クソデカハムスターに転生した俺、2000年努力して最弱から魔王になる   作:yumui

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第一課題

山々は白い息を吐き、冬の静寂をまとっていた。

 エルベリスたちは雪道を踏みしめながら、〈ルルク遺跡〉へと向かっていた。

 かつてドワーフが暮らしていた山中の遺構であり、今はレリクイア第一課題の舞台でもある。

 

「寒……鼻が落ちそうだ……」

 エルベリスがぶるぶる震えながら耳を押さえる。

「落ちん落ちん。ほら、歩け。動けば暖かくなる」

 リベットが言いながら、肩に積もった雪を払った。

 

 マリアはというと、緊張で強張った表情ながら、一歩一歩しっかりと前を見据えていた。

 父から託された言葉が、胸の奥で静かに燃えているようだった。

 

 エルベリスは雪を裂くように前へ進みながら、ふと空を見上げる。

 五十年の修行で鍛えられた身体は、こうした環境にも動じない。

 だが――胸の奥は、妙に熱を帯びていた。

 

 マリアを連れてきたことが、正しい選択だったのか。

 その問いが、雪と共に降り続いていた。

 

 

 

 

 山の斜面を登りきった頃、巨大な石造りの門が姿を現した。

 半ば崩れかけているが、ドワーフ独特の彫刻が残っている。

 

「ここが……」

 マリアが息を呑む。

 

「入り口の罠には気をつけろよ。昔のドワーフは意地悪だからな」

 リベットが言うと、ファウが即座に怯えた。

 

「や、やっぱ帰らな……」

「帰らん!」

 

 エルベリスがファウの襟首を掴み、引きずるようにして門の中へ入った。

 

 

「わっ!? 床が光って――」

 ファウが叫ぶより早く、石床が沈んだ。

 

 前方の壁から大量の矢が放たれた。

 エルベリスはファウを抱えて横に跳ぶ。

 

 続く廊下には、回転する刃の柱が行く手を塞いでいる。

 リベットはすでに解析に入っていた。

 

「動きの周期は一定……エル、行けるか?」

「五十年みっちり鍛えたからな。こんなの散歩だ」

 

 エルベリスは刃の隙間を縫うように駆け抜けた。

 風圧で毛皮が揺れるが問題ない。

 

「次っ!」

 マリアも後を追う。腰は引けているが、動きに迷いはなかった。

 

(……成長してるな)

 

 エルベリスは振り返り、小さく頷いた。

 

 

 

 

 広間に入ったところで、四人の冒険者たちと鉢合わせた。

 見るからに粗暴な雰囲気の一団。男の一人が口を歪める。

 

「おいおい、ガキと…ハムスター…?だけのパーティかよ。金は置いていけ」

 

「断る」

 マリアがきっぱりと言った。

 

 相手の目に苛立ちが宿る。

 

「じゃあ、痛い目みるだけだ!」

 

 男たちが襲い掛かった。

 だが――

 

 エルベリスが前に出る。

 

 その動きは、風よりも速かった。

 

「どけ」

 

 拳が一閃。

 一人が床を転がった。

 

「ひっ……何だこいつ!?」

「五十年修業の成果だ。覚えとけ」

 

 続く二人目の剣撃をかわし、肘打ちを叩き込む。

 三人目には足払い。

 リーダー格の魔道士が呪文を詠唱しようとしたが、リベットの魔術の矢により集中が途切れた。

 

 マリアも隣で剣を構え、震えながらも敵の攻撃を受け止めていた。

 

「マリア、すごいぞ」

「ま、まだ……っ」

 

 数分と経たず、冒険者たちは全員地面に倒れ伏していた。

 

「な、なんとか……」

 マリアが息を整える。

 

「やるじゃないか」

 エルベリスが笑った。

 

 マリアの頬が、ほんのり赤くなった。

 

 

 

 遺跡の奥。

 巨大な石造りの部屋で、待っていたのは――

 

 

 岩の巨人・ゴーレム。

 

「あれはちょっと無理では……?」

「いや、いける」

 

 エルベリスは手を握り、足を前に踏み込む。

 

(五十年……ずっとこの瞬間を想像していた)

 

 巨体が拳を振り下ろす。

 床が砕ける。

 埃が舞い上がる。

 

 一撃もらえば即死だ。

 

 だがエルベリスは滑るように避け、巨人の足に回り込み、反撃の拳を叩きつけた。

 

 ゴーレムがわずかに揺れる。

 

(効いてる……!)

 

「首の継ぎ目を狙えや!」

 リベットが叫ぶ。

 

 エルベリスは跳躍し、ゴーレムの肩を駆け上がると、首の接合部へ拳を叩き込んだ。

 

 ゴーレムは軋みを上げて崩れ落ちた。

 

 石の雨が降り、静寂が戻る。

 

「倒した……!」

 マリアが目を丸くする。

 

 エルベリスは息を吐き、拳を握った。

 

(――強くなってる、確実になってる)

 

 胸の奥が熱くなった。

 

 

 

 

 さらに探索を続けると、古びた宝箱がぽつんと置かれていた。

 

「やった、宝箱だぞ!」

 エルベリスが駆け寄る。

 

「馬鹿!それは……」

 リベットの声が届く前に――

 

 

「ぎゃあ!? 食われた!?」

「エルベリス!!」

 

 エルベリスは半身を宝箱に飲み込まれ、足だけばたばたしている。

 

「引っ張れっ!」

 リベットが指示を出し、マリアとファウが必死に足を掴む。

 

「太もも掴みますね!」

「痛っ!? 待て、それは痛い!!」

 

「うるさい! 踏ん張れ!」

 マリアが叫び、三人が力を合わせる。

 

いーーち、にーーい、さーーん

 

 

「うおあああああ!!」

 

 エルベリスがミミックと共に吹っ飛び、壁へ激突した。

 

「……死ぬかと思った……」

「よだれまみれですよ……」

 

 遺跡に、仲間たちの笑い声が響いた。

 

 

 

 

 遺跡の最深部。

 広大な洞窟に、水面が鏡のように広がっていた。

 

 中央に浮かぶ小島。

 その上に、古びた祭壇。

 

 そして――

 

 金色に輝く小さな指輪が置かれていた。

 

「……あれが、第一課題の遺物」

 マリアの声が震える。

 

「接ぎ木の指輪。人の心を繋ぐ特別な遺物……らしい」

 リベットが呟く。

 

「行こう」

 エルベリスはそっと前に出た。

 

 四人は小舟に乗り、ゆっくりと湖を進んだ。

 水面には青白い光が揺れ、静寂が心を包んでいく。

 

 

 

 小島へ降り立つと、マリアが前に出た。

 恐る恐る指輪に手を伸ばす。

 

 指先が触れた瞬間――

 湖面が青く輝き、遺跡全体に風が走った。

 

「……!」

 

 指輪が、マリアの指へ吸い込まれるように収まった。

 

 温かな光が、彼女の胸元を照らした。

 

「すごい……これが……」

 マリアは自分の手を見つめ、呟いた。

 

「やったじゃないか、マリア」

 エルベリスが微笑んだ。

 

 マリアは涙ぐむ。

 

「私……やればできるんだ……」

 

「できるさ。お前は弱くない」

 

「……うん!」

 

 マリアの瞳に、強い光が宿った。

 

 

 

エルベリスたちは、洞窟の湖を離れ、帰路につこうとしていた。だが、出口まではまだ相当距離がある。

 

 石の回廊は薄暗く、天井から滴る水音が響く。足元の石畳は滑りやすく、油断すればすぐ転びそうだ。

 

 ひとまず安全な広間を見つけ、四人はそこで休憩を取ることにした。

 

 焚き火の代わりに、リベットが魔術灯を1つ点ける。鈍く白い光が広がり、冒険者の影を壁に揺らめかせた。

 

「ふぅ……まだ外に出てないのに、帰った気になりそうだ」

エルベリスが座り込み、大きな息を吐く。

 

「でも指輪は手に入ったし、あとは戻るだけだね」

マリアは嬉しそうに、しかしどこか誇らしげに微笑んだ。

 遺跡探索の中で、彼女の顔つきは変わっていた。自信という火種が、胸の奥で静かに燃えているようだった。

 

 ファウは壁にもたれ、肩を上下させている。

 

「もう……足が棒……誰か……運んでください……」

 

「だめ。私も疲れてる」

「むり」

「俺もきつい」

 

 三人に秒で拒否され、ファウは地面にずり落ちた。

 

 そんな穏やかな空気の中、リベットがふと呟いた。

 

「なぁ、エルベリス。暇つぶしにひとつ昔話でもする?」

 

「昔話?」

 

「魔族の……とある女の子の話だ」

 

 エルベリスは少し眉を上げた。

 あまり楽しい予感がしないが、リベットの声はどこか優しかった。

 

 リベットは魔術灯の光を見つめながら、遠い日を思い返すように語り出した。

 

 

「昔、魔族の領域の外れに、小さな集落があったんだ」

 

 魔術灯の光が揺らぎ、影が壁に踊る。

 四人は自然と静かに耳を傾けた。

 

「そこに、ひとりの魔族の少女がいた。名前はヒルカ。

 角がちょっとねじれてて、灰色の髪をした……かわいらしい子だったよ」

 

「リベットさん、知り合いだったの?」

マリアが訊いた。

 

「まぁ……旅の途中で少し世話になった程度。

 彼女は孤児でね。ある魔族の魔術師に拾われて育てられていた」

 

 エルベリスは内心驚いた。ヒルカという名前は聞いたことがないが、どこか不穏さを感じさせる話だった。

 

「魔術師は優しい男で、彼女に魔術を教えた。中でも、鎧に魔術を付与する技術――付呪だな。それをよく教えていた。

 二人は貧しくても、穏やかで静かな暮らしをしていたよ」

 

 だが。

 

 リベットの声がわずかに低くなる。

 

「その魔術師は、魔王に殺された」

 

 焚き火のような魔術灯の光が、一瞬冷たく見えた。

 

「理由は簡単だ。魔王が彼の知識を欲しがったから。

 断られた魔王は……彼を処刑した」

 

 マリアは口を覆う。

 ファウでさえ目を丸くした。

 

「少女は、復讐を誓った。

 魔術師の残した書物を読み漁り、付呪に付呪を重ねた……“無敵の鎧”を作るために」

 

 リベットの指が震えているのを、エルベリスは見逃さなかった。

 

「そして数年後。彼女は立派な女性になり、その鎧を身にまとって魔王に挑んだ。

 ……でも、返り討ちだ。勝てるはずがなかった」

 

「…………」

 

「魔王は彼女を気に入ったんだとよ。

 なんせ無敵の鎧だ。面白がって、彼女を蘇らせた。

 そして――魔王軍四天王の一人にした」

 

 その名を、リベットは静かに呟いた。

 

「攻撃が通らない。魔法も近接も、ほとんど全部無効。

 あれは……本当に化け物だよ」

 

「ん?…その話って続きは」

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 遺跡の奥から、硬い鉄靴が石床を踏みしめる音が響いてきた。

 

 重い。落石のように鈍く響く。

 そして、ゆっくりと近づいている。

 

「……え?」

マリアが声を震わせる。

 

「む……むり……嫌な予感しかしないです……!!」

ファウが魔術灯にしがみつく。

 

「リベット。まさか……」

エルベリスの声が掠れる。

 

 リベットの表情は蒼白になっていた。

 

「うそだろ……なんでここに……?」

 

 暗闇の向こう。

 

 姿が現れた。

 

 大柄な女性型の鎧。

 全身が黒鉄に覆われ、右手には巨大な斧。

 

 そして。

 

 甲冑の隙間から聞こえた声は、リベットが語った話と同じ、女の声だった。

 

「――《接ぎ木の指輪》を渡せ」

 

 その名は。

 

 ヒルカ。

 

 

 

 

 

 

「逃げるぞ!!!」

 

 エルベリスが叫び、四人は即座に背を向けて走り出す。

 

 ヒルカは歩いた。

 ゆっくりと。だが淡々と距離を詰める。

 

 ガン……ガン……ガン……

 

「なんで歩くだけで追いついてくるの!?」

マリアが叫ぶ。

 

「あいつだからだよ!!」

リベットが泣きそうな声で返す。

 

 彼らは通路を走り抜ける。

 天井から吊るされたギロチン型の罠が降りてくる。

 

 ヒルカに直撃。

 

 だが。

 

 金属が悲鳴を上げ、刃が折れた。

 

「効かねぇのかよ!?」

エルベリスが絶望の声を上げる。

 

 鉄扉を閉めて逃げようとするが、ヒルカは片手でそれをこじ開けた。

 

 近くを偶然通りかかった冒険者は、ヒルカの肩に触れただけで弾き飛ばされ、壁にめり込む。

 

「なんですかあれ!?肉が潰れた音がしましたよ!!」

ファウが叫ぶ。

 

 四人はさらに逃げるが――

 ついに、袋小路で追い詰められた。

 

「やるしか…!」

ファウが杖を構える。

 

『魔力系0位階/雷撃』

 

 青白い雷光がヒルカに直撃する。

 

 しかし。

 

 煙一つ出ない。

 

 ヒルカは無言で通過し、ファウを押しのけ、エルベリスの方へ歩いていく。

 

「ひぃい!!?」

ファウは腰を抜かす。

 

 次にリベットが前に出る。

 

「こっち見ろ!! 信仰系1位階/神聖光矢!」

 

 白い光の矢が何本も放たれ、ヒルカの鎧に吸い込まれるように消える。

 

「効かねぇ……っ!」

 

 マリアが盾を構えた。

 

「私が食い止める――!」

 

 ヒルカの斧がわずかに動く。

 

『戦技/轟撃』

 

 衝撃波が走り、マリアは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。

 

「マリア!!!」

エルベリスが叫ぶ。

 その瞬間、彼はヒルカに掴まれた。片腕で持ち上げられ、壁へ押し付けられる。

 

 首に冷たい鉄の指が食い込む。

 

「――指輪を渡せ」

 

 ヒルカの声音は淡々としているのに、死神の声より冷たかった。

 

 エルベリスは恐怖で震えながら、必死に言葉を絞り出す。

 

「ま、ま、待て……! あげる……! 本当に渡すから……!

 ほら、そこの荷袋、見てみろよ……!」

 

 死にかけの声とは思えないほど、言葉だけは軽かった。だがその裏で。

 

 ――エルベリスの指は、壁の魔術機器をいじっていた。

 

 古代ドワーフの落とし穴装置だ。

 

 ヒルカは首に力を込める。

 

 その時。

 

 仕掛けが作動した。

 

 

 床が砕け、ヒルカの足元が消失する。

 エルベリスは一緒に落ちかけたが、リベットが咄嗟に鞭を伸ばした。

 

「掴めぇぇェ!!」

 

「うおおおおおおッ!!」

 

 エルベリスは鞭にしがみつき、ずりずりと引き上げられる。

 落ちていくヒルカは無言のまま底へ消えた。

 

 直後。

 

 落下先から、とてつもない音が響いてきた。

 

 

 

 大量の魔物が押し寄せているらしい。

 しかし、その悲鳴は一瞬で途切れ、肉が裂ける音だけが続いた。

 

 エルベリスは青ざめて呟く。

 

「……あの落とし穴、普通なら魔物の巣のはずだよな」

 

「うん」

リベットが震えながら答える。

 

「じゃあ、いま何の音がしてるんだ……?」

 

「ヒルカが全部殺してる音だと思う……」

 

「帰るぞ!!!!!」

 

 四人は全力で遺跡の出口へ走った。

 

 遺跡の外。

 冷たい夜風が吹き、雪が静かに降っていた。

 

 四人は入口付近で息を切らし、倒れ込む。

 

「助かった……のか?」

エルベリスが天井――いや空を仰ぐ。

 

「いまんとこ……うん……」

ファウは砂のように崩れた。

 

 リベットは真顔で言う。

 

「エルベリス。あれは間違いない。

 ――魔王軍四天王のヒルカだ」

 

「第一課題でこんなトラブルか……」

エルベリスは頭を抱えた。

 

「第二課題、どうなっちまうんだよ……」

 

 雪の中で、彼らはしばし無言になった。

 

 ただ、誰も言わなかったが――

 四人とも同じことを思っていた。

 

生きて帰ってこれただけ、奇跡だ。

 

そしてレリクイアは、まだ始まったばかりだった。

 

 

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