白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
四宮かぐやにより持ち込まれた「鍋」で、生徒会室ではおでんパーティーの様な状態になってしまった。
───水曜日夜・かぐやの寝室
『そんな事になってるんですか・・・。
で、なんでそんなに疲れてるんですか?』
『い、いろいろ、あったのよ・・・。』
夜21時を回り、愛はメイド服を着てるとはいえ、主人の四宮かぐやがうつ伏せでダウンしてるベットの縁に腰掛けて、談笑相手を務めている。
かぐやの近侍・早坂愛は学校を早退して入院してる母親の早坂奈央の見舞いに向かい、帰ってからは夜の泉岳寺別邸の仕事を片付けた後にかぐやの寝室で生徒会室での出来事を聞いていたのだ。
本来の早坂愛の立場や慣習では、主人であるかぐやに対しては直立不動で応じるか、あくまで使用人との立場を崩さずに接するのが幼い頃から彼女に課せられた職務だった。が、かぐやの未来と過去の自分同士の入れ替わり直後から、かぐやが愛とは寝室内では友人として接する機会が増えた為に、愛もかぐやの寝室内だけは同年代の少女で居る事が出来、リラックスして話せる様になっていた。
その愛が気にするかぐやの疲れっぷりの原因は、想い人の「白銀御行」だった。
放課後におでんを食べ終えた後、再従姉妹姪の四条眞妃からの相談は棚上げして、文化祭でのバンド演奏の練習に取り掛かったかぐやは、御行のとんでもない状態(まだまだ演奏できない)を目の当たりにして閉口してしまった。
前日よりマシになったとは千花達から聞いていたのだが、非常に危うい手つきでギター演奏しようとする御行を石上優が付きっきりでフォローして、かぐや達の演奏についていける様にしながら何とか「バンド」としての形になる様に練習していたのだ。
途中からかぐやもフォローに加わり優と二人がかりで御行を見ていたのだが、左右の手で同時に違う動きをする事に苦戦してる様に思え、正直、かぐやもあれ程とは思わず唖然としてしまったのだ。
カラオケの一件も含めて、御行にとんでもないレベルの苦手分野があった事は、かぐやには衝撃であった。
かぐやの把握していた「御行の苦手」はバルーンアート時の風船の扱い位だったが、それ以外にも千花の話からかなり隠されていた事が解り、ショックではあった。
だが、御行は持ち前の粘り強さでギターの練習を弱音も吐かずに頑張り、その姿にかぐやは改めて惚れ直していた。
瞼を閉じれば額に汗を流しながら一生懸命に練習する御行が浮かび、かぐやは何時間でも目を閉じていたい気持ちにもなっていた。が、御行の現状には溜息を付きたい気持ちも同時にあった。
『しかし、柏木様の一件、かぐや様のお考えは?』
『・・・愛も知ってる通り、私にこの手の経験は皆無だし、他の皆さんも正直未知領域の話だから、アイデアとか出ないのよ。
別れると言って聞かない相手をどうやって振り向かせるか・・・。
正直、全く解らないわ。』
『・・・そうですね。
ただ、私が言うのもアレですが、田沼様はかなり柏木様の事を気に掛けてらっしゃいました。
柏木様と付き合い出してから柏木様の希望で彼女好みにイメチェンも行ったそうですから、それだけに今回の柏木様の行動に責任を感じられたのではないでしょうか?』
多分に非難の色を帯びた声色で、愛は田沼翼と柏木渚の事を指摘する。
『ただ、そこに眞妃さんが巻き込まれたのがね。
余計複雑になってしまって・・・。』
『眞妃様は、本来なら被害者でしょう。
それが、恋人と喧嘩別れした直後の想ってる相手から「君の方が良かった」なんて言われては。
その上、知らなかったとはいえ振られた相手の気持ちを、その恋敵当人から確かめてくれなんて頼まれるなんて・・・。』
『・・・大喧嘩になったみたいね。
・・・眞妃さんの性格を考えると・・・。
ただ・・・、
柏木さんは勘違いで私達に詰め寄ってきたけど、田沼さんや眞妃さんは責めなかったのよね。
別れ話を切り出されて我を忘れてはいたけど。』
『・・・私は、私とかぐや様を叩いた彼女を許してはいません!』
愛が大きな声を出した為に、慌てて顔を上げたかぐや。
見れば、愛の右手はキツく結ばれ震えていた。
『・・・愛?』
『私が・・・、叩かれるのは私の不始末です。
迂闊に流されたといっても、田沼様と一緒にいたのは私です。
ですが!
かぐや様は関係なかった!!
なのに・・・。』
『・・・愛。
私は・・・、貴女を守れて良かったと思ってます。』
『そんな、私は!?』
体を起こしたかぐやは、キツく結ばれた愛の右手を優しく両手で包む。
『私が、貴女を守らなければいけなかったんです・・・。
あれでは、あべこべです。』
『そう考えて、愛は今まで私を守ってくれたのよね。
でも、ただ守られるだけというのも、愛にだけ負担を負わせるのは、もう私は嫌なの。
・・・私ね、御行さんに出会って、彼をドンドン好きになっていく内に、自分が醜く思えて嫌になっていったの・・・。』
『・・・かぐや様・・・。』
ベットの縁に腰掛けていた愛は、かぐやが愛の右手を両手で包んだ為に、引かれる様に体をかぐやの居る方に向ける。しかし、まさかかぐやから御行の惚気話が始まるとは思ってもみなかった。
『でも、そのお陰で愛や他の人達の大変さも理解できる様になった。
あのままだったら、私は醜いだけの女で愛にも愛想をつかされてたわ。』
『そっ、そんな事はありえません!?』
と言いつつ、割と報われない扱いだった夏休みまでの自身に、愛は不満を抱いていたのは事実ではあった。
かぐやも、本来のこの時期に愛に不満をぶちまけられた事を思い出していた。
今回はそうはならずに済み、御行との恋愛や結婚生活、大学生生活や社会人経験を経て得られた感覚から見れば、当たり前に愛を始め周りに無理を強いたりやキツイ対応をしてきた事を恥じている。
『かぐや様・・・、でも、今回の事で私は柏木様は・・・。』
『私も、許してないわよ?』
『・・・へっ?』
『眞妃さんが関わってなかったら、ちゃんと貴女に謝るまでは口も聞かないつもりだったもの。』
『えっと・・・、あれぐらいの謝罪は不十分と?』
『一昨日の謝罪は皆さんと纏めて、だったでしょ?
私は要らないから、愛にしっかり頭を下げるなら受け入れてもいいけど・・・。』
そう言いながら、かぐやは傍らに置いていた自分のスマホを取り、ある画面を開く。
『私、眞妃さんには何回も連絡したけど柏木さんには一回しかしてないもの。』
愛がかぐやのスマホ画面を見れば、確かにラインの「柏木渚」の項には挨拶無しで「どうするんですか?」の一行メッセージが、今日の朝の時刻に発信されていた。
それを見て、愛は過去の出来事が思い出される。
───これは、相当に怒ってる。
かぐやは静かにキレるタイプなので、変化が解りにくい。
普段と違って言葉が強くなり口数が少なくなったら「キレた」証拠になる。
ただ、元々多弁ではなく、言葉が強くなるといっても付き合いが長くないと解りにくい。
より解りやすいのは、纏う雰囲気が硬質なものになり、距離感をより強く感じる事の方だ。
そこまでになると、関係修復は困難になる。
それ程に自分の為に怒ってくれるかぐやに、愛は嬉しさを覚えると共に危惧もある。
あまり怒る様を見せて、御行との関係に悪影響が出なければいいのだけど、と。
『かぐや様は、柏木様の事はどの様に?』
『・・・グーで叩いて良いかしら?』
そう言って、かぐやは自分の左手を握り拳にして愛に見せる。
『・・・男子の喧嘩じゃないんですから、フェイスはダメですよ。
やるなら、ボディで。
脇腹なんか良いですよ、案外痛みが長引きますから。』
『そうね、肋骨にヒビとか入りそうだから力加減は難しいかしら・・・。』
『・・・冗談です。』
『あら、私もよ?
肋骨位じゃ、お代としては安すぎるわ。』
『ほっ、本気で言ってます、かぐや様!?』
『やだ、本気にしないでよ。
冗談なんだか。』
「いや、目が本気だ。」
愛には、かぐやの発言は限りなく本気に感じれた。
こんな軽口や冗談は今まで言った事はなく、嫌った相手は徹底的に拒絶して排除するかぐやなだけに、不気味な怖さを愛は覚えた。
───少し時間を遡って、白銀家
風呂の中で、白銀御行は打ちひしがれていた。
これぐらい出来るだろうと思っていたギターが、「上手く演奏できない」ではなく「全くダメな状態」だった事を、想い人のかぐやに知られてしまった。
練習中のかぐやの視線は、「哀れみ」と「蔑み」に充ちていたと御行は感じていた。
かぐやが何も言わなくても、
「こんな事も出来ないんですか?
お可愛いこと・・・。」
と、言われてる様に御行には思えた。
実際は、努力を続ける御行にかぐやは惚れ直していただけだったが・・・。
「我ながら、不甲斐ない。」
これまでの人生で幾度となく味あわされた挫折感に、御行は打ちひしがれていた。しかし、だからこそ知ってる。
この挫折感が、望んでも手に入らなかったものが、自分をここまで突き動かしてきた原動力だと。
握り締めた右手で、強く湯船の水面を叩く!
水飛沫が上がり浴室内に飛び散り、御行の顔も濡らす。
水面を打っても御行の右手の震えは収まらない。
痛みではなく、屈辱感と挫折感で震える右手を見つめ、御行は独語する。
『・・・まだ、だ。
こんな事で、投げ出す訳にはいかない。
見てろ、四宮。』
それに、前回のカラオケの一件でかぐやは御行が弱点を隠していた事に怒っていた。
───さらけ出したら、受け入れて貰えるのだろうか?
───いや、受け入れて「貰う」等と考えている内はダメだ!
御行は両手で自分の両頬を強く叩き、気合を入れ直した。。
───脱衣所兼洗濯機置き場から扉一枚隔てた居間。
テレビを見ながら、御行の妹の白銀圭は父親に聞いていた。
『今日の兄さん、荒れてるね。』
『男はあれぐらいが良い。』
『部屋、一緒なんだけど?』
『今夜は、親子水入らずで寝るか?』
『・・・マザコンじゃないんだけど?』
『・・・俺はな、御行も心配だが、圭。
お前は大丈夫なのか?』
『・・・問題ないよ。』
『・・・そうか。
悩みがあるなら、俺や御行にでも相談しろよ。
後で、知らなかったなんていうのはな。』
『はいはい。
今日は早めに寝るわね。』
そういうと、圭は父親を残し自分の部屋に引き上げる。
相部屋の為に、部屋の入り口側の御行の領域を通らなければならず、壁に向けられた机の壁一面に貼られた張り紙群に目がいく。
───いつ見ても、不気味だ。
だが、その中の一枚。
「四宮の横に立てる男になる」
に、目が止まる。
兄の意中の相手である四宮かぐやには、中等部にいる圭でも良い噂を聞かなかった。
元々、超が三つは付くお金持ちで、かぐや自身も才能に恵まれ天才と言われる人物。だが、それだけに怖い話や黒い話は耳にする。
そんな相手に、兄が無謀にも試験で喧嘩を売った。
その時期は、圭への風当たりも強くなった。が、それは御行がかぐやに勝ち、高等部生徒会長になり四散霧消した。
今では圭自身も中等部生徒会に名を連ね、かぐやから秘密を打ち明けらた事もあった。
世の中、解らないものだ。
『頑張れ、お兄。
十分カッコいいよ。』
独り言ながら恥ずかしくなった圭は、紛らわす様に寝床を荒々しく整えると、御行が戻ってくる前に狸寝入りを決め込む。
形だけだったが、布団に入ると疲れが出たのか寝息が出始める。
かなり経って、御行が部屋に入ると仕切りのカーテンが半分開いており、圭の布団がめくれているのが視界に入った。
何も言わず部屋の境界を越えると、御行は圭にめくれた布団を掛け直した。
『圭ちゃん、風邪引くぞ。』
小声で囁く様に呟くと、仕切りのカーテンを閉めて御行は自分の机に向かう。
今夜も彼の夜は、まだ終わらない。
布団を掛け直された圭はレム睡眠状態に入っていたので、布団を掛け直されて目が覚めてしまった。
兄に掛けられた言葉も聞いてしまった圭は、むず痒い気持ちになる。
カーテン越しに御行の机の明かりがついたのを見て、圭は溜息をつくのと同時に安堵感を覚える。
この感覚は、目を覚ましたら家の中には誰もいない母親の家では感じなかった。
カーテンの向こうでは、がむしゃらに頑張る兄がいる。
部屋の外には、だらしなくて頼りにならない父親がいる。
母親の家の時より、生活は苦しくなったが、それでも兄が居てくれる。
口煩いが、頑張る姿が時折尊敬できる兄が。
『頑張れ、お兄。』
兄に聞こえない位の小声でエールを送る。
静かに初冬の夜は更けていく。
───つづく