白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
入院した早坂奈央を見舞った四宮かぐやは、後から来た再従姉妹の四条真琴とかぐやの兄の四宮雲鷹が口喧嘩を始めてしまい、奈央の病室を後にする。
───火曜日・正午前
四宮雁庵の検査入院用に確保されていた田沼正造の病院に、四宮雲鷹を狙った銃撃による怪我の為に入院した元乳母・早坂奈央を見舞う為、四宮かぐやは近侍であり奈央の実娘である早坂愛を伴い奈央の病室を訪れていた。
『かぐや様は、雲鷹様が秀知院のOBだという事はご存知でしたか?』
『・・・お兄様は、ご自分の事は殆ど教えてはくれませんでしたから。』
直前にかぐやの再従兄弟に当たる四条真琴と、兄である四宮雲鷹が奈央に正座をさせられている衝撃の姿をかぐやと愛は見てしまい、その経緯を奈央に教えて貰っている。
出入口付近に控える愛は、実母に畏怖と尊敬の眼差しを向けている。
四宮家の三男と四宮家に匹敵する四条グループの代表を叱りつけ正座させるなど、やはり母は只者ではないと再認識しているのだ。
『私は、当時は雲鷹様の近侍として、雲鷹様と同じく秀知院に籍を置かせて頂いてました。
今のかぐや様と私の娘と同じ状況です。
そして、同学年に四条様も居られたのです。』
『それで、学友として親睦を?』
『親睦・・・、とは言い難い状況でした。
当時は部活動もクラスも別で接点もなく、お互いに距離を置いていましたから。
・・・ただ、ある程度接する切っ掛けになった出来事がありました。』
『それは、どういう?』
『四条様のご学友の方が生徒会長に立候補されるという事で、私も少しお手伝いを。
確か、二年次の二学期でしたか。
その頃から、私を介して雲鷹様とも。』
『先程の様子では、かなり親しい様でしたが?』
『・・・顔を合わせると、口論になるんです。
どちらからともなく、憎まれ口から売り言葉に買い言葉になってしまって・・・。
毎回に近いぐらい言い合いになります。』
『・・・それで、奈央さんがいつも収めているんですか?』
『不本意ながら。
不干渉に徹した時もありましたが、酷くなる一方で収拾が付かなくなりまして。』
『・・・そうだったんですか。』
会話が途切れて、暫し沈黙が流れる。
自分達の時と同じく「密告」は娘達の問題である以上、踏み込むべきではない奈央は考えていた。だが、先達として経験者として、何より二人共娘として育てた者として、何もしないという選択肢も取り難かった。
『・・・かぐや様は、よろしいでしょうか?
娘の事を、いつお気付きに?』
『・・・藤原のおじ様の言葉を受けて、もしかしてと思って・・・。
確証があった理由ではありません。』
『・・・そう、ですか。』
かぐやの返答に引っかかるものがある奈央だが、あえてそのままにする。
いづれ話しては貰えるだろうと考えて───。
出入口横に控えてる愛は、奈央が見ても思い詰めている顔をしている。
表面的には平静を装っているが、内心は葛藤と後悔に荒れ狂っているのだろう。
───あの時の自分の様に───
そんな愛の姿を見た以上は言わねばならないと思える。
それが母として、先達として、碌でも無い務めの正体を知りながら、かぐやの近侍を務める為に送り出した者としてのせめてもの、出来る事だろうと。
無論、早坂家に、奈央や愛に拒否など出来もしない事柄ではあるが、それは問題ではない。
『・・・かぐや様、勝手なお願いではありますが、聞いて頂けますか?』
『私が聞ける程度であれば・・・。』
『・・・娘は務めを果たしただけです。
責めるなら、私どもを責めてください。』
『ママッ!』
『愛!
今は、聞いていて。』
『・・・続けてください。』
『早坂の家は、元からこの種のお務めを果たしてきました。
娘が生まれ、かぐや様が生まれた時、それ以前に私のお腹にこの子が来てくれた時から、こうなってしまう様に決まったのです。』
『・・・そう言い切ってしまう事は、悲しい事ではありませんか?』
『・・・ええ、そうです。
ですが、それでも務め上げねばなりません。
それが、早坂の家に生まれた「業」なんです。
ですから、どうかかぐや様には、責めるならば私達を。』
『・・・聞けない話です。』
『・・・。』
『・・・かぐや様。
母と、少し話をさせて貰えませんか?』
『愛・・・、
解ったわ。
外に居るわね。
奈央さん、少し外します。』
そう告げると、かぐやは病室を後にする。
外に出る前に、かぐやと愛は視線を交わす。
愛が見たかぐやの瞳には嫌悪や憎悪の色は無かった。
ただ、憂う様な哀しみの色を帯びていた。
対してかぐやが見た愛の瞳は、自分の気持ちを抑え込んだ時の沈んだ瞳だった。
かぐやに代わって、愛が奈央のベット際に立つ。
『・・・ママ、庇ってくれて、ありがとう。
・・・でも、
・・・それなら、もっと早く・・・。』
『・・・愛・・・。』
『知ってたんでしょ?
・・・私が、命じられた事・・・。』
『知りはしなかったわ・・・。
ただ・・・、
私も同じ役目をやらされたから、なんとなく・・・。』
『・・・十年以上だよ。
かぐや様の側で、かぐや様を裏切り続けて・・・。』
『・・・。』
奈央は、愛に何と声を掛けていいか解らなかった。
「お役目」だと押し通す事は逆効果だ。
慰めを愛は求めてはいない。
我が子ながら、聡い子であるから自分を納得させようとしている。
命じられたとはいえ、裏切り行為は自分の判断でしてきたのだから。
だが、それでも、愛は言わずには、叫ばずにはいれない。
───どうして!?
───なぜ、私なの!!?
自分がそうだった様に・・・。
そして、
最も知られたくない人に裏切りを知られた。
愛が逃げ出さなかったのは、逃げても何の解決にならないから。
それは、諦めだった。
自分は断罪と贖罪の為に居続けなければならない。
そう考えていた。
どちらともなく、二人は涙を流していた。
───「こんな事になるなら私なんか産んで欲しくなかった。」
喉から出そうになっている言葉を、愛は泣きじゃぐりながら必死に自分の中に押し留めている。
その堪えてる様を涙ながらに見つめる奈央は痛みを堪えながら、自分を邪魔する痛みを無視する様に身体を捻り無理矢理動かし、右腕で愛を抱き締める。
『愛、ごめんね。』
母親からのその一言が愛の理性を黙らせ、荒れ狂い出口を求めていた感情を吐き出させた。
室内には母娘の泣き声だけが響いていた。
扉の外で背中越しにその声を聞いていたかぐやは、陰鬱な気持ちになっていた。
───四宮の家は、どれだけの人の犠牲に成り立っているのだろう───
他ならぬかぐや自身が愛を犠牲にし、その献身を糧に生活してきた。
愛だけでなく、他にも多くの人々にかしずかれて生活してきた。
それに気付かず、学生時分は兄達を軽蔑してきたが自分も同類でしかない。
自分の迂闊さに苛立ちしか覚えない。
一人付いていた護衛はかぐやのただならぬ気配と、室内から漏れ聞こえてくる泣き声に、知らぬ顔を決め込みつつかぐやと病室に背を向け、三人に邪魔の入らぬ様に廊下に眼光を光らせていた。
やがて、昼ご飯の配膳係の者が来たが護衛は配膳係を止める。
『少し、後にしてくれ。』
『すいませんが、他にも配膳がありますので。
飲み薬も処方されてますから、その説明もしないといけません。』
『解るが、少し待ってくれ。』
護衛と配膳係の話し声で現実に意識を戻したかぐやが、慌てて対応を引き継ぐ。
『ごめんなさい、ありがとう。
家族の者ですが、そのお薬の説明と配膳は私がしても構わないかしら?』
『ええ、まあ、構いませんが。
どういった間柄ですか?』
『娘です。
姉が母の身体を拭いてますので、
後は妹の私が。
すいません、教えてください。』
配膳の台車を押していた配膳係から奈央の昼食と飲み薬を受け取ると、その場で薬の説明を暗記したかぐやに託して配膳係は台車を押してエレベーターホールに戻って行く。
『よろしかったのですか?』
『あの方のお仕事を邪魔するのも悪いわ。
貴方も、ありがとう。』
気を回した護衛にそういうと、かぐやは奈央の病室をノックする。
差程間を置かず、愛が扉を開ける。
廊下の状況を把握していたのだろう、愛の纏う雰囲気は仕事のそれに変わっていた。
『奈央さんのお昼と飲み薬です。
お願いできるかしら?』
『ありがとうございます。』
言葉少なめに返答し、愛は奈央の食事と飲み薬をかぐやから受け取ると、室内に戻る。
目を合わさない様にしてるのは、泣き腫らした顔を見せたくないのだろうと思える。
『では、引き続きお願いします。』
あの様子では暫く掛かりそうだと判断したかぐやは、扉が静かに閉まっていくのを見届けると護衛に後を任せ、病室から程近い自販機のある休憩コーナーで休む事にして歩き始める。
二人の時間を邪魔する気持ちは微塵もない。
お昼時ではあるが、雁案から勧められたパンを食べたお陰で空腹を感じてはいない。
この階の奈央と上の階の雁庵以外は入院患者はいない様で、廊下には四宮家の護衛以外に人影はいない。
自販機で水を買ったかぐやは、設置された長椅子に腰を降ろす。
他人はいいのだろうが、かぐや自身は缶コーヒーやペットボトルのお茶などは、どうにも口に合わない。
舌触りにざらつきがあったり、余計な苦味や渋味に強い甘味など、かぐやの好みには合わないのだ。
水を飲みながら意図的に思考を呆けさせていると時を告げるチャイムが聞こえて、目に入った壁掛け時計の針は午後一時を指していた。
流石に明るすぎる時間帯と身体は未成年ではあるが、今は強いアルコールが欲しい心境ではあった。
余談だが、かぐやは白銀御行を愛してるが幾つか嫌な点がある。
その一つが、御行がコーヒー党である事。
かぐやもコーヒーを飲むので、コーヒー自体が嫌いなのではない。
問題なのは、その臭い。
夫である御行がトイレに行った後は、一定時間は間を空けてから十分な換気と消臭をしないと、トイレがコーヒー臭い。更に、カフェイン中毒気味の御行はカフェインの作用でトイレが近い。
従って、臭いが抜けないまま上書きされる。
為に、家ではかぐやは意図的にトイレを我慢する。
しかし、ある時かぐやは気が付いた。
───私もコーヒー臭いのでは?
本当は臭うけど、御行さんは私に遠慮して我慢して言わないだけで・・・。
それから、かぐやとコーヒー臭との戦いが始まった。
トイレ掃除の回数を増やし、臭いを消す機器や消臭剤などの商品を多く試して、試行錯誤を繰り返して何とか臭いを撃退した。
───好きな人に、コーヒー臭いなんて思われたくない。
その一心だった。
しかしながら、かぐやは段々とお腹が空いてきた。
雁庵から貰ったパンの量は片手程の大きさしかなく、いくら少食気味であっても普段の食事量の1/5〜1/4程では、胃の準備運動になってしまっていた。
少しは消化の足しになる物をと自販機を見てみるが、そこに意外なものを発見してしまう。
「カニ風味の和風出汁の雑炊」
「松茸のお吸い物風スープ」
商品名からおかしな日本語になっているが、味は想像しやすい。しかし、コーンスープなどではなく出汁とは、病院ならではというラインナップなのだろうか?と首を傾げたくなるが、とりあえずはおかわりを求めてる胃に送り込もうと意を決して買ってみる。
出てきた缶のプルタブを立てると、芳醇で美味しそうなカニの匂いがかぐやの鼻に訴えてくる。
一口飲むと昆布出汁とカニの風味が口いっぱいに広がり、遅れて柔らかくなったお米が舌に当たる。
主人に抗議していた胃は、それらを送り込まれると満足したのか、抗議をやめた。
少し尖り気味の味と舌触りながら悪くはないと、かぐやは飲み干してしまった。
『なかなか美味しいわね。
缶コーヒーの代わりに差し入れに使えそうね。』
メーカー名を確認しながら、かぐやは独りごちる。
ついで、「お吸い物風スープ」という変な日本語になっている商品も飲んでみる。
こちらは松茸の風味が一応するが、椎茸の方が正しい様に思える。
面白い話ではあるが、栽培方法が確立され大量生産されるまでは椎茸の方が高級品で、松茸はそこらにある価値の低いキノコ扱いだった。
今日では逆の扱いになっているが、椎茸の方が余程有用だと主婦目線のかぐやは思っている。
一服したかぐやを、今度は満腹感から午睡が襲い始める。
うつらうつらし始めたかぐやに声を掛けてくる人物が居た。
『こちらでしたか、お嬢様。』
早坂奈央の夫で、愛の父親である正人だった。