白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
入院した早坂奈央を見舞う事を口実に、実娘の早坂愛と主人の四宮かぐやは学校を休んで病院に向かった。
───火曜・奈央の病室
四宮雲鷹に紹介される前に、四条真琴は落ち着かぬ様子で早坂奈央の病室に入ってきた。
『奈央さん、大丈夫かい!?
何処か痛むところはないか!!?
あぁ・・・、
こんなにやつれて・・・、
何でこんな事に・・・。』
矢継ぎ早にそう言いながら、周りが目に入ってないかの様な真琴は奈央のベット際まで一気に近付き、許可も取らずに奈央の右手を引き寄せ両手で握る。
奈央も真琴に飲まれたか口が引き攣り、呆れている。
およそ、四条グループという四宮財閥に比肩する程の企業グループの代表とは思えない軽々しさ。
そんな姿など想像出来なかった真琴の再従兄弟になる四宮かぐやも、奈央の実娘の早坂愛も唖然とし、かぐやの兄の雲鷹は苛立ちを隠しきれない。
『おい四条、いい加減にしろ。
早坂が困ってるだろう。』
『あっ!
これはとんだ粗相を。
君の事が心配で・・・。』
『ごっ、ご心配ありがとうございます。
ですが、私は大丈夫ですからご安心ください、四条様。』
『他人行儀だな、僕と君の仲じゃないか?
ところで、今日は色よい返事は貰えるかな?』
『あのぅ・・・、そのお話は、大分前にお断りした筈ですが?』
『大分前は大分前、今日は今日だよ。
どうだろう?
怪我が治ったら、快気祝いを兼ねてセッティングするから、食事でもどう?』
『・・・俺の目の前で早坂を堂々と口説くとは、宣戦布告と取っていいんだな?』
『・・・なんだね、君にそんな事が言えるのかね?』
真琴は奈央と話す時と違い、雲鷹相手だと声のトーンも低く、口調も突き放す様なものに変わる。
『・・・テメエ、誰に言ってるだ?』
『あのぅ、四条様? 雲鷹様?』
かぐやと愛は、目の前の光景が信じられない思いだった。
どう聞いても見ても、あの四条真琴が早坂奈央にモーションを掛けてるとしか取れない。
それに反応して、雲鷹と真琴が睨み合っている。
かぐやはどう反応してよいか解らず、愛は不快だった。
四宮グループに比肩する企業グループのトップとはいえ、夫のいる自分の母親に娘の前で言い寄る男など論外。
所詮、四宮の血を引いている以上は、あの爺の次男みたいに女を使い捨ての道具程度にしか見てないのか・・・。
『君にそんな事を言われる筋合いはないぞ。
これは、純粋なヘッドハンティングだ。
優秀な人材は礼を尽くして迎えるのが筋道だろう。
大体なんだ?
奈央さんを幸せにすると約束したのは、君じゃなかったか?』
『・・・テメエその話を、今するな!』
『いや、言わせても!
私に誓ったあの言葉は嘘だったのか!!?』
『誓ったも何も、不意打ちでお前に殴られてからの記憶があやふやなんだよ!
お前に殴り倒されて目撃者もいないのに、あの時に何を言ったかは水掛論にしかならねぇだろうが!!』
『私に殴り倒された!?
私は君に殴り倒されたがね!』
『反撃するのは当たり前だろうが!?
大体、お前はかぐやを連れて行ったパーティーで、俺になって言いやがった!!?
「隠し子か?
お兄さんと一緒でお盛んだね。」
って言いやがったろうが!!!
あんな野郎と一緒にしやがって!!!!』
『顔を合わせれば「鼠」と罵っていたのは誰だね!?
大体、あの頃は君は結婚前だったろう。
それが小さい子を連れて来たら、拐かしたか隠し子しか想像できんだろう?』
『「妹」だと紹介したろうが!?』
実りのない喧々諤々の言い合いは熱を帯びて収まる気配がない。
奈央は右手を額に当てて心底面倒臭いと言わんばかりに、深い溜息を吐く。
愛もあらぬ方向から自分の話に飛び火したかぐやも、呆れるぐらいしか出せる表情がない。
───しかし、雲鷹が奈央を「幸せにする」とは、どういう事だろうか?
二人の頭に「?」マークの渦が巻き起こる。
ベット際に居た愛が奈央に小声で事情を聞いてみる。
『何の話なの、ママ?』
『・・・後で説明するわ。
今話すと、余計収集付かなくなりそうだから。』
『・・・初めて見るよ、この人が口喧嘩してるところなんて。』
『案外可愛いもんよ、面倒臭いけど。
今の内にお昼を取った方が良いわよ。
こうなったら、二人は長いから・・・。』
『・・・解りました。
かぐや様?』
愛は奈央に断りを入れるとかぐやに耳打ちして、同意したかぐやと二人で奈央に頭を下げてから口論中の二人を刺激しない様に、ゆっくり病室を出る。
外の廊下には四宮家と四条家の護衛が相対する様に向かい合って、廊下の壁沿いに並んで入るのだが、室内のやり取りが漏れ聞こえてくるのだろう、各人の瞳には程度の差はあれど、困惑と諦めの色が伺える。
二人が会うと、口論は恒例行事になっている様だった。
『皆様、よろしくお願いします。』
皆まで言う必要はないが、かぐやは両家の護衛に深々と頭を下げ、愛もそれに倣う。
四宮家はそもそもこういう態度は表立ってはなく、四条家も慰労の言葉を掛けるぐらいの為に、雁庵の娘であるかぐやが頭を下げる事は両家護衛チームにはおどろきであった。
『『承りました。』』
かぐやに遅れる事、数瞬。
両家の護衛チームのリーダーの二人が動揺からいち早く立ち直り、返礼し頭を下げ、他の護衛も倣って頭を下げる。
全員ではなく、最低限の周囲警戒の人員は空気に呑まれず頭を下げずに警戒を続けているのは流石ではあるが。
その中を、かぐやに愛を伴い進む。
向かうは雁庵の病室。
奈央の見舞いしか考えてなかったが、このまま顔を出さずにお暇ともいかず、今は丁度いい時間潰しになる。
暫く会う事も出来なくなりそうだから、テレビ電話やビデオチャットが出来ないか頼んでみようかとも考える。
先に教えて貰っていた目的の部屋の前に付く頃合いで、反対側から茶色の大きい紙袋を両手に持った雁庵の秘書を務めている早坂正人が歩いてくるのが見えた。
『早坂、どうしたの?』
『これはお嬢様。
お見苦しい姿をお見せしまして。』
かぐやは本当は「おじ様」と呼びたいのだが、他の護衛などは居る時は「早坂」と呼び捨てにする様に正人に窘められたのだ。
早坂家は、というよりは四宮家の家族・親族内でもやっかみや牽制は激しい為に、長きに渡って秘書を務めている正人に、かぐやが親しい態度を他者の前で取るのは余計な軋轢や策謀にかぐやを巻き込む恐れがある為、あえて呼び捨てを希望したのだ。
ちなみに、監視受け入れという建前で、早坂夫妻にはこの時点では未来の御行とかぐやの会社で社外取締役を務めて貰っている。
監視の目より、正人の「雁庵の秘書」としての経験やノウハウを御行が取ったのだ。
しかしながら、今かぐやと愛の二人が気になるのは、その正人が両手に持っている茶色の紙袋から覗いてる白い紙袋と、病院には場違いな香ばしいパンの香りだった。
『ご無礼致します。』
二人の視線に気が付いた正人が、そう言うと咳払いを一つする。
それに合わせて、準備していた病室の前に立つ護衛が素早く扉を開けると正人が素早く病室内に入る。
扉が締められ何やら室内で話し声が聞こえるが、あの素早い動きはかぐや達が見てはいけない物を見てしまった様に感じられた。
『・・・出直しましょうか。』
『・・・そう、ですね。』
二人が回れ右をして元来た廊下を戻ろうとしたタイミングで、再び扉が開けられた。
『お嬢様、お待たせ致しました。
こちらへどうぞ。』
『失礼します。』
正人の案内で室内に入ったかぐやと愛は、病室とは思えない広々とした室内のテーブルに先程の紙袋が置かれているのを見る。
変わらず、パンの香ばしい臭いが室内を満たしている。
そのテーブルの向かい側に設置されたベットに腰掛けて、雁庵が病衣姿で苦笑いといっていい、バツの悪い表情をしていた。
『お父様、お邪魔ではなかったでしょうか?』
『いや、いい。
・・・見られてしまったか。』
『お父様、これはどういう?』
『昼餉にしようと思ってな、買いにやらせた。
・・・実はな、俺はパンの方が好きなんだ。』
『・・・そうだったんですか。
考え至りませんで、申し訳ありません。』
『いや、お前が作ってくれたのは楽しめた。
前に少し寝込んだ時があったんだが、それ以来殆ど和食にされてな。
栄養士に言われたとかで、味気なくてな・・・。
大体極端でな、気に入ったと言ったら毎日それにされる。』
『・・・お父様もご苦労なさっているのですね。』
『早坂には偶に買いに行かせてる。
そんなに量が食べたい訳では無いが、少しはな。』
『どうぞ、準備できました。』
内心、雁庵の悩みは贅沢な悩みだなとかぐやは感じる。
かぐやと雁庵の二人が話し込んでる間に、買ってきたパン類を一口サイズに切り分けて揃えた皿を、正人が備え付けの簡易キッチンから運んできた。
手際の良さから毎回させられているのだろうと、かぐやは心の中で正人に頭を下げる。
愛はいつの間にか動いていて、かぐやと雁庵の二人分のコーヒーを淹れて運んできてくれた。
簡易キッチンに場違いなコーヒー豆の袋が置かれていたのが目に止まり、京都本宅で仕入れていた雁庵の好みの情報と一致したので、パンならばコーヒーだろうと正人に許可を貰い準備したのだ。
『お前も、どうだ?』
『頂きます。』
暫し、親子の団欒の時間が流れる。
『お父様、そろそろ・・・。』
『そうか、そんな時間か。
あまり、疎かにするなよ。
来てくれるの嬉しいがな。』
『戒めとします。』
かぐやが見舞いの為に学校を休んだ事は、雁庵は咎める気は無い様だった。
『あの、それ少しお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?』
『なんだ?』
『以前お願いしましたテレビ電話の事なのですが・・・。』
『ああ、あれか。
早坂、どうなっている?』
『お部屋に準備できております。』
『だ、そうだ。』
『ありがとうございます。
では、お帰り頂いた時にお電話を。』
『そうしてくれ。
楽しみにしておく。』
『はい、私も楽しみにしてます。』
どっかの誰かさんが盗聴するだろうなと、諦めと期待をかぐやは持っていたりはする。
愛の任務が解除された以上は代わりに他の者にやらせるか、盗聴などの手段を使ってくるのは容易に想像でき、既に前科があるのだから。
間抜けにも証拠を残してくれるか、こちらの誘導に乗ってくれればやりやすい。
かぐやはそう考えていた。
雁庵の病室を辞して奈央の病室に向かったかぐやと愛は、病室前の護衛達が妙な空気を醸し出してる事に二人して首を傾げる。
先程はいい意味で緊張感があったのだが、少し緩んでいるというか目が泳いでいる者や、頬が僅かに痙攣してる様に動いている者もいる。
『あの、何かありましたか?』
『こ、これはお嬢様。
いえ、何も起きてはいないのですが・・・。』
動揺と歯切れの悪さにかぐやと愛は困惑する。
その時、奈央の声が聞こえた。
『声が小さい!』
突然の奈央らしからぬ言葉に、かぐやは扉に張り付いて聞き耳を立てる。
入っていくのは憚られる雰囲気が扉越しに伝わってくる。
『私の部屋で、グチャグチャくだらない口喧嘩してんじゃないわよ!
こっちは怪我人だって解ってんの、あんたら!!』
───これは不味い。
あの時、幼いかぐやがおもちゃを投げて、愛の目に当たりそうになって激高した時の奈央の姿が、かぐやの脳裏をよぎる。
『で、扉に張り付いて中を伺ってるのは、誰だい?
入ってきな!』
───あ、バレた。
瞬間、かぐやは周りを見回すが、愛は顔面蒼白になっていて、四宮家・四条家の両家護衛達は知らん顔を決め込み、目を合わせようとしない。
愛が顔面蒼白になっているのは、かぐや同様に奈央に本気で怒られた経験があるからだ。
諦めたかぐやは、扉をゆっくりと開けて奈央の病室内に入るが、とんでもない光景を目にする。
ベットに腰掛けた奈央の前に、床に正座させられた雲鷹と真琴が奈央に向かって頭を垂れていたのだ。
かぐやから見える角度だけだが、左側の頬が二人共赤くなっていた。
『あら、かぐや様。
お恥ずかしい姿をお見せしてしまって、申し訳ありません。』
『ああ、かぐやか・・・。』
『やぁ、かぐや君・・・。』
ついさっきまでの口喧嘩の勢いは鳴りを潜め、雲鷹と真琴は力なく顔に張り付いたといっていい形だけの笑顔をかぐや達に向ける。
『な、奈央さん。
私はおじさんの方にも見舞いに行かないといけないんだが・・・。』
『お、俺もだ。
顔出さねえと、親父が、な?』
『・・・チッ。
仕方ないわね、二人ともいっていいわよ。』
『そ、それじゃ失礼するよ。
かぐや君、またね。』
『後は任せた。』
二人してそそくさと奈央の病室を後にする。
かぐやと愛は、唖然とするしかなかった。
『まったく、あの二人は・・・。』
『な、奈央さん?
肩は大丈夫なの?』
『ええ、ご心配には及びません。
暫くは静養せよと命じられてますから、じっくり直します。
天気のせいか、最近はあちらこちら痛みますから、ゆっくり治させて頂きます。』
『そうですか。
ところで、四条のおじ様と大分親しいみたいでしたが?』
『そういえば、申し上げていませんでしたね。
私と雲鷹様、四条様は同級生なんですよ。』
『・・・えっ?』
『・・・ウソ。』
『あのお二人は普段は大人しいんですが、時折じゃれ合うといいますか、悪ふざけが過ぎる時がありまして。』
「それで、正座させていたの?」とかぐやと愛は思ってしまった。
三人の力関係が伺い知れる。
『昔はあんな感じではなく、お二人共可愛らしいかったんですけどね・・・。
目を離した間に邪な人達の影響を受けてしまった様で。』
「目を離した間に」って、母親の視点で見ている。
二人は奈央さんには子供にしか見えないのかしら?と、思ってしまう。
外の護衛の気配も減り、愛がかぐやの目配せを受け念を入れて確認すれば、一人しか護衛は居ない状況になっていた。
更にそこに、愛が扉の側に立ち万全を期す。
『その事の詳しい事を聞かせて貰えますか?』
『解りました。
どこからお話しましょうか・・・。』
─────つづく