白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
入院した早坂奈央を見舞いに来た四宮かぐやは、父親・四宮雁庵と知人で藤原千花の曽祖父に当たる藤原老人の口論から、予定より早く、かぐやの近侍・早坂愛の「密告」の任務を終了させる事に成功する。
───火曜午後・病院の休憩室
怪我で入院した早坂奈央を見舞いに来た四宮かぐやは、母娘の時間を邪魔しない様に休憩室で過ごしていたが、奈央の夫の早坂正人が探しに来た。
『お嬢様、こちらでしたか。』
『あぁ、おじっ、・・・どうしたの、早坂?』
休憩室に居たかぐやは、空腹感を紛らわせる為に飲んだ自販機の缶スープで、予想以上の満腹感を得られた為に午睡に襲われていたが、正人に声を掛けられて急いで睡魔を追い散らして体勢を立て直す。
思わず、「おじ様」と言いそうになってしまい言い直すが、正人は目元が柔らかくなる。
『いえ、お一人のご様子でしたのでの。
申し訳ありません、不出来な娘でお嬢様をお一人にするなど。』
『・・・いえ、考え事をしたかったので席を外して貰っていたんです。
奈央さんに付いておく様にとも申し付けましたし。』
常にかぐやの側に居る筈の正人の実娘でかぐやの近侍を務める早坂愛の姿が見えず、役目を放棄して離れていると正人が解したと判断したかぐやは咄嗟に辻褄合わせの言い訳をする。
恐らく、奈央の病室での出来事はまだ把握しては居ないだろう。
伝わっているとすれば、愛の「密告」の役目が終わる事だけだろうか・・・。
『そうだわ、聞きたい事があったのだけど、いいかしら?』
『何でございましょう?』
『お父様、偏食なの?』
『・・・パンがお好きなのはお若い頃からと聞いております。』
『どの種類が好みかしら?
惣菜パンやデザートみたいのや、食パンやバスケットとか。
暫くは行けないから、冷凍で送りましょうか?
長持ちしますし、解凍すれば結構食べれる上に、これから寒くなるから丁度良いのだけど。』
『お嬢様、お詳しいですね。』
『一昨年までは知らない事ばかりでしたけど、高校生にもなって世間知らずだと会話が続け辛くて・・・。』
『そうでしたか。』
『それで、お父様の好みは?』
『そうですね、アンパンはお好きですね。
クリームパンや流行りの物はあまりお好きではない様ですね。
食パンとバターはこだわっておられますね。
濃く淹れた緑茶と合う物をお出ししております。』
『おっ・・・、ごめんなさい。
今だけ「おじ様」と呼んではダメかしら?
言いにくて・・・。』
『・・・構いませんよ。』
以前のかぐやは、知識としては把握しているだけで、現物は知らなかった。
学生生活を送る内に、実物に接する機会が増えたのだ。
正確には、想い人の白銀御行の好みを調査したり、友人の藤原千花に激辛エクレアを食べさせられたりと、色々経験した結果である。
特に激辛エクレアは見た目はおかしくなかったが、チョコレートに唐辛子が混ぜられていたり中のクリームがマスタードと和辛子が混ぜられているなど、見た目を裏切る凶悪な辛さで千花に厳重抗議した程だった。
思えば、あの頃から千花に振り回されて精神的にタフになった気がするが・・・。
激辛エクレアは注文販売だが市販されていた為に、二重に驚いたが。
千花の言い訳としては、家族とのゲームの罰ゲーム用エクレアを間違えてかぐやに出してしまったとの事だったが、あれから千花が勧めてくる物に警戒心が働く様になってしまった。
二人が話し込んでいると、正人が背後に顔を向けた。
次いで複数の足音が聞こえて、二人は話を中断して廊下を注視する。
護衛と共に現れたのはかぐやの再従姉妹の四条真琴だったが、かぐやを視界に収めると進路を変えて休憩室に入ってきた。
『やあ、かぐや君。
ここに居たのかね?』
『はい、少し疲れてしまいましたので。』
素早く正人は脇に移動して道を開け、かぐやも立ち上がり居住まいを正す。
『まぁまぁ、そんなに畏まらないで。
ところで、かぐや君。
さっきは、何か、見た、かな?』
遠慮なしに近付きかぐやの両肩に両手を置いた真琴は、口元は笑っているが目は笑っておらず、言外に暗に奈央の病室での出来事を口外しない様に、かぐやに釘を刺す意味合いが滲み出ている。
しかしながら、当の真琴の後ろに居る護衛達は口元や目が笑っていて、釘を刺すならそっちじゃないか?とかぐやは思ってしまう。
『なっ、何の事でしょう?』
『うん、良い子だ。
君は出世するよ。
私が保証する。』
『嫌ですわ、おじ様。』
とりあえず真琴に話を合わせて曖昧な返事と愛想笑いでかぐやは流すが、そんな真琴の態度に傍らに居る正人は片眉が反応してしまう。
『まあ、その話は冗談だが、少し君に聞きたい事があってな。
・・・学校で何があったんだ?』
『・・・どういう事でしょうか?』
急に声を低く潜めかぐやに耳打ちする程に顔を近付けた真琴は、小声で話を続ける。
『・・・眞妃が部屋から出てこないんだ。
昨日は目を赤くして帰って来てそのまま部屋に入ってしまってね。
私や帝が呼び掛けても、返事もしないんだ。
こんな事は初めてだ。
何か、知らないか?』
『・・・。』
───さて、困った。
連絡が付かないのはかぐやもで、眞妃の心情を考えると真琴に原因と思える事を告げる訳にはいかない。
『相済みません。
クラスが違いますので、私も把握していなくて。』
『そうか、君も知らないか・・・。
帝も心当たりが無いと言ってたからな・・・。
まあ、例え娘でも女性の事情を詮索するのは野暮だな。
解った、ありがとう。
それでは、私はこれで失礼するよ。』
『奈央さんのお見舞い、ありがとうございます。』
『・・・彼女とは、長い付き合いだからな。』
そういうと真琴は温和な笑みを浮かべるが、その眼光は正人を一撫でしていた。
四宮家と四条家の関係を考えれば見舞いに真琴が来てる事自体がありえない事であり、白銀かぐやが経験した歴史では幼少期以外で四条真琴に会う事は無かった。
父親の雁庵の葬儀も法事でも、かぐやは真琴と会う事は無かった。
『ところで、おじ様。
最後に一つお聞きしたいのですが、奈央さんの事はどちらで?』
『かぐや君。
片田舎ならともかく、日本の東京にどれだけの「目と耳」があると思っているんだね?
・・・映画鑑賞もあまり派手だと目立つよ。』
『・・・ご、ご心配ありがとうございます。』
最後は小声で忠告する様な言い草だが、暗に一学期に白銀御行を偶然を装って映画館で遭遇した様に偽装し、そのまま映画館デートした(一列違いの席の為にデートしたのか微妙な判定)事を示唆している。
当然、見られたくないものを見られた(直接でなくても把握されていた事に)事にかぐやは忘れていた羞恥心を呼び覚まされて赤面する。
『妹で遊ぶな、見舞いが終わったんなら帰れ。』
苦々しげな表情と口調で、護衛を伴って登場したかぐやの兄である四宮雲鷹が横槍を入れる。
『失礼だな。
親睦を深めていただけだよ。
それより、君こそその貧乏ゆすりは何なんだね。』
『うるせい。』
言い返された雲鷹も落ち着かない様子だが、言い返した真琴も深呼吸を始める。
二人して何処かおかしな様子で、かぐやと正人は首を傾げる思いでいた。
『あの、お兄様?
何かあったんですか?』
『別に何もねぇよ。
・・・お前は気にしなくていい。』
『そうだよ、かぐや君。
余計な影響を受けないで、君は今のままでいいのだからね。』
『・・・おい、行くか?』
『・・・ああ、行くとしよう。』
何の事かさっぱりなかぐやと正人を残して、真琴と雲鷹は廊下を進んでいく。
見送るかぐやの目には、両人の護衛達の目や口元が笑っているのは不可解に映る。
『・・・まったく、家内は熊かなんかじゃないだがな。』
嘆息する正人の小声の一言でかぐやは理解する。
これから、奈央の病室を二人は再度訪れるつもりなのだと。
───あそこまで緊張するなら行かなければいいだろうに、とは思うかぐやだった。
二人残されたかぐやと正人は、最初にかぐやが、次いでつられて正人もクスクスと笑い出した。
雲鷹と真琴、二人の緊張してる姿がおかしかったのだ。
本当は奈央と愛の二人の時間を邪魔してほしくはないが、昼食と薬を渡した時の様子から大丈夫だろうと判断した。
それより、かぐやは滅多に機会のない正人と二人になれたので、聞きたい事があった。
『面白いものです。
あのお二人が奈央さんに頭が上がらないなんて。』
『妻は、お二人とは長い付き合いと申しておりました。』
『おじ様、ごめんなさい。
兄のせいで、奥様が怪我をする事に・・・。』
『・・・お役目を果たせて、私は妻を誇りに思っております。』
『・・・ありがとうございます・
もう一つ、おじ様に不快な思いをさせてしまうと思うのですが、聞きたい事があるんです。』
『・・・何でございましょう。』
『私が変わった記憶力を持っている事はおじ様も知ってると思いますが、その記憶力である事を覚えているんです。』
『・・・。』
『・・・私は、愛さんにおしめを替えて貰った記憶があるんです。
それも一回ではなくかなりの期間の、です。』
『・・・娘は、お嬢様とは一歳近く歳が離れてますから・・・。』
『いいえ、私の記憶の中の愛さんは自分の足で立って、一歳ぐらいの容姿ではなかったです。
もう少し大きく見えました。
おじ様、私と愛さんは本当に一歳未満しか離れていないのですか?』
『・・・思い違いです。
では、ご納得頂けないでしょうか?』
『・・・残念ながら。』
『・・・そう、ですね。
暫しお待ち下さい。』
そう告げると、正人はかぐやを残し休憩室を後にする。
かぐやは記憶力に優れているが完全記憶の持ち主ではない。
───「直観像記憶」
カメラアイとも呼ばれる見た瞬間の情景や感情などをそのまま記憶し、思い出す事が出来る記憶力が優れている。ただ、あくまでかぐやは優れているだけで、興味のない事は忘れてしまう。
一般的に、五歳ぐらいまでの記憶は九歳ぐらいまでで殆ど思い出せなくなる。
かぐやの場合は全てを覚えている訳ではなく、印象深かった瞬間を中心に忘れがたい記憶として良い場面も悪い場面も思い出せてしまう。
大部分の幼少期の記憶は、かぐやにはトラウマに近い思い出したくない記憶である。
オシメの件の相手である愛自身は、もう覚えてはいなかった。
奈央に訪ねた事もあるが答えは得られなかった。
その為、正人に問うたのだ。
正人が戻ってくるまでの間、かぐやは本当に聞くべきだったが、聞かない方が良かったか、内心は葛藤していた。
愛本人も知らない秘密を知り得ても、それは何の意味があるのだろう?と。
それほど待たされたとは思わなかったが、正人が休憩室に再び現れるまで三十分を要していた。
『お嬢様、お待たせ致しました。
ご当主様に許可を頂かなければいけなかったもので、お時間を頂きました。
・・・少し、昔語りにお付き合いください。』
正人はかぐやにそう前置きをすると、ゆっくりと話し始めた。
─────つづく