意識の浮上が、あまりにも唐突だった。
泥沼の底から釣り糸で強引に引き上げられるような、暴力的な覚醒。ヒンメルは、肺いっぱいに空気を吸い込んで、カッと目を見開いた。
「はっ、ぁ……ッ!」
飛び起きた拍子に、激しい目眩が脳を揺らす。視界がチカチカと明滅し、世界が不規則に回転していた。
そこは、先ほどまでと変わらない森の中だった。鬱蒼と茂る木々。足元を覆う腐葉土。眼だけで左右を確認する。自分はどうやら茂みの中に寝かされているらしい。
生きている。
ヒンメルは荒い呼吸を繰り返しながら、自分の身体をまさぐった。ある。首がある。腕がある。腹がある。
先ほど、ウルガルムの牙に食い千切られたはずの左腕が、確かにそこにあった。
「……なんだ、これは」
ヒンメルは震える指先で、左腕の傷跡――だった場所――に触れた。衣服は破れ、赤黒い血に濡れている。だが、その下にある皮膚は、赤子のそれのように滑らかだった。傷一つない。痣一つ残っていない。
治癒魔法をかけられたのか? いや、違う。
ヒンメルは、かつてパーティーの僧侶であったハイターの治癒魔法を何度も受けている。あれは、温かな光が傷口を塞ぎ、痛みを溶かしていくような感覚だ。
だが、今のこの感覚は、そんな生易しいものではない。もっと無機質で、冷徹な何か。まるで、ビデオテープを逆再生するかのように、破損した肉体が「破損する前の状態」へと強制的に書き換えられたような、冒涜的な違和感。
(気持ち悪い……)
強烈な吐き気が込み上げてきた。自分の身体が、自分のものではないような感覚。時間という絶対的な理が、自分の肉体の上だけで歪んでいる。
これは「回復」ではない。「修正」だ。
誰が? どうやって?
その問いの答えを考えるよりも早く、鼓膜を劈くような咆哮が響き渡った。
「アアアアアアアッ!!」
少女の悲鳴ではない。喉から血を撒き散らしながら絞り出された、獣の慟哭。ヒンメルは弾かれたように顔を上げた。
「……レム」
視線の先、森の開けた場所で、青い髪の少女が踊っていた。いや、それは舞踏と呼ぶにはあまりにも凄惨で、殺戮と呼ぶにはあまりにも悲痛だった。モーニングスターが唸りを上げて空を裂く。
棘のついた鉄球が、飛び掛かるウルガルムの頭蓋を砕き、胴をへし折り、肉片へと変えていく。一振りで一匹。いや、三匹。圧倒的な暴力の嵐。
だが、それを行使しているレムの姿は、正気とは程遠かった。
額から突き出した一本の白い角。その切っ先から、陽炎のように揺らめくマナが噴出している。大気中のマナを強引に吸い上げ、自らの肉体を強化し、破壊のエネルギーへと変換する器官。
鬼族。亜人の中でも最強と謳われた一族の末裔と聞く。
彼女は笑っていた。口の端を耳まで裂けんばかりに吊り上げ、目を見開き、恍惚とした表情で、返り血を浴びながら鉄球を振り回している。
「死ね! 死ね! 死ねぇっ!!」
叫び声と共に放たれる氷魔法《アル・ヒューマ》が、数匹の魔獣を串刺しにする。
強い。単純な戦闘能力だけで言えば、今の彼女は、かつてヒンメルが戦った魔族の将軍たちを上回る。
だが、ヒンメルの目には、その強さが危ういものに映った。
(雑だ……)
ヒンメルは、茂みに身を潜めながら冷静に分析した。
本来のレムは、もっと洗練された戦い方をするはずだ。メイドとしての所作にも通じる、無駄のない体捌き。的確に急所を狙い、最小限の力で敵を制圧する技術。
だが今の彼女は、ただ力の奔流に身を任せているだけだ。防御を捨て、回避を捨て、肉を切らせて骨を断つどころか、骨ごと敵をすり潰すような戦い方。マナの消費が激しすぎる。周囲の大気からマナを取り込んでいるとはいえ、彼女の肉体という器が、その負荷に耐えきれなくなるのは時間の問題だ。
そして何より、敵の数が多すぎる。
「グルルルッ……」 「ガアッ!」
木々の隙間、茂みの奥、岩の影。無数の赤い目が、暗闇の中から光っていた。
倒しても、倒しても、次から次へと湧いてくる。まるでこの森そのものが、黒い獣を産み落とす母胎となってしまったかのように。
五十? 百? いや、もっといる。
(消耗戦か。一番、たちが悪い)
ヒンメルは唇を噛んだ。レムは強いが、無敵ではない。彼女の精神は今、憎悪と快楽の狭間で暴走している。魔女の匂いへの本能的な嫌悪と、それを殲滅する高揚感。
このままでは、彼女は燃え尽きるまで止まらないだろう。そして燃え尽きた時にまだ敵が残っていたら、それが彼女の死だ。
(……僕は、どうする?)
ヒンメルは自分の手を見た。剣はある。まだ握れる。傷は治った。痛みもない。
だが、身体の芯に鉛が入ったように重い。先ほどの「回復」は、決して万能なリセットではないのだ。蓄積した疲労、流れた血の総量、そして魂に刻まれた死の恐怖までは消していない。
今の僕が飛び出したところで、何ができる?あの鬼神のようなレムの動きについていけるか?無尽蔵に湧く魔獣の群れを相手に、この鈍った体で立ち回れるか?
答えは否だ。
足手まといになるだけだ。数秒で食い殺され、また「死に戻り」をするのが関の山だろう。
(逃げるか?)
子供たちはすでに逃がした。レムが囮になっている間に、僕一人なら村まで戻れるかもしれない。
そうすれば、誰かに助けを求めることも……。
「……はっ」
ヒンメルは、自嘲気味に鼻を鳴らした。
何を考えているんだ、勇者ヒンメル。鏡がないのが残念だ。今の僕は、さぞかし情けない顔をしていることだろう。
死ぬのが怖いか?
怖いさ。あの牙が肉を裂く感触。骨が砕ける音。視界が暗転していく孤独。何度経験しても慣れることのない、絶対的な絶望。思い出すだけで膝が笑う。胃液がせり上がってくる。
だが。
「……女の子を置いて逃げるなんて選択肢は、僕の辞書にはないんだよ」
ヒンメルは、震える膝を拳で叩いた。無理やりにでも笑え。虚勢を張れ。勇者とは、恐怖を感じない者ではない。恐怖を抱えたまま、一歩を踏み出せる者のことだ。
ヒンメルは息を殺し、気配を消した。魔獣をレムが倒しきることを祈って。そして祈りが通じなかったとき、レムを助けられるたった一度の、決定的な好機を見極めるのだ。引き換えにこの命を差し出す、その機会を。
魔族との戦いで培った経験が、冷え切った頭の中で高速回転する。レムの鉄球の軌道。右側の防御が甘くなっている。ウルガルムの群れは、統率されているようでいて、実は単純な包囲攻撃を繰り返しているだけだ。
だが、その包囲攻撃は弱まっている気がする。
(……あと、少し)
根拠のない妄信と知りつつ、祈ることを止められない。頼む、倒しきってくれ。ヒンメルは剣の柄を握りしめた。手汗で滑らないように、強く、強く。
だが、限界は、唐突に訪れた。
「アハッ、アハハハハハッ!!」
狂ったような哄笑を上げながら、レムが鉄球を振り下ろす。地面が爆ぜ、土砂と共に数匹のウルガルムが吹き飛ぶ。
だが、その直後だった。レムの足が、不自然にもつれた。
「……っ、あ?」
彼女の口から、小さな空気が漏れる。
踏ん張りがきかない。鉄球の遠心力に体が振り回され、体勢が崩れる。マナの枯渇ではない。肉体の限界だ。どれほどマナで強化しようとも、筋肉や骨格には耐久の限界がある。限界を超えて酷使され続けた彼女の体は、すでに悲鳴を上げる段階を通り越し、機能停止を訴えていたのだ。
その一瞬の隙。戦場においては、致命的すぎる空白。
獣たちは、それを見逃すほど慈悲深くはなかった。
「ガッ!」
一匹のウルガルムが、低空から飛び掛かった。
レムは反応できない。鉄球はまだ戻ってきていない。無防備な背中。華奢な首筋。そこへ向かって、汚れた牙が迫る。
(――!)
ヒンメルの思考よりも、体が先に動いていた。
祈りも、打算も、それしかできない屈辱も、すべてが飛んで行った。ただ、目の前で少女が死ぬのを黙って見ていることなど、できなかった。
「逃げろッ!!」
ヒンメルは叫びながら、茂みから飛び出した。剣を振るう間合いではない。今の腕力で、あの速さで飛び掛かる魔獣を斬り伏せることなど不可能であることぐらい、わかっている。
だから、彼は剣を使わなかった。自らの体を、砲弾のようにレムへと叩きつけた。
「――え?」
レムが呆けたような声を上げる。
ドンッ、と鈍い衝撃。ヒンメルの体当たりを受けたレムの体が、真横に弾き飛ばされる。彼女が元いた空間。そこを、ウルガルムの顎が虚しく噛み砕いた。
ガチィッ!!
歯と歯が噛み合う硬質な音が響く。攻撃を外した魔獣は、勢い余って地面に着地し、すぐに体勢を立て直して振り返った。その目の前にいるのは、レムではない。
バランスを崩し、地面に膝をついた蒼い髪の男。
「……っ、ぐ」
ヒンメルは顔を上げた。目の前には、黒い毛並みの塊。爛々と輝く赤い目。鼻先から漂う、腐肉のような悪臭。
(ああ、近いな)
スローモーションのように流れる時間の中で、ヒンメルは他人事のように思った。まつ毛の一本一本まで見える距離だ。魔獣の喉の奥が震え、唸り声を上げているのがわかる。
標的が変わった。獲物は、動けない男だ。
「ヒンメル、さま……!?」
弾き飛ばされたレムが、目を見開いてこちらを見ている。その瞳から、狂気の色が消え、代わりに純粋な驚愕と恐怖が浮かんでいた。
彼女の無事を確認して、ヒンメルは微かに口元を緩めた。
「……やれやれ、無様だね」
剣は手から離れてしまっていた。丸腰。逃げ場はない。
ウルガルムが口を大きく開けた。ギザギザの歯列が、視界を覆い尽くす。
狙いは頭部。一撃で頭蓋を粉砕するつもりだ。
(痛いのは、嫌なんだけどな)
死ぬことへの恐怖。またあの暗闇に戻ることへの絶望。
だが不思議と、後悔はなかった。
少なくとも今回は、誰も見捨てなかった。フリーレンを遠ざけ、レムを守った。勇者として、恥ずかしくない最期だ。
あとは、レムが逃げてくれれば、それでよい。
(ごめんよ、フリーレン。君との約束、また守れそうにない)
ヒンメルは目を閉じた。来るべき衝撃に備えて、奥歯を噛み締める。熱い息が顔にかかる。牙が皮膚に触れる、その直前。
――ヒュン。
風を切る音などではなかった。それは、空間そのものが悲鳴を上げるような、高密度のエネルギーの収束音。
直後。音も、熱も、衝撃も、すべてが白に塗り潰された。
「――あ?」
ヒンメルは、恐る恐る目を開けた。痛みがない。先ほどまで目の前にあったはずの、死の具現とも言うべきウルガルムの姿がない。
いや、正確には。
彼がいた場所から前方の空間が、文字通り「消滅」していた。地面が円形に抉り取られている。その延長線上にあった木々、岩、そして密集していた魔獣の群れ。
それらすべてが、跡形もなく蒸発していた。塵も残さず、最初からそこに何も存在しなかったかのように、世界の一部が切り取られていた。ただ、白煙だけが静かに立ち上っている。
「……なんだ、これは」
ヒンメルは呆然と呟いた。これは魔法だ。彼がよく知る、魔法。
ゲートを開き、マナと対話し、精霊の力を借りる、そんな有機的で曖昧な魔法ではない。もっと理論的で、数学的で、無駄を極限まで削ぎ落とした、純粋な破壊の術式。
そして、この魔法を使う人物を、彼は一人しか知らない。
「……よくも」
空から、鈴を転がすような、しかし絶対零度よりも冷たい声が降ってきた。ヒンメルは上空を見上げた。
そこに、彼女はいた。白いローブを風にはためかせ、ふわりと重力を無視して浮遊するエルフの少女。
フリーレン。
彼女の右手には、短杖が握られている。その先端には、まだ莫大な魔力の残滓が燻っていた。
だが、何よりもヒンメルを戦慄させたのは、彼女の瞳だった。いつもの眠たげな、半眼ではない。翠玉の瞳が、底なしの深淵のように暗く沈んでいる。そこに感情の色はない。
あまりにも強すぎる怒りが、煮詰められた感情がどこまでも深くなり、いかなる色ともわからぬほどの闇。
「私のヒンメルを傷つけたな」
フリーレンが杖を振るった。詠唱はない。ただ、イメージするだけで、世界が書き換わる。
一般攻撃魔法《ゾルトラーク》。彼女が元いた世界では「人を殺す魔法」と呼ばれ、研究し尽くされ、そして「普通の魔法」へと昇華された術式。
だが、この世界において、それは未知の脅威であり、防御不能の即死攻撃。
「消えろ」
無数の光線が、雨のように降り注いだ。
ド、ド、ド、ド、ド、ドッ!!
爆発音は控えめだ。だが、破壊の結果は甚大だった。光が触れた端から、魔獣たちが消えていく。肉体が弾けるのではない。分解され、光の粒子となって霧散していく。
「ギャッ!?」 「キャウッ……」
満足に悲鳴を上げる暇すらない。圧倒的な蹂躙。レムがあれほど苦戦していた魔獣の大群が、ものの数秒で、ただの静寂へと変わっていく。
あっという間に森の一角が、地図から消し飛んだ。焼け焦げた土の匂いと、オゾンの匂いだけが残る。
「……ははは……やりすぎだよ、フリーレン」
ヒンメルは、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
これが、彼女だ。
葬送のフリーレン。
歴史上で最も多くの魔族を葬り去った、生ける伝説。
彼女の前では、数など何の意味も持たない。
「……ん」
すべての魔獣を消滅させたフリーレンは、ふわりとヒンメルの目の前に降り立った。靴底が、焦土を踏む。
彼女は、無表情のままヒンメルの顔を覗き込んだ。
「ヒンメル。怪我は?」
その声には、先ほどまでの冷徹さは微塵もなく、ただ純粋な心配だけが滲んでいた。
「大丈夫だよ。かすり傷一つない」
ヒンメルは両手を広げて見せた。
「君が助けてくれたおかげさ。ありがとう、フリーレン。君は最高の魔法使いだ」
「……なら、いいけど」
フリーレンは短杖を下ろし、ホッとしたように息を吐いた。
その瞬間だった。彼女の体が、ぐらりと揺らいだ。
「フリーレン?」
「……あ、れ? なんか、目が回る……」
ドサッ。フリーレンが、ヒンメルの胸に倒れ込んできた。
「っと!」
慌てて彼女を支える。軽い。羽毛のような軽さだ。彼女の額には、脂汗が滲んでいた。顔色が白い。呼吸も浅い。
「魔力切れ……いや、違うな」
ヒンメルは彼女の脈を取りながら分析した。彼女の魔力量は膨大だ。これくらいの魔法行使で枯渇するはずがない。
原因は、この世界のマナとの相性、あるいは調整不足だ。ルグニカの大気中のマナ濃度は、彼女の世界とは異なる。その差異を計算に入れず、感情に任せて極大魔法を放った反動が来たのだろう。
「……馬鹿だなぁ、君は」
ヒンメルは、腕の中の小さなエルフを優しく抱きしめた。こんなになるまで。僕なんかのために。
「ヒンメル、様……」
呆然と立ち尽くしていたレムが、よろよろと歩み寄ってきた。鬼化は解けている。角は消え、いつもの可愛らしい少女の顔に戻っていたが、その表情は憔悴しきっていた。
彼女は、ヒンメルと、その腕の中で眠るフリーレンを交互に見て、震える唇を開いた。
「どうして……」
「ん?」
「どうして、助けたんですか。レムは……貴方を殺そうとしたのに。貴方を疑っていたのに」
彼女の声は、涙で濡れていた。自分に向けられた善意が、信じられないといった様子だ。彼女の中の「魔女教徒」への憎しみと、目の前の現実が矛盾し、混乱しているのだろう。
ヒンメルは、レムに向けて、いつものキザな笑みを向けた。背中は冷や汗でびっしょりだし、足はまだ震えているけれど、顔だけは崩さない。
「言っただろう、レム。僕は勇者ヒンメルだ」
彼は、フリーレンの髪を梳きながら、穏やかに告げた。
「苦しんでいる人がいれば助ける。女の子が泣いていれば涙を拭う。そこに理由なんていらないし、過去の確執なんて関係ない」
それは、半分は本心で、半分はやはり「勇者」としてのポーズだった。けれど、その言葉は、頑なだったレムの心の殻に、確かにひびを入れたようだった。
「……貴方は、本当にお人好しの、大馬鹿者です」
レムはその場に崩れ落ちるように座り込み、両手で顔を覆って泣き出した。今度の涙は、悲しみや悔しさによるものではない。安堵と、そして罪悪感を洗い流すような、浄化の涙だった。
「……やぁれやぁれ。感動的な場面にお邪魔して悪ーいねェ」
不意に、奇妙なイントネーションの声が響いた。ヒンメルが顔を上げると、上空から派手な道化師の格好をした男が、音もなく降りてくるところだった。
ロズワール・L・メイザース。この辺境伯領の主であり、最強の魔法使いの一人。
「お迎えが遅くなってしまって申し訳なーいねェ。まーさか、これほどの事態になっているとーは……」
ロズワールは、消滅した森の一角をちらりと見て、片方の眉を吊り上げた。
「……凄まじいねェ。こーれは、君の連れの彼ー女がやったのかーい?」
「ああ。少し、虫の居所が悪かったみたいでね」
ヒンメルは、眠るフリーレンを庇うように抱き直した。ロズワールの左右色違いの瞳が、値踏みするようにフリーレンを見つめる。
その視線に、ヒンメルは微かな警戒心を抱いた。この男は食えない。何を考えているのか読めない。だが今は、彼の庇護下に入るしかない。
「とりあーえず、屋敷に戻ろうかァ。怪我の手当ても必要だーし、温かいスープでも用意させよーね」
「助かるよ。……歩けるかい、レム?」
「は、はい……」
レムが涙を拭い、立ち上がる。その足取りは重いが、先ほどまでの危うさは消えていた。
ヒンメルはフリーレンを背負い上げた。軽い。この小さな体の中に、世界を滅ぼしかねない力が眠っている。
そして、その力は、彼への執着によって引き出されている。
(……重いな)
物理的な重さではない。彼女の想いの重さが、ヒンメルの背中にのしかかっていた。
死ねない体。繰り返される悪夢。その原因が彼女にあるのだとしても、それでもヒンメルは、彼女を愛おしいと思った。
「帰ろう、フリーレン」
ヒンメルは一歩を踏み出した。英雄の顔をして。その内側に、誰にも言えない恐怖と秘密を隠したまま。
朝の光が、破壊された森に差し込み、皮肉なほど美しく輝いていた。