ゼロから始める葬送のフリーレン   作:西方物理

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怠惰の影

 白い霧が晴れたリーファウス街道には、生々しい戦いの爪痕が刻まれていた。  討ち取られた白鯨の巨体は、小高い丘のように大地を圧迫している。その周囲では、傷ついた兵士たちの手当てや、撤収作業が慌ただしく行われていた。  勝利の熱狂は、潮が引くように静かな安堵と、現実的な疲労へと変わっていく。  勇者ヒンメルは、街道の脇に止められた竜車の磨き上げられた装甲板を覗き込み、念入りに前髪を整えていた。

「……ふむ。激戦の後だというのに、僕の輝きは損なわれていないな。むしろ、硝煙と返り血がアクセントになって、野性味あふれる魅力を醸し出していると言える」

 鏡代わりの装甲板に向かって、角度を変えながら呟く。  傍から見れば、伝説の魔獣を倒した後でも余裕を崩さない、肝の据わった英雄の姿だ。  だが、その実情は異なる。  ヒンメルは、指先が小刻みに震えているのを誤魔化すために、髪をいじり続けているのだ。

(……止まれ。止まってくれ)

 心の中で、自分の肉体に懇願する。  白鯨との戦いで消費したアドレナリンが切れ、代わりに鉛のような重圧が全身にのしかかっていた。  内臓が裏返るような吐き気。  死の淵を覗き込んだことによる、生物としての根源的な拒絶反応。  かつて魔王を倒した冒険の日々でも、これほどの恐怖を感じたことはなかった。この世界の敵は、質が違う。  殺意が、あまりにも純粋で、粘着質だ。  それに――

(あの感覚……)

 戦闘中、何度か感じた「既視感」。  白鯨の霧に飲まれそうになった瞬間。尾の一撃が頭上を掠めた瞬間。  まるで、一度死んで、時間を巻き戻されたような、一度みた景色を再び見せられたような奇妙な感覚があった。 自分は、自分が知る以上に「死に戻り」をしているのだろうか。それに……傷が勝手に塞がるときに感じる、あの熱い違和感。  やはり、僕の体は、何かがおかしい。

「ヒンメル様」

 鈴を転がすような声に、ヒンメルは弾かれたように振り返った。  そこには、レムが立っていた。  彼女のメイド服はあちこちが破れ、白い肌に擦り傷を作っているが、その瞳は真っ直ぐにヒンメルを見つめている。  彼女の鼻が、微かに動いた。

(……臭うんだろうな。僕から漂う、この腐ったような瘴気が)

 ヒンメルは自嘲気味に思った。  レムは「魔女の残り香」と彼女が呼ぶ何かを嗅ぎ取ることができる。死の運命を濃縮したようなその悪臭は、彼女にとって憎悪の対象であるようだ。  けれど、彼女の瞳にあるのは、深い慈愛と心配の色だけだった。

「お疲れではありませんか? 顔色が、紙のように白くなっています」

「心配性だね、レム。僕はただ、月の光に照らされて、より一層美白に見えているだけだよ」

 ヒンメルは、震える手をマントの下で強く握りしめ、完璧な笑顔を作った。  レムは少し悲しそうな顔をして、一歩近づく。 そして、誰にも見えない角度で、そっとヒンメルのマントの裾を握った。

「……無理を、なさらないでください。英雄であっても、痛みを感じないわけではないのでしょう?」

「……」

 その言葉は、ヒンメルの鎧の隙間に染み渡るようだった。  彼女だけだ。  この世界で、僕の「弱さ」を知りながら、それでも側にいてくれるのは。

「ありがとう、レム。でも大丈夫だ。僕は勇者ヒンメルだからね。格好をつけていないと、死んでしまう生き物なんだ」

 軽口を叩いて、彼女の頭を撫でようとした時だった。

「……ヒンメル」

 背後から、抑揚のない声がかかった。  フリーレンだ。  振り返ると、小柄なエルフの魔法使いが、どこか遠い目をしながら立っていた。  記憶を取り戻した彼女の雰囲気は、以前とは少し違っていた。  あの茫洋とした掴みどころのなさはそのままだが、その奥底に、氷の刃のような鋭さが隠されている。  彼女は、ヒンメルの横に並び立つと、当然のように彼の腕に自分の腕を絡めた。

「フ、フリーレン?」

「……寒い」

 短く言うと、彼女はぎゅっとヒンメルの腕にしがみついた。  嘘だ。気温はそれほど低くない。  彼女はただ、ヒンメルの体温を確認しようとしているのだ。彼がここに存在し、温かい血が通っていることを。  記憶喪失の間、彼女が無意識に感じていた「喪失の恐怖」。それが記憶を取り戻したことで、明確な形を持って彼女を襲っているようだった。  ヒンメルは苦笑して、彼女の頭に手を置いた。

「子供みたいだな」

「……うるさいな」

 フリーレンはむっとしたように唇を尖らせたが、離れようとはしなかった。  その時、彼女の耳がピクリと動いた。  纏っていた甘えた空気が、瞬時に霧散する。  彼女の翠緑の瞳が、西の空――ロズワール邸のある方角を射抜いた。

「……切れた」

「え?」

「私が張っておいた、監視用の結界。……強引に破られた」

 ヒンメルの背筋に、冷たいものが走る。  フリーレンの魔法は、この世界の常識を遥かに超えている。彼女が「監視用」と言って設置したものが、自然に消滅するはずがない。  何者かが、意図的に破壊したのだ。  ロズワール邸には、エミリアがいる。

「場所は、屋敷の近くか?」

「うん。森の境界線付近。……術式構成からして、物理的な破壊じゃない。もっと、歪で、気持ちの悪い力の干渉」

 フリーレンは不快そうに眉をひそめた。  彼女にとって、魔法とは美しく論理的なものだ。この世界の「権能」のような、理不尽で混沌とした力を、彼女は生理的に嫌悪していた。

「エミリア様……!」

 レムが青ざめた顔で声を上げる。  ヒンメルの脳裏に、最悪の想像が駆け巡る。  白鯨が現れたタイミング。そして、主戦力が不在の屋敷。  すべてが仕組まれていたとしたら?  魔女教。  この世界から疎まれ恐れられる、狂信者たちの集団。

「行くぞ」

 ヒンメルの声色が変わった。  ナルシストの道化としての響きは消え、戦場を支配する指揮官の声になる。

「クルシュ殿! ヴィルヘルム殿!」

 ヒンメルは、事後処理の指示を出していたクルシュたちのもとへ大股で歩み寄った。  ただならぬ気配を感じ取ったのか、クルシュが振り返る。

「どうした、ヒンメル卿。顔色が悪いぞ」

「悪い知らせだ。……ロズワール邸の方角で、異変があった。おそらく、敵の別動隊だ」

「何だと……? 白鯨は囮だったというのか?」

「あるいは、両方本命か。……どちらにせよ、エミリアが危ない」

 ヒンメルは、腰の剣の柄を握りしめた。  手が震えそうになるのを、意志の力でねじ伏せる。  ここで僕が動揺すれば、全員が不安になる。  僕は勇者だ。  希望の象徴だ。  たとえ内臓が恐怖で冷え切っていても、迷いを見せることは許されない。

「クルシュ殿、負傷者の搬送と白鯨の処理はお任せしてもいいだろうか。僕達三人は、屋敷へ急行する」

「待て。卿らも消耗しているはずだ。それに、相手の規模も分からぬまま、少人数で突っ込むのは無謀と言わざるを得ない」

「時間がないんだ。……それに」

 ヒンメルは、隣に立つフリーレンを見た。  彼女は無表情のまま、杖を握りしめている。その周囲の大気が、怒りで微かに振動しているのが分かった。

「僕には、世界最強の魔法使いがついている」

          ◇

 夜の闇を切り裂いて、地竜たちが街道を疾走する。  クルシュはヒンメルたちに選抜された戦士を同行させてくれた。ヒンメル、フリーレン、レム。そして、クルシュの陣営からはヴィルヘルムと、傭兵団『鉄の牙』の副団長であるミミとヘータロー。  必要最小限にして、最強の布陣。  揺れる竜車の荷台で、ヒンメルは腕組みをして目を閉じていた。

(……魔女教) (狂信者) (まともな相手じゃない)

 知識として知ってはいても、実際に対峙するとなれば話は別だ。  ヒンメルの心臓は、早鐘を打ち続けている。  もし、間に合わなかったら?  屋敷に着いた時、そこにあるのが死体だけだったら?  想像するだけで、指先が冷たくなる。  その冷たい手を、隣に座ったフリーレンが、自分の両手で包み込んだ。

「……ヒンメル」

「ん? なんだい、フリーレン」

 目を開けると、フリーレンがじっと彼を見ていた。  竜車のランタンの薄暗い光の中で、彼女の瞳だけが妖しく輝いている。

「無理してる」

「失敬な。これは武者震いというやつさ。これから始まる冒険に、心が躍っているんだよ」

「嘘」

 フリーレンは容赦なく切り捨てた。  彼女はヒンメルの手を自分の頬に押し当てた。

「手、氷みたいに冷たい。……脈も速い。呼吸も浅い」

「……君は医者か何かかい?」

「魔法使いだよ。人体の構造くらい、全部分かる」

 フリーレンは淡々と言った。  そして、少しだけ視線を伏せる。

「……私が、忘れていたせい?」

「え?」

「私がヒンメルのことを忘れて、記憶を失っていた間に……君に、辛い思いをさせた?」

 彼女の声には、珍しく悔恨の色が滲んでいた。  記憶を失っていた間の彼女は、合理的でドライだった。ヒンメルの危機にも動じず、ただ任務として戦っていた。  それが、今の彼女には許せないのだ。  ヒンメルを守れなかったかもしれない自分。  ヒンメルを一人で怯えさせていた自分。

「違うよ、フリーレン」

 ヒンメルは優しく言った。  自由になった片手で、彼女の頭を撫でる。

「君はいつだって僕を助けてくれた。記憶があろうとなかろうと、君は最高の魔法使いだ」

「……でも、あの結界が破られるのも許してしまった。もっと強固な術式にしておけばよかった」

 フリーレンの瞳に、暗い炎が灯る。  それは、敵に対する明確な殺意だった。  かつて魔族を「言葉は交わせるが、言葉が通じない異物」として処理してきた、葬送のフリーレンがみえる。

「私の結界を破って、私の大切な場所を荒らそうとする奴らは……許さない」

「……フリーレン?」

「皆殺しにするよ」

 さらりと、彼女は言った。  まるで「今日は買い物に行くよ」と言うような気軽さで。  その言葉の重さと冷徹さに、向かいに座っていたミミとヘータローが、ビクリと肩を震わせた。  歴戦の傭兵である彼らでさえ、今のフリーレンから発せられるプレッシャーには底知れぬ恐怖を感じているのだ。  レムだけが、静かに頷いた。

「同感です。エミリア様やラム姉様に手を出そうとする輩には、相応の報いを受けてもらいます」

 鬼族としての獰猛さを秘めたレムと、千年の時を生きた大魔法使い。  二人の女性の怒りが共鳴し、車内の空気がピリピリと張り詰める。  ヒンメルは、やれやれと肩をすくめた。

「頼もしい限りだが、あまり熱くなりすぎて森ごと消し飛ばさないでくれよ? 自然破壊は勇者の美学に反するからね」

 そう言って場を和ませようとしたが、ヒンメルの内心は穏やかではなかった。  フリーレンの怒りは、単なる正義感ではない。  彼女は今、恐怖しているのだ。  一度ヒンメルを失った恐怖。それを取り戻した直後に、再び脅かされることへの怒り。  それはきっと「愛」と呼ばれる執着に近いもの。  だけど……その重さが、心地よい。

「……近づいてきました」

 レムが低く唸るように言った。  彼女の鬼としての嗅覚が、敵の気配を捉えたのだ。

「数は?」

 ヴィルヘルムが問う。

「多数です。……森の中に、散らばっています。それに、この匂い……」

 レムが顔をしかめる。

「腐った土と、古い血の匂い。……魔女教徒です」

 地竜が速度を落とした。  メイザース領の森の入り口。  普段なら静寂に包まれているはずの夜の森は、異様な気配に満ちていた。  木々の隙間から、じっとりと粘りつくような視線を感じる。  鳥の声もしない。蟲の音もしない。  あるのは、狂気を含んだ沈黙だけ。

「降りるぞ」

 ヒンメルが声をかけ、全員が竜車から飛び降りた。  ヴィルヘルムが即座に剣を抜き、周囲を警戒する。ミミとヘータローも戦闘態勢に入る。  ヒンメルは愛剣『勇者の剣(レプリカ)』を抜き放ち、月光にかざしてみせた。

「さて、お出迎えの準備ができているなら、挨拶くらいはしてほしいものだがね」

 その言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。

「――愛!!」

 森の闇から、甲高い絶叫が響き渡った。  同時に、無数の火球が四方八方から飛来する。  狙いは正確。  一切の慈悲も警告もない、純粋な殺意の嵐。

「危ない!」

 ヒンメルが叫ぶよりも速く、フリーレンが杖を振った。

「防御魔法」

 彼女の周囲に、六角形の幾何学模様が展開される。  この世界の魔法使いが使う「膜」のような障壁ではない。 数学的に計算され尽くした、物理・魔法双方を遮断する絶対防御の盾。  着弾した火球が、音もなく霧散していく。  爆発さえしない。  フリーレンの魔法が、火球の構成式そのものを解析し、分解してしまったのだ。

「……汚い魔力構築。無駄が多い」

 フリーレンは冷ややかに評価を下した。  彼女にとって、魔女教徒の放つ魔法は、雑音交じりの不協和音のように不快なものだった。

「愛! 愛、愛、愛愛愛、愛、デス!!」

 木々の陰から、黒いローブを纏った集団が姿を現した。  顔を隠し、奇妙な短剣を手にした彼らの動きは、人間離れしていた。関節の可動域を無視したような、蜘蛛のような動き。  そして、その中心に立つ、一際異様な男。  深緑の髪を切り揃え、眼球が飛び出しそうなほどに見開いた、痩せぎすの男。

「アナタ……アナタがたですね? 魔女の寵愛を一身に受けながら、あまつさえその福音を拒絶し、試練を邪魔する怠惰なる輩は!!」

 ペテルギウス・ロマネコンティ。  魔女教大罪司教、『怠惰』担当。  その姿を見た瞬間、ヒンメルの胃が強く収縮した。  本能が警鐘を鳴らす。  こいつは、ダメだ。  話が通じないとか、分かり合えないとか、そういう次元ではない。  存在そのものが、狂っている。

「脳が……脳が震えるぅぅぅぅ!!」

 ペテルギウスは自らの頭を掻きむしり、奇声を上げた。

「何故! 何故です! 何故アナタからは、これほどまでに濃密な、寵愛の香りが漂っているのですか! 素晴らしい! 素晴らしいデス! ですが、それを理解せず、あまつさえ我々の邪魔をするとは……怠惰! 怠惰怠惰怠惰ァ!!」

 男の視線が、ヒンメルに突き刺さる。  レムが言っていた「匂い」のことだろう。  ヒンメルの死に戻りの呪い。それが、彼らを引き寄せているのだろうか。

「やれやれ、熱烈なファンには慣れているつもりだったが……君のアプローチは少々、情熱的すぎるね」

 ヒンメルは、冷や汗を滲ませながらも、口角を上げた。

「愛を語るなら、まずは花束の一つでも持ってくるのが礼儀というものだよ。そんな物騒な言葉ではなくね」

「愛! これこそが愛! 試練こそが愛! 苦痛こそが愛! アナタには、教え込まねばなりませんねぇ。勤勉なる愛の深さを!」

 ペテルギウスが腕を振り上げる。

「見えざる手よ!!」

 瞬間、空気が歪んだ。  ヴィルヘルムやミミたちは、怪訝な顔をしている。彼らには見えていないのだ。  だが、ヒンメルには「感じ」られた。  死の予感として。  そして、フリーレンには――「見え」ていた。

「……悪趣味」

 フリーレンが杖を突き出す。

 漆黒の閃光が、空間を薙ぎ払った。  ドォォン!!  虚空で何かが衝突し、衝撃波が周囲の木々をなぎ倒す。  ペテルギウスの放った「見えざる手」――不可視の魔手――が、フリーレンの魔法によって迎撃されたのだ。

「ナ……ッ!?」

 ペテルギウスが驚愕に目を見開く。

「見えている……? 私の権能が? 愛の手が? 馬鹿な! ありえません! 権能は理の外! マナの干渉を受けない絶対なる力!」

「見えはしないよ」

 フリーレンは淡々と言った。

「でも、マナの揺らぎがある。空間に不自然なねじれがある。そこに何かがあるなら、そこを吹き飛ばせばいいだけ」

 彼女の解析能力は、異世界の理さえも即座に解体しつつあった。  魔法とは、イメージの世界。  見えないものであっても、「そこに在る」と認識できれば、彼女の魔法は及ぶ。  フリーレンは、冷徹な瞳でペテルギウスを見下ろした。  それは、ヒンメルに向けられる慈愛の眼差しとは対極にある、害虫を駆除する際の無機質な目だった。

「ヒンメルに近づくな」

 彼女の周囲に、無数の光弾が展開される。  現代魔法の基本攻撃魔法。  だが、その一つ一つが、魔女教徒を一撃で葬り去る威力を持っていた。

「私の視界の及ぶ限り、お前たちの好きにはさせない」

 戦闘の火蓋が切られた。  ミミとヘータローが叫び声を上げて突撃し、ヴィルヘルムが風のように駆け抜ける。  レムはモーニングスターを振り回し、群がる教徒たちを粉砕していく。  ヒンメルは、剣を構えながら戦況を俯瞰していた。  彼の役割は、前線で無双することではない。  仲間たちの位置を把握し、的確な指示を出し、そして何より――敵の注意を自分に引きつけること。

「こっちだ! 狂信者諸君! 勇者ヒンメルの首が欲しくないのかい?」

 わざと隙を見せ、大げさにマントを翻す。  そのたびに、死の恐怖が背筋を駆け上がる。  教徒たちの短剣が頬を掠める。  熱い。痛い。  だが、止まらない。

(怖い。逃げたい。吐きたい)

 心の中の独白は、悲鳴を上げている。  しかし、彼の体は踊るように動く。  美しい剣舞。  それは、彼が何年もかけて作り上げた、完璧な虚勢の結晶。

「素晴らしい! 素晴らしいデス! その動き、その香り! アナタこそ、我が指先が触れるに相応しい!」

 ペテルギウスが、恍惚の表情でヒンメルに迫る。  背後から伸びる、数本の見えざる手。  フリーレンが迎撃しているが、数が多い。  すべてを防ぎきれるか?

「レム!」

「はいッ!」

 ヒンメルの呼びかけに応え、レムが氷柱の魔法を放つ。  見えざる手を凍らせることはできないが、ペテルギウス本体の足場を奪うことはできる。  バランスを崩した狂人に、ヴィルヘルムの剣閃が迫る。

「愛に報いなさい!!」

 ペテルギウスは人間離れした跳躍でそれを躱し、森の奥へと後退した。  彼が指を鳴らすと、森の闇からさらなる増援が現れる。  果てがない。  これが、大罪司教の軍勢か。

「……数が多いね」

 フリーレンが、ヒンメルの背中合わせに立った。  彼女の呼吸は乱れていない。だが、その表情は険しい。

「この森全体が、彼らの結界の中にあるみたい。マナの供給がおかしい」

「君でも手こずるかい?」

「まさか」

 フリーレンは、ふっと小さく笑った。  それは、かつて魔王城の前で見せたような、不敵な笑み。

「私は葬送のフリーレン。あんなのよりも、もっともっと強い敵と戦ってきた」

 彼女の杖の先端に、莫大な魔力が収束していく。  周囲の大気が凍りつき、草木が白く染まる。

「ただの人間ごときが、勇者一行に勝てると思わないことだね」

 ヒンメルは、その背中を感じながら、自身の剣を強く握り直した。  ああ、彼女がいる。  僕の震えを隠してくれる、最強の相棒が。  なら、僕は演じきろう。  この地獄のような世界で、最後まで「勇者」であり続けるために。

「さあ、反撃開始といこうか! 僕たちの旅路を邪魔したことを、後悔させてあげるよ!」

 ヒンメルの号令と共に、森の闇が閃光に包まれた。

 

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