ロトの血を引くあなたなら世界を救える? 知らん……何それ……怖…… 作:初音の歌
◇ ◇ ◇夢◇ ◇ ◇
――最近、寝付きが悪い。
最近立て続けに受けた、魔物退治や傭兵稼業のせいで体が疲れ果てたかと思ったが、どうも違う。ここ最近、寝る度に変な夢を見るのだ。
きらきら輝く光と、聴き慣れぬ女の声。分かるのは女の声質から、美女だろうということ。間違いなく美女だ。俺は女の声にはうるさい。きっとスタイルも良い、神秘的な美女だ。そうでなくては困る。この声のせいで、よく寝れていないのだから、せめて美女でないと許さん。
で、夢の中で美女が俺に言うのだ。
『恐ろしい闇が……世界を……覆い尽くそうとしています』
知らんがな。
そんな事より、俺は充分な睡眠時間が欲しい。
腕一本で食っていく戦士は、身体が資本なんだぞ。
お願いだから静かに寝させてくれ。
『もう……止める事は……出来ないかもしれない……』
まず、アンタの声を止めてくれ。いくら美女の声でも、寝れないのはキツイのだ。
まあ、声だけじゃなく肉体付きで、一夜を共にしてくれるなら止まらんでいいが――。
『でも……ロトの血を引く……貴方なら……!』
えぇ……? 知らん……何それ……怖……。
◇ ◇ ◇勇者side◇ ◇ ◇
で、昼寝から目を覚ました俺は、のそりと立ち上がる。
さっきまで体を預けていた樹に手を置いて、溜息ひとつ。
ほんと、勘弁して欲しい。僅かな昼寝の時間までコレだ。夢の内容を纏めると、最近世界がやばいからロトの血を引く自分がどうにかしろ。その為にまず、ラダトームの城へ行け。そして……その後は、やけに眩しい閃光が奔って、目が覚める。
ここんところ、ずっとこの流れである。おかげで酷い寝不足だ。
ゴキゴキと肩と首を鳴らす。んもー、全然寝た気がしない。多分、眼の隈とかすごいよ俺。
大体、ロトの血って何よ? ロトってアレだろ? 確か大昔にアレフガルドを救った勇者様で……いやいやナイナイ。そんな馬鹿な。俺は親から、そんな話一切聞いてないよ?
俺が親――父親である戦士タネウマ(48歳)から受け継いだのは、娼館のツケだけだぞ?
ほんと、あのクソ親父、どれだけ娼婦に貢いだのやら。おかげで俺がどんなに苦労したと。
今でも思い出す。クソ親父こと戦士タネウマ(48歳)が行方不明になった次の日、借金の取り立てがやってきた。
『ビタ一文まからんぞ。さぁ、出すもん出して貰おうか』
そしてとんでもない借金額を見て、比喩抜きで目ん玉飛び出た。どんだけゴールド使い込んでんだ。どうりで家が貧乏な訳だよ。あれだけ注ぎ込めば、そりゃ食費も何もかも足りなくなるわ。行方不明ちゅうか、たんに夜逃げしただけだよな、あのクソ親父。
そして俺の長く苦しい傭兵生活が始まった。魔物倒して金稼ぎ、娼館の用心棒して金稼ぎ。
ああ、懐かしのリムルダール。あそこでの良い思い出は、娼館のねーちゃんとの触れ合いだけだ。え? そりゃ勿論、夜の技も鍛えて貰いましたが何か?
なので戦士タネウマ(48歳)がロトの血を引いていたとは考えづらい。というか考えたくない。あの娼館狂いが勇者の血族とか世も末だ。
ならば母親か? ……でも俺、母親の顔知らないし。娼館の婆様や姉様の態度から推測するに、多分母親は娼婦だ。戦士タネウマ(48歳)が避妊ミスって孕ませて出来た子が俺だ。ひでぇもんである。
そんな俺が身に着けたモノと言えば……まあ、それなりの剣の腕。魔法の腕。口八丁。権力者へのゴマすり。喧嘩殺法。娼婦のねーちゃんとの夜の寝技。
……うーん、どれもこれも、勇者には相応しくない技の数々。絶対に俺がロトの血族な訳が無い。
うん。そんな訳が無いのだが……困った事に、俺がラダトームに向かわない限り、夢の中での睡眠妨害が永続するようなのだ。
故に、致し方なく、俺はラダトーム城に向かっている。
はぁ、ねむ。
「……?」
ふと、何か音が聴こえた。
今の居る場所は、森の中。木漏れ日が差し込む、ポカポカ陽気の森の中。
魔物の気配も無いから昼寝してたのだし……んー、動物? 旅人? なんだろうか?
眼を閉じて耳を澄ます。
「……剣戟、か?」
うっすら聴こえる戦いの音。位置的に、森を抜けた辺りか?
えー……どうしよ。面倒事からは遠ざかりたい。何で戦ってるかも分らんし、金にならない仕事はしたくない。
傭兵稼業は、契約ありきです。無駄な戦いはノーサンキュー。とりあえず聴かなかったことにしてラダトームに向かおうとするか――
「きゃぁあああ!?」
でもなんか、女の悲鳴が聴こえた。
若い女の悲鳴。
……ったく仕方ないねぇ。美女の可能性がある以上、助けにいくしかないねぇ。
金にならなくても、お礼に一晩とかならイケるかもしれないしねぇ。
それに俺、勇者の血族かもしれないからねぇ。勇者は人助けしないとねぇ。
まったくまったく、しょうがないねぇ。
――で、まあ、あっさり魔物退治した訳ですよ。
え? どうやって倒したか? んなもん
スライムやらドラキーやら、数だけはワラワラ居たけど敵じゃない。影の騎士が居たのはちょっと驚いたけど……まあ、雑魚よ雑魚! リムルダールのヤリチン用心棒とは俺のこと! 娼館で料金踏み倒そうとする荒くれ共相手に、血みどろの殴り合いしてた俺を、甘くみるんじゃあないぜ?
んで、襲われてたのは、何かお城の兵士っぽい。
ハルバード持ちの近衛兵に、若い蒼髪の可愛い子。そして年老いた隊長っぽい騎士。
要約すると、イケメンとねーちゃんとジジイの三人組。
「ありがとう。おかげで命拾いしたよ」
「一人で魔物の群れを倒すなんて、只者じゃないね」
そしてジジイとイケメンが、俺にお礼を言ってくる。
うん、まあ、お礼は大事よ? でも言葉じゃなくて分かりやすいモノが欲しいのよこっちは。きらきら輝くゴールドとか。
それが無理なら、そっちのかわいこちゃんに、夜の寝技の特訓相手をしてもらうとか。色々お礼の方法がある訳で――。
「……何故独りで、こんな森の中に? 旅をしていたのか?」
なんか目付きが冷たいんですけど、この子。可愛いからギリギリ許されてる目だよそれ。
ちょっと隊長さん? おたくの部下、しつけがなってませんよー? 命の恩人にする態度なんですかねぇ?
とはいえ聞かれたからには答えないと。それにお城の兵隊さんなら、事情を説明する必要はあるのだし。
「……なに!? 君はロトの血を引いているだって!?」
ええ、何かそういう事らしいです。全く信じてないんですけど。
「あの伝説の……! どうりで強い訳だ!」
イケメン近衛兵が感動したように讃えてくる。
ほほう、中々見る目があるではないか。実に気分が良いぞ、その調子でもっと褒めてくれ。
「そして、夢の中でラダトームに行くよう、告げられた……と」
そうなんですよジジイ。はよ行け、はよ行けって煩いんで、世界を救う為に赴いた訳です。
それが勇者の役目――まあ、理由の大部分は、俺の十分な睡眠時間の為なんですけどね!
「馬鹿な! そんな話、信じられるか!」
青髪のかわいこちゃんが、ぶーたれながら文句言ってくる。
うん大丈夫。俺も信じてないから。夢のお告げがうるせぇから行くだけだし。
「よせ、恩人に失礼だぞ」
ジジイがかわいこちゃんを諫める。むぅ、と不満げに顔を背けるかわいこちゃん。
……うーん、85点。このツンツンした子が乱れる姿を想像するだけで飯が食えそうだ。
態度の悪さは、そのツンツン具合の可愛さで許してあげましょう!
「儂らはラダトーム王に仕える、近衛兵だ。助けて貰った礼に、町まで案内しよう」
ジジイが笑顔で、そんな申し出をしてくれる。
あ、ホントに? そりゃありがたい。実はラダトームは初めて行くのよ俺。何せ、借金返済でリムルダールに閉じ込められてたから。
……思い出したら殺意湧いて来た。ラダトームでも一応クソ親父を探そう。奴の借金を肩代わりした恨みは、未来永劫忘れない。必ずこの憎しみ、晴らしてみせる。
その為にも、この近衛兵三人組に伝えておく。あのですね、皆さん。実はリムルダールに、最低最悪邪知暴虐な戦士が居まして……。
――で、まあ、あれよあれよという間に、ラダトームの城に着きました。
案内してくれた近衛兵三人組は、もう傍に居ません。ラダトームの城下町を眺めながら歩いていくうちに、いつの間にか城の前に着いていた。それで城門に着くなり、なんか近衛隊長のジジイが国王に伝えておくとかなんとか言ったきり、城の中に消えていった。
……え? どこの馬の骨か解らぬ流れの傭兵をフリーで城に入れる気? ええ……どうなってんのラダトームの警備体制。青髪のかわいこちゃんが「本気なのですか!?」と疑心暗鬼の声を上げてたけど……うん、そっちが正解よ? 俺ならこんな怪しい傭兵、絶対自由にさせないからね?
とは言え、自由になってしまって、しかも王様にまで話しておいたと言われて……行かない訳にはいかんよね? うん、このまま回れ右して帰ったりしたら不敬罪どころじゃすまないし。しかも俺の睡眠不足が解消される訳でもないし。
なので仕方なく城内に入る。城内の兵や、使用人が不思議そうな顔で見てくるが……えーっと、そこの兵隊さん? 王様の居るところってどこですかね? ああ、そう。近衛隊長から話は聞いてると。案内してくれると。着いてきてくれと……隊長さんが案内すれば良かったのでは? 二度手間じゃありません?
まあ、王族だの貴族だの騎士だの、その辺の作法はよく知らないから深くは聞かないけど。
そして親切な兵隊さんに連れられて、俺はでっかい階段を登る。
すぐに目につく、広い玉座の間。
その奥に居るのがラダトーム王……ラルス16世陛下ですか。偉そうですね。
◇ ◇ ◇姫の側近side◇ ◇ ◇
森を裂くような咆哮が、幾重にも木々に跳ね返って私たちの鼓膜を打った。
湿った土の匂い。折れた枝。踏み荒らされた下草。ぎらついた瞳がいくつも揺らめく。スライム、ドラキー、まほうつかい……幾多の魔物たちが半円を描くように周囲を囲む。
「くそっ……!」
私は思わず唇を噛みしめてしまう。
力を込め直して、剣を構え直す。自分でも分かる程、息が荒い。胸甲には既に数本の爪痕が刻まれ、袖口からは血が滴っていた。
そして、その血を見る度に思い出してしまう。
遺体すら残らぬ程、燃えて散ってしまった同僚の姿。
姫を包む、黒い魔力の霧。
血を流して倒れて、何も出来なかった無力な自分。
またか。またなのか。私は同じ過ちをまた――。
「――前を見ろ!」
鋭い叱責の声と同時に、白い閃きが横を薙いだ。銀の髪を一つに束ねた老境の男――近衛隊長である父の剣が、飛びかかってきた魔物の身体を斬り飛ばす。
相変わらずの剣捌き。一線を退いてなお鋭い、剣の冴え。
だけど私には解る。その動きはほんの僅かだが、かつてのような切れ味からは遠のいていた。剣を振り抜いた腕が、わずかに震える。父はその震えを見なかったふりをして、私を睨みつけた。
「焦るな。呼吸を整えろ。剣先が泳いでいるぞ」
「そんな悠長な――!」
父に言い返そうとして、しかし喉が詰まり、言葉にならない。姫が、目の前で魔物に攫われていったあの瞬間。自分はただ膝をつき、血の海の中で剣を握り締めることしかできなかった。
同僚たちの、焼け死ぬ姿。
助けを求める姫の叫び。
それが今も、胸の内側を爪で引っかいている。
「だからこそだ」
父は短く言い切った。周囲に目を走らせながら、一歩前に出る。
「焦りは剣を鈍らせる。鈍った刃では、誰も救えん」
その言葉は、責めるというよりも、まるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。
私は奥歯を噛み締め、ほんの一瞬だけ目を閉じる。肺の底にまで湿った空気を吸い込んだ。鼓動が少しだけ静まる。再び目を開けたとき、少しだけ視界が開けた。
敵の姿が良く見える。数も動きも、はっきりと。
「……はい、隊長」
声は自然と出た。心を熱く、頭は冷静に。近衛が近衛として動く為に必要な心構えを、今一度改める。
そんな中、すぐ近くで金属が打ち鳴らされるような音が。
「今は説教の時間じゃないと思うんですがね!」
金髪の近衛兵――同僚の男が苦笑に似た声を上げる。額には汗がにじみ、頬には泥が跳ねている。その手のハルバードは、先程から休みなく唸りを上げていた。
長い柄を軸に、切っ先と斧刃が大きく円を描く。接近してきたスライムの胴体が裂け、ドラキーが潰れ、呪文を唱えようとしたまほうつかいの胸板に突きがめり込む。
だが、その動きも次第に重くなっていく。同僚は一体を薙ぎ倒した瞬間、一歩後ろに跳ねて距離を取る。
「……数が減る気がしない。笑えない冗談ですね、これは」
笑っているが、目は笑っていなかった。円を描く包囲は、むしろじりじりと狭まっている。
魔物たちも学習していた。迂闊に飛び掛かっては落とされると悟ったのか、牙を剥きながらも、じわりじわりと距離を詰めてくる。背後はいつの間にか別の魔物で塞がれていた。
逃げ道はない。
「このままじゃ……本当に、全滅しますよ」
同僚は低く呟く。その声には、冷静な恐れが滲んでいる。
私も同じ気持ちだ。このままでは姫を助け出す前に、私達が死ぬ。
いや、死ぬ事は怖くない。ただ、何も役目を果たせず終わる事が、背筋が凍り付く程怖い。
私は一度だけ空を見上げた。空は青い。今の状況に、似つかわしくない晴天の空。鳥の声は消えている。動物達は、魔物に怯えて逃げだしたか。
けれど私達は……逃げる訳にはいかない。
「全滅はできない。私は姫様の花嫁姿を見るまで仕え続けると誓ったんだ」
口に出る決意。姫様に剣を捧げ、膝を追ったあの日に誓った。姫様の隣に、姫様を護り抜ける殿方が現れるまで……私は死ぬ訳にいかない。
そんな私の一言に、父は苦笑を浮かべる。
「なら、生き残って、助け出さねばな。姫様が結婚せん限り、ワシの娘はいつまで経っても独り身のようだしな」
「馬鹿なこと言わないでください。私はこの身を姫様に捧げたのです」
男と結婚する未来なんて、私には想像も出来ない。この身は剣であり盾だ。女としての幸せは、とうに捨ててある。
父は私の返答に溜息を吐く。そしてそのまま、剣先で地面を軽く叩いた。
「聞け。お前達はそれぞれ右翼左翼を抑えろ。私が前を押し開き、包囲を一点で破る」
「ですが、隊長の腕では――」
「まだ錆びついてはいない」
父は短く言い切ると、前へ一歩踏み出し、腰を落とした。古い革の篭手が軋む音がする。
剣が静かに構えられる。
刃は、まるで風が止んだように微動だにしない。
その姿を見た瞬間、私の胸にあった不安が、ほんの少しだけ薄れた。衰えたとはいえ、この背を見て育ってきた。幼い頃、木剣を折られ続けた日々。泣きながらも立ち上がれと言い聞かされた声。
父は、まだ剣士だ。
「……やれる?」
「やらなきゃ、ここで骨になりますからね」
隣に立つ同僚は自嘲気味に肩をすくめ、ハルバードを握り直した。手のひらの皮はすでに破れ、血で滑る。それでも、柄を離すという選択肢はなかった。
魔物たちが、三人のわずかな隙をうかがうように身をかがめる。
喉奥から、低い唸りが漏れる。
風が一陣、葉を揺らした。
「いくぞ」
父の――いや、隊長の声が、静かに森に響いた。号令というより、合図に近い。次の瞬間、その老いた身体が矢のように前へと飛び出す。
「はあああッ!」
全身の力を刃に乗せた一閃が、先頭の魔物の身体を上から下へと断ち割った。血飛沫と黒い霧が弾ける。その勢いのまま、隊長は足を止めず、二体目の懐へ踏み込む。
横から爪が伸びる。わずかに遅れた反応――。
「隊長っ!」
瞬間、理性とは別に――私は父の右側へ滑り込んでいた。無意識で、身体が動く。
振るった私の剣が横一文字に走り、迫るドラキーの爪とぶつかった。
急な動きで力が乗らなかったせいか、私の剣に弾かれて宙に飛ぶ。
次いで来る連撃。無手になった腕に、爪の一閃が。
「きゃぁあああ!?」
鋭い痛みが腕を走る。防ぎきれなかった衝撃が骨に響いた。
「大丈夫か!? しっかりしろ!」
「かすり傷です……まだ、戦えます……!」
心配と叱責、両方の色が滲んだ父の声。歯を食いしばって答えるが……まずい、手に力が入らない。
周囲に視線を送れば……先程以上に包囲が狭まっている。もう、抜ける隙間が無い。
同僚も、その事態に気付いたか。顔に怯えが浮かび、身体が僅かに震えている。
「でも完全に囲まれました……もう、駄目です……隊長ぉ……」
ハルバードを落としそうな、弱気な声。
決して弱い同僚ではない。厳しい訓練を乗り越えて来た近衛兵だ。けれど、いや逆だからなのだろう。今の現状の危うさが分かってしまっている。
「諦めるな! ワシらがやられたら、誰が魔物から皆を守るのだッ!!」
隊長の、父の叫びが聴こえる。
正しい。その言葉は正しさしかない。
けど、その正しさでこの窮地を乗り越えられるのか?
無理、その一言が脳裏に浮かぶ。姫様の助けを求める声が、胸の奥に沈んでいく。
諦めてはいけないと解っていながら……心が、立ち上がってくれない。
そして魔物の牙が迫り、私は
――私は、突如現れた、一人の戦士の背中を見た。
鉄の兜、鉄の盾、鋼の鎧、そして鋼の剣。完全装備の戦士の姿。
剣が振るわれる。父の剣――いや、それよりも遥かに鋭く速い一閃。瞬きの刹那に、一体何回振るわれたのか分からない。
瞬時に崩れ落ちる魔物たち。そこでようやく気付く。目の前の戦士は、魔物の群れを、剣で斬り開いて私の前方に立ったのだ。
魔物の集団の中に。たった一人で。
「君は……!? 力を貸してくれるのか?」
父の声に、僅かに反応する戦士。肩ごしに、その顔が見える。
戦士の顔を見た瞬間――背筋が凍るかと思った。
隈取りされた目。顔は無表情で、魔物を殲滅する殺意しか感じ取れない。
どこまでも冷たく見据える瞳。私のことも、人としてではなく……何かを査定するかのような、そんな視線。
何なのだ、この男は……!?
だが、私の困惑は僅かな時間しか抱く暇がなかった。無数の魔物が、戦士目掛けて襲い掛かる。
前方から、横手から、ドラキーやスライムが視界一杯に迫る。
不味い。スライムやドラキーは弱い部類の魔物だが、一斉に迫られては対処が難しい。力の入りきらない体に活を込めて、どうにか立ち上がる。
加勢しなければ、どんな凄腕でもやられてしまう……ッ!
……しかし、そんな私の心配は……何の意味も持っていなかった。
文字通りの……瞬きの間に……魔物たちは斬り伏せられている。
「すごい……」
思わず、そんな声が出ていた。純粋な感嘆。初めて父の剣を見た時のような感動。
視界に映ることさえ許さない、圧倒的な剣閃の速さ。瞬時に悟る……ドラキーやスライムのような雑魚がどれだけ群れようと、この戦士の敵ではない。
けど、その思いは敵も同じだったようだ。
黒い魔力が集まる。霧が集まり、晴れたその先には――新たな魔物の姿。
「影の騎士まで……っ!? まずい、ラダトーム近郊で出る魔物では無いぞ!?」
父の、緊張を伴う声。
黒い骸骨の亡霊。通称、影の騎士。これは国の上級騎士に匹敵する魔物だ。父の言うように、ラダトームの近くでの目撃情報は無い。
その影の騎士が、複数いる。そんな馬鹿な。
魔物の活動が活発になっているのは解っていた。だが、これは違う。明らかに何者かの意志が垣間見える。
それほどまでに、姫の行方を追わせないつもりなのか。
姫、貴女は今、御無事なのですか……!?
「…………」
男は新たに出現した魔物を姿を見るなり……剣を、鞘に納めた。
何を、している? まさか諦めたのか?
いや、だが……責める事は出来ない。影の騎士は、一介の戦士が勝てるような相手では無いのだ。
ならばせめて逃がさないと。この戦士が安全な場所に逃げるまでの時間稼ぎくらいは、私達近衛が――。
「……っ!?」
その光景に、息を呑んだ。
戦士の両手に、火柱が発生する。
否、火柱ではない。あれは閃光だ。極限まで圧縮された閃熱。燃え広がる
しかもあの規模、あの魔法力。まさか、ギラ系最強の――!
「
戦士の重ねた両手から放たれる、赤き閃熱の光線。
それは魔物の群れに向かって、真っ直ぐに進み……一瞬で、全ての魔物を焼き払っていた。
残るものは何もなく。ただ、灰になった焼き跡だけ。
「なんという……」
戦慄した父の声が、聴こえる。
私も同じ気持ちだった。とても一介の戦士が唱えられる呪文ではない。ラダトームの宮廷魔導師でさえ、ベギラゴンを使える者は居るだろうか?
……聞いた覚えはない。国の軍にも、そんな魔法の使い手は、きっと皆無。
なら……何者なのだ、あの戦士は……?
じっと様子を見ていると……戦士は、欠伸をしていた。まるで、退屈だったとでも言わんばかりに。
怒りの感情が、胸に宿る。
欠伸、だと? 私や父が、死に物狂いで戦った敵を相手に、欠伸?
助けて貰った相手に対して、抱いてはならぬ感情だと自覚しつつも……呑気な態度の戦士に、私は不快感を覚える。
だが、そんな戦士の欠伸は、角度の所為か私にしか見えなかったようだ。父や、同僚は、戦士の傍に近寄りお礼を言っている。
私も言うべきなのだろう。それは解っている。だが、戦士の素性の知れなさが……そして余裕な様子が、私に反発心を抱かせた。
思わず口に出てしまっていた。何故独りでこんな場所にいるのだと。何が目的なのだと。
戦士はしばし私の方を見据えて……やがて言葉を語り始める。
「――夢のお告げに導かれ、この地にやってきた」
その声は低く、とても落ち着いていた。
先程まで戦っていたとは思えない静かな声色。朝の寝起きの第一声染みた……日常の延長に似た声。
「勇者の血を引く者……それが俺らしい」
一瞬、脳が理解を拒む。
勇者の血。それは即ち、ロトの血脈を示す言葉。このラダトームで、不用意に言っていい言葉ではない。
父や同僚は、先程の戦士の強さと相まって、その言葉を信じていた。
確かに、強さに関しては申し分ない。おそらくラダトーム中に誰よりも、目の前の男は強い。剣の腕も、魔法の腕も一流だ。
けれど、それを信じたくなかった。突然現れた戦士が、自分よりも父よりも上。欠伸交じりに魔物を倒すような力の持ち主。
そんな現実を、どうしても信じたくなく――。
「馬鹿な! そんな話、信じられるか!」
失礼だと、頭の隅で理解しながら、私は叫んでいた。
父も叱責する。解ってる。私の態度は、国に仕える近衛……それ以前に、人として間違ってる。恩人に対するものではない。
胸が、ざわめく。まるで幼い頃のように、荒れ狂う感情が制御できない。
反発心と文句だけが、身体の内側から湧いて出てくる。
「夢の言葉だけじゃない。俺自身の意志に従っただけだ」
なのに男は……戦士は……そんな私の態度に、腹を立てる様子すらなく。
静かに語る。責める色は見受けられない。まるで一本の剣のように。
「疑って貰って構わない。勇者であろうとなかろうと、俺は俺の意志でラダトームに行く」
もしも本当に勇者が居るのなら――眼前の男のような戦士なのだろう。
真っ直ぐな直剣のような、高潔な男。
そんな感想が浮かんでしまった自分が、心底嫌だった。
「……平和な街なんだな、ラダトームは」
それから、私達近衛が戦士をラダトームへ案内すると、落ち着いた感想が聴こえてきた。
道中、父が竜王の城について話をしていたが……その時は、ただ相槌を打つだけだった戦士。
それなのに、ラダトームの城下町を見た時は、確かな感情を込めて言葉を発する。
彼の顔に浮かぶ感情は何だ? 望郷? 羨望? ……わからない。隈取りされた目と、静かな顔からは何も感じ取れない。
私達はそのまま町の通りを進み、城へ向かう橋に差し掛かる。
その時、戦士は口を開いた。
「あなた達に伝えておくことがある。近衛であるあなた達に」
そこで初めて、戦士の顔に感情が浮かぶ。
魔物の相手をしている時でさえ浮かばなかった……強い敵意。
いや、これは……憎悪、か?
「敵は魔物だけではない。リムルダールから行方を眩ました男が居る……下種の極みとも言える男が」
戦士は語る。吐き気を抑えるように、街道に撒き散らされた吐瀉物を見るような眼。
詳しくは解らない。だが、真実なのはすぐに解った。
人は演技で、このような憎しみを抱けまい。
何かがあったのだ。彼自身の身に。あるいは彼の周りで悲劇が。
「何十と言う女達を鳴かせた邪悪。子すら子と思わぬ非道。この世の悪を煮詰めたような戦士が、このアレフガルドの何処かにいる」
父も、同僚も、そして私も息を呑む。
そんな輩が、リムルダールに居たのか。数多の女性達を泣かせ、子供を痛めつける邪悪の権化。悪辣の徒。
戦士の言葉は覚えておかねばならない。私達近衛も、このラダトームを守る兵。いつどこで、そのような下種と鉢合わせるか解らぬ。警戒はしておくべきだろう。
父は頷き……そして問いかける。
君は、夢のお告げだけではない。もしや、その外道を倒す為に旅をしているのか、と。
「言った筈だ。俺は俺の意志で動いていると……魔物だけではない。竜王だけではない。悪の根は、俺が断つ」
殺意さえ混じった言葉。
勇者のような強さと高潔さ。それと同時に復讐心を内に宿した危うい姿。
どちらが、彼の本性なのだろうか。あるいは両方を宿した、歪んだ精神の持ち主なのか。
疑惑の眼を、向けてしまう。それが恐れから来ているものだと、私自身自覚しながら。
「本気で……本気で思っているのですか? あの男がロトの子孫だと?」
そして、ラダトーム王、ラルス16世陛下に事の詳細を伝え終えた後。
私は父に問いかけた。先の戦士を信じている、父の瞳に向かって。
「……真実は解らん。だが彼は、魔物と戦える力と、人を助ける勇気を持っていた」
父も、あの戦士が持つ心の危うさを感じ取っていたのだろう。
だが同時に、何の見返りもなく私達を助けた、あの高潔さこそを信じている。
闇に眼を背けるのではなく。闇以上に輝く光を信頼して。
「今、ラダトーム……いや、世界は、彼のような若者を必要としているのだ」
きっと、その言葉は正しい。魔物の被害が広がる今、あの戦士のような強さが、世界には求められている。
だがそれでも……私は不安なのだ。あの戦士の中にあるのは、絶対に正義だけではない。
深く昏い念がある。善性とは到底言えぬ、淀んだ感情。それは私を見た時にも僅かに感じた。
……数多の女が泣かされ非道な目にあった聞いた。その女性達と私を重ねたのかもしれない。守れなかった女性の姿を、思い出していたのかもしれない。
ならば、その感情の行き着く先は、血塗れの復讐だ。
血で血を洗うような、凄惨な道。
あの戦士は、王と何を話しているのだろうか。
勇者として、魔物の討伐を誓っているのか。
それとも復讐者として、仇の殺害を誓っているのか。
今の自分には解らない。そして、これ以上彼に気を回している余裕は私達に無い。
姫の捜索を再開しなければ。
竜王に攫われてしまった姫。ラダトームの愛すべき姫殿下。
待っていて下さい、ローラ姫。必ずお助け致します。
◇ ◇ ◇勇者side◇ ◇ ◇
「あら、お兄さんって、ちょっと素敵な人ね。ついて行っちゃおうかしら?」
王様のなっげぇ話を聞いた後、ラダトームの城下町で俺は女をナンパしていた。
流石、栄えるラダトームの街だ! スタイル抜群の美女が、普通に街中歩いてるじゃねぇか! ひゃっほう!
よーし、それじゃあ宿屋に行きましょうねー。
え? 何をするのかって? そりゃあ夜のプロレスよ! 今夜は寝かさないぜベイビー!
いやぁまいったまいった! こんな美女を前にしたら、俺の自慢の、登山ロープより硬くて太い『理性』があっという間に切れちまう!
まったく、ラダトームはすげぇところだぜ! ふははははは!!
つづく
勇者ヤリチン
レベル 33
ちから 164
みのまもり 82
すばやさ 165
たいりょく 165
かしこさ 136
うんのよさ 212
さいだいHP 351
さいだいMP 272
こうげき力 187
しゅび力 159
装備
Eはがねのつるぎ
Eてつの盾
Eてつかぶと
Eはがねのよろい
Eりせいのリング
Eりせいのリング
得意戦法
ベギラゴンによる初手殲滅。
父の名は戦士タネウマ(48歳)。
母は不明。多分、娼婦。