『神』
それは自らの力を封印して下界へと刺激を求めて降り立ち、不便さと不自由さを抱え人々と暮らす者達。
『冒険者』
それは神の家族となり
『ベル・クラネル』
竈の炎を司る神、ヘスティアの眷属であり英雄に憧れる者、冒険者歴半月という雛鳥も同然の駆け出し冒険者である。
「神様、行ってきまーす!!」
「うん!行ってらっしゃーい!!」
現在の彼は主神と共に住処にしている廃教会から飛び出し、朝一番の陽光を浴びダンジョンへと歩を進めていた。
今日も今日とてファミリアのためにモンスターを討伐、魔石やドロップアイテムを得て金銭を得るためだ。
そんな彼の日常へ柳生は入り込む。
「ぅァ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
廃教会から10メートル進んだ石畳の上で、絵に書いたように倒れている青年がベルの視界に入り、彼はすぐに駆け寄って脈を確認する。
幸い脈と呼吸は正常だ、しかし何かを繰り返し呟いていた。
「……しょ……を」
「え?」
「なにか…食物をぉ……」
手元には先程買った出来たてホヤホヤのジャガ丸くんが湯気を上げていた。
手元と倒れている青年とで視線を二、三度往復したあとに、喉から絞り出したか細い声に同情してしまい、思わずジャガ丸くんを差し出す。
彼の口元にジャガ丸くんを近ずけるとくんくんと嗅覚でジャガ丸の匂いを感じ取り、すぐにかぶりついた。
「えーと、大丈夫ですか?」
「ふぅ…助かりましたぞ見知らぬ御仁」
僅か二口でジャガ丸を食べ切った青年は文字通り軽やかな動きで飛び起きる。
青みがかった長髪の黒髪を後頭部に一点で纏め、極東に伝わる紺色の着流しと呼ばれる服で身なりを整えた、ベルより少し年上かと予想される青年。
その彼の腰には、一振の刀が引き下げられていた。
「空腹に屈しているところ助けて下さり、かたじけないでござる。この御恩は忘れませぬ!」
「いえいえ!そんな大層な事をした訳でも無いのでお気になさらず!」
荒くれ者の冒険者が集うこのオラリオで見慣れない、彼の見事な一礼に、物腰が元より低いベルは慌ててペコペコと返してしまう。
浮浪者にしては筋が通り過ぎている雰囲気、されど冒険者にしては掴み所が無く、人当たりの良い気配に戸惑いつつ応対する。
「それより貴方は…?」
「これは申し遅れました、
『柳生新陰流』と呼ばれる剣術流派を扱うしがない浪人でござるよ」
「ヤギュウ…?」
極東の地域で聞く独特な命名方式と、『柳生新陰流』というベルにとって聞き慣れない流派に疑問符が浮かぶ。
「やはり……辺りの風景、貴方様の格好、今しがた食したじゃが丸くんとやらから察するに、ここは日ノ本では無いのですな」
「はい、ここは迷宮都市オラリオと呼ばれる場所で……」
それからベルは何も知らないであろう総一郎にオラリオの事を一つ一つ、途中に挟まる質問などにも丁寧に説明し答えて行った。
「なるほど……天上から降って来た神に、ダンジョンからいずる魑魅魍魎のモンスター。
肌身に感じる感触とベル殿の説明…………刹那は狐に化かされたとも考えたが、そうでは無い様でござるな!」
ベルからの様々な説明に驚きながら、自身の置かれて納得するしか無い総一郎は笑顔で何度か頷くと、改まってベルを真正面から見据える。
「それでは、貴方様はこれからダンジョンに向かわれるのですね?是非お供させて下さらんか!」
「はぁ!?」
「一食の恩…それも空腹であった場合の恩は倍の恩で返す、これすなわち当然の事!
どうか某に恩を返させて欲しいでござる!!」
たしかに説明の最中にダンジョンに行くと答えた、これまた戸惑うベルは一考する。
ベルが向かうのはダンジョンの中で一般的に安全な上層、神から恩恵を授かっていない一般人でも武装すれば何とかなる場所だ。
総一郎も武器を持っていて、柳生と言っていた”剣術”を扱うらしい。彼の何がなんでも恩を返さんとする気遣いを無下にするのも心苦しいもの。
「分かりました柳生さん。僕はベル・クラネル、今日一日よろしくお願いします」
「某のことは総一郎とお呼びくださいクラネル殿。こちらこそ、何とぞよろしくお願い申します」
「じゃあ、僕の事も気軽にベルと呼んでください総一郎さん」
「心得ましたベル殿!」
互いの呼び方はあまり改善されなかった。
「ところでベル殿、なぜベル殿は冒険者となったのですか?」
「………昔、僕のおじいちゃんが色んな英雄譚を聞かせてくれたんです。英雄譚の中に出てくる、強くてみんなを助ける”英雄”に憧れて冒険者になったんですよ」
(もう一つの理由が出会いを求めて冒険者になったなんて口が裂けても言えない…!!!)
総一郎の真っ直ぐで曇りなき眼を直視出来ず、ベルは大変心を痛めるのだった………
「人の原動力は憧れや求めること、ベル殿のそれが”強者”であるとは良い情景でござるな。ちなみにそれはなんと言う英雄で?」
「気になりますか!個人という訳でなくて、複数人のことなんですが…………」
一連の流れで縮まったお互いの距離は僅か。されど、どんどんと距離を詰め興味を示す総一郎と、少し引き気味だが英雄については人一倍詳しいベルの相性は存外に良かった。
自然と弾む話に花を咲かせている内に彼らはバベルタワーの根元を通り、ダンジョンの入り口とも言える第一層へと到着する。
「ここがダンジョン…土洞窟のような見た目でござるな!」
腰の刀を揺らし興味の赴くままに辺りを忙しなく見渡す総一郎、とてつもなく場違いな雰囲気にベルは困惑を隠せない。
「おーいベル殿ー!なにやら小振りな牙が落ちていたでござるー!」
「あっ!それはドロップアイテムですね、誰かが落としたかもしれませんが貰っておきましょう!」
しかしこの男、全く警戒していないのである。
上層とは言えここはダンジョン、油断すれば容易く命を刈り取られる場所であると説明をしているはずだ。それにも関わらずピクニックにでも来た有り様だ。
あまりに場違いな雰囲気に気を取られ、総一郎の背後から複数モンスターの出現に反応が遅れる。
「総一ろッ…!!」
先行して飛び出たダンジョンリザードが総一郎の首を彼の背後より強襲した。
「おや、こやつがモンスターですな?」
鈍色の光が弧を描く。
ダンジョンリザードは抜かれた刀に吸い付くように、脳天から垂直の刃に飛び込み、命の核である魔石ごと真っ二つになり消滅した。
確実に総一郎から死角であるはずの背後からの奇襲をさも当然かのように感知し、彼は居合斬りにてリザードを葬り去った。
刀が鞘から引き抜かれリザードが消滅するまでの、その一切無駄の無い斬撃にベルは目を剥く。
「……凄い」
ベルの想定では自分と同じか少し上程度の戦力に見積もっていた総一郎、その一振は素人目にも武神タケミカヅチのそれに匹敵し得る技量だった。
「ひぃふぅみぃよ……うむ、力試しには調度良いでござる」
開いた口が塞がる様子が無いベルを気にせず、総一郎は鈍色に光を反射させる刀を構える。