ロトの血を引くあなたなら世界を救える? 知らん……何それ……怖……   作:初音の歌

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第5話・リムルダールでの日々

 

 妖精さんをリムルダールに連れて来てから数日経ったある日。

 俺は日課の、魔物退治を励んでいた。

 

 リムルダールの周りには、そりゃもう魔物が一杯居る。

 リカント、さまようよろい、ドルイド、ベビーサタン……まあ、慣れ親しんだ俺からすると、全員お小遣いだけどね! 適当に倒していくだけで、ゴールド落として行くし。暮らしていくだけなら、ここで魔物退治してるだけで安泰なんだよなぁ。

 

 ただベビーサタン。貴様は許さん。冷たい息を吐くだけ吐いて逃げていく貴様らは、いつか必ず根絶やしにしてくれる。ドルイドは……なんちゅうかね? 娼館にいる鬼面系熟女さんを思い出すからちょっと戦い辛い。良い人なんだけどね、あの人も。

 

 たまに出てくるリカントマムルは即殺です。

 こいつは駄目。マホトーンしてくるから。面倒くさったらありゃしない。

 

 リムルダールの町の交通を支える橋。この橋の周辺には俺以外にも、魔物退治を専門とする冒険者とかが結構居る。知り合いも何人か……おー、やりおるやりおる。ベビーサタンがフクロにされてる。いい気味だ。

 

 で、まあ結構倒した訳でして……ゴールドもたんまりですよ。

 このゴールドの数を見る度に、ラダトームで貰った120ゴールドのショボさが浮き彫りになる。一体全体、なんだってあんなに端金を渡してきたのが。それが解らない。

 

 そしてラダトームで王様と話した内容に関しては、何一つ覚えてない。

 俺、何命じられたんだっけ? どっか行って来てくれとか言われた記憶が、薄っすらとあるんだけど……でも今は、妖精さんの方が大事だし、関係無いよね!

 王様も、美人妖精さんの方が大事だって解ってくれるよね!

 うん。きっとそう。美人は世界の宝なのです。それに勝るものは無いのです。

 

 で、集まったゴールドを元手に、妖精さんの好きそうな装飾品とか小物とか買おうとしてるんだけど……何買えばいいのか全然わかんないぃぃぃ!!

 俺が何を訊いてもさぁ。

 

「勇者よ、私なら大丈夫です」

「私などに気を遣わないでください」

「ここで体を休ませて貰えているだけで充分過ぎるのですから」

 

 これよ。

 返事はしてるけど、実質なしのつぶてよ、これ。右から左に流されてるんだから。

 

 娼館のお姉さま方に助言を求めても「自分で考えな!」の一喝で終わりだし。

 ひでぇもんである。

 

 そして最後の手段で、リムルダールに住んでる魔法使いの爺に助言を求めた。

 あんなクソ爺に頼みたくなんてないが……あの爺は、ドワーフとの交流がある数少ない人間。妖精に関しても何か知ってるかなー、と聞きに行ったんだが……全くもって聞く耳が無い。

 なんでも「魔法の鍵」の作成に忙しくて、些末事に関わってる暇が無いとか抜かしやがる。

 俺と妖精さんの夜のランデブーを些末事だとぉ? 

 けっ、何が魔法の鍵だ。無駄なもん作ろうとしやがって。

 大体、必要無いだろうが。鍵なんているか? あんなもん肉体的解錠呪文(アバカム)でぶち開ければ済む話じゃねぇか。

 

「貴様のそれは解錠呪文(アバカム)ではない! このクソゴリラ! 筋肉で理を捻じ曲げるな!」

 

 で、最終的にそんな事言って、俺は爺の家を追い出された。失礼な老害だ。

 

 そして俺は今日もこうやって、魔物退治を頑張っている。

 ゴールドも一杯集まったし……結構な額が、娼館のババア行きだけどね。

 まあ、助かってますよ? 妖精さん匿ってくれてるし。あんな目立つ容姿の美人放置したら、あっという間に人買いに攫われちゃうからね。俺が街の外で戦ってる間、一番信用できるのがあのババアだ。若い女性を無下にしないって、そこだけは世界中で一番信頼してる。

 

 だから俺は――昼間のお仕事が終わった後は、夜のお仕事に行く訳です。

 勤労戦士は大変だぜぇ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――てめぇ! 逆らうんじゃねぇぞ!」

 

 ――で、早速、こういう阿呆が娼館に出現する。

 娼館の一室から、男の怒鳴り声が聴こえてくる。

 ああ、もう、どうしてああいう馬鹿が沸くかなぁ……お姉さんごとに、可能なオプション違うって書いてあるでしょうに。なんで金払えば何でもできると、勘違いするんですかねぇ。

 

 俺が小走りで、声が聴こえた部屋の方角へ向かうと――部屋を飛び出した姉ちゃんと、阿呆客の姿が。すげぇ揉めてる。ぎゃあぎゃあ煩い。

 やれやれ、お仕事ですよ。用心棒出動です。

 お客さーん。オイタは駄目で、す――。

 

 

 

 ――オイ、てめぇ。

 女に、手上げやがったのか。

 

 

 

「ふざけないでよ……あたしらは、アンタ達の言う事何でも聞く玩具じゃないのよ!!」

「うるせぇんだよ! 黙って言う事聞け――」

 

 黙るのはお前だよ。

 その振り上げた手で、何しようとした?

 オイ、答えろよ。俺がてめぇの腕握ってる内に。

 俺の理性がある内に。

 さっさと答えろ。

 

「が……て、てめぇ……何しやが……」

 

 あ? 何だ、暴れたいのか?

 いいぜ。付き合ってやる。こいよ、好きなだけ暴れさせてやるよ。

 

 ――俺も同じように暴れるが、構わないよな?

 

「ま、待てよ……悪かった。悪かったって……だから……!」

 

 どうした? まだ全力で握ってないぞ? 動けるだろ?

 なあ、おい。この下種野郎。そこの姉さんの顔の傷、てめぇが付けたもんなんだろ?

 同じようにやってみろよ。俺が相手になってやるから。

 

 ――来い。

 

「ひ、ひぃぃぃ……!」

 

 

 

 

◇◇◇妖精族の長side◇◇◇

 

 

 

 

 勇者に連れられてリムルダールに来てから、数日の時が流れていた。

 

 体調は大分良く、失われていた魔力も半分程は回復できた。

 まだまだ、全快には遠いが……少なくとも、日常生活に支障はない。

 それに、この、しょ、娼館……の皆さんは優しい方々が多くて、妖精の私でも心穏やかに過ごすことが出来た。

 ……夜に聴こえてくる嬌声は……その、結構、すごいのだけれど。

 

 しかし、身体が癒えるまで寝ているだけというのは、妖精族の沽券にかかわる。

 何かしらの恩を返さねばならない。……皆さんと同じような仕事は出来ないけど。

 それに、私が人前に出る事は出来ない。オーナー様にも、皆さんにも、勇者にも、私は人前に出るなときつく言われている。どうやら、私の容姿は人間達の基準で、とても整っているらしい。

 

 なので私は――洗濯などの雑用を手伝っている。

 その度に、誰かが私の仕事を見てくれて、

 

「そうそう。そんな感じでシーツ洗うの。綺麗にしておかないと、お客さんにも悪いからさ」

 

 まだ若いお嬢さんが、丁寧にシーツの洗い方を教えてくれた。

 優しく手揉みで汚れを落としていく。貴重な石鹸も、余さず使えと言われた。

 清潔な寝室を維持する事が、娼館経営の基礎だと。中々タメになる……。

 

 いえいえいえ!? 私はしませんよ!? 私達妖精族が皆さんのような行いに耽る事は……その、ゼロではありませんが……遠い過去には、人間と愛を育んだ者も居たようですし。

 

 しかしですね! それで私が、同じような行為をする訳ではなくてですね!

 ……そもそも相手が居ませんし。あり得るとすれば……ゆ、勇者?

 ……こほん。まあ、それはひとまず置いておきましょう。あまり語ることではありません。沈黙は金なりです。

 

 そんな感じで雑用の手伝いをしていたのですが……時折差し入れが。

 

「ほら、お客さんからお菓子貰ったよ。妖精さんも食べなー」

「これ美味しいよー。遠慮なんてしないでいいからさぁ」

 

 娼館に務める皆さんが、笑顔でお菓子を差し出してきます。

 私はいいと言ったのですが……「ほらほら」と言いながら、ぐいぐい押し付けてくるのです。

 そうなったら食べるしかありません。……人間達の作るお菓子も、中々見事。

 

「ねぇ、妖精さんは森で暮らしてるんだっけ?」

 

 そんな質問も。特に隠す事では無いので、答えます。

 私が森での生活を語ると、皆さん穏やかな顔で私を見ます。

 まるで懐かしい何かを垣間見るように。

 私には、その顔の『意味』が解りません。私の、妖精の目に映るのは人の『心』だけ。

 

 こんな複雑な――善も悪も入り混じったような『心』。

 妖精族には理解できない色で――。

 

 

 

 

 

「――てめぇ! 逆らうんじゃねぇぞ!」

 

 声が、した。

 私の居る洗い場から離れたところからの、怒声。男の、罵声。

 洗い場の戸口から顔だけ覗かせると……荒々しい様子の男と、女性が。

 あの女性は、私にお菓子をくれた――。

 

「ふざけないでよ……あたしらは、アンタ達の言う事何でも聞く玩具じゃないのよ!!」

「うるせぇんだよ! 黙って言う事聞け――」

 

 女性の顔に痣が見える。今しがた付けられた、傷跡。

 思わず、身を乗り出した。

 力は全快では無いが、大方は戻っている。妖精族は攻撃呪文は不得手とは言え、何も使えない訳では無い。あの程度の不埒者程度、すぐに制圧することができる。

 

 けど、私が助けに行くことはできなかった。

 いつの間にか、この娼館の主……あの老婆が、私の肩を掴んでいた。

 

「やめな。アンタが出たら、余計に騒ぎが大きくなる。自分の容姿を考えな」

 

 それは、聞いている。私の容姿が目立つ事は、既に。

 だが、だから何だと言うのか。私は、彼女に、ここに居る者に世話になった。

 恩を仇で返すつもりは無い。

 それに、あなたも気持ちは同じでは無いのか? この館の主なのだろう?

 それとも放置するつもりか。あなたを慕う、あの娘らを。

 

「何言ってるんだい。黙ってる訳がないだろう?」

 

 では、何故止めるのです。私が出れば……いえ、私ではなくとも、あなたなら容易に治めることが出来る筈。あなたの中に秘めたる魔力は、我等妖精族にも引けを取らない。

 それなのに、何故。

 

「私らが出る必要が無いんだよ。ホラ」

 

 呆れたような顔つきの老婆。視線だけで、先程の騒ぎの方向を示す。

 振り返り、再び眼を向ければ……そこには勇者の姿が。

 

 彼が、暴れる不埒者の腕を掴み、動きを止めていた。

 

「――随分と、暴れたいようだな」

「が……て、てめぇ……何しやが……」

 

 ごり、と離れたここまで音が聴こえる。

 不埒者の骨が軋む音。尋常ではない握力で掴んでいるのが解る。

 そして――勇者の顔が、恐ろしい程の無表情。

 私の目には映る。無表情の奥に……氷のような怒気が孕んでいる事を。

 

「ま、待てよ……悪かった。悪かったって……だから……!」

「だから――何だ? 暴れたいんだろう? いいぞ。俺が相手になってやる。好きなだけ暴れろ……暴れられるものなら、な」

 

 そして、静かに不埒者を引き摺って行く。

 アレには、逆らえない。剣も持たず、鎧も纏わず。

 それなのに、今の勇者は、魔物よりも恐ろしかった。

 

「ひ、ひぃぃぃ……!」

 

 不埒者の声だけが聴こえる。

 勇者はそのまま引き摺って……娼館の外へ。

 ここで働く皆さんが言っていた。ああやって、〆ているのだろう。

 殺気一歩手前の怒りを抱きながら。

 勇者としてではなく、一人の男として。

 彼は、この娼館を護っている。

 

 先程の傷を負った女性の方を見やると、既に他の皆さんが手当をしていた。

 簡単な回復呪文ならば使えるらしい。

 おそらくは――この老婆の教え。

 それにしても、この娼館にはああいった不埒者がよく現れるのだろうか。

 

「……ここ最近、あの坊やが居なかったからね。ああいう勘違いする馬鹿が出て来たのさ」

 

 ……老婆の言葉に、胸が痛む。

 最近居なかった。その理由は明白だ。

 私が、呼びかけた。

 何度も何度も、呼びかけた。

 世界の危機を救う為――ここの護りを捨てさせた。

 

「顔に傷の残った子だって居るんだ。この商売はアンタが思ってる程、楽なもんじゃないんだよ」

 

 ……つい最近まで、下賤な職としか思ってなかった私には、あまりに痛い言葉。

 ただ、思う。思ってしまう。

 ここに居る皆さんは、優しい心の持ち主ばかりだ。

 言いたくは無いが……ここで働く以外にも、道はあるのではないかと。

 そう、思ってしまう。

 

「……好き好んで、この職に就いてる子なんて、一人だっていやしないよ」

 

 老婆は、私を見ずに、どこか遠い場所を見ながら言う。

 その皺だらけの手は、強く握られ……痛めてしまう程の握り拳が。

 

「親に捨てられた。男に騙された。学も無ければ特技も無い。他に頼れるところなんて、何も無い」

 

 ……その経験が無い私には、何も言えない。

 妖精族に、そのような経験をした者はいない。森で暮らす私達は、排斥される事がない。

 妖精族だけの空間で、長く過ごしてきた――ここで働く彼女達のような存在のことを、考えもしなかった。

 

「そんな子達ばっかりさ。可哀そうな目にあった子達の、受け皿なんだよここは」

 

 行き着いた先がここだった。ここ以外に無かった。

 だから、ここで生きている。

 見下されても。汚らわしいと侮蔑されても。

 傷だらけになりながらも……ああ、だからか。だからなのか。

 あの娘達の『優しさ』は、『痛み』を知っているからこそのものなのだ。

 

 森の中で幸せに生きて来た妖精族には……あまりに遠い、『優しさ』。

 きっと、永遠に手に入らない類の『優しさ』。

 

「……あの坊やの母親も、そうだった。流れ着いた娼婦の一人。何があってそうなったのかなんて、考えたくも無いよ」

 

 その言葉に、息が止まる。

 勇者の、母も、この娼館で働いていた?

 

 待って、欲しい。それでは。それでは勇者の血は。

 尊ばれる筈の、気高き血脈は――。

 

 

 

「そうだよ。その流れ着いた娘が――ロトの血縁さ」

 

 

 

 ……言葉も無いとは、きっとこの事だろう。

 想像もしていなかった。勇者は、勇者の血は、脈々と何処かで受け継がれているものだと。

 そう考えていた。そう思っていた。人里離れた場所で、いつか来る日の為に。

 そんな生まれだと、思っていたのに。

 

「……平和な世の中に、勇者の居場所なんて、ある訳が無い。妖精族のアンタなら知ってるだろう? かの勇者ロトが、故郷に帰れなくなって嘆き悲しんだことを」

 

 それは、知っている。

 妖精族の中でも、僅かしか知らない秘事だ。

 何故、そんな事を、この老婆が知っているのかは知らない。

 きっと尋ねても教えてくれないだろう。この老婆からは一定の拒絶の念が見える。

 

 ただ、言わせて欲しい。

 それでも――それでも、勇者は崇められた筈だ。

 でなければ今の時代まで、名が伝わっていない。

 確かに悲劇だっただろう。悲しい出来事であった筈だ。

 それでも当時のラダトームは。精霊ルビス様は。

 かの勇者ロトの功績を讃えて、かの勇者の伝説を語り継いで――。

 

 

「それで――当時の王様は何かしたのかい? ルビス様は何かしてくれたのかい? ……ふざけるんじゃないよ。何もしてくれなかったから――その末路が、あの坊やなんじゃないか」

 

 

 ……何も、言えない。

 この娼館を『家』と、勇者は言った。

 彼は認めていなかったけれど。

 あの時の彼の瞳は……確かに、『家族』を見る眼差しで、この『家』に帰って来たのだ。

 行き場を亡くした者達が集う此処を。

 帰るべき『家』だと定めていた。

 

「魔物の拡大。世界の危機。ああ、大層な話だね。確かに何とかしなきゃならないよ。けどその果てに――あの坊やの幸せはあるのかい? アンタ達は少しでも、それを考えた事があるのかい?」

 

 ……何も、無い。

 私はただ、助けを求めただけだ。

 この世界を救う為に。闇に覆い隠されそうなアレフガルドに希望を齎す為に。

 その為に祈った。願った。魔物に囚われながらも、持てる力の全てを使って。

 

 ……その祈りの中に、この娼館で働く彼女達の事は入っていなかった。

 勇者ではない、ただ一人の『青年』の未来なんて考えてなかった。

 それは、言い返せない真実。

 

「……すまないね。少し感情的になった。アンタにぶつけても仕方ないってのにね」

 

 老婆は息を吐き、視線を切る。

 私も視線を下げる。今は、前を向いていられない。

 老婆の怒りに、娼婦達の境遇に、勇者の生い立ちに。

 何を返せばいいのか、何も分からないのだから。

 

「ただ――覚えておきな。アンタが助けを求めたその裏で……誰かが犠牲になってるってことを」

 

 老婆は背を向ける。

 そして一歩、また一歩と私から離れていく。

 ……老婆の自室、オーナーの部屋に戻るつもりなのは判った。

 

 ただ、「離れていく」と感じたのも間違いではないだろう。

 老婆は、明確に私から離れていく。

 必要以上に歩み寄る気など無いという、明瞭な拒絶だった。

 

 

「私は嫌いだよ。勇者なんて……考えただけで、反吐が出る」

 

 

 私には、何も返せない。

 その無念と怒りの言葉に返せる言葉が、何も無い。

 

 今は何も――ただ、無力な自分の存在だけが、其処に居た。

 

 

 

 

 

 

 つづく

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