喜多郁代の徐々に奇妙な冒険──Like a Rolling Stone── 作:ほっこく
2017年4月7日(金)
その日、私は超能力者になった。
なったはいいけど、超能力……えっと、スタンドだっけ、そのスタンドとやらの使い方はさっぱりわからない。
超能力を得たからといって、頭の中に懇切丁寧な説明書が降って湧くわけではないらしい、だから自力で習得する必要があるわけで。
せめて最低限の自衛だけでも出来るようにしないと。スマホに近い操作感だと非常にありがたいわね。
「それで後藤さん、スタンドってどう使うの?」
「あっ、その、す、すみません物心つく前から見えて動かしてたので、せ、説明するのは難しくて……」
どうしよう、最低限の自衛すらままならないかも知れない。
そんな私の内心を表情から読み取ったのか、後藤さんはあわあわと補足してくれた。
「あっ、で、でも成りたての場合、危機的状況で発現する、みたいです。うっ、受け売りですけど……」
「けど、今の状況って十分危機的だと思うのね」
「あっはい」
それとも危機的にはまだ足りないってこと? もう軽く三回は死にかけたっていうのに、ちょっと判定が厳しすぎない?
私は一向に出てくる気配のない、姿形も知れない自身のスタンドに対して訝しんだ。
「す、スタンドはある意味では、そっ、その人の持つ、むむ無意識の才能です。だ、だから可能性があるなら、き、喜多さんの無意識が枷になっている……なんて。すっ、すみません知ったような口を」
「才能って、それは……」
無意識の才能に、無意識の枷。
心当たりがないわけでもない私は、咄嗟に言葉を継げなかった。私の才能なんて急にいわれても、正直ピンとこない。
無意識の、って枕詞が付くからには、私には私が意識していない才能が眠っていて、それに対して私が枷をかけている。そういう話になるのよね。
けど、そもそも私に『才能』なんて、本当にあるの? と、そんな風に思ってしまう。『特別』に憧れ続けた私が、本当に特別であれるのかと、他でもない私自身が疑っている。
だから私のスタンドは、呼びかけに応えてくれない。
だって、私は……私には。
なにも、ないから。
「ダメよ、後藤さん。やっぱり私には無理なんだわ」
「あのっ! き、喜多さん……」
私の話を聞いて、聴き終えて、後藤さんはどこか諭すように声をかけてくる。
「こ、これは、というよりこれも受け売り、なんですけど……わっ、私の大切な人ならきっと言います。『他人を疑うのは仕方がない、でも自分まで疑っちゃあいけない。疑いは『恐怖』であり──」
彼女の言葉を切り裂くように、ガチャガチャとハサミを鳴らす音がして、教室の入り口に数匹の小ガニがやって来た。
小ガニの群れはあっという間に膨れ上がり、やがて分けれて間に道を作りだす。まるで、昔読んだ旧聖書に出てきたモーセみたいに。
「……てっきり別の教室まで逃げたかと、まだ真下にいたんだね。まぁ、どの道『キャンサーズ』の射程距離は500mッ! 逃げ場なんてない」
坂似先生が、小ガニの海を割って歩み寄る。彼女の言うとおり、教室のドアは両方小ガニ達に抑えられていて、蟻の子一匹通れそうにない。
「ねぇ後藤さん、流石にあなたと正面からやり合うと私も無事じゃ済まなそうだし……矢を渡さない? そしたら、二人とも見逃してあげられる。もちろん、私のことは黙ってて貰うけど」
「あっ、無理です。矢は誰にも渡しません」
迷いなく、後藤さんは言い切った。
そのあと小声で「ど、どちらにせよ今手元にないし」と零したのが私の耳には届いていたけれど、仮に手元にあったとしても彼女の答えは変わらないんだと思った。
そこには強い意志があって、心があった。心のこもった言葉だったから。
「即答かぁ、それは喜多さんを犠牲にして私を倒すってこと? 出来る? 誰かを見捨てたその精神力で」
「き、喜多さんを犠牲になんてしません。だって──」
後藤さんはチラリとこちらへ視線をやった。
「──『恐怖』を克服するのは自分自身の心。『勇気』だけが『恐怖』を超えていける」
それはさっき遮られた言葉の続きだ。
勇気だけが、恐怖を、自身の疑う心を乗り越えられる。
「だだ大丈夫。き、喜多さんはちゃんと持ってます」
だから、大丈夫です。
彼女はそう言って、スッと目を細める。
カニの群れが距離を詰めてきて、後藤さんの操る三本腕が、小ガニ達に対して迎え撃つための構えをとる。
衝突の合図は、二人の宣言だった。
「『キャンサーズ』!!」
「あっ『アローン・アゲイン』」
小ガニの突撃はもうほとんど津波のようだった。押し寄せる白波を、三本の腕が正面から殴り飛ばす。
波に風穴が空く。
けれど、穴は即座に別の小ガニが埋めていき、また新しい白波を形作る。
今度は波が捻れて形を変える。五つの細い渦が教室いっぱいに広がって私たちに襲いかかった。
三本腕と五つの渦。数上の不利に対して後藤さんの対処はひどく冷静だ。腕を精密に動かすことで渦の軌道を曲げ、渦と渦とをぶつけて相殺する、そうして生まれた隙間に一本の腕を捩じ込み、本体である坂似先生を狙う。
「流石は『矢の守護者』、上手いことやるなぁ」
感心したように呟いて、先生は腕を指揮棒のように動かす。相殺によって散らばった小ガニ達が、ガチャガチャと音を鳴らしながら集まり後藤さんの『アローン・アゲイン』をいなした。
戦いは膠着状態に陥りつつある。
小ガニの群れは様々な形で私たちを狙ってくるけれど、その
きっと、私というハンデがなければ後藤さんのスタンドはとっくに坂似先生を捉えていただろう。
ただ、驚いたことにそれでもなお、私を庇いながらなお、後藤さんは優位に立とうとしていた。
「この……っ、ここまでしてまだパワーが落ちないなんて!!」
四度目か、五度目かの攻勢ののちに私は気がついた、小ガニの総量が減っている。そして、坂似先生の頬や腕に小さな裂傷が見られる。
三本腕はただカニを押し留めていただけじゃあない、ぶつかる度に少しずつ小ガニを潰して数を減らしていたんだ。
そして六度目の衝突。
遂に、三本腕の一本が完全にフリーになった。小ガニは散らされてカバーに入れそうにもない。防御は間に合わない。
「あっ『アローン・アゲイン』!」
握られた拳が先生の腹を強打する。
そして、彼女はこの瞬間を待っていた。
「はははッ!! 集え『キャンサーズ』ッ!!」
背後でなにかの割れる音がした。
教室の中央にいる私たちは、ドアに陣取る坂似先生と相対していた、その後ろということは。
ギョッとして振り向けば、窓ガラスを突き破り、小ガニの群れが背後から私たちに押し寄せてくるところだった。
彼女は言っていた。
このカニ達、『キャンサーズ』の射程距離は500m。それが事実なら、なるほど確かに上の教室に残していた群れの一部を壁沿いに動かし、今みたいに背後を取ることが出来るはずだ。
「き、喜多さん!!」
焦った声が聞こえる。
三本腕のうち、一本目は坂似先生のところへ、二本目は残った群れの対象。そして後藤さんは三本目を背後からの奇襲を防ぐために動かそうとしている。
でもダメよ後藤さん。
流石に分かるわ、三本目を私を守るために使うつもりなんでしょ。それはダメ。
そうしたら、誰が先生を止めるのよ。
それに言ってくれたじゃない。
私なら大丈夫だって。
私ね、後藤さん。やっぱり自分の才能を信じるのは難しいみたい。
けどね。
私に大丈夫だって言ってくれた、あなたの言葉なら信じられそうなの。不思議ね、出会ったばかりなのに、後藤さんからは影響を受けてばかりだわ。
でも、悪い気分じゃあない。
私は自分の意思で、気持ちで、心で決めて、背後のカニへと駆け出した。
お互いに進んだのだから、この狭い教室内で私とカニがぶつかるのに2秒とかからない。目の前が白いカニの群れで一杯になる。
正直に言うわ、メチャクチャ怖い。
でも逃げない、逃げてやるもんか。
「ヤット、立チ向カイマシタネ、私」
すぐ後ろで、そんな声がした。
背後に誰かがいる。振り向かなくても、存在が伝わってくる。変な感じ、まるで私がもう一人いるような気分だ。
「……あなたは」
「私ハ『私ト私』、ソレガ私。サァ、命ジルノデス」
視界いっぱいに広がる、小ガニが邪魔だ。
退かす方法が、今ならハッキリと分かる。後藤さんの言葉が、心で理解できたから。
ポールのように細い腕が、私の背後から伸びていき、小ガニの群れを叩き落とす。かなり速い、スピードは後藤さんの三本腕以上、威力は未満といったところかしら。床に落とされたカニはまだまだ元気そうだし。なんなら、立ち上がって再び襲う気満々に見える。
「ねぇ、ちょっと。全然倒せてないじゃない!!」
ようやっと、その全貌を
極端に細い手足と、球体の関節。そして人間で言うところの頭では地球儀が回転している。
口なんて何処にもないくせに、スタンドは臆面もなく告げた。
「倒ス必要ハアリマセン。ナゼナラ、スデニッ!! 終ワッテイルカラデス」
ビシッと床の小ガニを指差すスタンド。
よく観れば、スタンドの拳で叩かれたカニ達から細い線のようなものが伸びていて、互いを線で繋ぎあっていた。
「コレガ『私ト私』ノ能力。点ト点ヲ線デ繋グ、ソシテッ!!」
線で繋がれた小ガニがお互いを引き寄せ合い、やがて一塊になって身動きが取れなくなる。
「繋ガレタ物体ハ、互イノ『引力』ニヨッテ引キ寄セ合ウッ!!」
点と点を線で繋ぐ。
だったら、こういうことも出来るはずだ。
「後藤さん! 私が一ヶ所にまとめるわ、あとはお願いッ!」
「はっ、はい!」
後藤さんは迷いなく返事をしてくれた。その事実が、たまらなく嬉しい。
「ま、さか。この土壇場で目醒めるなんて……ッ!! 『キャンサーズ』!!」
白い小ガニの波が迫る。
私はスタンドを構えて──いえ、全てのものに名前があるように、私のスタンドにも名前が必要ね。『私と私』、そうスタンドは言っていた。
なら、命名するわ。
この『スタンド』の名は。
「『アイ・アンド・アイ』!!」
カニの群れを片っ端から殴りつける。
白ガニ達は小さく動きも素早いけれど、『アイ・アンド・アイ』はそれ以上に速い。
一匹だって逃したりはしないわ。
殴ったカニとカニとが、か細い線で繋がれる。全てのカニを線で繋げば、それらは自ずと引き寄せ合う。
一つの大きな塊。、大元の、一匹の大きなカニに。
そして本人も言っていた。
素のスタンドスペックは後藤さんの方が高いって。だから、トドメは任せたわ。
「あっ『アローン・アゲイン』!!」
三本の腕が、猛然とカニを潰しにかかる。
白カニはハサミを振り回して抵抗を試みているものの、どう見たって間に合っていない。
『アイ・アンド・アイ』で繋ぎ止めているから、バラけて避けることもできない状態で、カニは滅多打ちにされいく。
最後に振り下ろされた拳がカニの脳天を揺らし、『キャンサーズ』はひっくり返った。
「かっ……はぁ……ッ」
同時に、坂似先生も膝から崩れ落ちる。
でも様子が変だわ、頭を抱えて酷く苦しんでいるように見える。私が疑問を抱いていると、彼女の口から発光する球体が飛び出して白ガニとぶつかった。
次の瞬間。
『キャンサーズ』はサラサラと崩れ落ちた。跡形もなく、最初からそこには何もなかったかのように。
先生も、まるで憑き物が取れたみたいに、穏やかな顔で呼吸をしている。
その様子を確かめて、後藤さんはホッとため息を吐いた。
「……も、もう大丈夫です。さ、坂似先生も、目を覚ますころには元の先生に戻っている、はずです」
「それって、どういうことなの? 先生は誰かに操られていたのかしら」
にしては自意識がハッキリしているように見えた。後藤さんにも職員室での話をしていたし。
「そ、その話は後でしましょう。今はここを離れないと……」
「まぁ、離れるのはそうだけど、こんなことになって、来週から学校どうなっちゃうのかしら」
この教室は窓ガラスが割れてるし、机と椅子がメチャクチャ。上の部屋も窓以外は大体同じ有様だ。
このあとの大騒ぎが目に浮かぶようだわ。休校になればギター練習の時間を確保できると、ほんの少しだけ思ったけど流石に不謹慎よね。
「あっ、その学校のことは、し、心配ないですよ。なんとかしてくれると、思います」
「なんとかって……」
「と、とりあえず……場所を変えませんか」
そうね。
先生達がこの惨状を知る前に退散する、という意見には大賛成。
……なんだか、切り抜けたと思ったらドッと疲れが押し寄せてきちゃった。
けど、こうして私は生きている。
「あらためて、助けてくれてありがとう。後藤さん」
お礼を述べると、後藤さんは首がそのまま取れてしまうじゃないかって具合に横に振った。
「そっ、そそそんな私のせいで喜多さんを巻き込んだのに……」
「その、私のせいで、ってところも気になるんだけどね? でもお互い無事でよかったわ、この子のおかげね」
『アイ・アンド・アイ』
私のスタンド。
目覚めた直後はお喋りだったくせに、もう一言も発さなくなってしまった。思えば、あれば自分自身との対話だったのかも。自分の無意識と、スタンドを介して話をした。
その事実を、意識的せよ無意識にせよ私が認識したから、もうその必要はなくなった。のかしら。
事実は分からない。でも、重要なのはスタンドが私に応えてくれた。その真実だけだ。
この細い腕で、本当によくやってくれた。
「あっ、あの、喜多さん……っ」
唐突に、後藤さんは緊迫した様子で私のスタンドを指差した。正確には、スタンドの右腕だ。右腕の、肩から肘にかけての部分。
そこに、何かがピッタリと張り付いていた。
なんで直ぐに気が付かなかったんだろう。
長さは約40cm。
色は黄金で、先端には鋭利な矢尻が付いており、昆虫の細工が成されている。
つまり、端的に言うと。
『石の矢』が、私のスタンドに引っ付いていた。
To Be Continued
『キャンサーズ』
破壊力-B→C
スピード-B→A
射程距離-C→A
持続力-D→D
精密動作-C→C
成長性-E→E
能力-かに座のスタンド。近距離パワー型から群体型へと自由に形を変える。
『アローン・アゲイン』
破壊力-B
スピード-B
射程距離-C
持続力-A
精密動作-A
成長性-C
能力-物体や生物を亜空間へ仕舞ったり戻したりできる。範囲は直径2mの球体分、スタンドやスタンド使い、スタンドの影響を受けているものは対象外。
『アイ・アンド・アイ』
破壊力-C
スピード-A
射程距離-D
持続力-A
精密動作-C
成長性-A
能力-点と点を線で繋ぐ。繋がれた物体は互いの『引力』によって引き寄せ合う。