ダンまちin柳生新陰流 作:nullset
「総一郎さん……来ないなぁ」
昨日、総一郎と別れたメインストリートから通じる裏道にて、ベル・クラネルは呟く。
明日の朝また会おう、と言った総一郎を待つこと少し、
一向に来る気配がないので、途中で朝ごはんを買いに行き、ちょっとしたハプニングを経験して帰って来て
もしかしたら来ないのではないか、他のファミリアに勧誘され約束をほっぽり出されたのでは、ベルにそんな考えがよぎらないことも無かった。
その一因に、昨日別れる直前の総一郎が自分からなるべく早く遠ざかろうとする態度があった。
しかし、ベル生来の善悪を判断するしばしば的外れな慧眼が、その人となりが悪では無い、そんな事をする人間ではないと告げていた。
「おはようございます。ベル殿」
「ひゃぁぁ!?」
前兆も何もなく背後から聞こえた自分を呼ぶ声に、ベルは男子とは思えない声を上げて飛び上がった。
「ハハッ!男子が出す声ではありませぬな、ベル殿!」
「そ、総一郎さん…」
カラカラと笑い温和な雰囲気を漂わせている人物。
一切の物音を起こさず背後に立っていた人物、柳生総一郎にベルは存在しなかった刃が突然目の前に現れたような、そんな異様な気配を覚えた。
「つ、次からは正面から声をかけてくださいね…?本当にびっくりしたんですから…」
「いやぁ…くっ、ハハッ!!」
「もう…笑い過ぎです!!」
「ハハッ…よし!いや、すみませぬ。今まで一人旅ばかりでこういったやり取りは久々な故、どうかご容赦を」
意地悪く笑う総一郎に頬を膨らませ抗議するベル、いつものように後頭部に纏め垂らした長髪を揺らしながら、目尻に滲んだ涙を拭う。
ミノタウロスと戦う前のギラつき闘争を心待ちにする総一郎と、今の気が良く陽気に笑う好青年の総一郎。
そんな二面性を持つ彼を、本当によく分からない人だとベルは改めて思い微笑むのであった。
「はぁぁぁ!!」
薄暗く
にのみ照らされるダンジョン第六階層。
勇ましい掛け声を上げながら、コボルトの首に短刀を差し込み強引に押し斬るベルは、振り抜いた刃を勢いそのままに、腰を捻って刃を加速させさらにもう一体の首を跳ね飛ばす。
「つぎッ!!」
八体のコボルトと群れというには少々少ない小集団ではあるが、駆け出し冒険者にとっては十分以上の脅威であるそれらに、ベルは臆せず切り込んで行く。
『ガアアアッ!!』
「っ…!」
「お任せを」
包囲網を敷いたコボルトの一体がベルの背を狙って飛びかかるが、その背を守るは頂点の剣術を極めた柳生の剣士である。
コボルトの首は滑り込む刀を察知することも出来ず、宙を舞い地に落ちた。
「ありがとうございます!」
「礼など不要ですぞ、我らはパーティー。一蓮托生なのですから!」
言いながら、ベルの背後に居る四体のコボルトを必要最低限の足運びと斬撃で葬り去る。その全てを、より多くの資金を稼ぐため、致命点である魔石を避けた斬首にて行う。
再びパーティーを組んだ彼らが来たのはダンジョン第五層。昨日の第一層よりも深く、モンスターの量も次産間隔も上がった階層だ。
ベルがこの階層を選んだのは、彼が上昇した自身のステータスを試してみたいというのもあり、より高みを目指すためでもある。
自分を追ったミノタウロスを容易く倒せるように。
そのミノタウロスの単独撃破を可能とする、総一郎よりも高みに登るために。
憧れる彼女へ追い付くために、未だ何をすべきかも分からぬままに。
思い浮かべる程に彼の『スキル』は効果を発揮し、その成長曲線を歪なものへと変化させて行く。
「これは……」
総一郎の超感覚も、ベルの体に刻まれたスキルがベルの成長率が高まっているのを察知する。
一般人からすれば僅かな違いなものの、総一郎からすれば昨日とは明らかに動きの質が違うベルの動きに、軽く驚愕していた。
何があったかと口頭で深堀りをすることはないにしろ、無意識的に総一郎の超感覚はベルに流れ込む
周囲の気配や力を無意識下で観測し三次元的に察知、そこから対象の次の行動や殺意の先などを予測する、超常の域に至っている超感覚。
しかし、超感覚それ自体は力の流れを捉えることはできず、その力がベルのスキルを通してどんな結果を生むかまでは観測出来ず、引き起こされた物理現象から常人と同様に結果を予測するしかない。
「……某も負けておられませんなっ!!」
単に
その証拠に柳生総一郎は凄まじい活躍を見せる。
「…ッ総一郎さん!」
「無問題!」
次産間隔のクールタイムを終え、さらに出現したダンジョンリザードやフロッグシューターなどの、十体モンスターに加えて出現した一体のウォーシャドウ。
死角から突き出された黒く長い腕に備えられた鋭利な指先を、総一郎は横倒しにした刀の腹で滑らせ流す。
再び刃を立てられた刀は、突きの勢いを止められないウォーシャドウの首筋に添えられ、自ら進んで来た首と胴を泣き別れにした。
本来、弱点となる腹をも最大限活用し、刀の術理を手中に収めることで可能となる御業である。
「まだ来ます!!」
「お離れくださいベル殿。少々、荒っぽい技を使いますので」
列をなして迫る十五体のモンスター群れ、主なモンスターはゴブリンだが、ちらほらとウォーシャドウも混じっている。
ベルだけなら一目散に逃げ帰る場面でも、柳生総一郎は不敵な笑みを浮かべ一歩も引かずに構える。
「すぅっ……」
深い呼吸によって高ぶっていた精神を鎮め、意識を研ぎ澄ます。
大上段に構えつつも刀と肩から先の腕は斜めに、左足は前に軽く踏み込み、その動作全てが極限の脱力状態で行われていた。
上半身はまるで袈裟斬りを行うような構えでありながら、下半身の構えはスタートダッシュを控えるようであり、一見して矛盾した構え。
「が、頑張ってください!」
『『『『グギャァァッッ!!!』』』』
ベルから送られた声援に頬を緩めながら、不快で甲高い絶叫を撒き散らすモンスター達が刀の間合いに踏み入るのを静かに待つ。
塵も積もれば山となる、という言葉がある。
ほんの小さなものでも積み重ねれば大きな結果につながるという教えであり、毎日の努力が大きな成果に繋がる、多くの者が集えば強者にもいつか勝てる……などの意味がある
少々意味合いは違っているものの、似た意味合いを持つ言葉に、積羽舟を沈む、雨だれ石を穿つ、とある。
──しかし、総一郎は共通してこれらに対する返答を持ちえていた。
───塵は、いくら積もろうとも塵であると。
「参る」
全身をリラックス状態に置く極限の脱力を維持しつつ、体重移動により重心を前へ前へ、上半身の構えはそのままに前傾姿勢で、水平に跳ぶ。
脱力から急転した水平方向への跳躍で、総一郎はモンスター達の目の前へと迫り、先頭の一体が反応する前に、肩から腰まで魔石ごと斬る。
それだけでは終わらない。
他のモンスターが反応する前にもう一閃。
固まっていたゴブリンの二体の胸が切り裂かれる。ようやく総一郎が接近したのに気付いたゴブリンには、既に斬撃痕が刻まれていた。
「重複せよ、
『縮地法』の筋肉の脱力を組み込こみ、極限の集中と溜めによって解放時の速度を高め、瞬間的な接近と重ねられた総一郎の斬撃を無差別に浴びせる。
斬撃に更なる斬撃が重ねられる超連撃技。
一閃目の袈裟斬りを除けば、総一郎本人にも何を斬っているか分からない程の重複した斬撃は、 受けた者共を分別なく刻む。
しかしながら、彼の剣戟は無意識下で刻んだモンスターを前進と次なる斬撃の妨げにならないよう刀で脇へと弾く。
これも刀の術理を手中に収めた御業の一つである。
「シィッ⋯!!」
一層増した剣速は衰えることを知らず、極僅かな時間でモンスターの一群を微塵に返し、右足で硬くブレーキを踏む。
跳躍の勢いが止まる前に幾十、幾百、幾千、重ねられた斬撃が残したのは屍山血河。
数秒後には灰へと変わるそれらの中心で、裾や剣を赤黒い血飛沫で彩らせた彼は高らかに笑っていた。
ベルから見たその光景は、柳生新陰流を活人剣と言い、その剣技を扱う者が残す光景とは思えず、斬っている対象はモンスターであるというのに⋯⋯
⋯⋯彼の扱う剣はまるで、対極の殺人剣であると感じてしまった。