白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
サッカー部の交流試合に助っ人として参加した白銀御行等は、奮闘するも惜敗となった。
───交流試合の日の午後
帝チームとの交流試合の助っ人を務めた白銀御行達は、一旦帰宅後に石上優の指定した楽器店に集合した。
四宮かぐや発案
「文化祭に生徒会としてバンド演奏したい」
その為の担当楽器を決めて購入する為である。
発案した当日に、かぐやは優に資金を渡し楽器集めを依頼していた。
御行は当初は吹奏楽部等に楽器を借りようと考えたが、既に先約が多数入っている為に断念。
どうするべきか優に相談したところ、優から楽器集めを打ち明けられたのだ。
優は事前に下見などをしておいたのと、藤原千花や伊井野ミコの希望を聞いて絞り込んでいた。
為に、千花とミコ用に電子ピアノ、御行用はハーモニカ、優自身と四宮かぐやは私物を使うので購入せず、となった。
・・・ただ、
話を聞いていたからと、何故かかぐやに誘われた四条眞妃だけでなく、龍珠桃と子安つばめと柏木渚、白銀の妹の白銀圭まで集まっていた。
『これ、試しで叩かせて貰う?』
楽器店に展示されていたドラムセットに興味を示した眞妃に誘われ、他の面々も興味を示し順番に試しの演奏をさせて貰うが、皆が上手く演奏できない中で意外にミコが初めてにしてはなかなかのドラム演奏をして盛り上がりを見せる。
『四宮先輩、あれも購入していいですか?』
『構いませんよ。
予算に余裕はあるのでしょう?』
『すいません。』
優としてはドラムを演奏してる時のミコが楽しそうで、こいつもこんな顔をするのかと思ったのだ。
結局、ドラムセットと予備という事でギターも一本追加購入し、かぐや個人はプレゼントとして圭にハーモニカを購入した。
購入した楽器類は意外に重く嵩張る物が多いので、週明けに学校に配達して貰う手続きを済ませる。
その後は、交流試合の打ち上げも兼ねてカラオケに繰り出す事が決まった。
───ここまでは順調だったが、この後に行ったカラオケボックスである事が難航する。
かぐや達は、何を演奏して歌うかが決まってなかったのだ。
まず生徒会の面々は、御行とかぐやとミコが勉学中心生活の為に流行歌や最新楽曲に疎い、優はアニソンなどが好きで同じく疎い、千花は表現者として基準が厳しい為に流行歌等の好き嫌いがハッキリしてる。
結果、知らない歌ばかりで御行・かぐや・ミコが傍観する中、千花と優が互いに論陣を張って推しの楽曲を巡って不毛な言い合いに終止していた。
かぐやもバンドをやりたいとは言ったものの、演奏したい楽曲がある訳でもなかったので、二人の言い合いに困惑している。
眞妃達四人は圭を囲んでカラオケに興じていて、楽曲決めに加わってこない。
まだ、参加するかも保留状態である。
───それ以上に・・・、
『こんなへんてこな、何を言いたいのかも分からない歌は、ダメ!』
『このキャラの魅力を前面に出した詩の何がいけないんですか!?』
さっきからこの調子で、話が進まないのだ。
『・・・どうします、会長?』
『石上の希望も聞いてやりたいが、俺もこれを歌うとなるとな・・・。』
『私は嫌です。』
『伊井野はハッキリしてるな。』
『それなら、これなんかどうですか?
だいぶん前の流行歌ですけど、歌詞も分かりやすく共感しやすいですし。』
『どれだ?
ああ、この歌か。
この歌なら俺も知ってる。
伊井野はどうだ?』
『これですか?
・・・いいと思います。
こんな歌あったんですね。』
『まあ、俺達が生まれる前の歌だけどな。』
『歌ってみますか?
私は会長の歌声、聴いてみたいですし。』
『おいおい、原曲がネットで聴けるんだから、俺の歌じゃ。』
『でも、この歌を歌ってるのは男性ですから、会長か石上君が適任と思いますけど?』
『女性が歌って悪い訳ではないぞ、四宮。』
『・・・私は、・・・石上が適任と思います。』
そういうと、ミコは歌詞の一節を指差す。
御行とかぐやも、ミコの指差す一節を読んで確かにと納得する。
文化祭のステージ枠の関係で二曲分の時間しか確保できないので、これで一曲目が決まった。
次いで、もう一曲を決めるようと三人が大量の歌詞が書かれてる歌本をめくってると、言い合っていた優と千花が一時休戦して三人の向かいに座り直す。
他四人は、圭を中心に交代で歌を歌いカラオケを満喫していた。
息粗く、二人は舌戦で乾いた喉を潤す為に烏龍茶をガブ飲みする。
『終わったか?
石上、藤原。』
『喉が渇いたから、休憩です。』
『藤原先輩、頑固すぎます。』
『石上君に言われたくない!』
『俺達は、これがいいんじゃないかと思うんだが?』
不毛な言い合いに再発展させない為に御行は楽曲を推薦して、優と千花に歌本の一冊を広げて件の歌の歌詞ページを指差す。
『・・・良いと思います、僕は賛成です。』
『私も、良いと思います。
歌詞が、読んでると元気が出ますけど、切なさもありますね。』
『そうか。
それでな、この歌は男性歌手が歌ってるから、俺と石上で歌おうと思うんだ。
四宮や伊井野も賛成してくれた。
どうだ、石上?』
『僕・・・、ですか?』
『そうだ。』
『私も伊井野さんも、藤原さんもコーラスは参加するわ。』
『ふ、不本意ながら・・・。』
『伊井野、嫌なら別に・・・。』
『私・・・、合唱は経験あるけどコーラスは経験ないから、上手くできるかなって。
そこが不安なだけです。』
『ミコちゃん、大丈夫。
ついこの間まで、ド下手くそな人が居たんですから。』
『藤原、あんまりな言われようなんだが?』
『でも、上手くなったじゃないですか。』
そういうと、千花はハンカチを取り出して目頭を押さえ、そんな千花に同調するようにかぐやは手で口元を押さえ俯いて、二人で泣くふりをする。
『ああ、悪かったな。
おかげで上手くなったよ、ありがとうな!』
御行は二人の態度にわざと大袈裟な態度を返し、三人で笑い出す。
ミコと優もつられて笑ってしまう。
知らずに交流会(コンパ)に参加した夜、かぐやに叩かれてから御行は自分の欠点を知られる事に免疫が出来た様だ。
『伊井野、俺が言うんだ。
気にするな。
どうしても気になるなら練習に付き合うぞ。
なにせ、鬼軍曹がいるからな、ここに。』
『ああ、酷い言い草。
もう知りませんからね、会長。』
御行に指差されてむくれる千花はそっぽを向く。
まるでコントの様な流れにかぐややミコは笑ってしまう。
欠点がバレてしまったが、それを笑いに出来る御行は大きな存在になった様にミコと優には感じられた。
『なになに?
どうしたの?』
歌う順番の関係で、手持ち無沙汰になっていたつばめが五人の輪に入ってくる。
『いえ、今度の文化祭で何を演奏するかという話でして。
なかなか決まらなくて、という状況です。』
『へぇ~。
優君は、何を歌いたいの?』
『えぇっ・・・、僕は・・・あんまり分からなくて・・・。』
最近気になってる相手に、流石に「萌え萌えキュンキュン」等と歌詞の入ってる歌を歌いたいとは言えず、優ははぐらかす。
その態度と二人のやりとりを聞いていて直前まで言い合っていた千花と、ミコは不機嫌になる。
普段、君がどんな歌を聞いてるか知ってるんだぞ、と。
結局、二曲目は曲名から御行が選んで、歌詞が良いと賛成が多かった事から、御行が選んだその曲に決まった。
帰り道、妹の圭と二人で歩いていた御行は、嬉しそうにラッピングされたハーモニカを持つ圭を眺めながら話し掛ける。
『良かったな、圭ちゃん。
四宮がプレゼントをくれるとは思わなかったが。』
『・・・うん。
なんか・・・、嬉しい。
先輩達も楽しい人や優しい人ばかりで。
でも・・・、お兄とお揃いって・・・。』
『ハーモニカは一種類しか取り扱いがなかったから、仕方なかったろう。
・・・ごめんな。』
『・・・なんで、謝るの?』
『・・・いや、圭ちゃんへの俺からのプレゼントとか、もっと気の利いた物渡してたら良かったのになって。』
『・・・いいよ。
お兄が頑張ってるの、知ってるから。』
圭の本音としては、かぐやと御行が仲良くしてるところをさっきまで見てる上に、ゴールを決めたからと抱き合ってしまう二人の関係性やかぐやの本心を知ってるだけに、兄の希望が叶った事は喜ぶべくなのだろうが、気恥ずかしさと反抗期が邪魔して素直には祝えない。
ただ、キスまでしたのにそれ以上に進展してない事にもどかしさは抱えてはいる。
───日曜日、かぐやの寝室
日課の朝食作りと朝食を済ませた四宮かぐやは、自室で自分の三味線や笛の点検をして、白銀御行達と決めた歌に合わせて演奏してみたが、どうにもしっくりこず困っていた。
「和楽器バンド」というコンセプトにしたが、その和楽器が歌の邪魔をする可能性が出てきたのだ。
『案外、合わせにくいのね・・・。
明日にも、皆さんに相談しましょう。』
スマホで相談したいところだったが、御行達は昨日の試合の疲れも出ていると思われ、かぐや自身も昨日の疲れが出てる為に億劫に感じられて、手を伸ばす気にはならなかった。
いつもの週末なら、今頃は京都の本宅で父親の四宮雁庵と過ごしてるのだが、今週の雁庵は関東視察があり、その後は定期検診の為に検査入院と聞いている。
その視察の前にかぐやの三者面談に来てくれた事、席は離れていたが初めての外食(茶屋は顔も見えなかった)が出来た事、父親だけでなく兄・四宮雲鷹の意外な一面を知る事が出来た事も、白銀かぐやとしては知る事は出来なかった・経験できなかった事だった。
『戻れたら、お兄様と食事に行ってみようかしら?
・・・絶対嫌がるわね。』
そう呟き、かぐやは一人笑う。
視察後の検査入院も、四宮家お抱え医師の田沼正造の病院が関東にある為に、それを考慮しての雁庵の関東滞在の予定になっている。
為に、かぐやは動けない。
数年先であれば雁庵に同道する事もできたであろうが、父親の事業に関わりのない今の状態では娘の立場しかない。
関東滞在中は、一つ上の兄であり関東含む東日本が管轄の四宮雲鷹が雁庵に同道すると聞いている。
定期検診明けに病院で会う事が出来ればいいが、平日の午前中に退院して京都に立つ予定では会えそうにはない。
父親に会える事が当たり前の様になっていた為に会えない事がもどかしく感じられ、それは贅沢であり本来は会える様になったのは入院して認知症の症状が出てからだった。
それも監視と盗聴付きで・・・。
そして、いつもならかぐやの側に必ず居る近侍の早坂愛は、かぐやが期末試験の報奨に約束した「一日オフ」に出掛けている。
それもあって、一日掛けて演奏できる様に練習しようとしたかぐやだったが、目論見が外れた格好になった。
『・・・仕方ないわね。
ままならないのは、いつもの事よね。』
かぐやは一人しか居ない寝室で、自分を慰める様に呟く。
しかし、藤原千花・四条眞妃・石上優・伊井野ミコ・早坂愛・柏木渚・白銀御行、そしてかぐや自身の将来と今の姿を思い浮かべ、かぐやは溜息が漏れる。
『・・・老けたわよね、私も皆さんも・・・。』
嫌な現実から目を逸らす様に、かぐやは練習を再開した。
───午後、とある喫茶店
藤原千花と柏木渚は、二人だけでお茶をしていた。
二人がこの店で落ち合った理由は、
「サッカー部交流試合での御行とかぐやの抱擁シーンをどうするか?」
だった。
千花はかぐやに頼まれて試合の記録用に写真を撮影していたが、試合の疲れや皆で楽器を見に行く為に早く帰った為に、かぐやのデジタル一眼レフカメラを返しそびれていた。
渚はセクハラ対策で、試合に出場した四宮かぐや・四条眞妃・早坂愛を中心に映像をスマホで撮影しており、二人共御行とかぐやが熱烈に抱き合うところを撮影してしまったのだ。
その前の、女子三人掛かりで抵抗する御行を押さえ込んでいた事は、コンタクトレンズを装着させる為だったとかぐや達から事実を聞いて削除済みである。
どう見ても危ない光景な為に要らぬ誤解を招くと削除したのだ。
しかしながら、「二人の抱擁」はゴール直後の瞬間の為に、削除するのが躊躇われる。
記念に残したいが千花としてはあまり見たくもないのと、以前の御行やかぐやの反応を考えると削除するべきかとも思え、結論が出せない。
一緒にいた龍珠桃と子安つばめは画像と映像を欲しがったが・・・。
桃は目が笑っていた為に御行をからかう材料にする気だろうと思われ、つばめは純粋に二人の関係を喜んでる様だったので余計タチが悪い。
生徒会長選挙や体育倉庫の一件で二人の関係は当人達(主に御行)が認めてないだけで、高等部全体からは二人の恋の進展にイライラしてるのが本音だが、下手な事をして二人の仲が壊れては大変と見守る事になっていて、当の二人だけが知らない周囲の暗黙の了解になっている。
かぐやの春を喜びたい気持ちは千花にもある。しかし、相手がポンコツの実態を知ってしまった御行である事が嫌なのだ。
───絶対に余計な苦労をする。
現に、自分がそうなのだからと。
一年生の頃はあれだけ喧嘩していた二人が、そんな仲になる事には感慨深いものがあるが・・・。
『・・・本当に、どうしましょうね。』
『・・・試合の経過を考えれば残したいですけど、でも・・・。』
さっきからこの調子で、店に入ってかれこれ一時間経っていた。
その間にケーキを三つ食べ、ミルクティーのおかわりを半分飲んでる千花は流石であるが。
どう考えても、栄養は全部胸に行ってるとしか思えず、渚は口が引き攣り見てるだけでお腹一杯になっていた。
雑談の中でタピオカミルクティーやラーメンも時折食べてる事を聞き、にも関わらずこのスタイルを維持出来てるのは不思議でしかない。
自分なら確実に太る。
ある意味、都合のいい千花の身体に渚は嫉妬を覚えていた。
その渚が、何気なしに喫茶店の窓から通りを見た時、自分の恋人の田沼翼と見知らぬ女が連れ立って歩いてるのが、人混みに中に見えたのだ。
『・・・翼?』
二人の姿は直ぐ周りの雑踏の群衆に紛れて分からなくなったが、直ぐ様スマホをポシェットから取り出した渚は翼に電話を掛けると同時に、財布から千円札2枚を取り出してテーブルに置くと、
『ごめんなさい、急用を思い出したので!』
おかしな言い訳を千花に言うと、スマホを耳に当てながら渚は慌ただしく喫茶店を後にする。
『・・・どうしたの?』
呆気に取られた千花だけをテーブルに残して時間は流れる。
千花を店に残して通りに出た渚は翼に電話を続けるが、翼は電話に出ない。
ラインやメールを送るも応答なし。
日頃なら直ぐにラインやメールも返事が返ってきて、電話も出るか自分から掛けてくる翼にしてはあまりに様子がおかしい。
渚の中で限りなく赤に近い黄色信号が点灯する。
やむなく、翼のスマホの位置情報から場所を特定する。
勝手にイジって渚側からのみ翼のスマホの位置を特定できる様にしていたのだ。
渚の今の場所から500m程離れている建物内に居る事が解り、慌てて走り出す。
果たして、翼のスマホの反応があったのはアクセサリーショップだった。
ウィンドウショッピングを装いショーウィンドウから店内を覗くと
、翼と見知らぬ女が二人でペンダントやネックレス類を並べてるコーナーで何やら相談し合ってる様に見えた。
正直、見覚えのない女で異国人の様に見える。
金髪をストレートに下ろし、育ちの良さを感じさせる上品な服装。
非常に親密に見えて、あまりに二人の距離が近い。
踏み込みたい衝動を抑えて、渚はスマホで二人の様子をこっそり撮影し始める。
今の状態では白を切られたら逃げられてしまう。
確実な証拠を抑えなければ───。
だが、撮影している渚の事などお構いなしに、翼は展示されてるペンダントの一つを手に取ると女と相談してる様で、そのペンダントを見知らぬ女の胸の位置に合わせている。
まるで恋人同士の様に・・・。
数分間、そうやって幾つかのペンダントを見知らぬ女と選んでいた翼はその内の2つのペンダントを持つと、レジに向かった。
会計の間、見知らぬ女は店内を暇潰しに見ている。
渚からは最初は女は背中しか見えてなかったが、その時は顔がはっきり見えた。
───サッカー部の試合に出ていた早坂さんだ───
───確か、四宮さんの友達でお弁当の配膳も手伝っていた───
───でも、なんで翼といるの!?───
会計を済ませた翼が戻ると、二人は連れ立って店を出てくる。
渚は二人に気付かれない様に慌てて隠れる。
───何故、私が隠れる必要があるの!?
隠れながら疑問は湧く。が、今は決定的な証拠が欲しい。
店を後にした二人はそのまま駅方向に歩き出す。
それにしても、今日の早坂愛はお姫様まではいかないまでも名家のお嬢様と言われても信じてしまうほど、おめかしをしている。
日頃のギャル姿など微塵も想像できない程で、遠目に見ても二人は楽しそうに談笑しながら、その姿はまるで恋人の様に見えてしまう。が、何故か二人は足が早い。
渚も急いで追い掛けているが人通りもあり徐々に離される。
その間にも電話・ライン・メールを送るも、翼は気付く気配もない。
それが渚には腹ただしい。
やがて二人は駅に着くと、改札口の乗降客の群れに紛れてしまい、解らなくなってしまった。
すかさず、渚は翼のスマホの現在位置を検索する。
流石に直ぐには動かないが、上下線のどちらに乗ったか位解らないと追跡できない。
最短営業距離の切符を買い渚も改札内に入るが、1/2の確率に掛けて上り線のホームに向かう。が、ホームに出たところで、反対側の下り線のホームで電車を待つ二人を見つける。
タイミング悪く、そこに下り線の電車が入る。
慌てて階段を掛け登り下り線のホームに向かうが、渚の目の前で電車は発車してしまった。
急いで時刻表を確認するが、次に来るのは各駅停車の電車で、二人が乗ったのは急行電車だった。
焦る気持ちを抑えながら翼に何回目になるか解らない電話を掛ける。
今回は、やっと電話に翼が出た。
『───もしもし、渚?
どうした・・・』
『翼! 今、どこにいるの!?』
『───どうしたの?
今電車だから、後で掛け直すね。』
『ちょっと!? 翼!!』
無常にも電話は切られた。
なら、ライン。
駄目なら、メール。
矢継ぎ早に渚は翼に送り始める。
『・・・用事じゃないの?』
『大丈夫だよ、今は電車の中だし。
それより、早坂さんこそありがとう。』
『いいよ、あれぐらい。』
電話を切った直後からスマホが振動しだしたのに、バイブを切ってスマホをポケットに入れた翼に、愛は気遣わしい気な視線を送る。
実のところ、愛はアクセサリーショップに居た時から、店の外から誰かが様子を伺っている事に気が付いていた。
それが翼の恋人の渚だという事が判ったのは、店を出た時だった。
本人は隠れてるつもりだろうが、丸見えに近いぐらい建物の陰から体が出ていたからだ。
渚の様子から見て盛大な勘違いをしてるなと思ったが、日頃二人で所構わずイチャツイてるのを幾度も見て愛も苛ついていたので、偶にはいい薬だろうと放置したのだ。
少し、面白そうだという気持ちもあった。
渚は見た目と違い感情の起伏が激しく、愛が二人を見かける時は50%の確率で翼が渚に謝っていた。
更にいえば、最近把握したが田沼翼は四条眞妃の想い人であり、主人のかぐやの友人ではあるが赤の他人の渚と、かぐやの親族である眞妃では愛の中で優先順位は異なる。
今日、愛が翼と遭遇したのは全くの偶然で、観光客に言葉が喋れないのにカタコトの英語とスマホで道を教えていた翼を、見るに見かねて愛が助け舟を出したからだ。
翼が助け舟にお礼を言ってきた時に、何故か愛である事に翼が気が付いたのだ。
一見しただけでは早坂愛とは解らないぐらい、今日は日頃と違い意外な服装をしていた為に、目の色が青色である事や道案内を英語でした為に、翼は最初は愛を外国人と思っていたのだ。
最も、翼はサッカーの試合で初めて早坂愛を認識したので、愛に気が付く方が凄いのだが。
日頃は渚とイチャつき倒して周りの顰蹙を買ってる事に気が付かない程の鈍感なのに、変なところで勘が働くようだった。。
その後、用事のある場所が一緒だった二人は雑談をしながら歩き、翼が先日の愛の試合を手放しで褒めてくれてむず痒い気持ちになりながら、通り道にあったアクセサリーショップで恋人の渚へのプレゼント選びを手伝って今に至る。
無論、愛も自分の参考の為に多少乗り気だった。
職場環境的にも役回り的にも彼氏どころか男友達もいないし作れないので、男性の気持ちはあまり解らないので愛は、翼でも参考になる。
時間にして、渚が千花と喫茶店でお茶を始めた位から一緒にいるだけなのだ。しかしながら、恋人と過ごすのはこんな感じなのかなと愛は感じていた。
そうこうしてる間に、電車は二人の目的地間近になっていた。
二人が行こうとしていたのは、横浜の「海が見える丘公園」。
バラ園が今年の秋の見頃の最終盤に入っていた。
その頃、渚は絶望に陥っていた。
翼のスマホの位置情報が解らなくなったのだ。
これでは、二人がどこに行ったか解らない。
スマホをポケットに入れる時に翼が電源を切ってしまったのだ。
『どう・・・、したらいいの・・・。』
電車で横浜までは出てきたが、この辺りは渚は日頃は来ない所の為に、勝手が分からず途方に暮れていた。
思えば、最近の翼は様子がおかしかった。
二人で居ても変に余所余所しい時があり、話も頷くだけで生返事の時もあった。
一つ疑いだせば全てが疑わしくなり、次第に疑心暗鬼になっていく。
そして、
『・・・探偵さん、お願いしようかな・・・。』
飛躍した思考に陥ってしまう。
『おすすめスポットだけあって、景色がいいね。』
翼は呑気に公園の感想を述べるが、愛は早く離れたい。
今となっては正直、助け舟を出さなければよかったとも思っている。
何かに付けて恋人の渚の話が出るので、ウンザリしているのだ。
女性と居る時は他の女性の話はしないというエチケット位は学習して欲しいものだ。
アクセサリーショップの建物陰に隠れていた渚は、付けて来ていた筈なのに何故か姿を見せず、最寄り駅から公園の間の道すがらにも気配が無かった。
撒いたつもりはなかったが、追い付けなかった様だ。
ただ、翼の表情は渚の話をしてる時は少し悲しそうな顔をする時があるのが引っ掛かるが・・・。
『ありがとう、早坂さん。
おかげで良い下見が出来たよ。』
『そう。
じゃあ、私はこれで。』
これ以上付き合う義理はない。
そう思い切り上げようとする愛を翼が呼び止める。
『暗くなるし、送るよ。
お礼もしたいから、晩御飯はどうかな?』
『いいわよ。
それ程の事はしてないから。』
公園まで一緒に来たのも将来のシミュレーションの一環だったが参考にはならず、早く終わらせたい。しかし───、
『ちょっと、聞いて欲しい事もあるんだ。』
意外に寂しそうな顔をする翼に断るタイミングを愛は失ってしまい、近くの喫茶店で食事をする事になってしまった。
『それで、聞いて欲しい事って?』
注文も終わり、面倒な話も料理の来る間に済ませてしまいたい。
こういう時は相手の望む展開にした方がいい。
そう考えて愛は翼に話を降ったのだが、とんでもない話が翼から飛び出す。
『渚と・・・、別れ様かと思うんだ。』
『・・・えっ?』
愛には驚きの話だった。だが、翼への片想いを振り切れないかぐやの再従兄弟姪の四条眞妃には朗報だ。
詳しく聞いておく必要がある。
『・・・なんで、別れたいの?』
『渚がね、俺と付き合い出してから成績が下がり続けてるんだ。
俺が足を引っ張ってる以外に考えられないし、俺は国立大学の医学部に進学しないといけないんだ。
親はあんまり言わないけど、俺に医者になって欲しいのが本心で・・・。』
『・・・。』
『渚は秀知院大学に進学するつもりだけど、この間の試験結果では厳しいと言われたみたいなんだ。
俺と付き合い出した頃から言われ出したみたいなんだけど・・・。
俺と別れたら成績は元に戻るだろうから、進学は問題なくなる。
俺はあんまり頭は良くないから、医学部は難しいのが現実なんだ。
・・・この間の三者面談でも、そう言われたんだ・・・。』
いつもの脳天気な翼は姿を消し、自身の進路と恋人の進路に真剣に悩む翼が今はある。
こっちが素なのだろうと愛は思う。
───だが、話が重い。
日頃の翼の態度は渚の為に演じてるだけなのかもしれない。
誰しも虚勢を張らねば、強い自分を演じて弱い部分を隠さなければやってはいけない。
───しかし、
いくらなんでもほぼ初対面の愛にこんな話をするものだろうか?
相談できる相手も居ないのだろうか?
愛はそう思ったが、二人であれだけベッタリイチャイチャしてれば友達も去るだろうなと思う。
眞妃ですら渚と距離を置き始めてるのに、嫉妬心の募る男友達は尚更だろう。
『・・・本当に、別れたいの?』
『・・・本当の気持ちは・・・。
けれど、気持ちだけではどうにも・・・。』
けしかける事や叱咤は簡単だが、目の前の男は少しの力が加われば折れてしまいそうな危うさを抱えている。
嫌なら抗うしかないが、やり方が解らないか諦めているのか・・・。
おそらく、後者だろう。
羨ましい悩みだと、愛は思う。
勉学に励みテストの点数を伸ばせば解決する、その程度の悩みだ。
段々、真剣に聞くのが馬鹿らしくなってくる。
本人は真剣だろうが、生まれつき平均的な思考ができない人間や、どれだけ優秀でも大人の勝手に振り回されてる子供もいるのに、と。
『・・・彼女が、他の男とキスしていても我慢できるの?
もう関係ない、って言えるの?』
『っ!』
『・・・それなら、簡単に諦める、みたいな事言わない。』
『・・・けど、どうしたら・・・。』
『・・・生徒会の会長さんに相談してみたら?』
白銀御行にこういう事を押し付けるのは心苦しくはあるが、翼は時折生徒会に出入りしていて何かしらの相談をしている様で、渚と付き合う経緯にも生徒会が関係していたのだから、生徒の充実した学生生活の支援という生徒会の役割からも適任ではある。
それに、翼の恋人の渚はかぐやの友人なんだから、関わりのない私より生徒会で処理して欲しいとも思う。しかし、それは後の祭りだった。
横浜駅から当てもなく翼を探して彷徨っていた渚が、何の因果か二人が食事を待ってる喫茶店に辿り着いてしまい、深刻そうな話をしている光景を見て勝手な解釈からショックを受けて、呆然とし立ち去ってしまったのだ。
───月曜・泉岳寺別邸
日課を終えて、使用人用の食堂で朝食を取っている四宮かぐやの向かいの席に、近侍の早坂愛が腰を下ろす。
この光景も定着して二ヶ月になる。
『おはようございます。』
『おはよう、愛さん。
昨日は遅かったみたいだけど?』
『・・・知人と会ってましたので、申し訳ありません。』
『ううん、オフなんだから。
ただ、・・・恋人?』
『なっ!?』
『・・・違うのね。
期待しちゃった。』
『抜け駆けはしません。』
『サッカー部の渡部さんは?
手放しで愛さんを褒めてたわよ。
・・・サッカー部の他の人達は顔を顰めてたけど。』
『皆さんレギュラーですから、自信あったんでしょう。』
『三年生がいる間はレギュラーは殆ど任されないそうだから、彼らは夏からみたいよ。
渡部さんは一年生からレギュラーだったみたいだけど。』
『中等部からエースだったそうですね。』
『・・・記憶にある?』
『・・・全く。』
愛とかぐやは同時に吹き出し笑い合ってしまう。
渡部神童のアフロ頭は一度見れば忘れないはずなのに、二人共全く記憶にない。
聞けば、中等部までは極度の癖毛の為に丸坊主かスポーツ刈りだったが、高等部に進級してからお洒落に目覚めて髪を伸ばしたのだが、天パが災いしてアフロ頭になってしまった。
お洒落に目覚めてアフロ頭というのが、なんとも・・・。
無論、動機は「モテたいから」。
現状、人気はあるがサッカーが上手いからであり、男としては見られていない悲しい人気である。
他人の事を笑っていた二人だが、早々に騒動に巻き込まれる。
登校すると土曜日の交流試合の事が、壁新聞となって四面も用いて詳細に報じられていたのだ。
四面の内の三面は試合直前の助っ人探しから白銀御行達の出場、奮闘するも惜敗だった試合内容と結果、試合後の対戦チームと観客を交えた昼食の様子等が写真付きで報じられていたが、残る一面は四条眞妃のシュートと、かぐやと愛のゴールシーンと、御行とかぐやの喜び抱き合うシーンがやや不鮮明な画質ながらデカデカと掲載されていた。
当然の如く、号外も多数配られていた。
為に、御行達はクラスメイト達から質問攻めにあっていた。
愛は今まで目立たない様にしてきた(その割にはギャルファッションで目立ってるが)のが、スポーツ万能で勉強も出来る(期末試験50位)と解って、ノーマークや嫌厭していた男子達が群がり始め、隠れファンの女子も生まれ始めていた。
御行とかぐやは言わずもがな、「付き合え」「公言しろ」圧力が増加してクラスメイトに追い回され事態となった。
そして、壁新聞を作成掲示したマスメディア部部長・朝日雫は頭を抱えていた。
サッカーの交流試合の取材と壁新聞作成は事前に許可していて、大した問題もないだろうと部員の紀かれんと巨瀬エリカに一任していた。が、蓋を開けたらサッカー部は故障者多数で助っ人を集め、その助っ人が御行達六人になる等は予想も出来なかった。
雫はかぐやに借りがある為にかぐや関係は記事にしない様、部員達には釘を差してチェックも入れていたが、かぐやの参加は試合直前に決まった上に土日は別用に出掛けていたので対応できなかったのだ。為に、かぐやに乗り込んで来られないか戦々恐々であった。
壁新聞を作成したかれんとエリカの二人は、当初は形式的な取材と記事にするつもりで紙面の1/4程度に収めるつもりだったが、神童が助っ人に御行を出場させると解ってからエンジンが掛かり、かぐやまで出場させると知った瞬間にフルスロットルになった。が、前回の濡れ衣事件(第三者が新聞を勝手に作りマスメディア部の二人が疑われた)があり、エリカが離れた校舎から気付かれない様に望遠レンズで試合を撮影。
かれんは別角度から試合の経過を記録し、試合後には所用で御行達が帰ったのを見計らって保護者やサッカー部員達に取材していたのだ。
途中、かれんが御行とかぐやが抱き合ったところで卒倒する等のハプニングがあったが、無事に取材成果は四面の壁新聞に結実したのだった。
本来なら御行とかぐやはマスメディア部を、かれんとエリカを問い詰めに行くところだが、クラスメイトの攻勢と張り出された二人の抱き合う写真に恥ずかしさと嬉しさで、感情の風船が破裂しそうだった。
そこかしこで号外を持つ生徒達に騒がれてるのも、二人の行動を抑制していた。
『田沼君、早坂さんは見なかった?』
『いや。
どうしたの?』
『ううん、何でもない。
ごめんね。』
『・・・行ったよ。』
『・・・ありがとう。』
『大変だね、いきなりあんなになっちゃって。』
『追い回されるのはゴメンだし。』
『・・・僕の前では、無理な喋り方しないでいいよ。』
『・・・どういう意味?』
追っかけに変貌して試合の詳細を聞きたいたがるクラスメイト達に、愛を始め出場した面々や観戦していた千花達は生徒会室にまで押し掛けられて、とてもお昼は取れないと何時ぞやの体育倉庫で集まってお昼を取っていた。
屋上も考えたが、御行を茶化すつもりだった龍珠桃ですら閉口するほど、生徒達が御行達を探して屋上にも来ていた。
かぐや達がお昼を取っている間、愛が囮としてクラスメイトを引き付けていたのだが、予想以上に押し寄せて来るので捌き切れなくなり、逃げ出して休憩していたところを見つかりそうになり翼が庇ったのだ。
『昨日の君の方が話しやすかった。
何か事情があるんだろうけど、息抜きは大事だよ。』
『・・・。』
「何でバレるんだろう・・・」
と、細心の注意を払って演じているのに御行に続いて翼にまで勘付かれるなんてと愛は思ったが、ギャルモード愛の語尾が元々不自然なのが原因で、演技以前のミスチョイスなだけだった。
取り敢えず「ありがと」と翼に礼を言って隠れていた空き教室から出ると、翼の恋人の柏木渚がこちらに歩いてくるのが見えた。
ただ、まとっている空気がいつもと違う。
張り詰めた雰囲気は「氷のかぐや姫」と言われていた以前のかぐやのソレに似ていた。
渚の目は虚ろで愛だけを捉えて迫ってくる。
『渚?』
渚には最愛の恋人の翼の声も聞こえていない様だ。
『渚! 待って!!』
三人のいる廊下の奥から渚の幼馴染の四条眞妃も血相を変えて走ってくる。
良くない事が起きてるとしか思える状況で、愛は思う様に動けなくなっていた。
腕を伸ばせば愛まで届く距離まで渚が来た瞬間に愛の顔の左側、左頬を中心に衝撃が走る。
次いで痛みが走り、愛は床に両膝をついていた。
『・・・叩かれた?』
衝撃と痛みの為に薄ぼんやりした靄のかかった様な思考から導き出された推論は、普段の愛なら考えられない事だった。
叩かれた衝動からか、耳鳴りが周囲の音を遮断して、うるさい。
床を見つめる格好になった目線を渚の方に向けると、背中から眞妃が、前から翼が渚を抑え様としてるが、渚は何かを必死に訴えながら、その目は憎らしげに愛に向けられたままだった。
『なんで!
なんで、庇うの!?
翼!!?』
『渚、落ち着きなさい!』
『どうしたんだ、渚!?』
翼が愛を庇う様な姿勢を見せた事が余計に渚を刺激し、二人掛かりで抑えようとしてるのに止まらない渚。
ついに、翼を押し退け愛に掴みかかろうとする。
ショックから立ち直ってない愛は動けず、渚は飛び掛かる様な勢いで愛を叩こうとした刹那、愛の視界を影が覆う。
誰かが叩かれた音がしたが、誰が叩かれたかは影のせいで愛には解らなかった。
ただ、何故だが渚の動きが止まり、その隙に後から眞妃が羽交い締めにして動きを制限する。
誰が叩かれたのだろうかと、愛の視線が影に向けられる。
黒かったのは髪の色と制服で、見覚えのある赤いリボンが見える。
あのリボンの柄は───、
『かぐやさん!』
『四宮さん!』
『かぐや!』
廊下の端から藤原千花が名を呼びながら走ってくる。
叩かれる瞬間を見ていた眞妃と翼も名を呼ぶ。
愛には信じられない光景だった。
愛を庇って渚に叩かれたのは、主人の四宮かぐやだったのだ。
渚に叩かれた為か、体が右を向いてやや姿勢を崩していた。が、二人掛かりでも止まりそうにない渚を、その姿勢から反動を付けて渚の左頬を、かぐやの右手が叩く。
乾いた音と共に今度は渚の体が右を向いて姿勢を崩す。が、渚も負けじと二発目を繰り出し、かぐやの左頬を再度叩く。
ビンタと乾いた音の応酬は、翼が体ごと渚とかぐやの間に割り込んで収める。
『いい加減にしろ! 渚!!』
翼の叱責に反応して翼の顔を睨み付ける渚は、堪えきれず泣き出してしまった。
『かぐや様!
大丈夫ですか!?』
この時になって、ようやく動ける様になった愛はかぐやを庇う様に前に出ながら、自分の代わりに二回も叩かれたかぐやを気遣う。
『・・・ちょっと口の中を切ったみたいね。
なかなか、効いたわ。』
愛が取り出したハンカチを左頬に当てられながら、かぐやはそう答える。
アイドルグループの撮影の時、同じグループの子が他の子の彼氏と浮気したとかで、髪を掴み合って叩き合うは蹴るはで、男顔負けの乱闘騒ぎの様な喧嘩に遭遇した経験上、白銀かぐやとしては渚に叩かれた位は大した事はない。
渚がここまでの行動に出て、相手が愛だった事がショックではあるけれども・・・。
いったい、二人の間に何があったのだろうか・・・。
泣き出した渚を翼が諌めながらなだめてる為に、警戒は解かないがかぐや達に再び襲ってくる事はなさそうに見えた。
『直ぐに保健室に!』
『いえ、私は大丈夫です。
私より愛さんを。』
『わっ、私なら大丈夫です。
私より、かぐや様を!』
『「二人共」行きましょう!』
『・・・騒ぎが大きくなると、事です。』
『なら、体調不良にしたらどうですか!?
先生達には私から言いますから!!
保健室が目立つなら、生徒会室へ!!!
ともかく、手当して冷やさないと腫れて跡が残ります!!!!』
こうなると千花がこちらの意見など聞かなくなる事を知ってるかぐやと愛は、千花の提案に従う事にする。
が、ここで問題がある。
叩かれたのは、かぐや・愛・渚の三人もいるという事と、経緯としては加害者と被害者になる為、保健室でも生徒会室でも一緒になる事に危惧がある。
しかしながら、何故叩いたのか渚に理由を聞かない訳にもいかず、気不味い空気の中で眞妃・かぐや・渚・愛・千花が生徒会室に残った。
途中で合流し事情を知って鬼瓦の様な顔になった御行と、そんな御行に気後れしている翼が残ろうとしたが、女子なら体調不良が通るが男子はそうもいかずに、二人は教室に戻った。
こういう場合は、男が居ては邪魔なのだ。
御行と一緒にかぐや達と合流した石上優と伊井野ミコは、御行同様に授業に参加する為に一年生の教室に戻っている。
他に目撃者がいなかった為に、事は生徒会と渚達当事者だけで、まだ収まっていた。
『状況が状況ですから、情報漏洩防止で施錠しますね。』
眞妃達にそう告げると、かぐやは慣例を破って生徒会室のドアに鍵を掛けてから、自分の席に座る。
生徒会長席側のソファに左からかぐや・愛の二人が座り、向かって反対側ソファに出入口側から眞妃・渚・千花が座る。
千花が渚の横に座るのは逃亡防止の為で、愛を庇ったとはいえかぐやを渚に叩かれた事に千花は怨嗟の感情を抱いており、五人の中で一番危険な雰囲気を醸し出していた。
一方、当の渚は泣いて吹っ切れたのか、スッキリした顔で愛を睨み付ける。
愛にはそれの態度とかぐやが叩かれた事が腹立たしく、睨み返す。
『・・・それで、柏木さん。
何があったんですか?』
かぐやは事情聴取を始める。
受けて、渚が答える。
『・・・翼に浮気されたんです。
相手は、この人です!』
渚はそういうと愛を指差す。
『証拠はあるんですか?』
『これが証拠です!』
かぐやの問にそう答えると、渚は自分のスマホを取り出し、画面に映像を出してテーブルに置く。
かぐや達三人は画面を覗き込み、翼と愛が店の中で仲良さげに商品を見てる映像を確認する。
その間、渚は泣き腫らした赤い目で愛を睨みつけてるが、愛は涼しい顔というかやや呆れた顔で渚の敵意のこもった視線を受け止めている。しかしながら、自分が叩かれたのは大した事はないが、かぐやが愛を庇って二回(二回目は二人の応酬の結果だが)も叩かれたのは堪えた。
それ故、本音では渚を折檻したいが今は我慢している。
『この後も、二人は駅に向かって電車に乗って何処かに行ったんです。
翼は電話に出ても「電車だから」って直ぐ切って、その後は電話にもメールにも出なかったんです!
今日、理由を聞いたら間違えて電源を切っていたって、そんな事今まで無かったのに・・・。
最近は、二人で話をしていても上の空で生返事して、様子がおかしいんです!』
四六時中、周りの事などお構いなしにイチャイチャしてる二人からは考えられない事に、渚の友人や幼馴染である眞妃やかぐやも驚きを隠せない。
『・・・貴女が飽きられただけじゃないの?』
『どういう意味ですか!?』
『そのまんまよ。
自分の胸に手を置いて考えてみたら?』
自身やかぐやが叩かれた事や、不本意ながら授業を休まざるを得なかった事などで、ストレスが募っていた愛は棘のある言葉を渚に投げつける。
実際、翼はアクセサリーショップで渚と翼用のお揃いのプレゼントを選んでいただけで、その後も前も渚の話が出ていたのだから。
我ながら、目的地が一緒で変な好奇心の様な感情が働かなければ、直ぐに別れていた。
呪うなら自分を、こんな面倒事を引き起こす彼女持ちの男の相手なんかをした迂闊な自分に、愛は後悔している。
『愛さん、事実はどうなの?』
『・・・喋れないのに、外国人観光客に道を教えていたので、私が代わって案内をしただけです。
それで終わるはずだったんですが、何故か向こうが私だと気が付いたみたいで、土曜日のサッカーの試合の話をしながら歩いただけです。』
『それで、二人でお店に行く必要があるんですか!?』
『そのお店は彼が用事があったみたいで、私は付き添いというかプレゼント選びで意見を求められただけです。』
『そんなのおかしいでしょう!?』
『渚、落ち着いて。』
『おかしいって言うなら、全く面識のない私にプレゼント選びの意見を求める貴女の彼氏の方がおかしいのではないかしら?』
『そ、それだけじゃありません!
その後で、横浜の喫茶店でご飯食べてたじゃないですか!
まるで、デートみたいに!!』
『渚、アンタ横浜まで追い掛けたの!?』
と言う眞妃も無言のかぐやや千花や応酬をしてる愛自身も、自分の恋人が知らない女とデートみたいな事してれば尾行するなと思ってはいるが・・・。
しかし、そこまで素人に尾行されてたのに気付かなかったとは、我ながら未熟だなと愛は痛感する。
『そこまで知ってるなら、後は彼氏に聞いたらいいじゃない?
貴女に喋らないのは、彼にやましいところがあるからじゃない?
それに、私と彼が食事していたのを貴女は止めなかったんだから、貴女は容認したという事でしょ?』
『あ、愛・・・、流石に言い過ぎじゃ?』
『これぐらい言わないと解りませんよ、この人は。』
『わ、私だって・・・、本当はお店に入って翼を問い詰めたかったわよ!
・・・だけど、あちこち探し回って疲れてたし・・・、
もし、本当に浮気だったり、
・・・もう私より貴女の方が良いとか言われるかもとか・・・、
別れ・・・たいって言われたら、
とか・・・。』
途中から声が弱々しくなって、言い終えると同時に渚は泣き出してしまった。
眞妃が背中を擦って落ち着かせようとするが、渚は感情が制御できなくなっていて、しゃくりあげてる。
眞妃としても翼を諦めきれない気持ちは未だあるものの、渚が落ち込む姿に自分が被る。しかし、直前まで翼と渚の間に不穏な空気はなかった。
見ない様にしても翼を目が追ってしまう眞妃は、翼がそんなに他の女の子に気が向いてる様には感じなかった。
故に、翼の渚に対する態度が不可解でならない。
あれだけイチャつきまくって、周りから殺意のこもった視線を浴びてもお互いしか見えてなかった二人が・・・。
───ワンチャン、あるかな?
『あの〜、早坂さん?
なんか・・・、
さっきからワザと柏木さんに恨まれる様な事言ってません?』
千花は愛の言動を好意的に解釈しようとしてるが、愛は単に彼氏の翼を問い詰めず自分やかぐやを叩いた渚に頭にきてるだけなのだが、肝心の翼が居ない以上は水掛け論にしかならない。
『愛さん。
確認したいのですけど、貴方は田沼さんが海外の方に道案内をしていて、それが上手くいってないようだから手助けをした。
その後に、目的地が一緒だから駅に向かう途中でお店に寄ってプレゼント選びを手伝った。
駅から電車に乗って横浜に行って目的地に行って、その後で食事をした。
これで合ってます?』
『はい、その通りです。
邪推されるのも嫌ですから言いますが、目的地は横浜にある「海が見える丘公園」のバラ園です。
丁度、今がバラの見頃の時期なんです。
田沼さんが何故そこに行ったかは本人に聞いて下さい。
私は、雑誌の特集で見掛けて興味があったから行っただけです。
食事も、道案内とプレゼント選びのお礼と言われました。』
『でも!
横浜のお店の時は、二人共物凄く真剣な面持ちでした!!
翼が困ってる様な様子で、貴女が怒ってる様に見えたし・・・。』
『詳しくは本人に聞いて下さい。
ただ、田沼さんは悩みがあるそうです。
と、だけは言っておきます。』
『な、悩みって!?』
『それは、彼本人に聞いて下さい。
私から言える話ではありませんから。』
『愛、貴女は何を隠してるの?
さっきから、喋り方がらしくないわよ。』
『ノーコメントです。』
『堂々巡りになりそうですから、一旦止めませんか?
午後の授業、皆さんはどうします?』
『私は戻ってもいいけど、かぐやや渚はどうする?』
『私は体調不良のままにしておきます。
早退してもいいですけど、田沼さんに真相を話して貰わないといけませんし、会長への報告もありますから放課後まで残ります。
愛さんは?』
『このまま、ここに居ます。
今から授業に戻っても憶測を呼ぶでしょうから。』
『なら私と愛さんはこのまま。
藤原さんもいいですか?』
『はい、居ますよ。
この間、部で作ったゲームがありますから、よかったら皆さんで・・・。』
かぐやと愛の二人に戦慄が走る。
その可能性を全く考えてなかったのだ。
『あ─、そういえば藤原さん!?
楽器の調整はどうします?
午前中に届いてましたよ!!
お昼に確認しようと思ってましたが、そうもいきませんでしたから!!!』
『ああっ!
・・・忘れてました。
それなら、この時間を使って調整します。
上ですか?』
『ええ、そうですよ。』
『じゃあ、ちょっと失礼して。』
『かぐや、楽器って土曜日の?』
『そうですよ。
眞妃さん達が演奏したドラムセットも来てます。
ただ、組み立ては自分達でしないといけませんけど。』
『なら、やるわ。
渚も来るわよね?』
『いや、私は苦手で───。』
『渚、来る、わよね!?』
『ア、ハイ。』
眞妃の猛烈な圧に大人しく従い、眞妃達三人は生徒会室二階へ上がっていく。
内心、かぐやは千花のゲームを回避できた事に安堵する。
『・・・あの、四宮さん、早坂さん。
叩いてしまって、ごめんなさい!』
『気にしてません、という事はないので、今回の事は「貸し」にします。
愛さんは?』
『私もそれで。』
『という事ですので、私達に「貸し」一つづつです。
いいですね、柏木さん?』
『・・・解りました。
それで許して貰えるなら・・・。
本当に、ごめんなさい!』
そういうと、渚は上の階に上がっていく。
我ながら甘いなと思うが、心情的には渚の気持ちも共感できるので、翼を詰める事で埋め合わせるかとかぐやは考える。
謝罪ができるぐらい頭が冷えてくれた渚にも、安心する。
『申し訳ありません、かぐや様。
私のせいで、かぐや様にまで危害が。』
涙目になりながら巻き込んでしまった主人に愛は謝罪を切り出す。
『私が勝手に飛び込んだ結果だから、愛が気にする必要はありません。』
『ですが!』
『「海が見える丘公園」の「バラ園」。
前に聞いてたプランの一つよね。
それで、行ってみてどうでした!?』
『・・・かぐや様、切り替え早いですね。』
『制裁は、会長に任せます。
田沼さんがどういうつもりだったのかも解りませんが、愛さんは少しは理由を聞いているのでしょ?』
『一応、田沼様なりに真剣に柏木様との将来を考えてはいる、という状況ではあります。』
『そう、なら成り行きを見守りますか。
ところで、本当にデートじゃなかったの?
かなり気合入ってたけど?』
『ち、違います!』
愛をからかいながら、かぐやは自分の左頬と右手を触ってみる。
白銀かぐやとなってからも、人を叩いたのは早坂愛の髪を掴んで連れて行こうとした兄の四宮雲鷹を叩いて以来、一度もない。
それが偶然そうなったとはいえ、愛を庇う為に柏木渚を叩く事になるとは・・・。
しかし、利き腕ではない為に力加減が出来なかった右手で叩いたのに、叩き返して来る渚も中々ではあったが。
今、渚とかぐやと愛の三人は左頬がほんのり赤くなったままなのだ。
大人になれば笑い話になるだろうが、しばらくはギクシャクするなとかぐやは思っていた。
かぐやに対面している愛は黙ってはいるが、身体が小刻みに震えてる様にかぐやには見えた。
そっと、そして力強くかぐやは愛を抱きしめる。
『か、かぐや様!?』
『私は、実は嬉しいの。
いつも守って貰ってばかりの愛を守れた事が、今は嬉しい。』
あの時、走っていく渚を眞妃は直線的に追い掛けて行ったが、かぐやは先回りする道を選び、それが的中した。
かなり渚達に離されていたから間に合うか、かぐやは不安だった。
いつしか、愛だけでなくかぐやも涙を流していた。
二人の少女は、暫し泣き合う事となった。
生徒会室の上の秘密の部屋に上がった五人は、楽器の組立や調整等に放課後までの時間を使う事にした。
ドラムセットの組立などが終わった後、千花が電子ピアノの試し演奏を行ったが、日頃から演奏していて小学生の頃は全国大会で優勝する実力は健在で、リサイタルの様な状態になっていた。
『藤原さん、素晴らしい演奏でした。』
『ホント、書記ちゃんはカッコイイ。』
パイプ椅子に座って演奏を聞いていた中でも、かぐやと愛は手放しで千花を褒める。
二人の今のミッションは、「藤原千花にゲームをさせてはならない」だった。
テーブルゲーム部製ハッピーライフゲーム・・・は、無いだろうが他のゲームを作ったからプレイしようと提案されていたので、得体の知れないゲームで心理的ダメージを受ける事は避けなければならない。
それ程、千花の発想はダメージが大きいゲームイベントを考える。
体験者のかぐやと、話を聞いていた愛は全力を上げて千花の気がゲームに向かない様にする。
『凄い・・・、
藤原さんって、こんなにピアノが上手かったんですね。
私なんか、全然ダメで・・・。
翼は、私のそんなところが・・・。』
『渚、絶対それは関係ないから。』
『だって・・・。』
落ち込む渚を幼馴染の四条眞妃が慰めるが、愛とかぐや(特に愛)は今の渚に既視感を強く覚える。
横にいる人間と同じで、この状態になったら慰めるよりトコトン落ち込ませたところに、意中の相手から声を掛けさせる方が労力が少なくて済む。
為に、早く田沼翼達が来ないかなと思っている。しかしながら、優等生ズの五人は「サボり」というものを経験した事がなく、他の生徒達が授業を受けてる中、自分達だけ演奏を楽しんでる状況に背徳感を感じており、内心ゾクゾクして楽しんでいたりする。
『いや、久々で緊張しました。
ブランクあると感覚が鈍ってしまって。』
頭を掻きながら照れてそんな事を千花は言うが、三曲も休み無しで弾いているのにどの口が言うのだろうかと四人は思っている。
『じゃあ、次はアタシが弾いてみようかな〜。』
『じゃあ、代わりますね。』
千花と愛が交代して、愛の演奏が始まる。
千花ほどではないか淀みなく演奏できるのは、なかなかである。
先の一件で引け目を感じる渚は、愛の演奏で自分と愛の実力差を感じ落ち込みが激しくなる。
そんな渚を眞妃が必死に励ます様子を、千花とかぐやは横から冷めた目で見ていた。
他人の演奏で勝手に落ち込まないで欲しいと思う。
特にかぐやは、自滅しかかってるのだから放置しておけば自分に可能性が出てくるのに、いくら幼馴染でも渚をほっとけない眞妃に理解と憐れみの視線を向ける。
曲は何時しか喫茶店で掛かってそうなジャズ調に変わり、心地よい空間が広がる。
早坂愛はなかなかに芸達者である。
そんな愛を、かぐやは誇らしく思う。
『あの、千花さん?
こんな時にあれですが、相談があるのですが・・・。』
『なんですか?』
『実は・・・、』
本当は朝に白銀御行等に相談予定だった「和楽器がバンド演奏に合わせにくい」という問題をかぐやは千花に相談したが、千花が返した案は「和楽器を諦める」だった。
『会長は「バンド演奏」で枠を取ってましたから、「バンド」であれば問題ないはずです。
・・・選んだ歌なら和楽器は合わせやすいそうでしたけど、洋楽器で演奏される前提で作曲されてますからね。
ちなみに、何を合わせる予定だったんですか?』
『笛か三味線を。』
『ああぁ〜・・・。
音階ですか?』
『そう! そうなんです!!
私の持ってる笛や三味線では少しズレてしまうんです。
なかなか難しくて・・・。』
『・・・無理に合わせ様としても楽器に無理をさせる事になりますし、演者のかぐやさんも大変ですから、私は止めていいと思いますよ。』
『そうですか?
藤原さんに相談してよかったです。
後で、会長に報告します。
ごめんなさい、私が言い出した事なのに・・・。』
『そうですね、かぐやさんにしては珍しいですね。
まあ、こんな事もありますよ。』
一方、涙目になりながら愛の演奏を聞いている渚は眞妃の励ましも効果なく落ち込み続けている。
メンタルに左右され精神性は流石かぐやの友人であり、眞妃の幼馴染といったところだ。
『・・・やっぱり、私なんか・・・。
自分でも解ってる・・・、
私じゃ翼の力になれないって・・・、
足手まといにしかならないって・・・。』
『・・・はぁ~、そうね。
渚じゃ、翼君の邪魔にしかならないわね。』
『そうでしょ、眞妃だってそう思ってたんでしょ・・・。』
『渚、私は貴女の考えを肯定しただけよ?
私が本当にそう思ってると?』
『ち、ちがうの?・・・。』
『貴女、どっちなの?』
『自分でも解らない、分かんないよ・・・。』
『はぁ~。』
嘆きたいのはこっちの方だと言いたいが、そこは言葉を飲み込む。
そもそも論で言えば、あれだけベッタリだった翼が別行動で他の子とデートみたいな事をする事が信じられない思いだ。
───まさか、愛が言ったみたいに渚に飽きた?
『・・・人って、解んないものね・・・。』
一人、眞妃は遠い目をする。
やがて、愛の演奏が終わる。
『素晴らしいです、早坂さん!』
『いやぁ~、恥ずかしいし〜。』
千花が手放しで褒めて、愛が照れながら賛辞を受け取る。
だが、内心は愛は満更でもなかったりする。
今まで、かぐやの影としてサポートに徹していた為に力の出しどころがなかったが、最近は試験にサッカーと実力を出せる事に充実感を覚えていた。
『さて、頃合いもいいですから、皆さん下に行きませんか?
ホームルームも終わる頃ですから。』
『そうね、色々ハッキリさせないとね。』
かぐやと眞妃が音頭を取って合意が取れた事で、五人は生徒会室に降りていく。
かぐやが慣例破りの出入口の鍵を解錠したタイミングでドアがノックされた。
『どうぞ、開いてますよ。』
『・・・失礼します。』
かぐやの声に合わせてドアが開かれ、所在無げに件の田沼翼が入室してくる。
『・・・翼。』
『・・・渚。』
テーブルの横で渚と翼の二人は対面したが、翼は何か言いたそうな様子で、渚は期待を胸に翼の次の言葉を待つ。
このタイミングで白銀御行や石上優、伊井野ミコが入室してくる。
何故か龍珠桃と子安つばめも居たりする。
つばめは三年生、桃は二年C組の為、かぐや達が午後の授業を休んだ事も何が起きたかの事情も知らない。
『四宮、大丈夫か?』
『ええ、大丈夫です。』
心底心配でたまらなかったと全身が訴えてる御行に、桃とつばめのニヤニヤが出始めた瞬間、室内に爆弾が炸裂した。
『・・・渚、俺たち、
・・・別れないか?』
『ぇ・・・。』
翼の発言に、場が凍る。
言われた言葉の意味が解らない。
いや、理解したくない渚は硬直してしまう。
自分が密かに臨んでいた展開なのに、息を呑んで身体を強張らせる
眞妃。
舌打ちしたげに顔を顰める愛。
神妙な面持ちで二人を見つめるかぐやと千花。
来たばかりで事態が飲み込めない御行達、五人。
時間さえ止まった様な静寂が、室内を覆う。
『・・・告白した時、受けて貰えるとは思ってなかった。
渚と付き合える様になって、毎日が楽しかったよ。
けど・・・、
渚に負担になってないか?
無理をさせてないか?
本当に、俺なんかで良いのか?
・・・そう考える様になった。』
『・・・そんな、私は・・・。』
『成績だって、俺と付き合い出してから下がり続けてるんだろう?』
『・・・。』
『・・・俺が頑張ればいいんだってやってきたけど、この前の試験も俺は点数が悪かった。
俺なんかと付き合い続けたら、渚までダメになる。
それだけじゃなくて、今日みたいに俺は渚をおかしくしてしまう。』
『・・・あれは・・・。』
『・・・別れよう、渚。』
『・・・いや・・・、絶対嫌!
何で一方的に決めるの!!?
私がいつ負担になってるなんて言った!!!?
翼が、勝手にそう思っただけじゃない!!!!
勝手に決め付けて、私に無断で勝手な結論出さないでよ!!!!!』
『じゃあ!?
今日の事はどう説明するだ!!?』
『・・・。』
『・・・渚が、俺のせいで早坂さんや四宮さんを叩くなんて、俺は望んでない・・・。
叩くなら俺を叩けよ!
渚は、いつもそうだ!!
勝手に怒って理由も言わず・・・、
言わなきゃ解る訳無いだろう!!!』
『わ、私がどれだけ我慢してるか!
翼は解かろうとしないじゃない!!』
『我慢はさせてないだろう!?』
『してるわよ!
成績が下がったのだって、翼の勉強見てるからでしょ!!
それだけじゃない!!!
私の身体の事とか考えずに求めてくるじゃない!!!!』
『だから、そういう事を言ってくれなきゃ解らないだろ!』
『言わせてくれた!?
大事な話をしようとしたら、いなくなるじゃない!!』
『俺の話は聞いてくれないじゃないか!?』
『そうやって、翼は自分の事ばっかり!
もういい!!
翼の身勝手にはうんざりよ!!!』
『ああ、だったら勝手にしろよ!』
『翼の、馬鹿!』
そう言い切ると、渚は泣きながら生徒会室を飛び出していく。
眞妃には聞きたくない事も飛び出したが、今いる面々の中で渚と翼と関わりが深いのは眞妃だけだ。
暗黙の了解で、眞妃が翼をたしなめる。
『・・・翼君、言い過ぎよ。
渚の気持ちも考えて。』
『眞妃ちゃんには、俺の気持ちは解らないよ。
こんな事になるなら、君に告白しとけば良かった・・・。』
瞬間、室内が再び凍る。
この状況で本心であっても言うべきでない発言に、周りは息を呑む。
刹那、眞妃の右手が翼の左頬を叩く。
叩かれた衝撃で呆けた顔を翼は眞妃に向ける。
翼を叩いた眞妃は、涙を流していた。
涙は止めどなく溢れ、眞妃の頬を濡らす。
『・・・。』
『・・・こんな時に、
・・・そんな事言われても、
ちっとも嬉しくない!
翼君の、馬鹿!!』
泣きながら眞妃は渚の後を追って様に、生徒会室から走り去っていく。
居た堪れない空気の中、床にへたり込み四つん這いになった翼は、涙を流し嗚咽が漏れる。
御行は渚と翼の口論の途中に割って入ろうとしたが、つばめや桃に服を引っ張られたり手を広げられて制止されていた。
何より、かぐやや千花の目力のこもった視線で「動くな!」と機先を制されていた。しかし、男女の別れ話など御行には全くの未知領域の事柄の為に、この状況に動くべきだが何と切り出していいか解らない。
今室内にいる中で異性と経験があるのは、当の田沼翼以外は子安つばめと白銀かぐやしかいない。
だが、つばめは翼と面識がなく事情を全く知らない。
かぐやは、渚とは友人であり結婚後の渚と翼の事も知ってる為に動いた方がいいのだろうが、よくあるカップルの喧嘩とはいえ別れ話に発展して、それに眞妃まで絡んでしまった。
正直、今の翼にどう接したらいいのか解らない。
全員が立ち尽くす中で一人、石上優だけが動いた。
『・・・先輩、とりあえず座りませんか?』
泣き崩れてる翼に声を掛けると、腕を引いてソファに座らせる。
それから何を言うでもなく、翼が落ち着くまで横に座り続けた。
その間にかぐやは渚と眞妃に電話をしたが、二人とも出ない為に連絡がつかない。
仕方がないので愛と手分けして教室や下足箱まで見に行ったが、二人とも鞄や靴がない為に帰ってしまった様だった。
『かぐや様、お二人共に靴がありませんから帰宅された様です。
校内は部活の生徒以外は帰った様ですので、マスメディア部の二人も捕まりませんでした。
申し訳ありません。』
『ありがとう、愛。
壁新聞は、会長が私達の写真が掲載された一面は剥がしてくれたわ。
マスメディア部の部長にはさっき会えたから、「私と会長の写真抜きの紙面に差し替えなければ、解ってますよね?」とは言っといたから、新聞の一件はこれで終わりにします。』
『・・・いいんですか?』
『・・・諦めました。
号外は殆ど回収できないでしょうから。
それに、「外堀から埋めろ」と言いますからね。』
『確かに。
いい雰囲気は醸成されてますね。』
『ただ、恥ずかしいけど・・・。』
未来で結婚までしてるので抱擁シーン位はと思いはするが、それとこれとは別物で同級生達に騒がれればむず痒い恥ずかしさがある。
生徒会室に戻る道すがらそんな話をしていた二人だが、室内には泣いてる翼が、まだ居た。
正直、煩わしい存在だとかぐやと愛は思い、二人の眉間にシワが入る。
特に愛は、安直な別れ話は止める様に忠告していたにも関わらず、泣くぐらいなら別れ話なんて言わなければいいだろうと思っていた。
他の面々もそう思っていたようで、つばめと桃とミコの姿は既に無かった。
優だけは寄り添う様に横に座り続け、無言でゲームをしてる。
真横でゲームをするのもどうかとは思うが・・・。
その二人を避ける(正確には翼一人を)様に御行は生徒会長席に座り貧乏ゆすりをし、千花はその横に立ち窓の外を眺めていた。
多分、今度どこのお店の何を食べに行くか悩んでる顔だなと、かぐやは直感で理解したが。
『ああ、かぐやさん、どうでした!?』
千花は態とらしい発言とにこやかな笑顔で、「待ってました」と言わんばかりにかぐやと愛のカバンを持って出入口に向かってくる。
『ダメでした。
もう帰られたみたいで、会長に報告しますから待ってくださいね。』
そのまま鞄ごと外に出されそうな
勢いの千花を受け流しながら、足早に会長席に向かうかぐや。
千花との間に愛が入り、二人分の鞄を受け取る。
『会長、やはりお二人共帰られたみたいです。』
『そうか、仕方ないな。
じゃ、俺達も帰るか。
石上、帰るぞ!』
御行も態とらしく大きな声で帰宅を促す。
それを受けて、少しは泣き止む気配になってきた翼は、優に付き添われながらヨロヨロと頼りなげに出入口に向かう。
『会長達は行ってください。』
『石上?』
『僕が先輩を送りますから、会長達は帰宅を。
それぞれ予定があるでしょ。
僕は大丈夫ですから。』
『ごめんなさい、お願いするわ。』
『・・・すまん。
では、また明日。』
『石上君、さようなら。』
『・・・。』
御行達とそんなやり取りの後、優は翼に付き添って帰っていった。
見送る四人は等しく石上優を見直してる。
中でも愛は、少しトキメキめいた感情を抱いた自分に戸惑いを覚えていた。
『・・・あの様子だと、明日から大変だな。』
『拗れるでしょうね。』
『・・・聞きづらいのだが、結局何が原因で四宮達は柏木に叩かれたんだ?
俺は叩かれたとしか知らないんだ。』
『・・・勘違い、ですね。』
『・・・勘違い?』
『私が、田沼さんと浮気したと柏木さんが激昂したんです。』
『なっ!?』
『完全に勘違いです。
愛さんが潔白なのは私が保証します。』
『・・・そうなのか。
四宮がいうなら確かだな。
俺も、早坂がそんな事をするとは思えない。
しかし、だからといってな・・・。』
『会長、男女にはよくある話です。
嫉妬心で愛情を測る人もいますから。』
『態と嫉妬させるのか・・・。』
『そういう人も居ますね。
なんにせよ、かぐやさんも早坂さんもとばっちりです。』
千花の発言を最後に四人の会話は途切れた。ただ、四人だけでなく
飛び出した渚以外の面々だけが気になっている事があった。
翼が眞妃に言った、
「こんな事になるなら、君に告白しとけば良かった・・・。」
というは発言は、本心だったのか?
と、いう一点が・・・。
───夜、かぐやの寝室
二十一時を回った頃にかぐやのスマホが鳴った。
『はい、もしもし?』
『───四宮か?
遅い時間に済まん。』
『いえ、別段。
どうされました?』
『───あの後、柏木と四条とは連絡付いたのか気になってな。』
『いえ、お二人共返信がなくて。
既読も付きませんから、どうなってるのか解らなくて。』
『柏木の話なんだがな、柏木の彼氏って「田沼翼」と言うのか?』
『・・・えっ?』
かぐやは思わず素が出てしまった。
正直、「そんな事の確認に電話してきたの?」と言いたくなる。
突然の電話に期待しただけに、かぐやの失望が大きい。
『───あ、いやぁ。
・・・以前の体育倉庫の件を覚えているか?』
『・・・ああ、あれですか。』
思いっきり投げやりな返事をしてしまう。
『───お、怒ってる?』
『いえ、別に。』
露骨に不機嫌が声色に出てしまう。
『───あの時なんだが、四条が悩んでいた事というのが、「翼」という相手の事だったんだ。』
『えっ?』
『───倉庫の中で四条が泣いていたと話したが、意中の相手が他の女の子と恋仲になって目の前でイチャつかれるのを見せつけられて、耐えられなくなったら体育倉庫で泣いていたそうなんだ。』
『・・・そう、だったんですか・・・。』
体育倉庫の件、今の今までかぐやは忘れていた。
かぐや自身、眞妃が翼を見つめて涙目になっているところを度々見かけ、自分同様に時折見かけていた愛や当の眞妃本人から当時の様子を聞いて、とんでもない状況をよく耐え抜けたものだと眞妃を尊敬したものだ。
『───それが、まさか柏木の彼氏だったとはな。』
『・・・会長は田沼さんからよく相談を受けてましたから、知ってたんじゃないのですか?』
『───柏木は知ってたが、田沼の方は名を聞いてなかった。
名乗られた記憶もない。
毎回、相談なのか近況報告なのか、よく解らない話をされてたからな。
しかし、そんな相手にあんな事を言われた四条の気持ちを考えると、な。』
『正直、あれで済んだのは眞妃さんだからでしょうね。
私なら、あれじゃ済まない自信はあります。』
『───それは、と言いたいが、今回は四宮の意見に俺も賛成だ。
あれは、・・・あんまりだと思う。』
『・・・会長はどうお考えですか?』
『───正直、分からん。
四条を立てるか、柏木を立てるか、どちらでも誰かが不幸にはなる・・・。』
『・・・三人とも、なんて無理な話ですしね。』
『・・・うん?
どうしたんだ、圭ちゃん?
ああ、相手は四宮だ。
すまん、四宮。
妹が電話を代わりたがってるだが、いいか?』
『はい、いいですよ。』
『では、代わるな。』
『もしもし、四宮先輩?』
かぐやは将来、義妹になる圭から「先輩」と呼ばれる事に新鮮味を感じる。
そういえば、直接的な先輩後輩ではなく、そんなに話をする機会もなかった内に御行との交際が始まって、殆ど「先輩」と呼ばれなかったなと思い至る。
『ふふっ・・・。
はい、なんですか?』
『先輩、ハーモニカありがとうございます。
あれから毎日練習してます。』
『気に入って貰えたなら嬉しいです。
ごめんなさい、お店にあれしか置いてなくて。
圭さんには、もっと可愛いデザインの物を贈ればよかったかと思ってまして・・・。』
『そんな!
友達にも、似合ってるって羨ましがられてますから。
先輩、ありがとうございます。』
女二人の長話に秋の夜は更けていく。
翌日、柏木渚と田沼翼と四条眞妃の三人、そして、四宮かぐやと早坂愛の二人の計五人は学校を休む事になった。
だが、前者三人と後者二人は休んだ理由が異なる。
早坂愛の母親で、四宮かぐやの乳母を務めた早坂奈央が、銃撃されて負傷し入院を余儀なくされたのだ。
─────つづく