西住姉妹のお兄ちゃん   作:ジャーマンポテトin納豆

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1話 お兄ちゃん、着任です!

 

 

『西住流』

 

戦車道に於いて、二つある最大流派の内の一つである。

その権威は間違いなく、戦車道を嗜む者に、戦車道と言えばと聞けば誰しもが名を挙げる名家の一つである。

 

そしてその西住流を統べる西住流本家には三人の子がいる。

 

三人はとにかく戦車道の才能に恵まれていた。いや、恵まれているどころではない。天賦の才と言っていいだろう。

特に長男は他者の追随を一切許さないほどで、家元である母をして『天才』と言わしめたほど。

本来であれば、戦車道に置いて彼は栄光ある輝かしい道を辿っても何ら可笑しくは無かった。

 

 

しかしそうはならなかった。

日本戦車道界において戦車道は乙女の嗜みであるという古い考えが蔓延っていたからである。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

大洗女子学園、その学園艦。

学園艦とは『大きく世界に羽ばたく人材の育成と、生徒の自主独立心を養う』ことを目的に建造された船である。

しかし船と言っても超大型、が頭に付くほどの大きさを誇る学校を中心とした、分かり易く言うならば『学園都市』というやつである。

どれぐらいの大きさかというと、小さいものでも七kmと言う大きさであり富士山の倍以上の全長を誇る。

形状は空母のようなもの。その甲板部分に町がある、というわけだ。

この大洗女子学園も七六〇〇mと言う馬鹿げた大きさを誇り、人口はざっと2万人超、文字通り一つの町である。

他の学校ではその倍以上の全長に10万人規模の人口を抱える学園艦も珍しくはない。

 

そしてこの学園艦にはあらゆる生活インフラが基本的には整っているということだ。

電気ガス水道は勿論のこと、艦内空間への空調を回す為の巨大な設備もあるし、ゴミ焼却場、コンビニエンスストアから商店街、病院、恒常的に生活し生きていけるように農場から養豚場、養鶏場、牧場、艦内には水産試験場を兼ねた養殖場もある。それぐらい大きい存在なのである。

 

そして特筆すべきはそれら生活インフラの、ライフラインの全てを学園生徒が維持運営を行っていると言う事である。

陸地にある農業、工業高校が実際にそれらの業務に取り組むのと同じで一種の教育カリキュラムだ。とは言ってもより実践的なものであり、究極とでも言うべきものである。

 

では最も重要な財政的なところがどうなっているのかと言うと、だ。

大抵の人間は国を問わず社会人として働いて、そして税金を納めるだろう。

そしてその税金で賄われているというのが、普通の考えとして出てくるが事、学園艦においては違っている。

そもそも学園艦の運営、維持などそれらは生徒が全て努めて賄っている。教育カリキュラムなのだから当然である。

学園艦で得られる経験値は陸地の学校とは比べ物にならないぐらい実戦的である。就職に置いて学園艦出身者であるというだけで大きく有利になると言えば分かり易いだろう。

 

本来、大人が維持運営を務めれば給料が発生して払わねばならないが、学生に教育カリキュラムやプログラムの一つとして任せているのであれば給料を出す必要は無い。

なんなら学費として生徒側が払わねばならないものであり基本的には入ってくるという形になるので財政的には潤うしかないのだ。

加えて学園艦は地方自治体として扱われ、税金は学園艦に払われ収められる。

税金と学費という二つでお金が入って来るし、なんなら県立(市立は存在しない)であれば国からの支援金も多く支払われる。

私立では国からの支援金は少なくなるがそれでも財政的には基本的に潤う金の泉である。

学園艦はそれらのお金を使って設備を拡充して、生徒を増やす。生徒が増えれば活動が活発になるし、色んな活躍を残して知名度が上がる。そうするとまた収入が増えるわけである。

これを繰り返すことによって学園艦を維持するシステムが構築されているのだ。

 

しかしこう言った連鎖というのは往々にして割とあっさり崩壊してしまうもの。

何処かしらが機能不全を起こして役割を果たせなくなれば、繋がっている部分全てにまで影響を及ぼす。そしてそれは大抵悪いものほど影響が大きいものだ。

学園艦を維持するシステムは、確かに健全に機能すれば豊かな富を生み出すが、生徒数の減少であるとか、様々な要因はあれど不健全になれば学園艦どころかその周りをも滅ぼしかねない負となる。

 

こう言った学園艦は少なくなく、それどころか全体で見れば半数以上だ。

国としては利益があるのであれば協力的であっても構わない上、±0となっても寛容でいい。しかしマイナスしか生み出さないものになってしまっては寛容でいる理由も、見逃す理由も無くなる。

国庫だって有限だからだ。

こうした背景事情と、大人の汚い部分、主に金銭的な癒着やらがあって、『学園艦統廃合計画』なるものが浮上し、そして始められた。

 

その中でも代表格となるのはBC自由学園である。

代表格というか、真っ先に統合されたのだ。

元々はマジノ女学院の分校という扱いで設立されたBC高校と自由学園であったが、上記の理由で統合されたものだ。

 

 

そしてその学園艦統廃合計画には、県立大洗女子学園の名前もリストに載せられていたのである。

 

 

 

 

 

 

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大洗女子学園学園艦に普段は絶対に乗っていない人物が一人、乗っていた。

 

大洗女子学園生徒会長から、どこから知ったのか直接のアポイントメントがあって訪れた男は普段とは違ってスーツに身を包み、髭を剃り眉毛を整え、髪も整えて案内された生徒会室のソファに腰掛けていた。

座りながら実家のソファの方が寝心地は良さそうだ、なんてことを考えながらここに自分を呼んだ者を待つ。

 

にしてもここの生徒会長はどうやって自分の事を知ったのだろうか、と思う。

自分の情報なんて、自分で言うのも可笑しな話だが殆ど出回ってないというか、皆無なはず。

 

ニ年以上前には大学選抜チームでコーチをやっていたし、監督を少しだけ務めたこともある。だが監督として勤めた期間はほんの1か月と期間としてはかなり短い。

それ以降、辞めさせられたと言っていいが、戦車道からはあれ以降ずっと離れていたし、なんならふらふらと過ごしていた。所謂無職というやつである。それなりに貯蓄はあったし何れ何処かの段階で働かなければならないのは当然であったが。

 

なんにしても自分の足取りを掴むのは難しい筈だ、と思っていた。

そもそも一か所に留まるのではなく、あちこちをフラフラとしていた。それなのに見つけ出して更にアポイントメントまで取り付けるなんて。

一応、自分の足取りや居場所をリアルタイムで知って居そうなのは、実家の母と、しつこいぐらい勧誘して来るとある流派の家元ぐらいじゃなかろうか。かと言ってその情報を、どちらともが、特に母が他者に渡すとは思えないし。

なんにしてもこの学園の生徒会長の諜報力、情報収集能力がどうなっているのか大変気になるところではある。

 

何はともあれ、それは置いておいても自分が学園艦、それも女子高に招かれるなんて如何なる理由があるのか、と言う方が重要だ。

 

正直全く心当たりがない。

何か知らず知らずのうちにやらかしていたとしたら、その限りではないのだが女子高生と関わる事なんてあるわけが無い。

となると自分に縁深い戦車道の話かとも思うが、大洗女子学園には戦車道が無い。正確に言うならば20年以上前までは盛んだったらしいが、途絶えて久しい。そうなるといよいよ招かれた理由が分からない。

まさか教師として採用する為では無かろう。一個人を教師として採用するが為にこんなことは普通しない。自分が何かしらの特別な実績とか、研究成果とかを残していたとしたら話は別だがそんな訳も無い。

それどころか自分の学歴は、教員免許取得どころか大学中退が最後だしなぁ、と。

 

そうなるといよいよ招かれた理由が分からない。

まさか戦車道を再興させようとかそんなんじゃあるまいし。

 

結局招かれた理由の想像も付かないまま、出されたお茶とお茶菓子を頂くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、お待たせしちゃって申し訳ない」

 

「構いませんよ。時間は余っている人間なのでね」

 

「申し訳ない。ちょっと問題が発生しちゃって。私は大洗女子学園生徒会長を務めさせて頂いております、角谷杏と申します。来て頂き誠に光栄です、西住常明さん」

 

「そんなに畏まられても困りますよ。私はそんな人間ではないので」

 

お互いに挨拶をして頭を下げる。

 

一目見て常明は小さいな、と思った。

目測140ぐらいじゃないだろうか。女子高生の平均身長で考えてもかなり小さい部類に入るだろう。赤色に銅が混じったような髪を二つに結っている。

しかしながら外見とは相反するような、大きく感じるような雰囲気があり、その顔立ちや瞳の奥には実に利発的な、知性が宿っていた。

 

名前を角谷杏。

その肩書は県立大洗女子学園生徒会長であり、この学園艦のヒエラルキーの頂点に存在する少女である。

 

 

 

眼前の少女を見ると、再びしっかり姿勢を正して腰を折る。

 

「来て頂き、本当にありがとうございます。来て頂けないものだとばかり思っておりましたから」

 

「いや、そんなに畏まられても本当に恐縮と言いますか。そもそも私は根無し草であちこちをフラフラとしている無職ですよ。行かない理由が無いですし」

 

そう、何を隠そう男は無職である。

別に好きで無職でいるわけでは無いが、常明が打ち込めるだけのものが戦車道以外に何も無かったのだ。

 

「それで、私に何用でしょう?少なくとも心当たりらしい心当たり、というのが無いのですが」

 

そして少女に対面する常明もまた、日本人男性の平均身長から大きく違っていた。

188cmにもなる身長に、両親譲りの黒髪を短く揃えており、そしてこれまた母親譲りの整った顔立ちは、見る者からすればただそこにいるだけで威圧感を感じ、近寄り難く感じるものである。

因みに社会的ヒエラルキーで言うと、無職なので最下層に位置すると断言出来る。

 

 

 

「早速ですが、本題に入らせて頂いても宜しいでしょうか」

 

「えぇ」

 

常明が頷くと、側に控えていた優しそうな女子生徒が何やら何枚かの纏められた書類を差し出してくれる。

 

(にしても、高校生なのに所作がとても丁寧だなぁ)

 

そう思うぐらいにはとても二人の所作や行儀は整っていた。

多分、これが共学の学校だったら三年連続で結婚したい女子ランキング1位を搔っ攫っていきそうなぐらいである。あと単純に見た目が良い。

とこの場にそぐわない事を考えて一人で納得していた。

 

常明の高校生時代と言えば、まぁ褒められたものでは無かった。

今時珍しいが、殴り合いで一週間の謹慎処分を食らう事もあれば、あーだこーだと言ってくる流派の奴らに腹が立って家に榴弾をブチ込んだこともある。それぐらい無茶苦茶をやっていたしその度に母にカンカンに怒鳴られて、妹達に心配を掛けたものだ。

 

「その書類を見て頂ければお分かりになると思いますが、今日お呼びした理由はただ一つ。今年度から我が校で復活する『戦車道』の監督をお願いしたいのです」

 

ぺら、ぺら、と書類を読み進めていく。

題目は大洗女子学園戦車道再興計画、と書かれ書類には簡潔ながら詳細な概要が書き連ねられている。なんとも分かり易いもので、高校生だと言うのにこれだけの書類作成能力があるのならば引く手数多だ。

こう言った能力はどれだけ早くても大学生、大抵の人間が社会人になってから身に付くものであるが、学園艦という特殊な環境故に得られた成果なのだろう。

 

一通り目を通して、常明は書類を机に置くと杏に視線を戻す。

 

「監督、とは言いますが、戦車道の監督ともなると私は適格ではありません」

 

その言葉は一定の道理があり、世間一般の感覚からすると特別不思議なものではなかった。

 

戦車道は乙女の嗜み。

戦車道とは『礼節ある淑やかで慎ましく凛々しい婦女子を育成する』と言うことを目的とした伝統的武道である。

全盛期に比べればその勢いは失われているが、それでも方々に根強い人気とかなりの競技人口を誇っているのだ。

 

そして肝心なのは、戦車道は『女』の競技であるということ。

 

その点、常明の性別は間違いなく『男』である。

 

とは言え少なくともこの常識は世界的に見れば崩れつつあった。

戦車道先進国であるイギリスやアメリカ、ドイツなどでは既に男子戦車道プロチームが結成され、国内リーグもある。国際大会の開催は参加可能国の問題でまだまだ先になるだろうとされているが、それも時間の問題であろう。

 

だがこと日本と言う国において戦車道はまだまだ閉鎖的であった。

そんな中でも戦車という存在そのものに憧れて戦車道を志す男子は少なからず存在する。

 

しかし様々な妨害や嫌がらせ、障害によって志半ばで降りる者も多い。

少なくとも学生達には聞かせられないような後ろ暗い事も多い。西住流なんかは最たるものだ。実際常明もそれが理由でここ2~3年は戦車道から離れている。

家元以外に、長老と呼ばれる厄介な年寄共が未だに巣喰っているし、そのせいでみほがあれだけの辛い目にあったのも事実だ。

 

「戦車道で男が関わるのは、大抵の場合整備士やショップの経営、物流などが主です。競技に戦車として参加するのは女性ばかり」

「監督や講師というのであれば私以外にももっと資格や実績ある方が他にも候補としてはおられる筈です」

 

そう言いながらも、常明の表情は明るかった。

対して杏の表情は神妙なものである。

 

常明は暗に、『何故俺を選んだのか』と言う事を問うているのである。

杏はどう返答するべきか一瞬の後に考えて、そして口を開いた。

 

「男か女か、と言うのは些細な問題でしかありません。確かに現状の戦車道では戦車に乗って競技を行うのは女性ばかりですが、しかしだからと言って男性が軽んじられる理由にはなりません。整備にしろ物流にしろ、生産にしろ男性が居なければ成り立ちませんし。なにより戦車道協会会長は現在男性が務められていますから」

 

「聡明ですね」

 

常明は感心して杏にただ一言、そう返した。

声音も表情も感心したものであり、杏は曖昧に笑みを浮かべる。

 

「西住さんは自分に実績が無い、と仰られましたが嘘ですよね?」

 

「ほう」

 

「大学選抜での一件を聞きました。戦車の質もメンバーの練度も劣る中で、一軍のレギュラーメンバーを完膚なきまでに叩き潰して完勝を収められたと」

 

「お恥ずかしい限りです。まさか角谷さんがあの一件をご存じだとは」

 

実際、常明の言う一件を知っているのは当時の大学選抜メンバーと、監督、コーチ陣、そして西住流家元である母と原因となった長老達、あとは何処からか情報を手に入れていた島田流家元ぐらい。多分、妹達も知らないだろう。

 

「一体どこでお聞きになられたのです?当時の記録も残っていない筈ですし」

 

確かあの時の試合の記録は面子ばかりを気にする長老達によって消されていた筈。当時の長老連中からすればそれぐらいの出来事だったのだが、そんな話をどうやって手に入れたのやら不思議だ。

まぁ、常明の居場所を突き止めてアポイントメントまで取ってきているあたり、それぐらいてきたとしても不思議ではないのだろうか。

 

「正直に申し上げてーーーー」

 

お茶を一口飲んで口を開く。

 

「とても光栄な話です。いいや、私からすると光栄過ぎると言っても良いぐらいの話だ。男である私を、他の方を差し置いて監督として招きたい、と言って頂けるだけでも凄いのに、戦車道の活動においてあらゆる全権を委任する、とまで言って貰えるとは」

 

書類の一文に、戦車道の活動において全権を委任する、という文言があった。

 

この文言は間違いなく、依頼される側からすると余りにも魅力的で、いっそ禁断とでも言えるぐらいのものである。

なんせこちらは戦車道に於いて一切関与しません、責任は全部取りますよ、と言っているのだ。これは大人になればより重要で、普通ならそんなことを書類に入れない、と理解出来るものだ。

 

「それに給料もしっかり払ってくれるし、借家も学園負担で出してくれるとある。無職の私からすれば余りにも好条件で、今すぐにでも飛び付きたいぐらいには魅力的だ」

 

無職で何の資格も無い奴に、これだけの好条件を提示してくるなんて。

 

「だからこそ、大人である身としては身構えてしまうんですよ。ここまでして私を監督として招いて、そちらになんのメリットがあるのか。そして何の目的があるのか、ってね。臆病にならざるを得ないんですよ」

 

杏は答えなかった。

と言うより、答えるタイミングではないと思って黙っていた。

 

「角谷さんが言う、私の実績、まぁ私は実績とは思えませんが。だが、それを実績として言って頂けて、そしてそれに対して当然の報酬であると言って頂けるとなると、天秤が傾いてしまう。だが明らかに過剰です。しかも誰がどう見ても分かるぐらいには」

 

じっ、と杏の目を見る。

 

「これを正当なものだと、そうおっしゃられるその理由を、今ここで明らかにしていただけませんか。でなければ頷くことは到底出来ません」

 

見据えられた杏は思った。

恐らくここが、監督を引き受けてもらえるかどうかの明確で、最大の分岐点であると言う事を悟った。

そしてその聡明な頭で、理屈でも警戒心からでも来るものでは無く、これから先のパートナーとして信用するに値するか否かを杏の態度と答えで判断しようとしているのだと理解した。

 

返答はすぐには出ない。

いや、答えは出ていたが、それをどのような言葉で口にしようとしているのかを選んでいる。

 

勢いに任せて来られるよりもよっぽど良いし、なによりその慎重に来ている時点でも信用出来る。上司としても及第点ぐらいではあるだろうが、かと言って合格とするには足りない。

 

杏の返答は、30秒か、それ以上過ぎてからだった。まぁ杏からすればそれよりも遥かに長いと感じていたし、そんな経験は今の今までしたことが無くて背中に冷や汗が出ていた。

 

 

「学園艦統廃合計画、というものを御存知でしょうか」

 

「いえ、残念ながら」

 

目を細めながら、少し俯いて言う杏を見る。

常明はこの時点で何となく察していた。多分……、

 

「大洗女子学園は、その計画の一環として、来年には存在しなくなります」

 

当たりだった。

 

「今、全国の学園艦総数の見直しが行われいているそうです。実際、BC高校と自由学園という学校が統合されましたし、他にも計画としてはあるようです。御存知の通り学園艦の運営や維持には兎に角お金が掛かります。それも膨大な。だから必要であるか否か、で分けようということらしいです」

 

まぁ、その理屈は理解出来る。

学園艦の運営だけでなく、その維持管理にも物凄いお金が掛かるし、生徒数が減少していたりすると赤字に傾く。

 

「それでこの大洗女子学園は、必要ではない、という方に分けられてしまいました」

 

悔しそうな、苦々しい顔をして杏は続けた。

 

「役人には「大洗女子学園には目立った実績も無く、生徒数も減少している」と言われました。……大変腹立たしい事ではありますが、事実が事実であるだけに言い返すことも出来なくて……、それで……」

 

「なるほど、それで戦車道で結果を残してやる、そうなったら廃校を撤回しろ、と啖呵を切ったと言った訳ですか」

 

「はい……」

 

バツが悪そうに、何と言うか、年相応の表情を覗かせて笑う。

常明は大して驚いている様子でも無く、お茶を啜ったが杏が次に言った言葉でひっくり返った。

 

「全国大会で優勝してやる!と言ってしまいまして……」

 

「ンゴフッ!?」

 

余りにも驚き過ぎて常明は思いっ切り咽てしまった。

飲み下そうとしたお茶が驚きで逆流してしまったのである。鼻がツーンとする辺り、多分鼻からお茶が出ているかもしれないと思って机の上のティッシュで押さえる。

 

ゲホゴホ、と暫くせき込んで丸々60秒も経った頃、漸く咳が収まり、失礼しました、と頭を下げる。

 

「何と言うか、思い切ったことを言ったと言いますか……」

 

「はは……」

 

「無茶としか私からは言えませんが……。それぐらいの実績でも残さないと廃校は覆らないと?」

 

「はい。相手に無理難題であると言う事を思わせて、それが出来なければこちらの主張はどうやっても通りそうにないものですから。正直、かなり分の悪い賭けではありましたが、何とか認めてもらうことが出来たんです」

 

「ほう」

 

何と言うか、感心した。

こんな交渉術は常明の知る高校生が使うものではない。流石は学園艦を束ねる生徒会長は並大抵では務まらないということか。

 

「交渉中に関しては、お見事と言うべきなのでしょうが正直に言って難しいでしょう。……いいや、はっきり申し上げるなら殆ど不可能だと言っていい」

 

「やっぱり、西住さんもそう思われますか……」

 

戦車道を知っていればいるほど、杏の言ったことがどれだけ難しい事か分かる。

実際の見込みとしての可能性は10%以下。いいや、5%もあれば良い方ではないか、というのが常明も杏も、共通認識である。

 

「今の戦車道、まぁ高校戦車道ですが、四強と呼ばれる状態でね。過去10年ぐらい上位入賞校が同じなんです」

 

聖グロリアーナ女学院

プラウダ高校

サンダース大学付属高校

黒森峰女学園

 

常明はさらさらと四校の名前を言う。杏でも良く知っていることであった。

 

「こうなっている理由は、まぁ大会参加校自体が少ないと言うのもあるんですが、もっと根本的な理由としてその四校とそれ以外では圧倒的とでも言うべき差があるんです。金銭的なところから、戦車の性能、選手の平均的能力、どれを取ってもね」

「昔は何処の高校も追い付き追い越せ、と頑張ってはいたんですが今はもう殆ど諦め状態です。差は縮まるどころか開き続けているばかり。……そんな中でもし優勝出来たとしたら戦車道界は、それはもうひっくり返るでしょうね」

 

言いながら、常明は思う。

二十年以上振りに戦車道を復活させる、実質新設校が今の高校戦車道界に割って入っていくことが出来るかどうか。いや、答えは分かり切っている。出来ない。

高校戦車道の頂点はそんなに簡単に上ることが出来るほど簡単で、低いものではない。

 

直接では無くとも、告げられた事実に杏は顔を伏せる。

頭では難しいことは分かっているのだ。だが、現実としてそれを受け入れたくない。

 

そんな杏達にとって、西住常明という男は本当に最後の希望であった。

戦車道界において色々な意味で異質というか、異常というか、何はともあれ常明以外に縋るところはもう無かったのである。

実際、他の戦車道を教えられる人間にはすべからく断られているし、アポイントメントを取る事すら出来なかったことも多かった。それでもその中で唯一、話を聞きに来てくれたのは常明ただ一人であった。

 

過剰とでも言える条件や権限を対価として提示してでも常明を引き込みたかったし、杏は何よりも学園を守りたかった。

 

「全てを承知した上で、再度お願いします。私達に力を貸して頂けませんか……」

 

常明は、立ち上がって祈るように背中を負った杏を見る。

返答はほんの数秒ぐらいで帰って来たが、杏にとっては無限にも感じられた。

 

「戦車道新設校を、しかも初心者ばかりのチームを全国制覇に導く。言うのは簡単ですが、実際は困難以外の何物でもない。そんなこと誰もやったことは無いし、史上稀に見る大馬鹿以外では話を聞きすらしない」

 

そう言われて、杏は、あぁ、また断られるんだ、と拳を握って震えた。泣きそうだった。

だが返って来た返答は杏の予想とは真逆だった。

 

「だがまぁ、そんな前人未踏の困難に挑戦する大馬鹿になるのも良いかもしれませんね」

 

バッ、と顔を跳ね上げて杏は常明の顔を見る。

そこには悪戯が成功した時の子供のような茶目っ気が混ざった笑みを浮かべた常明が杏を見ていた。

 

すると常明は立ち上がって背筋を伸ばして言う。

 

「私の腕を買って頂いて、そして信用してくれる。監督を引き受けて務めるには十分だ」

 

深く頭を下げた常明の行動は成人した大人が高校生相手に行う行為としては、余りにも謙虚であった。

 

「監督のお話、喜んでお引き受け致します。どれだけ役に立てるか分かりませんが全身全霊を以て尽くすことだけはお約束いたします」

 

杏は一瞬惚けてしまうが、すぐに常明よりも深いお辞儀をした。

 

 

戦車道史に残る大洗女子学園の奇跡の歩み、輝かしい頂きへ至る為の最初の一歩であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

ぱっ、と書類にサインや印鑑を押して済ませると、ソファに再び腰を掛けてお茶とお茶菓子を再び楽しんだ。

 

「あぁ、そうだ。肝心の戦車道についての話なんですけどね」

 

「はい」

 

「戦車と人間はどれぐらい集まっていて、どんな戦車があるんでしょうか?」

 

先程の雰囲気から、和やかなものになっていた。

常明と杏、そして生徒会副会長である小山柚子、生徒会後方を担当する河嶋も含めた4人でお茶会を楽しんでいる。

なんの意味も無く、だらだらと話しながらだ。

 

話していて分かったのは、杏は何と言うべきか、兎に角人を食ったような性格をしていると言う事だ。根っこの部分は真面目で良い子と言うのは分かるが、真面目な部分を見せたがらないというタイプであるらしい。先程から話していてもそう感じる。

さっきまでの真面目な態度は多分無理をしていたのかもしれない。

 

因みに今は物凄くリラックスしているのか、ソファに寝そべって干し芋を食べながら会話しているのがその証左だろう。

 

その会話の中で取り合えず、今後の事を考える為に戦車道の状況を聞いておく。

チームの状況によって練習メニューを変えなければいけない。まぁ、全員戦車道素人、と言う事だけは分かっているが。

 

「小山、今んとこどんぐらい集まってるんだっけ?」

 

「十五人、ですね。私達三人を入れて十八人です」

 

「未提出の者もいるから増えるかもしれんが」

 

柚子の説明に桃が補足する。

ちょっと疲れ気味の様子で柚子が説明しているのを見ると、何と言うか、この生徒会長の下で働くと言うのは色々と気苦労が多いのかもしれない。

 

「十八人か……」

 

「やっぱり少ないですか?」

 

「そうですね。というか参加されるんですね」

 

「はい。だって言い出しっぺの私達が率先してやらなくちゃ、ですから」

 

「と言う事は、私の指導を受ける、と言う事ですね?」

 

「そうですね」

 

「ならもう遠慮する必要は無いな?」

 

「はえ?」

「え?」

「ん?」

 

三人が三人、驚いて間抜けな声をあげて常明を見る。

 

「戦車道受講生徒の全員分のデータと、保有戦車のリストを明日までに持って来て貰おうか。今日から借家に入れるんですよね?」

 

「え、あぁ家はもう用意してあるから何時でも」

 

「じゃ、宜しく。それと砲弾、パーツ、燃料と言った各種備品の見積もり書と発注書も用意しておいて」

 

「あ、あの?」

 

「練習場所は取り合えず、広い所なら何でもいいか。最悪街中走り回ればいいし。射撃訓練が出来る場所の確保も宜しく」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!メモを取りますから!」

 

柚子が慌てた様子でメモ帳に常明の言葉を記す為に鉛筆を走らせていく。

そしてそんな様子を構うことなく次々に指示を出していく。

 

それを見て杏は笑い出し、桃はこれでやって行けるのだろうか、とため息を吐く。

 

 

こうして大洗女子学園戦車道が幕を開けた。

後に伝説として語られ、大洗の奇跡とも称されることとなるその快進撃の序章となる一幕である。

 

 

 

 

 






猫用の餌って以外と美味い。

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