一つの魂が、白く輝く空間を漂っていた。その魂は、青白い光を放っている。
やがて、魂は人型へと変化していく。丸みを帯びた形から手足が生え、人間の体格へと変っていった。
その姿は、未成年と思われる青年だった。
件の青年は瞳を開ける。光だけの空間を無重力状態で浮遊していた。
青年の名は、
死因は、通り魔による刺殺。とある防衛機関に所属していた彼は、大学の講義終わりに基地本部へ向かう途中、通り魔にナイフで刺殺された。彼が第一の被害者であり、必死の抵抗の末、警察に突き出す。しかし、救急搬送中に失血死でこの世を去る。
犯人は、投獄されて無期懲役の実刑を受けた。裁判所の動きとしては、懲役二年に持ち込む裁判だったが、圧力がかかり、無期懲役へと変更された。
(そうか、俺は通り魔に刺されて死んじまったのか。ああ、短い生涯だったな)
光に包まれた水晶玉が彼の眼前に現れる。その水晶玉には、一つの映像が映し出されていた。それは、青年を弔う葬儀の様子だった。参列者には、目に傷跡のある大人、サングラスを掛けた青年など、様々な人達が彼の葬儀に出席し、哀しみに暮れていた。出席者の半数が、彼の所属していた防衛機関『ボーダー』の関係者である。
(迅に城戸さん、皆の顔が見えるなぁ。今思えば、沢山の人達に恵まれてたんだな)
彼は、参列者の一人の男を見つめる。サングラスの青年は、彼の同期であり、親友と呼んでも差し支えない程の関係性だった。迅悠一、ボーダーが誇る実力者の一人だ。
(迅、お前は悪くない。
彼と同期の迅悠一は、『未来視』と呼ばれる特殊能力を持つ。一見、未来を視えるという力に、普通の人間ならば心躍るかもしれない。しかし、その実態は不便なものだ。
生前の彼は、迅から未来視の能力について教わったことがある。一つ一つの行動が、複数の未来への分岐点となり、常に最善の行動を選択しなければ、バッドエンドまっしぐらな未来へと陥る。本来、未来とは不確定な現象である。迅は、過去に起きた近界民の第一次大規模侵攻で母親を亡くした。その経験から、誰も失わないハッピーエンドを目指すべく、日々暗躍に励むようになり、暗躍を趣味と公言するほどのイカレ具合を見せていた。飄々とした態度の裏で暗い過去を背負っていた。迅は、人一倍背負い込む節がある。肉親を失い、師匠の最上宗一の死を看取るなど、暗い感情を蓋で閉じる。いつも笑顔の人間は暗い過去を持つという言葉があるが、彼はそれに該当する。
(小南、国近、三上、綾辻、そんなに泣くな。可愛い顔が台無しだぞ。のの、不甲斐ない幼馴染で悪かった。二宮さん、一緒に行ったジンジャーエール展楽しかったです。レイジさん、ゆりさんへのヘタレ癖を治してください。烏丸、小南へのドッキリ楽しかったな。城戸さん、林藤さん、忍田さん、旧ボーダー期からお世話になりました。父さん、母さん、親不孝な俺をどうか許してください)
映像が途切れ、光玉はどこかへ飛んで行ってしまった。それを見届けた彼は、悔いのない表情で目を閉じる。天国に行くのか地獄に行くのか。その第二の運命を委ねた。
何の因果か。はたまた、神の悪戯か。彼の魂は、別世界へと転生した。
彼が生前の記憶を取り戻したのは、六歳の誕生日を迎えた日のこと。
記憶の引き金は、祖父母の家の庭で土遊びをしていた時、土中に埋もれていた謎の箱を見つけたことだ。六歳の彼は、少し大きい箱を持ち出し、和室へと運んだ。
箱の中に入っていたのは、謎のホルダーケースと黒い大数珠だった。中身を隈なく調べると二重構造であることが判明し、底側には複数のチップと特殊な形状の工具が入っていた。
少年は。ホルダーケースを手に取った。その瞬間、脳内に見たことない記憶が流れ、思い浮かぶ単語を自然と呟いていた。直後、頭を叩かれたような痛みが発生し、畳の上を寝転がる。
「ボーダー、トリオン。いまのおれ、こどもになってる!?」
生前の記憶が蘇った少年の人格内に、生前の人格が上書きされる。急ぎ足で部屋のプレートや表札を確認すると、生前の姓名と同一だった。
「う~む」
(どういう事だ?俺は刺されて死んだはず。気が付けば、子供になっている)
縁側に敷かれた板張りの上で寝そべりながら、前世と今世の記憶を照らし合わせる。
(神様からのプレゼントか?いや、性に合わねえ。輪廻転生なんざ、海外の不思議話や小説の類だぞ)
彼は、考えることを放棄した。今の頭で思索しても意味がないからだ。
小学二年生の誕生日、父親が独自開発した人工知能ロボット『カラクリ丸』を誕生日プレゼントに貰う。天清は大層喜んだ。この年頃の少年にとって、ロボットはロマンの塊だからだ。息子の笑顔を見た父親は、嬉し涙を流した。彼の父は、機械工学部出身である。
ロボットの名前を『クリカラ』と名付けた。ネーミングセンスは単純だ。
部屋に戻った天清は、物は試しといった感じでクリカラにトリオンを注ぎ込む。
クリカラの目が緑色に変色し、眩い光が部屋中を照らす。瞑っていた瞳を開けると、衝撃の光景が目に映る。クリカラは、空中をふよふよと浮いていた。
(遊真のレプリカみたいになっとる)
天清は、生前にボーダーで携わった白髪の少年の炊飯器みたいなトリオン兵レプリカを思い出す。ちなみに、クリカラの見た目は、灰色に塗装された鍋のような楕円形だ。
〈お初にお目にかかる。テンセイ、私はクリカラ。君の見守りメカだ〉
「クリカラでいいんだよな?」
〈ああ、本来の私は、会話しかできないロボットだった。だが、テンセイが持つトリオンとやらのエネルギーを注入されたお陰で、性能が更新され、新たな機能が追加された。今現在もこうして、自律型として存在している〉
「す、すげえ」
〈何はともあれ、これから宜しく頼む〉
挨拶を告げたクリカラは、充電用の台座に着陸し、充電形態に入った。
(遊真もレプリカと出会った頃は、こんな気持ちだったのか?)
天清には、二人の幼馴染がいる。彼よりも二つ年下の少女達で、立花響と小日向未来だ。きっかけとしては、母親同士の仲が良く、家族ぐるみの付き合いを重ねて、親睦を深めた。
「お兄ちゃん!公園で遊ぼう!」
「ひびきちゃん、お兄さんがこまっているよ」
「あらあら、天清ったらモテモテね」
月日は流れ、彼は高校一年生となり、響と未来は中学二年生へと成長した。
この日、立花響は、近所に住むお兄さんの九石天清と共にライブの応援に来ていた。
ファンの熱気に包まれたライブ会場。彼らのお目当ては、若者を中心に人気を集める二人組のボーカルユニット『ツヴァイウィング』のドームライブである。響は、彼の腕を掴み、初めてのライブステージに圧倒していた。
「天清さん!天清さん!ライブ楽しみですね!」
「響ちゃん、嬉しいのは分かるが、少し落ち着きな」
「たはー!」と喜ぶ響を見た天清は、そのあどけない笑顔に思わず頬が緩む。本来なら、小日向未来という響と同年代の幼馴染が来る筈だが、彼女は家庭の事情で参加できなくなった。そこで急遽、白羽の矢として天清が選ばれた。
会場の照明が暗くなり、舞台照明が二人の少女に光を当てる。ツヴァイウィングの登場だ。阿吽の呼吸で披露される二人の歌は、会場中の観客を魅了した。響達がライブを楽しむ裏で、政府の人間による恐るべき計画が執り行われていた。ツヴァイウィングの奏と翼は、彼らの計画を知らない。ライブ会場の地下にある管制室では、ライブ関係者に見えない職員が二人のライブを見守っていた。
「Project:N。人類の未来は今回のライブに係っているわ」
二課に所属する技術主任の櫻井了子は、画面上に映るフォニックゲイン上昇のデータを収集する。その近くで、二課の司令官を務める風鳴弦十郎はネクタイを緩め、一息ついた。
「この実験が成功すれば、人類は失われた技術の一端を取り戻すことが出来るわ」
「ああ、そうだな」
(ノイズに対抗しうる完全聖遺物――ネフシュタンの再起動実験。広木防衛大臣にも言われたが、人道的ではない。だがしかし、ノイズを駆逐するには仕方がない)
「何はともあれ、成功を祈るばかりだ」
しかし、現実はそう甘くはない。管制室内のアラームが鳴り、室内が赤く光る。
「どうしたッ!?」
「上昇するエネルギー内圧にセーフティーが持ちこたえられません!このままでは、聖遺物が起動…いえ――」
ネフシュタンのエネルギーが暴走し、管制室の硝子が罅割れていく。
「——暴走します!」
ネフシュタンが暴走し、ライブ会場の上空から奇怪な物体が次々と降り立つ。
四足歩行の化物は、不協和音に近しい咆哮を上げる。それに続いて、二足歩行の化物やオタマジャクシの化物が闊歩する。
(なんだ、トリオン兵のバンダーみたいな化物は!?)
天清の疑問を他所に、一人の男が化物を見て絶叫した。
「ノ、ノイズだー!逃げろー!」
誰かの叫びが聞こえた瞬間、会場は一瞬にして大パニックに陥る。ノイズとは、正体不明の認定特異災害。有史以来から存在は確認されており、人間以外の生物に興味を持たず、触れた人間を炭塊にさせる恐ろしい能力を持つ。ノイズは。目の前にいる人間を炭素に変換させ、一人また一人と襲い掛かる。
ノイズによる惨殺を目の当たりにした響は、小さく悲鳴を上げる。天清の裾を掴み、恐怖で足が竦む。
「て、天清さん」
「響ちゃん、俺から離れるな」
響を背中に庇いながら、腕に装着した黒トリガー『鬼念珠』を一瞥する。
(黒トリガーを響や他の客の前で見せるわけにはいかない!余計な混乱を招く!
俺に出来る事は、避難誘導することだ!)
天清は、響を連れて、緊急用に設置された扉を開ける。響が人の波に飲み込まれないよう抱き寄せる。彼は、逃げ惑う観客に向けて、大きな声を上げた。
「皆さん!落ち着いて避難してください!周囲と協力して!慌てないで!」
天清は、観客を誘導する。パニック状態の観客達は、彼の言葉に従い、少し落ち着いて避難を始めた。それでも、すし詰め状態となり、転倒する人もいた。彼は、速やかに転倒した人を支える。一人の男性が、彼の元に立ち寄り、怪我人を代理で支えてくれた。その男の腕には、スタッフの腕章が付いていた。
「ボクに任せて、君は他の人達の避難を!」
「ありがとうございます!」
天清は、瓦礫を手に取り、ノイズに目掛けて投擲する。自衛隊の実弾が効かないノイズにとって、痛くもかゆくもないが、牽制には適している。
「我先に逃げるな!ノイズから逃れても二次被害が出る!」
天清は、思わず声を荒げる。近くにいた観客達は、彼の言葉に従い、二列並びで避難を始める。観客の殆どの避難を確認した彼は、響の元へと戻る。
響は、ステージの方を見ていた。彼女の視線を追うと、ツヴァイウィングの二人がノイズを退治していた。少し露出度がある衣装に首を傾げる。
「あれは、ツヴァイウィングの二人?だが、あの姿は一体?」
上空に目を凝らすと、鳥型ノイズが飛来し、奇声を上げて急降下してくる。
「危ない!」
「きゃっ!?」
天清は、響を抱きかかえ、身体を捻って突撃してくる鳥型ノイズを躱す。
着地の衝撃で、硬い床に転がる。幸いにも、天清の身体が緩衝材となり、響の怪我は軽傷で済んだ。兎のような角を生やしたノイズが迫り来る。
「大丈夫か!?」
二人の前に、天羽奏が現れた。残っていた二人を見つけ、ノイズに背を向けていた。その直後、複数のノイズが衝撃波を放ち、奏に襲い掛かる。
「危ないッ!」
響の声を聞いた奏は、背後からの攻撃を察知し、ガングニールを盾に衝撃波を防ぐ。
しかし、アームドギアやガングニールに亀裂が生じ、どんどん罅割れていく。
ガングニールの破片が、響の左胸に突き刺さる。響は、破片の衝撃で仰向けに倒れた。
天清は、響を抱え、急いで声をかける。手拭いで出血箇所をきつく縛り、止血を試みる。
「響ちゃん!しっかりしろ!響ちゃん!」
「おい、死ぬな!生きるのを諦めるな!」
奏は、ガングニールの破片で怪我を負った少女に駆け寄る。響の眼には、自分を見て涙を流す奏の姿が映っていた。段々と、響の眼は虚ろになり、意識が落ちていく。それを見た天清は、彼女を揺り起こす。胸部に耳を当て、心拍数と脈拍を確認する。響は、浅い呼吸を繰り返しており、僅かに胸が上下している。息があることに気付いた二人は、安堵する。
それでも、絶体絶命の状況だ。奏は、痛む体にむち打ち、槍を構え直す。
「アンタ!その子を連れて下がりな!」
「恩に着る!」
彼は、響を背中に背負いながら、彼女達の戦いを横目に見る。
刀を模した武器で斬り伏せる風鳴翼。巨大な槍でノイズを突き倒す天羽奏。
素人から見れば、勝ち目があるように見えるが、前世で戦闘経験を積み重ねた天清からすれば、劣勢に見えた。一般人の自分は、響の救助を優先する。
〈テンセイ、ヒビキの心拍数が低下している!このままでは、彼女の身がもたないぞ!〉
彼のバッグに入っていた中型クリカラが、響の進行状態を伝える。天清は、激しい出血の治まりを確認し、すぐさま心臓マッサージを行い、両手で胸元を一定のリズムで圧迫する。マッサージを繰り返しながら、クリカラに指示を出す。
「クリカラ、俺のスマホを貸す!響ちゃんを抱えて、119の番号で救急車を呼んでくれ!」
〈了解した。ヒビキの応急処置と救急活動を開始する〉
中型クリカラは、二本の機械腕を生やし、彼女の心臓を圧迫させながら、会場の出口へと脱出する。天清は、クリカラに響を任せ、劣勢状況のツヴァイウィングを助太刀する。
(止むを得まい。黒トリガー『鬼念珠』起動)
腕を胸に掲げ、黒トリガーの解放を念じる。生身の肉体からトリオン体へと換装される。黒い着流しと黒袈裟を身に纏い、深編笠で顔が隠れている。
「この姿、懐かしいな。いや、今は感傷に浸っている場合じゃない」
気を取り直した天清は、彼女達がいるライブステージへと跳躍した。
「畜生、倒しても倒してもキリがない!」
「諦めないで奏!勝機は必ず来る!」
「ちょいと済まないな。お二人さん」
奏と翼の前に、一人の男が姿を現す。深編笠に隠れて顔が見えず、怪しい雰囲気を漂わせていた。だが、声からして比較的歳若い男の声だった。ノイズに刺突していた奏は、咄嗟に槍の先端をイレギュラーに向ける。彼女の攻撃の意思を感じ取った彼は、掌を前に突き出して、事情を説明しようとする。
「俺を怪しむのは分かるが、今は一刻を争う事態だ。槍を収めてくれ」
「悪いけど、下がってくれ。私がケリをつける」
奏の言葉に、翼だけが気付いた。顔を険しくさせ、奏を引き留める。
「まさか、絶唱を!?奏、早まらないで!」
「いいんだよ。私の命を引き換えにノイズの群れを倒せるなら本望さ」
奏は、槍を杖に膝を震わせながら立ち上がる。その表情は、慈愛に満ちていた。
「最期に思いっきり…歌ってみたへブ!?」
最期の台詞を決めようとした奏は、叩かれた衝撃で床に倒れ込む。真面目な空気が滑稽な空気に変わる。彼女の頬を叩いたのは、深編笠の男こと天清だった。彼女を心配した翼は、彼に詰め寄る。下手人である彼の表情には、呆れと怒りの感情が入り混じっていた。
「奏!?貴様、奏に何をする!」
「死に急ごうとする阿保の頬を叩いた。女子の顔を叩いたのは悪かったな。事情はよく分からねえが、捨て身の特攻に見えたんでな…手段を選ぶ時間は無かった」
わらわらと近づくノイズの集団。天清は、二人の前に立ち、攻撃を始めた。
「ちっ!
彼は、手元に‘‘黒い’‘キューブ状のトリオンを生み出す。そして、一個当たり五十四個の立方体に分割する。両掌合わせて百八発の弾を放つ。その弾丸は、奏や翼を無視して、ノイズのみを追尾する。流星群のように降り注ぐトリオン弾が被弾した瞬間、一斉にノイズが炭化していった。
奏と翼は、彼が放つエネルギー弾の威力に驚愕する。シンフォギアとはまた違う特異な力を見せつけられ、内心警戒する。
「あの小さな弾がノイズを倒した?」
「何という威力だ」
(一か八かで放ったが、ノイズにトリオン攻撃が効いた!勝機はある!)
驚愕している二人に目を向けず。天清は、ノイズを殲滅する策に出た。
「一気に片を付ける。雷刃」
彼は、自身の影から柄を含めて刀身まで黒い刀を取り出す。その刀は、雷を纏う妖刀の雰囲気を感じさせた。腰を落とし、鞘を平行に傾け、抜刀の構えを取る。近づくノイズとの間合いを見切る。
「射程範囲内だ。紫電一閃」
紫色の電光を纏いし一振りの斬撃が、全てのノイズを斬り伏せる。斬撃を受けたノイズの体が炭塊となって崩壊していく。全てのノイズを倒した男の強さに、二人は呆然とする。天清は、後ろを振り返り、別れを告げた。
「いずれ相見える日が来るだろう。その時は、敵同士かもな」
翼は、正体不明の彼を捕縛しようと動く。その瞬間、男は、影に飲み込まれて消えた。取り逃がした翼だが、優先事項を思い出し、通信機に連絡を入れる。
「叔父様、全てのノイズを駆除しましたが、謎の編笠男を取り逃がしました」
〈いや、命あっての物種だ。二人ともご苦労だった〉
通信状態が元に戻り、二人の通信機から弦十郎の声が聞こえる。翼がほっとしたのも束の間、隣で微笑んでいた奏の身体に戦闘の負荷が一気に掛かり、彼女は血を吐いて倒れた。
「奏!?しっかりして!奏―!!」
ライブの惨劇から一夜明け、日本は地獄に変わった。とある出版社の週刊誌が、ツヴァイウィングライブの惨劇を取り上げた。普通ならば、ノイズ関連の痛ましい悲劇と記事に載せるだろう。しかし、ノイズ被害ではなく、避難時の人的災害を取り上げ、生存者への批判を扇動するような記事を出した。これが、事件の始まりだった。
『付和雷同』という四字熟語がある。他人の意見に流され、大多数の意見に賛同し、少数の意見を批判することを指す。愚かな民衆達は、生存者に対してバッシングの嵐を巻き起きた。ネットでの悪口だけに飽き足らず、生存者の会社や学校に加え、住所特定が行なわれ、リンチや殺人事件にまで発展した事例もある。警察も、生存者を庇護せず、民事不介入と定め、見て見ぬ振りをした。警察の不介入を好機と受け取った迫害者共により、生存者へのバッシングは苛烈を極めた。
この世界では、立花響の父親である立花滉の取引先の社長令嬢は、死亡せずに命からがら生き延びていた。娘の無事を喧伝していた立花滉は、無事に取引先とのプロジェクトへ参加したものの、ライブ生存者の親族という個人情報が何処からか洩れ出し、彼に対する脅迫の電話、殺害予告が部署内で相次いだ。企業の存続を選んだ会社は、彼をキャリア開発室という名の追い出し部屋へと強制異動させ、密かに自主退職を促した。実質的なクビ宣告に気付いた彼は、酒に溺れ、家族に手をあげては、後悔に苛まれ、また酒に溺れては家族への暴力を繰り返した。立花家の婿養子という間柄の為、家に居場所を無くした彼は出奔した。彼の行く末は、誰も知らない。
迫害による被害は、立花響も例外ではない。胸に怪我を負い、退院した響を待ち構えていたのは、クラスメイトからの白い目だった。同じクラスのサッカー部の男子がライブ会場の惨劇で死亡し、彼を好いていた女子生徒に糾弾された。その男子生徒は、サッカー部のキャプテンを務め、将来を嘱望されていた。しかし、その生徒が無惨に命を散らし、響が生き残った。響も被害者だ。それでも、その女子生徒は、響を犯人と決めつけ、罵倒する。謂れのない言葉に、彼女の精神は静かに崩壊していく。
「なんで、アンタが生きているの!アンタが代わりに死ねば良かったのに!」
「返して!私の〇〇君を返して!人殺し!」
「ノイズに殺されれば良かったのに!なんでアンタが生きて…〇〇君が!!」
愚かな女子生徒は気付かない。未成熟な精神は心の内を全てぶちまけ、悪意を悪意と認識せずにぶつける。周りのクラスメイトも同調し、響への虐めを行った。幸いにも、性的暴行はなかったが、無視、机への落書き、体操服や鞄の中身をボロボロに切り刻むなどの精神的苦痛や生活での実害を与えていた。迫害を行う大半は、状況を面白がって虐めに加担する。やがて、学校中に悪意が伝播し、響は孤立状態となる。それでも、彼女はめげなかった。幼馴染にして親友の小日向未来の存在が、彼女の心の支えだった。
一方で、天清がライブに行ったことはバレていなかった。彼は、ライブ生存者への迫害を目の当たりにし、クラスの友人にもライブの件は言わなかった。ただ、弁護士である母親を頼り、響への迫害に対する法的訴訟を行った。だが、裁判所によって訴訟は却下された。
裁判官は、民衆からの批判を恐れ、訴訟を揉み消したのだ。法に仕える人間の私的行為である。天清の母は、裁判所の汚職に酷く落胆した。彼女の正義感は悉く踏み潰され、自身の正義を見失いかけた。また、この一件が世間へと漏れ出し、天清の母が所長を務める事務所に批判が相次いだ。天清は、彼女の家に張り紙を張る者、石を投げつける者を見つけては、大立ち回りを演じ、追い払う日々を送った。とある日の深夜に、響の家を放火しようとした輩を発見した時は、半殺し程度に済ませ、放火未遂として警察に通報した。
また、響が可愛がっていた野良猫を殺そうとした人間を見つけた時は、徹底的に痛めつけ、近くの河川敷に投げ捨てたこともある。この事は、誰も知らない。ただ、月だけが知っている。
ある日、天清は、路地裏で不良に絡まれた。目に悪そうな色とりどりの染髪に学ランを着崩した恰好の不良達が、彼を囲い込む。
「よぉ、兄ちゃん。巷で噂になってる生存者を庇う非国民って、お前だろ?」
「仮にそうだとしたら、お前らはどうするつもりだ?」
彼の答えに、不良の一人がせせら笑う。彼等の魂胆は、ストレスの憂さ晴らしに近いものだと確信した。ツッパリというよりは、チンピラの方に近い人種だ。
「決まってんだろ?ライブ生存者は生きているだけで万死に値すんだ。俺達が直々に‘‘正義の制裁’‘を与えないとな~」
ニヤニヤと嗤う男の言葉に、天清は静かに耐える。ここで手を出しては、トラブルに発展する。できるだけ穏便に避けたい気持ちが強かった。しかし、不良は彼の地雷を踏み荒らす。
「お前が庇っている女の子、結構可愛らしいって噂じゃねえの?お前をボコボコに殴り倒した後は拉致って、たっぷりと可愛がってから嬲り殺そっかな~」
その言葉を聞いた天清の中で、何かが弾けた。気付けば、目の前の不良を壁に叩きつけていた。壁に罅割れが生じ、不良の身体がだらりと垂れる。
「シブタク!?」
「…てめえら、俺の事を殴ろうが、痛めつけようが構わねえ。だが、二人に手を出そうとするならば、容赦はしない。覚悟はできてんだろうな?」
「良い子ちゃんぶってんじゃねえ…よ!」
近くの不良が鉄パイプで殴りかかる。彼は、咄嗟に掴み取り、鉄パイプを握り潰した。
一瞬怯えたものの、ハッタリと決めつけた不良達は、続々と襲い掛かる。四方八方からの殺意を感じ取り、裏拳で沈め、廻し蹴りで吹き飛ばし、ダブルラリアットで気絶させる。不良映画の最強キャラのように立ち回り、壊滅させた。彼は、膝を突いて息絶え絶えの不良達に睨みを効かせる。その顔は、夜叉のように恐ろしく、不良達に畏怖の感情を叩きつけた。
「俺の前から消えろ。明日の朝日を拝めなくするぞ」
軽く脅せば、不良達は涙目で震えあがり、蜘蛛の子を散らすように逃げ去る。
肩に掛かった塵を払い落とし、帰宅する。道中、響の家に張り紙を張る輩がいた為、現行犯で捕縛する。張り紙をクシャクシャに丸め、輩の口に捻じ込む。そして、ゴミ捨て場に放置した。
「ノイズか。トリオン兵みたいな存在と思っていたが、非常に厄介な存在だな」
天清は、箱の中にあるトリガーホルダーを手に取り、窓に映る月に重ねる。
「俺の為すべき事は決まっている。前世でのボーダー任務と同じく、ノイズを排除するだけだ」
彼は、トリガーホルダーを握り締め、心に誓う。響と未来を守る。その為なら、命を懸けてノイズを狩る。誰であろうと、二人の平穏を脅かす火の粉は振り払うまでだ。
そう誓いを立てた彼は、メイントリガーとサブトリガーを構成すべく、机に向かった。
ライブ会場の惨劇より四年前のこと
天清は、一人の少女が怪物と戦う夢を見る。目を覚ますと、夢にいた少女の声が脳内に響く。部屋を見渡せば、前世で馴染みのある黒い門が出現していた。門を潜り抜けた先には、夢の中の少女と白い怪物が対峙していた。少女の命運は如何に!
次回、『変わりゆく未来』 トリガーオン!