「ウラヌス、どうだ」
「⋯⋯揺らぎは感じないな」
額に手を当て重々しく返したのは、高い祭壇の上に深々と腰掛け、老練の雰囲気と特有の神気を漂わせた荘厳な老人。
「つまり彼の話は⋯」
「あぁ⋯本当なのだろう」
この老人こそ、下界に降臨した最初の神の一柱であり、己な神威で千年前よりモンスターをダンジョンへ抑え込んでいる大神、ウラヌスである。
そんな、これまであらゆるイレギュラーに遭遇して来ただろう大神が、溜め息混じりに返してしまうような悩みの種。
それが祭壇の下、己の眷属であるフェルズの隣に立っていた。
「加えて聞いてもいいか?柳生総一郎」
「もちろんでござるよ。なんなりとお聞きくだされ」
柳生総一郎であった。
「ここまでは迷宮での行動を質問したが、そもそもお前はどのような経緯でこのオラリオに来た」
「幕府が強者を集めていると小耳に挟み、日ノ本の都、江戸に向かって旅をしていたところ、急に現れた霧にまかれてたのでござる。
歩けど歩けど濃霧からは出れず、遂には飢え死にかと思われた時、気付けばこのオラリオに居たのでござる」
「ふむ⋯⋯」
オラリオまでの道筋を正直に話す総一郎。彼の魂は微動だにせず一切の揺らぎを見せない。
下界の人間は神に嘘をつけない。神には下界の人々の魂を観測することができ、嘘を付けば魂は揺れ動く。
高位の神であればあるほどにその精度は上昇し、よほど交渉術に長けた者でもない限りその心眼の目は絶対である。
「いやはや。あの時は狐に化かされたかとも思いましたが、このオラリオやベル殿を見て現だと実感できたのでござる」
「具体的に、どの程度歩いたのだ?」
「うーむ⋯何分、距離を測る術もなかったゆえ、あくまで勘ではありますが、およそ*1五十里は歩いたような気がしますな」
平然と答える総一郎の隣でフェルズは無い目を剥いた。
訓練を受けた軍人の限界行軍距離の五倍もの距離を、しかも神からの恩恵を受けていないただの人間が歩き続けたなど、長く生きたフェルズとしても前代未聞だ。
フェルズはズタボロにされたゴーレムも思い出しながら、改めて総一郎の異常さに唸った。
「あぁそれと、歩いている最中。ほんのわずかにウラヌス殿のような気配がしましたな」
「私のような……なるほど神の気配か」
ウラヌスは付け加えられた情報から徐々に結論を構築しながら頷く。しかしながら点と点の情報、線となり繋がるには確信的なものが今一つ足りない。
「なぜ共用語を話せる?お前の言う日ノ本とこのオラリオでは扱う言葉が違うのではないか?」
「…ムムム、某にもさっぱり分かりませぬ。この地の者たちが話す言葉の意味や意図、全てが日ノ本言葉でないのに、ほとんどの言葉は理解出来るのでござる」
「⋯ウラヌス、柳生総一郎が受けたのはもしや神の恩寵ではないのか?」
「なるほど、それならば未だに薄まらない彼の神気にも説明が付く」
「恩寵?」
ここまで聞き手に徹していたフェルズが声を挙げ、ウラヌスも合点が行ったように頷く。
なんのことだが分からない総一郎は首をかしげるだけであったが、かつて賢者と呼ばれ膨大な知識を溜め込んだフェルズは既に回答を用意していた。
「恩寵とは、恩恵よりも濃い神力をもって施されるからの祝福だ。成長していく恩恵とは違い、成長することはないが初めから一定の力を付与されている」
「それが某の、違和感なく会話できることだと?」
「あくまで推測の域を出ないがな。しかしこの推測が正しいとなると、君がオラリオに来た過程も説明出来る」
フェルズが説明するのは理由ではなく過程、物事を起こす動機でなく、物事をどう成したかの道筋をだ。
「柳生総一郎。君は霧の中で神の気配を感じたんだな?」
「えぇ、僅かに」
再度の確認に不思議そうに返す総一郎、そこでフェルズは確信めいたものを得た。
「端的に言う。君は天界のいずれかの神によってオラリオに転移させられたのだろう」
「転移でござるか」
「あぁ、君は霧という媒体を通して神の干渉を受けて日ノ本が存在する世界から、具体的な方法は不明だが、こちら側の世界へと転移させられた。同時に恩寵を与えられた」
「突拍子のトの字も、ない訳ではないでござる。が、その神とやらはなぜ某を転移させたのですか?」
当事者である総一郎としては理由までを解明したいのか、フェルズへと向き直り問う。
その目は一心にフェルズのフードの奥、既に空洞だけとなった眼底骨を射抜いた。理解には至らずとも、彼にはたしかに見えていた。
「⋯それは私には分からない。神の気まぐれかもしれない、大いなる目的があるのかもしれない、単なる道楽かもしれない。もしかしたら、既に忘れて他のことに熱中しているかもしれない。
神々とはそういうものだ。悠久の時を生きる超越存在にとって、瞬きの内に死ぬ人間など、そういうものなのだ」
「……ならば、某がこのオラリオで何を成そうとも自由でござるな」
そういうもの、として達観した神からの視点を語るフェルズの物言いに、総一郎はおもむろに刀を抜いて高く掲げる。
何かを切るためでなく、己が決意を宣言し己の中で確固たるものとして固めるために。そして、どこかで見ているかもしれない、総一郎を転移させた神に言い放つ。
「我が刃は万難万敵を切り伏せる一騎当千の刃!
この刃をもって何を成すか、人切り、財を成す、権威を持つ、これらいずれにもあらず。
望みはただ一つ、経緯や理由に我の意思が介在しなくとも、より強き者と覇を競い!我が剣技と柳生新陰流の名を知らしめること!」
堂々たる一方的な宣言は不思議と祭壇の置かれた地下空間に響き渡った。
まるで脳味噌へ直に情報を流し込まれているかのように、聞き入る一人と一柱にはその言葉の意味が理解出来た。
それは神からの恩寵による効果などではなく、あらゆる法則からも逸脱しない、彼の一切引かない雄弁さがそうさせていた。
「何処に居るかも分からぬ神よ!刮目せよ!虚言でも
演説とするには短く、短歌とするには長過ぎる総一郎の決意表明。
この地に降り立って一日も経っていない者の言葉にしてはあまりに絵空事に聞こえるものの、既に成した二つの偉業が真実味を生んだ。
「我が大志、我が大望、我が剣によってこれを成す」
刀の刃と鍔を打ち合わせ納刀する金打、その小気味よい音によって表明は締めくくられる。