白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
───前回までのあらすじ
四宮雁庵と早坂奈央の退院の日、伊井野ミコと石上優は演奏の練習の約束を交わす。
───土曜日・田沼医師の病院
『やはり、病院というのは長居しない方がいいな。
身体まで薬臭くなる。』
『バターとパン臭いの間違いじゃないのかい?』
『薬より遥かに良い。』
関東視察からの定期検診で入院していた四宮かぐやの父親・四宮雁庵は、自身の小言に友人で一緒に入院していた藤原老人から茶々を入れられながら、退院する為に身支度を整えて病室で迎えを待っていた。
病室内には息子の四宮雲鷹とかぐやも居て、外は四宮家の護衛達が厳重警戒体制を敷いている。
『かぐや、少し会えんが長くはなかろう。
無理はするなよ。』
『はい、お父さんもお元気で。』
『親父、かぐやに言うより自分に言い聞かせろよ。
どんだけ食べたんだ?』
『関東もなかなか美味かったな。
しかしな、他国の物はちと硬いな。』
『日本と向こうじゃ、パンの位置付けと歴史が違う。
白米にチョコレートやジャムは合わねえだろう?』
『バターと牛乳はいけるぞ。』
『・・・あの食べ方はやめろって。
親父だけだぞ、アレを食べてるのは。』
『お前さん、あの食べ方をしてるのか?』
『あれは美味いぞ。
熱い白米にバターを乗せて、少し溶け出した頃合いに冷たい牛乳を掛けて、茶漬けの様に食べると、バターの塩気と牛乳の甘さが白米の旨味といい塩梅に混ざってな。』
聞いてるだけで胸焼けしそうな食べ方に雲鷹は呆れ、藤原老人は苦笑いする。
二人の反応にかぐやは自分も異端者なのだろうかと考えてしまう。
実はかぐやもこの食べ方が好きなのだが、藤原老人のひ孫でかぐやの友人である藤原千花にも全力で拒否された過去を持つ。
当時はこんなに美味しいものを何故嫌がるのか解らず、傷付いたものだった。
廊下で待機しているかぐやの近侍の早坂愛も、嫌いではないが強いて食べたいとは思わない代物だった。
味が想像しにくい方々は、ポタージュをご飯に掛けた物が近い物になる。
そんな話をしている病室にドアを叩く音がする。
『失礼します、お加減は如何ですか?』
『ああ、悪くない。』
入室してきたのは四宮家お抱え医師で、雁庵の主治医である田沼正造だった。
横には秘書官の様に女性看護師が付き従う。
『ご家族にお聞かせしても?』
『構わん。
結果は前回と変わらんだろう。』
『では、各種の検査結果ですが、数値は正常範囲ない。
御身体は年齢を考えれば大変健康です。
・・・ただ、認知症の初期症状が認められます。』
『・・・そうか。』
『御身体を、大事になさってください。
私からは、以上です。』
検査結果を伝えると雁庵は押し黙ってしまい、病室内には思い沈黙が降りる。
室内に居る者全てが告げられていた、或いは、察していた事実だった。
ここ数年、以前の雁庵の用意周到さや果敢さは影を潜め、時期当主として長男の四宮黄光に権限の移行を進めているとはいえ、往年の姿を失いつつあった。
『先生、コイツは解ったから、ワシャぁどうだい?』
『え、えっと・・・。
藤原さんも各種検査で特に問題になる数値は出ていません。
ただ、年齢を考えるとお酒と甘い物は控えられた方が良いです。』
『それ以外は問題ないんですな?』
『まあ、そうですね。』
『聞いたかえ?
お前さんとワシは五十歩百歩じゃと、ハッハッハッ。』
『・・・うるさい。』
女性看護師から慌てて資料を受け取った田沼医師は、藤原老人に検査結果を告げる。
それを受けて雁庵の事など歯牙にも掛けぬと言わんばかりに、無神経に雁庵の肩を叩いて豪快に笑い出した藤原老人に皆呆気に取られたが、雁庵を励まそうとしているのだろうと理解すれば誰も何も言わない。
塞ぎ掛けた気持ちや直視したくない事実は、コレぐらいの豪快な笑い方で吹き飛ばした方が良いのかもしれない。だが、どう見ても励ますというより、落ち込んだ雁庵を心底バカにしてる様な態度にしか見えないが・・・。
かぐやには、藤原老人の姿にひ孫の藤原千花の姿が被って見え、
『曾祖父が曾祖父なら、ひ孫もひ孫』
かと、シミジミ思う。
───その後、藤原老人に弄られながら雁庵は車まで移動する。
『かぐや。』
『は、はいっ。』
手招きされて雁庵に近付いたかぐやは、雁庵に腕を引かれ抱きしめられる。
唐突な事にかぐやは困惑する。
今まで頭を撫でられた事はあったが、抱き締められるのは初めてだった。
『・・・お父さん?』
『・・・大きくなったな。
お前に父親らしい事は殆どしてこなかった。
・・・お前は、いずれ嫁ぐ身だ。
四宮の家にこだわらなくていい。
正月を楽しみにしてる、かぐや。』
そういうと、雁庵はかぐやの左肩を叩いて身を離し、そのまま迎えのリムジンの中に消えた。
ドアが締まり車が動き出す。
整然と、だが慌ただしく護衛の車両が車列を連ねて病院を後にする。
去り際の雁庵の言動に違和感を抱き、得体の知れない不安な気持ちがかぐやの中で大きくなっていき、その場を離れる事ができない。
既に父親の車両は見えなくなったのに、かぐやは言いしれぬ怖さを覚え立ち尽くしていた。
『こんなところに何時までも立ってると足腰に響くわい。
ワシャ、失礼させて貰うよ。
お嬢ちゃん、心配せんでもアレは丈夫じゃ。』
そういうと、藤原老人は別の車に向かう。
元総理で今だ政財官界に影響力のある人物だけに、警察の覆面パトカーと私服警官らを加えた護衛チームが藤原老人を車に迎えると車列を出発させる。
それらを見送ると兄の雲鷹がかぐやに声を掛ける。
『さて、俺達も行くか。
まだ、早坂は病室に居るだろう。
元気な爺どもは見送ったんだ、本当の怪我人を見舞おう。』
『・・・はい。』
雲鷹に促されて、かぐやは早坂奈央の病室に向かう。
病室への道中、二人は一言も話さず雲鷹の護衛達も無言で付き従う。
─────同時刻、秀知院高等部生徒会室
前日の石上優との約束通りに、朝八時前に生徒会室の上の秘密の部屋に来た伊井野ミコは、演奏の練習の準備をしていた。
ミコから誘ったとはいえ、起きてから生徒会室に来るまでに緊張感が高まり続けた。
正直、仮病なり用事なりで今日の練習を止めてしまおうかとさえ思っていたが、そんな事をすれば石上優を裏切る様な気持ちになって、兎にも角にも学校に辿り着いて気持ちを落ち着かせながらこうして準備をしている。
ところが、時計の針が九時をさそうとしているのに、肝心の優が来ないのだ。
ソワソワしながら先に練習を始めたミコは、徐々に何時までも来ない優に苛立ちが募り出した。
その時、秘密の部屋に通じる階段を登る足音が聞こえた気がした。
階段に通じるドアにミコは視線が釘付けになる。
『こんにちは!
差し入れ持ってきましたよ!!
・・・あれ、ミコちゃん一人?』
『藤原先輩、ありがとうございます。
石上は・・・、来てないんです。』
『えっ、ドタキャン!?』
そう言いながら、千花は買ってきた飲み物やお菓子の袋を出入口近くのパイプ椅子に置くと、自分のスマホを取り出す。
『・・・生徒会の連絡網には何も入ってないね。
どうしたんだろう?
石上くん、ゲームばっかりしてだらしないけど連絡だけはマメなのに。』
『・・・分からないです。』
取り出した自分のスマホを見ながらミコは優への不満を言いたいが、今は練習に専念して頭からその事を追い出したい気持ちになっている。
『来ない以上仕方ないね。
ミコちゃん、ちょっと休憩しない?
お菓子とミルクティーもありますよ。』
『・・・頂きます。』
『じゃあ、ちょっと手伝ってね。
かぐやさんが持ってきたこれ、使ってみましょう。』
そういうと、千花はミコと部屋の隅に置かれていたキャンプ用の板状に畳まれた折り畳み椅子とテーブルを組み立てる。
この秘密の部屋はかぐや自身の手でDYIがなされて、コンクリートの打ちっぱなしだった室内は壁に防音板と壁紙、床にも防音板とカーペットが敷かれて快適にはなったが、椅子やテーブルなどはなかった。
しかし、階段しか出入口が無いこの部屋は家具などを運び込むのには向かなかったので、かぐやがキャンプ用品の椅子とテーブルを持ち込んだのだ。
女子二人がささやかな休憩と取っていると、階段を慌ただしく登る足音が聞こえてきた。
『ごめん、遅くなったっ!
・・・なんで、藤原先輩が居るんですか?』
『そんな事はどうでもいいの!
女の子を一人で待たせるなんて、どういうつもりなの!!?』
『すいません、ちょっとありまして。』
『ちょっとって、何の?
何があったって言うの!?』
『・・・石上、私が二人になるのが嫌なら嫌ってハッキリ言えばいいじゃない。』
『伊井野・・・、そんなつもりは。』
『じゃあ、なんで!?
・・・なんで連絡無しで遅れたの?
こんな事するぐらいなら・・・、断ればよかったじゃない!!』
『そ、それは・・・。』
その時、下の階の生徒会室のドアが開閉する音が聞こえた。
『い〜し〜が〜み〜さ〜ん〜・・・』
『まさか、ここまで・・・。』
不気味な声で不鮮明ながら石上優を呼んでる様な声が階段伝いに聞こえて、優は慌て始める。
『藤原先輩、僕が対応しますから伊井野を頼みます。』
そういうと、優は急ぎ階段を降りていく。
『なに・・・、何なの・・・?』
『石上・・・。』
ミコと千花は、先程の不気味な声と慌てた様子で降りていった優の態度にただならぬ事態が起きていると怖さを覚えて、部屋のドアに近付いて下の生徒会室の様子を疑う。
何やら話し声と、時折泣き声の様なうめき声の様なハッキリしない声も聞こえてくる。
30分程掛かって、それは収まったのか生徒会室のドアを開け閉めする音が聞こえて誰かが出ていた様で、急に静かになった。
二人は、恐る恐る下の生徒会室に降りてみるが、そこに石上優の姿は無かった。
『どうしちゃったんだろう・・・。』
『・・・私、石上を探してきます!』
『あっ! ミコちゃん、待って。』
千花が制止するも、聞かずにミコが出て行こうとドアノブに手を掛けた時、その優が入ってきた。
『石上!?
大丈夫だったの!!』
『どうしたんだ伊井野?
そんなに慌てて。』
『慌てるでしょ!
あんな変な声なのか何なのか分かんないものが聞こえて、アンタがいなくなってたら!!?』
『石上くん、何があったの?
すごく疲れてるみたいだし。』
『ああ・・・、これは・・・。』
歯切れの悪い優は、一度生徒会室の外の様子を念入りに確認する。
『二人とも、他言しないでくださいよ。
長くなりますから座りましょうか。』
それから優が話したのは、喧嘩別れしている柏木渚と田沼翼のカップルの事で、翼から喧嘩別れの直後に優は相談を受けており、今朝も通学路近くの公園で相談されていたと。
その公園は翼と渚が初めて◯◯◯をした公園で、渚に未練タラタラの状態ではあるが安易に寄りを戻すとまた同じ様な問題を渚が引き起こしかねないから、翼は仲直りしたいが出来ない状態なのだという。
自分から振った事も足枷になっていた。
優から話を聞いた千花とミコは、心底嫌気の差したウンザリした表情を浮かべていた。
『・・・夫婦喧嘩は犬も食わぬというか、なんというか・・・。』
『・・・石上、無理してない?』
『・・・正直、シンドい・・・。
ほぼ、毎日聞かされてる。』
『・・・もうお昼だから、なんか食べに行こう。
生徒会室はお昼までなんだったんだよね、ミコちゃん?』
『会長からはそう言われてます。』
『それなら、片付け片付け。
・・・こんな気持ちじゃ、練習にならないからね。』
『・・・ですね。』
『遅れた分、手伝います。』
そういうと、三人は秘密の部屋と生徒会室の片付けと戸締まりに取り掛かった。
下足場でそれぞれの靴を履き替えている時、ミコは勇気を出して優に話し掛けた。
『石上、ごめんなさい。』
『伊井野・・・、どうしたんだ?』
『さっき、あんな事言ったから・・・。』
『連絡無しで遅れたのは僕だ。
悪いのは僕で伊井野じゃない。』
『石上には事情があったんだから、私がそれを理解しないで勘違いしたんだから・・・、ごめんなさい。』
『・・・ハッキリ言うけど、僕は伊井野を嫌いじゃない。
伊井野も辛い思いをしてきたのは、僕も知ってるつもりだ。
だから、気にしなくていい。
それより、ご飯を食べに行こう。』
『・・・うん!』
『(やれやれ、面白そうだから来たのに、違う方にややこしくなりそうですね・・・。)』
仲直りした二人を見ながら、千花は不敵に微笑む。
─────つづく