ダンまちin柳生新陰流 作:KKS
「そ・れ・で?一般人をダンジョンに連れ込んで、あまつさえミノタウロスと交戦させたと?」
「はい⋯⋯」
「一般人ではございませぬ。これでも某、柳生新陰流きっての実力者でござる」
「そういう問題じゃないんです!冒険者でもない人間が、ダンジョンに入ったことが問題なんですよ!!」
リリに一言礼句を伝え別れた総一郎は現在、長椅子に半強制的に着席させられ、水気の残る白髪のベルと共に説教を受けていた。
ニコニコと人当たりの良い笑顔と、長い一本結びを揺らして訂正する総一郎。
反対に、ベルのアドバイザーと名乗ったエイナ・チュールは、眉間にしわを寄せ大層不満気であった。
「ベルくん、。
「はい⋯」
平均的な冒険者よりも小柄なベルは萎縮し、体を縮ませてエイナの言う事に頷く。さながら、おいたをしてしまい縮こまる兎のようだった。
そんな意図しない仕草と幼さとあどけなさで彩られた顔面で、一目見た者の庇護欲を非常に刺激するベルを、一体誰が彼を責められようか。
「⋯こ、今回は彼が良い人で良かったね!これがもし
「あ、ちなみに総一郎さんはファルナを授かってませんよ?」
「ハァ!?」
「それと、某はミノタウロスから逃げたのではありませぬ。あの狂牛はしかと倒したでござる」
「ハァァァ!?!?!?」
平然と言う二人に、怒り四割驚き六割の中途半端な情緒がエイナの中で綱引きを始め、具体的な言葉を返せずに叫ぶ。
彼女の怒りの内容は言わずもがな、いやそれよりも、情緒の綱が大きいのは驚いた方の内容だ。
彼らの言うことが真実ならば、この柳生総一郎という青年は恩恵も無しでミノタウロスを倒したということになる。
上層を飛び越え、中層最強モンスターを恩恵無しの人間が倒したなど前代未聞。恩恵が無いのは真実だとしても、何かしらの秘密があるはずだ。
エイナ・チュールはギルド職員として、総一郎に事情聴取を行うことを決意し⋯⋯
「ははっ!そのような怖い顔をして、エイナ殿は般若の真似がお上手ですな〜!」
「ちょ!?総一郎さん!?」
ブチッ
超感覚を持ちいらずとも、エイナの中で何か致命的なものが切れたのだと、剣術と無神経さを極めた総一郎は理解した。
「おっと⋯」
「あぁもう終わりだ⋯」
誠心誠意に注意をしているというのに、当の本人は反省の色が微塵も無い。しかも、燃える炎に薪を焚べて油まで追加する言動。
エイナが怒髪天を衝くのに申し分ない要素がてんこ盛りである。
総一郎は自分の失言を悟り、ベルはすうっと青ざめ、エイナの憤炎は決意など焼き尽くし、より一層激しさを増すのであった⋯⋯
「して、先程のエイナ殿を大層慕っていた様子の二人は?」
烈火なんてトロ火と思えるほどに怒るエイナをなんとか消火した二人は、初めて出会った通りを並んで歩いていた。
なお、エイナをなだめる決め手となったのは、ベルの無自覚さから来る『大好き』といった叫びだったりした。
「えーと、ドルムルさんとルヴィスさんですね。大丈夫だとは思ったんですけど、一応エイナさんに頼んで救援を出そうとしたら、真っ先に名乗りを上げてくれたんです」
「なるほど、良き人達ですね。覚えておきますぞ」
「ハハッ。ですね⋯」
ドルムルとルヴィスが真っ先に名乗りを上げたのは、元担当のエイナに良いとこ見せたかったがためだとは、ベルも言えなかった。
「その⋯あの後ミノタウロスと一騎打ちになったんですよね?」
「えぇ、それが?」
あくまで平然と聞き返す総一郎に、やっぱりこの人は凄いと、改めて認識したベルは返答に確信を持って言葉を続ける。
「この場に無傷で居るということは⋯」
「無論、一刀の元に切り捨てました。正確に言えば突きでござるが」
自慢気に鼻を鳴らして胸を張る総一郎にベルも思わず頬を緩める。一体どうやってとベルが聞けば、総一郎は顎に手を添え一考する仕草を見せた。
「えと、教えたくないなら無理に言わなくても良いんですよ?」
「いえ⋯某自身、刀を振り滝に打たれ竜を断つ。ありふれた『柳生新陰流』の教えを実直に守ってきたものですから、己の流派を教える他ないのです」
明らかにありふれてないことが混じっていると、ベルは思うが、それは一度置いておく。
嘘を言っている様子は無い。ベルはその判断を出来るほどに真贋の目は育っていないので、実際のところは分からないが。
あまりピンと来ていないベルを見て、総一郎はもう少し役立ちそうな回答をするために頭脳を回す。
「むむむ⋯」
総一郎はさらに首を捻ってひとしきり唸った後に、彼の中で合点が行ったようで、両手を合わせて音を鳴らす。
「強いて言うならば、某は『感』が良いのでしょう。しばしばそういった体験がありますので」
「『感』、ですか」
なるほど、抽象的にはなったが先程のあてにならない『柳生新陰流』の話よりも、ベルには思い当たる節があった。
ダンジョンでコボルトを相手した時、たしかに総一郎は振り返らずにコボルトの位置を察知し、数多の死角からの攻撃を対処していた。
納得はする。
しかし、ベルは今日見た総一郎の戦闘能力を、『感』の一言で済ませていいものかと思う。
敵の位置を察知し先読みを行うのは生まれ持つ『感』だろう。だが、ファルナ無しでミノタウロスを倒したのは技の極みにある『柳生新陰流』あってのことだとも思った。
『技』と『才』。そのどちらもが今のベルには無いもので、彼は少し羨ましくなる。
ミノタウロスを打ちのめす強さの秘訣を聞ければ良いと軽々しく思いした質問への回答は、そう簡単に強くはなれないというもの、ベルはその回答は強く噛み締めた。
その内に、総一郎は十字路で立ち止まる。
「改めて、今日は右も左も分からぬ某に色々と教えてくださり、誠にありがとうござました」
「いえいえそんな。僕の方こそ⋯⋯あ、これ!少ないですが総一郎さんの分です!」
深々と一礼する総一郎につられて頭を下げてしまうベルから、ほんの僅かに膨らんだ袋を受け取る総一郎も思わず笑みを零した。
「ハハッ!これは失念しておりましたな。日銭を持たずにまた彷徨うところでした」
「あの!その⋯!また僕とパーティーを組んでくれますか?その時に、僕に『柳生新陰流』を教えてくれますか?」
ベル・クラネルは今日思い知った。何よりも憧れの情景に追い付くためには、強さが必要だと。ミノタウロスを軽々と両断出来るような圧倒的で鮮烈な強さが必要だと。
単なる強さでなく、柳生総一郎やアイズ・ヴァレンシュタインのように誰かを助けられるような強さが。
あくまで覚悟でなく思い知ったのみであるが故に、その意志はまだ曖昧なものであるが⋯⋯
「えぇ!えぇ!『柳生新陰流』は門下生が少ない故、大歓迎ですぞ!」
ベルの言葉に一気に明るくなった表情の総一郎。よっぽど入門する人間が少なかったのだろうと察せられる。
ミノタウロスを倒せるほどの戦闘能力を得られるのに、門下生が少ないということに疑問を抱きながらも、ベルは快諾されたことを嬉しく思う。
「ありがとうございます!ところで総一郎さん、今日泊まるところないですよね。お礼と言ってはなんですけど、よければうち来ます?」
「非常に嬉しいお誘いでござるが、今は日銭にも持ち合わせておりますから、これ以上の恩義は受け取れませぬ。
それに、話に聞く女神様との愛の巣にお邪魔する訳にもいけませぬからね?」
「あ、愛の巣!?!?神様とはそ、そんなのじゃ⋯」
「ハハッ!!それでは!明日の朝、またここで会いましょうぞ!」
顔を真っ赤にしてたどたどしく否定の言葉を捻り出そうとするベル。
彼が何かを伝える前に、柳生の剣士はカラカラと笑いながら走り去り、すっかり暗くなった月灯りも届かない路地に消えて行く。
「さて」
月明かりが総一郎の輪郭を形どる。
ベルと別れてしばらく走り路地から抜け、少し手広い広場に辿り着いたところで総一郎は足を止めた。
「先程から影より潜み見る者よ!たとえ姿を隠そうとも、柳生の名を預かる某は誤魔化せないでござるよ!」
虚空に向かって高らかに声を上げる総一郎に返事を返す者は居ない。
それでも彼は、生まれ持ち磨いた超感覚から来る確信を持って、月灯りによって作り出された影に向けて続ける。
「姿を現さないようであれば、こちらから出向いても良いのでござるよ」
「………まさか、神の眷族ですらないただの人間に見破られるとはな」
首筋に冷たい刃を添えるような異様な気配を意図的に含んだ警告は、影に潜む者の隠匿を彼の威圧のみで解かせた。
総一郎の正面、夜闇に溶け込む黒いローブを素顔が見えないほど深く被り、両手に鋭い鉤爪を備えた籠手と、男女の判別も付かない人物は、影より踏み出し姿を現す。
「一応聞くが、いつから気付いていたんだ?」
「ベル殿と合流してからですな。ですがこのような場合、そちらから名乗るのが筋でござろう?」
一方的に監視して来た無礼者が先に名乗らないのか?、という意味合いは言わずもがな伝わっていた。総一郎は刀に手を掛け、フェルズは身構え、二人の間には一抹の緊張感が張り詰める。
「⋯⋯済まなかった。私はフェルズ、賢者と呼ばれた者だ」
「某は柳生総一郎、『柳生新陰流』きっての実力者でござる。
して、フェルズ殿。いかなる大義名分で某達を監視していたのですかな?」
反射する月明かりに照らされた総一郎の表情は冷たかった。
刃よりも、何よりも、冷然とした視線がフェルズを貫き、丹田、左胸部、喉部、と急所を確認する視線の軌道を辿るように、異様な気配も放たれる。
あまりに濃密な気配。刀は未だ鞘の中だというのに、既に彼が抜刀状態で大上段に構えていることを、フェルズは思わず錯覚してしまう。
「偽らず、誠の言葉のみで語ることを勧めますぞ」
濃くはっきりとした異様な気配より昇華した、明確な殺意の刃が狙いを定めるように、フェルズに突き付けられた。
「⋯⋯悪いがここでは言えない。柳生総一郎、一緒に来てくれないか。この場で事情は話せないが、君に関する重要なことだ」
「ふむ、嫌だと言ったら?」
「少々手荒な手段を取らせて貰う」
「ならば敢えて聞こう。ミノタウロスと交えた時より行動を監視していたならば、某が素直に従うはずないと、分かるのでは?」
皮肉な返事で返す総一郎。手荒な手段と聞いて、彼の心は決まっていた。
剣の道を、武の道を、強さの道を極めると決めたその日から、彼の人生の指針は万難万敵と相まみえ己を高めることにしか向いていない。より強き相手と戦うという目的のために、合理的な判断を下す彼の思考回路。
幼少期から変わらないそれは、敵意の有無に関係なく不変の理である。
「そうか、なら仕方ない」
言い終わると同時、フェルズと総一郎の間に黒い巨体が降り立った。
降り立った、と言っても約5メートルの巨体自体の重量のせいで地面はクレーター状に陥没し、月明かりを吸い込む黒い体躯は威圧感を生む。
「君の実力は見せて貰った、ステータス差をひっくり返す技量も。長く人間を見てきたが、君のような人間は初めてだ。最初から奥の手を使わせてもらう」
「これは⋯」
それは、柳生総一郎の生まれ育った日ノ本では機能しない、神と人が入り混じるこの世界の法則によって構築された人工物の兵、
「フフッ、このアダマンタイトゴーレムを前に声も出ないか。これが最後だ、今従うならば無傷で済ませるぞ」
フェルズの最後通告は、総一郎の無言の抜刀と戦闘態勢に移った気配で返された。
「一応言っておくが、このゴーレムは純度100%のアダマンタイトで構成された特別製だ。ミノタウロスを切るのにも工夫が必要なその刀では、切るどころか傷すら付けられ⋯」
縮地で消えるように跳躍した総一郎、彼の刃がゴーレムの首を薙ぐ。
「は?」
「ふむ、やはり木偶でござるな」
未だ微動だにしないゴーレム、自立思考せず術者の指示のみに動くそれの頭部の先端は、周辺の装甲と共に滑らかな切断面を辿って滑り落ちた。
「な!?は!?何故だ!?ミノタウロスすら切断出来ず、突きで倒したお前がなぜこのゴーレムを!?!?」
あまりのことに最後まで言葉を紡げないフェルズに総一郎は溜め息混じりで変えず。
「何故と言われても⋯⋯斬撃よりも突きの方が有効だからとしか」
「なっ⋯!!」
フェルズは致命的な勘違いをしていた。
柳生総一郎がミノタウロスを突きで仕留めたことは、ミノタウロスの肉体が切断不可能ということを意味しない。
突きを選んだのは単に、切断するよりも早く、刀にも肉体にも負荷が掛からない最適な方法だっただけだから。
「ぐぬぬ⋯!!だが、一部が切られようとも、無くなろうとアダマンタイトゴーレムは⋯」
付け加えるならば、柳生総一郎の超感覚と頂点の剣を併せた超越の刃は、
フェルズはそれを理解出来ず、刃を振るう本人ですら、その原理の理解には至っていない。
「それでは、斬るでござるよ!!!」
右腕を純粋な硬度と重量を利用した鈍器として振り下ろす一撃、喰らえば肉片になるそれは、総一郎からすればあまりに遅く、縮地を使わずとも背後へ跳んで回避する。
そして刀を振るう。
太い巨腕を一刀両断するには刀の刃渡りは明らかに足りない。ならば、二刀目を叩き込めば良い。
「翻れ、
一呼吸の内に振るわれる二刀の刃。
一刀目は前腕部を上段から下段にかけて斜めに断ち、二刀目は体ごと巨腕の裏側に回り込み、対照的に下段から上段に向けて斬り上げる。
二刀の刃を一刀の刃に全くの同時に重ねる秘剣、とある島で振るわれた秘剣を元に、総一郎が編み出した連続剣である。
元にした燕を切る秘剣とは違い、斬撃を全くの同時に重ねることは叶わぬが、その分自由度は増し、単なる二連撃よりも遥かに高速化することとなった。
「なぁぁァァァ!?!?」
「ふぅ……この技、いささか脚腰に堪えるゆえ、使いたくはなかったのでござるが、致し方ありませぬな」
巨腕の二の腕より先を見事に二刀両断されたゴーレムはよろめきながら距離を取る。
絶叫してゴーレムの操作がおろそかになっているフェルズを良いことに、総一郎はさらなる斬撃を加えて行く。
軽く跳び上がり、落下と共に巨体の肩から逆側の腰へ向けて斜め下に斬り降ろす、袈裟斬り。
着地先で目に入った膝を真横に切断し、関節部のスムーズな駆動を妨害する、横一文字。
もう片方の膝を脚力と剣技を活かして滑らかに凪ぐように斬る、流し切り。
袈裟斬りによって生まれた斬撃痕に足を掛け、ゴーレムの正中線を捉え脳天から刀を振り下ろす、唐竹割り。
「うわぁぁぁ!?待て待て!!!」
「致死の一点は見つからぬが、これはこれで楽しいでござるな!!」
元来、硬度にものを言わせて敵を制圧するであろうアダマンタイトゴーレムが、今や数々の斬撃を受けて見るも無惨な姿になっている。
フェルズからすれば幸い、頭を切断されても機能停止には至っていないが、ゴーレムの無惨な有り様を見れば、一刀両断してくれた方がまだマシというものだ。
「た、頼む!待ってくれ!!いやホントにお願いだから!!」
「⋯⋯敗北を認めると?」
「認める!認める!!だから切るのをやめてくれ!!」
半ば投げやりに叫ぶフェルズの様子は必死の一言に尽きる。
「承知した、勝負はここまででござる」
「え?」
あっさりと刀を収めた総一郎に呆気に取られたフェルズは声を漏らす。
「何を驚くことがあるでござるか?某にとって、これは元より命の取り合いでなく勝負。負けを認めたならばそれ以上に斬る必要などござらぬ」
「う、嘘だろう⋯⋯?」
「命を取るつもりならば、この木偶など捨て置き即座にそなたを斬り伏せていた。それだけでござる」
呆然としながらフェルズは納得した。
総一郎はゴーレムを斬るばかりでフェルズには見向きもしなかった。総一郎が縮地を使えば、フェルズの首など跳ね飛ばすことなど用意にも関わらず。
「なら何故ゴーレムをこうもズタズタに⋯?」
「負けを認めさせるためでもありますが……何分、よく斬れる木偶であったものでして」
十億ヴァリスは下らないゴーレムを実質的な戦闘不能にまで追い込むにしては、あまりにバカバカしい理由に空いた口が塞がる様子の無いフェルズなどつゆ知らず、総一郎は普段の柔和な雰囲気を戻す。
「さぁ!某の目的はあくまでも戦うこと、楽しませてくれた礼に、そなたに付いて行きますぞ!フェルズ殿!」
「こんな奴に関わるんじゃなかった⋯」
斬撃を刻まれたゴーレムの足が重量に耐え切れずひしゃげ、無惨な姿の五体が倒れる音を響かせると同様に、膝から崩れ落ちるフェルズであった⋯⋯