白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜   作:チャリンコ2025

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───前回までのあらすじ


四条眞妃は、親から唐突に海外への進学を切り出され悩む。
それを知った四宮かぐやは、眞妃の父親である四条真琴に事情を聞く為に、敵同士に近い四条家を訪ねる。


010『交流会とカラオケ』

 

 

 

───朝・交差点

 

 

四条姉弟と徒歩での通学となった四宮かぐやは、信号待ちの時に想い人に声を掛けられた。

 

 

 

『そちらはどちら様ですか?』

 

 

見慣れない制服の男子に白銀御行は、あえて丁寧に問い掛ける。

問い掛けられた四条帝が答える前に眞妃が二人の間に入る。

 

 

 

『おはようございます、白銀会長。

紹介します、私の弟の四条帝です。』

 

『四条の弟さんか。

初めまして、生徒会長を務めてる白銀御行です。』

 

『こちらこそ、いつも姉がお世話になってます。

申し遅れました、四条帝と言います。』

 

 

尖り気味の口調を御行が改めて、互いに会釈を入れ挨拶を二人は交わす。

幾人か、他校の生徒会長など役職にある者と対面した事のある帝は、役職に就くと態度が横柄になる人間がいるが、初対面ながら丁寧な名乗りと柔らかい姿勢の御行に好感を抱く。

 

 

 

───しかし、

 

 

資料の写真以上に、酷いクマと寝不足と判る雰囲気に何があったんだと思う。

眞妃は、正直引いている。

 

反対にかぐやは鋭くなってる御行の目付きに高揚し、ときめいている(声が高くなった原因)。

近年、なかなかお目にかかれなかった鋭い目に興奮を隠しきれず、紅潮している。

 

 

 

『帝、そろそろ行かないと厳しいんじゃないの?

朝練もあるんでしょう?』

 

『あ─、確かに厳しいね。

じゃあ、そろそろ行くわ。

白銀会長、かぐやと姉貴をお願いします。

かぐや、また会おう。』

 

 

そう告げると帝は自転車で走り去って行った。

 

 

『弟は公立校で、秀知院とは反対方向なんです。』

 

『・・・そうなのか。』

 

 

眞妃がフォローしようとするが、御行の解りやすい不機嫌オーラに引いてしまう。

かぐやを名前で呼んだ事も不快だが、「四条帝」という名前に引っ掛かるものがある。

 

帝さんは、私を名前で読んだのは絶対ワザとよねと、かぐやはため息をつく。

 

その後、三人には特に話もなく秀知院に着いてしまう。

御行は自転車を停めに二人と別れ、クラスの違う眞妃とも別れたかぐやは、校舎の端の窓越しに近侍の早坂愛から報告を受けていた。

 

 

 

『ごめんなさい、外泊になってしまって。』

 

『そんな、気になさらないでください。』

 

『それで、あちらの動きは。』

 

『眞妃様が居られるので、今朝の近辺警護はあちらに譲り、こちらは外周を固めました。ただ、かぐや様に飲み物を渡されたあちらは、少し落ち込んでましたね。』

 

『見てたの?

・・・そんなつもりじゃなかったんだけど。』

 

 

そうかぐやは言うが、愛が配置した人員が護衛と見破られてかぐやに声を掛けられたり、差し入れをされた時は愛を含めて見破られたら人間は深刻な挫折感に襲われた。

緊急に動員された家庭教師やコックなどではなく、愛と同様に専門の訓練を受けた人間が見破られたからである。

 

何故判ったのかとかぐやに聞けばなんとなくと答えられ、より詳しく聞けば、視線や気配などでかぐやを意識してる様に感じたからと答えられた。

以降、覆面のかぐや護衛方は精進を重ね、この二ヶ月足らずで関東で一位二位の実力になっている。

その彼らや愛から見れば、四条の覆面の護衛は脇が甘いので見分けがつく。

 

自分達がそうだったが、バレたら意味がない覆面護衛が護衛対象に見破られたら相当に落ち込みそうだけどと思う愛だが、「かぐやの目」を誤摩化せるのはなかなかに困難なので、今では別邸の護衛の全員と、雲鷹方と本宅の護衛の半数は、かぐやは人相などを覚えている。

 

接点のほぼ無い青龍の護衛方は全く把握できてないが───。

 

号外の一件の調査が手詰まり状態との報告を最後に別れたが、それでも始業までかなり時間があるので、かぐやは生徒会室に顔を出す。

予想通り、御行が一人でいた。

 

 

 

『ああ、四宮か。』

 

 

入室したかぐやに気が付き書類を見ながら声を掛けた御行だったが、視界が突然真っ暗になる。

かぐやが後ろから両手で御行の目を覆ったのだ。

 

 

 

『そのまま、書類を置いて背もたれに体を倒してください。』

 

『何だ、いきなり。

何の遊びだ?』

 

『いいから、言われた通りにしてください。』

 

 

いつになく強い口調の為にかぐやは怒っていると考え、御行は抵抗は得策ではないと言われた通りにする。

背もたれに体を倒すとかぐやは手の覆いを外したが、直ぐ様ハンカチを濡らしてきて御行の頭を後ろに逸らさせて、目の上に濡れたハンカチを被せてきた。

 

 

 

『すまない、四宮。

本当に意味が解らないのだが。』

 

『昨日より酷いクマです。

また徹夜ですね。』

 

 

憂う口調のかぐやは、御行の右手を揉み始める。

突然の連続とかぐやに右手を触れている事に動揺を隠すだけで御行は精一杯になるが、次第に揉まれる心地良さに身を預け寝息を立てていた。

 

交際中に指圧が強過ぎると御行に打ち明けられて以来、指圧の勉強を続けてプロ並みになっていたかぐやに掛かれば、心地良く揉んで眠気を誘発する事など造作も無くなっている。

 

 

 

『本当に、しょうがない人。』

 

 

そういうと、眠気覚ましのコーヒーを淹れる為に御行から離れる。

電気ケトルが湯気を出す頃にはうたた寝から意識が戻った御行がかぐやが乗せたハンカチを外すと、かぐやの姿を確認して安堵する。

 

 

 

『ごめんなさい、起こしてしまって。』

 

『いや、起こしてくれないと困るよ。』

 

『会長がお疲れでも頑張る時は、今度からこうしましょうか?

休息も重要ですよ。』

 

『気持ちは嬉しいが勘弁してくれ。

四宮、ハンカチをありがとう。

 

・・・その、気持ち良かったよ。

 

で、四条の父親はどうだった?』

 

照れ隠しに話題を転じて、かぐやは御行に尋ねられて、淹れたコーヒーを差し入れながら、昨日の四条眞妃の転校の件について、父親の四条真琴から説明された意向を御行にも説明する。

 

 

 

『海外の大学、か・・・。』

 

 

かぐやのコーヒーを飲みながら御行は思案する。

この時、既にスタンフォード大のアーリー(早期出願受験制度)を御行は受験していたが、合否の連絡は12月に入ってからになる為、受験自体をかぐやには打ち明けてはいなかった。

 

 

 

『親御さんの考えは解るが無理強いはロクな事にならないぞ。

ただ、その感じでは聞き入れて貰うのは骨だな。

 

四条自身は、どうなんだ?

親の希望通りに受験の前倒しを考えているのか?』

 

『まだ、そこまでは・・・。

戸惑っている、という感じでした。』

 

『転校ではなく海外へ飛び級での進学が本当の理由と言われては、当然の反応だな。

そうなると、四条が気がかりだな。』

 

『まだ何度か伺おうかとは考えてますが、あまりしつこくしますと眞妃さんのお父様を硬化させる恐れもありますので、難しいですね。

 

・・・ところで、会長?

今朝は、なぜあの道を選んだんですか?』

 

『えっ!?』

 

『いつもの登校ル━トと違いますよね?』

 

『いや、ナンダ、けさは用事があってな・・・。』

 

 

笑って誤魔化しに掛かるが、かぐやも深く追求する気はない。

ラインで四条家に泊まる事は愛と御行には連絡していた為に、四条家を通過する登校ルートに変えた為だろうと。

夏の花火大会の日を思い出して、嬉しさが込み上げてくる。

かぐやにはわかってるのに御行は隠そうとするところが可愛らしいと、笑みが溢れる。

 

 

 

『何だ、急に?

何か可笑しな事があったか?』

 

『いえ、会長らしいなって思いまして。』

 

『・・・いい意味ならいいんだが。』

 

『はい、すご━━━く良い意味です。』

 

『・・・本当か?』

 

 

御行には、かぐやが言ってるのは良い意味に感じられなかったが、それでも満面の笑みで言われては悪い気はしなかった。

 

それ以上は始業の時間が迫っていた為、二人はそれぞれの教室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───放課後

 

 

今日は珍しく生徒会業務がない為に御行は帰ろうとしたところ、同じクラスの風祭豪に呼び止められた。

 

 

 

『交流会?』

 

『ああ、色んな学校の人が集まって親睦を深めるんだけど、俺達だけだと、な?』

 

『う〜ん、わかったよ。

いつも断ってばかりだからな。』

 

 

その様子をかぐやと通りすがりに見てしまった愛は、横にいたかぐやに注意を促す。

 

 

 

『う〜ん(そういえば、愛が本音を言ってくれたのはカラオケの後だったわね)。』

 

『あれ、多分合コンですよ。

会長さんは気が付いてないみたいですけど。』

 

『愛、潜入できる?』

 

『へっ? それは、まあ。』

 

『私も同じお店の予約入れるから、そっちに連れ出して。

私もカラオケしてみたいし、皆で盛り上がろうかな?』

 

『・・・意外ですね。』

 

『高二は今しかないんだから、楽しみましょう。

愛には、いつも負担かけてるし。』

 

『・・・わかりました。』

 

 

かぐやとしては気を利かせたつもりだった。

そして、軽い気持ちで声を掛けたら、藤原千花・萌葉、石上優、伊井野ミコ、四条眞妃、白銀圭、そして、何故か龍珠桃がカラオケに集まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───カラオケ店・個室

 

 

『・・・案外、集まりましたね。』

 

『・・・私も驚いてるわよ。

柏木さんは用事と門限があるからと断られたけど、萌葉さんと圭さんには誘ってないのに。

多分、千花さんね。』

 

『・・・なるほど。』

 

 

中学生がいるなら2時間が限度かと、タクシーの手配まで考えて解散後の帰宅ルートの変更を愛は考え始めていた。

 

かぐやは、柏木渚を誘うに当たって眞妃の名をあえて出さなかった。

誘う時から田沼翼がベッタリ張り付いて二人だけの世界を展開していたので、カラオケボックスの狭い空間にそれを持ち込まれては胸焼けする。

 

一番疑問なのは龍珠桃だ。

誘ったのはかぐやだが、下足場で眞妃を誘う時に珍しく顔を合わせて、誘ってみたら乗ってきたのだ。

 

 

 

『あっ、かぐやちゃん。

時間だから、行ってくるね〜!』

 

『お願いします。』

 

 

ギャルにキャラチェンジして愛が部屋を出ていくが、そういえば、どうやって会長を連れ出すのだろう?とかぐやは疑問に思う。

 

 

 

『かぐやさん、曲入れちゃいますよ。

この歌でいいですか?

私がトップバッターいきま━す!』

 

『千花さん、どうぞ。

皆さん、頼む物決まりました?』

 

 

様々な料理や飲み物を頼んで、千花と萌葉&圭ペアで一曲づつ歌い終わった頃合いで、料理と飲み物の第一陣が運ばれて来た。

運んだ店員と入れ違いに、顔が引きつった御行が愛に連れられて入室してきた。

愛は、珍しく制服を正しく着ている。

 

 

 

『あれ、会長も来てたんですか?

どうしたんですか、顔色悪いですよ?』

 

 

おかしな様子の御行を訝しがる優が疑問を尋ねる。

 

 

 

『どうもこうもないさ。

誘われた交流会にいたら、ドアのガラス窓から四宮が見えて・・・。

まさか、こんな所に居る訳無いと見直したんだが、やはり四宮に見えてな。

立ち去ったから気になって外に出てみたら早坂の変装だったんだ。

それで、皆集まってるから来てくれて言われて、ここに来たんだ。

ああ、ありがとう。』

 

 

 

優に答えながら、御行は愛に誘導されて眞妃の横の席に腰を下ろす。

優の隣はミコと桃が座っていたが、桃の目は明らかに面白がってる。

御行は気が付いてないが同学年で遠慮なしで言い合える女子は、実は桃しかいない。

故に、苦手意識もある。

 

 

 

『あら、御行はここに来るのが嫌だったのかしら?』

 

『いや、正直助かった。

交流会があんな感じとは知らなかったからな。

男女比が同じぐらいだったが、あんなものなのか?』

 

『・・・あれは、合コンですよ。』

 

『えっ!

あれがそうなのか!?

付き合いは殆ど断わってるから、解らなくてな。

いや、助かったよ。

知らない人ばかりなのに、距離感近くて困ってたんだ。』

 

 

眞妃と愛に突っ込まれてやっと交流会の正体を御行は理解した。

かぐやと同様、変なところで世間知らずな御行だった。

イメージ通りだが。

 

 

 

『会長、両手に花だな。』

 

『多分、気が付いてないわよ、あれ。』

 

『アイツは前からあんな感じだ。』

 

『龍珠先輩・・・、詳しいんですね。』

 

『去年、生徒会で付き合いあるしな。

今と違って、秀知院に入ってきた頃はオロオロしてたな。』

 

 

 

優とミコの内緒話に、桃がフライドポテトを摘みながら相槌を打つ。

 

 

 

『オロオロしてる会長なんて想像できないですね。』

 

『アイツも色々あって脱皮したんだけど、ひょっとすると虚勢張ってるだけかもな。

意識して喋り方変えてる時あるからな。』

 

 

優にそう言いながら、愛と場所を変わったかぐやと談笑してる御行を見るが、二人は上手くいってる様で安堵する。

 

 

 

『去年は、酷かったからな。』

 

『そんなに、ですか?』

 

『四宮が尖ってたからな。

お前達二人は今年からだからあんまり知らないだろうけど、毎日酷かったぜ。

あのまま、生徒会解散するのかとも思ってたからな。』

 

『そこまでですか!?

今では、二人で居るのが当たり前ですけど。』

 

『分かんないもんだぜ。

あと、石上と言ったか?

こういう席は肩の力抜け、砕けて話せ。』

 

『あっ、はい。

すみません。』

 

『素直でよろしい。』

 

 

そんな事を言ってる桃だが、ロングスカートとはいえソファに胡座をかき、口調は男っぽいがピンクの可愛らしいツーピースを着ているのでアンバランスな事この上ない。

おまけに室内はやや暗いとはいえ、桃本人は気が付いてないがチラチラスカートの奥が見えてしまっているので、それは御行の席からよく見えてしまっていて、極力桃の方に目を向けない様にしている。

隣のかぐやは御行を見てるので気が付かず、反対隣の眞妃は分かってるが御行の反応が面白いから放置している。

何なら、ちょくちょく御行の目線が桃の方向に向く様に誘導したりもしてる。

 

やがて、かぐや&千花ペアが歌い終わり千花がトイレに立つと、御行に歌う順番が回り、悲劇が起きる。

御行が歌った後、室内は酷い有様になっていた。

 

 

 

『なんでそんな歌声になるんだ、お前の喉は!?』

 

『いくらなんでも、酷すぎる歌声です!

私達を殺す気ですか!!?』

 

『・・・。』

 

 

室内の惨状に声を無くして立ち尽くす御行と、激しく抗議する桃とミコ。

聴覚過敏のかぐやと眞妃は御行の歌声に当てられダウンし、愛がかぐやを、優が眞妃を介抱している。

御行の妹の圭と千花の妹の萌葉は、抱き合って震えてる。

 

交流会から連れ出されカラオケを楽しんでいた御行だが、歌の順番が回る頃には気分も乗っており、想い人のかぐやに良いところを見せようと歌い始めたのだが、その歌にはラップが含まれていた。

御行の中では十八番のナンバーだった事と、一学期に千花から猛特訓を受けて人並みに歌える(以前はなまこの臓物が鳴る様な歌声だった)様になっていたので、同じ感覚でラップ部分も歌ったところ、ラップ部分は全く一ミリも改善されてない以前の歌声のままだった。

 

音程を外し倒しテンポは不自然に速遅をおかしな感覚で繰り返す為、特にかぐやと眞妃は聴覚過敏が災いして音によって頭を振り回された(脳内部で御行の歌声が滅茶苦茶な音程とテンポで反響を繰り返す状態)様になり、激しい乗り物酔いになった状態になった。

 

 

 

『ごめん、トイレに連れてぅっ、行って。

こらえっ、・・・きれない。』

 

 

真っ青な顔でやっとの思いで眞妃は話すと、同じく真っ青な顔の愛に連れられて個室を出ていく。

 

かぐやは優から介抱を受けて、ソファに身を預けてなんとか吐き気をこらえている。

桃達の抗議よりかぐやの力無い姿の方が、余程御行はこたえた。

 

そこにトイレから戻って来た千花は、以前経験した悪夢が蘇る。

何が起きたのか、聞かなくても解る。

必死の形相でこらえているかぐやを見ると、千花は優と一緒にかぐやをトイレに連れて行く。

 

 

 

『すまん、俺は帰るよ。

皆、申し訳なかった。』

 

 

顔面蒼白で力なく告げて頭を下げると、御行は部屋を出て行こうとした。

 

 

 

『待てよ、白銀。

お前、脱皮したんじゃなかったのか?』

 

 

呼び止められて振り向いた御行の股間を、桃の蹴りが直撃する。

虚脱状態に不意を突かれて声も出せず、股間からの痛みに耐え背中を丸めながらそれでも桃を睨み返す御行。

 

 

 

『女をこんな状態にして逃げ帰るのが、白銀御行って男か?

お前が今やらないといけないのは、四宮や四条を介抱する事じゃないのか!?

とっと行って来い!!』

 

 

桃に蹴り出される様に個室を出たところで、幾分マシな顔色になった眞妃が愛と優に付き添われて帰ってきた。

 

 

 

『・・・アンタ、凄いわね。

そんな欠点があったなんて、ビックリだわ。』

 

 

眞妃達に呆れた顔を向けられていたたまれない気持ちになる。が、逃げる訳にはいかない。

 

 

 

『すまない。

ちょっと苦手ぐらいのつもりだったんだが、練習して克服したはずだったんだ。

本当に申し訳ない。』

 

『いいわよ、ラップだけが悪かっただけだから。

普通のところは、普通に歌えてたじゃない。

 

・・・かぐやなら、外に出てるわよ。

風に当たってくるって、リボンの子が付いてるわよ。

しっかりね。』

 

 

そう言うと、眞妃は御行の肩を叩いて個室に戻っていく。

 

 

 

『誰しも、苦手なものはありますよ。

気にしないでください、会長。』

 

 

優も御行に声をかけて個室に戻る。

 

 

 

『どうします?

かぐやのところに行くなら、案内するけど?』

 

『ああ、頼む。

早坂も、すまなかった。』

 

『なまこの内臓な歌声は初体験だったよ。

会長さん、凄いね。』

 

 

この時、愛は自覚できてなかった。

御行のラップのせいで自分の演技が制御出来てなかった事に。

愛の喋り方や仕草や歩き方まで「ハーサカ」が出てる事に。

それが一度だけしか会ってないが、メイド大好きの御行の忘れていた記憶巣を刺激して思い出してしまう。

 

 

 

『君は、ハーサカか?』

 

 

普段なら不用意な発言をしない御行も、ショック状態に近い為に考えを口にしてしまう。

愛も意識がかぐやに向いていた為に、予想外の御行の発言に反応してしまう。

振り返った愛は目を見開き、動揺してる事がありありと解る。

言ってはいけない事も言ってしまう。

 

 

 

『───どうして?』

 

 

理由などなくそう思っただけなのだが、愛のその姿に踏み込んではいけない領域に自分は踏み込みかけていると理解した御行は、それ以上は触れない事にする。

 

 

 

『四宮が気になるから、急ごう。』

 

 

愛を置いて店外に出る御行を愛も追う。

かぐやと千花は、店の近くの商業ビル前の広場にいて談笑していた。

かぐやの顔色も普段と変わらない状態になっていた。

意を決して御行はかぐやに声をかける。

 

 

 

『四宮! すまない、こんな事になるとは思わなかったんだ。

本当に済まない、この通りだ。』

 

 

そういうと、御行は深々と頭を下げる。しかし、その姿勢でいてもしばらく何の反応もかぐや達は返してくれない。

恐る恐る顔を上げてみれば、誰もいない。

慌てて御行は周りを見回すが、付いてきてくれていた愛も居なくなっていた。

 

 

 

『み、見捨てられた・・・?』

 

 

蒼白になっていた御行の顔は、真っ白と言った方がいいほど、血の気が引いてしまっていた。

 

 

 

『いいの、かぐやちゃん?』

 

 

千花と愛と三人で近くの案内板の影に隠れているかぐやに、千花の手前ギャルキャラのままで愛が心配そうに尋ねる。

 

 

 

『いいのです、これぐらい。』

 

 

かぐやはご立腹である。

何故なら千花から、御行が普通の歌もバレーボールも駄目だった為に特訓したと打ち明けられたからである。

 

あまりに酷く吐いてしまった為に千花に連れられてかぐやは外に出てきたのだが、千花がポロッと御行の校歌の時の話をしてしまった。

 

 

 

『だからあんなに泣いてたのね、千花さん!』

 

『酷かったんです〜。』

 

 

そう言うと、千花のスマホに何故か残していた「御行の歌声(改善前)」をかぐやは聞いてしまい、激しいショックと千花の苦労が忍ばれて、そこからソーラン節からバレーボールに話が繋がり、この段階での御行の改善された駄目な箇所をかぐやは知ってしまった。

それも、改善されたとはいえ、結婚後もひた隠しにされていた夫の秘密を思わぬ形で知ってしまった。

 

ある意味、不倫されるのとは別種ではあるが酷い裏切りにかぐやは感じていた。

 

 

「好きだからこそ、見せられない部分がある。」

 

 

───で、千花さんには見せて、特訓して貰ったと?

 

 

かぐやは抑えてるが、その背後には不動明王が飛び出して来そうなほどの嫉妬と怒りの炎が燃え盛っている。

 

特に、「結婚後もひた隠しにされていた」という部分が許せない!

クリスマスの夜のあの誓いは何だったの!!

 

 

 

『かっ、かぐやちゃんぅ、ちょっとトイレ行ってくるねぇ。』

 

 

直感でかぐやが不味い状況になってると察した愛は、千花を無理矢理連れてかぐやから離れる。

 

兵法三十六計、逃げるに如かず!

 

千花も直感が働いたのだろう。

愛に引っ張られて素直にかぐやから離れる。

二人が去っていく(緊急避難)姿を見つけた御行は、案内板の影にかぐやの髪型を発見して安堵する。

怒ってるかと思ってたが拗ねてるぐらいかと、軽く見てしまった。

そういえば、圭ちゃんも拗ねると隠れる時があったなと、小学生の心理と高校生の心理を勘違いして解釈してしまった。

かぐやに愛想を尽かされてしまったかと強烈な後悔に見舞われていた分、現実逃避で楽観的に捉えてしまった。

 

 

 

『四宮、すまんって。

謝ってるだろう?』

 

 

様々な要因が重なり、かぐやが無意識に踏み堪えていた足場を、御行は不用意な発言で破壊してしまった。

 

 

「・・・謝ってる、

 

・・・だろう?」

 

 

無言だが笑顔で御行に近付いたかぐやは、キレていた。

 

そして、

 

スナップを効かせた強烈な往復ビンタを御行に食らわせてしまった。

 

 

大きな音に振り返った千花と愛は、何が起きたのか直ぐには判断出来なかった。

ただ、左頬を左手で抑えて立ち尽くす御行と、左手が空中で静止しながら泣いてるかぐやを見て、かぐやが御行をビンタしたとは解る。

 

息を呑む、二人。

 

立ち尽くす、御行とかぐや。

 

やがて、絞り出す様にかぐやは御行に告げる。

 

 

 

『・・・最低、です・・・。』

 

 

告げ終わると、泣きながらその場を離れるかぐや。

膝から、その場に崩れる御行。

 

 

 

『か、かぐやちゃん・・・?』

 

 

長い付き合いながらどうしたらいいか、愛にも解らない。

その場に膝を付いて打ちひしがれてる御行は、既に千花が慰めに動いてる。

心配なのか、優も様子を見に来てくれた。

御行は二人に任せて、愛はかぐやに付き添う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───一方、カラオケ店の個室

 

 

全く面識のない、桃と圭と萌葉は気まずい空気の中にいた。

 

桃はカラオケなどした事がない。

かぐやと御行が気になったのと、カラオケに興味があったから来ただけなのだが、いつまでも戻ってこないかぐや達を心配して優が様子を見に行くと、料理を摘むしかやる事がない。

 

ミコは交流会が気になり、風紀の指導に行ってきます(気不味いから逃げだした)と乗り込んで、飛び入り参加と勘違いされておだてられて、ミイラ取りがミイラになっていた。

 

優がいれば桃を任せて圭と萌葉も楽しめるのだが、肝心の優がいなくなって緩衝材がなくなると、流石に兄や姉の同級生を無視して勝手に盛り上がるのは、憚れた。

 

正直、同年代や歳下は桃は苦手だ。

今まで実家の家業のせいでまともに友達など出来た事がない。

家は色んな人間が出入りするといっても、自分に近い歳の人間など皆無だった。

大概は敬語を使われてしまって桃自身の喋り方や接し方もあって、親密などとは程遠い。

 

さて、どうしたものかと考えてると家に連絡を入れてきた眞妃が戻ってくる。

 

 

 

『あれ?

歌わないの?』

 

『あ、ああ、よく判んねえし、趣味じゃないんだよな。

・・・その、初めてだしな。』

 

『奇遇ね、私もよ?』

 

『へぇ、そうなのか。』

 

『あ、あのぅ。

私達が歌っても、いいですか?』

 

『ああ、いいぞ。

どんどん歌っとけ、勿体ないしな。』

 

『じゃあ、遠慮なく。』

 

 

圭が確認してる間に、既に萌葉は曲を入れており早くもイントロが始まった。

ノリノリで二人は歌い出し、振り付けまで披露する。

その間、熟年夫婦の様に眞妃と桃は二人の歌う姿を見ながら会話をしていたが、眞妃のスマホがなる。

内容は御行からのラインで、

 

 

「すまん、先に帰る。

妹には、外泊でも良いぞと伝えてくれ。」

 

 

とだけ、あった。

次いで、かぐやからもラインが入り、

 

 

「体調が悪いから帰ります。

ごめんなさい。」

 

 

としか、なかった。

 

二人からの連絡を見て、顔を見合わせる桃と眞妃。

二人ほぼ同時に連絡が来るという事は、連れ合って帰ったなと二人は思った。

妹に外泊OKとはやる気満々だなと桃は考え、眞妃はかぐやの抜け駆けに不満が出る。が、圭と萌葉の二曲目のイントロが始まるタイミングで、何故か優だけが帰ってきた。

 

 

 

『後二人はどうした、優?』

 

 

不審に思った桃が尋ねるが、優の歯切れが悪く口籠る。

 

 

 

『何があったのよ、ハッキリ言いなさいよ。』

 

『・・・会長の妹さんには内緒にしてください。

実は・・・、』

 

 

千花や愛から聞いた話と、優自身が見た事を桃と眞妃に伝える。

 

 

 

『穏やかじゃねえな。』

 

『かぐやが、ね・・・。』

 

『二人の間に何が起きたか本当の理由は解りませんが、四宮先輩は早坂先輩が、会長は藤原先輩が送って行きましたから、多分帰ってきませんよ。』

 

 

三人で話してると千花が戻って来た。

良いタイミングで圭と萌葉の三曲目も終わり、音楽が鳴り止む。

 

 

 

『圭ちゃん、会長に許可貰ったから今夜は家にお泊まりだよ。』

 

『ええっ、いいの!?』

 

『やった、一緒に寝よう。

いいよね、お姉ちゃん?』

 

『いいですよ。

という訳で、お開きになりますから、片付け、片付け。

あ、余った料理は必要な人は持って帰ってください。

容器貰ってきました。』

 

『千花ねぇ、兄やかぐやさんは?』

 

『ああ、会長が介抱してかぐやさんをタクシーまで送りに行ってますよ。』

 

『そうなんですか。

(お兄、今夜決める気だ!)』

 

 

事実は違うのだが、千花の嘘に圭は勘違いして気を回してしまう。

 

その後は余った料理を分けて持ち帰り、ミコを忘れてきた事に気が付いた優が引き返して回収したが、ノンアルなのに空気で酔っ払って出来上がってしまっていたミコに絡まれながら、フラフラして歩けないというのでおんぶして帰る事になった。

見かけによらず意外に重いなと優は思ったが、背中で寝息を立ててるミコの寝顔をショーウィンドウのガラス越しに見た優は、野暮な事は考えないと頭から追い出して、二人っきりで家路をゆっくり帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───夜、泉岳寺別邸

 

 

 

『お酒、飲みたい。』

 

 

普段のかぐやからは想像できない発言に愛は戸惑ってしまう。

 

御行達と別れた後、かぐやは愛の付き添いで別邸に帰ってきたが、その頃には泣き止んではいた。

 

いつになく沈んだ雰囲気のかぐやの様子に、夜番の使用人達は動揺し愛に何事があったのか尋ねてくる者もいた。

 

8月以前なら傅くだけで、かぐやの様子を気に掛けても尋ねてくる者など居なかった。

 

9月以降はかぐやが愛を交えて人間関係を再構築して二ヶ月が過ぎた。

今は、かぐやの様子が使用人達は気になってしまう。

 

 

 

『大丈夫よ、学校でお疲れになられただけだから、問題ないわ。』

 

『そうですか?

帰って来られたら毎晩ご挨拶をして頂いてましたから、気になりまして。

差し出た事を申し上げました。』

 

『いいわよ。

かぐや様の心配をしてくれたのだから、ありがとうね。』

 

 

とは言ったものの、抜け殻と言っていいほど無気力状態で時折目元に溜まった涙を拭う今のかぐやを見て、心配しない方がおかしいかとは思う。しかし、かぐや本人が望んだとはいえ、酒を飲ませていいかは思案の為所である。

 

熟考の末、赤ワインをティスティングの練習と称して一本だけ貯蔵庫から持ってきて、かぐやの前にグラスに注いで差し出した。

 

が、あろう事か、かぐやはグラスではなくボトルを掴むとラッパ飲みを始めた。

普段のかぐやを知ってる者ほど予想の斜め上の行動に驚き、愛は驚きすぎて制止できなかった。

 

小さいサイズではあったが一度に全部は飲みきれず、ボトルを半分開けたが口元も服も零してしまった赤ワインで汚れてしまった。

慌ててかぐやの手元からボトルを遠ざけるが、汚れた制服のままの為に着替えさせねばならない。

内心、かぐやの行動に激しく動揺しているが、愛は努めて平静を装ってかぐやに声を掛ける。

 

 

 

『かぐや様、お風呂もまだですし、お召し物も替えねばなりません。

シャワーだけでも浴びませんか?』

 

 

虚脱状態ではあるが頷いて了承したので、他の者に見られぬ様に浴室にかぐやを連れて行く。

まるで人形の様に、かぐやは愛にされるまま服を脱がされシャワーを浴び、ナイトウェアに着替えさせて寝室に愛が連れ戻る。

寝室のベットにかぐやを座らせたが、テーブルに置いたかぐやのスマホの通知ランプが点滅していた。

部屋を空けた間に何かの通知が来たようだ。

気になった愛は、かぐやに気を配りながら通知を確認する。

画面が点灯するとラインの着信通知だった。

 

御行からのもので、

 

 

「四宮、生徒会室に来なくて…」

 

 

までしか表示されてなかったが「来なくて…」の部分に、愛は釘付けになる。

どう考えても「来なくていい。」しか思い付かない。

こんなものを今かぐや様に見せたらどうなるか・・・。

まだ自分は着替えてなかった愛は制服のポケットにかぐやのスマホをしまうと、かぐやに退室のお伺いを立てる。

 

 

 

『かぐや様。

私も着替えてまいりたいのですが、よろしいでしょうか?』

 

『・・・戻ってきてね。

今夜は、・・・一人は嫌なの。』

 

『はい。

着替えと仕事を済ませましたら直ぐに戻ります。

では、少しの間、失礼させて頂きます。』

 

 

俯いたまま答えるかぐやを残して退室した愛は、直ぐさま自分の部屋に戻り手早く着替えると、御行のスマホにショートメールを送る。

直ぐさま返信が来て数度のやり取りの後、御行のラインのアカウントと相互登録を済ませる。

ここで一度深呼吸をして、最初のラインを送る。

 

 

「かぐや様にラインで何を送ったの!?」

 

「その前に、君は早坂なのか?

ハーサカなのか?」

 

 

『そんな事言ってる場合じゃないのに!』

 

 

愛は地団駄を踏みたくなる。

テーブルの時計は、愛が部屋に入ってから15分経過してる事を表示してる。

これ以上時間を掛けていてはかぐや様が不安になる恐れがある。

仕方なく、愛はかぐやの部屋に戻る。

果たして、かぐやは座らせた場所からは動かず俯いたまま、愛を待っていた。

 

 

 

『遅くなりました、かぐや様。』

 

『・・・ねぇ、・・・私は、

・・・生きてる意味あるのかな・・・。』

 

 

なんと言っていいか、愛は判らなくなる。

 

重い! 重すぎる!!

 

彼氏と喧嘩したぐらいで、「生きてる意味」なんて言い出さないでと、強く言いたい気持ちをグッとこらえて、愛はかぐやの左隣に腰を下ろすとかぐやの左手を右手で握る。

かぐやの顔は、ワインの影響か赤くなっていた。

 

 

 

『自己嫌悪、ですか?』

 

『・・・言って欲しいって、

・・・見せて欲しいって、

・・・寄り添い合ましょうって、

・・・そうやってやってきたのに、

・・・でも千花さんには見せても、

私には見せてくれなかった・・・』

 

 

(いつの間にそこまで進展したの?)

 

 

愛の疑問は最もだが、かぐやの言ってる事はクリスマスの晩以降の今はまだ将来の話で、愛には解らない話でしかない。

かぐやの相手をしながら、かぐやには見えない様に左手では御行にラインを送る。

 

あの瞬間、かぐやが御行をぶった瞬間までに二人の間に何があったのか?

 

それが判らないと地雷を踏みぬく危険がある。

 

その愛の問に御行は、

 

「君はハーサカか、それとも早坂なのか?

それを先に教えてくれ。」

 

(そんな事は後でいいでしょ!)

 

 

御行は苦い人生経験から、解らない事はとことん追及する癖が付いていて、解らないまま進むという事が出来なくなっている。

どうしても疑問が頭から抜けなくなってしまう。

 

かぐやの様子を伺いながら愛は返信する。

本当なら通話にして問い質したいぐらいだが、今はできない。

 

 

「どちらも私。

ハーサカは別邸の来客用、学校での私もかぐや様の身辺警護に必要な人物像なの。

騙してて、ごめんなさい。

これは、二人だけの秘密だよ。」

 

 

あえて「二人だけの秘密」と付け加える事で秘匿性を上げる。

白銀御行の様に義理堅い男ならば他言はしにくくなる。

女の場合は、話した瞬間に話が広がるのでそもそも使えないが。

 

 

「そうなのか、早坂も色々大変なんだな。」

 

「それより、案内板の裏に隠れてたかぐや様になんて話しかけたの?

私達は離れてたから聞こえなかったの。」

 

「四宮、ごめん。

謝ってるだろう?

 

だったと思う。」

 

 

愛は、スマホを御行の顔に投げつけたくなる。

原因はこれか!、と。

 

何、その軽い謝罪は!

あれだけ怒ってたかぐや様にそんな事言ったら、キレるに決まってる!!

私でもキレる!!!

 

 

 

───しかし、なら、かぐや様はなんで落ち込んでるの?

 

 

───原因は違うところにある?

 

 

そう思っていたら、次のラインが来る。

 

 

「妹が拗ねると隠れる時があったから、四宮も拗ねてると思った。」

 

 

(まあ、半分拗ねてる様なものかも?)

 

とは思うが、御行からかぐやへの先刻のラインの内容が気になる。

 

 

「さっき、かぐや様にラインしたみたいだけど、何を送ったの?」

 

 

そこから御行の返信は途切れた。

御行も気になるが、何も言わずに座ったままのかぐやも気になる。

ゆっくりとかぐやの左手を掴んでいた愛の右手を握り合う形に変えて力を入れる。

かぐやも握り返してくれたが、愛に向けた顔は呆けた様な顔で目に力は無く涙を溜めた虚ろな瞳だった。

 

それだけでも、今直ぐ御行を殴りたくなる。

大事な「妹」をこんなにしてと、愛は憤る。

 

御行からの返信を待ってばかりもいられない!

 

 

 

『かぐや様、横になりましょう。

起きていても身体に良くありません。

今夜は私も一緒に居ますから。』

 

 

返事はなく俯くだけのかぐやを支えて横に体を倒させてシーツを掛ける。

 

 

『残ってる仕事を片付けてきますから、少し離れますね。

必ず戻ってきます。

今夜は一緒に寝ましょう。』

 

『・・・愛、ありがとう、ね。』

 

 

涙を溜めたかぐやの目は、既に眠そうな目になっている。

かぐやはあまり酒に強くなく、付き合いで飲む機会の多かった御行と違い酒に慣れてもいない。

実際は、酒に弱いかぐやが飲まされたら何をされるか解らないと、酒席に出る事を御行がガードし続け過保護にした結果なのだが、かぐやは元々から下戸寄りなのだ。

 

そこに、ようやく御行からのラインが届く。

 

 

 

『すまん、グループで生徒会の面々とやり取りをしてた。

期末試験が来週末なので、試験休みを生徒会も取ろうと考えていたんだ。』

 

『四宮とは、今の状態では会いにくいからな。

冷却期間を設けたいんだ。

フォローを頼む。』

 

『分かりました、かぐや様には伝えます。』

 

『すまない。』

 

 

それを最後に御行からのラインは止まった。

 

一方、グループで連絡を受けた石上優と藤原千花はかぐやと御行の状況を把握していたが、伊井野ミコは事態を把握していなかった為、二人が大人の階段を飛び越えたと勘違いして、軽いパニック状態になっていた。

為に、ミコからのライン攻勢を裁く事に御行は時間を取られる事になった。

 

さて、愛はもう一つの厄介で不快な仕事を済まさなければならない。

 

 

「今夜はかぐや様がお疲れで付き添います。

他、特段報告する事は無しです。」

 

 

そう手短に報告を上げると問い掛けては来ないので、打ち切った。

 

こんな事に時間を割いてるより、かぐや様に付いてないとと、愛は不安になっていた。

9月以降のかぐやの変化は、愛を始め思いのほか大きな影響を周囲に与えていた。

 

かぐやの寝室に戻ると、かぐやは寝息を立てていた。

寝顔だけ見てると幸せそうだけど、目頭には涙を溜めたままだった。

ティッシュを一枚取ると、そっと涙を吸わせて拭き取る。

 

 

 

『おやすみなさい、かぐや様。

せめて、楽しい夢を見てください。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───時は少し遡り、白銀家

 

 

かぐやに往復ビンタを食らい泣かれた後、御行は千花に妹の圭を頼むと、通学用自転車を押して三時間かけて自宅に辿り着いた。

途中、生徒会の面々や愛とラインのやり取りをしながらの為に、時間が掛かってしまった。

 

藤原家にお泊まりの為に自宅には妹は帰ってなかったが、父親が一人晩酌をしていた。

 

 

 

『おかえり、遅かったな。

 

・・・御行、かぐやちゃんに振られたか?』

 

『・・・振られてねえよ。

 

なんだよ、藪から棒に。

 

・・・第一、付き合ってもねえよ。』

 

『なんだ、まだ告ってないのか。』

 

『俺と四宮はそんな関係じゃねぇよ。』

 

『じゃあ、なんなんだ?

 

・・・お前の頬に手形を残せるのは、かぐやちゃんぐらいだろう。』

 

『・・・。』

 

 

御行の両頬にはハッキリとかぐやの左手の跡が残っていた。

 

千花に見送られる際に両頬にかぐやの手形が残ってると哀れまれた目で告げられ、これが為に表通りを恥ずかしくて歩けず、裏道を人目を気にしながら歩いた為に帰宅に時間が掛かってしまった。

 

かぐやのビンタは、最初は大した事がなかったのだが時間が立つにつれて痛みが増してきて、ビンタからニ時間後が痛みのピークで今は落ち着いてきてる。が、その分、手形がよりハッキリしてきてる。

黙り込む御行に父親はそれ以上追求せず、話題を変える。

 

 

 

『御行、夜は食べたか?』

 

『・・・あんまり。』

 

『風呂入って着替えて来い。

なにか作っとくから。』

 

『・・・親父、・・・ありがとう。』

 

 

礼を言うと御行は自室で制服を脱ぐと、着替えと寝巻きを持って風呂場に向かう。

既にバランス釜のスイッチは入れられており、お湯と水の循環が始まっていた。

湯船の水が温まるまで体と頭を洗い、終わる頃には湯船の水も入るには問題ない程度の暖かさになっていた。

この辺は使い慣れてる分、呼吸が解る。

ぬるめだが、入ってゆっくり浸かる。

バランス釜の為に湯船が小さく箱型の為、パイプ椅子の脚の様に足を組んで入らないといけないのが難点だが、じんわりと温められる御行の身体からは、冷える中長い夜道を歩いて帰った疲れが出てきた。

 

無意識に右手はかぐやに叩かれた右頬を撫でる。

帰り着くまでは左の方が痛かったが、今は右の方が痛む。

 

自然と涙がこぼれる。

 

叩かれた直後のかぐやの目は、怒ってるのではなく、悲しみに浸かった寂しそうな瞳をしていた。

原因は解らないが、かぐやを泣かせてしまった事に罪悪感が湧き、気分は沈む。

 

 

 

『・・・俺では、・・・四宮を傷つけてしまうのか?』

 

 

バランス釜のスイッチも切ってる為に湯船の湯も冷めてきた頃合いで、御行は風呂を終える。

風呂上がりの御行を食卓で待っていたのは、ご飯とレンチンされたパックの焼肉と枝豆だった。

 

 

 

『・・・親父、何か作るんじゃなかったのか?』

 

『明日の朝の材料が無くなるからな、コンビニ行ってきた。』

 

『・・・俺の為に無駄遣いなんかすんなよ。』

 

『ビールのついでだ。

それより、冷めるから早く食べろ。

今夜は特別にこれも付けてやる。』

 

『・・・親父、俺は未成年だ。』

 

『もう味を知っていい歳だ。

・・・それに、今夜は飲またくないか?』

 

 

そういうと御行の父親は、135mlの一番小さい缶ビールの蓋を開けて御行の前に置く。

不器用な父親の気遣いに感謝しつつ規範意識の為に飲むまいと思っていたが、好奇心や何故か飲んでみたいという衝動で一口飲んでしまった。

 

二口も飲めば底が見えるほどの量だが、苦さが強く感じる味は何故か後を引く味だったが、慣れない味と喉越しに少しむせてしまう。

だが、むせる様な味と喉から食道を焼ける様なとも表現できる感覚が満たしていく事が、何故か心地よい。

 

 

 

『それが人生の味だ。

最初は苦いだけだが、その苦さが無くなると物足りなくなる。』

 

『・・・そんなもんか?』

 

『初めて飲んだ奴には、まだまだ判らんさ。』

 

 

そういうと、父親は自分の缶ビールを飲み干して空にする。

それからは親子の会話は弾まず、御行はテレビを見ながら遅い晩御飯を済ませる。

枝豆はおかずにはならないので残し、先に茶碗類を片付ける。

 

 

 

『親父、・・・その、一緒に食べないか?』

 

『ああ。』

 

 

残った枝豆を親子で食べながら、二人でテレビを見る事になる。

暫しテレビの音しかない。

流れてる番組はお笑い番組だったが、御行は全く笑う気になれなかった。

御行の雰囲気を察してか、不意に父親が話し始める。

 

 

 

『・・・かぐやちゃんな、お前を褒めてたぞ。』

 

『えっ!?』

 

 

御行には顔を向けずテレビを見ながら父親は話し続ける。

 

 

 

『体育祭の時に挨拶されてな、「私を庇ってくれた」とか、「物凄く大切な人」とか、凄く嬉しそうな顔して、キラキラした目で、な。

まあ、詳しい事はかぐやちゃん本人に聞いてみろ。

 

・・・久々に、嬉しくなったよ。』

 

『・・・四宮が・・・。』

 

『成績とか、お前が秀知院に入った事や、そういう事を褒める人ばかりだが、かぐやちゃんはお前の中身を褒めてくれた。

 

流石、副会長だな。

 

父親としては、背中がむず痒くなったよ。

 

・・・それに、お前が俺の言った事を守ってくれてるのも、な。』

 

『けど、俺は・・・。』

 

『お前とかぐやちゃんの間に何があったか知らんが、喧嘩なんかは当たり前にやっとけ。

喧嘩もできない関係は息苦しいぞ。

 

お前が何に悩んでるかは解らんが、後悔しなくていい様に、な。

 

さて、俺は寝る!』

 

 

そう告げると父親は自分の寝床に向かう。

 

 

 

『親父。

・・・その、ありがとう。』

 

 

不器用ながら父親が自分を慰めてくれてる事に御行は礼を言う。

 

 

 

『・・・お前を見てると母さんとの事を思い出すよ。

俺もよく叩かれたからな。

女心はなかなか解らん。

 

頑張れ、御行。』

 

 

振り向いた父親は御行に向けて拳を突き出す、距離がある為エアーになるが御行も照れくさそうに拳を突き出す。

 

 

 

『・・・悩んでも仕方ないか・・・。』

 

 

そういうと、御行も片付けを済ませてテレビを消して自分の部屋に戻る。

自分の机の壁の張り紙の群れを見ながら右手を握りしめて、つぶやく。

 

 

 

『いつも通り、ぶつかるだけだ。

そうだろう、四宮?

そうじゃなきゃ、お前は応えてくれないからな。』

 

 

いつも通り、御行の夜の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───御行が家に帰り着く一時間ほど前

 

 

伊井野ミコをおぶって帰っていた石上優は、ミコの家を知らなかった為に何処に向かったらいいか解らず、かと言って冷え出したので外に居続けるのも体力の面からも厳しかったので、仕方なく自分の家にミコをおぶって帰る事にした。

背中で寝てるミコを起こすのは気が引けたのだ。

 

そこに御行からのラインでスマホが鳴った事で、ミコが目を覚まして一悶着起きていた。

 

 

 

『もう、お嫁にいけない!』

 

『おんぶしただけだろうが!』

 

『私に許可も取らずに勝手な事しないでよ!!』

 

『酒も入ってないのに酔い潰れるお前が悪いんだろうが!!』

 

 

住宅街とはいえ、通勤や通学帰りの人がいる時間帯に激しい言い合いをしてる二人を、周りは生暖かい目で見ながら過ぎ去っていく。

一通り御行にあらぬ疑いからの暴言に近い失言の嵐で責め立てた後、勝手におんぶしたとその矛先は優に向けられていた。

 

 

 

『じゃあ、あのまま置いて帰ってよかったのかよ!』

 

『起こしてくれればいいじゃない!』

 

『勝手に寝たのはそっちだろう。

・・・疲れてたみたいだったしな。』

 

『・・・だって・・・。』

 

 

タクシーでも呼んでくれてるのかと思ったら気が付いた時にはおんぶされていて、優の背中が意外に大きく感じて暖かったから安心して眠ってしまったとは、流石にミコは言えなかった。

 

 

 

『ともかく、どうする?

僕の家はもう少し行ったところになるけど。』

 

『い、行くわけないでしょ!

そ、そんな・・・、石上の家になんて・・・。』

 

 

と言いつつ、何処か期待の様な感情がある事に、ミコ自身戸惑っていた。

 

 

 

『・・・なら、一人で帰れるか?』

 

『・・・家には、誰もいないの・・・。』

 

『・・・悪かったよ。』

 

 

いつも一人だから慣れてる筈なのに、何故か今はミコは一人になりたくなかった。

二人して逡巡していると、業を煮やした優が先に動く。

スマホを取り出して誰かに連絡を取り出す。

 

暫しの間、立ち尽くすミコを尻目に誰かとやり取りをしていた優は、自分のスマホ画面をミコに向ける。

 

 

 

『ほら、藤原先輩に了解取ったから、今夜は藤原先輩の家に泊まれるぞ。』

 

『えっ! いいの?』

 

『お前を泊めてくれそうなのは藤原先輩ぐらいしかいないだろう。

他の先輩達は、連絡先知らないしな。

今、タクシー呼ぶから、藤原先輩の家までのお金あるな?』

 

『それぐらいは大丈夫。』

 

 

言葉とは裏腹に少し寂しさをミコは感じていた。

 

5分も経つと、配車アプリで優が予約したタクシーがミコを迎えに来た。

 

 

 

『あ、ありがとう・・・、石上。』

 

『何時もの事だろう、気にするな。

その、勝手におんぶしてごめん。

 

じゃあ、おやすみ。

 

すいません、行ってください!』

 

 

走り出したタクシーの後部座席から見送る優を見続けるミコ。

タクシーが角を曲がるまで見送った優は、

 

 

 

『今夜は藤原先輩のおもちゃだな、あいつ。』

 

 

そう呟くと、石上優は少し悪い笑顔で家路についた。

 

 

 

 

─────つづく

 

 

 

 

 

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