし、少ない情報を働かない頭に詰め込む。
囲むように立つ人々。歩道に乗り上げるような形で止まっている車。手を動かすと温かい水に濡れていた。違う、これは血だ。
どうやら俺は、車にひかれたようだ。
車の前方はひしゃげ、大きくへこんでいた。アレじゃあ廃車確定だろうな。
(へへ、ざまあ)
俺を弾いたバチが当たった、と心のなかで笑うと──
「ゲホッ ゲボッ!」
大量の血が口から溢れ出てくる。どうやら内臓を損傷したらしい。
周囲の人々の叫び声が遠くなっていく。こんなことが起きても、俺はこれを他人事のように感じているらしい。不思議と冷静だった。
ああ、体が端から冷たくなっているように感じる。魂が抜けていくような感覚。
死ぬってこういう感じなんだ。
不思議と恐怖はなかった。ただ、静かに意識が遠のいていく。
心残りがあるとすれば、『回復術士のやり直し』の最終巻──いや、次の巻でなにがあるのか。
(みた、かった な)
視界が暗転した。
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どうやら俺は転生したらしい。死んだ後気づいたら赤子になっていた。
最初は混乱した。だが、少しずつ状況が飲み込めてきた。
俺はリオネル・リコルディというらしい。両親は優しく、温かい家庭だった。前世では得られなかった安心感がここにはあった。
年を重ね、立てるようになるとさまざまな情報を得られるようになった。どうやら俺の住む村は、裕福ではないが貧しくもないジオラル王国の辺境の村らしい。
そこで俺ははたっと気づいた。
ジオラル王国──それは『回復術士のやり直し』に出てくる人類側の国として最大の勢力を誇る国であり、【癒】の勇者であるケヤルに最終的に滅ぼされる国だ。
それがわかると俺は狂喜乱舞して奇声をあげながら喜びをあらわにした。
「よっしゃああああ!」
「リオ?どうしたの!?」
んんっ!なんでもない!
そう?変な子ね。
母さんが驚いて駆け寄ってきてしまった。
…まあ、両親には変な子だと思われてしまったが。
そんなものはどうでもいい!
せっかくこの世界に生まれ変わったなら、原作のケヤルのように欲望のままに好きに生きていきたい。いや、それ以上に──この世界を自分の手で掴み取りたい。
そのためには力が必要だ。だから今は体を鍛えている。
天職が何になるかはわからない。これは血統が肝心で、平民から英雄になるような天職を持つ人間が生まれてくることは珍しい。平民生まれの俺は非戦闘職どころか農民なんてこともあり得る。
だがそんなことで俺の夢は潰えない。
「やっ!とりゃ!」
今は父さんに作ってもらった木の剣で素振りをしている。今の年齢は五歳だ。天職がわかるまで後十年はある。訓練はじっくりと行っていこうと思っている。
剣術に武術、槍術、弓術──将来どんな天職になってもいいよう訓練していく。
「ふふ、見てあなた。よっぽど嬉しかったのね、あんなに夢中に振り回して」
「ああ、あんなに喜んでくれるなら作った甲斐があったな」
…どうやら両親は少し勘違いをしているが、見られていた気恥ずかしさを押し殺して剣を振るう。
一振り、また一振り。
まだ小さな体では、まともな戦いはできない。だが、今はそれでいい。焦る必要はない。
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ある日の晩ご飯を食べていると、父さんが面白そうに話してきた。
「リオ、家のご先祖さまはな、昔精霊を助けたことがあるんだぞ」
「精霊?」
俺は思わずスプーンを止めた。
「ああ、何でも村の外れにある泉が汚れてしまっていたらしくてな。それを綺麗にした家のご先祖さまに、恩を感じた精霊がいるらしい」
「それで、精霊はどうしたの?」
「何でも恩返しをするために、数十年に一度泉に精霊が現れるらしい。まあ、おとぎ話みたいなもんだけどな」
父さんは笑いながらそう言った。
「父さんは会ったことある?」
「いや、ないな。そろそろ精霊が現れる時期らしいけど、まあロマンのある話だよな」
父さんはこれを嘘だと思っているが──俺には確信があった。
これはケヤルが翡翠眼を手に入れる際に会った精霊と、おそらく同じだ。
全てを見通す精霊の瞳。原作ではケヤルが得た強力な能力の一つ。
もし、その精霊に会えたなら──
俺の心臓が高鳴った。チャンスだ。これは、俺が強くなるための大きなチャンスだ。
「ねえ父さん、その泉ってどこにあるの?」
「ん?村の北の森を抜けた先だが…リオ、まさか行く気じゃないだろうな?」
父さんが心配そうな顔をする。
「危ないから子供だけでは絶対に行っちゃダメよ」
母さんも釘を刺してくる。
「うん、わかってる」
俺は素直に頷いた。
だが、心の中では既に決めていた。
必ず、あの精霊に会いに行く。
そして──俺だけの力を手に入れる。