ダンまちin柳生新陰流   作:NEAR LIGHT

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弐話

 

「さぁて…斬るでござるよ!!!」

 

眼前のモンスターは四体、その全てが初心者冒険者には十分脅威であるコボルト。今のベルが囲まれればひとたまりもないだろう。

 

「ベル殿、手出しは無用でござる。ここは某にお任せください」

 

ベルも呆けているばかりで無く、援護のため短剣に手を掛けようとし、総一郎に静止される。

 

また、見てもいないのに総一郎は背後のベルの動作を認識して声をかけた。一体、総一郎には何が見えているのか、今のベルには理解出来なかった。

 

「それでは……お任せします!」

 

「承知ッ!!」

 

ベルの畏怖に限り無く近い感情など露知らず、柳生の剣は薄っすらと笑いながら言う。

 

総一郎が滑り込むような歩法でコボルトの間合いに迫り、彼の‪”‬ナニカ‪”‬がそうさせるように最適な位置から刀を振るい、一度の斬撃で二体の首を断ち切る。

 

無謀にも飛び掛かるコボルトも袈裟斬りに、最後のコボルトは下段からの鋭利な斬り上げで股下から二等分にされた。

 

異様な雰囲気だ。

 

いくら強く自負があろうと、初めて見る異形の敵に立ち向かう事が出来るだろうか?

 

モンスターと言えど人の形をした存在を斬る前に恐怖、もしくは躊躇いなどは生まれないのか?

 

それとも彼には、柳生総一郎には、その両方の情動を差し引いても成したい‪”‬‪ナニカ”‬があったのだろうか……

 

「ふむ……なんとも歯応えありませぬな」

 

「……凄いです!恩恵も無いのにコボルトを倒すなんて普通じゃ出来ない事ですよ!」

 

先程までの異様な雰囲気も刀を鞘に納めると同様になりを潜める。

 

雰囲気についても注目すべき事だが、本命は総一郎の戦闘能力だ。身体能力ではベルの方が明らかに上、にも関わらず彼が苦戦するコボルトの集団をいとも容易く倒してしまった。

 

凡人ですら全てが目で追える動き、恐くその動作一つ一つが洗礼された究極の『技』から来るものだと、未熟なベルの身でも理解出来た。

 

「でしょうでしょう!!これこそ『柳生新陰流』の力でござる!どうです?道場はありませぬが、ぜひ門下生になるというのは…」

 

「はは…興味はありますが遠慮しときます………」

 

ベル自身、あの高みに至れるとは微塵も思えない。けれど、恩恵無しであの戦闘能力を発揮する『柳生新陰流』に、興味が無いとも言えなかった。

 

「とにかく、総一郎さんが居るなら百人力ですよ!ガンガン行きましょう!」

 

「心得ました!がんがん…?行くでござる!!」

 

 

総一郎は今度はベルも加えてモンスターとの戦闘を少し繰り返しながらより深い階層へと足を進め、腰の袋が魔石でパンパンになった頃にとある雄叫びを聞いた。

 

壁に反響しながら届いた雄叫びは、ベル自身知識はありながら初めて聞いた鳴き声、総一郎は()()()()()()()()()()()()()()の絶叫を想起する。

 

「これは……敗走する者のソレでござるよ」

 

「この鳴き声…まさかミノタウロス……!?」

 

「ベル殿、それはどのようなモンスターで?」

 

「ここから10層下の中層に出てくる人型の巨大な牛です!レベル1の冒険者じゃ太刀打ち出来ない相手ですよ…!」

 

「牛ですか!牡牛ですか?雌牛ですか?」

 

「それ今関係あります!?」

 

目の色を変えたかと思うとトンチキな事を言い出す総一郎にツッコミを入れながら、ベルも青い顔をして慌てて逃げ支度をする。

 

「は、早く逃げないと…」

 

「どうやら、手遅れのようです」

 

既にミノタウロスは彼らを捉えていた。それと同様に、総一郎の剣技を支える超感覚とも評せる第六感は、ミノタウロスの気配を感じ取っていた。

 

彼の見据える暗闇からは狂乱するミノタウロスの赤い眼が迫って来ていた。

 

「いささか物足りない手合ばかりでしたからな。ようやく骨のある敵と覇を競えようぞ…!!」

 

初対面時とはまるで違う様子で目をギラギラと輝かせ、総一郎は嬉々として刀を抜く。

 

「さぁベル殿!また某に任せてお逃げを、さぁ!さぁ!」

 

「……分かりました」

 

半ば諦めてベルは言う。戦いとなると放たれた矢みたいになる総一郎は止めても無駄だと、があのミノタウロスだろうと、総一郎が負ける事など有り得ないと、、ベルも薄々理解していた。相手

 

それに、総一郎と並ぶには今のベルはあまりにも力不足で足手まといなことなど、少しの間戦った間柄でも理解していた。

 

「……ッ」

 

理解していても悔しい、理解しているからこそベルは背を向け唇を噛み上層へ走り去る。

 

 

 

 

 

「行かれたか」

 

ベルの強さならば帰り道で死ぬことは無いだろう。そう考えながらも、総一郎は心配でチラチラと振り返ってしまう。

 

「本来ならばベル殿にお供し、地上まで無事送り届けるのが恩義を受けた者の務め。柳生は護りには向かぬ流派だとしても、共に行くべきでしたかな?」

 

自嘲気味に彼から出て来る言葉は主を持つ武士からすれば自明の理である。だが、ここで総一郎がベルと共に行けば、下手をすれば共倒れ。

 

なら、この場でミノタウロスを斬ってしまっても構わんのだろうと、なんとも脳筋的な思考に帰結したのである。

 

「まあ、残って死合いたいというのも本音ですがね!」

 

彼には主を守れなかっただったり、大切な人を守れなかっただったり、親を野党に殺されただったり…………そんな悲劇は介在しない。

 

あるのはただ更なる剣の高みへの渇望と、積み重ねて来た『柳生新陰流』の技のみ、それらが彼という人間の九割九分を占めていた。

 

そして彼の前には理性を失い闇雲に狂走する、総一郎にとってこの世界最初の壁となるかもしれない、狂乱のミノタウロスが現れる。

 

「ハハッ…!!まさに猛牛、相手にとって不足無し!!」

 

「ブォォォ!!!」

 

これから戦の狂楽を感受出来ると笑う総一郎に、ミノタウロスはお構い無しに突進する。

 

まともに刀で受ければ刀ごと抉り取られる突進に、彼は流水の如く流れるよう自然にミノタウロスの脇下に滑り込み、流し斬る。

 

「いや、狂牛の間違いでござるか?」

 

「ォガォォブァォ!!?!?」

 

言葉にならないでは無く、言葉を介さない純粋な苦痛の叫びはダンジョンに乱反射する。

 

ミノタウロスの容姿から人型モンスターの構造は人体の構造とほぼ同一と見抜いた総一郎は、急所である脇を斬り裂いた。

 

「シィッ…!!」

 

今度は総一郎から仕掛ける。彼は浅く体を傾けたかと思うとたちどころに消え、一拍置いてミノタウロスの右鎖骨を刺突で断っていた。

 

全身の筋肉の緩みを利用し、消えるように急接近する『縮地法』。この歩法は極めることで近距離戦闘において、大概の敵の認識速度を上回る。

 

「ガォァォォ…!!」

 

鎖骨を絶たれた影響で右腕が持ち上がらぬまま、ミノタウロスは距離を詰め、左拳を振りかぶる。

 

右腕が使えずとも、敵の攻撃は掠めただけで総一郎の肉体を容易く潰すだろう。だからこそ、確実に命を刈り取るため柳生は縮地でミノタウロスの攻撃線から外れ背後に回る。

 

人を容易く握り潰せるミノタウロスの分厚い筋肉は、それ自体が肉の鎧として機能し、並の攻撃を受け付けない。

 

 

‪”‬並の攻撃‪”‬ならば

 

 

「そこだ」

 

狙うは致死の一点、破壊されれば即死の魔石のみ。

 

物理的性質に元ずいた思考や五感からでは無く、第六感としか表しようが無い程の超感覚により、魔石の位置は既に感知していた。

 

振るうは刀、しかし斬撃では無く刺突である。

 

今の総一郎では斬撃でも打撃でも、ミノタウロスを死に至らしめる事は困難だ。極一点のみを突破する刺突なら、その限りでは無い。

 

「貫け、紅突

 

肉を裂き肋骨の隙間を縫った刀は、寸分違うことなく魔石を貫き胸を通して貫徹した。魔石は砕け、ミノタウロスは即座に同質量の灰へと姿を変える。

 

「くくくっ!ははっ…!!存外に楽しめたぞミノタウロスよ!」

 

この男にとってミノタウロスは超えるべき壁では無かった。

 

相対した存在の構造を見抜く絶対的な感知能力。

 

迫る全てを認識の下に落とし込む反応速度。

 

柳生新陰流含む剣術を極め、生まれる術理の粋から振りかざされる頂点の剣。

 

 

これらを併せ持つ者からすれば、ミノタウロスなどせいぜいが軽く跨ぐ程度の壁。そして、恩恵を持たぬ身でミノタウロスを倒すことは過去存在した一騎当千、万夫不当の英雄に匹敵する偉業だ。

 

 

しかし、これは彼が成す一つ目の偉業である。

 

 

 

強者との闘争を望み、勝利のため敵の弱点を突き、己の闘争心を満たすために人をも斬る。常世の常から外れ、神すらも理解し切れない存在。

 

英雄のソレとはかけ離れた柳生の剣は、強者が溢れ神と人が入り乱れる混世に降り立った。

 

 

ならばこそ、これは彼の活躍を称える英雄譚では無く。

 

彼の紡いだ剣と技の行き着く先を伝える剣技譚である。

 

 

 

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