白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜   作:チャリンコ2025

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───前回までのあらすじ


田沼翼の行動に猜疑心が強く刺激された恋人の柏木渚は、早坂愛を叩き、庇った四宮かぐやと互いに叩き合う事になった。


017『正人と奈央と愛の苦悩』

 

 

 

───時は遡り、日曜日の正午

 

 

土曜日までに政財界要人らと密会していた四宮雁庵は、月曜日には四宮家お抱え医の田沼正造の病院に検査入院の予定の為、日曜日には予定を入れていなかった。

 

 

───一件を除いては、───

 

 

その一件だけの面会の為に、雁庵は浅草の浅草寺境内でスカイツリーを眺めながら揚げ饅頭を食べていた。

既に二つを食べ三つ目を食べ切ると、秘書として同道している早坂正人からお茶を受け取り、飲み干す。

流石、「昭和の怪物」と言われただけあり、まだまだ体は丈夫だ。

 

 

 

『健康不安なんかデタラメじゃねえか。』

 

 

横に腰掛けて雁庵と分けた揚げ饅頭を食べる雁庵の三男・四宮雲鷹は呆れるやら感心するやら、よく解らない感情を抱く。

この週末、この歳で奇妙な親子旅行の様な状況に戸惑いもある。

関東の要人達との面会は、四宮家と雲鷹の地場固めの意味合いもある。

西日本は既に済ませたとの話だった。

 

 

 

『お前は黙って食わせてくれるが、他の奴は煩い。

正直、息が詰まる。』

 

『先は長くねえんだ、好きに食えよ。

俺も、これは止められねえ。

嫁は渋顔だけどよ。』

 

 

そういうと、懐のタバコを雲鷹は見せる。

 

 

 

『程々にしとけよ。

 

しかし、変わったな・・・。

 

昔はこんなに周りが高くはなかった・・・。』

 

『アレができて特にそう感じるだろう?』

 

 

そういうと、雲鷹はスカイツリーを指差す。

 

 

 

『変わったのは、それだけでないがな。』

 

 

そういうと、浅草寺境内にも多数居る外国人を顎でしゃくる。

浅草寺には日本人だけでなく、外国人観光客の姿も多い。

 

 

 

『俺のガキの頃は外人は殆ど見なかった。

進駐軍が来たが、その時もその後もこれ程じゃなかった。』

 

『時代の流れ、ってやつだろう。』

 

『・・・似合わないね。』

 

 

声を掛けてきた方に顔を向ければ、面会相手の藤原元総理が佇んでいた。

即座に雲鷹は席を立ち元総理に挨拶をする。

 

 

 

『ようやく来たか。』

 

『お前さんが早すぎるんだよ。』

 

 

そういうと、空いてる雁庵の隣に無遠慮に腰掛けると、雁庵の膝の上に置いてある容器から最後の揚げ饅頭を勝手に摘んで食べだす。

 

 

 

『コイツは、この歳になるとクドく感じて数を食べれなくなるが、お前さんは何個も食ったんだろう?

元気だね。』

 

『食える時に食っとけ、だ。』

 

『ああ、違いない。

で、どうする?

穴子か鰻でもと考えてるが?』

 

『お前の好きにしろ。

今日一日、付き合ってやる。』

 

『押さえてあるから、一服したら行くか。

ああ、すまんね。』

 

 

正人から差し出されたお茶を受け取りながら、元総理は周りを見回す。

 

 

 

『あの娘っ子は今日はいないか?』

 

『何だ、用があるのか?』

 

『いや、用がある訳じゃないが、な?』

 

『今日は居ない。』

 

『なら、止められずには済むか。

たらふく食うかね?』

 

『そのつもりだ。

明日から暫く、食えん。』

 

『お前さんらしいよ。』

 

 

しばし、すもつくれん二人の話が続く。

 

 

 

『・・・分かんねえもんだな。』

 

『・・・どうかされましたか?』

 

『親父と藤原の爺だよ。

付き合いがあったのは知ってたが、もっと建前の関係だと思ってた。

この間の食事といい、ダチだったとはな。』

 

『・・・旦那様は、かなり不器用です。』

 

『お前も、だろ?』

 

『貴方様も、です。』

 

『・・・そうかもしれん。

それじゃ生きていけない世界に身を置いたのが、な。』

 

 

その後、二人の間に会話は生まれず、雲鷹がタバコを二本吸い終る頃に親父達のじゃれ合いは一段落して、目的の店に向かう為に車が近くに着けられた。

雲鷹はここまでで別行動になる為に、雁庵達を見送ると後ろには雲鷹の秘書の天野八雲と今日だけのお付きになる早坂奈央が待っていた。

 

 

 

『さて、行くか。』

 

 

振り返り待ってる車に乗り込もうと歩き出した瞬間、雲鷹は身体の右肩を中心に身体を斜め右側に引っ張る強い衝撃を、次いで痛みを受ける。

同時に、周囲に居た鳩や烏といった鳥が飛び立ち、つられて更に外側の鳥達が一斉に飛び立つ。

 

 

 

『なっ・・・。』

 

 

痛みと衝撃の為に立っていられない雲鷹は、同時に身を隠す必要があると前のめりに地面に転がる選択をする。

身体が一回転して視界が道路のアスファルトを捉え暗転し、直ぐ様明るさを取り戻した視界に捉えたのは、自分の右横をすり抜ける女の姿だった。

 

 

 

『よせっ!』

 

 

瞬時に雲鷹を庇う様に両腕を広げ身体を張った奈央。

その瞬間、奈央の左肩から血が吹いた。

うずくまる様に反射的に丸まろうとする身体を意思で抑えて、雲鷹の壁になり続けようとする奈央。

状況を半分ぐらいしか理解できてない八雲は、それでも雲鷹の身体を引っ張り近くの建物の影に入る。

それを確認し負傷しても機敏に動ける奈央は、自分も同じく建物の影に入る。

 

ようやく事態を理解した雲鷹の警護チームが動き出し、出迎えの車からも護衛が降りて走って来る。

 

 

 

『お怪我はっ!?』

 

『俺より、早坂を!』

 

 

実際、雲鷹は右肩を抑えているが

出血は抑えている左手を濡らす程度の面積で済んでいる。

対して奈央は、左肩を中心に胸の近くまで着ている服の内側を血に染められていた。

背中の左側も同様である。

 

 

 

『だ・・・、じょうぶですっ。』

 

『・・・早く車に入れて、止血しろっ!

乗ったら直ぐに口の硬い医者のところに回せ、早くっ!!』

 

『ハッ、はい!』

 

 

雲鷹は痛みをこらえる程度だが、奈央は顔から血の気が引き始めて、元々白い肌が更に白さを増して来ていた。

呼吸も荒くなりだし心拍数が上がってきている。

車から降りてきた護衛と八雲に担がれながら奈央を先に車に入れると、直ぐ様雲鷹も車内に入る。

周囲は警護チームが固めたが三度目の銃撃は起きなかった。が、まだ狙われてないとは言えず、車を出させる。

走り出した車内で、八雲に促されて上半身裸になった雲鷹は傷の手当てを終えたが、その間に奈央は自ら手当はしたが失血が進み、身体を起こしては居られなくなっていた。

座らさせて居た座席も血液が床まで垂れだしている。

雲鷹のリンカーンの車内が広い為に横にはなれるが、手当てする人員がいない。

護衛を雁庵側に振ったのと慌てて発車させた為に、八雲以外は護衛を乗せなかったのが災いした。

 

 

 

『手際が悪いぞ!

ガーゼでも何でも良い、出せ!!』

 

『す、すいませんっ!』

 

 

そういうと、雲鷹は奈央の背中に自分のハンカチを握った右手を回し、八雲に渡されたガーゼを左手で束で掴み、奈央の左肩の撃たれた部分を前後から挟み直接圧迫止血法を行う。

 

 

 

『邪魔だから上着ぐらいは脱がせたいがな、暫く我慢しろ。』

 

『い、いけません・・・、私には夫と娘が・・・。』

 

『この状況でそれだけ言えるなら大丈夫だ。』

 

『私の家は、そういう家ですから。

 

・・・随分、用意がいいですね。』

 

『俺を仕込んだのはお前だろ。

お陰で命拾いしそうだ。』

 

『それは、残念・・・。』

 

『俺もお前もガキが居るんだ、死ぬには早い。

もう、喋るな。』

 

『・・・懐かしいですね。』

 

『喋るな!』

 

『・・・意識を、・・・保つ為です。』

 

『・・・シワが増えたな。

口周りと目尻が特に。』

 

『・・・後で覚えておきなさい。』

 

『ババア手前だな。

俺も直ぐジジイになる。』

 

『・・・その前に、禿げるんじゃありません?』

 

『・・・うちは、禿げない家系だ。』

 

『額が広がったような・・・。

剃り込みみたいのもありますね。

 

腕の良い職人を紹介しますよ、カツラの。』

 

『禿げない!』

 

 

さっきまでの緊張感は何処かに行って、恋人同士のじゃれ合いの様な展開に八雲は呆れていた。

二人共、神経はかなり図太いな・・・。

 

そうこうしている内に、雲鷹らを乗せた車は最寄りの四宮家傘下の病院に滑り込み、応急措置を済ませた後に田沼正造の居る病院に向かった。

 

その頃、雁庵は藤原が贔屓にしている店に着いていた。

知らせを受けて対策を考える為にひとまずその店に入り、周辺を警護チームが固める。

店の二階の奥の個室に二人は通された。

 

 

 

『とんだ事になったな。』

 

『お前が議員の時の方がもっと物騒だったろう。

何回、襲われた?』

 

『・・・小も合わせば、二桁は行ってたな。

 

先輩方も経験者は多い。

 

・・・残念な事になった同期も居たよ。』

 

『・・・ここなら、ひとまず安全だろう。

後は、早坂が考える。』

 

『悠長だね〜。』

 

『大将が動揺したら、勝てる戦も勝てん。』

 

『まあ、な。』

 

 

運ばれてきたお茶に手を付けながら手短に注文を済ます。

食べられるものではないが何も注文しないの不自然な為、酒と当てになる物を頼み、二人は思考を巡らす。

 

 

 

『・・・狙いは、お前さん。

と、いうにはお粗末だな。』

 

『雲鷹に恨みがある者、という割には致命傷ではないのも妙だ。』

 

 

この時、撃たれた雲鷹と奈央の怪我の程度と襲撃時の状況が情報収集して遅れて入って来た正人からの二人に伝えられていた。

冷静を保っているが、自分の妻が撃たれて正人も動揺している。

 

 

 

『狙撃地点はまだ暫定の場所ですが、そこからの足取りを追わせてます。しかし、厳しいと思われます。』

 

『しくじって痕跡を残すなら、あからさまだな。

何が目的か・・・。』

 

 

何らかの手がかりでも得られればいいが、恐らく無いだろうと三人とも考えていた。

報告では車に乗る為に雲鷹が振り返った瞬間に狙撃しているが、二発目との間隔が短いのと、一発目は掠らせた程度なのに、二発目は身を挺した奈央に当てている事が奇妙だ。

 

 

 

『二人は医者に任せるとして、どうするか・・・。』

 

『このまま、予定を早めて病院に入った方が安全かと。』

 

『・・・日曜なら、出入りする人間は特定し易いか・・・。』

 

『今日一日はいいが、明日からはどうするんだい?

相手の気や事情が変われば、病院みたいに出入りの激しいところは狙われやすいぞ。』

 

『病棟の一フロアは確保しています。

各種検査の為の移動も最小ルートにしています。』

 

『それでも、掻い潜ってくるだろう。

たが、俺を狙う前に他の人間を狙うとは考えにくいな。』

 

『おまたせ致しました。』

 

 

 

話し込んでいるところに店の料理が運ばれてきた。

考え込んでも真実に辿り着けるものではないが、腹は減る。

奈央達は撃たれたが無事である事と、一足先に雁庵が検査入院予定の病院に運ばれている以上、後で話しも出来る。

それ程食べれる訳では無いが、食える時に食っておかねば襲撃に対応する事も難しくなる。

 

一先ず、雁庵達は料理に箸をつける事にした。

 

 

 

 

 

───月曜日・夜、早坂奈央の病室

 

 

正確には月曜日になったばかりの深夜、銃撃からの負傷の為に緊急手術を受けて暫くは安静が必要な奈央は、左腕を首から吊ってる為にベットを起こして、同時に負傷した四宮雲鷹の尋問を受けていた。

雲鷹の秘書の天野八雲らは病室の外に待機している。

 

 

 

『で、心当たりはないんだな?』

 

『ありません。

今現在もマークしてる人間で、この時期に暗殺を指示する程の小物に動きはありません。』

 

『と、なると、身内か?』

 

 

そういうと、雲鷹は奈央の瞳を覗き込む。

 

 

 

『お前が手引きして、失敗したから時間稼ぎで負傷して混乱させる。

その間に、逃がした?』

 

『残念ながら、その推論は外れてます。』

 

『なら、ワザとお前に当てた?』

 

『私が貴方様に付けられた理由が解っていれば、その推論も。』

 

『だが、ワザと当てた可能性は否定しきれねえだろう?』

 

『・・・足を鈍らせるより、私なら離脱を選びます。』

 

『・・・なら、素人か?

だが、推定地点からは俺やお前だけでなく、親父や藤原の爺も狙えた。

他の警護も、だ。

何故、俺とお前だけなんだ?』

 

『・・・恨みを持つ者・・・。』

 

『一番最初に考えたが、そうなったら絞りきれん。』

 

『本宅の方々に比べれば、雲泥の差ですけど。』

 

『嬉しかないよ。

五十歩百歩だ、所詮。』

 

『・・・かぐや様を守る為、ですか。

貴方が憎まれても危ない橋を渡るのは。』

 

『・・・俺の立場は弱い。

預かった以上、俺のせいでアイツに負担をかける訳にはいかん。

かぐやだけじゃねぇがな。』

 

『・・・かぐや様自身は、どう思ってるのでしょうか?』

 

『・・・余計な話だ。

自分の事を大事にしろ。』

 

『・・・。』

 

『・・・月が綺麗だな。

知ってるか?

月夜は人を惑わすそうだ。』

 

 

雲鷹はそう告げながら、隣の病棟越しに窓の上辺付近の窓枠で見切れた下半月を眺めていた。

ベット横に座る雲鷹の視線を追い掛けて、奈央も窓の月を見る。

長い付き合いから、雲鷹は言いにくい事がある時は遠くを眺める癖がある。

もう戻らない二人の過去の関係、主人と近侍だった頃から変わず知っている数少ない雲鷹の癖。

そんな昔に思いを馳せて、戻らない日々の記憶を思い出していると、雲鷹の声で奈央は現実に引き戻された。

 

 

 

『・・・お前が撃たれて、生きた心地がしなかった。

 

また、お前を失うのかと・・・。

 

・・憎んでいた筈なのに、お前に心底失望した筈なのに。』

 

『・・・。』

 

『覚えてるか?

あの後、俺がお前との関わりを絶った時に、アイツが俺に談判しに来た事を。』

 

『・・・覚えております。

まさか、彼が貴方に意見するとは思いませんでした。』

 

『意見?

拳が何時から意見になったんだ?』

 

『・・・本当なら、私が殴れなければいけなかった。

貴方が殴られる理由はなかった・・・。』

 

『・・・今となっては、殴られて良かったとは思ってる。

あのまま、生半可で続いていたらお前が撃たれても何とも思わなかっただろう。』

 

 

そういうと、雲鷹は身を乗り出して奈央の顔を正面から見据える。

受けて、奈央も雲鷹の瞳を覗き込む。

二人の歪な関係、この世で代わりのいない筈の関係が壊れて、表面的な関わりしか持とうと互いにしなかった二人。

そんな二人は今夜、確かに月の力が作用したのかもしれない。

 

 

 

『・・・すまなかった。』

 

『・・・雲鷹様・・・。』

 

『俺より、お前の方が余程辛かっただろうに。』

 

『・・・私は責められる事しかしてません。』

 

『誤魔化してくれてたんだろう?

親父や黄光が把握してる当時の俺の事に、ズレや把握できてない事が多い。』

 

『・・・私は、貴方様の近侍を仰せつかったのです。』

 

『・・・自分が犠牲になれば良い・・・。

 

その考えは、俺は嫌いだと言った筈だ。

 

その俺が同じ事を考える様になったのは、お前の影響だ。』

 

『・・・。』

 

『話はここまでだ。

 

後は、旦那にでも慰めて貰え。

怪我が治ったら、存分に働いて貰う。

 

嫌とは言わさん。』

 

『・・・はい。』

 

 

言い終えると雲鷹は病室を出ようとするが、扉の前で立ち止まると背中越しに奈央に言葉を送る。

 

 

 

『奈央、お前が助かってよかった。』

 

 

捨て台詞の様に告げて、雲鷹は病室を出ていく。

奈央は俯いて言葉を返す事ができなかった。

 

 

───許された、とは思ってない。

 

 

極稀に会えても、一方的に指示を受け「気色悪い」「どぶネズミ」などと罵られて終わるのが当たり前だったのが、かぐや様が京都本宅に押し掛ける際に頼られてから、雲鷹は少し変わった様に思える。

あれ以来で初めて雲鷹から連絡を受け、かぐやが無謀な事を考えている様だと相談された時、「何故、私なのだろう?」と疑問が頭から離れなかった。

 

 

「かぐやの乳母をやってたんなら行動が読めるだろ?」

 

 

とは、言われたが・・・。

 

 

 

本当なら、自分が頭を下げて詫びて許しを請わねばならない。だが、自分が彼の弱点になってはいけないと考え、それならば憎まれてる方が都合がいいと思い、距離を置いた。

 

 

───けれど、それは間違いだったのだろうか?

 

 

───間違いというならば、自分と同じ道を実娘に歩ませているのは、どうなのだろうか?

 

 

知らず知らず奈央は自分の右手を見つめ涙をこぼしていた。

そんな彼女の右手を優しく包む感触がある。

唐突な事に奈央は動転するが、自分の右手を包んだのは人の手で、その手から腕を辿って視線を動かした先には、自分の夫が真摯な眼差しを向けていて、二人の視線が交わる。

雲鷹と入れ代わる様に入って来ていたのだろうが、それに気が付かない程に考え込んでいたのだ。

 

 

 

『・・・あなた。』

 

『・・・泣きなさい。』

 

『・・・そんな、

 

・・・あなた、』

 

 

言葉を続けようとしても嗚咽と涙に邪魔されて言葉にならない。

今は虚勢を、嘘をつかなくていいと言われたようで、奈央は自分を止められなくなった。

夫の正人の腕を掴み、暫し奈央は自忘の時を刻む。

 

ひとしきり気持ちを涙に換えて流すと、正人に促されて奈央は傷付いた自分の身体をベットに預ける。

あまり時も過ぎずに奈央が寝息を立てるのを確認すると、正人は病室を出る。

 

病室の外には雲鷹が付けた護衛が立っていた。

 

 

 

『雲鷹様は、「上に居る」と言われました。』

 

『・・・そうか、後を頼む。』

 

 

護衛は返答代わりに頷くと、正人は病室を彼に任せて屋上に続く階段を上がる。

 

雁庵の検査入院の為に病棟丸ごと占有・・・は出来なかったが、一番上の階と二番目の階は抑え階段は防火扉で塞いで護衛を歩哨の様に立たせてある。

エレベーターも修理中として占有してある。

 

階段を登り切ると、正人は屋上に出る。

月明かりを浴びて雲鷹がタバコを吸いながら、正人を待っていた。

 

 

 

『ここは、危険があります。

それに、冷えませんか?』

 

『今は、ちょうどいい。』

 

『・・・。』

 

『今日の事をどう考える?』

 

『・・・嫌がらせ、・・・といったところでしょうか?』

 

『そいつが解せない。

俺もだが、早坂も死んでいておかしくなかった。

・・・何故、やらなかった?』

 

『・・・いつでも襲えるという誇示・・・。

だとしても、それならばご当主の居られる間に・・・。』

 

『・・・おちょくられてる様で不快だ。

 

昨日の予定は、俺は奴と、親父は藤原の爺と会うだけだった。

 

・・・俺が奴と会わない様にする為だけに、撃ったのか?』

 

『・・・私の考えを述べさせて頂ければ、玄人の技ながら発想は素人の人間と思われます。』

 

『・・・一つ、考えてる事がある。

 

足止めだ。』

 

『・・・足止め?』

 

『俺が襲われて怪我人が出れば、他は警護を固めて動かなくなる。

余程の事が、なければな。

四宮だけでなく、全国にも知れ渡った頃だろう。

全国の動きが鈍くなるか、警護の関係で目立つ動きをせざるを得なくなる。』

 

『日本全体の足止め・・・?』

 

『あんまり大きく考えるとそうなる。

ただ、そうまでした理由が解らん。』

 

『・・・そこから探りますか?』

 

『あらゆる可能性を考えろ。』

 

『解りました。』

 

『・・・すまなかった。』

 

『・・・貴方が気になさる事ではありません。』

 

『俺に付けられなければ、・・・早坂は怪我をせずに済んだ筈だ。』

 

『・・・推定地点からは、貴方の後頭は狙えました。

ちょうど、後頭部だけ狙える角度だったんです。

・・・私は妻を誇りに思ってます。』

 

『・・・目がそうは言ってねぇぞ。

それに、本当に俺が狙いなら最初で仕留めていただろう。』

 

『それでも、です。』

 

『・・・、・・・かぐやが親父に会いたいと俺のところに来た時、鼻で笑ったよ。

散々ほっとかれたのに、そんな事をして何になると思った。』

 

『・・・。』

 

『だが、今は週末毎に親父に会ってる。

・・・俺もそうすればよかったのかと、今は思う様になった。

 

「時間がない」。

 

かぐやは俺にそう言った。

確かに、その通りだ。』

 

『・・・だから、ですか?』

 

『お前の女房に連絡を取ったのは、それだけじゃないがな。

 

・・・ただ、詫びと祝いを言いたかった。』

 

『祝い・・・、ですか?』

 

『結婚と娘が生まれた事の、な。

今更ながらだが、お前にも言っとく。

 

・・・おめでとう。

 

 

・・・貴方の方が俺より先輩だが。』

 

『・・・ありがとう、ございます。

 

妻も、喜びます。』

 

『本人には、俺が直接言う。

 

少し待ってくれ。

 

 

・・・見つけ出せよ。』

 

『はい、全力を挙げて。』

 

『話はそれだけだ。』

 

 

その言葉を最後に、二人の男は屋上を後にする。

 

翌朝より、日曜から病院入りして不機嫌極まりない四宮雁庵の検査が始まった。

藤原元総理も一緒に検査入院して

来て現場は混乱したが・・・。

 

初日に手間のかかる検査を集中させて、火曜日以降は検査結果を元に予備の検査をするだけとなったので、連絡しておくかと雲鷹が気を回りしてかぐやにも雁庵の経過と、負傷を伏せて奈央がついでで検査入院したと伝えたが、火曜日朝にはかぐやが早坂愛を伴って病院に突撃して来て、我が妹ながらと雲鷹は苦笑いする事になった。

 

 

 

 

 

───月曜・夜、かぐやの寝室

 

 

夜の休憩時間で、近侍の早坂愛と込み入った話をしていた四宮かぐやを、予想外の人物からの電話が呼び出す。

 

 

 

『はい、もしもし?』

 

『───かぐやか?』

 

『・・・お兄様。』

 

『───どうした?』

 

『いえ、初めてですね。

お兄様からお電話を頂くのは。』

 

『───嫌か?』

 

『いえ、嬉しくて。』

 

 

予想外な返答に四宮雲鷹はむず痒い恥ずかしさを覚える。

こんな感情はいつ以来だろう・・・。

 

 

 

『───・・・変わった奴だな。

まあ、いい。

親父の事を伝えておこうと思ってな。

問題なく病院に居る。

何故か、藤原の爺も居るがな。

それから、早坂も入院した。』

 

『早坂・・・、奈央さんですか!?』

 

『えっ!?』

 

 

四宮雲鷹からの電話を受けた時、いつもの様に近侍の早坂愛はかぐやの寝室で話し相手を務めながら夜の休息を取っていた為、かぐやの言葉に反応してしまった。

 

仕事関係の話など、最近は母親の早坂奈央と愛はよく話をしているが、入院するとは聞いてなかったのだ。

 

反射的に腰を浮かして前のめりに聞こうとするのを、かぐやが小さく手を上げて制して、電話を続ける。

 

 

 

『何処か、悪いところが見つかったんですか?

何か、症状が出てるんですか!?』

 

『───・・・話は終いまで聞け。

定期検診の入院だ。

時間が取れなくて受けてなかったそうだ。』

 

 

雲鷹はかぐやに余計な事を考えさせない為に、銃撃での負傷は伏せて話す。

この時、愛は自分のスマホから奈央に連絡を試みていたが、手術が終わって間がなく病室に移ったばかりの奈央の手元にスマホはなく、愛からの電話・メール等にも返事ができない状態だった。

 

 

 

『───問題はないから、心配はするな。

要件はそれだけだ。

・・・そうだな、少し長引きそうだから、見舞いに来るなら話を通す。』

 

『はい、是非に。

どちらの病院ですか?』

 

『わかった、伝えておく。

病院は田沼の所だ。

別館の警備室から入れ。』

 

『ありがとうございます。』

 

『それだけだ。』

 

 

この時、父親の四宮雁庵の事はかぐやは完全に失念しており、母代わりだった早坂奈央の事で頭は一杯になっていた。

 

 

 

『ママは、どうしたんですか!?』

 

『・・・受けてなかった定期検診を受けて、検査入院したみたいね。

田沼先生の病院だわ。』

 

『・・・そう、・・・ですか。』

 

『愛・・・。

 

・・・明日、お見舞いに行かない?』

 

『解りました、車の手配をします。』

 

『お願いね。

朝から行けば、面会時間に向こうに着くわ。

会長や藤原さん達にも連絡しとかないと。』

 

『・・・えっ?』

 

『どうかしたの?』

 

『いえ、・・・聞き間違いでなければ、朝からとおっしゃいました?』

 

『そうよ、朝からよ。』

 

『・・・いや、でも。』

 

『一日ぐらい休んでもいいじゃない。

奉心祭前だから、授業内容も一日ぐらいは直ぐ取り戻せるし。』

 

『・・・いや、でも。

いいんですか?』

 

『・・・気になるのよ。

確かに、お父様の・・・。

そうか、お父様も入院したんだったわね。

あの奈央さんが検査とはいえ入院したのは、どうにも引っ掛かるのよ。』

 

『まあ、たしかに。

(かぐや様の中で、糞爺よりママの優先順位が上なのは嬉しいけど、いいのかな?)』

 

『それに、気分的に明日は休みたいのよ。

・・・眞妃さん、電話にも出てくれないし。』

 

『・・・かぐや様が良いのでしたら。

 

ありがとうございます。』

 

『えっ?』

 

『母の為に、お見舞いに行ってくださるなんて。』

 

『愛、奈央さんは私にとっても「ママ」なのよ?』

 

『・・・はい。』

 

 

かぐやの素直な表現に、嬉しくなってしまう愛だった。ただ、柏木渚と田沼翼の一件で慌ただしい中で届いていた通達、

 

 

───身辺警護を厳にせよ───

 

 

が、愛には引っ掛かっていた。

念の為、地下駐車場の様な遮蔽物の多い場所から出入り出来ないか調整しておこうと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───翌朝

 

 

かぐや達は、いわゆるズル休みをして見舞いに向かった。

田沼医師の病院は午前と午後に面会時間が設けられていて、かぐや達二人は午前の面会時間に病院に入り、ベットに身を預けた奈緒の姿に息を呑む事になる。

 

 

 

『・・・奈央さん。』

 

『・・・何があったの、ママ?』

 

『おはようございます、かぐや様。

お見苦しい姿をお見せして、申し訳ありません。』

 

 

努めて三人とも冷静を保っているが、かぐやと愛は奈央が負傷した姿は初めてであり、負傷する事が想像できなかった。

安静にと指示が出ている奈央は、処方された薬の影響で少し眠気を覚えていたところに、不意打ちの面会で娘が来て、かぐやまで来るとは思ってもみなかったのだ。

学校を休んでまで見舞いに来るなんてと、嬉しいが愛に説教をしようと考えていたが、かぐやまで居ては言えない。

そもそも論で考えれば、愛がかぐやの護衛を休んで面会に来る筈がなかった。

薬を飲んでいたとはいえ、頭が回らなかった自分を奈央は呪う。

負傷したとはいえ、迂闊すぎる。

奈央は目まぐるしく頭を回す。

 

 

 

『すいません、転んでしまいまして。』

 

『・・・ママ、「警護を厳にせよ」って通達が来てたよ。

これは、そういう事だよね?』

 

『そうなの、愛!?』

 

 

瞬時に二人は事態を理解する。

困惑の瞳が怒気を含んだものになり、雰囲気も冷徹なものに変わる。

そんな二人を見て、奈央は頼もしさと危うさを感じる。

まだまだ経験が足りないなと。

 

 

 

『二人とも落ち着きなさい!

負傷したのは私で、貴女達ではないのよ。』

 

『でも!』

 

『椅子は二つあるから、こちらに座りなさい。

かぐや様も。』

 

 

有無も言わせぬ迫力で、奈央は二人を椅子に座らせる。

 

 

 

『・・・大きな声を出して申し訳ありません。

落ち着くのは私の方ですね。』

 

『・・・そんな、・・・事ないよ。』

 

『・・・ごめんなさい、奈央さん。』

 

 

声を荒らげてしまったが、二人の様子から直ぐにでも飛び出していきそうな危うさがあった為に、奈央は二人を繋ぎ止める為に敢えて大きな声を出した。

二人が幼い頃に、奈央に反発して愛が家を飛び出した時の様に・・・。

 

 

 

『愛、かぐや。

私を心配してくれるのは嬉しいけど、私は貴方達の方が心配だわ。

今回の事は、私のミスです。

貴女達が気にする事ではないわ。』

 

 

あえて小さい頃の様に、奈央はかぐやを名前のみで呼ぶ。

小さい頃は「様」付けで呼ばれる事をかぐやは嫌がった。

家の中で、自分だけが除け者にされてる様に感じて嫌がったのだ。

愛と同じ様に名前で読んで欲しいと頼まれ、東京に移るまでの期間だけだったが奈央は名前だけで呼んでいた。

 

 

 

『・・・奈央さん、何があったんですか?』

 

 

当のかぐやは気が気ではない。

怪我をしたなど聞いた事の無かった奈央が、今はベットに横になり左腕を首から吊っている。

 

 

───自分のせいではないか?

 

 

タイムスリップした自分が、本来の歴史とは違う事をし過ぎたからこんな事態になったのではないか?

 

奈央の負傷は、自分の勝手のシワ寄せを受けた結果ではないか?

 

かぐやはそう感じていた。

 

奈央が話すべきか戸惑っていると、ドアがノックされて開けられる。

渋い顔をした四宮雲鷹が溜息をつきながら入ってくる。

 

 

 

『かぐや・・・。』

 

『お兄様。』

 

『学校を休んでくるとはお前らしくないな。

・・・まあ、都合がいい。

話がある。

見舞いは後にしろ、大事な話だ。』

 

『それならば、先に教えてください。

何故、お兄様も怪我をしてるのですか?』

 

『・・・目の良い奴だな。』

 

 

よく見れば、雲鷹の左肩あたりは右肩に比べて不自然な膨らみがある。

雲鷹を襲った銃弾は、左肩に近い頸肩部を掠める弾道を通った為に傷は浅かったものの、人目に付く箇所に負傷した為に怪我の処置をするとどうしても目立ってしまう。

短い時間だが、雲鷹は熟考する。

誤魔化しても直ぐに露見する。

どの道、今回の事でかぐやには言い渡さなければならない事がある。

 

 

 

『雲鷹、来たのか?』

 

 

出入口に佇んだままの雲鷹に声を掛ける者がいた。

雲鷹が廊下側に振り返ると同時に、出入口を開ける。

現れたのは二人の父親の雁庵だった。

 

 

 

『・・・入るぞ。』

 

 

そう告げると、ゆっくりとだが確かな足取りで奈央が体を預けているベットに近付いて、傍らまで歩みを進める。

既にかぐやと愛はイスを移動させて雁庵の道を開けると、居住まいを正して横に控える。

奈央も同じく、居住まいを正して雁庵に対す。

親子であるかぐやですら慣らされている、四宮家総帥という立場と慣習が皆をそうさせてしまう。

 

 

 

『ご当主様、お見苦しい姿をお見せします。』

 

『見苦しい訳がなかろう。

愚息を守ってくれたのだ、感謝しない。

ありがとう。』

 

『・・・勿体ないお言葉です。』

 

『かぐや、見ての通りだ。

雲鷹が襲われ、早坂が身代わりになった。

二人共、この世を去っていてもおかしくなかった。

暫く、京都には来るな。

道中を狙われる恐れがある。

外出も極力せず、身の安全を図ってくれ。』

 

『・・・解りました。』

 

『お前のが食べれんで残念だが、こらえてくれ。』

 

 

そういうと、雁庵はかぐやの頭を一撫でして奈央の病室を出て行こうとする。

雁庵を見送る四人の内、雲鷹と奈央の心中は複雑である。

雲鷹と奈央は、雁庵の強いた密告により袂を分かつ事になった。

 

雲鷹としては、今更奈央を認めるなら何故密告を止めさせなかったのかと詰問したかった。

当時の奈央の密告(報告)を受けていたのは、当の雁庵なのだ。

 

奈央も、今は雲鷹に許された様な形にはなっているが、密告(報告)していた事実は、彼の一番他人には知られたくない事をその信頼を裏切って密告(報告)し続けた事は、無かった事にはできない。

そして、恐らくは実娘の愛も同じ事を強いられているのだろう。

この仕組みから抜け出すには、娘は主人の元から去る事ぐらいしか道はない。

 

その愛は、信じられないものを見た様に感じている。

夏休みに、かぐやが本宅への緊急招集の為に藤原千花等との約束を反故にして駆け付けた時、『居たのか?』の一言を廊下から掛けただけで去ったあの雁庵が、自分の母親の奈央に労りと感謝の言葉を、かぐやには身の心配をして頭を撫でるなど信じられなかった。

 

これも、かぐやが本宅に押し掛けた効果なのだろう。

 

愛には、母親の奈央も、かぐやの近侍として初めて会った時に「小鼠」と言われて以来密か(密告を知られている様で)に嫌っている雲鷹も、その瞳を見て自分と同じ心中ではないかと思えた。

 

 

 

『それで、終わりか?』

 

 

室内に居る者の声ではなかった。

 

六人目の病衣姿にスリッパ履きの人物が室内に入ると、立ち尽くす雁庵を横目に素早く引き戸を閉め鍵を掛けた。

病衣姿の人物は、無理矢理雁庵と一緒に検査入院したかぐやの友人である藤原千花の曽祖父に当たる藤原元総理だった。

 

 

 

『これで済ませる気か?』

 

『何の真似だ?』

 

『自分の息子が撃たれて、庇った者を労るだけで終わりか?と聞いてるんだ。』

 

『ケジメは付けさせる。

今は探してる最中だ。』

 

『まだ、やらせてるんだろ?

 

・・・密告を。』

 

『・・・地獄耳。』

 

 

室内に緊張が走る。

四宮家や関わりのある者が知っているのは解るが、部外者である筈の藤原が何故「密告」を知っているのか?

 

 

 

『皆、不思議かい?

 

「何故、俺が知っているのか?」。』

 

『・・・喋るな。』

 

『言わせて貰う。

こいつの近侍も密告をやらされていたが、罪悪感に苛まされて罪を告白した後、出征して戦死した。』

 

『・・・黙れ。』

 

『にも関わらず、こいつは自分の子供らに同じ事をした。

あの時流した涙は、演技か?』

 

『・・黙れ。』

 

『それとも何か?

自分と同じ目に遭う者を増やしたい。

例えそれが我が子でも、いや、我が子だからこそ、同じ目に遭わせたかったと?』

 

『・黙れ。』

 

『泣ける話だね。

自分一人だけこんな思いをするのは申し訳ないから、一族郎党を全て巻き込んで卑劣で歪な関係に浸りたかったと?

そんな境遇の者達だけとなら、素晴らしい家族を作れると?』

 

『黙れ!

お前に何が解る!!?

俺が、あいつを本当に憎かったと思っていたと!!!?』

 

『違うというのか!』

 

『違う、違う!

大違いだ!!

俺は、あいつと共に居たかった。だが、あいつは勝手にぶち撒けた後に軍に飛び込んで、戦地に行きやがったんだ!!!

残された、俺の気持ちも考えずにだ!!!!』

 

『だから、未練たらたら自分と同じ人間を増やしたかったと!?』

 

『俺一人ではどうにも出来なかったんだ!

この仕組みを仕切ってたのは長老共だ!!

俺には・・・、どうにもできなかったんだ・・・。』

 

『今は、どうにか出来るのですか?』

 

 

二人の激しい口論は雲鷹ですら入り込める余地がなかったが、強引に割り込んだ者が居た。

 

雁庵の娘のかぐやである。

 

瞬間、愛は自分の主人が何を知っているのか、察してしまった。

 

 

───自分が密告をしていた事を、かぐやは知っている───

 

 

直感だが、愛はそう悟った。

考えてみれば、藤原が言い出した密告の話は雲鷹と奈央には当てはまらない。

二人は、既に別々の道を歩んでいるのだから。

この場に居ない者の話をしても意味はない。

であれば、密告が当てはまるのは、愛とかぐやしかいない。

 

突然の告発に動揺する愛。

雁庵に対して一歩前に出たかぐやの背中を愛は見つめる。

 

 

───逃げ出したい───

 

 

その心理が、知らず知らずに愛の体をかぐやから遠ざかろうとさせていた。

しかし、ベット際にいた愛の右手に優しく触れる者が居た。

触られた感触から自分の右手を、右手に添える様に触れている手から腕を遡り、顔に。

 

愛の母親である奈央が、痛みをこらえて無理に体を曲げて、自由に動かせる右手で愛の右手に触れたのだ。

愛と奈央の視線が交わる。

憂いを纏った眼差しは、しかし、力強く愛を見つめる。

 

 

「大丈夫」

 

 

言葉にはなってないが、愛には奈央の眼差しがそう告げてると感じた。

 

 

 

『・・・何が言いたい?』

 

『・・・もう、終わりにしませんか?』

 

『この仕組みは有用だ。』

 

『何が怖いのですか?

背かれる事ですか?

反発される事ですか?』

 

『家が割れる事だ!』

 

『既に割れているではありませんか!』

 

『・・・。』

 

『・・・お兄様達は互いを疑い牽制し合い化かし合い、お兄様達だけでなく一族の者達は自分達の勝手と勝ち馬の尻に乗る事しか考えていない。

私も、お兄様達に呑み込まれぬ様に狡猾な事ばかり考えて・・・。』

 

『それが四宮の家を強くする。』

 

『していますか!?

四宮の家が結束するのは敵がいる間だけ。

いなくなれば、互いに取って食う事しか考えていません!!

 

・・・それが、家族の有り様なんですか?』

 

『お前には解らんだろう。』

 

『解りたくもありません!

 

・・・お父様は、先程私を撫でてくださいました。

せめて、せめて!!

親兄妹とだけはそういう間柄で居たいんです!!!』

 

『・・・それだけではやっていけぬほど、四宮は代えの効かぬ存在になったのだ。』

 

『・・・ならば、せめて愛さんにはこれ以上辛い思いを、お役目を止めて頂けませんか!?』

 

『・・・。』

 

『何で黙るんだね?

 

この子が、そんなにお前さんは信用ならないのかね?

 

自分の実娘だろう!?』

 

『・・・ご当主様。

 

僭越ながら、私達早坂家はご当主様に忠誠を誓う者です。

 

雁庵様のご命令でありました、何者にも優先いたします。』

 

 

藤原、奈央とかぐやへの援護が続く。

 

 

───俺は親父に楯突いてでも奈央の側に立つべきだったんだな、かぐや───

 

 

その光景を見ながら、雲鷹はそう自分自身に問い掛けていた。

 

 

『・・・俺の指示としてその娘の例の役目は終わりとしよう。

後で早坂に伝えておこう。

雲鷹、かぐや、お前達が証人だ。

いいな?』

 

『・・・ありが・・とう、ございます!』

 

『・・・解った、親父。』

 

 

短い雁庵とかぐやの睨み合いは、雁庵が折れる事で幕を引いた。

 

雁庵はそれだけ言い渡すと鍵を開けて病室を後にし、藤原も次の検査に向かった。

 

病室に残った四人は、今後の事に思考を巡らせる。

 

かぐやは、過去に戻ってから今まで愛の「密告」の役目をどう終わらせたらいいか、考え続けていた。

 

この頃は、密告の仕組みは長男である四宮黄光の管轄になっていた。しかし、後年に当の黄光が吐露した事だが、どこまでいっても雁庵が亡くなるまでは「見習い当主」でしかなく、絶えず背中に雁庵の目が光っていて、何か決めてもそれは雁庵の意に沿ったものでなければ有効にならず、まさに人形の様だったと溢していた。

 

あの時、雲鷹に暴露されるまでかぐやは愛の役目も苦しみも知らなかった。

愛のサポートがあったからこそ、御行と交際するまでに至ったが、無かったらどうなっていたかは分からない。

何より、あの時は友達になれたが、今回はどうなるか解らない。

雲鷹兄様と奈央さんみたいな関係なら、時間が解決してくれるかも知れない。だが、愛には放浪癖がある。

知らぬ間にいなくなって会えなくなる危険性を考えると、早く動く必要があった。

 

一方、唐突に「密告」の役目が終わりを告げた愛は、立ち尽くしていた。

右手に伝わる母親の奈央の温もりが、かろうじてこの場に踏み止まらせているが、逃げ出したい心境である。

 

 

───知られたくなかった───

 

 

かぐやにだけは知られたくなかった。

こんな裏切りをしている自分は、かぐやの前から消えてしまいたいという気持ちと、自分がいなくなればかぐやを守る者がいなくなるという現実の板挟みで苦しんでいた。

本人も気が付かない間に、愛は震えていた。

 

 

 

『奈央さん、ごめんなさい。』

 

『・・・かぐや様、謝る必要はありません。

頭を下げなければいけないのは、私達の方です。』

 

『いえ、必要のない事をさせられて苦しめられたのは、奈央さんや愛さんです。

私に力がないばかりに、遅くなってしまってごめんなさい。』

 

『・・・かぐや、これからどうする?

 

実はな、そろそろなんだが・・・。』

 

 

雲鷹が言い終わる前に引き戸がノックされ、僅かに空いた隙間から外に立っている護衛から、見舞い客が来てる事が伝えられる。

 

 

 

『如何なさいますか?』

 

『いいだろう、通してくれ。』

 

『お兄様、どなた様ですか?』

 

『お前も知ってる相手だ。

一昨日、会う予定だったがこうなって、嗅ぎつけられた。』

 

『失礼だな。』

 

 

またも雲鷹が言い終える前に割り込まれ、ノックも無しに引き戸を開けた人物が雲鷹の言い様に抗議する。

 

現れたのは、四条グループ代表の四条真琴だった。

 

四宮雲鷹に紹介される前に、四条真琴は落ち着かぬ様子で早坂奈央の病室に入ってきた。

 

 

 

『奈央さん、大丈夫かい!?

何処か痛むところはないか!!?

 

あぁ・・・、

 

こんなにやつれて・・・、

 

何でこんな事に・・・。』

 

 

矢継ぎ早にそう言いながら、周りが目に入ってないかの様な真琴は奈央のベット際まで一気に近付き、許可も取らずに奈央の右手を引き寄せ両手で握る。

奈央も真琴に飲まれたか口が引き攣り、呆れている。

およそ、四条グループという四宮財閥に比肩する程の企業グループの代表とは思えない軽々しさ。

そんな姿など想像出来なかった真琴の再従兄弟になる四宮かぐやも、奈央の実娘の早坂愛も唖然とし、二人はベット横で真琴の勢いに呑まれ後退り、かぐやの兄の雲鷹は真琴の奈央への態度に苛立ちを隠しきれない。

 

 

 

『おい四条、いい加減にしろ。

早坂が困ってるだろう。』

 

『ああっ!

これはとんだ粗相を。

君の事が心配で・・・。』

 

『ごっ、ご心配ありがとうございます。

ですが、私は大丈夫ですからご安心ください、四条様。』

 

『他人行儀だな、僕と君の仲じゃないか?

ところで、今日は色よい返事は貰えるかな?』

 

『あのぅ・・・、そのお話は、大分前にお断りした筈ですが?』

 

『大分前は大分前、今日は今日だよ。

どうだろう?

怪我が治ったら、快気祝いを兼ねてセッティングするから、食事でもどう?』

 

『・・・俺の目の前で早坂を堂々と口説くとは、宣戦布告と取っていいんだな?』

 

『・・・なんだね、君にそんな事が言えるのかね?』

 

 

真琴は奈央と話す時と違い、雲鷹相手だと声のトーンも低く、口調も突き放す様なものに変わる。

 

 

 

『・・・テメエ、誰に言ってるだ?』

 

『あのぅ、四条様? 雲鷹様?』

 

 

かぐやと愛は、目の前の光景が信じられない思いだった。

どう聞いても見ても、あの四条真琴が早坂奈央にモーションを掛けてるとしか取れない。

それに反応して、雲鷹と真琴が睨み合っている。

かぐやはどう反応してよいか解らず、愛は不快だった。

四宮グループに比肩する企業グループのトップとはいえ、夫のいる自分の母親に娘の前で言い寄る男など論外。

 

所詮、四宮の血を引いている以上は、あの爺の次男みたいに女を使い捨ての道具程度にしか見てないのか・・・。

 

 

 

『君にそんな事を言われる筋合いはないぞ。

これは、純粋なヘッドハンティングだ。

優秀な人材は礼を尽くして迎えるのが筋道だろう。

大体なんだ?

奈央さんを幸せにすると約束したのは、君じゃなかったか?』

 

『・・・テメエその話を、今するな!』

 

『いや、言わせて貰う!

私に誓ったあの言葉は嘘だったのか!!?』

 

『誓ったも何も、不意打ちでお前に殴られてからの記憶があやふやなんだよ!

お前に殴り倒されて目撃者もいないのに、あの時に何を言ったかは水掛論にしかならねぇだろうが!!』

 

『私に殴り倒された!?

私は君に殴り倒されたがね!』

 

『反撃するのは当たり前だろうが!?

大体、お前はかぐやを連れて行ったパーティーで、俺になって言いやがった!!?

 

「隠し子か?

お兄さんと一緒でお盛んだね。」

 

って言いやがったろうが!!!

あんな野郎と一緒にしやがって!!!!』

 

『顔を合わせれば「鼠」と罵っていたのは誰だね!?

大体、あの頃は君は結婚前だったろう。

それが小さい子を連れて来たら、拐かしたか隠し子しか想像できんだろう?』

 

『「妹」だと紹介したろうが!?』

 

 

実りのない喧々諤々の言い合いは熱を帯びて収まる気配がない。

奈央は右手を額に当てて心底面倒臭いと言わんばかりに、深い溜息を吐く。

愛もあらぬ方向から自分の話に飛び火したかぐやも、呆れるぐらいしか出せる表情がない。

 

 

───しかし、雲鷹が奈央を「幸せにする」とは、どういう事だろうか?

 

 

二人の頭に「?」マークの渦が巻き起こる。

ベット際に居た愛が奈央に小声で事情を聞いてみる。

 

 

 

『何の話なの、ママ?』

 

『・・・後で説明するわ。

今話すと、余計収集付かなくなりそうだから。』

 

『・・・初めて見るよ、この人が口喧嘩してるところなんて。』

 

『案外可愛いもんよ、面倒臭いけど。

今の内にお昼を取った方が良いわよ。

こうなったら、二人は長いから・・・。』

 

『・・・解りました。

かぐや様?』

 

 

愛は奈央に断りを入れるとかぐやに耳打ちして、同意したかぐやと二人で奈央に頭を下げてから口論中の二人を刺激しない様に、ゆっくり病室を出る。

外の廊下には四宮家と四条家の護衛が相対する様に向かい合って、廊下の壁沿いに並んで入るのだが、室内のやり取りが漏れ聞こえてくるのだろう、各人の瞳には程度の差はあれど、困惑と諦めの色が伺える。

二人が会うと、口論は恒例行事になっている様だった。

 

 

 

『皆様、よろしくお願いします。』

 

 

皆まで言う必要はないが、かぐやは両家の護衛に深々と頭を下げ、愛もそれに倣う。

四宮家はそもそもこういう態度は表立ってはなく、四条家も慰労の言葉を掛けるぐらいの為に、雁庵の娘であるかぐやが頭を下げる事は両家護衛チームにはおどろきであった。

 

 

 

『『承りました。』』

 

 

かぐやに遅れる事、数瞬。

両家の護衛チームのリーダーの二人が動揺からいち早く立ち直り、返礼し頭を下げ、他の護衛も倣って頭を下げる。

全員ではなく、最低限の周囲警戒の人員は空気に呑まれず頭を下げずに警戒を続けているのは流石ではあるが。

 

その中を、かぐやに愛を伴い進む。

 

向かうは雁庵の病室。

奈央の見舞いしか考えてなかったが、このまま顔を出さずにお暇ともいかず、今は丁度いい時間潰しになる。

暫く会う事も出来なくなりそうだから、テレビ電話やビデオチャットが出来ないか頼んでみようかとも考える。

 

前を進むかぐやに、愛は葛藤と恐怖を抱えていた。

周りの目もあり平静を愛は保っているが、自分がしてきた事を一番知られたくない人に知られてしまった。

 

 

───逃げ出したい。

 

 

けれど、それは解決と反対の結果しか齎さない事を愛自身理解している。

愛の足取りは、重くなる一方だった。

 

 

 

階を上がり先に教えて貰っていた目的の部屋の前に付く頃合いで、反対側から茶色の大きい紙袋を両手に持った雁庵の秘書を務めている早坂正人が歩いてくるのが見えた。

 

 

 

『早坂、どうしたの?』

 

『これはお嬢様。

お見苦しい姿をお見せしまして。』

 

 

かぐやは本当は「おじ様」と呼びたいのだが、他の護衛などは居る時は「早坂」と呼び捨てにする様に正人に窘められたのだ。

早坂家は、というよりは四宮家の家族・親族内でもやっかみや牽制は激しい為に、長きに渡って秘書を務めている正人に、かぐやが親しい態度を他者の前で取るのは余計な軋轢や策謀にかぐやを巻き込む恐れがある為、あえて呼び捨てを希望したのだ。

 

ちなみに、監視受け入れという建前で、早坂夫妻にはこの時点では未来の御行とかぐやの会社で社外取締役を務めて貰っている。

 

監視の目より、正人の「雁庵の秘書」としての経験やノウハウを御行が取ったのだ。

 

しかしながら、今かぐやと愛の二人が気になるのは、その正人が両手に持っている茶色の紙袋から覗いてる白い紙袋と、病院には場違いな香ばしいパンの香りだった。

 

 

 

『ご無礼致します。』

 

 

二人の視線に気が付いた正人が、そう言うと咳払いを一つする。

それに合わせて、準備していた病室の前に立つ護衛が素早く扉を開けると正人が素早く病室内に入る。

 

扉が締められ何やら室内で話し声が聞こえるが、あの素早い動きはかぐや達が見てはいけない物を見てしまった様に感じられた。

 

 

 

『・・・出直しましょうか。』

 

『・・・そう、ですね。』

 

 

二人が回れ右をして元来た廊下を戻ろうとしたタイミングで、再び扉が開けられた。

 

 

 

『お嬢様、お待たせ致しました。

こちらへどうぞ。』

 

『し、失礼します。』

 

 

正人の案内で室内に入ったかぐやと愛は、病室とは思えない広々とした室内のテーブルに先程の紙袋が置かれているのを見る。

変わらず、パンの香ばしい臭いが室内を満たしている。

そのテーブルの向かい側に設置されたベットに腰掛けて、雁庵が病衣姿で苦笑いといっていい、バツの悪い表情をしていた。

 

 

 

『お父様、お邪魔ではなかったでしょうか?』

 

『いや、いい。

・・・見られてしまったか。』

 

『お父様、これはどういう?』

 

『昼餉にしようと思ってな、買いにやらせた。

・・・実はな、俺はパンの方が好きなんだ。』

 

『・・・そうだったんですか。

考え至りませんで、申し訳ありません。』

 

『いや、お前が作ってくれたのは楽しめた。

前に少し寝込んだ時があったんだが、それ以来殆ど和食にされてな。

栄養士に言われたとかで、味気なくてな・・・。

大体極端でな、気に入ったと言ったら毎日それにされる。』

 

『・・・お父様もご苦労なさっているのですね。』

 

『早坂には偶に買いに行かせてる。

そんなに量が食べたい訳では無いが、少しはな。』

 

『どうぞ、準備できました。』

 

 

内心、雁庵の悩みは贅沢な悩みだなとかぐやは感じる。

かぐやと雁庵の二人が話し込んでる間に、買ってきたパン類を一口サイズに切り分けて揃えた皿を、正人が備え付けの簡易キッチンから運んできた。

手際の良さから毎回させられているのだろうと、かぐやは心の中で正人に頭を下げる。

 

愛はいつの間にか動いていて、かぐやと雁庵の二人分のコーヒーを淹れて運んできてくれた。

簡易キッチンに場違いなコーヒー豆の袋が置かれていたのが目に止まり、京都本宅で仕入れていた雁庵の好みの情報と一致したので、パンならばコーヒーだろうと正人に許可を貰い準備したのだ。

 

動いていないと嫌な事ばかり考えそうなのだ。

 

 

『お前も、どうだ?』

 

『頂きます。』

 

 

暫し、親子の団欒の時間が流れる。

 

 

 

『お父様、そろそろ・・・。』

 

『そうか、そんな時間か。

あまり、学業を疎かにするなよ。

来てくれるの嬉しいがな。』

 

『戒めとします。』

 

 

かぐやが見舞いの為に学校を休んだ事は、雁庵は咎める気は無い様だった。

 

 

 

『あの、それで少しお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?』

 

『なんだ?』

 

『以前お願いしましたテレビ電話の事なのですが・・・。』

 

『ああ、あれか。

早坂、どうなっている?』

 

『お部屋に準備できております。』

 

『だ、そうだ。』

 

『ありがとうございます。

では、お帰り頂いた時にお電話を。』

 

『そうしてくれ。

楽しみにしておく。』

 

『はい、私も楽しみにしてます。』

 

 

 

どっかの誰かさんが盗聴するだろうなと、諦めと期待をかぐやは持っていたりはする。

愛の任務が解除された以上は代わりに他の者にやらせるか、盗聴などの手段を使ってくるのは容易に想像でき、既に前科があるのだから。

間抜けにも証拠を残してくれるか、こちらの誘導に乗ってくれればやりやすい。

かぐやはそう考えていた。

雁庵の病室を辞して奈央の病室に向かったかぐやと愛は、病室前の護衛達が妙な空気を醸し出してる事に二人して首を傾げる。

先程はいい意味で緊張感があったのだが、少し緩んでいるというか目が泳いでいる者や、頬が僅かに痙攣してる様に動いている者もいる。

 

 

 

『あの、何かありましたか?』

 

『こ、これはお嬢様。

いえ、何も起きてはいないのですが・・・。』

 

 

動揺と歯切れの悪さにかぐやと愛は困惑する。

その時、奈央の声が聞こえた。

 

 

 

『声が小さい!』

 

 

突然の奈央らしからぬ言葉に、かぐやは扉に張り付いて聞き耳を立てる。

入っていくのは憚られる雰囲気が扉越しに伝わってくる。

 

 

 

『私の部屋で、グチャグチャくだらない口喧嘩してんじゃないわよ!

こっちは怪我人だって解ってんの、あんたら!!』

 

 

───これは不味い。

 

 

あの時、幼いかぐやがおもちゃを投げて、愛の目に当たりそうになって激高した時の奈央の姿が、かぐやの脳裏をよぎる。

 

 

 

『で、扉に張り付いて中を伺ってるのは、誰だい?

入ってきな!』

 

 

───あ、バレた。

 

 

瞬間、かぐやは周りを見回すが、愛は顔面蒼白になっていて、四宮家・四条家の両家護衛達は知らん顔を決め込み、目を合わせようとしない。

愛が顔面蒼白になっているのは、かぐや同様に奈央に本気で怒られた経験があるからだ。

諦めたかぐやは、扉をゆっくりと開けて奈央の病室内に入るが、とんでもない光景を目にする。

ベットに腰掛けた奈央の前に、床に正座させられた雲鷹と真琴が奈央に向かって頭を垂れていたのだ。

かぐやから見える角度だけだが、左側の頬が二人共赤くなっていた。

 

 

 

『あら、かぐや様。

お恥ずかしい姿をお見せしてしまって、申し訳ありません。』

 

『ああ、かぐやか・・・。』

 

『やぁ、かぐや君・・・。』

 

 

ついさっきまでの口喧嘩の勢いは鳴りを潜め、雲鷹と真琴は力なく顔に張り付いたといっていい形だけの笑顔をかぐや達に向ける。

 

 

 

『な、奈央さん。

私はおじさんの方にも見舞いに行かないといけないんだが・・・。』

 

『お、俺もだ。

顔出さねえと、親父が、な?』

 

『・・・チッ。

仕方ないわね、二人ともいっていいわよ。』

 

『そ、それじゃ失礼するよ。

かぐや君、またね。』

 

『後は任せた。』

 

 

二人してそそくさと奈央の病室を後にする。

かぐやと愛は、唖然とするしかなかった。

 

 

 

『まったく、あの二人は・・・。』

 

『な、奈央さん?

肩は大丈夫なの?』

 

『ええ、ご心配には及びません。

暫くは静養せよと命じられてますから、じっくり直します。

天気のせいか、最近はあちらこちら痛みますから、ゆっくり治させて頂きます。』

 

『そうですか。

ところで、四条のおじ様と大分親しいみたいでしたが?』

 

『そういえば、申し上げていませんでしたね。

私と雲鷹様、四条様は同級生なんですよ。』

 

『・・・えっ?』

 

『・・・ウソ。』

 

『あのお二人は普段は大人しいんですが、時折じゃれ合うといいますか、悪ふざけが過ぎる時がありまして。』

 

 

「それで、正座させていたの?」とかぐやと愛は思ってしまった。

三人の力関係が伺い知れる。

 

 

 

『昔はあんな感じではなく、お二人共可愛らしいかったんですけどね・・・。

目を離した間に邪な人達の影響を受けてしまった様で。』

 

 

「目を離した間に」って、母親の視点で見ている。

二人は奈央さんには子供にしか見えないのかしら?と、思ってしまう。

 

外の護衛の気配も減り、愛がかぐやの目配せを受け念を入れて確認すれば、一人しか護衛は居ない状況になっていた。

更にそこに、愛が扉の側に立ち万全を期す。

 

 

 

『その事の詳しい事を聞かせて貰えますか?』

 

『解りました。

どこからお話しましょうか・・・。

 

かぐや様は、雲鷹様が秀知院のOBだという事はご存知でしたか?』

 

『・・・お兄様は、ご自分の事は殆ど教えてはくれませんでしたから。』

 

 

直前にかぐやの再従兄弟に当たる四条真琴と、兄である四宮雲鷹が奈央に正座をさせられている衝撃の姿をかぐやと愛は見てしまい、その経緯を奈央に教えて貰っている。

出入口付近に控える愛は、実母に畏怖と尊敬の眼差しを向けている。

四宮家の三男と四宮家に匹敵する四条グループの代表を叱りつけ正座させるなど、やはり母は只者ではないと再認識しているのだ。

 

 

『私は、当時は雲鷹様の近侍として、雲鷹様と同じく秀知院に籍を置かせて頂いてました。

今のかぐや様と私の娘と同じ状況です。

そして、同学年に四条様も居られたのです。』

 

『それで、学友として親睦を?』

 

『親睦・・・、とは言い難い状況でした。

当時は部活動もクラスも別で接点もなく、お互いに距離を置いていましたから。

 

・・・ただ、ある程度接する切っ掛けになった出来事がありました。』

 

『それは、どういう?』

 

『四条様のご学友の方が生徒会長に立候補されるという事で、私も少しお手伝いを。

確か、二年次の二学期でしたか。

その頃から、私を介して雲鷹様とも。』

 

『先程の様子では、かなり親しい様でしたが?』

 

『・・・顔を合わせると、口論になるんです。

どちらからともなく、憎まれ口から売り言葉に買い言葉になってしまって・・・。

毎回に近いぐらい言い合いになります。』

 

『・・・それで、奈央さんがいつも収めているんですか?』

 

『不本意ながら。

不干渉に徹した時もありましたが、酷くなる一方で収拾が付かなくなりまして。』

 

『・・・そうだったんですか。』

 

 

会話が途切れて、暫し沈黙が流れる。

 

自分達の時と同じく「密告」は娘達の問題である以上、踏み込むべきではない奈央は考えていた。だが、先達として経験者として、何より二人共娘として育てた者として、何もしないという選択肢も取り難かった。

 

 

 

『・・・かぐや様は、よろしいでしょうか?

娘の事を、いつお気付きに?』

 

『・・・藤原のおじ様の言葉を受けて、もしかしてと思って・・・。

確証があった理由ではありません。』

 

『・・・そう、ですか。』

 

 

かぐやの返答に引っかかるものがある奈央だが、あえてそのままにする。

いづれ話しては貰えるだろうと考えて───。

 

 

 

出入口横に控えてる愛は、奈央が見ても思い詰めている顔をしている。

表面的には平静を装っているが、内心は葛藤と後悔に荒れ狂っているのだろう。

 

 

 

───あの時の自分の様に───

 

 

 

そんな愛の姿を見た以上は言わねばならないと思える。

それが母として、先達として、碌でも無い務めの正体を知りながら、かぐやの近侍を務める為に送り出した者としてのせめてもの、出来る事だろうと。

 

無論、早坂家に、奈央や愛に拒否など出来もしない事柄ではあるが、それは問題ではない。

 

 

 

『・・・かぐや様、勝手なお願いではありますが、聞いて頂けますか?』

 

『私が聞ける程度であれば・・・。』

 

『・・・娘は務めを果たしただけです。

責めるなら、私どもを責めてください。』

 

『ママッ!』

 

『愛!

今は、聞いていて。』

 

『・・・続けてください。』

 

『早坂の家は、元からこの種のお務めを果たしてきました。

娘が生まれ、かぐや様が生まれた時、それ以前に私のお腹にこの子が来てくれた時から、こうなってしまう様に決まったのです。』

 

『・・・そう言い切ってしまう事は、悲しい事ではありませんか?』

 

『・・・ええ、そうです。

ですが、それでも務め上げねばなりません。

それが、早坂の家に生まれた「業」なんです。

ですから、どうかかぐや様には、責めるならば私達を。』

 

『・・・聞けない話です。』

 

『・・・。』

 

『・・・かぐや様。

母と、少し話をさせて貰えませんか?』

 

『愛・・・、

 

解ったわ。

 

外に居るわね。

 

奈央さん、少し外します。』

 

 

そう告げると、かぐやは病室を後にする。

外に出る前に、かぐやと愛は視線を交わす。

愛が見たかぐやの瞳には嫌悪や憎悪の色は無かった。

ただ、憂う様な哀しみの色を帯びていた。

対してかぐやが見た愛の瞳は、自分の気持ちを抑え込んだ時の沈んだ瞳だった。

 

かぐやに代わって、愛が奈央のベット際に立つ。

 

 

 

『・・・ママ、庇ってくれて、ありがとう。

 

・・・でも、

 

・・・それなら、もっと早く・・・。』

 

『・・・愛・・・。』

 

『知ってたんでしょ?

 

・・・私が、命じられた事・・・。』

 

『知りはしなかったわ・・・。

 

ただ・・・、

 

私も同じ役目をやらされたから、なんとなく・・・。』

 

『・・・十年以上だよ。

 

かぐや様の側で、かぐや様を裏切り続けて・・・。』

 

『・・・。』

 

 

奈央は、愛に何と声を掛けていいか解らなかった。

 

「お役目」だと押し通す事は逆効果だ。

慰めを愛は求めてはいない。

我が子ながら、聡い子であるから自分を納得させようとしている。

命じられたとはいえ、裏切り行為は自分の判断でしてきたのだから。

 

だが、それでも、愛は言わずには、叫ばずにはいれない。

 

 

 

───どうして!?

 

───なぜ、私なの!!?

 

 

 

自分がそうだった様に・・・。

 

そして、

 

最も知られたくない人に裏切りを知られた。

 

愛が逃げ出さなかったのは、逃げても何の解決にならないから。

それは、諦めだった。

自分は断罪と贖罪の為に居続けなければならない。

そう考えていた。

 

どちらともなく、二人は涙を流していた。

 

 

 

───「こんな事になるなら私なんか産んで欲しくなかった。」

 

 

 

喉から出そうになっている言葉を、愛は泣きじゃぐりながら必死に自分の中に押し留めている。

その堪えてる様を涙ながらに見つめる奈央は痛みを堪えながら、自分を邪魔する痛みを無視する様に身体を捻り無理矢理動かし、右腕で愛を抱き締める。

迷子の我が子をやっと見つけた時の様に。

 

 

 

『愛、ごめんね。』

 

 

母親からのその一言が愛の理性を黙らせ、荒れ狂い出口を求めていた感情を吐き出させた。

室内には母娘の泣き声だけが響いていた。

 

扉の外で背中越しにその声を聞いていたかぐやは、陰鬱な気持ちになっていた。

 

 

───四宮の家は、どれだけの人の犠牲の上に成り立っているのだろう───

 

 

他ならぬかぐや自身が愛を犠牲にし、その献身を糧に生活してきた。

愛だけでなく、他にも多くの人々にかしずかれて生活してきた。

それに気付かず、学生時分は兄達を軽蔑してきたが自分も同類でしかない。

自分の迂闊さに苛立ちしか覚えない。

 

 

一人付いていた護衛はかぐやのただならぬ気配と、室内から漏れ聞こえてくる泣き声に知らぬ顔を決め込みつつ、かぐやと病室に背を向けて三人に邪魔の入らぬ様に廊下に眼光を光らせていた。

 

やがて、昼ご飯の配膳係の者が来たが護衛は配膳係を止める。

 

 

 

『少し、後にしてくれ。』

 

『すいませんが、他にも配膳がありますので。

患者さんに飲み薬も処方されてますから、その説明もしないといけません。』

 

『解るが、少し待ってくれ。』

 

 

護衛と配膳係の話し声で現実に意識を戻したかぐやが、慌てて対応を引き継ぐ。

 

 

 

『ごめんなさい、ありがとう。

 

家族の者ですが、そのお薬の説明と配膳は私がしても構わないかしら?』

 

『ええ、まあ、構いませんが。

どういった間柄ですか?』

 

『娘です。

姉が母の身体を拭いてますので、

後は妹の私が。

すいません、教えてください。』

 

 

配膳の台車を押していた配膳係から奈央の昼食と飲み薬を受け取ると、その場で薬の説明を暗記したかぐやに託して配膳係は台車を押してエレベーターホールに戻って行く。

 

 

 

『よろしかったのですか?』

 

『あの方のお仕事を邪魔するのも悪いわ。

貴方も、ありがとう。』

 

 

気を回した護衛にそういうと、かぐやは奈央の病室をノックする。

差程間を置かず、愛が扉を開ける。

 

廊下の状況を把握していたのだろう、愛の纏う雰囲気は仕事のそれに変わっていた。

 

 

 

『奈央さんのお昼と飲み薬です。

お願いできるかしら?』

 

『ありがとうございます。』

 

 

言葉少なめに返答し、愛は奈央の食事と飲み薬をかぐやから受け取ると、室内に戻る。

目を合わさない様にしてるのは、泣き腫らした顔を見せたくないのだろうと思える。

 

 

 

『では、引き続きお願いします。』

 

 

あの様子では暫く掛かりそうだと判断したかぐやは、扉が静かに閉まっていくのを見届けると護衛に後を任せ、病室から程近い自販機のある休憩コーナーで休む事にして歩き始める。

 

二人の時間を邪魔する気持ちは微塵もない。

 

お昼時ではあるが、雁案から勧められたパンを食べたお陰で空腹を感じてはいない。

この階の奈央と上の階の雁庵以外は入院患者はいない様で、廊下には四宮家の護衛以外に人影はいない。

 

自販機で水を買ったかぐやは、設置された長椅子に腰を降ろす。

他人はいいのだろうが、かぐや自身は缶コーヒーやペットボトルのお茶などは、どうにも口に合わない。

舌触りにざらつきがあったり、余計な苦味や渋味に強い甘味など、かぐやの好みには合わないのだ。

水を飲みながら意図的に思考を呆けさせていると時を告げるチャイムが聞こえて、目に入った壁掛け時計の針は午後一時を指していた。

 

流石に明るすぎる時間帯と身体は未成年ではあるが、今は強いアルコールが欲しい心境ではあった。

 

余談だが、かぐやは白銀御行を愛してるが幾つか嫌な点がある。

 

その一つが、御行がコーヒー党である事。

 

かぐやもコーヒーを飲むので、コーヒー自体が嫌いなのではない。

 

問題なのは、その臭い。

 

夫である御行がトイレに行った後は、一定時間は間を空けてから十分な換気と消臭をしないと、トイレがコーヒー臭い。更に、カフェイン中毒気味の御行はカフェインの作用でトイレが近い。

従って、臭いが抜けないまま上書きされる。

為に、家ではかぐやは意図的にトイレを我慢する。

 

しかし、ある時かぐやは気が付いた。

 

 

───私もコーヒー臭いのでは?

 

 

本当は臭うけど、御行さんは私に遠慮して我慢して言わないだけで・・・。

 

それから、かぐやとコーヒー臭との戦いが始まった。

 

トイレ掃除の回数を増やし、臭いを消す機器や消臭剤などの商品を多く試して、試行錯誤を繰り返して何とか臭いを撃退した。

 

 

───好きな人に、コーヒー臭いなんて思われたくない。

 

 

その一心だった。

 

 

しかしながら、かぐやは段々とお腹が空いてきた。

雁庵から貰ったパンの量は片手程の大きさしかなく、いくら少食気味であっても普段の食事量の1/5〜1/4程では、胃の準備運動になってしまっていた。

少しは消化の足しになる物をと自販機を見てみるが、そこに意外なものを発見してしまう。

 

 

「カニ風味の和風出汁の雑炊」

「松茸のお吸い物風スープ」

 

 

商品名からおかしな日本語になっているが、味は想像しやすい。しかし、コーンスープなどではなく出汁とは、病院ならではというラインナップなのだろうか?と首を傾げたくなるが、躊躇いはあるがおかわりを求めてる胃に送り込もうと意を決して買ってみる。

 

出てきた缶のプルタブを立てると、芳醇で美味しそうなカニの匂いがかぐやの鼻に訴えてくる。

一口飲むと昆布出汁とカニの風味が口いっぱいに広がり、遅れて柔らかくなったお米が舌に当たる。

主人に抗議していた胃は、それらを送り込まれると満足したのか、抗議をやめた。

少し尖り気味の味と舌触りながら悪くはないと、かぐやは飲み干してしまった。

 

 

 

『なかなか美味しいわね。

缶コーヒーの代わりに差し入れに使えそうね。』

 

 

メーカー名を確認しながら、かぐやは独りごちる。

 

ついで、「お吸い物風スープ」という変な日本語になっている商品も飲んでみる。

こちらは松茸の風味が一応するが、椎茸の方が正しい様に思える。

面白い話ではあるが、栽培方法が確立され大量生産されるまでは椎茸の方が高級品で、松茸はそこらにある価値の低いキノコ扱いだった。

今日では逆の扱いになっているが、椎茸の方が余程有用だと主婦目線のかぐやは思っている。

 

一服したかぐやを、今度は満腹感から午睡が襲い始める。

うつらうつらし始めたかぐやに声を掛けてくる人物が居た。

 

 

 

『お嬢様、こちらでしたか。』

 

『あぁ、おじっ、・・・どうしたの、早坂?』

 

 

休憩室に居たかぐやは、空腹感を紛らわせる為に飲んだ自販機の缶スープで、予想以上の満腹感を得られた為に午睡に襲われていたが、正人に声を掛けられて急いで睡魔を追い散らして体勢を立て直す。

思わず、「おじ様」と言いそうになってしまい言い直すが、正人は目元が柔らかくなる。

 

 

 

『いえ、お一人のご様子でしたのでの。

申し訳ありません、不出来な娘でお嬢様をお一人にするなど。』

 

『・・・いえ、考え事をしたかったので席を外して貰っていたんです。

奈央さんに付いておく様にとも申し付けましたし。』

 

 

常にかぐやの側に居る筈の正人の実娘でかぐやの近侍を務める早坂愛の姿が見えず、役目を放棄して離れていると正人が解したと判断したかぐやは咄嗟に辻褄合わせの言い訳をする。

恐らく、奈央の病室での出来事はまだ把握しては居ないだろう。

伝わっているとすれば、愛の「密告」の役目が終わる事だけだろうか・・・。

 

 

 

『そうだわ、聞きたい事があったのだけど、いいかしら?』

 

『何でございましょう?』

 

『お父様、偏食なの?』

 

『・・・パンがお好きなのはお若い頃からと聞いております。』

 

『どの種類が好みかしら?

惣菜パンやデザートみたいのや、食パンやバスケットとか。

暫くは行けないから、冷凍で送りましょうか?

長持ちしますし、解凍すれば結構食べれる上に、これから寒くなるから丁度良いのだけど。』

 

『お嬢様、お詳しいですね。』

 

『一昨年までは知らない事ばかりでしたけど、高校生にもなって世間知らずだと会話が続け辛くて・・・。』

 

『そうでしたか。』

 

『それで、お父様の好みは?』

 

『そうですね、アンパンはお好きですね。

クリームパンや流行りの物はあまりお好きではない様ですね。

食パンとバターはこだわっておられますね。

濃く淹れた緑茶と合う物をお出ししております。』

 

『おっ・・・、ごめんなさい。

今だけ「おじ様」と呼んではダメかしら?

言いにくて・・・。』

 

『・・・構いませんよ。』

 

 

以前のかぐやは、知識としては把握しているだけで、現物は知らなかった。

学生生活を送る内に、実物に接する機会が増えたのだ。

正確には、想い人の白銀御行の好みを調査したり、友人の藤原千花に激辛エクレアを食べさせられたりと、色々経験した結果である。

特に激辛エクレアは見た目はおかしくなかったが、チョコレートに唐辛子が混ぜられていたり中のクリームがマスタードと和辛子が混ぜられているなど、見た目を裏切る凶悪な辛さで千花に厳重抗議した程だった。

 

思えば、あの頃から千花に振り回されて精神的にタフになった気がするが・・・。

 

激辛エクレアは注文販売だが市販されていた為に、二重に驚いたが。

千花の言い訳としては、家族とのゲームの罰ゲーム用エクレアを間違えてかぐやに出してしまったとの事だったが、あれから千花が勧めてくる物に警戒心が働く様になってしまった。

 

二人が話し込んでいると、正人が背後に顔を向けた。

次いで複数の足音が聞こえて、二人は話を中断して廊下を注視する。

護衛と共に現れたのはかぐやの再従姉妹の四条真琴だったが、かぐやを視界に収めると進路を変えて休憩室に入ってきた。

 

 

 

『やあ、かぐや君。

ここに居たのかね?』

 

『はい、少し疲れてしまいましたので。』

 

 

素早く正人は脇に移動して道を開け、かぐやも立ち上がり居住まいを正す。

 

 

 

『まぁまぁ、そんなに畏まらないで。

ところで、かぐや君。

さっきは、何か、見た、かな?』

 

 

遠慮なしに近付きかぐやの両肩に両手を置いた真琴は、口元は笑っているが目は笑っておらず、言外に暗に奈央の病室での出来事を口外しない様に、かぐやに釘を刺す意味合いが滲み出ている。

しかしながら、当の真琴の後ろに居る護衛達は口元や目が笑っていて、釘を刺すならそっちじゃないか?とかぐやは思ってしまう。

 

 

 

『なっ、何の事でしょう?』

 

『うん、良い子だ。

君は出世するよ。

私が保証する。』

 

『嫌ですわ、おじ様。』

 

 

とりあえず真琴に話を合わせて曖昧な返事と愛想笑いでかぐやは流すが、そんな真琴の態度に傍らに居る正人は片眉が反応してしまう。

 

 

 

『まあ、その話は冗談だが、少し君に聞きたい事があってな。

 

 

 

・・・学校で何があったんだ?』

 

『・・・どういう事でしょうか?』

 

 

急に声を低く潜めかぐやに耳打ちする程に顔を近付けた真琴は、小声で話を続ける。

 

 

 

『・・・眞妃が部屋から出てこないんだ。

昨日は目を赤くして帰って来てそのまま部屋に入ってしまってね。

私や帝が呼び掛けても、返事もしないんだ。

こんな事は初めてだ。

何か、知らないか?』

 

『・・・。』

 

 

───さて、困った。

 

 

連絡が付かないのはかぐやもで、眞妃の心情を考えると真琴に原因と思える事を告げる訳にはいかない。

 

 

 

『相済みません。

クラスが違いますので、私も把握していなくて。』

 

『そうか、君も知らないか・・・。

帝も心当たりが無いと言ってたからな・・・。

まあ、例え娘でも女性の事情を詮索するのは野暮だな。

解った、ありがとう。

それでは、私はこれで失礼するよ。』

 

『奈央さんのお見舞い、ありがとうございます。』

 

『・・・彼女とは、長い付き合いだからな。』

 

 

そういうと真琴は温和な笑みを浮かべるが、その眼光は正人を一撫でしていた。

四宮家と四条家の関係を考えれば見舞いに真琴が来てる事自体がありえない事であり、白銀かぐやが経験した歴史では幼少期以外で四条真琴に会う事は無かった。

父親の雁庵の葬儀も法事でも、かぐやは真琴と会う事は無かった。

 

 

 

『ところで、おじ様。

最後に一つお聞きしたいのですが、奈央さんの事はどちらで?』

 

『かぐや君。

片田舎ならともかく、日本の東京にどれだけの「目と耳」があると思っているんだね?

 

 

・・・映画鑑賞もあまり派手だと目立つよ。』

 

『・・・ご、ご心配ありがとうございます。』

 

 

最後は小声で忠告する様な言い草だが、暗に一学期に白銀御行を偶然を装って映画館で遭遇した様に偽装し、そのまま映画館デートした(一列違いの席の為にデートしたのか微妙な判定)事を示唆している。

当然、見られたくないものを見られた(直接でなくても把握されていた事に)事にかぐやは忘れていた羞恥心を呼び覚まされて赤面する。

 

 

 

『妹で遊ぶな、見舞いが終わったんなら帰れ。』

 

 

苦々しげな表情と口調で、護衛を伴って登場したかぐやの兄である四宮雲鷹が横槍を入れる。

 

 

 

『失礼だな。

親睦を深めていただけだよ。

それより、君こそその貧乏ゆすりは何なんだね。』

 

『うるせい。』

 

 

言い返された雲鷹も落ち着かない様子だが、言い返した真琴も深呼吸を始める。

二人して何処かおかしな様子で、かぐやと正人は首を傾げる思いでいた。

 

 

 

『あの、お兄様?

何かあったんですか?』

 

『別に何もねぇよ。

・・・お前は気にしなくていい。』

 

『そうだよ、かぐや君。

余計な影響を受けないで、君は今のままでいいのだからね。』

 

『・・・おい、行くか?』

 

『・・・ああ、行くとしよう。』

 

 

何の事かさっぱりなかぐやと正人を残して、真琴と雲鷹は廊下を進んでいく。

見送るかぐやの目には、両人の護衛達の目や口元が笑っているのは不可解に映る。

 

 

 

『・・・まったく、家内は熊かなんかじゃないだがな。』

 

 

嘆息する正人の小声の一言でかぐやは理解する。

これから、奈央の病室を二人は再度訪れるつもりなのだと。

 

 

 

───あそこまで緊張するなら行かなければいいだろうに、とは思うかぐやだった。

 

二人残されたかぐやと正人は、最初にかぐやが、次いでつられて正人もクスクスと笑い出した。

雲鷹と真琴、二人の緊張してる姿がおかしかったのだ。

本当は奈央と愛の二人の時間を邪魔してほしくはないが、昼食と薬を渡した時の様子から大丈夫だろうと判断した。

 

それより、かぐやは滅多に機会のない正人と二人になれたので、聞きたい事があった。

 

 

 

『面白いものです。

あのお二人が奈央さんに頭が上がらないなんて。』

 

『妻は、お二人とは長い付き合いと申しておりました。』

 

『おじ様、ごめんなさい。

兄のせいで、奥様が怪我をする事に・・・。』

 

『・・・お役目を果たせて、私は妻を誇りに思っております。』

 

『・・・ありがとうございます・

もう一つ、おじ様に不快な思いをさせてしまうと思うのですが、聞きたい事があるんです。』

 

『・・・何でございましょう。』

 

『私が変わった記憶力を持っている事はおじ様も知ってると思いますが、その記憶力である事を覚えているんです。』

 

『・・・。』

 

『・・・私は、愛さんにおしめを替えて貰った記憶があるんです。

それも一回ではなくかなりの期間の、です。』

 

『・・・娘は、お嬢様とは一歳近く歳が離れてますから・・・。』

 

『いいえ、私の記憶の中の愛さんは自分の足で立って、一歳ぐらいの容姿ではなかったです。

もう少し大きく見えました。

おじ様、私と愛さんは本当に一歳未満しか離れていないのですか?』

 

『・・・思い違いです。

では、ご納得頂けないでしょうか?』

 

『・・・残念ながら。』

 

『・・・そう、ですね。

 

暫しお待ち下さい。』

 

 

そう告げると、正人はかぐやを残し休憩室を後にする。

 

かぐやは記憶力に優れているが完全記憶の持ち主ではない。

 

 

───「直観像記憶」

 

 

カメラアイとも呼ばれる見た瞬間の情景や感情などをそのまま記憶し、思い出す事が出来る記憶力が優れている。ただ、あくまでかぐやは優れているだけで、興味のない事は忘れてしまう。

 

一般的に、五歳ぐらいまでの記憶は九歳ぐらいまでで殆ど思い出せなくなる。

かぐやの場合は全てを覚えている訳ではなく、印象深かった瞬間を中心に忘れがたい記憶として良い場面も悪い場面も思い出せてしまう。

大部分の幼少期の記憶は、かぐやにはトラウマに近い思い出したくない記憶である。

オシメの件の相手である愛自身は、もう覚えてはいなかった。

奈央に訪ねた事もあるが答えは得られなかった。

その為、正人に問うたのだ。

 

正人が戻ってくるまでの間、かぐやは本当に聞くべきだったが、聞かない方が良かったか、内心は葛藤していた。

愛本人も知らない秘密を知り得ても、それは何の意味があるのだろう?と。

 

それほど待たされたとは思わなかったが、正人が休憩室に再び現れるまで三十分を要していた。

 

 

 

『お嬢様、お待たせ致しました。

ご当主様に許可を頂かなければいけなかったもので、お時間を頂きました。

 

・・・少し、昔語りにお付き合いください。』

 

 

正人はかぐやにそう前置きをすると、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 

『・・・当時、私は早坂家の中で立場の弱い人間でした。

奈央は私より強い立場で接点はありませんでした。ただ、その頃の奈央は荒れていました。

丁度、雲鷹様付きの任を解かれた時期で、私は奈央の次の任務のサポートに付けられました。

 

・・・最初はかなりしごかれました。

 

それから、仕事上の接点から接する機会が増えて、彼女の苦悩を知る事が出来ました。』

 

『・・・。』

 

『そうして、私達は夫婦になる誓いを結び、愛を身籠った彼女と私は早坂家を出ていこうとしました。

私と彼女とでは不釣り合いと家の者達に反対されて、「身分違いの恋」と揶揄されました。』

 

『そんな・・・。』

 

『その時に、どうゆう経緯かでは解りませんが、私はご当主様の秘書に選ばれて彼女と会う事もままならなくなりました。

 

恐らく、身重の奈央だけならば説き伏せるなり出来ると家の者達は考えたのでしょう。

 

愛を産んだという知らせだけは聞けましたが、会う事は出来ず・・・。

 

引き離される前に奈央のお腹の子の名は「愛」と二人で決めていましたので、彼女なら名付けてくれると確信はしていました。

 

 

 

・・・あの頃は、どうやって奈央と愛に会うか、その方法ばかり考えていました。

 

そうこうしてる内に、彼女が愛を抱えて私に会いに来てくれました。

初めて自分の娘を抱いて、何もかもどうでもよくなりました。

ただただ、奈央と愛を守りたいとそのまま二人を連れて仕事も何もかも放り出して行こうとしたんです。

 

・・・若かったのですね。』

 

『そんな事はっ!』

 

『・・・ですが、事実です。

当時の私には力が無く、奈央との婚姻届も愛の出生届も出せない状態だったのです。』

 

 

あまりの事実に、かぐやは息を呑む。

 

 

 

『奈央達と会った晩は、私はご当主様に付いて京都の祇園に居ましたが、そこに奈央が愛と来てくれたのです。

 

丁度、夜の雨が降り出した時でしたが、ご当主様の送迎用の車に二人を乗せる訳にもいかず、近くの建物の軒下で二人を雨宿りさせている間に傘を買いに走ったのです。

近くに八坂神社の門前のお店があったので、そちらに行きまして。

 

傘を買って急いで戻りましたが、二人の姿はありませんでした。』

 

『そんな、まさかっ。』

 

『その時にある女性に声を掛けられまして、二人を知り合いの家に雨宿りさせているからと場所を教えて貰って、会いに行きました。

雨宿りさせて貰った家の方々にも良くして貰いまして、その晩はそこに二人を泊めて貰いました。

翌日以降は、私の権限で確保できたホテルに二人を匿ったのですが、私が会っている時に早坂家の者達に見付けられてしまい二人は連れ戻されそうになりました。

 

奈央が愛を連れて来たのは、愛を養女として奈央から引き離し一生会えなくなると知って、せめて私に愛を抱かせたいと思ったからと。

その後で、奈央は彼女の家の縁から海外の親戚を頼って日本を出国するつもりだとも聞かされました。』

 

 

あまりの事実に、かぐやは声も出なくなる。

正人は淡々と話を続ける。

 

 

 

『自分の力の無さを心底恨めしく思いました。

ですが、何故か早坂家の者達は奈央達を連れて行くのを止めて、何も言わずに引き上げたのです。

当人達が動揺し混乱している様子は私達夫婦にも解りました。

 

・・・後から知ったのですが、その時に雨宿りをさせて貰い宿を貸して頂ける様に手配してくださった女性は、かぐや様。

貴女のお母様だったのです。』

 

『・・・お、お母様がっ!?』

 

『夜の街で子供を抱える訳ありの女性は珍しくないと仰られて。

ただ、奈央が昔の友達に似ていたから思わず声を掛けてしまったと・・・。

 

名代竹様がご当主様に私達の事をお話された事で、ご当主様が間に入って下さり、愛は私達の娘として正式に出生届を出せて私達も夫婦になりました。

そのせいで、愛の出生が書類上は一年程は実際の月日とズレているのです。』

 

『・・・そう、だったんですか。』

 

『・・・この事はいつかは愛に話さなければと思いながら、今日まで来てしまいました。

 

その後、ご当主様はかぐや様のお母様、名代竹様と仲を深められてかぐや様がお生まれになり、奈央が乳母を、愛が近侍を拝命致しまして今日に至るのです。

 

・・・名代竹様の事は、後悔しかありません。

 

あの時、名代竹様に助けて貰えなければ私達親子はどうなっていたかは解りません。』

 

『・・・ですが、

 

そのせいで愛とおじ様達は家族の時間を持てず、愛は密告の役目を押し付けられる事になりました。

私にもっと力があれば、もっと早くに。』

 

『・・・私は、これで良かったと思っています。

 

娘は、愛は自分で十分判断でき生きて行ける強い子に育ってくれました。

あの時の私達の様に、翻弄されるだけの人間にならない様に。

 

・・・早坂の家も私達も見限って捨てて行ってくれる程に、強く育ってくれました。』

 

 

 

かぐやの正面に立ち話をしてくれていた正人は、一瞬遠い目をする。

まるで、自分自身に言い聞かせる様に、その表情は哀愁を帯び右手は拳になり強く結んでいた。

かぐやは、掛ける言葉が見つけられなかった。

 

ただ、正人の言う「強く育って」とは愛が習得したスキルや身体能力の事だろうとは思える。

今の時点では将来の話だが、兄達の行ってきた悪行や、大人になった後に藤原千花の依頼で行った調査等、愛が突き止めた「事実」はかなりの精度と危ない情報だった事を思うと、荒事を担ってきた早坂家内でも上位の教育を受けていたと考えられる。

 

 

 

『・・・名代竹様は、ご当主様に仰っしゃられたそうです。

 

「「国家の心臓の四宮家」等とお高く止まっていても、ご自分の側にいる人の苦悩も苦境も解らない人では、私は願い下げです。」

 

ご当主様は、その気っ風の良さに爽やかな気持ちになったと好感を持たれたそうです。』

 

『お、お母様、大胆・・・。』

 

 

そうは言いつつ、かぐやはもう会えない母親・名代竹を誇りに思う。

もし自分であれば、押し黙って何も言えなくなるだろう。

その大胆さは夫になる白銀御行にも通ずるところがある。

 

 

 

『私の話は、以上であります。

 

妻や娘を失わずに今日まで来れた事は、私にはこの上ない喜びなのです。

 

・・・ですが、慢心がなかったとは思いません。

何処かで、「早坂の家の者として」という考えがあったのは確かです。

父親として、私が動くべきだったのです。

お嬢様には、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。』

 

『謝らなければならないのは私の方です。

 

愛が側に居てくれるから、私はつつがなく生活が送れています。

愛の苦しみも理解せず無理ばかりをさせてきたのは、私です。

私の方こそ謝らさせてください。』

 

 

 

頭を下げる正人に、かぐやは立ち上がり居住まいを正し頭を下げる。

実際に愛が四宮家を去った後は泉岳寺別邸は混乱し、かぐやには心休まらない「場所」になってしまった。

愛が整えてくれていたからこそ、あそこはかぐやにとって「帰る家」として機能していたのだから。

 

頭を下げ合っていた二人はどちらからともなく頭を上げる。

自然と二人は微笑みをたたえるが、かぐやは直ぐに顔が曇ってしまう。

 

 

 

『・・・おじ様はこんなにも愛情深く愛を見つめているのに、お父さんは・・・。』

 

『・・・そんな事はありません。

 

かぐや様の関東への転居もご当主様のご意向です。

 

それに・・・、

 

これは内密にして頂きたいのですが、この病院はかぐや様の為に建てられたのです。』

 

『・・・え?』

 

『かぐや様が関東に来られる頃、この病院の設立の話がありまして、ご当主様が資金と用地をご用意されました。

 

「関東に四宮の医療拠点が必要だ。」

 

と、仰せられまして。

 

泉岳寺も、

 

「関東に要人と面会できる場所を設けておく必要がある。」

 

と。

 

計画自体は雲鷹様に任されましたが、資金はご当主様が支出され、

 

「かぐやが生活できる事を考慮する様に。」

 

と、申し付けられました。』

 

『・・・そう、・・・だったんですか。』

 

 

長年、父親に放置されてるだけだと思っていたかぐやとしては、意外な事であると同時に回りくどいと感じもする。

しかしながら、父親が自分には愛情を向けてくれたのは僅かな記憶しか無かったかぐやには、驚きと戸惑いと、嬉しさが同時に込み上げてくる思いだった。

 

 

 

『長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。

申し訳ありませんが戻らねばなりませんので、私はここで。

誰か付けなくてもよろしいですか?』

 

『構いません。

私も奈央さんのところに伺いますから。』

 

『解りました。

では、失礼致します。』

 

 

そういって、正人はかぐやの元を離れる。

かぐやは、壁に体を預けてそのまま物思いにふける。

自分の事に全く興味がないのだと思っていた父親が、かなり回りくどい愛情表現をしてる事に思いを馳せ、一人呟く。

 

 

 

『・・・回りくどいのは、家系かしら・・・。』

 

 

大人になり社会人になり、家庭人にもなった白銀夫妻は偶に、

 

 

「用意周到だが回りくどい」

 

 

等と言われる事がある。

 

 

「似た者夫婦」

 

 

とは、よく言われはするが、環境と親の影響が大だなと思える。

 

 

 

『さてと、気持ちを切り替えていきましょう。』

 

 

そう独りごちると、かぐやは奈央の病室に向かう。

帰ったと思った護衛達が廊下に居るところを見ると、兄の雲鷹と再従姉妹の四条真琴の二人は、まだ絞られているんだなと呆れもする。

荒れてるところに踏み込むのは得策ではないなと思い、回れ右をしようとするかぐやを呼び止める者が居た。

 

 

 

『かぐや様、いかがされますか?』

 

 

呼び止めたのは近侍の愛だった。

 

 

 

『早坂。

 

・・・今、行くのは藪蛇よね?』

 

『・・・お勧めしかねます。』

 

『なら、待ちますか。』

 

『はい。』

 

 

周りの目がある為、あえて畏まった言い方をお互いにする。

かぐやは二人が正座させられてる姿をもう一度見てみたいが、飛び火を受ける可能性もある為、断念する。

居並ぶ両家護衛に頭を下げると、かぐやは愛を伴い病室を後にし、廊下をゆっくり歩く。

 

 

 

『愛、お昼どうしましょう?』

 

『こちらの病院の食堂を使いますか?』

 

『そうしましょう。』

 

『解りました。』

 

 

関係各所に連絡し、直様席を抑えた愛の案内で病院本館の食堂に来たかぐやは、席に着くと料理が来るまで暫し外を眺めていた。

食堂は本館の最上階に設けられていて、外の景色は都心から少し離れている為に自然豊かな風景が広がっていて、目に優しい。

席に着いた後、二人は一言も話さない。

妙な沈黙は食事を終えた後も続き、無言のまま二人は座り続ける。

 

二人が沈黙しているのは、互いに何を話していいか解らなかったからだ。

実は、愛は父親・正人とかぐやの話を聞いていたのだ。

奈央の病室を再度訪れた雲鷹と真琴は、奈央に釘(正座)を刺された為に互いに言い合わない様に話題を選んで無難に見舞いをしていたのだが、付き合いが長い為に気安い部分があり、対立している家の者同士の関係とは思えない和やかな雰囲気で会話に花が咲いていた。

が、親しい関係の者達の子という事になる愛に当然の事ながら真琴の関心が向かい、自分の娘達も同学年の為にその手の話題となりあれこれ愛に聞いてしまう。

為に、問題ないと判断した奈央に促されて(逃げる様に)愛はかぐやの元に向かい、正人の話を聞いてしまったのだ。

 

自分の出生の秘密、かぐやとの縁、密告など、愛は考える事を放棄したい気持ちになっていた。

かぐやも、未来でも知り得なかった愛の秘密やそれに自分の母親が関わっていた事や、父親の非常に判りにくい遠回しの愛情表現。

何より、未来と違い自分が切り出した「愛の密告」の事後処理を考えねばならなかった。

 

食後の紅茶を一口飲み、かぐやが切り出す。

 

 

 

『奈央さんにも言いましたが、責めないで欲しいという話は聞けません。

私には愛を責める資格も権利もないから。』

 

『・・・。』

 

『その上で、今後をどうしたいか聞きたいの。

愛は、どうしたい?』

 

『・・・私は、・・・解りません。

 

前は、四宮家から距離を取りたいとか、辞めたいとか考えてました。

 

でも、今は・・・。』

 

『・・・お父さんと雲鷹兄さん、おじ様・・・、愛のお父さんも知ってる話だけど、私は大学は他国に行く予定です。』

 

『・・・海外、ですか・・・。』

 

『まだ、お父さんの了解は得れてないけれど・・・、反対されても押し切るつもり。』

 

『で、出来るのですかっ?』

 

『日本国内も殆ど知らない私だから、他国という実地で学びたいの。

国内は、どうしても「四宮」で色眼鏡で見られてしまうし、好きに出来ないから。

他国の人達と知り合ってみたいの。』

 

『・・・大変ですよ。

常識自体が違いますし。』

 

『・・・まあ、ね。』

 

 

愛の危惧はアメリカ留学や他国の仕事で骨身に染みて経験し、この時代のかぐやと入れ替わる直前はトイレから出られなくなる悪夢を経験もしてる以上、その事はかぐやは百も承知ではある。

時に夫となる白銀御行と愚痴り合い、慰め合った事もあった。

 

 

 

『まあ、その事は先の話だけど、私は貴女に謝らなければなりません。

 

 

本当に、ごめんなさい。』

 

 

そういうと、かぐやは座ったままとはいえ愛に深く頭を下げる。

 

 

 

『そんなっ、止めてください、かぐや様っ。』

 

 

大きな声を愛は出しそうになるが流石にそれは堪えた。

病院の食堂で展望が売りの為か、席の多くはハメ殺しの窓の近くに集中している。

個室は無い為に柱の陰に当たる周りから死角になる席を抑え、昼下がりで食堂内に人は疎らな時間帯で見られる可能性は低くても、かぐやのこんな姿は他人に見られては困るし、見せたくなかった。

愛の言葉を受けて、かぐやもゆっくりと姿勢を元に戻す。

 

 

 

『・・・私は、貴女に知られる前に居なくなろうと思ってました。

 

「本当はやりたくなかった。」

 

いくらそう言い訳をしても、実際にやってきたのは私です。

 

・・・私がかぐや様を裏切り続けた事実は、変わりません。』

 

『・・・裏切りが怖かった、のかしらね。』

 

『・・・何の話ですか?』

 

『そういう事じゃないかしら?

こんな事をやらせる様になったのは、信用するから裏切られた時に衝撃が大きい。だから、信用自体をしない様にする。

人を信用せず道具と見て使う事しか考えない。

大多数の人間を使う立場なら、そう考えるしか無いのかも知れません。

人は、二人いれば争う生き物ですから。

 

・・・けれど、それでは人は生きていけないわ。』

 

『・・・。』

 

『私は、神様に感謝したいぐらいなの。

愛が側に居てくれて、御行さんに出会えて、他にも色んな人達と縁を結ぶ事が出来た。

窮屈な家だけど、世間一般に比べれば恵まれた生活を送れてもいる。

そんな風に感じれる私を産んでくれたお母さんにも、感謝してる。』

 

『・・・かぐや・・・。』

 

『だから、改めて、これからもよろしくね、愛。』

 

『・・・こちらこそ。』

 

 

愛は、そういうのが精一杯だった。

悲喜こもごも、色んな感情が渦巻いていた愛だったが、目の前に居るかぐやは確かな現実で、決して動かない。

そう感じさせてくれた。

テーブルの上で、二人は手を取り合いいつしか泣き合っていた。

 

 

 

それを離れた柱の陰から遠く眺める三人が居た。

護衛達を連れず、四宮雲鷹と四条真琴の再従姉妹同士と、雲鷹達二人と浅からぬ関係の早坂奈央と。

壁に背を預けてる真琴が口火を切る。

 

 

 

『何とか、収まったみたいだね。

あの子達は。』

 

『フンッ、甘いこった。

あいつがあんな腑抜けとは思わなかった。』

 

『「お兄ちゃんは甘い顔はできない」かい?』

 

『なんだとっ?』

 

『君ぐらいだろう、四宮の家の中でかぐや君に愛情を掛けてるのは?』

 

『何とでも、言えっ。』

 

『で、前から言ってた話。

乗る気はないかい?』

 

『出来ねぇ相談だ。

四宮が無くなったら、バランスが崩れる。』

 

『無くす必要はないよ。

四宮があるから他国は手控えてる。

国内も一応纏まってる。

 

しかし、これから先はそうはいかない。

変えなければいけなくなる。

それは、僕や君が感じてる事のままだよ。

 

だから、おじさんも僕と話をしてるのさ。』

 

『だからって、お前に協力するつもりはねえぞ。』

 

『しなくていいよ。

僕としては、話しやすい相手と話がしたいだけさ。

君のお兄さん達は、どうにもね。』

 

『俺達の時は、溝がハッキリしてた。

大兄貴達の頃は、その溝が形になる頃だった。

知ってるだけに、話なんか出来る状態じゃないだろう。』

 

『ところで、いつまで覗き見してますか?

コーヒーが台無しになりますよ。』

 

 

奈央の指摘する通り、少し離れたテーブルには三人分のコーヒーが置かれていて、冷めていた。

折角ですからコーヒーでもと奈央が二人を誘い、それならばと真琴が見晴らしが良いと聞いていた食堂に渋る雲鷹を連れてきたのだった。

 

奈央としては缶コーヒーぐらいで済ませるつもりだったのだが、真琴が気分転換にと熱心に誘うので渋々雲鷹と二人は折れたのだ。

こういうところは、四条真琴は強引なのだ。

 

 

 

『そうだね、折角だからと飲むとするか。

僕は実は冷めてる方が好きでね。』

 

『相変わらず猫舌かよ?』

 

『こういうのは、なかなかね。』

 

『ハイハイ、飲みましょう飲みましょう。』

 

 

かぐや達に気取られないように、奈央に促されて三人は冷めたコーヒーを飲み干し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

───火曜日放課後・生徒会室上の秘密部屋

 

 

 

『なんで、弦を全部切っちゃうんですか!?

ピックの持ち方だって、楽器に恨みでもあるんですか!!?』

 

『・・・すまん。』

 

 

四宮かぐやが休みの為、生徒会室には白銀御行・藤原千花・石上優・伊井野ミコの四人しか集まらなかった。

前日の騒動から、早坂愛・四条眞妃・柏木渚・田沼翼、それにかぐやを含め五人も休みであり、御行達は心配ではあるがそれ以前に差し迫った問題、「文化祭にバンドで参加する」企画の期限が迫っていた。

 

本番の文化祭までにバンド演奏を形にしなければならないが、千花とミコが電子ピアノ・優がギター・御行がボーカルを担当して練習を始めたのだが、思いの外形になったので練習休憩の時に御行が試しに予備のギターを弾いてみて、冒頭の有様になったのだ。

 

不器用にも程があり、ギターを持つ御行の手付きは危なかっしく、おにぎり型ピックをギターの弦に対して広い面を向けて弾くのを、どういう訳か垂直に一番飛び出た部分で強く早く弾いてしまったのだ。

更に、通常はそれぐらいでは切れる筈の無い弦が、切れてしまったのだ。

しかも、予備のギターの為に新品であるにも関わらず、である。

 

 

 

『・・・会長にも苦手なものがあるんだな。』

 

『・・・あれは、苦手で済む話じゃないわよ。』

 

 

日頃の仕返しか、千花は遠慮なく御行を責め立てる様を見て、優とミコはある事を連想する。

 

 

 

『・・・なあ、伊井野?

何を想像してる?』

 

『・・・多分、アンタと同じよ。』

 

『『・・・会長、結婚したら相手の尻に引かれる(な・ね)。』』

 

 

相手が千花でなくても、女性の剣幕に押しまくれて沈黙してしまう御行の姿が二人には容易く想像できてしまい、優は明日は我が身と身震いし、ミコは御行の様な弱点持ちで反論してこないタイプは責め立てたら主導権が握れると学習する。

ミコにとっては、余計な教訓を得る機会となってしまった。

 

 

 

『・・・悪かったって。

俺が直すから。』

 

『弦は張り方次第で音が変わるんですから、調整が繊細なんですよ!

大体、手に力を入れ過ぎなんです!!』

 

『力の入れ過ぎって、こんなもんだろう?』

 

 

そう言って見せる御行のピックを持つ手は、どう見ても人を殴るぐらいの強さで握り拳を作っていた。

 

 

 

『だ・か・ら、そうじゃない!』

 

『そうじゃないって、じゃどうするだ?』

 

『はぁ〜・・・、いいですか?

ピックを持つ時はですね・・・。』

 

 

手取り足取りギターの持ち方からピックの持ち方、力加減など事細かく千花は御行を指導していく。

その様を見ていた優とミコは、

またまたある感想を抱いた。

 

 

 

『・・・なあ、伊井野。

今、何考えてる。』

 

『・・・多分、アンタと同じ事。』

 

『『・・・保育園の先生と園児みたいだ(な・ね)。』』

 

 

さっきといい、今といい、同じ事を考え綺麗にハモった事が二人には可笑しくて堪らず、二人は笑い出してしまった。

突然、優とミコが笑い出した事に御行と千花は呆気に取られ動けなくなってしまった。

 

 

 

『突然どうしたんだ、石上、伊井野?』

 

『・・・何となくだけど、嫌な想像してるでしょ、二人共?』

 

 

直感の働いた千花が不貞腐れ、訳が解らず御行はギターを持ったまま、三人の反応に困惑するばかりだった。

 

 

 

『会長、よかったら僕が教えましょうか?』

 

『すまんが頼む、石上。

楽器は「ちょっと苦手」なんだ。』

 

 

千花は、もう何回も聞いた台詞を反芻しながら、「ちょっと」なんて言えないレベルを人並みに矯正する為に御行の訓練に付き合った日々を回想しながら涙が出る思いだった。

愛が、かぐやが御行に告白するまでに付き合わされた日々を回想して涙したのと、似た心境である。しかしながら、普通な挫折して投げ出すところを最後までやり切り物にしてきた御行の「姿勢」と「努力」は見上げたものであり、その部分だけは千花は素直に尊敬に近い感情を持っている。

 

ピアノの練習漬けだった自分の過去を振り返り、もしも今も続けていたらこんな大変だけど楽しい日々は送ってなかったろうと思い、そのキッカケをくれた今日は休んでしまい来ていない大事な親友であるかぐやを思う。

 

そのかぐやが人の恋路に巻き込まれ叩かれるなど想像できず、それだけにそうまでしてかぐやに庇われた愛の存在を千花は羨ましく思い、嫉妬してしまう。

 

 

───もし、自分が同じ目に遭ったら、かぐやは庇ってくれるのだろうか?

 

 

慌てて頭を振り、千花は邪な考えと感じてしまう考えを頭から追い出す。

 

 

 

『会長、力入りすぎですよ。

もうちょっと力抜いて、ピックもこういう風に摘む様に持ってみてください。』

 

『こ、こうか?』

 

 

微笑ましい光景ともいえるのだが、ミコは唯一と言っていい友人で同じ風紀委員の大仏こばちの影響でボーイズラブ的視点に目覚めつつあり、そんなミコの視点では優が御行に教えてる姿に興奮を覚える自分に困惑していた。

そういえば、優は大友京子の一件で友達どころか喋り相手もおらず、ミコの知る限りは学校での人間関係は生徒会のメンバー以外は接点がない。

 

当の優は周りと接点がない訳ではなく、体育祭の応援団繋がりで子安つばめや小野寺麗、団長で優を気にかけてる風野や風紀絡みでこばちともミコの知らないところで交流している。

ミコと居ると喧嘩の様な言い合いに毎回展開する為、ミコは優の学校での人間関係が好転しつつある事に気が付かないだけなのだ。

 

因みに、優とミコ以外は夫婦喧嘩は何とやらで、二人とも仲が良いなと周りには勝手に思われている。

当人達にはその意識はない。

優を取り巻く環境は体育祭で大友京子から声援を受けた事で、変わりつつあった・・・。

 

その時、御行達のスマホが一斉に通知音を鳴らした。

千花がスマホを起動すると、かぐやからのラインメッセージを知らせる音だった。

 

 

 

『かぐやさんからです!

怪我をしたご家族のお見舞いのかえりで、明日は学校に来れるそうです!!』

 

『ああ、俺にも同じ内容で入って。

グループの方に入れたんだな。』

 

『僕にも来てます。』

 

『私もです、良かった・・・。』

 

『・・・。』

 

 

グループへのメッセージの為に、生徒会メンバー全員に同じメッセージになる事が御行には少し落胆だったが、連絡が来た事は嬉しかった。

以前からかぐやとのラインを増やしたいと考えていたが、昨日の一件を足掛かりに増やす画策をしてはいたが、いざ送ろうとすると文面で悩みアレコレ理由を考えて結局送れず、意を決して送ったら返事が遅かったり事務的な内容だったりと、御行の妄想通りには発展してなかったのだ。

 

 

 

『四宮の事はとりあえず一安心だが、家族の方が怪我というのが気になるな。

入院する程なら、余程の怪我か?』

 

『まあ、誰が入院したかで変わってきますけどね。

怪我と思ってたら嬉しい事がおきた、とか。』

 

『ああ、それは嬉しいですね。』

 

『僕もそう思います。

そうなったら、これから大変ですけどね。』

 

『・・・何の話だ?』

 

 

千花は暗にかぐやの家族の誰かが妊娠したかも知れないと話し、ミコと優は理解して話に乗ったのだが、御行はそこを理解できてない。

嫌な事を考えるより明るい話題の方がいい、という千花なりの気配りではあった。

 

 

 

『さてと、なら練習をして明日四宮が来たら一曲弾いて驚かせてやるか。』

 

『・・・会長、流石にそれは無茶が過ぎます・・・。』

 

『まだ、一音も出せてないじゃないですか・・・。』

 

『・・・人に聴いて貰える演奏をするって、そんな簡単じゃないですよ・・・。』

 

『・・・ダメなの?・・・。』

 

『仕方ないですね。

一節ぐらいは弾ける様になって貰いますよ。』

 

 

そういうと、千花は「オニ」と書かれた白鉢巻を取り出し自分の頭に縛る。

対御行用に常備する様になった千花の特訓のお供だ。

 

 

 

『さあ、ビシバシいきますよ!』

 

『お、お手柔らかに・・・。』

 

 

千花と御行のやり取りを見ながら、優とミコは思う。

 

「やっぱり、尻に引かれるな会長。」

 

と。

そう思いクスクス笑いながら千花と御行の練習の輪に優とミコも加わる。

 

 

 

 

 

───泉岳寺別邸

 

 

遅い昼食を取ったかぐやと愛は、雲鷹と真琴がそれぞれの護衛達を率いて引き上げたのを確認して、改めて早坂奈央の見舞いをしてかぐやは愛や奈央達の献身に謝意を示す共に、今回の奈央の怪我の経緯を尋ねる。

 

雲鷹と奈央が狙撃で負傷した事、狙われた可能性は直前に居たかぐやの父親の四宮雁庵や、藤原千花の曾祖父に当たる藤原元総理もあり得た事、その為に事件解決の目処が付くまでは身辺警護を固める事を奈央から伝えられた。

 

事が事だけに深刻な顔になってしまったかぐやと愛だが、奈央と話す内にほぐれていった。

そこは、一時期でも母娘の様に生活していた感覚が戻り、かぐやと愛は緊張を解せたが、帰りの車の中は二人とも物思いにふけていた。

 

夕食後、今後の事で愛とかぐやはかぐやの寝室で話し合っていた。

 

 

 

『窮屈とは思いますが、暫くは外出は学校のみにしてください。』

 

『殆ど出かける用件もないから大丈夫よ。』

 

『・・・しかし、雲鷹様を狙うなんて・・・。

四宮家に弓引くなんて相当な相手ですよ。』

 

『・・・実行犯はどうとでも用意できるけど、その足取りが掴めないならかなりの規模の相手でしょうね。』

 

『はい。

既に2日経ってるにも関わらず、手がかりは見つかってないそうです。

・・・申し訳ありません。

そんな状況でお側を離れないといけなくなってしまって。』

 

『大丈夫よ。

奈央さんが退院するまでだから、土曜日まででしょ?

こんな時なのだから、付いていてあげて。

本当は、私も行きたいのだけど、その分を愛にお願いするわ。

 

・・・でも、あのお兄様から依頼という形で話が来るとは思わなかったけど。』

 

『そこは、私も意外でした。』

 

 

かぐやと愛がそういうのは、奈央の看病に愛が短時間だが付く事が決まり、それを雲鷹からかぐやに「依頼」という形で頼まれた事だ。

いくら家族といっても愛はかぐやの近侍であり、母親の看病よりかぐやの身の回りの世話や護衛が優先される。

為に、度々奈央の元に通う事は難しい。

それを「依頼」という形にする事で、通える事になった。

その為、今週は愛は学校を早退しなければならなくなったが。

 

帰ったと思った雲鷹が後から病室に現れて、かぐやに頼んだのである。

狐に摘まれる感覚というか、かぐやは四宮かぐやとしても白銀かぐやと雲鷹から「頼まれた」のは初めてだった。

雲鷹は色々理由を付けてはいたが彼なりの気遣いと思えた為に、悪戯心というかこの後に及んで体裁を張る兄に苛立ちを覚えたかぐやは、

 

 

『私は、そんなお兄様が大好きです。』

 

 

と声域を上げて態とらしく言った為に、雲鷹は少し頬を赤くして顔を背けて黙ってしまった。

その姿を、かぐやの意図を察した奈央はニヤニヤしながら眺め、愛はそんなかぐやに困惑する。

雲鷹には初対面で「小鼠」と言われた記憶があり、所詮はクソジジイの息子だと毛嫌いしていたが、案外可愛ところがあるなと思う。

 

それに、先週末は雁庵が関東に来てる為に両親とは会えないと思っていたのが、おかしな形になったが会う時間が生まれた。

週末に会う事が常態化していたので、会えない事に落胆していた自分自身に愛は情けなさを覚えていたが、やっと両親に甘えられる環境が出来た事は愛には掛け替えのないものだった。

自分に関わる事柄と両親の深い愛情を感じ、「密告」などその後の課せられた職務などは過酷で、同年代の少女達の様に青春を謳歌したかった本心はあるが、今はこれでいいと思える様になった。

 

そんな事を考えていると、かぐやから現実に呼び戻された。

 

 

 

『愛、藤原さんが心配してたわよ。』

 

『・・・ああ、そうですね。』

 

『・・・変な事、言われた?』

 

『・・・ちょっとありまして。』

 

 

愛がそういう反応をするのは、どうも千花が奈央の入院を勘違いしてる様で、千花からのライン(御行の誕生日パーティーで強引にライン交換させられた)が妙な言い回りになっていて、取り様に寄っては愛が妊娠してかぐやが付き添って病院に行ったのを家族のお見舞いと言い訳して学校を休んだと言わんばかりの内容に、軽くキレていた。

その根拠ゼロの想像力は何処から

出てくるんだと問い詰めたいが、親身に心配してくれてる事が解るだけに怒るに怒れない不完全燃焼に愛は陥っていた。

 

そんな千花と親密なかぐやには、正直尊敬の念を抱いてしまう愛だった。

 

 

 

 

 

─────つづく

 

 

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