ジャスティスの会のキョウヤ 作:セダ
「はぁ……っ! はぁ……っ!」
すっかり陽の落ちた街中を、キョウヤは必死に走っていた。
背後からは普通ではあり得ない巨大な体躯と赤く光る目をした長い耳をもつポケモン──ホルードが地面を揺らしながら迫ってくる。
「嘘だろ……! 街の中だぞ!? なんだあのデカいポケモンは……っ!」
ビルとビルの隙間を縫って逃げるが、すぐに轟音が背後から響いた。
ホルードが地面を踏みしめた瞬間、足元が揺れ、バランスを崩す。
「くっ……! 脚がっ──!」
倒れ込んだキョウヤのすぐ前に影が迫る。
ホルードが飛び上がりその巨大な体でキョウヤを押し潰そうとした。
(来て初日に襲われるなんて……! 力入れ! 入れ! 入れ!)
「──ぐっ、おおおっ!」
反射的に横へ転がる。次の瞬間さっきまでいた場所の地面がホルードによって踏み潰されていた。
砕けた瓦礫がキョウヤの肌に傷をつける。息も絶え絶えでまともな声も出せそうにもない。
赤い瞳がこちらを捕らえたまま離さない。理性の光はそこにはなかった。
(……今ので脚も捻ったな。もう、駄目かも……)
息が荒く、視界が滲む。
(いや……いや! まだ手は動く顔も動く! ホルードから目を逸らすな! 今度の攻撃に合わせて手で体を跳ねさせて……)
その時──白い影が目に入った。
「そこの人、動かないで。──シャンデラ、かえんほうしゃ」
「シャッシャーン!!」
轟、と音を立てて、燃え上がる炎がホルードを包み込む。暴れ回っていた巨体が一瞬で力を失い気絶してしまった。
強烈な熱がキョウヤの頬を撫でる。眩しさに目を細めながら、彼は炎の向こうに立つ人影を見た。
黒髪の少女──白い服を着ている。
背は高くないがまっすぐに立つその姿には不思議な強さと静けさがあった。
「大丈夫?」
落ち着いた声。
助かったと言う安心で完全に倒れ切ってしまう。キョウヤは少し遅れて答える。
「はぁ……っ……はぁ……はぁ……ぁ、あ……」
なんとか息を整え、顔を少女とそのポケモンの方へ向けようとする。
「あ、ありがとうございます……。もう、駄目かと……」
「間に合ってよかった。──シャンデラも、お疲れさま」
シャンデラは答えるようにふわりと舞い、少女の差し出したモンスターボールの中に戻っていく。
夜風が熱を攫い街はようやく静けさを取り戻した。
「怪我は無い? 立てる?」
差し出された手を遠慮がちに掴み、痛む左足を庇いながらゆっくりと立ち上がる。
「いたた……。脚を挫いたみたいです……」
「そう……。ポケモンに運んでもらえそう?」
「すみません、ポケモン持ってないんです。今日観光で来たばかりで……泊まる場所もまだ見つけてなくて……」
「……それは災難」
少女は一瞬考え込み、ふっと小さく笑う。
どこか呆れたような、けれど優しい笑みだった。
「あたしはムク。あんたの名前は?」
「キョウヤです。ムクさん、本当にありがとうございました」
「キョウヤ泊まる場所がないって言ってたね。じゃあうちの道場の寮に来たら。傷ぐすりもあるし空いてる部屋もあるから休めるよ」
「い、いやそこまでお世話になるわけには……」
「いいから。今日寝るところがないって聞いたのにそのままポケモンセンターに置いていきたくない」
「ご迷惑じゃないですか?」
「面倒」
スパッと言い切った。
「えぇ……。面倒でしたらお邪魔するのは気が引けるんですが……」
「でも助けた人を放っておくのはジャスティスじゃない」
「ジャスティス?」
ムクはそれには答えずポケモンを繰り出した。
「出てきてパンプジン」
「ぷぁ〜ん」
顔の描かれた球根のような体から芽のような体と葉のような腕の生えたポケモン──パンプジンが出てきた。
「その人を運んであげて。脚を怪我してるから優しくね」
「ぷぁーん!」
「えっえっ。うわわわ」
パンプジンはキョウヤをその葉のような腕で優しく抱えると進み出したムクに着いて歩き始めた。
歩きながらムクはキョウヤに話しかけてきた。
「本当に災難。ミアレでは毎晩ZAロワイヤルがあるからポケモンに追いかけられてる人がいてもただバトルしてるだけだと思われることもある。しかもあれはオヤブンと呼ばれる普通よりも巨大で暴れん坊なポケモン。普通ワイルドゾーン以外の場所に出る事はないんだけど……」
ZAロワイヤル。現在ミアレの街で毎晩行われているポケモンバトルである。バトルの勝利によってポイントを獲得しランクを競う最強のトレーナーを決めるための大会。
ムクはキョウヤに顔を向け言葉を続ける。
「今のミアレは……結構危ない。──手持ちのポケモンがいないって言ってたけど自分の身を守るためにも持ってた方がいい」
「そうですね……。とても実感しました……」
そんな話をしていると目的地に着いたようだった。そこは2階建ての集合住宅であった。入り口にはランプの形をしたポケモン──ランプラーを模した明かりがつけられていた。
「ここは私たちの道場の寮なの。と言っても道場のメンバーはほとんどミアレ市民だからここに住んでる人はあまりいないけど」
「ちょっと待ってて。シロー……兄を呼んでくる」
ムクは1階の端の部屋に向かった。キョウヤはまだパンプジンに抱えられていた。
「もう降ろしてくれても大丈夫だよ。運んでくれてありがとう」
「ぷぁーん」
キョウヤは降ろしていいよと伝えるが伝わってないのかそれともご主人の指示なしには下ろせないのかニコニコと笑いながら降ろしてはくれなかった。
「何ですって!!!」
ムクの向かった部屋からここまで震えるほどの野太い大きな声が聞こえてきた。そして今日ワイルドゾーンの前で見た記憶のある金髪の偉丈夫が部屋から飛び出してきた。
キョウヤが目を白黒させているとその男は心配そうな顔で素早く近づいてきた。
「大丈夫ですか!!ああ怪我をしてますね……。すぐに手当てを……」
「シローうるさい。夜だよ。それにシローがやるともっと痛めるかもしれないからいい。あたしがやる」
部屋から飛び出してきてキョウヤを手当しようとした偉丈夫を遅れて部屋から出てきたムクが制止する。その手には十字のマークが描かれた大きめの箱が抱えられていた。
「キョウヤこれがシロー。怪力で声もうるさいけどあたしの兄」
「自分はムクの兄のシローと言います。妹から怪我をしたのに休める場所がないと聞いています。1階に使われてない部屋があるので使ってください」
「じゃ、ジャスティスの会の……」
「む?ジャスティスの会を知ってるのですか?自分はジャスティスの会で先頭に立たせていただいてる者です」
「そ、そうなんですね……」
キョウヤはパンプジンに捕まれ動くことのできない状態で若干怯えながら受け答えをする。とても優しくしていただいてるのにと申し訳なさがありつつも今日見た姿と演説を思い出してしまっていた。
その間にもムクはもくもくと傷口の消毒や保護をしてくれていた。