白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───早坂家の車中
『はぁ〜〜・・・。』
週一になりつつある早坂家の親子団欒の帰り道、後部座席の早坂愛はため息をつく。
今日は少し遠出した帰りの車内、早坂夫妻と愛娘の愛の三人だけの為、愛の普段は見せない弱気な一面が出てしまう。
『・・・どうした?』
ハンドルを握る愛の父親・早坂正人は聞いてほしいのだろうと察して娘に声を掛ける。
年に一度も会えなかった娘が、四宮かぐやの近侍として四宮家・京都本宅に同道する事で、こうして会う事が出来るので意図的に週末は仕事を手すきにする様にしている。
それも、そろそろ厳しくなってきてるが。
『・・・私、・・・お役に立ててるのかな?』
助手席にいる正人の妻の奈央は、最近は正人に愛の話し相手を任せる様にしている。
まだ自由の利く自分は兎も角、夫・正人は京都本宅を職務上離れられないので、今は譲っている。
『そう思える程度の仕事をしてるのか?』
『そのつもりはないし、仕上げてる。でも、かぐや様の事が時々解らなくなるの。』
『・・・主人の心は解らないものだよ。』
『・・・でも、朝早く起きて皆のお味噌汁作ったり、自分のついでだからって私のお弁当作ってくれたり、長時間労働だからって夜はお茶会にして休憩取らせてくれるの。
無茶な話も殆ど無くなったし、あんまりにも急に変わったから。』
『それは私も驚いたよ。』
『まったくよね。』
「それ」とはかぐやの料理の事で、正人の頷きに合いの手を入れる奈央だが、ニ人共苦笑せざるを得ないかぐやの「月見汁」(勝手に名前が付いた)は、知らずに食べた後で事実を知って唖然としてると、配膳や調理担当者達の目が笑っていた。
普段、京都本宅では笑う事も許されない雰囲気が支配しているのが、かぐや様が居られるだけで穏やかな空気になる。
大した「悪戯」だとご当主様も笑っているから誰も何も言えなかったが、まさか四宮家御息女が朝早くから調理場に立って朝食の手伝いをして味噌汁まで作ってるなど、信じられない光景だった。
いい影響なのか、黄光御母娘まで料理を始めて更に驚いたが。
伺ってみると、年頃になったからと言われたが想い人がお出来になられた様だ。
蚊帳の外にされた黄光様は「お気の毒」と、皆噂してるのが小気味良かったが。
まだ下らない事を言ってる親戚方は居るが、ご当主様の健康を気遣って行動に出したのはかぐや様だけだ。
あの親戚方は口では体を大事になど言ってるが、早く亡くなって欲しいという心底が見え透いてる。
味噌汁一杯で一食分としては十分栄養が足りてると担当者から報告を受けた時に合点がいった。
『東京でも、かぐや様はお作りになられてるだろう?』
『うん、毎朝ね。
この前は、料理長と競りに行ってたよ。』
『それも聞いた時は驚いたよ。』
愛は初めてかぐやの味噌汁を食べた時を思い出す。
───いつもの通り朝の支度を済ませてかぐやの寝室に入ったら、主人が居なかった。
慌てて別邸内をかぐやの居場所を求めて探すが見つからない。そして、意外な所に居た。
使用人用の食堂でかぐやが朝食を取っていたのだ。
使用人達も困惑してる。
『・・・なんで、ここで、ご飯食べてるのですか?』
取り乱して詰問したいのをこらえて、努めて冷静に周りの使用人達を代表して愛が尋ねると、
『朝から洋食は胃にもたれるの。
一人で食べても味気ないし、ダメかしら?』
『・・・。』
『それより、愛も食べない?』
『・・・朝は軽めにしてますから。』
『なら、御味御汁はどうかしら?』
『え、いえ、あの。』
『ね、飲んでみない?』
咄嗟にどう返していか解らなくなった愛の前に味噌汁が一杯差し出された。
料理長が味噌汁を出しながら時計を指さす。
かぐやの登校を考えるとあまり時間がないので、仕方なく今日は一緒に登校して車の中で小言を言ってやろうと考えながら味噌汁を一口飲むと、美味しかった。しかし、それより不可解だったのが料理長が楽しげだったのだ。
かぐやも楽しそうだった。
首を傾げる状況に料理長がひと言、
『今朝はかぐや様直々に作って下さった味噌汁です。』
言われた事を理解した時、
(会長さんの為に練習してたのか・・・。
えっ、みそ汁!?)
手に持ったみそ汁、次いでかぐや、料理長、また手元のみそ汁と愛の視線は目まぐるしく動く。
『どう、美味しいかしら?』
首を傾げてわざとらしく聞いてくるかぐやに、
『お、美味しいです。』
としか返せず、料理長とかぐやが同時に笑い出す。
してやられた悪戯とその時は思ったが、翌日から「かぐやの味噌汁」が当たり前になった。
早坂正人もかぐやの意外な行動に戸惑った事を思い出す。
まさか、かぐや様がハマチを目利きして、それを本宅に送ってくるとは想像など出来ず、「着いたら私が捌きますから置いといて」というメモ書きには2度驚き、本当に下ろして刺身にしていく姿に驚き疲れた。
理由を尋ねたら、『やってみたかったの。』と返された。
苦笑する料理人達にはさぞ愉快だろうなと、何時も張り詰めていた空気が多少弛緩する時があっても良いかと思えた瞬間だった。
ご当主様も最近は少し元気になった様で、庭にお出になってる時もある。
本当に、あそこまでかぐや様がお転婆だとは想像もできなかったが。
『戸惑う気持ちは解るよ。私も最近は驚く事ばかりだ。
「愛がしっかりしてるから私はつつがなく生活ができてます。」とかぐや様は仰っていたよ。』
言うべきか悩んだが娘を褒められて喜ばない父親はなかなかおらず、少しでも愛の元気が出ればと言ってしまう。
それに、かぐや様と名夜竹様が居なければ、私達はどうなっていたか解らなかったとも思う。
ただ・・・、
京都本宅と泉岳寺別邸の料理長は「早坂家の人間」であり、調理場という狭い空間に異分子であるはずのかぐや様が立ち入る事を許してしまった。
本宅で一度拝見したが、調理場で他の料理人達と変わらぬ服装で動いていたかぐや様は、数年は居る駆け出しと言われても違和感がない程、絵になっていた。
料理長がドヤしてるところなど、他の者達と扱いに違いがなかった。
見た時は肝が冷えたが。
料理長に聞けば、本人からそう扱って欲しいと言われて直ぐに音を上げるだろうと思ったら、「なかなかやれているので困ってます」と何時も仏頂面の「彼」から笑いながら言われて唖然とした。
「彼」だけでなく、本宅の者達のかぐや評価も徐々に好感に変わりつつある。
相対的に男三兄弟の人となりが「四宮家流」なのが原因だが・・・。
長男・黄光は「威圧」と「猜疑」。
当人も自覚があるのか、多少は気配りもするが「四宮雁庵の長男」・「次期当主」の圧力で歪んだ。
難はあるが学生時分は普通に近かった。
次男・青龍は長男の繋ぎでしかない。
才覚なども兄・黄光に劣る。
名家の次男としては才覚等は立場を弁えていると言えるが、当人はそれ故に屈折し己を弁えていない。
長男・次男は先妻の子である。
三男・雲鷹は殆ど本宅に居ない。
一応関東在住だが、長男・次男派の薄い分野を開拓して自身の派閥を作り上げている。
才覚等は黄光よりは上である。
結婚し子ができてから幾分丸くなったが、勢力的には長男派に一歩譲る。
彼は後妻の一人息子で、かぐやの保護者役を務めてる。
かぐやへの人格的影響は一番大きい。
彼ら三人は、今のかぐやの様に気さくではない。
近寄りがたく喋りづらい。
三男は人によっては「鼠」と罵倒し蔑視する事もある。
彼らが身を置く政財界は人が良いと貶められる為、身に付けたソレは自己防衛と教育によって植え付けられたともいえ、彼ら三人は普通の家庭に生まれれば秀才だが凡庸な人に育ったやもしれない。
では、長女で末妹のかぐやはどういう評価だったかというと「狡猾な箱入り娘」だった。
才覚はあるかもしれないが所詮「四宮家」の人間であり、男三兄弟の寝首を狙っている。
そう思わせる様にかぐや自身が演じていたが、「九月の強襲」でかぐや自身でその評価を覆した。
長男、三男相手でも一歩も引かず、居合わせた親戚衆を一喝してみせた姿に在りし日の雁庵を重ねた者も居た。
そうかと思えば、大量の土産を持ってきて年頃の娘の振る舞いの茶目っ気も出す。
土産も、定番物から変わり種や人気はイマイチだが息の長い物など、多種多様で話題になりやすい。
誰であっても気さくで、護衛や使用人達にも気を使う。
本宅は長男派か雁庵派が固めていたのが、かぐやが来る日が近づけば彼らの間で自然と話が出るほどに好感を獲得してしまった。
今までかぐやが本宅に近付かなかった為に、その人となりを詳しく知らない者が殆どなのだ。
眉を顰める者や煙たく思う者もいるが、かぐやは週末にしか来宅しないので嫌ならば本宅にその間居なければ良い。また、面倒な来客も時折あるのだが、かぐやが「雁庵や黄光」の代わりに対応してくれる。
為に、嫌がらせもあってかぐやの居る時間に来訪の時間を合わせてるのだが、粛々とかぐやが対応してくれる。
───それがかぐやの計算と看過せずに
雁庵と早坂正人は早々に考え至ったが、黄光は気が付いてない。
実のところ、黄光はかぐやが来客対応する事で助かっている側面がある。
人間誰しも苦手な相手は居る。
本来ならば次男の青龍がしなければいけない事を、末妹のかぐやがしている事に青龍自身は何も感じていないかの様だった。
実の兄である黄光ですら、ため息が出る。
やがて、早坂家族の車は京都駅から少し離れた近くで愛を降ろす。
駅の側は混む上に取り締まりがうるさい為である。
愛はかぐやと合流して京都駅周辺の土産物屋等を巡って、東京に帰る予定になっている。
土産物を買い過ぎて買ってないのを探すのが大変だと愛は溢し、早坂夫妻は苦笑するしかない。
どれだけの種類を買ったのか想像も出来ない。
駅に元気に向かう娘を見ながら車を出す夫妻の胸中は、後何回こんな平穏な日々が送れるのかと考えていた。