白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜   作:チャリンコ2025

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───前回までのあらすじ


不思議な空間で過去の自分と対面した白銀かぐやは、過去の自分と今の自分が記憶と意識だけ入れ替わっている事を知る。


012『仲直りと墓参り』

 

 

 

───朝、かぐやの寝室

 

 

不思議な空間で自分と時代が入れ替わってしまった、もう一人の自分である過去の四宮かぐやと眩い光に包まれて意識を手放された白銀かぐやは、目を覚ますと早坂愛の寝顔が見れた。

かぐやの左手を握って眠ってくれた様で、愛の右手はかぐやの左手を握っていた。

 

元には戻らなかったが、他の時代に飛ばされずに済んだ事にひとまず安堵する。

昔の自分には悪いが、まだこの時代でやらないといけない事が終わってないから入れ替わりが解消されてないと白銀かぐやは考える。

それに、あの頃は将来に不安があったが、それが確かな形で体験できる事は過去の自分には良い体験になる。

それだけに、今は自分の手を愛が握ってくれていた事にかぐやは涙が出る。

 

 

 

『・・・かぐや様、お目覚めですね。』

 

『・・・ありがとう、愛。

付いててくれたのね。』

 

 

泣きながら、かぐやは寝たままの姿勢で愛を抱きしめる。

起きぬけに唐突なかぐやの行動にまだ頭が働いてない愛は戸惑うが、まだショック状態からは抜け出せてない様で、今日も大変になりそうだなと手の掛かる「妹」を抱き返す。

 

 

 

『はい。

離れませんよ、かぐや様。』

 

 

暫し泣いていていたが、愛が手伝って着替えを済ませたかぐやは、姿見の鏡を見ながら戻っても肌は10代のままで居たいと切望する。

 

寝る前にスキンケアを怠ると翌朝に跳ね返ってくる年齢になってしまったので、鏡を覗き込みながら自分の10代の肌に羨望の眼差しを向ける。

側のテーブルで充電中だった自分のスマホの通知ランプに気が付き画面を点けて、かぐやは固まる。

 

画面には、

 

 

「四宮、生徒会室に来なくて…」

 

 

という、白銀御行からのライン通知が表示されたからだ。

 

愛も着替えを済ませると、かぐやの様子に気が付いた。

スマホを握ったままで固まっているかぐやの代わりに、画面操作をしてラインのアプリを起動させる。

 

 

 

『えっ、アッ、ちょっと愛!?』

 

『期末試験が近いから、今日から生徒会は試験休みですって。』

 

 

そう言ってかぐやのスマホ画面を指差す。

 

 

 

『・・・そうなの?

(どうしよう、御行さんと話がしたいのに・・・)』

 

 

かぐやの表情から何がしたいか大体察した愛はある提案をする。

 

 

 

『お昼御飯は一緒に食べてもいいのでは?

多分、教室じゃゆっくり食べれませんよ。』

 

『・・・そうね、無理ね。』

 

 

たまたまお昼に教室でかぐや一人で食べている時に、「夫婦喧嘩中だから、そっとしておきましょう」だの、「会長を振った」だの、根も葉もない事を周りの同級生達に言いたてられた。

 

それは御行も同じで、「嫁のところに行かないのか?」とか、「とうとう愛想を尽かされたか」とか、腹の立つ事を言われる。

 

お昼は生徒会室か屋上で生徒会の面々と食べないと落ち着いて食べれなくなっていた。

しかし、昨日の今日の為に、御行と顔を会わせるのが気不味い。

 

 

 

『かぐや様、今朝はどうします?』

 

 

愛が指差す時計の針は5:00の少し手前まで進んでいた。

暗に、「今朝は休まれてはどうですか?」と聞いたつもりだったが。

 

 

『いけない、寝坊だわ!』

 

 

毎朝の日課、朝食作りは5:00には始まる為にかぐやは初めての遅刻になりそうになる。

自分から言い出して強引に調理場に入れて貰ったのに、これでは示しがつかない。

それに、考えが纒まらない時は身体を動かしている方がいい。

 

 

 

『ごめんなさい、先に行くわね。』

 

『はい、今朝も楽しみにしてますから、存分に。』

 

 

そう言ってかぐやを見送った後、ため息を一つついて愛も自分の仕事を始める。

 

かぐやの味噌汁は愛も好きだが、昨日が昨日の為に引き止めたかった。

かぐや様と料理長は競りに一緒に行くぐらいだから、数分の遅刻は大目に見てくれる。

初めてどやされてところを見た時は血の気が引いたが、料理長とは自分に近いほどの信頼関係がかぐや様との間に築かれてる事は嬉しくもあった。

それに、毎朝食べてるかぐや様の味噌汁は食べだしてから身体の調子がいいのだ。

 

愛は八月以前の様に、心身共に疲れ果てても眠れない精神状態には今はならなくなっている。

九月から本来は当然なのだが、愛を始めとして別邸の労働環境はかなり改善された。

今までは仕事中の会話など仕事内容の確認や応答のみだったが、今は冗談に笑い声まで聞こえる。

週末にかぐやに同行して行く本宅も、かぐやが居ると雰囲気が柔らかくなる。

本宅の使用人や護衛達もかぐやのお土産もあってか、今ではかぐやと冗談話をするほどになっていた。

 

 

───妾の子と白い目を向けていた者達が───

 

 

以前は近寄りたくもなかった場所が、かぐや様が居る時は不快にならない。

嫌がらせの様に組まれた本宅(四宮黄光)にとって五月蝿い重鎮方の来訪も、かぐや様が父親の雁庵様の代わりに対応してるから本宅の使用人達に感謝されたぐらいだ。

 

寝室の片付けをしながらそこまで考えて、愛はある可能性に気が付く。

 

 

───今の状況はかぐや様に都合が良いので?

 

 

かぐやには小さいながら派閥を持ってる。

本人が作ったのではなく勝手に集まってきたのだが、かぐやへの忠誠心等ではなく他の三兄弟の派閥に入れなかったり、拒絶したが為に弾かれた者が多く、打算の結果の性質が強い集合体に過ぎない。

四宮グループ内の大物等は属してない。

 

 

───そこに、重鎮方が加わったら?

 

 

片付けをしていた愛の身体は硬直して動けなくなっていた。

 

 

───まさか、それを狙っての本宅訪問?

 

 

その発見は、愛を震えさせた。しかし、愛は直ぐにその考えを頭から追い出す。

勘違いかもしれないし、間違っていたら厄介だ。

 

 

───けれど、可能性に気が付き興奮してる自分が確かにいる。

 

 

 

『・・・もしそうなら、

 

・・・本当にお強くなりましたね、かぐや様。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───朝、秀知院学園

 

 

調理場に危うく遅刻しかけたかぐやは気合を入れ直し、愛と登校して生徒会室に行く為に別れた。

事前に親友の藤原千花から話があると生徒会室に呼び出されていたのだ。

呼ばれなくても、会長の白銀御行に会える可能性があるので、毎朝来ているのだが。

 

果たして、生徒会室には藤原千花が一人で待っていた。

 

 

 

『おはようございます、千花さん。

昨日は迷惑を掛けて、ごめんなさい。

お話があるとの事でしたが、どうされたんですか?』

 

『かぐやさん、昨日会長を叩いたのは何故です?』

 

 

単刀直入に千花は切り込んできた。

やはりその話かとかぐやは予想していたが、さて何と返すべきか・・・。

かぐやが思案していると千花が言葉を続ける。

 

 

 

『・・・多分、かぐやさんは会長が私にだけ、秘密を打ち明けたと思ってるのでしょ?』

 

『・・・昨日の話ではそうとしか取れなかったのですけど、違うのですか?』

 

『私が会長の口パクを見破ったんです。』

 

『・・・(それ、昨日は話されてない)。』

 

『毎週の校歌斉唱の時に、会長に違和感があったから観察したら口パクだったんです。

生徒会長が校歌を口パクでは周りへの示しがつかないと問い詰めたら、会長は小さい頃から今まで周りに「歌わないで」と言われてきたと、時には担任の先生にまで止められてきたんだそうです。』

 

『・・・(それだけ長い期間改善しないのも凄いし、その話もされてない)。』

 

『それで、歌って貰ったらナマコの内臓が唸る様な不気味で不快な歌声だったんです。』

 

『・・・それが、千花さんのスマホに録音されていたあの歌声だったのね。』

 

『だから、会長は私に白状させられたんであって、私にだけ秘密を打ち明けたんじゃないんです。』

 

『・・・どっちでも一緒です。

私には話してくれなかったんですから。』

 

『だから、それは!』

 

『いいのよ、千花さん。

滑稽じゃない、二人は、』

 

『何とでも言えばいいだろう、四宮!』

 

 

突然の第三者の声に、かぐやと千花は生徒会室の出入口に向き直る。

部屋の主である白銀御行が、そこに居た。

生徒会室に入ろうとしてドアノブに手をかけたが、中から二人の話し声が聞こえたので入るタイミングを失っていたのだ。

 

しかし、かぐやと千花は御行の姿に目を見張ると、すぐさま視線を慌てて逸した。

それが御行の癇に障る。

 

御行はかぐやを睨み付けると、大股にかぐやに近づいていく。

御行が近づいて来るのは解っていたが、二人は戸惑っている様でその場から動けない。

 

 

『四宮、そんなに俺が気に入らないならお前が生徒会を辞めてもいいんだぞ?』

 

『な、なにっ、言ってっる、んですかっ!?』

 

『藤原書記、お前は黙ってろ。

これは四宮と俺の問題だ。

前々からおかしいと思ってたんだ。

回し蹴りや、護身術の伝授と投げ飛ばしたり、昨日のビンタといい、俺が気に入らないのは解るが、暴力を振るっていいという理由にはならない。

不満があるなら口で言え!』

 

『・・・っ。』

 

 

御行は真剣だが、かぐやは目を合わせない様にして答えない。否、答えられない。

御行が珍しくマスクをしているからだ。しかし、千花もかぐやも何故か笑いを堪えてる顔をしてる。

 

御行はかぐやと正対してる為に、背中しか見えてない千花はまだ半笑いで済んでるが、真正面から見る事になったかぐやは必死に笑いを堪える。

昨日の事や今まで苦手な事(苦手で済むレベルではないが)を隠されていた事がバカバカしくなるくらい、御行のマスク姿は笑えるのだ。

 

このマスクを渡したのは御行の父親で、両頬にかぐやの手形が薄っすら残っていてマフラーとかでなんとか隠そうと四苦八苦している御行を見て、仕事先のショッピングモールで配っていたプリントマスクを渡したのだ。

マスクの柄は見てないので、御行の父親もどんなプリントかは知らなかった。

玄関で渡された事と、御行も今朝は生徒会室で書類を片付ける為に急いでいて、マスクをよくは見てなかった。

早朝の為、通学路ですれ違う人も、秀知院に来てからも人が殆どいなかったのが災いした。

 

 

 

『四宮、なんとか言えよ!』

 

 

かぐやの態度に御行はますますムキになるが、それが逆効果でかぐやはさらに追い込まれる。

業を煮やした御行がかぐやの左肩を掴んだ瞬間、かぐやの視線が御行の顔に向いてしまい、かぐやは河豚の様に頬を膨らませて笑いを堪えていたのが限界を超えて、お腹を抱えて笑い出してしまった。

つられて千花も笑い出して、御行一人が事態が飲み込めず困惑するが、窓ガラスに写った自分の姿を見た御行は、目を見開き固まる。

 

父親がくれたプリントマスクは舌を左上に出してへの字に曲げた口がプリントされていたのだ。

それが、御行の目の鋭さとアンバランスで笑える顔になっていたのだ。

 

 

 

『お、おっ、オヤジーーーーー!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『うん?

気のせいか、御行の声が聞こえたような?』

 

 

同時刻、自宅で出勤前のコーヒーを飲んでいた御行の父親は、息子の叫びを聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───10分経過

 

 

プリントマスクの事で千花とかぐやに盛大に笑われた白銀御行は、腐った。

好きな女に恥ずかしい姿を見せてしまった上、その姿を千花にスマホで撮られてしまい立つ瀬がない。が、理由を二人に問われて仕方なくマスクを外してからは立場が逆転、かぐやのビンタの為に御行の両頬にはかぐやの手形が薄っすらと、まだ残っていたのだ。

 

血相を変えたかぐやは御行を千花に頼んで、生徒会室を飛び出して何処かに行ってしまう。

千花と二人だけになった御行は、時間がない為に書類仕事を始める。

 

 

 

『会長、これを当ててたら少しは引きますよ。

それ、昨夜ちゃんと処置しなかったんでしょう。』

 

 

千花から濡らしたハンカチを渡され、どちらかの頬に当てる様に促される。

 

 

 

『すまん。

・・・その、怒鳴って悪かった。』

 

『いいですよ、これなら怒るのも無理ないです。

会長の特訓の事はかぐやさんには経緯は説明しておきましたから、あの様子なら大丈夫ですよ。』

 

『そうだといいんだがな・・・、俺はお前達を怒鳴る為に来たんじゃ、』

 

『お待たせしました!』

 

 

声と一緒にドアが開けられ、息を切らせてかぐやが入ってくる。

手には近くのコンビニの袋が握られていた。

 

 

 

『大きいサイズのマスクと、冷却シートです。

会長、顔をこちらに向けてください。』

 

『おっ、おう・・・。

(コンビニまでは一キロはある筈なんだが・・・。)』

 

 

かぐやにされるがまま、御行は小さく切られた冷却シートを千花のハンカチを当ててたのとは反対側の頬に貼られて、隠す様にマスクをかぐやにつけられる。

御行の入室時まで溜まっていた憤りも昂っていた気持ちも、一連の騒動で霧散してしまった。

 

 

 

『ごめんなさい、こんな事になるなんて考えなくて、私が浅はかでした。』

 

『あっ、いやっ。

・・・俺も怒鳴って悪かった。』

 

 

二人のやり取りを聞きながらコーヒーを淹れて、千花は生徒会室を静かに後にする。

今は自分に入り込む余地はないなと、置き土産を置いて。

 

 

 

『・・・ですけど、良くこんなマスクありましたね?』

 

『親父がくれたんだ。

全く何処で貰ってきたんだか・・・。

・・・四宮、藤原書記は?』

 

『えっ?

藤原さん?』

 

 

生徒会室には淹れたてのコーヒーが二つあるだけで、千花の姿はなかった。

折角付けて貰ったがこのままでは飲めないので、マスクを外しながら御行はかぐやに頼む。

 

 

 

『飲むか、四宮。

予鈴まで時間もないし、せっかく淹れてくれたんだ、飲まないと勿体無いしな。

(なかなか粋な気遣いをしてくれるな。)』

 

『解りました。

(千花さんったら・・・。)』

 

 

落ち着いてきた事で普段の余裕が出てきた御行は、片付けを済ませ千花のコーヒーを飲む為に席を立つ。

普段なら警戒心の働く二人は、この時は御行の頬に気が向いていて気が付かなかった。

電気ケトルの前に用意されていたコーヒーを御行に渡しかぐやも飲むが、二人はそこで盛大にむせる。

 

猛烈に苦く不味いコーヒーだったのだ。

 

 

 

『『ふっ、藤原「さん・書記」!』』

 

 

遠くに二人の声を聞いた千花は生徒会室の方向に満面の笑みを浮かべる。

 

 

 

『大成功〜♪』

 

 

 

 

 

 

 

───午前中・ニ年B組

 

 

『途中で消えて音沙汰無しで翌日はマスク姿とは、誰と何をしてたか白状して貰おうか、白銀?』

 

『お前達な、交流会って合コンだったじゃないか!?』

 

『今の交流会はあの形式なんだよ。

「他校の生徒と交流する」という目的は一ミリも違わないだろう?』

 

『俺の事よりお前はどうだったんだよ?』

 

『俺? 俺の事は聞いてくれるなよ。

・・・世知辛い世の中を体験してきたよ。』

 

『・・・すまなかった。』

 

『そう思うなら・・・。

お前はどうだったんだ?

白状しろ!』

 

『結局、それかよ!』

 

『よくやるな、お前達。』

 

 

 

珍しくマスク姿の白銀御行を、授業間の休み時間に交流会に誘った友人の風祭豪が執拗に問い詰め、それを二人の友人の豊島三郎が呆れて見ている。

実際にはロマンスなど遥か彼方の出来事だった為に、御行は白状する訳にいかず誤魔化すが、豪の追及に辟易していく。

この分では昼休みも、と考え御行は憂鬱な気分になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───お昼

 

 

愛の予想通りにしかならないと感じていたかぐやは生徒会室へ避難したが、昨日の今日の為に龍珠桃と四条眞妃、それに付いてきた柏木渚も生徒会室へ来ていた。

柏木渚は最近は眞妃と別行動(田沼翼と居るから)が増えたのと、眞妃が桃と連れだって仲良く話して歩いていたのが気になり、付いてきたのだ。

 

教室に引き返しても周囲にあらぬ詮索をされてはたまらない。

ならば、参加した当事者達だけの方が幾分マシだと判断して、四人で昼食を取る事にした。

不参加の渚が居れば、昨日の件を話題にしにくい抑止力にはなるだろうとは考える。

 

そこに生徒会室に弁当を持って避難してきた御行が入ってくる。

昨日の今日の為に、余計な人間がいるのではないのかと御行も予測しており、入室前から賑やかな話し声が外に漏れていて、聞き覚えのある声が混じっていた為に入るのに少し勇気が必要だった。

入室前にマスクと冷却シートを取ったのは言うまでもない。

幸い、頬の手形は消えている。

 

 

『なあ、言った通りだろう?』

 

 

入室した御行を見もせず、背を向けたままで親指で指差しながら桃がドヤ顔を決めていた。

 

 

 

『流石ね、付き合い長いだけあるわ。』

 

 

桃の横で眞妃が囃し立てる。

対面のソファに座るかぐやは澄まして居るが顔が赤い。

 

 

 

『ちょっと、眞妃。龍珠さんも。』

 

 

珍しく眞妃の横ではなくかぐやの横に座り、困った感じで二人を諌めているが目が笑ってない感じで、今日は迫力のある柏木渚がいる。

 

 

 

『珍しいじゃないか、龍珠が来るなんて。』

 

『来ちゃ悪いのかよ?』

 

『いつも屋上だから一緒に食べればいいだろうと思ってたよ。

歓迎するよ、龍珠?』

 

 

意味深な御行の言い回しに顔を横に向ける桃に他の三人は首を傾げるが、一年次に生徒会役員同士だった二人には何かあるのだろうと三人は考える。

 

 

 

『柏木さん、ごめんなさい詰めて貰えるかしら?

さあ会長、こちらに。』

 

 

そのまま通り過ぎようとした御行をかぐやが呼び止めて、かぐやは立ち上がり渚に詰めて貰いソファの真ん中の席を御行に譲り、お茶の準備を始める。

断ろうとしたが、既に席を用意されては御行としては断りづらく渋々座る事になる。

どう考えても悪手だろうと御行は思い、目の前の桃と眞妃の目が笑ってるので先行きが思いやられる。

澄ました御行が弁当を広げて一口箸をつける間に、席を立ったかぐやが準備しておいた味噌汁とお茶を御行の席に差し入れて、自分も座る。

左右をかぐやと渚に挟まれ、前には桃と眞妃。

御行は既に臨戦態勢だ。

 

おそらく、かぐやは何も言わない。

桃はある程度牽制できるとして、眞妃が厄介か。

渚は不参加だったから気にしなくてもいい。

そう考えて御行の迎撃プランが組み立てられていく。

 

 

 

『頃合いかと思いまして。』

 

『いつも済まない。

しかし何だな?

俺が来るのを待っていたのか?』

 

 

外野が居るので御行は強気に出る。

 

 

 

『はい、お待ちしておりました。』

 

『えっ・・・。』

 

『来て頂かないと賭け事が成立しませんでしたから。』

 

『私達三人は来る、かぐやは来ないにお弁当のおかずを賭けてたのよ。』

 

『これで食べきれなくて、持ち帰らなくて済みます。

ありがとうございます、会長。

皆さん、食べちゃってください。

はい、会長も。』

 

『元々振る舞うつもりだったんでしょ?』

 

『たまには趣向変えませんと。』

 

『・・・。』

 

 

実のところ、かぐやは今朝はおかずの弁当をどうするか迷っていたのだが、仲直りの詫びの品にする事にして用意したのだった。

夢の中?での過去の自分との対話で、御行の存在の大きさを再認識したから、かぐやは喧嘩別れの可能性を無くしたかった。

 

御行の前には、別邸特製のカキフライが小皿に取り分けられて、かぐやから差し出される。

それを憮然と見つめる御行。

自分の行動をかぐやに読まれていて、かぐやがあえて御行が来ないに賭けたというのが釈然としない。

話の流れでそうなっただけで、かぐやも御行が来ると思っていたので、本心ではない。

 

 

 

『いらん。

揚げ物は胃にもたれる。』

 

『あら、そうですか? では。』

 

 

そういうと、かぐやはあっさりとカキフライをテーブルの真ん中に戻す。

名残惜しさにちょっと後悔の混ざった視線でカキフライを追いかけると、桃と眞妃の視線と交差する。

二人とも「素直じゃないんだから」と目が言っている。

だが、御行にも男の意地がある。

 

 

 

『ところで、かぐやは会長と何があったのよ?』

 

『それは私も聞きたいな。

会長、何があったんだ?』

 

『俺は解らん。

四宮に聞いてくれ。』

 

『私は答えたくないので会長に聞いてください。』

 

『四宮、四条は四宮に聞いてるんだぞ?』

 

『なら、龍珠さんは会長に聞かれてますけど?』

 

 

済まし顔で箸を進めながらかぐやは返してくる。

それが御行の癇に障る。

優しいんだか、刺々しいのか、かぐやの今の態度は不快な為、御行は反撃に転じる。

 

 

 

『勝手に四宮が拗ねただけだ。』

 

『・・・そういう事、言います?』

 

『俺は、「解らん」と言った筈だが?』

 

 

口に運んだ箸を降ろさずにかぐやは唖然とし御行に問うが、御行は言い返して悠然と箸を進める。

 

 

 

『夫婦喧嘩中って、訳だな。』

 

『そうみたいね。』

 

 

カキフライを摘みながら、桃と眞妃は小学生みたいな反応をする二人を追求するのが馬鹿馬鹿しくなってきた。

夫婦喧嘩と言われて、言い返したいが藪蛇になりかねないので御行とかぐやはむくれて、紛らわせる様に箸を進める。しかし、一人だけ蚊帳の外の渚は心中穏やかではない。

 

 

 

『ねえ、もしかして昨日は皆でカラオケに行ったの?』

 

『そうですよ、柏木さんは行けないと仰ったから。』

 

『眞妃が行くなら参加してましたよ、かぐやさん!

何で、言ってくれなかったんですか!?』

 

『眞妃さんは、柏木さんの後にお誘いしたからですよ。

(田沼さんがあんなにベッタリでは無理よ。)』

 

『酷いです。

眞妃だって、何で言ってくれなかったのよ!?』

 

『えっ、だって・・・、ねぇ?』

 

『そうですよ。

都合つかないのに無理強いしても、ねぇ。』

 

 

渚の反応にかぐやと眞妃は困惑する。

気不味い雰囲気になりだしたので桃が助け舟を出す。

 

 

 

『なら、別の機会に、柏木だっけ?

改めて皆でカラオケ行こうぜ、こいつ抜きで。』

 

 

桃は御行を指差しながら柏木達と適当な約束を交わす。

御行は露骨に不快感を顔に出して無言の抗議をするが、桃から鼻で笑われる。

 

 

 

『絶対ですよ、絶対誘ってくださいよ。

かぐやさん、龍珠さん。

眞妃も、お願い。』

 

 

渚の懇願にかぐやと眞妃の二人は想像する。

カラオケの個室で渚と田沼翼がイチャ付いて、それを見せ付けられる自分達を。

以前の眞妃なら影で泣きながらでも渚の頼みを断れないだろうが、親からの突然の進学話やかぐやの変化に渚以外にも目が向いてきた為、渚との関係や渚と翼の交際に免疫と距離を作る事ができる様になってきていた。

 

以後、渚の前でカラオケの話は禁句になる暗黙の了解ができた。

蚊帳の外の御行は、場が勝手に重くなった事に困惑する。

 

 

 

『そろそろ、行くわ。

食べるとどうしても眠くなるんだよな。

四宮、美味かったよ。』

 

『お粗末様です。』

 

『じゃあ、私も行くわ。

渚は?』

 

『うん、一緒に行く。』

 

『じゃあな、白銀。

しょうもない喧嘩はさっさと仲直りしとけよ。』

 

『余計なお世話だ。』

 

『おお、怖。』

 

 

笑いながら桃が席を立つと、自分の弁当箱を片付けた眞妃と渚も席を立つ。

桃は手ぶらで来ていたのだ。

 

 

 

『かぐや、美味しかったよ。

白銀、食べないと後悔するわよ。』

 

『本当に美味しいですよ、カキフライ。

それでは、失礼します。』

 

『じゃあね、かぐや。』

 

 

さっさと出ていく桃、手を振りながらそれに続く眞妃、最後にお辞儀をしてドアを閉める渚と続き、生徒会室には御行とかぐやの二人っきりになる。

テーブルのかぐやと御行の弁当箱は空になってるが、おかずのみの弁当箱にはカキフライが二つ残ったままだ。

このままでは食べてくれないだろうなとかぐやが箸を伸ばそうとした時、御行の箸が先にカキフライを捉えて口に運んだ。

しっかり噛んで飲み込んで、一言。

 

 

 

『龍珠達の言う通り、癪だが美味い。』

 

『・・・「癪だが」は余計です。

・・・でも、お口に合って幸いです。』

 

『お前の料理が不味かった事は今までなかったぞ。

 

・・・その、なんだ、これは四宮が作ったんだろう?』

 

『・・・わ、解るんですか?』

 

『揚げ方というか、なんというか、いつもの四宮の家のカキフライとは違う感じがする。』

 

 

そう言うと、最後の一つも御行は食べてしまった。

千花がこの場にいれば、「胃袋を掴まれた男はコレだから。」とでも言いそうな事を御行は言ってしまう。

かぐやはほんのり赤くなって何も言えなくなってしまった。

 

その後、会話らしい会話はないが二人で片付けを済ませると、自然と二人は謝り合っていた。

 

 

 

『会長、頬を見せてください。』

 

『大丈夫だ、四宮。

この通り、跡は無いよ。』

 

『ごめんなさい。

本当は、昨日の晩は後ろから驚かせて終わらせるつもりだったんです。』

 

『俺こそ、ごめんなさい、だ。

四宮を苦しめる事になってしまって・・・。』

 

『あれは・・・、びっくりしました。』

 

『その・・・、藤原書記を言い訳にはしたくないんだが、口パクを見破られなければ、今頃は酷い有様だったろう。

生徒会長として、そんな無様な姿は見せたくはなかった。

ソーラン節も練習してるところを藤原書記に見られなければ、特訓して貰う事もなかったろう。』

 

 

バレーボールが酷かった事がバレている事を御行は知らない。

故に、あえて触れない。

あくまで「生徒会長」を強調するあたりは可愛げないが、御行にもプライドはある。

好きな女に自分の欠点を告白するのは、勇気がいる。

しょうがない人とかぐやはため息が出そうになるが。

 

 

 

『・・・失望しただろう、こんな俺で。』

 

『・・・情けないですよ。

 

腹も立ちます。

 

今まで気が付かなかった私自身に、

 

私は腹ただしいです!』

 

『・・・そこは違うだろう?』

 

『いいえ、一年間も副会長として会長の側に居たのに気が付かないなんて、私は洞察力が無さ過ぎます。

私が気が付いていれば・・・。』

 

『・・・頑固だな。

(お前にだけは知られたくなかったんだが・・・。)』

 

『・・・そう思って頂けるなら、今度からは私にも教えてください。

藤原さんだけでは負担が偏りますし、私は副会長ですから。』

 

『・・・筋が通ってるんだか、通ってないんだか・・・。

 

・・・わかった、その時は四宮にも頼むよ。

もっとも、そんな事は今後はないと思う。

安心してくれ。』

 

 

自覚のない男は困ったものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───放課後

 

 

生徒会会計で一年生の石上優に渡す物があって彼のクラスに向かっていたかぐやは、珍しい光景を目撃する。

 

三年生の子安つばめと、かぐやと同じ二年生の眞妃と桃が、何故か優と四人で連れ立って下足場方向に歩いてくるのだ。

 

子安つばめは優が参加した体育祭紅組の応援団の副団長、眞妃と桃は昨日のカラオケに参加していたので優と面識がある筈だが、不思議な組み合わせに感じられる。

 

 

 

『石上君!』

 

『ああ、四宮先輩。』

 

『貴方に渡す物があって、今良いかしら?』

 

『あら〜?

かぐや、告白するの?

彼氏が泣くわよ。』

 

『なんで、そんな話になるんです?』

 

『四条先輩、冗談キツイですよ。』

 

『・・・それはそれで、どうかと思うわよ、石上君。』

 

『すいません、軽率でした。』

 

 

優の中で、かぐやへの恐怖心・警戒心自体はまだ大きいままであり、割りとビビっていたりする。

 

 

 

『これ、昨日届いたから渡そうと思って。

参考書と問題集よ。』

 

『あっ、スッ、スイマセン。』

 

 

優が引いているのは、かぐやがカバンから取り出した参考書は一cm程度だが、問題集が四cmはあろうかという厚みだったからだ。

本音は受け取りたくないが後が怖いのと、周りの女性陣の視線がある為に受け取らざるを得ない。が、優を含めて五人を見る視線は刺々しさがある。

優は中等部の頃の事件以来の環境で慣れてしまっていたが、周りの四人は不快感を露わにした視線で周囲の視線を牽制する。

特に桃は、家業の影響で腫れ物扱いされてきたので、敏感である。

つばめは、応援団時に一年生の団員から優の危険性を訴えられていたが、接した優の人柄と大友京子の言動で、不当な風評と取り合わない事にしている。

 

生徒会副会長にして四宮財閥の一人娘、四宮財閥に比肩する四条グループの一人娘、秀知院学院高等部難題女子(告白難易度)の二人。

 

顔ぶれを見れば錚々たるメンバーであり、そこに一人だけ男が居れば注目も浴びようというものではあるが。

 

 

 

『ところで、皆さんでどちらに?』

 

 

周りの視線が不快なので早々に校舎を後にした五人だが、かぐやは桃から意外な事を言われる。

 

 

 

『コイツが勉強が苦手だっていうから、これからコーチしてやるのさ。』

 

『・・・えっ?』

 

『かぐやも、来る?』

 

『いえ、私は・・・。』

 

 

眞妃から誘われはしたが、かぐやは付きっきりで優を見ようとも考えていたが、四人で見てはかえって萎縮させてしまいかねないので、今日は止めておこうとかぐやは考えた。

それに、優自身は他人に対して防御本能が働く様で距離を取りがちだ。

 

生徒会・体育祭応援団と参加して自分から周りに関わりを持つ様になってきているし、かぐやが「経験した」大友京子の出来事とは異なり、今回は和解出来ている。

 

しかしながら・・・、

 

 

 

『それでは、石上君をお借りします、副会長。』

 

 

つばめが優の背中を押しながら四人で連れ立って歩いていくのを見てると、優を取られた様な感覚に襲われる。

それに、つばめと優の関係は「今回」はどうなるのだろうか、と・・・。

 

 

 

『意外だな。』

 

『えっ!? アッ、会長!?』

 

 

いつの間にか、側に御行が立っていた。

隣には、藤原千花と伊井野ミコ、ミコの友人の風紀委員の大仏こばちがいた。

 

が、

 

かぐやには御行達四人とも不機嫌に見える。

 

 

 

『龍珠に声を掛けられるのは大したもんだ。

アイツは好き嫌いがハッキリしてるからな。

態度は分かりにくいがな。

しかしな・・・。』

 

 

御行自身は、優に先を越されたと嫉妬と羨望の感情がある。

童貞仲間が知らぬ間に卒業している様な、そんな感覚である。

 

また、ミコは優のつばめ達への態度が不愉快である。

こばちは眼鏡でハッキリとは解らないが、纏ってる空気は少し重く感じる。

 

 

 

『まあ、良いじゃないですか。

これで石上君の成績が上がれば。』

 

 

言葉と態度が一致しない千花が吐き捨てる様に言う。

そして、周りの生徒の殺意と困惑が強く混じった視線が優達に注がれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───土曜日、午後

 

 

その日、四宮雁庵は娘の四宮かぐやと娘の近侍の早坂愛、秘書の早坂正人と運転手の五人だけで、かぐやの願いで「あるところ」に出掛けた。

 

かぐやの願いは、父と二人で亡き母である名夜竹の墓参りがしたいというものだった。

 

車は四宮家菩提寺に向かう。

住職の案内で四宮家の墓、先妻・後妻が納められてる墓に先に参った。

 

 

 

『すまんな、かぐや。』

 

『いえ、そんな。

お父様、気になさらずに。』

 

 

雁庵に付き添う形でかぐやもお参りをしたが、望んできたとはいえ胸中は穏やかではなかった。

 

 

「妾の子」「可哀想な子」

 

 

そう陰口を叩かれきた記憶がある。

かぐやは特殊な記憶力がある分、思い出せてしまう。

かぐやの心情を敏感に感じ取った愛はかぐやの手を握る。

 

突然の普段しない愛の行動に一瞬戸惑ったかぐやだが、案じてくれていると理解してかぐやも手を握り返す。

 

二人の動きを見ていた早坂正人に、雁庵が言葉をかける。

 

 

 

『早坂、済まなかった。

お前の娘がかぐやの支えになってくれている。』

 

『もったいないお言葉です。』

 

 

雁庵に恭しく頭を下げるが、それは目頭に雫が滲み出るのを隠す為。

雁庵が詫びや礼を言うなど、まず無いからだ。

 

やがて一行は、菩提寺を後にして別の寺に向かう。

 

 

 

『かぐや、実はな。

あの墓にお前の母親の名代竹は、入れてない。』

 

『えっ!?』

 

『最初は入れていたが腹ただしい事が多くてな。

今は、これから向かうところに居る。

言わなくて、すまなかった。』

 

『・・・。』

 

 

かぐやには寝耳に水ではあるが、親族連中の目を気にして墓参りは憚られ、七回忌以降は東京に転居した為に余計に来れなかったのでそれほどショックではない。

東京に移る時、名代竹の遺髪が入った位牌は一つ上の兄である四宮家三男・四宮雲鷹が本宅の仏壇から渡してくれていたので、辛い時にはかぐやはそれに手を合わせてきた。

 

もっとも、雲鷹経由でかぐやに届けさせたのは雁庵だが・・・。

 

やがて、件の寺に着く。

本家の菩提寺と比べれば小さい寺で、広くはない墓地の外周寄りの区画のありふれた大きさの墓の前に、父・雁庵自らの案内でかぐやと二人は並んで立つ。

 

四宮家の墓としては、ありふれた大きさの墓。

だが、墓碑銘は無い。

 

 

 

『・・・ここに、お母さんが。』

 

『名は入れてある。

実はな、俺が死んだらここに入る。』

 

『えっ?』

 

『菩提寺には大勢いるが、ここは名代竹だけだ。

俺はここに入りたい。

住職達には話をつけてある。』

 

 

墓石を見つめる父の目は愛おしむ目だが寂しさを漂わせていた。

小さい時は大きく感じた父親も、成長した今見ると年老いて身体が丸まり小さく感じる。

見せられた墓の大きさと今の父の姿が重なる。

 

 

 

『かぐや、この墓をお前に託したい。』

 

『!?』

 

 

今日、何度目かの驚きにかぐやは包まれる。

 

 

 

『今は調子がいいが、俺は長くはない。

疲れもしたしな。』

 

 

そう言って雁庵は両膝を地面に付け、服が汚れるのも構わず墓を拝み始める。

かぐやもそれに習って墓に参る。

 

やがてお参りが済んだ雁庵は立ち上がり、より墓に近付く様に前に進む。

慌ててかぐやが支えて一緒に進むが、不意に雁庵の手がかぐやの頭に被さる。

 

 

 

『名夜竹、来るのに時間がかかって、すまん。

かぐやは大きくなってくれた。

お前に似て可愛い賢い子に育ってくれたよ。

 

俺みたいなのを「お父さん」と呼んでもくれた。

 

何もしてなかった俺を、だ。

 

淋しい思いをさせて済まなかった、かぐや。』

 

 

小さい頃に一度だけ頭を撫でてくれた記憶を、ほぼ無いに等しい雁庵とかぐやの数少ない親子の記憶をかぐやは思い起こし、自然と涙が止まらなくなり、堪えきれず父に抱き着き泣き出してしまった。

 

何も言わず、雁庵はかぐやの頭を撫で続ける。

 

暫しの時が流れ、泣き止んだかぐやは目を腫らせながら父を支えて一行は墓場の通路に出る。しかし、不意に早坂親子が二人の前に立つ。

スーツ姿の男が先頭に数人がゆっくりとこちらに歩いてくるのが見えた。

 

その男の姿、顔に雁庵は見覚えがある。

そういえば、かぐやの同級生に「四条の娘」が長らく居たなと。

そう思いかぐやの顔を見ると、先ほどまでの幼さを残す顔はなく、緊張はしてるが凛々しさのある顔になっていた。

 

 

 

『失礼ですが、どちら様ですか?』

 

 

近付いてくる男に対して、娘の前に出て早坂正人は誰かは知っているが問い掛ける。

 

此処に居てはおかしい人物。

四宮グループの敵となった四条グループの代表───

 

 

 

『これはこれは、お久しぶりです。

 

と言っても、小さい時にお会いして以来ですが。

 

雁庵おじさん、貴方の再従姉妹甥になります、「四条真琴」です。

以後、お見知りおきを。』

 

 

四条眞妃の父親、四条グループ代表の四条真琴であった。

真琴の後には、花束を持った真琴の娘の四条眞妃、墓の掃除道具の入ったバケツを持つ真琴の息子の四条帝が驚いた顔でたたずんでいた。

 

両者の間に緊張が走るが、先に崩したのは四条真琴だった。

 

 

 

『いい機会なのでお話をしたいのですが、その前に祖母の墓参りをさせてください。

僕の祖母の墓は、ここなんです。

貴方は良くしてる筈だ、雁庵おじさん。』

 

『名無しにされていては判らんよ。』

 

『この寺は、そういう者達が葬られる寺でしょうに。』

 

 

そういうと息子に促して掃除道具を受け取ると、空いたバケツに水を汲みに行かせて、真琴は祖母の墓掃除を始めた。

掃除といっても手入れは良くされている様で、少し埃がついてる程度の墓石の汚れを落とすと、汲んで来させた水を掛ける。

その間に線香の束に火を付けた帝が墓石の前に線香を置くと、眞妃が花束を解き墓石の左右にある花立に挿していく。

 

暫し四条親子三人で墓に手を合わせる。

 

親戚であり、真琴の祖母であれば雁庵には叔母にあたる筈だが雁庵は動かない。

それ故、かぐや達も手を合わせるべきか悩む。

 

 

 

『いかがですか?』

 

 

お参りを終えた真琴は雁庵に問掛ける。

目を瞑り立っていた雁庵は、真琴の声で目を開ける。

 

 

 

『君のお祖母さん、俺には叔母だが豪快な人で何度も拳を貰ったものだ。

投げ飛ばされた事もある。

 

戦争未亡人になったが戦死とされていた叔父さんが復員して帰ってきて、大泣きしていたよ。』

 

 

雁庵は懐かしそうに古い記憶を思い出していた。

そういうと、雁庵は合掌してかぐや達も倣う。

 

 

 

『・・・祖母は嫁いできた身ですから気苦労が絶えなかった。

僕にとっては厳しくて優しい温かい祖母でしたが、周りはそう思ってなかった。

だから、祖父母達は二人だけでここに居ます。

それが、四条と四宮の対立を止めれなかった者としての責めだと。

 

・・・少し、話せませんか?

近くにぜんざいの美味い茶屋があります。』

 

『ああ、いいだろう。』

 

 

雁庵が同意した事で、場所は真琴の勧めた茶屋に移る。

奥の座敷席で雁庵と真琴、雁庵の秘書の正人の三人だけになり、かぐや達四人は茶屋の入口に近いテーブル席で、真琴が勧めたぜんざいを頂いていた。

 

 

 

『アンタが一緒に居るって事は、かぐやの護衛なのね。』

 

『かぐや様の近侍を務めさせて頂いてます、早坂愛と申します。

眞妃様、帝様、以後、お見知りおきを。』

 

『別に良いわよ。

かぐやの友達として接するだけだから、私相手に畏まらないで。

そういうのは肩が凝るのよ。』

 

『そういう訳にも・・・。』

 

『姉貴、難しい話は止めにしよう。

ぜんざいが冷めちゃうよ。』

 

 

硬い話になりそうな為に帝がブレーキを掛ける。

ぜんざいを食べてる方が空気が和む上に、帝にはなかなか無いかぐやと食事のチャンスは台無しにしたくなかった。

勧められただけあって、この茶屋のぜんざいは美味しかった。

 

 

 

『不躾ですが、今日はおじ様のお祖母様の命日でしたか?』

 

『ううん、違うわ。

前から遊びに行く約束をしてたけど、パパの仕事の関係で今日になってね。

しばらく来てないから、お祖母様の墓参りをしようとなったのよ。

秋のお彼岸の頃に考えていたのだけど、スケジュール的に合わなくてね。』

 

『まさか、君達と出会うとは思いもしなかったけど。』

 

『この後、かぐや達はどうする予定?』

 

『そうですね、京都のお屋敷に戻る事になりますね。

今日はお墓参り以外は予定はありませんから。』

 

 

雁庵が高齢であるので、あまり長時間の外出は身体に障りがある為に、墓参り以外はかぐやは考えてはいなかった。

いつもなら、庭か書斎で写真を撮りながら一週間の出来事を話すぐらいで、雁庵との外出はこれが初めてになる。

 

 

 

『そっか、仕方ないわね。』

 

『眞妃さん達は何処かに行かれるですか?』

 

『大阪のUSJに行く予定よ。

パレードは夕方近くだから、その前にお参りに来たのよ。』

 

『ゆっくり楽しんできてくださいね。』

 

 

話しながら、眞妃は父親の居る奥の座敷に視線を走らせる。

 

 

 

『・・・こんな話をするべきではないのでしょうけど、離別は突然やってきますから会える間に会わないと後悔します。』

 

『『『・・・。』』』

 

『会える事、一緒に居れる事は、当たり前ではありませんから。』

 

 

かぐやの言葉は重く、他の三人の心に染み込んでいった。

その後、会話は弾まず大人達の対面も終わり、二つの家族は別れて其々の道を帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───夜・四宮本宅の廊下

 

 

 

『四条と会ったのか?』

 

 

偶然か狙ってか、長兄・四宮黄光と廊下で遭遇したかぐやは、そう問い掛けられた。

 

 

 

『はい、お会いしました。』

 

『出歩くな、かぐや。

親父とは特に、な。

何が起きるか解らん。』

 

『お気遣い感謝いたします。』

 

『お前の為じゃない。』

 

 

そう言うと、取り巻きを連れて立ち去る。

 

 

 

『行きましょう。』

 

 

そういうと、かぐやも愛を伴って自分の寝所に向かう。

 

 

 

『あり得るのでしょうか?

偶然を装って接触してくるなんて。』

 

 

寝間着に着替えて用意されてる布団の上に座ったかぐやに、愛が昼間の出来事の可能性を聞いてみる。

ありえなくはないだろうが、一緒に居た眞妃や帝の反応を見る限りは今回は偶然の様に愛には感じられた。

 

 

 

『過程より結果の方が問題だわ。』

 

 

「おじ様がお父様と何を話したのか?」

 

聞くには憚られて何を話したのか解らずじまいではあるが、険悪な空気にはならなかったので問題ないだろうとは考えてはいた。ただ、今後は解らない。

例えば、かぐやの母の墓を質に取って何か要求してくる様ならば容赦はしない。

かぐやは、そう決心していた。

 

それより、確かめなければいけない事がもう一つできた。

 

 

 

『どうされました?』

 

『お父さんに眠る前の挨拶をしてきます。』

 

 

「今までそんな事しなかったのに?」

 

と愛は疑問に思うが、かぐやが寝所から父親の元に向かうのに同道しない訳にはいかず、ついていく。

 

父親の部屋の前でかぐやが入室の許可を取り、二人で部屋に入る。

父親の部屋には愛の父親の正人が雁庵と居た。

 

 

 

『どうした、かぐや。』

 

『お父さんに寝る前の挨拶をと思いまして。』

 

『そうか。』

 

 

正座して頭を下げるかぐやに続き、愛も頭を下げる。が、頭を上げる前に、そのままの姿勢でかぐやが父親に問い掛ける。

 

 

 

『お父さん、間違っていたらごめんなさい。

お食事が食べれなくなってるのではありませんか?』

 

 

唐突な質問に早坂親子、特に父親の正人の方が緊張するが、聞かれた雁庵は目を細めるだけだった。

 

 

 

『・・・理由は?』

 

『私が作ってる御味御汁、お父さんが食べ残す量が増えてます。

私のだけでなく、出される料理も量や品数が減らされ、それでも食べきれなくなってます。

お茶屋さんでも、お茶すら飲まれなかった。

それだけでなく、私が支えたお父さんの身体が長月(九月)の頃より軽く感じました。』

 

 

雁庵の側に控える正人は得心が行く。

そういう情報を得る為に調理場に入っていたのかと・・・。

雁庵の食事量など秘中の秘。

漏れれば内外に余計な動きが出る。

恐らく、調理人達も使用人達も何も言ってない筈。

だが、当のかぐやは震えていた。

自分の予想が当たってほしくない。

もし、当たっていれば離別の時が近付いている・・・。

「経験」した今年、父親は倒れていたから・・・。

 

 

 

『・・・俺に似ずに名夜竹に似てくれたか。』

 

『お父さん!』

 

 

ここでかぐやは顔を上げたが、双眸には涙を溜めていた。

 

 

 

『かぐや、お前の考えの通りだ。

田沼には長くないと言われている。

だからこそ、今日はあの寺に行った。』

 

『・・・明日の朝も、御味御汁を作ってもよろしいですか?』

 

『ああ、食べたいな。

 

・・・食材の切り方を毎回変えているだろう。

何も言わずとも察して変えてくれて、食べやすくて良い。

 

かぐや、今はお前の御味御汁が俺は楽しみだ。』

 

『わかりました。

精一杯、作らさせて頂きます。』

 

『・・・かぐや、お前は名夜竹にそっくりだな。』

 

『・・・お母さんに、ですか?』

 

『ああ、そっくりだ。

お前が来てくれる事で楽しい時間が過ごせてる、・・・ありがとう。』

 

『・・・お父さん・・・。』

 

『今日は疲れた。

休むとしよう。

お前も休みなさい。』

 

『・・・はい、そうさせて頂きます。

おやすみなさい、お父さん。』

 

 

かぐやと愛が部屋を去ってから、二人の男は無言だった。

暫しの時が流れ、雁庵が独語する。

 

 

 

『・・・俺は果報者だな。』

 

『・・・。』

 

『それで、四条の動きは?』

 

『以前ご報告しました合併や統合の話が進んでいます。

これらの中で一番大きいのは仏国の銀行との資本統合です。

年明けには発表できる段階に進んでます。』

 

『そうなると?』

 

『規模で見れば我々と見劣りしない程に。

ただ、あちらは各国に分散しておりそれぞれに対抗馬が居ますから。』

 

『一段と強固な基盤が欲しいか。』

 

『今起きてる事も、それを見越しているかと。』

 

『どちらが堪えきれるかで話が変わるか。』

 

『しかし、消耗しすぎれば分散してる分、あちらが不利かと。』

 

 

それ以上、会話は続く事はなく。

雁庵は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

───本宅・廊下

 

 

自分にあてがわれた寝所に戻る間にかぐやは考えていた。

「あの時」は涙も出ず泣きもしなかった。

ただ、寂しいのか虚しいのか分からない心に空虚なものが広がったが、今は悲しさがある。

涙が溢れてくる。

 

それだけお父さんを身近に感じれているという事は、九月以降の自分の行動は間違ってはいなかったと思いたいが、何か引っ掛かるものがある。

多分、父の死から10年近く経つ今でも自分の中の何処かに父親を許せない気持ちがあるのだろう。

 

後ろに続く愛には、かぐやと雁庵の話に感じるものはなかった。

愛からすれば、今まで放置しておいて自分からは歩み寄らなかったのに、かぐやから強引に近付いてやっと普通に近付くという迂遠さに、怒りすらある。

ただ、愛自身も父親の正人とは仕事に邪魔されて満足に会う事も出来ない。

かぐやが動いてくれなければ、九月以降の家族の対面は叶わなかった事を考えると、掛ける言葉が見つからない。

 

 

 

 

 

─────つづく

 

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