白銀かぐやはどうにかしたい 〜2周目の恋路〜 作:チャリンコ2025
─────前回までのあらすじ
四宮かぐやや早坂愛等が柏木渚の騒動で休んでしまった日、白銀御行らはバンド演奏の練習を始めた。
───水曜日・放課後の生徒会室
『しかしな・・・、まさかここで「鍋」をするとは思わなかったな。』
『ちょっと、やってみたかったんです。』
生徒会長・白銀御行に指摘されて、鍋を持ち込んだ副会長の四宮かぐやは頬を仄かに赤らめる。
生徒会室の応接セットの長テーブルの上には、カセットコンロの火に温められている鍋が湯気と控え目な泡沫の弾ける音を出していた。
鍋といっても中身はお湯とおでんのレトルトパックで、電子レンジ代わりに温めているのだ。
ここ、秀知院高等部生徒会室は冷暖房はない。
夏場は扇風機、冬場はストーブが限界だが、電気代と灯油が勿体ないと御行は使わないのだ。
各人、夏場は薄着と団扇ぐらいしか手段がないが、冬場は携帯カイロなどで対処している。
そこに「今年」は、かぐやが私物としてカセットコンロを持ち込んでテストと称しておでんを温めているのだ。
これから寒くなるので、温かいものを昼食時に出したいと考えたかぐやがカセットコンロを思いついたのだ。
無論、「来年」の騒動に備えて運び込んでおこうと考えたリストに加えていた品である。
それに「やってみたい」という悪戯心や好奇心もあった。
『まあ、良いじゃないですかっ。
丁度、食べたいなと思ってましたし。』
『そうですよ。
この時間、ど〜〜〜しても食べたくなってくるんですよ。』
『ですね。
もうそろそろ、いいんじゃないですか?
四宮先輩、開けますよ。
この皿に移したら良いんですね。』
『お願いね、石上君。』
『まったく・・・。』
藤原千花と伊井野ミコは食べ物に釣られているが、石上優はかぐやがこんな事を思い付くとは思わず、少し高揚している。
渋顔の御行も文句は言ってるが内心は楽しんでいた。
おまけに、湯気は暖房と乾燥対策になる。
女性陣としてはジトジトベトベトまではごめんだが、適度な潤いは欲しい。
冬に入る時期だけに三人とも乾燥肌ぎみだった。
尚、おでんは関西風の味付けだが、味噌ダレや辛子に静岡おでんの粉「オデンコ」も用意されている。
かぐやは関西と関東の生活を経験してるが味の好みは関西風を好み、御行も出汁が効いてるものが好きだ。
それに対して、優やミコは関東の味付けが好みである。
千花は・・・、世界中を家族でよく旅をしているので、そこはなんでもござれで味の好みに偏りはない。
その分、時折意外な味付けを好む為、かぐやは被害にあっているが。
かぐやの好みとしては、ここに「鮪の串焼き」も揃えたかったのだが、流石に七輪まで持ち込んで焼くのは煙と匂いの問題と冷蔵庫の無い生徒会室では鮪の鮮度の問題もあり、断念した。
串焼きにした時の鮪の魚肉なのに牛肉に近い歯応えと味はかぐやには新鮮な驚きで、早坂奈央・愛親子と三人で東京に帰る際のツーリング時に立ち寄ったサービスエリアで食べて、気に入ったのだ。
『卵に出汁が染みてますね〜。』
『この大根、本当に柔らかい。』
『このこんにゃく、このままでも良いけど、辛子を付けるともっと美味しくなりますね。』
『皆さんに気に入って貰えて、良かったです。』
『四宮は、相変わらずセンス良いな。』
『会長、褒めたってこれ以上は何も出ませんよ。』
『そんなつもりはないよ。
しかし、四宮。
話は変わるがご家族の方は大事なかったのか?』
『まあ、仕事中の事故で少し大事になりましたが、大丈夫です。
お見舞いして、本人も大丈夫と言ってましたし、お医者様も問題ないと。』
『ならいいが・・・。』
直前に、今週は早退する早坂愛から御行はかぐやの事を頼まれていたのだ。
愛としてはかぐやと御行は夏休み明けにキスまでしたんだから、早く次のステップにといい加減焦れているのだが、その間に公開告白みたいな体育倉庫の一件やサッカーの交流試合での抱き合った事等、もうそのままベットに雪崩込んで既成事実を作ってしまったら?とは思っている。
ただ、そういう事は素敵なデートをした後でとプラン好きな愛は考えてはいたが。
他方、御行もかぐやに告白させたい・したいという気持ちもありはするのだが、キッカケと踏ん切りがつかない。
当のかぐや自身は全くもって焦ってない。
入れ替わってしまったもう一人の自分の事もあり、遅かれ早かれ御行と仲は文化祭で進展するだろうと踏んでいる為に、当時は出来なかった事をする事や、その後に起きるであろう問題を有利に進める為に仕込みをしている。
懸念の一つだった早坂愛の問題「密告」は解決したが、それで長兄であり次期当主の四宮黄光が引き下がるとは思えない。
出来れば、早坂親子を「夏の騒動」前にこちらに引き込めたら、かなり有利になるとはかぐやは考えている。
そんな横の席に座りながら違う事を考えてる御行とかぐやの目線は、甲斐甲斐しくミコの世話を焼いている優達二人に向けられていた。
───妙に、仲良くなっている。
顔を会わせれば良くって武装中立、大概喧嘩に発展する二人が優の取り分けたおでんをミコが食べ、舌鼓を打っている。
常々二人のいがみ合いをどうにか出来ないかと考えていたが御行は、ミコの友人で同じ風紀委員の大仏こばちと協力して「仲良し大作戦」なる、余計に仲が悪くなったイベントをやった事もある為に感慨も一入だが、かぐやは未来を知ってる為に優が取り分けミコがパクパク食べる図が、将来のミコ像を暗示してる様で悪寒が走る思いだったが、二人が仲良くしてるのに余計な事を言うのは憚られた。
『かぐやさん、この粉って静岡おでんの?』
『あっ、ああ、それですか?
この間お土産に買ったんですけど、それだけ皆さんに渡すのも何でしたから渡しそびれてしまってて、今日持ってきたんです。』
『ちょっと独特ですね。』
『本当はもっと黒い色をしたおでんに掛けるのが本来の食べ方なんですが、あのおでんは好みが分かれる様ですから、今回は。』
『静岡おでんか・・・。
俺は初めてなんだが、そんなに黒い色してるのか?』
『あれは何と表現したら良いのかしら・・・。
出汁の色は東京と変わらないのですけど、おでんの具自体が色が濃くなっていて、それだけ煮込んでいるですよ。』
『確か、長く煮込むなら・・・、
京都の老舗のおでん屋さんは三日三晩煮込むから、こんにゃくでも癖が抜けて食べやすく柔らかいとかテレビで見た事あります。』
『その番組なら俺も見たかも知れないな。
確か、川の近くの二階建てのおでん屋じゃなかったか?』
『そうです、そうです。
それを見てから家族で食べに行きましたから。』
『・・・凄い行動力だな。
京都だろう?』
『美味しいものに目がないんですよ、うちの家族は。』
『気持ちは解ります。』
『わ、解るのか、四宮?』
そんな会話とおでんで和気あいあいと楽しんでいたが、珍しく生徒会室のドアを叩く音がした。
『はい、どちら様ですか?』
座ってる位置関係から優が応対に席を立ち、出入り口に向かう。
その様子を他の四人が見送るが、ドアを開けて応対している優は最初硬直し、次いで慌ててる様子が解る。
ドアが大きく開けられて生徒会室に入って来たのは、かぐやの再従姉妹姪の四条眞妃と、かぐやとも友人で眞妃の幼馴染に近い柏木渚だった。
───気のせいか、二人の頬が妙に赤みを帯びていた。
『会長、ごめんなさい。』
二人の姿を見て慌てて席を立ったかぐやは、御行に断りを入れて前を横切ると眞妃の側に向かった。
『眞妃さん、大丈夫なの!?
連絡付かないから心配で。
柏木さんも!!』
『かぐや・・・、
心配掛けてごめん。
私は、大丈夫よ。
ちょっと相談があるんだけど、良いかしら?
って、おでん?』
『す、すごい、こんなに沢山・・・。』
『あっ、いやっ、これはっ。』
『柏木先輩、四条先輩、良かったらどうですか?』
『・・・まあ、良いわ。
丁度、何か食べたいと思ってたから。』
そういうと、優は自分が座っていた席に二人を誘導すると、反対側のソファのかぐやの隣に席を移して二人分のおでんをよそう。
先輩二人が来た為にミコは千花側に席を寄せたが、それより優が反対側に行ってしまったが不満だった。
折角、上げ膳据え膳で快適だったのにと・・・。
既に次のおでんの特大レトルトパックは鍋で温められていて、レトルトパックはもう一つあり、眞妃達二人が増えても十分な余裕があった。
その間に、御行はかぐやの座っていた場所に移動しかぐや用の席を開けていた。
御行は何も言わずさり気なく移動したつもりだろうが、対面の千花・ミコは生暖かい視線を、眞妃と渚は羨ましそうな視線を御行とかぐやに向け、かぐやはそれらを無視して御行の元いた場所に何食わぬ顔で腰を下ろした。
御行とかぐやの互いへの好意は周りは既に承知してるが、進展具合が解らず見守ってる状態にある。
この時代のかぐやであれば好意の隠蔽に奔走していたが、御行との結婚までに至ったかぐやはあまり隠す気はない。
好きなものは好きなのだからしょうがないと考えている。
唯一の気がかりはもう一人の自分と入れ替わりが解消した時に、相当に恨まれるだろうなと思ってはいる。だが、来年はそんな事がどうでもよくなる事が待ち構えているのだから、頑張って貰おうと考えている。
冷やかされるのは同窓会で慣れっこなので、気にしない。
酔った勢いで周りに囃し立てられて、衆人環視の中で御行とキスをした事もあり、交際から結婚期間まで合わせれば二桁の年月が過ぎているので、かぐやが動じる事は無い。
そんなかぐやの心理も理解できる訳もなく、ただ、ここで取り乱してはみっともないと、御行は必死に平静を装う。
そんな二人に向ける眞妃と渚の視線は好奇心が最初は強かったが、次第に曇っていく。
渚に至っては涙まで浮かべ顔を背けてしまい、眞妃は天井を見つめる様に顔を真上に向けてしまった。
二日前の渚の恋人の田沼翼との喧嘩別れは、まだ解決してないのだろうと目撃者だった生徒会メンバーは察する。
気まずい空気が流れる中、よそったおでんを優は静かに二人の前に差し出す。
最初に渚が、次いで眞妃もおでんを食べ始める。
それを見て生徒会メンバーも各々箸を進める。
無言の食事は最後のレトルトパックを優が鍋に掛けても続いた。
『なんか、ダサいわね。』
唐突な眞妃の言葉に生徒会メンバーに困惑が広がる。
『失恋して、おでんヤケ食いって、締まらないでしょ?』
『し・・・、失恋って?』
暗黙の了解で御行が代表して尋ねる。
実は、体育倉庫の一件で眞妃と接点の出来た御行は、眞妃から翼への恋心を相談されていたのだ。
知ってるが故に、翼の『眞妃の方に告白しておけば』発言は最悪なものとしか思えなかった。
『渚が・・・、振られたのよ。』
涙目だった渚は、それを切っ掛けに泣き出してしまった。
一同、言葉も無い。
あの騒動では仲直りは難しい様に思えたが、あれ程周りの迷惑考えずにイチャつきまくってた翼が渚を振るとは意外だった。
御行達は、昨日休んでる間に仲直りでもしてるのだろうと勝手に想像していたぐらいなのだから。
『・・・それで、四条達は何を俺達にして欲しいんだ?』
『話が早いわね。
渚と翼君を復縁させたいの。
その為に、協力して。』
『いや、しかし・・・、いいのか?』
『渚とは話がついてるわ。
私が・・・、翼君を好きだって事は渚は知ってる。』
『・・・そうなのか?』
『・・・私が、眞妃に頼んだんです。
翼に、私とやり直すつもりがないか。
それを聞いて貰ったんです。』
『『『『『(お、鬼か!?)』』』』』
渚のとんでもない告白に生徒会メンバー五人は思いっきりドン引きする。
幾ら何でも恋敵(渚)が失恋したかどうか、その本人が恋敵(眞妃)に確かめてくれと面と向かって頼むとは。
その恋敵が幼馴染に近い存在では断りたくても断れない。
眞妃の性格を考えるとそうなる。
『それで、昨日二人で喧嘩したのよ。
話が話だから、直接会って話がしたいって私が呼び出して。』
『初めてでした。
眞妃があんな怖い顔して。』
『『『『『(そりゃそうでしょ・・・。)』』』』』
今、生徒会メンバーは心が一つになっていた。
『渚も大概だったわよ。
「誰か殺す気なの?」って聞きたくなる雰囲気出してたじゃない?』
『そ、そんな顔してた?』
『カフェで待ち合わせしてたけど、私達二人揃ったら周りのお客さん、誰もいなくなったじゃない?
だから、場所変えたんじゃない。』
『あ、あれって、そうだったの?
てっきり、眞妃が気に入る様なメニュー無かったからお店を出たのかと思ったけど。』
『周りに聞かれたくなったってのも、あったわよ。』
そこで一旦会話は途切れる。
鍋が湯気と音を立てて放置されてる事に抗議したのだ。
優が慌てて火を止め、入っていたおでんのレトルトパックの中身を皿に移す。
取り分けて配膳する間、生徒会メンバーは心を落ち着け話の衝撃から立ち直る時間を得る。
湯気を上げるおでんが皆の前に並べられて、話は再開する。
『ありがとう。
それで、渚が「翼に本心を聴いてほしい」って言うから、我慢できなくなってね。』
『・・・初めてでした。
眞妃があそこまで怒ったところを見たのは。』
『負けずに言い返して来たじゃない、渚も。』
『・・・そこからよく覚えてない。』
『・・・公園で言い合ったところまでは私も覚えてるけど、後は記憶が曖昧なのよね。』
『・・・気が付いたら、二人で地面に寝っ転がってたんだよね。
それも土やゴミとか体中に付いてて、服も凄く汚れてたのよね。』
『・・・肩で息してて、頬も手の跡が残ってたわね。
派手にやりあったみたいね。』
『初めてだよね。
あれが喧嘩するって事なんだ。』
そう言って、二人は笑い出した。
「全然笑えないでしょ?」と生徒会メンバーは思っているが。
記憶が飛ぶ程の喧嘩って・・・。
『それで、俺達に協力して欲しいっていうのは?』
『・・・今日、私が翼君に渚への気持ちを聞いたら「ノー」って答えられたの。』
『・・・私は隠れてて、その返事を聞いたんです。』
『ただ、見ての通り渚は未練ありまくりだから、そんな中で私が告白する気にもならなくてね。
二人でウジウジするのも嫌だし、時間を開けて渚がもう一回翼君に告白する事にしたの。
その手助けというか、告白方法とかないかなと思って。
貴方達は、全部見てた訳だし。』
『『『『『(えぇ・・・。)』』』』』
『・・・そりゃ、おかしいとは自分でも思うわよ。
でも、私には渚も翼君もどっちも大事だから・・・。』
気丈に振る舞ってはいるが、そこは年頃の娘である。
辛さが顔に出ていた。
『柏木さん、貴女はそれでいいんですか?』
声の主はかぐやで、目には怒気が宿っていた。
かぐやだけでなく、一連の騒動を知ってる為に御行や千花、優やミコも渚には好意的にはなれなかった。
『・・・私は、眞妃の気持ちを知りませんでした。
皆さんに迷惑を掛けた事も謝ります。
でも、それでも、翼を諦めたくないんです!』
『・・・私と渚の問題は話し合いがついてるわ。』
『眞妃さん、貴女は!?』
『私がいいって言ってるからいいの!
それより、何か方法はない?』
眞妃は強引に話を進めようとする。
『悪いが、急にそんな事を言われてもな。
こういう事は簡単にアイデアが出るもんでもない。
今日は、引き取って貰えるか?』
『・・・解ったわ。
また、来るわ。
おでん、ご馳走様。
渚、行こう。』
『あっ、・・・うん。』
そういうと、二人は席を立ち生徒会室を出ていた。
後には苦い沈黙が室内に残された。
『・・・恋敵の為に一肌脱ぎます、か。
ツンデレ先輩らしいですね。』
『ツンデレ先輩?』
『おい、石上。』
『えっ、あっ、なんでもありません。
独り言です。』
『まあ、なんとなく石上君が言いたい事は解りますけど、お人好しですよ・・・。』
『私は四条さんとは接点ないですからどんな人か解らないですけど、お人好しというかぐやさんの意見には賛成です。』
『私も柏木先輩に味方する気になりません。
勘違いで早坂先輩や四宮先輩をブッたんですよ?
それで彼氏に振られて、今度は四条先輩と喧嘩したのに助けて貰うなんて、虫が良すぎますよ。』
『虫が良すぎるというか、あれは半分は四条に押し切られてる感じだったな。
ああなったら、四条は人の意見は聞かないんだろう。』
そういうと、御行は一瞬隣のかぐやや対面の千花とミコを見る。
人の意見を聞いてはくれない女性陣が揃ってるなと、溜息が出る思いだった。
『ともかく、返事は保留だ。
四条と柏木の事も気になるが、俺達はバンド演奏をどうにかしないとな。』
そういうと、御行は頭を抱えたくなる衝動を必死に堪える。
昨日、あれから千花に特訓して貰ってとりあえず音は出せる様になったが、演奏には程遠い状態だった。
ギターの弦を抑える左手と弾く右手の別々の動きを上手く制御できず、なかなかに苦戦中なのだ。
状況を知ってる千花とミコは遠い目をし、優は生温かい視線で御行を見つめ、状況が全く解らないかぐやは首を傾げるばかりだった。
しかしながら、サプライズを用意していると交流試合の時に話していた翼が、まさか渚を本気で振るとは思えず、優は御行達に内緒で翼本人から本心を聞いてみようかと考えてもいた。
女子相手と同じ男同士では、言える話も当然変わってくる。
───つづく