白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
四宮かぐや達はかぐや発案の「文化祭にバンド演奏を行う」企画の練習に勤しんでいた。
───木曜日・宵のうち
石上優の鞄を持って後を追い掛けた伊井野ミコは、通学路から外れた公園で先に帰った四条眞妃が優に抱き締められている姿を目撃する。
公園の境の壁に隠れて様子を見るが、それ程大きくない公園の反対側には下校中の小学生グループや買い物帰りの主婦たちが、ミコと同じく事情は解らないがただならぬ雰囲気の二人の様子を伺っていた。
ギャラリーの見つめる中で優はしっかりと眞妃を抱きしめており、それがミコには自身にもよく解らない苛立ちを募らせる事になる。しかし、よく見ると優の横顔には困惑が色濃く出ている。
抱きしめる手も、抱きしめるというよりは添えてる程度に思えてきた。
当の優は、眞妃の言いなりになっていた。
体育倉庫の一件以来、眞妃と白銀御行は幾分気安い関係になり、流れで田沼翼への恋心を相談していたが、その場に優が居合わせる事もあった為に眞妃の恋心を優も知っている。
生徒会室を出た後の眞妃は何もかも振り切る様な速さで鞄片手に走り出してしまい、優はそれを追いかけ続けた。
校舎を抜け、下駄箱で素早く履き替え、校門をくぐる。
四条家の送迎だと思える車と人を置き去りにして眞妃は駆け続け、追いかける優も元陸上部だが短距離を主戦場にしていた為に、流石に息が上がり始める。
秀知院学園の校舎が見えなくなる距離まで来たところで、眞妃は通学路を外れてこの公園に入り、優もここでやっと追い付いた。
『・・・先輩。』
これほど走ったのは体育祭以来の為、優の息は上がりきってしまい一言眞妃に掛けるのがやっとだった。
多量の汗をかき両膝に両手を付いて激しく息をする優とは対象的に、眞妃は少し呼吸が激しい程度の変化しかない。
───少しは練習しよう。
かけっこで女子に負けるのは流石に情けない。
そんな事を考えながら優は眞妃の返事を待っていると、眞妃は振り返らずに優に言葉を返す。
『・・・こっちに来て。』
不審に思うが言われた通りに優は眞妃に近付くと、持っていた鞄を落として眞妃は優の胸に飛び込んだ。
唐突な行為に戸惑いを飛び越えて固まってしまう優だったか、矢継ぎ早に眞妃の指示が飛ぶ。
『・・・抱きしめて。
今だけでいいから、早く!』
優はあまりに大胆な眞妃に押し切られて彼女に優しく腕を回す。
やった事のない行為の為に力加減が解らず慎重に回した腕に力を込める。
『もっと強く抱いて!』
重ねて眞妃の指示が飛び、優は素直に従う。
夕暮れが最後の陽光を地上に投げかけて沈んでいく中、二人の男女は呼吸すら忘れたかの様に固く抱き合っていた。
優の胸で啜り泣きを始めた眞妃を優は力を緩めて優しく抱き締め直す。
───眞妃が気が済むまで胸を貸そう。
優はそう考えていた。
そこに後を追って辿り着いたミコは、そうとは知らずに抱き合ってる二人を見つけ、公園の境の壁から公園内の植え込みに移動して、隠れて二人の様子をうかがっていた。
二人の足が早かった為に見失ったミコは、一息つこうと通学路の空き缶やゴミ拾いで立ち寄るこの公園に来たのだ。
とんでもない光景を目の当たりにして、意外な行動力のある優に戸惑いを隠せないミコ。ただ、ミコは気が付いた。
───なんか、人が多くない?
この公園の近くの通学路がミコの通う道なのだが、この時間帯は背広姿の人など滅多に見かけないのに、公園を取り囲む様に所々に立っている。
眞妃達二人を見物していた主婦達も小学生達も、公園周辺に背広姿の人間が増えてきて空気が変わりつつある事を感じ取ったのか、足早に帰路について公園内にはミコと優に眞妃の三人しか居なくなっていた。
『覗きなんて感心しないな。』
『へぇ!?』
眞妃達に集中していたミコは、唐突に声を掛けられて驚いて振り向く。
が、声を掛けた人物はミコの反応など気にせず、その横にしゃがみ込んでミコと同じ姿勢で眞妃達二人の様子を伺う。
『大胆だよね。
こういうのは、初めて?』
『そ、そんな訳じゃないですけど・・・。
あ、あなたは誰ですか?』
見覚えのない学生服を着た男にたじろぐミコは、相手に問いつつ見覚えがある相手だと気が付く。
───確か、この人は───
『始めまして、四条眞妃の弟の四条帝です。』
爽やか、としか表現できない笑顔で名乗られて、ミコはたじろいでしまう。
風紀委員の活動の為に特に男子からは好意的に見られた事はなく、この種の笑顔を向けられた事も少なく、慣れないだけに戸惑っていた。
『伊井野ミコ、と言います。』
そう返すのが精一杯だった。
『それで、伊井野さんは姉貴の学校の人だよね。
なんであんな事になったのか、教えてくれない?』
右手を頬に当てながら口元を緩めて、左手で眞妃達を指差しながら聞いてくる帝は、目は笑ってなかった。
帝の冷たい眼光に射られて、ミコは息もできない程の圧迫感に襲われた。
今のミコには、帝の圧力に抗う術がなかった。
『し、四条先輩が・・・、足取りが危なかったから、石上が付いて帰っただけで・・・。』
直感が本当の事を話すなと警告した為に、ミコは多少柔らかい表現で帝に事情を説明する。
誤魔化すのは優の事で慣れている為か、サラリと言葉が出てくる自分自身にミコは驚いていたが。
『あの姉貴がね・・・。』
『何してんの、帝?』
今度は、帝とミコの二人に声が掛けられ同時に眞妃達が居た方に顔を向ける。
二人が潜んでいた、しゃがめば大人でも隠れる事ができる植え込みの反対側に、渦中の眞妃と優が立っていた。
付いてもいないホコリを払いながら立ち上がった帝につられてミコも立ち上がる。
『あっ、姉貴っ。
何ってっ、彼女とお喋りしてただけだよぅ。
姉貴達は取り込み中の様だったから。』
帝はそうは言いつつ身構えていた。
それだけで眞妃との力関係が解るというものだ。
『ふ〜ん・・・。
私の後輩虐めたら、承知しないわよ。』
『する理由がないよ。』
「今さっき、貴方の私に向けた目は笑ってませんでしたよ。」
ミコは内心そう思っていた。
『ああ・・・、ところでそちらの彼は誰なの?
彼女とは自己紹介したんだけど?
ついでに、姉貴を泣かせた理由を弟としては知りたいな。
僕は、四条帝。
四条眞妃の弟です、よろしくね。』
『石上優と言います。
四条先輩にはいつもお世話になってます。』
『ちょっと、帝。
優も。』
『・・・名前で呼び合う仲なんだ。』
『何勘違いしてんの!
優と私はお友達よ。』
『姉貴が名前で呼ぶ友達なんて殆どいないじゃない?』
『そ・・・、そりゃまあ、そうだけど・・・。
それより、何の用なのよ、帝!』
『しばらくは送り迎えが付くって父さんに言われたろう?
今日は予定が無いから、先に乗ってたんだよ。』
途中から眞妃を抜きで優と話をしようとしてる帝と眞妃のせめぎ合いになっているが、庇われてる優も帝とちょっと話がしたい心境になっていた。
この場にミコも帝も居るとは思っていなかった優は、ミコが帝に何かされたのではないかと疑っている。
ミコと違って記憶を思い出す時間のあった優は、帝が常人離れした活躍をしたサッカー部の交流試合の対戦相手である事を思い出していた。
今も向けられている棘のある態度も、眞妃に胸を貸していた事が気に入らないんだろうと当たりを付けている。
実の姉が知らない男と抱き合って泣いてれば、弟でなくても泣かせた理由を問いただしたくなるのは当然だと優も思う。
───さて、どうしたものか・・・
『四条先輩?』
『なに、優?』
『なんだい?』
『・・・貴方とは、先輩・後輩関係ではないと思うのですが?』
『ああ、そうだったね。』
この態度から、態と口を挟んだなと思える。
刺々しい態度の理由は解らなくはないが不快は不快だった。
『優は、私に話があるの。
帝、邪魔しないで。』
『先輩、弟さんは誤解されてる様ですから誤解を解きたいのですが、あの事を話してもいいですか?』
『・・・構わないわよ。』
『では。
四条先輩は仲介役をしていたんです。
恋愛関係になりたがっていた男女がいたんですが、先輩が橋渡しをして上手くいったんですが、その後でダメになってしまったんです。
その事に先輩は責任を感じていて。
僕も関わっていたので、先輩が責任を感じる必要はないですと話してたんです。』
我ながら下手な嘘だとは思うが、有り体に全て話すのは眞妃を傷付ける事にしかならない為に、ところどころをボカしたり嘘を付いて話をまとめる。
今は必要なのは、帝を納得させる事だと考えて話を展開する。
気掛かりは、この話に眞妃が乗ってくれるかどうか・・・。
『・・・姉貴、本当?』
『・・・そうよ。』
眞妃が同意してくれた事で優は胸を撫で下ろす。
視線を帝から外した時にミコとも目が合ったが、ミコも無言で頷いてくれて二人との合意は形成できた。後は、帝がこの話で矛を収めてくれるかだが・・・。
『・・・それなら、いいけど。
てっきり、姉貴の彼氏かと思ったんだけど?』
『・・・その時は、紹介するわよ。』
互いに微妙な間や言い回しから、奇妙な空気が二人の間に流れる。
『ところで、弟さんは四条先輩に用事があったのでは?』
『ああ、そうだよね。
姉貴、しばらく送迎が付くってなったんだから、頼むよ。』
『堅苦しいのよ。
朝だけでなく帰りもお迎えなんて。』
『贅沢言わないの。
ともかく、帰ろう。』
『・・・。』
促す帝にあからさまに嫌がる眞妃。
確かに、このまま送迎の車に乗れば二人っきりであれこれ聞かれてしまうだろう。
姉弟なら、どう話せば喋らせる事が出来るか熟知しているだろう・・・。
ここで優は二つ目の嘘を付く。
『すいませんが買い出しを頼まれてまして、これから四条先輩と行く予定なんです。』
『・・・そうなの?』
『・・・そうよ。
ちょっと買わないといけない物があるの。』
『なら、用事のあるところまで送るよ。』
『帝、先に帰っていいのよ?
私達のは時間掛かりそうだから。』
『送るぐらい問題ないよ。
車の方が早いしさ。
えっと、君はなんと呼んだら良いかな?』
『石上優と言います。
苗字でいいですよ。』
『石上さんか・・・。
よろしく。
申し遅れました。
姉貴の弟の四条帝と言います。
姉貴がいつもお世話なってます。』
帝はそういうと右手を差し出してきた。
優には躊躇いもあったがここで拒絶する理由もない為に、差し出された帝の手を握る。
『それじゃ、車に案内するよ。』
帝の案内で三人は四条家の車に乗り少し離れた百貨店に向かう。
『姉貴、解ってるよね。』
『早めに帰るわよ。』
『迎えは一時間後には寄越すから。
じゃ、石上さん、伊井野さん。
姉貴を頼みます。』
三人を送った帝は、そう言い残すと送迎の車を出させる。
『すいません先輩。
でしゃばってしまって。』
『良いわよ。
帰りたくなかったのは本心だし、時間稼ぎにはなったわ。
ありがとう、優。
ごめんね、伊井野さん。
こんな事に付き合わせて。』
『そんな事ないです。
先輩、気にしないでください。』
『それじゃ、行こうか。
どこか見る?
それとも、何か食べない?
奢るわよ。』
『では、遠慮なく。』
『そうこなくっちゃ。』
気を回したつもりが返ってややこしい事になってしまった。
優はそう思っていた。やはり、僕では会長や四宮先輩みたいにはできないなと・・・。
そう考えてると背中を軽く叩かれた。
『ほら、石上。
行くわよ。』
ミコに促されて顔を上げた優は、気持ちを切り替えて眞妃の後を二人で追った。
─────つづく