白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
怪我をして入院している早坂奈央を見舞いに来た四宮かぐやは、休憩室で奈央の夫の早坂正人と話し込んでいた。
───火曜午後・早坂奈央が入院してる病棟の休憩室
四宮かぐやの父親・四宮雁庵の秘書であり、かぐやの近侍・早坂愛の父親・早坂正人は、愛が生まれる前の話を始めた。
『・・・当時、私は早坂家の中で立場の弱い人間でした。
奈央は私より強い立場で接点はありませんでした。ただ、その頃の奈央は荒れていました。
丁度、雲鷹様付きの任を解かれた時期で、私は奈央の次の任務のサポートに付けられました。
・・・最初はかなりしごかれました。
それから、仕事上の接点から接する機会が増えて、彼女の苦悩を知る事が出来ました。』
『・・・。』
『そうして、私達は夫婦になる誓いを結び、愛を身籠った彼女と私は早坂家を出ていこうとしました。
私と彼女とでは不釣り合いと家の者達に反対されて、「身分違いの恋」と揶揄されました。』
『そんな・・・。』
『その時に、どうゆう経緯かでは解りませんが、私はご当主様の秘書に選ばれて彼女と会う事もままならなくなりました。
恐らく、身重の奈央だけならば説き伏せるなり出来ると家の者達は考えたのでしょう。
愛を産んだという知らせだけは聞けましたが、会う事は出来ず・・・。
引き離される前に奈央のお腹の子の名は「愛」と二人で決めていましたので、彼女なら名付けてくれると確信はしていました。
・・・あの頃は、どうやって奈央と愛に会うか、その方法ばかり考えていました。
そうこうしてる内に、彼女が愛を抱えて私に会いに来てくれました。
初めて自分の娘を抱いて、何もかもどうでもよくなりました。
ただただ、奈央と愛を守りたいとそのまま二人を連れて仕事も何もかも放り出して行こうとしたんです。
・・・若かったのですね。』
『そんな事はっ!』
『・・・ですが、事実です。
当時の私には力が無く、奈央との婚姻届も愛の出生届も出せない状態だったのです。』
あまりの事実に、かぐやは息を呑む。
『奈央達と会った晩は、私はご当主様に付いて京都の祇園に居ましたが、そこに奈央が愛と来てくれたのです。
丁度、夜の雨が降り出した時でしたが、ご当主様の送迎用の車に二人を乗せる訳にもいかず、近くの建物の軒下で二人を雨宿りさせている間に傘を買いに走ったのです。
近くに八坂神社の門前のお店があったので、そちらに行きまして。
傘を買って急いで戻りましたが、二人の姿はありませんでした。』
『そんな、まさかっ。』
『その時にある女性に声を掛けられまして、二人を知り合いの家に雨宿りさせているからと場所を教えて貰って、会いに行きました。
雨宿りさせて貰った家の方々にも良くして貰いまして、その晩はそこに二人を泊めて貰いました。
翌日以降は、私の権限で確保できたホテルに二人を匿ったのですが、私が会っている時に早坂家の者達に見付けられてしまい二人は連れ戻されそうになりました。
奈央が愛を連れて来たのは、愛を養女として奈央から引き離し一生会えなくなると知って、せめて私に愛を抱かせたいと思ったからと。
その後で、奈央は彼女の家の縁から海外の親戚を頼って日本を出国するつもりだとも聞かされました。』
あまりの事実に、かぐやは声も出なくなる。
正人は淡々と話を続ける。
『自分の力の無さを心底恨めしく思いました。
ですが、何故か早坂家の者達は奈央達を連れて行くのを止めて、何も言わずに引き上げたのです。
当人達が動揺し混乱している様子は私達夫婦にも解りました。
・・・後から知ったのですが、その時に雨宿りをさせて貰い宿を貸して頂ける様に手配してくださった女性は、かぐや様。
貴女のお母様だったのです。』
『・・・お、お母様がっ!?』
『夜の街で子供を抱える訳ありの女性は珍しくないと仰られて。
ただ、奈央が昔の友達に似ていたから思わず声を掛けてしまったと・・・。
名代竹様がご当主様に私達の事をお話された事で、ご当主様が間に入って下さり、愛は私達の娘として正式に出生届を出せて私達も夫婦になりました。
そのせいで、愛の出生が書類上は一年程は実際の月日とズレているのです。』
『・・・そう、だったんですか。』
『・・・この事はいつかは愛に話さなければと思いながら、今日まで来てしまいました。
その後、ご当主様はかぐや様のお母様、名代竹様と仲を深められてかぐや様がお生まれになり、奈央が乳母を、愛が近侍を拝命致しまして今日に至るのです。
・・・名代竹様の事は、後悔しかありません。
あの時、名代竹様に助けて貰えなければ私達親子はどうなっていたかは解りません。』
『・・・ですが、
そのせいで愛とおじ様達は家族の時間を持てず、愛は密告の役目を押し付けられる事になりました。
私にもっと力があれば、もっと早くに。』
『・・・私は、これで良かったと思っています。
娘は、愛は自分で十分判断でき生きて行ける強い子に育ってくれました。
あの時の私達の様に、翻弄されるだけの人間にならない様に。
・・・早坂の家も私達も見限って捨てて行ってくれる程に、強く育ってくれました。』
かぐやの正面に立ち話をしてくれていた正人は、一瞬遠い目をする。
まるで、自分自身に言い聞かせる様に、その表情は哀愁を帯び右手は拳になり強く結んでいた。
かぐやは、掛ける言葉が見つけられなかった。
ただ、正人の言う「強く育って」とは愛が習得したスキルや身体能力の事だろうとは思える。
今の時点では将来の話だが、兄達の行ってきた悪行や、大人になった後に藤原千花の依頼で行った調査等、愛が突き止めた「事実」はかなりの精度と危ない情報だった事を思うと、荒事を担ってきた早坂家内でも上位の教育を受けていたと考えられる。
『・・・名代竹様は、ご当主様に仰っしゃられたそうです。
「「国家の心臓の四宮家」等とお高く止まっていても、ご自分の側にいる人の苦悩も苦境も解らない人では、私は願い下げです。」
ご当主様は、その気っ風の良さに爽やかな気持ちになったと好感を持たれたそうです。』
『お、お母様、大胆・・・。』
そうは言いつつ、かぐやはもう会えない母親・名代竹を誇りに思う。
もし自分であれば、押し黙って何も言えなくなるだろう。
その大胆さは夫になる白銀御行にも通ずるところがある。
『私の話は、以上であります。
妻や娘を失わずに今日まで来れた事は、私にはこの上ない喜びなのです。
・・・ですが、慢心がなかったとは思いません。
何処かで、「早坂の家の者として」という考えがあったのは確かです。
父親として、私が動くべきだったのです。
お嬢様には、ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。』
『謝らなければならないのは私の方です。
愛が側に居てくれるから、私はつつがなく生活が送れています。
愛の苦しみも理解せず無理ばかりをさせてきたのは、私です。
私の方こそ謝らさせてください。』
頭を下げる正人に、かぐやは立ち上がり居住まいを正し頭を下げる。
実際に愛が四宮家を去った後は泉岳寺別邸は混乱し、かぐやには心休まらない「場所」になってしまった。
愛が整えてくれていたからこそ、あそこはかぐやにとって「帰る家」として機能していたのだから。
頭を下げ合っていた二人はどちらからともなく頭を上げる。
自然と二人は微笑みをたたえるが、かぐやは直ぐに顔が曇ってしまう。
『・・・おじ様はこんなにも愛情深く愛を見つめているのに、お父さんは・・・。』
『・・・そんな事はありません。
かぐや様の関東への転居もご当主様のご意向です。
それに・・・、
これは内密にして頂きたいのですが、この病院はかぐや様の為に建てられたのです。』
『・・・え?』
『かぐや様が関東に来られる頃、この病院の設立の話がありまして、ご当主様が資金と用地をご用意されました。
「関東に四宮の医療拠点が必要だ。」
と、仰せられまして。
泉岳寺も、
「関東に要人と面会できる場所を設けておく必要がある。」
と。
計画自体は雲鷹様に任されましたが、資金はご当主様が支出され、
「かぐやが生活できる事を考慮する様に。」
と、申し付けられました。』
『・・・そう、・・・だったんですか。』
長年、父親に放置されてるだけだと思っていたかぐやとしては、意外な事であると同時に回りくどいと感じもする。
しかしながら、父親が自分には愛情を向けてくれたのは僅かな記憶しか無かったかぐやには、驚きと戸惑いと、嬉しさが同時に込み上げてくる思いだった。
『長い話にお付き合い頂き、ありがとうございました。
申し訳ありませんが戻らねばなりませんので、私はここで。
誰か付けなくてもよろしいですか?』
『構いません。
私も奈央さんのところに伺いますから。』
『解りました。
では、失礼致します。』
そういって、正人はかぐやの元を離れる。
かぐやは、壁に体を預けてそのまま物思いにふける。
自分の事に全く興味がないのだと思っていた父親が、かなり回りくどい愛情表現をしてる事に思いを馳せ、一人呟く。
『・・・回りくどいのは、家系かしら・・・。』
大人になり社会人になり、家庭人にもなった白銀夫妻は偶に、
「用意周到だが回りくどい」
等と言われる事がある。
「似た者夫婦」
とは、よく言われはするが、環境と親の影響が大だなと思える。
『さてと、気持ちを切り替えていきましょう。』
そう独りごちると、かぐやは奈央の病室に向かう。
帰ったと思った護衛達が廊下に居るところを見ると、兄の雲鷹と再従姉妹の四条真琴の二人は、まだ絞られているんだなと呆れもする。
荒れてるところに踏み込むのは得策ではないなと思い、回れ右をしようとするかぐやを呼び止める者が居た。
『かぐや様、いかがされますか?』
呼び止めたのは近侍の愛だった。
『早坂。
・・・今、行くのは藪蛇よね?』
『・・・お勧めしかねます。』
『なら、待ちますか。』
『はい。』
周りの目がある為、あえて畏まった言い方をお互いにする。
かぐやは二人が正座させられてる姿をもう一度見てみたいが、飛び火を受ける可能性もある為、断念する。
居並ぶ両家護衛に頭を下げると、かぐやは愛を伴い病室を後にし、廊下をゆっくり歩く。
『愛、お昼どうしましょう?』
『こちらの病院の食堂を使いますか?』
『そうしましょう。』
『解りました。』
関係各所に連絡し、直様席を抑えた愛の案内で病院本館の食堂に来たかぐやは、席に着くと料理が来るまで暫し外を眺めていた。
食堂は本館の最上階に設けられていて、外の景色は都心から少し離れている為に自然豊かな風景が広がっていて、目に優しい。
席に着いた後、二人は一言も話さない。
妙な沈黙は食事を終えた後も続き、無言のまま二人は座り続ける。
二人が沈黙しているのは、互いに何を話していいか解らなかったからだ。
実は、愛は父親・正人とかぐやの話を聞いていたのだ。
奈央の病室を再度訪れた雲鷹と真琴は、奈央に釘(正座)を刺された為に互いに言い合わない様に話題を選んで無難に見舞いをしていたのだが、付き合いが長い為に気安い部分があり、対立している家の者同士の関係とは思えない和やかな雰囲気で会話に花が咲いていた。
が、親しい関係の者達の子という事になる愛に当然の事ながら真琴の関心が向かい、自分の娘達も同学年の為にその手の話題となりあれこれ愛に聞いてしまう。
為に、問題ないと判断した奈央に促されて(逃げる様に)愛はかぐやの元に向かい、正人の話を聞いてしまったのだ。
自分の出生の秘密、かぐやとの縁、密告など、愛は考える事を放棄したい気持ちになっていた。
かぐやも、未来でも知り得なかった愛の秘密やそれに自分の母親が関わっていた事や、父親の非常に判りにくい遠回しの愛情表現。
何より、未来と違い自分が切り出した「愛の密告」の事後処理を考えねばならなかった。
食後の紅茶を一口飲み、かぐやが切り出す。
『奈央さんにも言いましたが、責めないで欲しいという話は聞けません。
私には愛を責める資格も権利もないから。』
『・・・。』
『その上で、今後をどうしたいか聞きたいの。
愛は、どうしたい?』
『・・・私は、・・・解りません。
前は、四宮家から距離を取りたいとか、辞めたいとか考えてました。
でも、今は・・・。』
『・・・お父さんと雲鷹兄さん、おじ様・・・、愛のお父さんも知ってる話だけど、私は大学は他国に行く予定です。』
『・・・海外、ですか・・・。』
『まだ、お父さんの了解は得れてないけれど・・・、反対されても押し切るつもり。』
『で、出来るのですかっ?』
『日本国内も殆ど知らない私だから、他国という実地で学びたいの。
国内は、どうしても「四宮」で色眼鏡で見られてしまうし、好きに出来ないから。
他国の人達と知り合ってみたいの。』
『・・・大変ですよ。
常識自体が違いますし。』
『・・・まあ、ね。』
愛の危惧はアメリカ留学や他国の仕事で骨身に染みて経験し、この時代のかぐやと入れ替わる直前はトイレから出られなくなる悪夢を経験もしてる以上、その事はかぐやは百も承知ではある。
時に夫となる白銀御行と愚痴り合い、慰め合った事もあった。
『まあ、その事は先の話だけど、私は貴女に謝らなければならなりません。
本当に、ごめんなさい。』
そういうと、かぐやは座ったままとはいえ愛に深く頭を下げる。
『そんなっ、止めてください、かぐや様っ。』
大きな声を愛は出しそうになるが流石にそれは堪えた。
病院の食堂で展望が売りの為か、席の多くはハメ殺しの窓の近くに集中している。
個室は無い為に柱の陰に当たる周りから死角になる席を抑え、昼下がりで食堂内に人は疎らな時間帯で見られる可能性は低くても、かぐやのこんな姿は他人に見られては困るし、見せたくなかった。
愛の言葉を受けて、かぐやもゆっくりと姿勢を元に戻す。
『・・・私は、貴女に知られる前に居なくなろうと思ってました。
「本当はやりたくなかった。」
いくらそう言い訳をしても、実際にやってきたのは私です。
・・・私がかぐや様を裏切り続けた事実は、変わりません。』
『・・・裏切りが怖かった、のかしらね。』
『・・・何の話ですか?』
『そういう事じゃないかしら?
こんな事をやらせる様になったのは、信用するから裏切られた時に衝撃が大きい。だから、信用自体をしない様にする。
人を信用せず道具と見て使う事しか考えない。
大多数の人間を使う立場なら、そう考えるしか無いのかも知れません。
人は、二人いれば争う生き物ですから。
・・・けれど、それでは人は生きていけないわ。』
『・・・。』
『私は、神様に感謝したいぐらいなの。
愛が側に居てくれて、御行さんに出会えて、他にも色んな人達と縁を結ぶ事が出来た。
窮屈な家だけど、世間一般に比べれば恵まれた生活を送れてもいる。
そんな風に感じれる私を産んでくれたお母さんにも、感謝してる。』
『・・・かぐや・・・。』
『だから、改めて、これからもよろしくね、愛。』
『・・・こちらこそ。』
愛は、そういうのが精一杯だった。
悲喜こもごも、色んな感情が渦巻いていた愛だったが、目の前に居るかぐやは確かな現実で、決して動かない。
そう感じさせてくれた。
テーブルの上で、二人は手を取り合いいつしか泣き合っていた。
それを離れた柱の陰から遠く眺める三人が居た。
護衛達を連れず、四宮雲鷹と四条真琴の再従姉妹同士と、雲鷹達二人と浅からぬ関係の早坂奈央と。
壁に背を預けてる真琴が口火を切る。
『何とか、収まったみたいだね。
あの子達は。』
『フンッ、甘いこった。
あいつがあんな腑抜けとは思わなかった。』
『「お兄ちゃんは甘い顔はできない」かい?』
『なんだとっ?』
『君ぐらいだろう、四宮の家の中でかぐや君に愛情を掛けてるのは?』
『何とでも、言えっ。』
『で、前から言ってた話。
乗る気はないかい?』
『出来ねぇ相談だ。
四宮が無くなったら、バランスが崩れる。』
『無くす必要はないよ。
四宮があるから他国は手控えてる。
国内も一応纏まってる。
しかし、これから先はそうはいかない。
変えなければいけなくなる。
それは、僕や君が感じてる事のままだよ。
だから、おじさんも僕と話をしてるのさ。』
『だからって、お前に協力するつもりはねえぞ。』
『しなくていいよ。
僕としては、話しやすい相手と話がしたいだけさ。
君のお兄さん達は、どうにもね。』
『俺達の時は、溝がハッキリしてた。
大兄貴達の頃は、その溝が形になる頃だった。
知ってるだけに、話なんか出来る状態じゃないだろう。』
『ところで、いつまで覗き見してますか?
コーヒーが台無しになりますよ。』
奈央の指摘する通り、少し離れたテーブルには三人分のコーヒーが置かれていて、冷めていた。
折角ですからコーヒーでもと奈央が二人を誘い、それならばと真琴が見晴らしが良いと聞いていた食堂に渋る雲鷹を連れてきたのだった。
奈央としては缶コーヒーぐらいで済ませるつもりだったのだが、真琴が気分転換にと熱心に誘うので渋々雲鷹と二人は折れたのだ。
こういうところは、四条真琴は強引なのだ。
『そうだね、折角だからと飲むとするか。
僕は実は冷めてる方が好きでね。』
『相変わらず猫舌かよ?』
『こういうのは、なかなかね。』
『ハイハイ、飲みましょう飲みましょう。』
かぐや達に気取られないように、奈央に促されて三人は冷めたコーヒーを飲み干し、その場を後にした。
────つづく