ハリー・ポッターと最後の蛇   作:蛇に憧れるヘビ

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どうも蛇に憧れるヘビです!

あまり新しい展開は無いですが、是非お楽しみください!

感想や評価も是非お待ちしております!


信頼を勝ち取るには

 どれくらい眠ったのか。

 

 

 瞼の裏に差し込む柔らかな光に、スネークは意識を浮上させた。

 

 

 戦場で染み付いた習慣で、彼は身じろぎ一つせず、まず周囲の気配を探る。ひんやりとした石の壁を伝わる空気の振動、遠くから聞こえる微かなざわめき、そして鼻腔に残る薬品の匂い。異常はない。

 

 

 ゆっくりと身を起こし、窓の外に目をやる。高い位置にある窓からは、穏やかな陽光が差し込んでいた。

 

 

 時計はないが、太陽の角度から見て、昼に近い時間であることは間違いない。これほど長く眠ったのは、いつ以来だろうか。

 

 

 スネークはベッドから降りると、昨夜整理した荷物を確認した。

 

 

 床に置かれたガンケース、壁に立てかけたアサルトライフル、そして机の上に並べた装備の数々。

 

 

 彼はまず、部屋の隅々に視線を走らせた。埃の積もり方、物の配置角度。昨夜、彼が意図的に残しておいた僅かなマーキングに、変化はない。

 

 

(侵入の形跡はなしか…)

 

 

 だが、油断はしない。彼はガンケースを開け、分解された状態のオペレーターの部品を一つ一つ手に取り、その冷たい感触を確かめるように点検していく。

 

 

 シリンダーの滑り、トリガーの重み、弾倉のばねのテンション。彼の指は、長年の相棒の状態を寸分の狂いもなく記憶している。異常なし。

 

 

 彼はオペレーターをホルスターに収め、ブーツに仕込んだスタンナイフの柄を軽く叩いて存在を確かめた。

 

 

 この城では、銃よりもナイフの方が有効な場面が多いかもしれない。最低限の武装を整え、彼は部屋の扉へと向かった。

 

 

 重い木の扉を、音を立てずにゆっくりと開ける。

 

 

 その瞬間、目の前に立っていた人物に、スネークの全身の筋肉が戦闘態勢へと移行した。

 

 

「おお、おはよう、ミスター・スネーク。よく眠れたかの?」

 

 

 そこにいたのは、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべたアルバス・ダンブルドアだった。その手には、なぜかレモンキャンディーが握られている。

 

 

 スネークは薄目で老人を睨みつけた。

 

 

「…まさか、ずっとここで待っていたのか」

 

 

 彼の声には、呆れと警戒が混じっていた。

 

 

「いやいや、とんでもない。今しがた来たところじゃよ」

 

 

 ダンブルドアは楽しそうに首を横に振った。

 

 

「まずは、君の新しい同僚たちに挨拶をしに行こうかの」

 

 

 その言葉が本心かどうか、スネークには判断がつかなかった。この老人の笑顔の裏には、常に底知れない何かが隠されている。

 

 

 半信半疑のまま、スネークは無言で頷いた。

 

 

 ダンブルドアに連れられ、二人は再び城の廊下を歩き始めた。

 

 

 昼間の城は、夜とはまた違う顔を見せていた。生徒たちの賑やかな声が遠くから響き、廊下のあちこちで、幽霊たちが壁をすり抜けながら挨拶をしてくる。

 

 

 スネークは、その全てを無表情にやり過ごしながら、周囲の構造と人間(あるいは、それ以外の何か)の動きを記憶に刻み込んでいく。

 

 やがて二人は、巨大なガーゴイル像が守る螺旋階段の前にたどり着いた。ダンブルドアが「レモンキャンディー」と呟くと、ガーゴイルが横に飛びのき、階段が動き出す。

 

 

「校長室じゃ。他の教授たちも、ここで待っておる」

 

 

 螺旋階段を上りきった先には、円形の美しい部屋があった。壁一面に歴代校長たちの肖像画が飾られ、その全てが、新参者を品定めするように見つめている。部屋の中央には、数人の男女が立っていた。

 

 

 ダンブルドアが部屋に入ると、彼らは一斉にそちらを向いた。

 

 

「皆、紹介しよう。こちらが今年から我々と共に働くことになる新しい先生じゃ。専門は…そうじゃな、『危機管理術』とでもしておこうかの。ミスター・ソリッド・スネークじゃ」

 

 

 その紹介に、教授たちの間に、困惑と好奇の入り混じった空気が流れた。

 

 

 厳しい表情で口を真一文字に結んだ、エメラルドグリーンのローブを着た魔女。

 

 

 彼女の視線は、スネークの全身をレントゲンのように探り、その武装と佇まいに明確な不信感を滲ませている。

 

 

 その隣で、ひときわ小柄な男が書物の上に立って背伸びをしていた。白い髭を蓄えたその顔は、純粋な好奇心で輝いている。

 

 

 少し離れた場所では、ターバンを巻いた男がおどおどと視線を泳がせていた。

 

 

 彼はスネークと目が合うと、怯えたようにサッと逸らし、どもりながら何かを呟いている。

 

 

 そして最も強烈な存在感を放っていたのが、部屋の隅で腕を組み、壁に寄りかかっている男だった。

 

 

 油っぽい黒髪、鷲鼻、そして死人のような青白い肌。彼の黒い瞳は何の感情も映さず、ただ冷たく蛇のようにスネークを観察していた。

 

 

 スネークはその四者四様の反応を冷静に分析していた。

 

 

 沈黙を破ったのは、エメラルドグリーンのローブをまとった魔女、ミネルバ・マクゴナガルだった。

 

 

 彼女はスネークからダンブルドアへと厳しい視線を移し、その声には抑えきれない疑念が滲んでいた。

 

 

「アルバス、本気なのですか?」

 

 

 彼女の声は低く、鋭かった。

 

 

「このマグルを、ホグワーツの教授として迎え入れると? しかも、その物騒な格好で。一体、何を教えるというのです?」

 

 

 その言葉に、部屋の隅で壁に寄りかかっていたセブルス・スネイプが、初めて口を開いた。彼の声は、まるで墓場の底から響いてくるかのように冷たく、ねっとりとした皮肉に満ちていた。

 

 

「全くですな、校長。我々の神聖なる学び舎に、魔法の『ま』の字も知らぬ者を招き入れるとは。それも、こんな…」

 

 

 スネイプは蛇のような目でスネークの全身を舐めるように見つめた。

 

 

「…野蛮な武器をぶら下げた男を。まさか、生徒たちに棍棒の使い方でも教えるおつもりか?」

 

 

 その侮辱的な言葉にも、スネークの表情は一切変わらなかった。

 

 

 彼はただ、黙って二人を観察している。彼にとって、これは戦場で幾度となく経験してきた、新参者に対する古参兵の洗礼のようなものだった。感情で反応すれば、相手の思う壺だ。

 

 

 小柄なフリットウィック教授は、二人の剣幕に慌てたように両手を上げ、仲裁しようと口を挟んだ。

 

 

「まあまあ、ミネルバ、セブルス。校長先生には、何か、ふかーいお考えがあってのことじゃろうて」

 

 

 一方、ターバンを巻いたクィレルは、この緊迫した空気に耐えられないのか、さらに顔色を悪くし、「こ、こわい…」と小さく呟きながら後ずさっている。

 

 

 スネークは、この短いやり取りの中でそれぞれの人物像を瞬時に分析していた。

 

 

 マクゴナガルは、規律と伝統を重んじる保守派。だが、その根底にあるのは生徒の安全への配慮だ。道理が通れば、理解を示す可能性はある。

 

 

 スネイプは、純粋な排他主義者。マグルであるという一点で、スネークを完全に見下している。彼の敵意は個人的で、根深い。最も警戒すべき男だ。

 

 

 フリットウィックは、中立、あるいは事なかれ主義。

 

 

 クィレルは、論外。極度の臆病者。利用価値は低いが、その異常な怯え方は、何か別の要因を隠している可能性も捨てきれない。

 

 

 ダンブルドアは、二人の教授の反発を予期していたかのように、穏やかな笑みを崩さなかった。

 

 

「ミネルバ、セブルス。君たちの懸念はもっともじゃ。しかし、スネーク先生は我々が持っておらん非常に特殊で、そして貴重な技術を持っておる」

 

 

 彼はそこで一度言葉を切り、悪戯っぽく片目を瞑った。

 

 

「それに、彼はただのマグルではない。言わば…マグルの中の『魔法使い』のような男じゃ。いずれ、君たちも彼の真価を理解する時が来るじゃろう」

 

 

 その言葉は、火に油を注ぐだけだった。スネイプは鼻でフンと笑い、マクゴナガルは「全く、理解に苦しみます」と吐き捨てるように言った。

 

 

 ダンブルドアはこれ以上の議論は無意味だと判断したのか、パンと手を叩いた。

 

 

「さあさあ、堅い話はこれくらいにして、まずは食事にしよう。ちょうど、昼食の時間じゃ。ミスター・スネーク、君もホグワーツ自慢の食事を楽しんでくれたまえ」

 

 

 その言葉を合図に、教授たちは部屋を出ていく。マクゴナガルはスネークに最後の一瞥をくれると、厳しい顔のまま去っていった。

 

 

 スネイプは、すれ違いざまにわざとスネークの肩にぶつかり、冷たい声で「…邪魔だ」とだけ呟いた。

 

 

 一人、また一人と、部屋から出ていく教授たち。

 

 

 スネークは、その背中を、静かに見送っていた。

 

 

(…歓迎、とはいかないようだな)

 

 

 伝説の兵士は、魔法使いという最も排他的な社会の真っただ中で、完全に孤立していた。

 

 

 教授たちが去った後、円形の校長室には異様な静寂が戻ってきた。まるで嵐の前の静けさだ。

 

 

 壁に並ぶ歴代校長たちの肖像画は、その誰もが固唾を飲んで、これから起こるであろう対決を待っているかのように見えた。

 

 

「やれやれ、少々手荒い歓迎となってしまったのう」

 

 

 ダンブルドアは肩をすくめ、まるで他人事のように言った。その声には悪びれる様子など微塵もない。

 

 

「まあ、彼らも君という『規格外』を理解するには、少し時間が必要なんじゃろう。特にセブルスは…少々気難しい男での」

 

 

 スネークは何も答えなかった。彼の視線は、スネイプが消えた扉をまるでその向こう側まで見通さんばかりに射抜いている。

 

 

 あの男の敵意は、単なるマグルへの蔑視ではない。もっと個人的で、粘着質な腐臭を放つ何かを感じた。それは戦場で嗅ぎ慣れた、私怨という名の火薬の匂いだ。

 

 

「さて」とダンブルドアは話題を変えた。その切り替えの早さが、彼の本質的な部分を物語っている。

 

 

「本来であれば、このまま大広間へ向かい、皆と食事を共にしてもらうところなんじゃが…すまんが、今日の昼食は自室で取ってはくれんかの。すぐに温かい食事を運ばせるゆえ」

 

 

 その言葉に、スネークは初めてダンブルドアへと視線を戻した。

 

 

「理由を聞こう」

 

 

 彼の声は、感情を削ぎ落とした純粋な問いだった。だがその静けさこそが嵐が近づいていることを示していた。

 

 

「なに、ちょっとしたサプライズを演出したくての」

 

 

 ダンブルドアは楽しそうに目を細めた。その瞳の奥で、計算高い光が揺らめいている。

 

 

「君の『お披露目』は、もっと劇的な方が面白いと思うてな。静寂の中に投じられた一石の方が、波紋は大きく広がるものじゃ」

 

 

「サプライズ…?」

 

 

 スネークの眉間に、深い皺が刻まれた。この老人の使う言葉は、常に本心がどこにあるのか分からない。まるでチャフだ。レーダーを欺き、真の狙いを隠すための。

 

 

 ダンブルドアはスネークの疑念をむしろ楽しんでいるかのように、にこやかに続けた。

 

 

「そうじゃ。実は…今日の夜、新入生たちがこの城にやって来る」

 

 

「…何?」

 

 

「つまり、入学式じゃよ。全校生徒と全教師が大広間に集う、年に一度の特別な夜じゃ。君の紹介はその席で行うのが、最も効果的じゃろうて」

 

 

 その瞬間、スネークの纏う空気が、物理的な重さを持って変質した。

 

 

 それまで鋼のように抑えられていた怒りが、溶岩のように心の奥底からせり上がり、その灰色の瞳に灼熱の光を宿した。

 

 

 彼の声は、極限まで抑えられているが故に、逆に、鼓膜を圧迫するほどの凄まじい圧力を帯びていた。

 

 

「…その話をなぜ、今する」

 

 

「おお、言い忘れておったかの? すまんすまん、歳は取りたくないものじゃ」

 

 

 ダンブルドアは、わざとらしく頭を掻いた。その芝居がかった仕草が、スネークの最後の理性の糸を焼き切った。

 

 

「惚けるな」

 

 

 スネークの声が部屋の空気を切り裂いた。それはもはや問いではなく、断罪の宣告だった。

 

 

「俺はここまで任務の基本情報すら与えられていない。生徒の数、年齢、教師の総数、城の見取り図、年間のスケジュール…俺が要求した最低限のブリーフィングはどうなっている。答えろ」

 

 

 彼の怒りは当然のものだった。

 

 

 戦場に赴く兵士に、敵の数も、地形も、作戦開始日時すら伝えていなかったに等しい。それはただの怠慢ではない。明確な、裏切り行為だ。味方を背後から撃つに等しい、兵士として最も忌むべき行為。

 

 

「…どうなんだ、ダンブルドア。俺はお前の都合のいいように動く駒か?」

 

 

 スネークは一歩、ダンブルドアに踏み込んだ。

 

 

 それはCQCの絶対的な間合い。伝説の老兵が放つ、死の匂いを凝縮した純粋な殺気が老魔法使いの全身に突き刺さる。肖像画の何人かが、思わず息を呑んだ。

 

 

 だが、ダンブルドアはその殺気の嵐の中心にいながら、やはり笑みを崩さなかった。彼の半月型の眼鏡の奥の瞳が初めて真剣な、そしてどこか哀れむような色を帯びた。

 

 

「駒か。それは違うの、ミスター・スネーク」

 

 

 ダンブルドアは静かに言った。その声は、殺気の中でも少しも揺るがない。

 

 

「君は駒ではない。このチェス盤のルールそのものを、破壊するためのジョーカーじゃよ。そしてジョーカーは時に、誰にも知られず盤上に現れるものなんじゃ」

 

 

 その言葉の真意を測りかね、スネークは動きを止めた。

 

 

「今夜、君はホグワーツの全ての人間の前に姿を現す。ヴォルデモートの息がかかった者がいれば、必ず君という異物に反応するじゃろう。その僅かな動揺、視線の揺らぎ、それこそが我々の最初の戦果じゃ。そのために、君の存在は今この瞬間までワシだけの切り札である必要があった」

 

 

 ダンブルドアはそこで一度言葉を切った。

 

 

「すまなかったとは思うておる。だがこれも作戦の一環じゃ。許せとは言わん。だが、理解はしてほしい。時には味方すら欺かねば勝てぬ戦いもある」

 

 

 二人の視線が激しく交錯する。

 

 

 欺瞞と不信。老獪な戦略家と、裏切られた孤高の兵士。

 

 

 それでも、二人はヴォルデモートという共通の敵を倒すため、この歪な協力関係を続けるしかない。

 

 

 スネークは、ゆっくりと間合いを解いた。

 

 

 彼の怒りは消えていない。ただ、兵士としての理性が、それを心の奥底にある鉛の箱に押し込めて鍵をかけただけだ。

 

 

「…二度目はない」

 

 

 それだけを言い残し、スネークは背を向けた。

 

 

 校長室を出る彼の背中に、ダンブルドアの静かな声がかけられた。

 

 

「これからよろしく頼むぞ、スネーク先生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 校長室から戻ったスネークは、自室の扉を静かにロックした。

 

 

 ダンブルドアとのやり取りでささくれ立った神経を鎮めるように、彼は深く静かに息を吐く。怒りは兵士にとって毒だ。判断を鈍らせ隙を生む。

 

 

 彼はその毒を呼気と共に体外へ排出しようと試みた。

 

 

 部屋の中央に戻り床に置いたガンケースを開ける。

 

 

 彼はまず愛用のM4カスタムのメンテナンスから始めた。

 

 

 フィールドストリッピングを行い、慣れた手つきで機関部を分解していく。布にオイルを染み込ませ一つ一つの部品を丁寧に磨き上げる作業は、彼にとって一種の瞑想に近かった。

 

 

 カチリカチリと金属部品が組み合わさっていく規則正しい音だけが部屋に響く。

 

 

 この作業に没頭している間だけは、あの食えない老人のことも、排他的な魔法使いたちのことも忘れることができた。ここにあるのは絶対的な信頼を置ける鋼の相棒だけだ。

 

 

 ライフルのメンテナンスを終え次にオペレーターに取り掛かろうとしたその時だった。

 

 

 コンコン。

 

 

 静かで、しかしはっきりとしたノックの音が重い木の扉を震わせた。

 

 

 スネークの動きがピタリと止まる。

 

 

 全身の筋肉が再び戦闘態勢へと移行した。

 

 

 ノックの音は一つ。来訪者は一人か。足音は聞こえなかった。気配も感じなかった。それは尋常ではない相手であることを示している。

 

 

 彼は音もなく立ち上がると、腰のホルスターに収めたオペレーターのグリップにいつでも引き抜けるように指をかけた。もう片方の手はブーツに仕込んだスタンナイフの柄に触れている。

 

 

 息を殺し壁伝いに扉の脇へと移動する。

 

 

 そして一気に扉を開けた。

 

 

「……!」

 

 

 そこに立っていたのはスネークが全く予測していなかった存在だった。それは人間ではなかった。身長は1メートルにも満たないだろうか。

 

 

 痩せた体に清潔な布を器用に巻き付けている。コウモリのように大きな耳、そしてテニスボールほどもある巨大な緑色の目。

 

 

 その生物はスネークの身長の半分ほどの高さで大きなお盆を胸に抱えていた。

 

 

 お盆の上には湯気の立つローストチキンとパン。そして見慣れない色のジュースが入ったゴブレットが乗っている。

 

 

 スネークは目の前の生物を無言で見下ろしていた。

 

 

 子供か? いや違う。その顔には子供にはない奇妙な皺が刻まれている。新種のゲノム兵か? だがその体からは敵意や殺気といったものは一切感じられなかった。ただそこに「いる」だけだ。

 

 

 その生物はいきなり開いた扉と目の前に現れた屈強な男の姿に一瞬その大きな目を丸くしたが、怯える様子は見せなかった。むしろその背筋は誇らしげにぴんと伸びている。

 

 

「失礼いたします」

 

 

 その声は甲高いがはっきりとしていた。

 

 

「ダンブルドア校長より、新しい先生にお昼ご飯をお持ちするよう言いつかりました」

 

 

 その生物はそう言うと丁寧にお辞儀をした。その礼は恐怖からくる従属ではなくどこか自らの役割に対する誇りのようなものが感じられた。

 

 

 スネークは警戒を解かないまま短く顎をしゃくった。

 

 

「…入れ」

 

 

「はい、失礼いたします」

 

 

 その生物は堂々とした足取りで部屋の中に入ると机の上に丁寧にお盆を置いた。

 

 

 そして銀食器の位置をミリ単位で調整し、ナプキンを美しく折りたたむ。その一連の動きには一切の無駄がない。まるで熟練のウェイターのようだった。

 

 

「先生、お食事はこちらでよろしいでしょうか。何かお気に召さないものがございましたらすぐに別のものをご用意いたします」

 

 

 その生物はスネークの方を振り返り確認を求めた。その大きな瞳はただ純粋にこちらの反応を待っている。

 

 

 スネークはその生物から机の上に置かれた食事へと視線を移した。

 

 

 そして再びその生物へと視線を戻す。彼はただ黙って観察していた。この奇妙な城では彼の常識はまだ通用しないらしい。

 

 

 その生物はスネークが何も言わないのを肯定と受け取ったのか、再び丁寧にお辞儀をした。

 

 

「ではごゆっくりどうぞ。お済みになりましたらお盆はそのままこちらに。わたくしどもが後ほどお下げいたしますので」

 

 

 そう言うとその生物は音もなく部屋を出ていった。扉が静かに閉まる。

 

 

 一人残されたスネークは、部屋の中央に立ったまま閉ざされた扉をしばらく見つめていた。

 

 

(…何だったんだ今のは)

 

 

 彼の脳裏に様々な可能性が浮かび上がる。この城に住む特殊な生物か。あるいは魔法によって作られた存在か。

 

 

 彼は机の上の食事に近づいた。

 

 

 まずカボチャジュースらしきものを少量指につけ舐めて毒物の反応を確かめる。

 

 

 異常はない。

 

 

 次にローストチキンをナイフで一片切り取りその匂いを嗅ぎそして口に入れた。

 

 

 温かく、そして驚くほど美味かった。

 

 

 伝説の兵士はこの奇妙な城で、初めての食事を一人静かに摂り始めた。

 

 

 その脳内では先ほどの奇妙な生物に関する分析が高速で続けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終えた皿の上には、綺麗に骨だけになったチキンが残されていた。彼は空になった皿を机の隅に寄せると部屋の中央に立った。

 

 

 そしてゆっくりと自らの身体と向き合い始める。

 

 

 まずシャドーボクシング。

 

 

 シュッシュッと空気を切り裂く音は鋭いが、その動きはかつての彼が知る「ソリッド・スネーク」のものとは明らかに違っていた。

 

 

 一発二発と突きを繰り出すたびに肩の関節が鈍く軋む。フットワークは重く、まるで足に鉛の枷をはめられているかのようだ。

 

 

 次にCQCの型。

 

 

 ナイフを構え仮想の敵を想定し、流れるような動きで受け捌きそして制圧する。

 

 

 頭の中に描かれた完璧な動作と、実際に動く肉体との間には致命的なまでのタイムラグが存在した。

 

 

 かつては呼吸をするように無意識に行えていたはずの動きが、今は一つ一つ意識して命令を下さなければ再現できない。

 

 

「……くっ」

 

 

 短い苦悶の声が彼の口から漏れた。

 

 

 額には脂汗が滲んでいる。息が上がる。心臓が警鐘のように激しく鼓動している。

 

 

 これが現実だ。

 

 

 あの事件から一年。オタコンが開発した最新の強化骨格(パワースケルトン)と、体内に埋め込まれたナノマシン制御装置が彼の崩壊寸前の肉体をかろうじて支えている。

 

 

 だがそれはあくまで延命措置に過ぎない。急速な細胞の老化は止まっていない。

 

 

 彼は壁に手をつき荒い呼吸を繰り返した。鏡はない。だがそこに映るであろう自分の姿は想像できた。

 

 

 英雄ソリッド・スネークの抜け殻。ビッグ・ボスの呪われた遺伝子が作り出した黄昏の肉体。

 

 

 ダンブルドアは言った。

 

 

「君の残された時間を取り戻す手助けを約束しよう」と。

 

 

 その言葉が悪魔の囁きのように脳裏に蘇る。

 

 

(この体でどこまで戦える…?)

 

 

 ヴォルデモート。分霊箱。そしてハリー・ポッターという少年。

 

 

 相手は魔法という未知の力を使う。銃がどこまで通用するかも分からない。CQCの間合いに持ち込めたとしても、この老いた体で魔法使いを制圧できるのか。

 

 

 不安ではない。恐怖でもない。ただ純粋な兵士としての自己分析。

 

 

 己の戦闘能力を客観的に評価し、そしてその性能の低さに静かに絶望する。

 

 

 彼はゆっくりと顔を上げた。

 

 

 その灰色の瞳に宿っていたのは諦めではなかった。

 

 

(…やるしかない)

 

 

 使える武器は全て使う。この老いぼれかけた肉体もその一つだ。

 

 

 経験知識……そして何よりも幾多の死線を生き延びてきたこの生存本能。それらを総動員してこの任務を遂行する。

 

 

 ビッグ・ボスは言った。

 

 

「戦いをやめろ」と。

 

 

 だが皮肉なものだ。

 

 

 戦いをやめるために、彼は再び戦場に戻ってきた。己の命を取り戻すという最も個人的な戦いのために。スネークは壁から手を離し再び部屋の中央に立った。

 

 

 そしてもう一度CQCの型を繰り返す。その動きは先ほどよりも僅かに鋭さを取り戻していた。

 

 

 伝説の兵士は己の限界を受け入れた上でなお戦うことを選択した。それが彼が彼である所以だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どれだけの時間、同じ動作を繰り返しただろうか。

 

 

 シャドーボクシング、CQCの型、そして基本的な筋力トレーニング。

 

 

 スネークは自らの肉体の限界性能を正確に把握するため、執拗なまでに身体を追い込んでいた。

 

 

 汗が床に滴り落ち、彼の呼吸は次第に荒くなっていく。心臓が悲鳴を上げ、視界が時折白く霞む。かつては半日続けても揺るがなかったはずの体幹が、今は数時間で限界を迎えようとしていた。

 

 

 ついに彼は動きを止め、壁に背を預けるようにしてずるずると床に座り込んだ。

 

 

「はぁ…っ、はぁ…っ…」

 

 

 肩で息をするとは、まさにこのことだった。全身の筋肉が痙攣し、強化骨格のサーボモーターが彼の震えに合わせて微かな駆動音を立てている。

 

 

 これが今の自分の限界。あまりにも早く、そして低すぎる天井だ。

 

 

 彼は近くにあった椅子にもたれかかるようにしてどうにか腰掛けた。冷たい汗が背中を伝う。この状態で、本当に戦えるのか。自問自答が、再び彼の心を苛む。

 

 

 その時だった。

 

 

 コン、コン。

 

 

 重い木の扉から、再びノックの音が響いた。

 

 

「スネーク先生。わしじゃ。そろそろ、時間じゃよ」

 

 

 ダンブルドアの声。

 

 

 その声を聞いた瞬間、スネークの全身に、再び緊張が走った。

 

 

 彼は反射的に、自らの呼吸を制御しようと試みる。荒い息を深く、ゆっくりとしたものに切り替え、心臓の鼓動を鎮める。兵士としてのスイッチが、肉体の疲労を強制的に上書きした。

 

 

「…今、行く」

 

 

 彼は椅子からゆっくりと、しかし確かな足取りで立ち上がった。その動きに先ほどまでの疲労の色は微塵も感じさせない。

 

 

 汗を腕で拭い、呼吸を完全に整える。

 

 

 そして、まるで数分前からずっとここで待っていたかのような落ち着き払った様子で扉へと向かった。

 

 

 ガチャリ、と音を立てて扉が開く。

 

 

「待たせたな」

 

 

 そこに立っていたダンブルドアは、スネークの姿を見て僅かに目を細めた。

 

 

 彼の鋭い観察眼は、スネークの顔に浮かんだ僅かな疲労の色や、常人には分からないレベルの呼吸の乱れを見抜いていたのかもしれない。

 

 

 だが、ダンブルドアは何も言わなかった。

 

 

「いや、時間通りじゃ。むしろ、少し早いくらいかの」

 

 

 老人はにこやかに言った。

 

 

「さあ、行こうか。君の初めての生徒たちがもうすぐやって来る」

 

 

 スネークは無言で頷いた。

 

 

 そして一歩、部屋の外へと足を踏み出す。

 

 

 彼のホグワーツにおける最初の夜が。そして、最初の任務が始まろうとしていた。




お読みいただきありがとうございました!

投稿頻度は不定期投稿で行こうと思います!

モチベがあれば一日一本投稿もするかもしれません!
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