ゼロから始める葬送のフリーレン   作:西方物理

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最初の致命傷

王都ルグニカの陽は、刻一刻と傾き始めていた。

石造りの街並みが夕焼けの朱に染まり、長く伸びた影が路地裏の闇と混ざり合う。活気ある大通りから一本外れるだけで、空気は一変して淀み、湿った冷気が足元を這うようになる。貧民街特有の、腐敗と生活臭が入り混じった独特の臭気が、鼻腔を刺した。

「……臭い。」

フリーレンが小さく呟き、あからさまに顔をしかめる。彼女は人間よりも遥かに鋭敏な五感を持つエルフだ。この街に漂う衛生観念の欠如した臭いと、その奥底に潜む殺伐とした気配は、彼女にとって生理的な不快感以外の何物でもないだろう。

「まあまあ、そう言うなよフリーレン。人の営みがあるところには、必ず影があるものさ。それに、この独特の雰囲気……冒険の始まりって感じがして悪くない。」

ヒンメルはマントを翻し、努めて明るい調子で言った。その足取りは軽く、迷いがないように見える。だが、彼の背後を歩く少女――サテラと名乗った銀髪の精霊術師――を気遣うように、その速度は彼女の歩幅に合わせて調整されていた。

「ヒンメル、あなたって本当に変わってるわね。こんな場所で楽しそうだなんて。」

サテラが不安げに周囲を見渡しながら言う。彼女の紫紺の瞳には、焦燥の色が濃く滲んでいた。大切な徽章を盗まれたのだから無理もない。あれはおそらく、ただの装飾品ではなく、彼女の身分や何か重要な契約に関わる物なのだろう。

「楽しんでいるわけじゃないさ。ただ、君の悲しそうな顔を見ているよりは、前を向いて歩く方が性に合っているだけだ。大丈夫、犯人の目星はついているんだろう?」

「ええ。フェルトっていう、この辺りを根城にしている女の子よ。……たぶん、盗品蔵に行けば会えると思う。」

「盗品蔵か。名前からして物騒だね。」

ヒンメルは軽口を叩きながら、内心では冷や汗を拭っていた。

(……心臓がうるさいな。)

彼は自分の胸元をさりげなく押さえた。見知らぬ土地。通じない常識。そして、大気中に満ちる異常な濃度のマナ。フリーレンが言っていた「マナの澱み」は、魔法を使えないヒンメルにも肌感覚として伝わってきていた。肌にまとわりつくような、ねっとりとした重圧感。まるで、何千もの視線に見つめられているような居心地の悪さだ。

だが、彼は勇者だ。ここで自分が弱音を吐けば、フリーレンは動揺し、サテラは不安に押し潰されてしまうだろう。だから彼は、鏡の前で何千回と練習した「余裕の笑み」を貼り付け続ける。

「ねえ、サテラ。」

不意に、フリーレンが口を開いた。

「君のその精霊……パックだっけ。すごい魔力だね。」

「え? ええ、パックは私の家族みたいなものだから。頼りになるのよ。」

サテラの肩に乗った灰色の猫精霊が、ふわりと宙に浮き上がり、フリーレンの目の前に移動する。

「やあ、お姉さん。ボクに興味があるのかい? でも残念、ボクはリア一筋だからね。」

「……ふーん。」

フリーレンはパックをジト目で見つめたまま、興味なさそうに視線を逸らした。

「別に口説こうとなんてしてないよ。ただ、その存在の構成が珍しいと思っただけ。」

「ほう? わかるのかい?」

「実体を持たないエネルギーの集合体。でも、こちらの世界への干渉力は物理的。顕現するための触媒……依り代のようなものを使っている?」

フリーレンの分析に、パックの丸い目が少しだけ細められた。

「へぇ……。一目見ただけでそこまで見抜くなんて、君、ただの魔法使いじゃないね。その膨大なマナ、どこで身につけたんだい?」

「……昔、師匠に教わっただけ。」

「師匠か。いい響きだね。」

パックは意味深に笑うと、再びサテラの肩へと戻っていった。フリーレンは小さく息を吐き、杖を握り直した。

(やっぱり、おかしい。)

彼女は歩きながら、周囲の空間構造を探り続けていた。この世界の魔法技術――彼らが「魔法」と呼ぶもの――は、フリーレンの知る魔法体系とは似て非なるものだ。ゲートと呼ばれる魔力の門。オドと呼ばれる生命力。それらはあまりにも原始的で、野蛮なシステムに見える。だが同時に、不気味なほどに強力だ。

(私の魔法は、理論と解析で構築された数式のようなもの。でも、この世界のマナは……もっと感情的で、混沌としてる。術式を組んでも、ノイズが混じって綺麗に発動しない。)

先ほどの飛行魔法の失敗が、彼女の指先に嫌な記憶として残っていた。もし戦闘になった時、とっさの防御が間に合うか。

彼女の視線が、前を歩くヒンメルの背中に向けられる。

(ヒンメルは、私が守らないと。)

その背中は、いつものように堂々としていて、頼もしく見える。けれど、フリーレンだけは知っている。彼が人間であり、エルフに比べて遥かに脆く、壊れやすい生き物であることを。

________________________________________

「着いたわ。ここよ。」

サテラが足を止めた。貧民街の最奥。廃材や瓦礫が無造作に積み上げられた一角に、ひときわ大きく、ボロボロの建物が鎮座していた。入り口の扉は傾き、窓は板で打ち付けられている。いかにも怪しい取引が行われていそうな場所だ。

「ここが盗品蔵……。なかなかに趣があるね。」

ヒンメルは建物をしげしげと眺め、前髪を払った。

「よし、行こうか。僕が先頭を行くよ。」

「気をつけて、ヒンメル。中に誰がいるかわからないわ。」

「問題ないさ。交渉は勇者の得意分野だからね。」

ヒンメルは躊躇なく、その腐りかけた木の扉をノックした。

コン、コン、コン。

乾いた音が、静まり返った貧民街に響く。反応はない。

「……留守かな?」

「入ってみましょう。フェルトなら、中に隠れているかもしれない。」

サテラが扉に手をかける。鍵はかかっていないようだ。

ギィィィ……という不快な蝶番の音と共に、扉が開かれる。中は薄暗く、埃っぽい空気が充満していた。乱雑に積まれた木箱、得体の知れない骨董品、錆びついた武具。その奥にあるカウンターの向こうに、巨大な人影があった。

「誰だ? 客なら歓迎するが、冷やかしなら帰んな。」

低い、地を這うような声。そこにいたのは、筋骨隆々とした巨人の老人だった。禿げ上がった頭、鋭い眼光。ただ座っているだけで威圧感を放つその男は、手に巨大なこん棒のようなものを持っていた。

「やあ、こんばんは。突然の訪問ですまないね。」

ヒンメルは物怖じせず、店の中へと足を踏み入れた。

「僕たちは盗まれたものを探しに来たんだ。このお嬢さんの徽章なんだけど、心当たりはないかな?」

ヒンメルがサテラを示すと、巨人の老人――ロム爺の眉がピクリと動いた。

「……ハーフエルフの嬢ちゃんか。フェルトが言ってた『厄介な持ち主』ってのは、お前さんのことか。」

「フェルトはどこ? 返してほしいの、あれは私にとって、とても大事なものだから!」

サテラが一歩前に出る。その手には、微かに魔力が集まり始めていた。ロム爺は鼻を鳴らし、手に持ったグラスの中身を煽った。

「返してほしけりゃ、対価を出しな。ここは商売の場だ。盗品だろうが何だろうが、一度俺の手に入ったもんは商品だぜ。」

「お金なら……今は持ち合わせがないけど、後で必ず払うわ。」

「ツケはお断りだ。信用できねぇ客にはな。」

交渉決裂の気配。サテラの周囲に氷の結晶が浮かび上がる。一触即発の空気。

その時、奥の扉が勢いよく蹴破られた。

「じじい! 追っ手が来やがったのかよ!」

飛び出してきたのは、風になびくような金髪の少女だった。赤いスカーフを巻き、勝気な八重歯を見せて笑うその姿は、路地裏の猫を連想させる。

「フェルト!」

「げっ、お姉さん! しつこいなぁ、ここまで追ってくるなんて!」

フェルトと呼ばれた少女は、サテラを見ると舌を出して挑発した。

「あれはもうアタシのもんだ! 返してほしけりゃ、もっとマシなもんを持ってきな!」

「待ってくれ、君たち。」

ヒンメルが二人の間に割って入った。彼は両手を広げ、敵意がないことを示すように微笑んだ。

「争うのはよそう。フェルト、君も生活のためにやったことだろう? だったら、僕たちが正規の値段で買い取るというのはどうだい?」

「だから、金はあるのかって聞いてんだよ!」

「今は無い。だが、僕は勇者だ。王城に行けば、報酬の前借くらいはできるはずさ。僕の名前を出せば、国王だって話を聞いてくれる。」

「はあ? 何言ってんだこいつ、頭大丈夫か?」

フェルトは呆れたようにヒンメルを見た。無理もない。この世界に「勇者ヒンメル」の名を知る者はいない。

だが、ヒンメルの瞳に嘘やハッタリの色はなかった。彼は本気で、王城に行けばなんとかなると信じている――あるいは、そう信じ込ませるだけの「迫力」を持っていた。

「……悪い話じゃねぇかもしれん。」

ロム爺が顎を撫でながら呟く。

「その嬢ちゃんの格好、只者じゃねぇ。それに、そこの男も妙な剣気を纏ってやがる。金がなくとも、何か別の価値を持ってるかもしれねぇな。」

場の空気が、少しだけ緩んだ。暴力ではなく、対話による解決の糸口が見え始めた瞬間だった。

しかし。

その安堵は、唐突に断ち切られた。

「あらあら。なんだか楽しそうなお話をしているのね。」

背筋が凍るような、甘く濡れた声。入り口の扉の陰から、一人の女が現れた。黒いドレスに身を包み、長い黒髪を編み込んだ妖艶な美女。その手には何も持っていないが、彼女の周囲には濃厚な死の気配が漂っていた。

「……誰だ、手前ぇは。」

ロム爺が警戒心を露わにし、こん棒を構える。女は優雅に微笑み、部屋の中を見渡した。

「私はただの依頼人よ。その徽章の、ね。」

女の視線が、フェルトの懐にある徽章に向けられる。

「交渉成立かと思ったけれど、先客がいたみたいね。……それも、持ち主本人が。」

女の視線がサテラに向けられた瞬間、フリーレンの体がビクリと反応した。

(……何、この魔力。)

フリーレンは杖を構え、ヒンメルの前に滑り出た。質が違う。サテラやパックの魔力が「強大」であるなら、この女の魔力は「異質」だった。ねっとりと絡みつくような殺意。そして、魔力とは別の、何か生理的な嫌悪感を催すエネルギーが、彼女の体の内側から溢れ出している。

「あなたは……あの徽章を買い取ろうとしていた人?」

サテラが問う。

「ええ。でも、持ち主にお帰りいただくわけにはいかないの。私の雇い主は、その徽章が『あるべき場所』に戻ることを望んでいないから。」

女は一歩、また一歩と近づいてくる。その足音すらしない静かな歩法に、ヒンメルも剣の柄に手をかけた。

「……交渉の余地はなさそうだね。」

「ええ。だって私は、はらわたの色を見るのが大好きなんだもの。」

女が微笑んだ、次の瞬間だった。

世界がブレた。否、女の姿が掻き消えたのだ。

「──ッ!」

フリーレンの反応速度は、人類の領域を遥かに超えている。彼女は思考するよりも早く、杖の先から迎撃魔法を放った。

「ゾルトラーク。」

かつて魔族を葬り去ってきた、人を殺す魔法。黒い閃光が、女の残像を貫く――はずだった。だが、光線は空を切った。

女は、フリーレンの魔法が放たれる直前、ありえない角度で身を捻り、重力を無視して壁を蹴り、天井へと張り付いていたのだ。

(速い……!?)

フリーレンの目が驚愕に見開かれる。身体能力強化魔法を使っているわけではない。風の魔法で加速しているわけでもない。ただ純粋な、肉体のバネと、そして――

(何かが、彼女を守っている? マナが彼女の動きに合わせて、道を譲るように歪んだ。)

「あら、怖い魔法。」

天井から逆さまに見下ろす女――エルザ・グランヒルテは、愉悦に顔を歪めた。

「でも、当たらないわ。」

エルザが天井を蹴る。その速度は、先ほどよりもさらに上がっていた。黒いドレスが風にはためき、その手にはいつの間にか、湾曲した奇妙な短剣――ククリナイフが握られている。

「サテラ、下がって!」

ヒンメルが叫び、剣を抜く。だが、エルザの狙いはサテラではなかった。彼女の瞳が捉えていたのは、この場で最も脅威となりうる存在――フリーレンだ。

「魔法使いさんは、最初に黙らせておくのが定石よね。」

エルザの姿が、黒い疾風となってフリーレンに迫る。速い。あまりにも速すぎる。

フリーレンは即座に防御魔法を展開した。六角形の光の障壁が、彼女の周囲に展開される。魔族の攻撃さえも防ぎきる、鉄壁の守り。

(防げる。物理攻撃なら、この障壁は破れない。)

フリーレンの計算は正しかった。通常の物理法則に従うなら、鋼鉄よりも硬い魔力の壁を、ただのナイフで貫くことなど不可能だ。

しかし。

この世界には、フリーレンの知らない理(ルール)があった。エルザのナイフが障壁に触れた瞬間、黒い火花のようなエフェクトが散った。

ガギィィンッ!

硬質な音が響き、障壁に亀裂が入る。

(……嘘でしょ?)

フリーレンの思考が空白に染まる。ナイフの刃先が、障壁の魔力構成を食い破り、融解させるように突き進んでくる。それは「加護」と呼ばれる、この世界特有の祝福。世界そのものが、彼女の凶行を後押しするかのような、理不尽なバフ効果。そして何より、エルザ自身の異常な膂力が、防御魔法の許容限界をこじ開けたのだ。

「素敵なお腹ね。中身を見せて?」

障壁が砕け散る音。目の前に迫る、ギラギラと輝く刃。フリーレンの瞳に、自身の死が映り込んだ。

避けられない。詠唱も、回避も、間に合わない。初めて感じる、圧倒的な「個」の暴力への恐怖。

──その時だった。

「フリーレン!」

ドンッ、と強い力で肩を突き飛ばされた。視界が横に流れる。フリーレンの体が宙を舞い、床に転がる。彼女の代わりに、その場所に立っていたのは――

蒼い髪の勇者だった。

「ぐっ……ぁ……」

鈍く、湿った音が響いた。肉が裂け、骨が断たれる音。ヒンメルの体が、くの字に折れ曲がる。エルザのククリナイフは、防御に入ったヒンメルの剣ごと、その腹部を深々と切り裂いていた。

「ヒンメル!!」

フリーレンの絶叫が、盗品蔵に木霊する。ヒンメルは、踏ん張ろうとしたが、足の力が抜け、その場に崩れ落ちた。大量の鮮血が、石床にどす黒い染みを作っていく。その赤さは、あまりにも鮮やかで、現実感を喪失させるほどだった。

「あら、騎士様気取り? 健気ねぇ。」

エルザは血濡れたナイフを舐め、つまらなそうにヒンメルを見下ろした。

「でも、無駄よ。次はあなたの番だもの。」

「……させるか……っ。」

ヒンメルは、震える手で剣を杖にして、何とか上体を起こそうとした。だが、傷は深すぎる。内臓に達する致命傷。口からごぼりと大量の血が溢れ出し、白いマントを赤く染める。痛みは、熱さとなって全身を駆け巡る。焼けるようだ。腹の中に、焼けた石を詰め込まれたような激痛。視界が霞む。音が遠くなる。

(ああ……これが、死か。)

ヒンメルは、冷静に自分の終わりを悟った。魔王を倒し、世界を救った勇者の最期が、こんな異世界の薄汚れた倉庫だとは。なんて滑稽で、なんて無様な。鏡に映る自分を愛した男の末路にしては、あまりにも美しくない。

「ヒンメル! ヒンメル、死なないで! 今、治すから……!」

フリーレンが這うようにして駆け寄ってくる。彼女のいつも冷静な顔が、涙と泥でぐしゃぐしゃになっている。杖を握る手が震え、治癒魔法の構成が定まらない。

「……フリーレン。」

ヒンメルは、血に濡れた手で、彼女の頬に触れようとして――止めた。自分の手が汚れていることに気づいたからだ。彼女の綺麗な白い服を、自分の血で汚したくない。そんな、死に際の人間が抱くにはあまりにも場違いな、けれど彼らしい矜持が、最期の力を振り絞らせた。

「下がって……フリーレン。」

喉から血の泡が漏れる。声は掠れて、ほとんど息の音しかしない。

「服が……汚れる。」

「バカ! 何言ってるの、そんなことどうでもいい! 止血を……早くしないと……!」

フリーレンが必死に傷口を押さえる。だが、指の隙間から命が溢れていくのを止められない。

ヒンメルは、薄れゆく意識の中で、フリーレンの顔を見つめた。

泣かないでくれ。君には、笑顔が似合う。いや、笑顔じゃなくてもいい。いつもの、すました顔で、「ヒンメルは馬鹿だね」と呆れていてほしい。

恐怖は、不思議となかった。最初の斬撃の瞬間は怖かった。痛かった。けれど今は、ただ体が冷えていく感覚と、フリーレンを守れたという安堵だけがあった。

(ああ、でも。心残りが一つだけあるな。)

彼女に、ちゃんと言葉を伝えていなかった。いつか、旅が終わったら伝えようと思っていた言葉。でも、もう声が出ない。視界が暗転していく。サテラが何かを叫んでいる。パックが巨大化しようとする気配がする。でも、それらすべてが遠い。

ヒンメルは、静かに目を閉じた。苦痛に顔を歪めることもなく、最期まで勇者らしく。ただ、愛する人の未来を案じるような、穏やかな表情のまま。

彼の体から力が抜け、フリーレンの腕の中で重くなる。心臓の鼓動が、止まる。

勇者ヒンメルは、死んだ。

「──ヒンメル?」

フリーレンの声が震える。返事はない。いつもなら、「やあフリーレン、僕の寝顔に見とれていたのかい?」と軽口を叩くはずの唇は、血の気を失って青ざめている。

「嘘……でしょ。」

フリーレンの世界から、音が消えた。目の前の現実が理解できない。理解したくない。ヒンメルが死ぬはずがない。彼は勇者だ。魔王を倒した英雄だ。私よりも先に死ぬなんて、そんなこと、許されない。

「いや……いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

フリーレンの慟哭が、爆発的な魔力となって周囲に吹き荒れた。大気が凍りつく。窓ガラスが一斉に砕け散る。彼女の感情の決壊に合わせて、この世界のマナが呼応し、暴走を始める。

だが、その絶望の淵で。

奇妙な現象が起きていたことを、錯乱したフリーレンは気づかなかった。ヒンメルの遺体から、立ち昇るはずのない黒い霧が――魔女の残り香が漂い始めていたことに。

そして、世界は一度、暗転する。

死に戻りの運命が、勇者を逃がさないとでも言うように。

 

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