サイレント・ウィッチ短編
モニカはシリル伯爵令嬢のカロライン・シモンズとその取り巻き二人らに誘われて、庭園内にティーテーブルが立ち並ぶ一角での突然のお茶会に招かれていた。
「今日はお忙しい中お越しいただき、ありがとう。この間は大変でしたわね」
「不幸な『事故』で」
カロラインは思わせぶりな言葉をモニカに投げかける。
それは校舎の階段の踊り場でカロラインとラナの揉め事にモニカが巻き込まれ、階段から落ちた一件を指しているのだろう。
「あなたからシリル様に言ってくださらない?」
「あれは『ただ』の『事故』だった、って…」
カロラインは先日の件をその場ではラナのせいにしたが、その場の雰囲気から嘘の匂いを感じ取ったシリルは関係者からの証言を突き合わせてカロラインの嘘を看破し、その上でカロラインをはじめとした令嬢らに反省文の提出という形で罰を受けさせた。
些少とはいえ経歴に傷がつき、第二王子の側近であるシリル・アシュリーから悪い印象を持たれることになったカロラインは焦りを覚え、気弱そうなモニカに圧力を加えて瑕疵を無かったことにしようとしているのだ。
しかしモニカとしては頷くことはできないというか、そもそもどうこうすることもできないのだ。
「あの…わたし…あの場で『私が足を滑らせただけ』って…言ってます」
シリルに『ただの事故だった』と偽りの訂正を入れるも何も、モニカとしては本当の事を言っても身分差でもみ消されると思い、せめてラナに非が行かないようにするために、自分の不注意でそうなったとしか言っていないのだ。
モニカのその返答に、カロラインは苛立ちを隠そうとしない。
「その後で証言を翻したのでしょう?」
「いいえ…。アシュリー様は私のところには聞きに来ていません。あの時、付近にいた生徒に聞き込みをしたって言ってました」
なので、そちらに言ってくださいとモニカはもごもごと語尾を濁らせた。
それを聞かされたカロラインは、手にした扇を握りしめると軽く舌打ちをして不機嫌な様子をさらに募らせる。
確かに言われてみれば、事件直後に階段を降りた後、シリル・アシュリーの少し離れた背後に二人ほど女生徒がいたような記憶がある。
ではそちらに圧力をかけようにも、カロラインは相手の顔も名前も覚えていない。
「だったら、あなたの口からもう一度シリル様に言って下さらない?」
「私が言っても…アシュリー様はもう一度調べ直すだけだと思います…そんなお手間は取らせられません」
あの一件を公平な視点で調べてくれたシリルに対し、モニカは好感と恩義を感じていた。
性分ゆえに自分から声を挙げることはできなかった分、せめてこれ以上彼を煩わせたくはないと、なけなしの勇気を振り絞ってカロラインの要請を断る言葉を紡ぐことができた。
モニカにそう言われたカロラインはますます苛立ったが、言われた内容には納得するしかない。
もう一度調べられても結果は同じであり、むしろなぜモニカが今さらまた同じことを言ってきたのかとシリルに不審がられ、そうしてまたカロラインが叱責を受けることになるかもしれない。
そこでようやくカロラインはモニカに証言を偽るように強要することを諦めたが、さえない娘をわざわざ自分の茶席に招いておいて何の足しにもならなかったのだ。面白くないことこの上ない。
カロラインはしばらくは冷たい目でモニカを見据えていたが、唐突に表情を明るく改めると、なんでもなかったかのように朗らかに話しかける。
「いけない。すっかりおしゃべりに夢中になって。冷めないうちにどうぞ」
そう言って卓上に置かれた茶をモニカに勧めてくる。勧めながらも取り巻きと一緒になってクスクスと小さく忍び笑いをしてくるのが気になったが、モニカは構わずにコーヒーよりも『苦い』そのお茶を一息に飲み干した。
――――その直後、モニカ・ノートンはその場で昏倒し、医務室に搬送されることになった。
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屋外での茶会の席で、生徒会会計モニカ・ノートンが毒物と思しきものを茶に混入されて倒れたとの知らせを受けた、生徒会会長にしてリディル王国第二王子のフェリクスとその側近にして生徒会副会長のシリル・アシュリーは、モニカを茶席に誘ったカロライン・シモンズとその取り巻きらを留め置いている一室に足を運ぶ。
そして自分たちの言い分を王子が受け入れてくれると信じて疑っていないカロラインたちに、フェリクス王子はにこやかな表情で辛辣な台詞を投げつけた。
「ノルン伯爵令嬢カロライン・シモンズ。モニカ・ノートン嬢の毒殺未遂事件における、君の言い分を聞かせてもらおうか?」
ただの嫌がらせ程度の悪戯のつもりで、自分が持っていた目薬の中身を茶に垂らしたくらいとしか思っていなかったカロラインとしては、フェリクスが告げる『毒殺未遂』の一言に一瞬で顔を青ざめさせた。
「誤解ですわ、殿下! あれは、ほんの悪戯だったのです!」
「君は悪戯で、同級生のカップに毒を盛るのかい?」
「あれは毒ではなく、ただの目薬だと思っていたのです! わたくし、この目薬がそのような恐ろしい物だなんて知りませんでしたの。ただの目薬だと聞いていたのですから……あぁ、殿下、どうか信じてくださいまし!」
カロラインは涙をほろほろと瞳から溢れさせ、王子の慈悲を乞うてきた。
それを受けてフェリクス王子が柔らかく微笑んでくれたことで、カロラインは自分の主張を受け入れてくれたのだと希望を持つ。
「そう、君は何も知らずに、ほんの悪戯心で、あの目薬をモニカ・ノートン嬢のカップに盛ったと」
「えぇ! そうです!」
「ノートン嬢に恥をかかせるために」
受け入れてもらえたのだと思ったのもつかの間、フェリクス王子の口からはカロラインを突き放すような言葉ばかりで、彼女を庇うような言動は髪一筋ほども示そうとしない。名誉棄損罪も上乗せかなとうそぶいてさえいる。
「それで、君は目薬が毒になりうることも知らず、悪戯のつもりでノートン嬢のカップに入れた。それが事実に相違なかったとして、それで君はこれからどうするつもりなのかな?」
穏やかな表情のまま、フェリクスがカロラインに問うてくるが、問われた彼女はその意図を測ることができなくてぽかんとなった。
「どう…とは」
「次は私のカップにそれを入れるのかな?」
突拍子もない当てこすりに、カロラインは一気に真っ青になった。
「とんでもございませんわ! 殿下のカップに目薬であろうと無害であろうと異物をいれるなんていたしませんわ!」
「そうかな? 毒物だとは思わなかった、ほんの悪戯のつもりだったと言って、茶を飲んで倒れた者が出ても君は無罪放免にしてもらうつもりだったんだろう? そうなったら今後、実にたやすく毒を盛ろうとすることに繋がらないかな? なにしろ悪戯のつもりだったと言えば罪を免れられるわけだし」
「そんな…わたくしは…わたくしはそんなつもりでは…ノートン嬢だからしただけで、殿下に害なすつもりなど露ほども…」
「でも彼女は生徒会役員の一人なんだよ」
「殿下ご本人ではございませんでしょう?」
「そうかな? 君の立場になって考えてみてよ。君のすぐ隣にいたクラスメイトが飲み物を飲んだ途端に倒れたら、本当は自分が狙われたものかもしれないと考えないかな?」
「それは…そんな…」
「これって、無言の脅迫としてもよくある話なんだよ。見せしめに関係者の一人を害して、次はお前だ、そうされたくなければ言うことを聞け…ってね。ノルン伯爵家はクロックフォード公爵の派閥だったと思ったけど違ったのかな? いや、これは派閥内で己を優遇させるための手段なのかな? お爺様に向けた恫喝なのかい?」
「わたくしや我が伯爵家はそのようなつもりは全くありません! 信じてくださいまし!」
「『そのようなつもりはない』と言っても、無実の人間であっても腹に一物持つ者であってもどちらも同じことを言うだろうから、それでは判別のしようはないかな。残念ながら、私には人間の内心を見抜く特殊能力も魔術も持ち合わせていなくてね」
「本当にそのようなつもりはございません! ただの悪戯のつもりで! 殿下の身を脅かすつもりは決してございませんでした! 信じてくださいまし!」
「うん、まあ。『私』は信じてもいいかな?」
「ああ…殿下!」
カロラインの必死の懇願に、フェリクスが応えてくれたと信じた彼女は安堵の表情を浮かべた。その一瞬のあと。
「でも、お爺様は、クロックフォード公爵はどうかな?」
「え…」
相変わらずにこやかな面差しのまま、フェリクスが厳しい現実を突き付けてきた。
「学園内で起こった不祥事は、私の手腕が疑われても嫌なのでできる限り公表しない方針だったんだけど、この件に関しては衆人環視の中で行われたことだけに伏せようがなくてね。私が知らせるまでもなく公爵の耳には既に届いていると思うよ」
「そ、それでは…」
「お爺様がどういう判断を下すかは分からないけど、これまで通りの付き合いができるとは思わないで欲しいな。あなたの真意がどこにあったとしても、私の身近で騒動を起こした事実は変わらない。お爺様にも公爵として、派閥の長としての面子というものがある。甘い対応をすれば嘗められて、同様の事態が頻発することを招くかもしれない懸念がある以上、それらを未然に防ごうと思えば、そちらの真意いかんに関わらず一律に厳しい対応を取ることが必要となる」
「そんな…」
「とりあえず、これからはあなたが同席するような席では誰も飲食をしたがらないのではないかな。私の身分ならなおさらのことだ。念には念を入れて飲食をしないどころか、ノルン伯爵家の者がいると分かった時点で出席することを取りやめるという対応になるだろう。つまりあなたとあなたの一族は今後、王族が同席するような場には出られないし、ひいては社交界で誰からも招かれることはなくなるだろう」
派閥の長たる公爵から睨まれ、王族から遠ざけられ、社交界から拒絶される。
カロラインの、いやノルン伯爵家の未来が閉ざされたことを悟り、絶望で身体の震えが止まらなくなる。
いったいどうしてこんなことになってしまったのかと、カロラインはただただ己の不運を嘆いていた。
自分の行いゆえに陥ってしまったことだという自覚がないからこそ、起こるべくして起こった事態であるということを、彼女はこれからも理解することは無いだろう。
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(余談)その後に入室してきたイザベル・ノートンに取り成しをしてもらおうと一縷の望みをかけたが、苦いお茶でやり返された上に、イザベル・ノートンがモニカ・ノートンをいびるのは同じ一族間の問題で他者は口出し無用だが、他家の者がモニカ・ノートンにそれを行うのはケルベック伯爵家全体に対する攻撃とみなされるのだと示されて撃沈するカロラインであった。
(あとがき)みんな大好き中盤でのざまぁ回こと、毒殺未遂お茶会編をちょこっとアレンジしてみました。
アレンジというか「この場面でこういう台詞言って欲しいな」って願望が極まって、自分で読むために文章に書き起こしてしまったのです。そこに無いから自分で作る、自炊系二次創作です。
というわけで。モニカに言って欲しかった台詞としては、カロラインからあれは事故だったと言えと言われて、原作では断ってましたが、そもそもモニカは最初から事故だって言ってましたよね?
シリルが独自に調査してカロラインらに罰を科したとモニカが知ったのは全てが終わった後なので、そうなるとモニカのところにはシリルは聞き込みに行ってないってことになるため、彼女が証言を翻したりしたこともないわけです。それなのにお茶会ではモニカはカロラインから偽証するように強要されて普通に断っている。そこは「自分は事故だったと既に証言している」でいいんじゃないかなと思ったんですよ。ただそれだけ。
まあ原作では、お話の流れとして気の弱いモニカが勇気を振り絞って断るという成長の一端を出すことが肝要だったのかなとも思ったので、自分の話では「もう一度言え」と強要され、なんとかがんばって断ったという流れにしてみました。
そしてフェリクスによる断罪場面もちょっと変えてみました。原作ではあくまでモニカの被害に焦点を当てた追及でしたが、第三者的に考えてみると被害を受けたモニカより周辺人物ではあるものの、超VIPとしてフェリクス王子に関することの方が重大なんじゃないかと思ったんです。
話の中で言わせたように、身近な人間に危害を加えることで「次はお前だ」と匂わせる脅迫にもなり得ますから、モニカ単独の被害ではなく王子がターゲットであると仮定してしまったら、捜査の本気度が桁違いに上がるでしょう。
容疑者の「そんなつもりではなかった」という言い訳も全く通りません。テロリストが素直に罪状を認めるはずがないからです。やったこと起こったことだけが全てです。
それに本命とみなされる王子ではなく王子の新参の側近が狙われたのが、事が起きた時に周辺がどういう危機管理対応をするのかというのを、本番に備えてあらかじめ測る目的があったのではと見ることもできます。
そういう場合を想定すると実行犯は単に操られていただけとなり、何も知らないというのは確かに真実なのでしょうが、それはそれで背後の真犯人を捕まえるために知っていることを洗いざらい吐いてもらうことになりますし、そんな怪しい人間と知らずにとはいえ繋がってしまったことで今後も動向を注視される要注意人物になり果ててることに変わりはありません。どう転んでも要人暗殺未遂か予備行動の一端を担うテロリスト予備軍に見なされてしまうんですよ。
超VIPにまつわるところで騒動を起こすというのはそういうことです。王子が学園に在籍している時に揉め事起こす方が悪い。
それで準テロリスト対応になるとしたら、これくらい厳しいざまぁになってしまうのでは? と思ったので書いてみました。