ロトの血を引くあなたなら世界を救える? 知らん……何それ……怖…… 作:初音の歌
メダル王の城で一泊した俺は、メルキドに向かって歩いていた。
残念ながらカンダタ共は居なかった。一体全体、どこに逃げたのやら。正直、地図にも載っていないような集落に逃げられたら、どうにもならん。あのゴミ共をむざむざ逃がしてしまうのか。
いや、ここは気持ちを切り替えよう。とりあえず行く先々で、カンダタ共の悪評を流しておけばいい。さすれば自然に、奴らの行き場は無くなり、いずれ野垂れ死ぬだろうて。
そうだそうだ。わざわざ俺が手を下すまでも無い。俺は野郎に関わっている暇は無い。
俺の手は、金と女にしか向かない。それ以外は些事だ些事。ゴミ箱にでも捨てておけ。
で、結構歩いたのだが、中々に遠い。出てくる魔物も、どんどん強くなるし……治安が悪い! 大丈夫? この辺の魔物、ラダトームの兵隊さんなら勝ち目無いよ? まああの近辺は、スライムとドラキーとか、可愛い雑魚しか出てこないから問題は無いだろうけど。
そういえば……蒼髪の、近衛のかわいこちゃんは今頃どうしているだろうか。
他に何か二人ほど近衛が居た気がするが……誰だっけ? ジジイと後……うん、忘れた。でもキツイ態度のかわいこちゃんの事は覚えてる。ああいう子はリムルダールの娼館でも人気が出る。俺もよくお世話になったのだ。間違いない。
剣の腕とかは、別に大した事無かったけど、妙に思い詰めていたからなぁ……無理しなけりゃいいけど。
え? ジジイ? そっちは思う存分無理しろ。若者に頼るな。爺さんこそ前に出ろ。
はぁ、もう一度会いたいものだ。そして是非とも夜のプロレスを――。
「……ん?」
メルキドに向かう途中、変な気配の森が見えた。
丁度、道なりに進むと、あの森にぶつかる。あの森の中を、突っ切っていくことになる。
んあー……何だ、あの森? 妙な魔力が籠っているというか、常時メダパニ状態の雑木林というか……あんなのがメルキドに向かうまでにあるの? 聞いた事無いんだけど。
しかし、地図は間違ってない。あの森の向こうにメルキドの町がある筈。
……行くしかないのかー……えー、絶対面倒くさい森だってあれはー。俺わかるもん。
あれは娼館の主であるババアが、旅の男どもを店に案内する時の雰囲気だもん。行ったら最後、限界まで絞り尽くされる邪悪な気配が漂ってるもん。
迂回する道は……えー、無いのー? 嘘ー? この森通るのー?
とは言え、一回入ってみるか。目的のメルキドはこの先なんだし。
それに危なかったら出ればいいしね!
……やっぱりおかしいよ、この森。ゴーゴンヘッドとかこんな場所に出てくるなんて、聞いた事無いんだけど? まあ、雑魚だから倒せるけどさぁ。
歩いても歩いても、一向に森から出れそうにないし……まあ、途中の宝箱にあったターバンは、中々良い品なので、頂戴しておくけど。身元隠しとかに、丁度良いじゃんこれ。このターバン巻いて暴れて、全部カンダタとかの所為にすればいいしね。
それにしても、どんだけ歩いても変わらんなぁ。同じところぐるぐる回ってる気もするし、違うところ歩いてる気もする。多分、何か魔法掛けられてあるんだろうな。娼館のババアがよく幻術使って客騙してるし、あの系統だろう。知らないと抵抗できないんだよね、アレ。
……というか、結構ヤバいんじゃね、これ?
いや、危なくなったら出てくつもりだったんだよ? けど思ったより、強い魔法掛けられてるみたいで……帰り道もよく解らん。あれー?
問題は誰が、何の目的で、こんな魔法掛けてるのかってとこだな。
最近は魔物の活動が活発だから、メルキド側が防衛の為――無いな。この森に迷いの幻術使ったら、行き来が出来なくなる。自分から陸の孤島になる必要は無いだろう。
なら自然発生? いやいや有り得ない。明らかに魔力籠ってるし。それは無い。
こう見えてもベギラゴン使える、凄腕なのよ俺は。魔法の扱い方なら任せておきなさい。
となると……魔物の仕業かー。
よし。ならば悩む必要はない。力押ししても問題無し。
そうと決まれば――火だ。
早速、たいまつ持ち出す。洞窟探索用に、常に持ってる冒険者及び傭兵の必需品。
魔法で着火。そしてその辺の藪に放り込む。
じきに……おー、よく燃えるわい。めらめらぼうぼうと、森が焼けてゆくのう。
火は良い。人の心を穏やかにしてくれる。焚火見る時、人は落ち着いた気持ちになれる。
森の中の魔物どもが、ぎゃあぎゃあ騒いでるが気にしない。なんか動物の鳴き声も聴こえる気がするが、無視。森が燃えるのを、じっと待つ。
迷いの森から抜け出せません。どうすればいいですか?
森を焼いちゃえばいいじゃない。これに限る。
すると――どこからともなく、黒い霧が。
その霧は、俺が火を放った地点に集まり、瞬時に消火してしまった。
おいこら、ふざけんな。なにすんだよ! 今、燃やしてんだかんな!!
「よもや、森ごと燃やそうとしようとはな……ヤハリ、効かぬ……か……」
何か、変な霧の魔物が出て来た。
効かぬかって何だ、効かぬかって。
アレか? この森に巡らされてる幻術のことか? 甘いんだよてめぇは! 娼館のババアの方がすげぇぞ! 店の前で
俺を騙すんだったら、かわいこちゃんの姿でも用意して――。
……いや、もしかして、俺が森に火かけなかったら、こいつらそうしたかも?
……あっぶねぇなぁ!? さてはてめぇら、男の純情踏み躙る気だったな!?
ゆるせねぇ。俺の悪を憎む心が、激しく燃え盛っている。まず、初手ベギラゴンの刑だ。
覚悟しやがれ!
「キサマは、キケン……だ……! ココで……消す……!」
そして霧の魔物は――三体に数を増やす。
あっ、ずりぃ!? 増えるな、卑怯者!!
「我が主……アノ方のタメに……!」
んで、何かほざきつつ、何やら紫色の霧が――うわらばっ!?
も、猛毒の霧だとぉ!? げほごほ、くぬはぁ! ぬはぐはぁ!!
て、てめぇ! もう許さねぇぞ!!
◇ ◇ ◇???side◇ ◇ ◇
深い闇の中に囚われて、どれだけの時間が経っただろうか。
私は、変わらず暗闇の中にいた。
底なしの闇だった。落ちているのか、浮いているのかさえ分からない。
腕を持ち上げようとしても、指先の感覚がない。そういえば――自分に、腕があっただろうか。
羽は。髪は。顔は。
記憶はあるのに、輪郭が掴めない。
(……私は、誰……)
問いかけた声さえ、闇に呑まれて音にならない。
思考だけが、薄い水面の泡のように浮かんでは弾け、消えていく。
どれほど前だったか。まだ「自分」という形が残っていた頃、彼女は祈りを放った。
妖精の森から遠く離れたこの魔の森で、囚われたその刹那に。
――恐ろしい闇が、世界を、覆い尽くそうとしています。
――でも、ロトの血を引く、貴方なら。
魔力を削り、魂を削って、声を飛ばした。何度も飛ばし続けた。
届く確証は何ひとつ無い。ただ、そう信じるしかなかった。
(……届いたのかどうか、確かめる術もないまま……)
今や己の存在すら曖昧になりつつある。
身体の輪郭は霧散し、霧と闇とひとつに混ざってしまいそうだ。
この森は、もう魔物の支配下だ。
大樹に宿っていた精霊たちは沈黙し、清らかな泉は淀んでいく。
このまま私が滅び、妖精族を統べる者が消えれば……全てが終わってしまう。
そして村へ、街へ、このアレフガルド全てへ。
世界は少しずつ、確実に闇に呑まれてゆく。
(私が、早く気付いていれば……)
悔恨も、すでに熱を失っていた。
泣くための眼がない。叫ぶための喉がない。
あるのは、空虚な意識と、じわりと広がる恐怖だけ。
(誰か……誰か、気付いて……)
声にならない声が、闇の中に溶けていく。
それすらも、やがては溶け切ってしまうのだろう。
そう思った時だった。
――何かが、裂けた。
最初は、遠くの方で。
耳の奥で、細い紙を破るような微かな音がした。
続いて、濁った咆哮。
それは、この森を支配する魔物のものだと、朧げな本能が告げていた。
「グウウ……! オノレ……勇者……め!」
怒号とも断末魔ともつかない叫びが、闇そのものを震わせる。
同時に、足元……と呼べるのかも怪しい虚空が、ふいに揺らいだ。
響きが、変わっていく。
沈んでいた世界に、何かが切り裂く音が加わった。
そして、何かが燃え、弾け、霧が焼かれる匂い。
(なに……これは……)
闇が、ほどけていく。
最初は一筋の裂け目だった。
黒に塗り潰された世界の中心が、細く白く割れる。
そこから滲む光が、じんわりと広がりはじめる。
眩しい。
闇に慣れ切った意識には、たまらない白さだった。
私は反射的に「目を閉じた」、つもりになった。
――その瞬間、まぶたの感覚が戻ってきた。
まぶた。頬。唇。
自分の顔が、重力を持った「身体」として、ゆっくりと思い出されていく。
指先が震え、かすかに握りしめる感覚が生まれた。
背中――そこにある、はずの羽が、冷たい空気を撫でた。
(戻って……きている?)
光が、ひときわ強くなる。
闇は後退し、霧が蒸発していくように薄れていく。
耳に、はっきりと「音」が満ち始めた。
がさり、と草を踏む音。
金属の擦れる、澄んだ響き。
そして――
「……騒がしい魔霧だと思ったが。まさか、その中に美女が囚われているとはな」
低く、よく通る声がした。
聞き慣れぬ声だった。だがその響きには、確かな意志と、静かな怒りが宿っている。
彼女はおそるおそる、閉じていた瞼を持ち上げた。
世界が、形を取り戻していた。
そこは、森の中だった。
ねじれた樹木。青々とした苔。地を這うように漂っていた魔霧は、すでに晴れている。
私を捉えていた霧の魔物、ダークドリーマーの姿は何処にも無い。
居たのは――剣を手にした、蒼き鎧の戦士。
陽光を反射する、深い蒼の鎧。
肩当てから腰にかけて流れる外套は、淡い赤。
森の中で、彼の色だけが清らかな空の断片のように浮かび上がっている。
視線が合った。
その瞳は、ただ真っ直ぐに私を見ていた。
どこか懐かしさを覚える色に、思わず息を呑む。
「あ……」
声が、出た。
掠れた、小さな音。それでも、確かに空気を震わせている。
誰かに届く声を、自分はまだ持っていたのだと、遅れて理解する。
「私は、妖精族の長です」
向き合って、彼の者に、言葉を届ける。
伝えなくてはならない。今の世界の危機を。この危機を脱する方法を。
「魔物の幻術に囚われていましたが、自由になることが、できました」
けれど今は……その前に、届けるべき言葉がある。
この者に。私を、暗き闇の底から救ってくれた戦士に。
「ありがとう、勇者よ」
そう――彼の者こそは勇者。
まだ、その証たる「聖なる守り」は手にしていないだろう。
けど、私には解る。あの暗黒の中からでも感じられた、熱き力。
まるで身を焦がすような炎にも似た熱。
あれこそが勇者の力。あの力を持って、霧の魔物を打ち払ったのだろう。
「……貴女の声は、何処かで聞いた事がある」
ふと、勇者はそのような声を発した。
ああ、もう確定だ。間違いない。
「ふふ……声に聞き覚えがあるのは、当然です」
私の声が届いた。それこそが、証。
かの勇者の血族にだけ届くよう、私は声に祈りを込めた。
身が亡びる危険性すら無視して。
そして、そんな私の必死の問いかけに……貴方は応えてくれた。
「私は、夢の中で幾度も、あなたに語り掛けてきたのですから」
「確かに聞こえた。“助けてくれ”とは言わなかったがな」
彼は、口元だけで少し笑った。
それは、この場に似つかわしくないほど、あっさりとした笑みだったが――不思議と胸の緊張がほどける。
「私達にはどうしても、勇者の協力が必要なのです」
そう。これだけは、貴方の力がなければ成り立たない。
雨と太陽を一つにし、虹の橋を生み出さなければ……闇の元へは辿り着けない。
「竜王の力は、どんどん強くなっています。急がねば、なりま……せん……」
そこで――ぐらりと、私の足元が揺れる。
立って、いられない。力が、入らない。
倒れそうになって……倒れる前に、勇者に支えられた。
「ごめんな……さい……。長い間、幻術に、囚われていたものですから……」
私が勇者に謝罪の声をかけると……彼の掌から、やわらかな光が溢れた。
暖かな回復呪文の光。ああ、誰かを癒す力まで持っている。
流石は勇者。安堵の息が漏れる。
思わず彼の方に顔を向けて――そこで、ようやく気付いた。
彼は、傷だらけだった。
顔にも、腕にも、裂傷がある。
それに……魔物の毒に苦しんだ痕跡も。血は拭っているが、血痕が。
「ああ、勇者よ……すみません……あなたの方こそ……傷だらけなのに……」
何を、やっているのだ私は。
そうだ。仮にも妖精族の長である私を、今まで捕らえ続けていた魔物。
そんな魔物との戦いが、楽に終わった訳が無い。きっと苦しい戦いの果てに、私は助けられたのだ。
自分の不甲斐なさに、情けなくなる。彼に支えられている場合ではない。
私は力を込めて立ち上がろうとする。
けど。
「問題無い。今は、貴女の治療の方が先決だ」
「え? いえ、それよりも……きゃ!?」
そして――抱き抱えられた。
強く、逞しい腕に抱えられて。
まるで、一国の姫を抱くように。
「ゆ、勇者……?」
胸が、高鳴る。顔が、熱い。
……何だろう、この感情は。ずっと暗闇に囚われていた所為だろうか。
勇者から伝わってくる「光」が、私の身体を包み込んでいる所為だろうか。
彼の顔が、よく、見えない。
「まずは休め。ずっと辛かったのだろう。
世界は、俺が闇に食わせない。貴女は、身を休めてもいいんだ」
その声を聴いた瞬間、胸の奥まで、温もりが流れ込んでくる。
それは炎でも、雷でもない。
春の朝日に似た、温かな光。
ああ、これが勇者なのだ。
血族だからでもなく。称号だからでもなく。
彼のような生き様を――勇者と呼ぶのだ。
◇ ◇ ◇勇者side◇ ◇ ◇
いやっほう!! 何か霧の魔物倒したら、すげー美女出て来たんだけど!?
これはあれかな? ドロップアイテムと思っていいのかな? 俺のモンにしていいのかな?
すげぇすげぇ。しかも羽生えた……妖精族ぅ!? オイオイ、レア過ぎんだろ……流石に妖精族と夜のプロレスしたことは、今までの人生で一度も無い。勿論、リムルダールの娼館にだっていない。あそこに居る人外枠は、鬼面系熟女と、リカント系メンヘラの二種類だけだ。どっちもかなりの玄人向け。素人には到底乗りこなせない。
だが目の前に居る妖精さんは……むはぁ! 胸も尻も太腿も、全部パーペキ! 最高ランクの超優良物件ですよ皆さん! こいつはたまんねぇ! 思わずじっと見つめちゃうぜ。
……しかしあれだな。この声、どっかで聞いた覚えが……え? アンタが夢の中でごちゃごちゃ言ってた本人?
……なーんだ! それならそうと早く言ってよねー!
こーんな美女の呼びかけだって解ってたら、光の速さで助け出したのに! ……何で言わないのよ? ん? 世界の危機だったから? 勇者の力が必要だったから? 自分の身は後回し?
おいおい、何言ってんのさ。美女が捨て身になりなさんな。その竜王だかラオウだか知らんが、俺が何とかしてやんよ。男の言葉は聞かないが、美女の囁きは必ず聞くぜ俺は?
ってほら、言わんこっちゃない。倒れそうじゃないかアンタ。
え? 俺の方が酷い傷?
……うんまあ、あの霧の魔物、結構強くてさぁ……俺ももう少し鍛え直さないといけんかな。どうやらアイツ、部下の一人だったみたいだし……今のままじゃ、親玉には勝てそうにない。
となると……この妖精美女の介抱と、俺の鍛え直しも兼ねて……仕方ない。リムルダールに一回帰るか。部屋に寝かせて、飯食わせて、回復呪文唱え続けてれば多分治るだろ。
それにリムルダールには優れた魔法使いのジジイが居るし。どうにかなんべ。
だからさ。まあ、休めって。流石の俺も、そんな辛そうな妖精さんに、いきなり夜のプロレス誘ったりしないから。
闇だか、世界だが、色んな悩みあるみたいだけど……俺が解決してやるから。
貴女は、身を休めてもいいんだ。
よし、それじゃ一旦、里帰り。
さあ行くぜ、
つづく