クソデカハムスターに転生した俺、2000年努力して最弱から魔王になる 作:yumui
俺の人生は、最初から詰んでいた。
父親は借金を残して蒸発、母親は俺が中学生の時に病死。高校は奨学金で何とか卒業したが、大学になんて行けるはずもなく、そのまま工場で働き始めた。
朝六時から夜十時まで、休憩を除けば十四時間労働。手取りは十八万。アパートの家賃と光熱費を払えば、残るのは食費にもならない金額だ。
「努力すれば報われる」
何度その言葉を信じただろう。資格の勉強をした。工場長に認められようと誰よりも早く出勤した。休日返上で働いた。
結果は?
何も変わらなかった。
資格を取っても給料は上がらず、早く出勤しても「当たり前」と言われ、休日出勤は「お前の代わりはいくらでもいる」と脅された。
ある日、工場で機械の整備ミスがあった。俺のミスじゃない。前の班の連中の仕事だ。でも、責任を押し付けられたのは俺だった。
「お前が確認しなかったのが悪い」
上司はそう言った。減給処分。ボーナスカット。
もう、限界だった。
帰り道、いつも通る橋の欄干に手をかけた時、ふと思った。
俺の人生に、意味はあったのか?
答えは出なかった。
そして、俺は身を投げた。
冷たい水が全身を包む。意識が遠のく。
ああ、これで終わりか。
そう思った瞬間、視界が真っ白になった。
目が覚めると、俺は草の上に寝転がっていた。
「……え?」
体を起こそうとして、違和感に気づく。
手が、ない。
いや、正確には手はあるのだが、それは人間の手ではなかった。短く、丸みを帯びて、先端には小さな爪がある。まるで、動物の前足のような。
恐る恐る自分の体を見下ろす。
茶色い毛に覆われた丸い胴体。短い四本の足。そして、顔を触ってみれば、やたらと大きな前歯と、ふわふわの頬。
「……ハムスター?」
いや、サイズがおかしい。身長——いや、体長は一メートル近くある。人間でいえば小学生くらいの大きさだ。
混乱する頭で周囲を見回す。見たこともない巨大な木々、どこまでも続く深い森。空には二つの月が浮かんでいる。
「マジかよ……異世界転生?」
ネットで読んだことのある設定が、現実になっている。
しかし、落ち込んでいる暇はなかった。この体になったということは、つまり俺は生き返ったのだ。しかも、異世界で。
「よっしゃ!」
思わず声が出る。
異世界転生といえば、チート能力だ。俺にも何か特別な力があるはずだ。前世では何もできなかったが、今度こそ!
近くにあった木を見つめる。よし、試しにパンチしてみよう。
「せいやっ!」
全力で前足を振り抜く。
ゴツン。
「ぎゃああああああああ!」
激痛が右前足を襲う。骨が軋む音が聞こえた気がする。いや、気がするどころじゃない。完全に骨折してる!
木には傷一つついていない。
俺は地面に転がりながら、理解した。
チート能力なんて、なかった。
俺はただの、最弱モンスターだ。
それから数年が経った。
正確な時間は分からないが、季節が何度か巡ったことは覚えている。
俺は森の奥で、ひっそりと暮らしていた。冒険者らしき人間たちを見かけることもあったが、見つかれば殺される。他の魔物も同じだ。体の大きなオークやオーガに出くわせば、食われる。
毎日が恐怖との戦いだった。
木の実を拾い、時々川で魚を捕る。それだけで精一杯の生活。
ある日、俺はゴブリンの一団に捕まった。
小柄で緑色の肌をした魔物たち。人間よりは弱いが、俺よりは遥かに強い。十匹ほどのゴブリンに囲まれ、抵抗する気力も失った。
「殺さないでくれ!」
必死に訴えた。
ゴブリンたちは俺を殺さなかった。代わりに、巣穴へと連れて行かれた。
洞窟の奥に作られたゴブリンの住処。そこで俺は、雑用係として働かされることになった。
水汲み、薪集め、食料の運搬。ゴブリンたちは俺を奴隷のように扱った。逆らえば殴られる。でも、殺されるよりはマシだ。
そんな生活が続いた、ある日のこと。
ゴブリンたちが何かを引きずって帰ってきた。
それは、少女だった。
人間ではない。頭から二本の小さな角が生えている。魔族だ。年の頃は十歳くらいだろうか。ボロボロの服を着て、体中に傷がある。
ゴブリンたちは少女を性欲処理に使う女たちの檻とは別の檻に放り込むと、俺に指示を出した。
「痩せこけてまだ使えないから、太らせろ」
俺は頷き、少女の元へ向かった。
少女は檻の中で膝を抱えて震えていた。怯えた目で俺を見上げる。
「大丈夫だ」
俺は持っていた水と木の実を差し出した。
少女は最初、警戒していたが、やがて恐る恐る手を伸ばし、水を飲んだ。
それから毎日、俺は少女の世話をした。食事を運び、傷の手当てをし、話しかけた。言葉は通じなくても、何となく気持ちは伝わる気がした。
数週間が経った頃、少女が初めて口を開いた。
「……ありがとう」
小さな声だった。
俺は嬉しくて、尻尾を振った。ハムスターに尻尾があるのか知らないが、とにかく体が喜びを表現した。
「私、ファウっていうの」
少女——ファウは、そう名乗った。
それから、俺たちは少しずつ会話をするようになった。
そしてある夜、ファウは自分の過去を語り始めた。
「私ね、奴隷だったんです」
ファウの声は静かだった。
「村が人間に襲われて、生き残った子供たちは皆、奴隷として売られたんです。私も、その一人」
俺は黙って聞いた。
「毎日、朝から晩まで働かされて。ご飯もろくに貰えなくて。主人は、私たちが逆らうと鞭で叩いて」
ファウの目に涙が浮かぶ。
「でも、諦めなかった。いつか自由になるって。いつか、自分の足で歩いて、好きなところに行けるようになるって」
「それで、脱走したのか?」
俺の鳴き声に、ファウは頷いた。
「うん。隙を見て逃げ出したの。でも、森で迷ってしまって。そしたら、ゴブリンに捕まっちゃったんです」
「私、夢があるんです。自由に生きて、自分の好きなことをして、誰にも縛られない人生を送る。そのために、強くなりたいんです」
その言葉を聞いて、俺の胸が熱くなった。
ファウの夢は、俺の夢でもあった。
前世の俺は、何もできなかった。生まれた環境に縛られ、努力しても報われず、最後は自ら命を絶った。
でも、今は違う。
異世界に転生した今なら、もう一度やり直せる。
ファウのように、自由を掴むために戦える。
「ファウ」
俺は決意を込めて鳴いた。
「一緒に、ここから出よう」
ファウは目を見開いた。
「え……でも」
「大丈夫だ。俺が守る」
そう言ったつもりだが、ファウには伝わっただろうか。
でも、ファウは笑った。
「ありがとう。一緒に逃げよう」
脱走の計画は、意外と簡単だった。
ゴブリンたちは夜、酒を飲んで眠り込む。その隙を突けばいい。
数日後の夜、俺たちは実行に移した。
ゴブリンたちが全員眠りについたのを確認し、俺は檻の鍵を盗んで開けた。幸い、ゴブリンたちは俺を「無害な雑用係」だと思っていたようで、警戒が緩かった。
ファウを連れて、洞窟を抜ける。
心臓が破裂しそうなほど緊張したが、誰にも見つからずに外へ出ることができた。
森の中を走る。月明かりだけを頼りに、ひたすら走る。
どれくらい走っただろうか。
やがて、開けた場所に出た。
そこは小さな丘で、木々が途切れ、空が一面に広がっていた。
二つの月と、無数の星。
ファウは立ち止まり、空を見上げた。
「綺麗です……」
その声には、感動と希望が込められていた。
俺も空を見上げる。
前世では、こんな星空を見たことがなかった。都会の空は、いつも曇っていた。
「なあ、ファウ」
俺は決意を込めて鳴いた。
「俺、最強になる」
ファウが振り返る。
「最強になって、誰にも負けない力を手に入れる。そして、この世界で一番自由な男になる」
前世では何もできなかった。努力しても報われなかった。
でも、今度は違う。
時間はたっぷりある。この世界では、魔物は長生きだと聞いた。
何百年でも、何千年でも、努力し続ければいい。
いつか必ず、最強になる。
「だから、ファウ。俺様についてこい!」
ファウは驚いたような顔をして、それから笑った。
「うん! でも、なんて呼べばいいんですか? あなたの名前、まだ聞いてない」
名前。
そういえば、転生してから一度も名乗っていなかった。というか、この体になってから名前を考えたこともなかった。
俺が黙っていると、ファウは少し考えて、言った。
「じゃあ、私がつけてあげる。エルベリス。古い魔族の言葉で『願い』って意味なの」
エルベリス。
俺の新しい名前。
「いい名前だ」
俺——エルベリスは、そう鳴いた。
ファウは笑顔で頷いた。
「これから、よろしくお願いします。エルベリス」
「ああ。一緒に、自由を掴もう」
二人は星空の下、新しい未来へと歩き出した。
最弱のハムスター型魔物と、奴隷から逃げた魔族の少女。
それが、後に世界を震撼させる「魔王エルベリス」の、始まりだった。