『こちら3中隊、敵の猛攻を受け六輛が撃破されました!指示を!』
『2中隊、敵に包囲されて身動き取れません!救援を乞う!』
「クソッ!!何がどうなっている!?」
40代半ばのパンツァージャケットに身を包んだ女が金切り声のような声で怒りを滲ませながら吠える。
相手は戦車道に於いて、何歩も後ろを行く男で、更に言えば大学選抜2軍で構成されたチームだ。
1軍を率いる自分が、負けるはずが無い相手なのにも関わらず、次々と撃破報告が上がってくる。しかも味方のばかりが。
そして自分達も今まさに敵に包囲を受けているところだった。
至近距離に次々と弾着し、土煙を立てる。
「3中隊、敵との戦闘で混乱しているのか連絡途絶!偵察隊も同様です!」
「全滅したとでも言うのか!?」
怒鳴り散らしながら必死に思考を回す。
「2中隊に包囲を突破させて合流させろ!敵の背後を脅かしてその隙に我々が脱出する!」
「2中隊、こちら1中隊、応答せよ!繰り返す、2中隊応答せよ!……駄目です、2中隊も連絡が取れません!」
指揮を執る女は大打撃を被った3中隊を捨てる事を決断した。
命令を受けて通信手が2中隊を呼び出すが誰も応えない。
「ふざけるな…、ふざけるな……ふざけるな!!」
火力や練度、戦車の性能自体も圧倒的に自分達が上だった。
ティーガー、ティーガーⅡ、パンターが主力を勤め、偵察にⅢ号、Ⅳ号戦車。中には何処から持って来たか、センチュリオン数輛までもが加えられている。
相手はそれより遥かに攻守共に劣る旧式ばかり。欠陥品と言ってさえ良いぐらいだ。
そんな相手に、何故ここまで追い込まれて、追い詰められているのか。
「3中隊は!?」
「……駄目です、半数以上が撃破されて散り散りに!救援は不可能です!」
「ふざけるなァッ!!」
既に怒りを制御する術も忘れた怒号は、乗員達が身を竦めるほどだった。これが余計に乗員達のパフォーマンス低下を招いているとは露ほども考え至らない時点で勝敗は明確になっているとは、思うまい。
そもそもこうなった原因自体が自分にあると言う事も忘れているだろう。
「そもそも、2中隊は敵の倍の数で戦っていた筈だ!何をどう戦えば敵に包囲される!?中隊長は何をやっていた!?」
この試合自体、奴をあらゆる意味で叩き潰して二度と戦車道に関わらせないようにする為に画策した事。
だから相手チームは経験も練度も劣る大学選抜の2軍を充てがい、更には旧式戦車ばかりを与えたのだ。
自分は1軍のレギュラーメンバー、戦車も最新ばかりを率いて試合に挑んだのだ。
数こそ三〇輛づつと同数であったが、戦車の性能、選手の技量はどうやっても勝っている筈。にも関わらず一方的に叩かれ続けている。
こちらの損害は十五輌を超えているのに、向こうに与えた損害は僅か一輛。それもエンジントラブルで立ち往生していた車輌を撃破しただけ。
事実上、撃破出来た車輌は一輛も無いという状態なのだ。
因みに今撃破された車輌でキルレシオは1:18となった。
残るは十二輛。
しかも自分の搭乗車と、直卒している三輛以外は包囲されているか散り散りに逃げていて戦力には計算出来ない。
散り散りに逃げた車輌が上手いこと合流すれば六輛か七輛は揃えられて多少なりとも抵抗は出来るだろうが、今この状況で合流出来るとは到底思えない。
乗員達は既に悟っていた。
ーーー 私達は詰んでいる ーーー
いや、よくよく考えれば最初から詰んでいたのだろう。
敵を追い掛けた私達の動きも、反撃に転じた時の対応も、そして今この時の大混乱も。
相手チームの唯一のイレギュラー、想定外があったとすればエンジントラブルで立ち往生した車輌が出た事ぐらいだろう。
乗員達は、自分達の顔が硬くなり、生気を失っていくのが分かった。
指先は冷えているし、恐怖からか震えも止まらない。
こんな筈じゃ無かったのに。私達は頑張った、悪くない。
最早、乗員達は現実から逃げる事しか出来なかった。
目の前には綺麗に並んだ戦車と青い空、どこまでも続く大地が一軍チームの前には広がっている。
散り散りになり、包囲されていた味方も意図的に合流させられ、明確にキルゾーンと認識出来る場所に敢えて追い立てられた。
一軍を指揮する女は、キューポラから身を乗り出し睨む。
「あの男…!!!」
その視線の先には、偶然か否か、一〇〇〇mも離れているというのに、自分達をまで追い込んだ奴の姿がはっきりと写っている。
その男こそが、己を敗北者にしようとしているのだ。
腹立たしいことに奴は砲塔の上に悠然と仁王立ちで構え、腕組みまでしている。
空から全てを見ているかのような眼と、悠然とした立ち振る舞い。
戦神、軍神から寵愛と才能を全て与えられたかのような、いっそ芸術的とすら言える作戦指揮。
「許さん……、絶対に許さないからな……!!!」
自分の蒔いた種とは言え、自分から全てを奪い去っていく奴の目と表情は、余りにも凪いでいて、そしてゾッとするほどの冷酷さがあった。
三流。本家家元の長男とは言え所詮は何も知らない小僧。
そう呼び蔑み、侮蔑してきた男が。
腕組みを解き、右手を挙げて下ろした。
その瞬間、相手の砲火が一斉に開いた。
その日。
当事者以外では誰も確かめる手段もない噂、伝説が生まれた。
しかしながらそれは誰かの思惑か、世の中に広まる事も広められる事もなく、ただただ独り歩きを続けることになる。
やがて2年以上の年月が経ち、誰も覚えていない、誰もが忘れた頃にその話は物語の始まりの地に辿り着く。
それは新しい伝説の始まりであることは誰も知らない。
また新しいものを書くなんて懲りない奴である。