西住姉妹のお兄ちゃん   作:ジャーマンポテトin納豆

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2話 人集めです!

 

 

 

「それじゃ、頼んでおいたこと宜しく」

 

「あ、はい」

 

「宜しくお願いします」

 

微妙な顔で常明を見送っていたがまぁ最初の様子と今の様子で色々と言いたいことがあるのだろう。

大人と言うのはそんなもんであるから気にしないで欲しい。今後もっと凄いことになるのだから、常明の態度一つでどうこう思っていては多分、身が持たない。

 

用件が終わった以上、長居する必要もないし、それに話した感じだと結構見切り発車気味に戦車道をやろうとしていると言う事が分かったので、こっちとしても早急にやれることをやってやらないと多分、最初の1週間とか2週間を無駄にする可能性がある。

夏の全国大会は8月の半ばに開催されるが、今は3月で、新年度から始めるとしても4ヶ月しかない。

 

たった4ヶ月の準備期間でこのド素人達を全国大会優勝にまで導いてやらねばならないのだから、一日も無駄に出来ない。

 

 

生徒会室から出た常明はさっさと敷地から出て行った。

ここは女子高だ、そんなところに男が一人でふらふらしていたら何を言われるか。怒られるぐらいで済めばマシ、最悪問答無用で携帯から魔法の電話番号を架けられる可能性すらある。

それを想像するだけで背筋に冷たいものを感じる。

 

敷地から出ると、一旦杏に渡された住所に向かう。

 

「うん、普通の家だな」

 

そこはこれから常明が暮らす借家であった。

外観は普通の一軒家であり、ちょっとした庭と車一台ぐらいは停められそうな駐車場付きでもあるから豪華である。

今日のところは用は無いが、持って来ていた鞄とかを置いていくつもりだったから立ち寄って、さっさと出て行く。

 

財布と携帯だけ持って、ヘリポートに向かう。

ヘリに乗って一旦、今住んでいるアパートを引き払わねばならないからそのための手続きと、あとはあんまり気が進まないが航空券を取って九州は熊本、そこにある実家に一旦帰るつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

飛行機に揺られること一時間ちょっと。

熊本空港に降り立ち、タクシーを捕まえる。これって経費で落ちるんだろうか?来月の給料が入るまでに航空券とタクシー代の出費は24歳無職の常明にとっては中々手痛い。

一応経費になるか相談だけはしてみるか、と考えながら。

 

ド田舎の田園風景を抜けて。

 

「……久々だな」

 

表から入っていく気にはなれず、裏門から入る。

最初は妹達と遊んだ時に作った秘密の抜け穴を使おうとも思ったが、この身長で通れるとは思えないし裏門から入ることにした。

 

「「……」」

 

庭を抜けて、廊下をソロソロと歩いていると、長い黒髪を腰の辺りまで伸ばした厳しい顔をした女性と出くわした。

お互い、無言で見つめ合う。

 

「失礼しましぐえっ」

 

「待ちなさい」

 

首根っこを掴まれて逃げ出すことも出来ないまま、執務室と言った雰囲気の部屋に引き摺られて行く。

これでも成人して鍛えている男である常明は、そんな自分を問答無用で捕まえて引き摺れる女性に対して内心、ビビっていた。

 

ソファに放り投げられ、相手は向かいのソファに座る。

 

「……久しぶりね」

 

「……久しぶり、母さん」

 

ここに七年ぶりの再会と相成った、母と息子である。

なんとも締まらない再会であった。

 

 

 

「それで、七年も碌に連絡を寄越さない上に、大迷惑を掛けた馬鹿息子が、今になって帰って来るなんてどういう心境の変化かしら」

 

「あれは俺のせいじゃないでしょ」

 

「だとしてもよ。それで、一体何の用?」

 

「いやぁ、母さんの顔を久しぶりにーーー」

 

「嘘を言う暇があるのならさっさと答えた方が身のためよ」

 

「俺の三号、まだある?」

 

「……貴方まさか」

 

「あぁ、いや、俺が乗る訳じゃないよ。ただちょっと力を貸してあげたくてね。そのために三号戦車が必要なんだ」

 

鋭い目で常明を睨むのは西住しほ。

西住流本家家元にして、西住常明とその妹二人の実母である。

 

 

 

「はぁ……。まぁ、貴方が突飛な事をやり出すのは珍しいわけでは無いから良いけれど」

 

渋々、と言った様子で車庫の中にある三号戦車を指定した場所に送ってくれると頷いたしほ。

二十歳の時に長男を産んで、なんだかんだ言いつつ可愛がって育てた長男である、長女と次女に比べれば多少の甘さがあった。

 

「それで」

 

「まだ何かあるのかしら」

 

「みほのことなんだけど」

 

みほ、と名前を出しただけで顔を顰めるしほ。

まぁそうだろうな、と思った。

 

「……西住流の教えは分かっているわね」

 

「そりゃね」

 

「ならそれを破った者に言う事はありません」

 

「それを言うなら俺もなんだけど」

 

「……」

 

都合が悪くなったのか、そっぽを向くような感じで何も答えなくなった。

しほとて、次女のことが嫌いなわけでは無いし、それどころかちゃんと愛している。

 

一般家庭ならばそれを表に出していても良いかもしれないが、これが戦車道に於いて日本最大流派の本家家元ともなるとそうもいかない。

ましてや夢の10連覇を掛けた決勝戦での出来事だ。

母として、家元としての感情がぐちゃぐちゃになってしまっており、そこに更に生来の対人関係スキルの低さが拍車を掛けていた。

 

これは、今はどうにもならないな、と常明は思って話を切り上げた。

 

 

 

 

 

用事が済んで、その日の内に実家を出る。

 

すぐにアパートを引き払い、そして荷物を手早く纏めて学園艦に送る手続きを行う。とは言え契約上の関係で今月末までは引き払えないと言う事なので致し方なし。

 

荷物を纏めるのは大変ではあったが段ボールに適当に全部ぶち込むだけの簡単なお仕事だ。

 

衣類は少なく、ジャージ3着、作業着3着、タンクジャケット、そしてスーツとワイシャツ。

私服はジャージで、2ケ月前まで放浪していた時に着ていた服は捨ててしまっている。

荷物の殆どは書籍や資料、参考書だ。

 

一応車の免許は持っているので、軽トラをレンタルしてその荷台に積んで一応ロープで固定。

まぁ、この荷物が届くのは一週間後とかなので衣類と生活必需品だけバックパックに突っ込んで持って行けばいい。

それらを全て済ませて、翌日の夜には学園艦の借家に戻った。

 

 

 

 

その日の夕方、柚子が保有戦車と戦車道受講者のリストを持って家に訪ねて来た。

 

「……ええっと、なんてお呼びすればいいのかな~って」

 

「ん?別に監督でも先生でもコーチでも何でも良いよ」

 

リストを見ながら、適当に答える。

そうなったのは、柚子が常明のことを何と呼べばいいか困っていたからである。

 

「見事なまでに素人しかいないな。戦車も四号が一輌だけか」

 

書類上は他にも何輌か戦車があるらしいが、戦車倉庫には無いらしい。

これで戦車道をやるとは、監督を引き受けたのは間違いだったかも、とちょっとだけ思った常明だったが、一応三号戦車もこれに加わるから、多分五輌か六輌、運が良ければ七輌ぐらいは揃いそうである。

 

「その、どうですか?」

 

「まぁ、そうだね。十八人だと厳しいかな。最低でも二十人はいないとやる意味が無い」

 

「うっ……」

 

「それに、何よりも戦車が四号が一両だけってのが最大のネックだ。これじゃ戦車道も何もない」

 

「うぅっ……」

 

容赦の無い物言いに柚子は凹んでいく。

リストを眺める常明の表情は厳しいもの。

 

そりゃそうだ、戦車道履修者は全員ド素人なうえに戦車が今のところ一輌しかないという。指導する側からすればこれ以上無いぐらい酷い状況だし、柚子もリストを作っている時にこれで本当に戦車道をやれるのか、と不安になったぐらいである。

 

「難しい、ですか……」

 

「まぁ、あと二人、可能ならそれ以上の人数をどうにかして集めてください。じゃないとどうにもならない。それと、戦車道を選んだ生徒を集めて早めに戦車を探させてください。新年度が始まったらすぐに練習が出来るように体制を整えておきたい」

 

「分かりました。会長に相談しておきますね」

 

チームを編成するにはどうしても二十人は必要だ。

五人一組で一輌の戦車を動かすという想定である。これは現在戦車道で用いられる戦車で、平均的な搭乗員の数である。

駆逐戦車なんかは六人だったりするが、普通の戦車なら五人、一人省いたとしても四人の乗員が必要となる。

 

なので四人一組だとしても最低二十人、という人数が必要なのだ。

本音を言うなら二十五人は欲しいところだが、そこまでの贅沢は言えない。

 

 

 

 

その翌日、三号が大洗に到着した。

三号の型式はM型であり、主砲は50mm60口径。一見強そうに見えるが正直対戦車能力は低い。

この三号戦車も戦車道の中では、特にドイツ戦車の中では旧式に分類されると言われても仕方が無い性能だ。黒森峰のライバルの一校であるプラウダ高校が運用するT‐34相手では分が悪く、聖グロリアーナとサンダース相手なら十分戦える、黒森峰相手は当然厳しい、という感じの戦車である。

 

ただ、性能的に見れば全体的に纏まっていて使い勝手のいい戦車と言える。

捜索して見つかる戦車の種類にもよるが、四号と共に主力を務めることになる可能性が高い車輛である。

 

「先生」

 

「おう」

 

「整備に関してですが、自動車部が担当してくれることになりました」

 

「自動車部?」

 

「はい。四人だけですが陸地の本職整備工場にも手伝いをお願いされるぐらいですから、問題無いかと」

 

常明は微妙な顔で答える。

しかし無名の大洗女子にとって整備を任せられる人材が自前で用意出来るというのは大きな意味があった。なんせ整備を任せられそうな人脈は皆無だし。実父は黒森峰や西住流の整備士だから手を貸してくれなんて頼める訳も無い。父を整備士として大洗に引き抜いたら、下手したらカンカンにブチ切れた母が殴り込んできそう。

常明は頭の中で、自動車部に頑張ってもらうしかないかぁ、と、必要であれば戦車整備のやり方を一から俺が教えれば良いか、と思った。

 

任せっきりにするつもりは無いが、五輌以上の戦車を、常明を入れて五人でどれだけ整備出来るかが問題だ。

戦車一輌の整備や修理には普通に一~二週間ぐらい掛かっても可笑しな話ではないぐらいだ。自衛隊や各校戦車道には一輌に付き1チームの整備班が専属で付くことが普通である為、その点大洗は劣る。

何とかしてカバー出来る体制を整えないと、自動車部が連日徹夜で修理、整備とかになってしまう。せっかく協力を申し出てくれたというのに、それが原因で辞められてはそれこそ困る話だ、と常明は考えた。

 

 

その自動車部が大洗学園戦車道を大きく支える、ウルトラスーパーハイスペックミラクルメカニックチームであると言うことは、常明は勿論、杏も柚子も知らないことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「あんまり、人手の集まりが良くありませんね、会長……」

 

「ん~……、そうだねぇ~……」

 

「呑気に干し芋食べてる場合ですか。最低でも二十人はいないとやる意味が無いって言われているんですよ!」

 

柚子の不安そうな表情に、能天気に応える杏。

そしてそれに対して桃が文句を言う。

 

大洗女子学園戦車道は、ともかく一番の課題だった西住常明を監督として招くことに成功した。しかしそれでも、以前として問題は山積みどころか、解決した問題が一つしかないと言う状態である。

戦車道をやるとしても、まず肝心な戦車が一輌しか無い。常明が戦車の数が足りなかったら使ってくれ、と何処からか持って来た三号戦車M型を入れても二輌だけ。

戦車道は授業の一環として行われる為、戦車が無いと戦車道とは名ばかり、今この時間って何やるの?ということになる。一応解決の目途は付いているが、それもかなりの希望的観測なものである。

 

しかしそれと同じぐらい、いやそれ以上に問題なのは肝心要の履修生の数である。

どれだけ戦車を揃えて環境を整えても、そもそも人手が居ないのであれば問題外だ。戦車だってただの置物にしかならないし常明を監督として招いた意味も無くなってしまう。これで人手が集まらず戦車道が出来ません、ではあれだけ真摯にお願いした意味も無くなるし、そして引き受けてくれた常明に面目が立たない。

現在戦車道の履修を届け出ているのは自分達三人を入れても十八人。多い訳では無いが、やろうと思えば戦車道が出来る人数ではあるのだが、

 

「最低でも二十人は欲しい。可能なら二十五人。そうでないと戦車道をやる意味が無い」

 

とサラッと言ったのである。

あんなに笑顔で、あんなに厳しいことを言う人間は他には中々いないのではないだろうか、というぐらい三人はキモを冷やした。

 

 

なんにしても人が足りない。

新年度、新学期が始まるまであと一週間しかないのに、最低人数とされた二十人すら満たせていない。

一応春休みに入る前に戦車道を大々的に宣伝して、PRしたのだがここまで戦車道の人気が無いとは、流石に想定外だった。このまま座して待つということも状況的に中々難しい。

 

「やっぱし特典が足りなかったかなぁ。干し芋一年分ぐらい追加で付けとくべきだったかね」

 

「会長、それはぁ……」

 

杏のボヤキに柚子が苦笑で答える。

干し芋一年分で釣られるのなんて多分、杏ぐらいだろう。しかし杏でも流石に本気ではない。というか干し芋一年分で釣られてくる人材とか色々と不安過ぎる。

ただ単に状況的に杏も冗談を言いたくなっただけなのである。

 

「かーしま」

 

「はい?」

 

「他に戦車道取ってくれそうな子に心当たりない?泣き落としでも恩を売ってあるとかでも良いんだけど」

 

「……あるにはある、んですが。その、船舶科の問題児達でして」

 

「良いよ良いよ、とにかく人手を集めないといけないからこの際どんな子か、なんて言ってられないからさ」

 

「分かりました。では話をしてきます」

 

「よーろしく~」

 

生徒会室を出て行く桃を、干し芋をひらひらと振りながら見送る。

皮算用ではあるが、河嶋が過去に恩を売っていた船舶科を入れても、それでも参加人数は二十五人に満たない。

目を瞑って杏は考える。

 

(あんまり気乗りはしないけど、やるしかないか~)

 

「小山ぁ~」

 

「はい、会長」

 

「ーーー西住ちゃん、呼んできてくれない?」

 

柚子は困った。

何故なら杏が立てた作戦に対して、反対であったからである。それは余りにも非道で、心優しい柚子はそれを受け入れたくなかったから。

 

「良いんですか、会長……」

 

「良くは無いんだろうけどね~……。もう、なりふり構っていられるような状況でもなくなっちゃったしさ」

 

杏も心の中で思う。

これからやることは、非道極まりないことだ。それは間違いない。恨まれても当然だし、寧ろ恨まれない方がおかしい。

外野としてこの作戦を聞かされたなら、絶対に反対するし非難の為のロビー活動もやってやる、ぐらいのものだ。だが杏はそんな事を言える立場では無い。

 

だからこそ、西住、と監督を引き受けてくれた彼と同じ苗字を持つ少女を、脅してでも、何としてでも戦車道を履修させる必要があったし、こんな非道な真似すらやる覚悟があった。

 

 

ワンフォーオール、オールフォーワン。

『一人は皆の為に、皆は一人の為に』とはなんなのだろうか。少なくとも今回に限っては明確に一人の少女を犠牲にした上でのワンフォーオールである。オールフォーワンでは無いことは確かだ。

一人の犠牲で大多数の人間が救われるのならそれは良い事であると言うだろうが、それはあくまでも多数側に立つことが出来た人間の意見でしかない。犠牲側に、それも強制的に立たされた人間にとってはどれだけ賞賛の言葉を並べ立てても偽善以外にはならない。

強制された自己犠牲に対しての賞賛の声なんて一体なんの意味を持つのか。

 

杏は他に比べてずっと聡明である。

だからそれも知っていたし、本心で言えばやりたくない。だが譲れないものというのもある。

 

立場と立場故の義務を建前として、今から自分の非道を正当化しようとしているのだ。

 

気付きながらも、それによる良心の呵責が軽減されている事への嫌悪感と罪悪感を気持ち悪い、と思い押し殺して決定を下した。

 

 

 

「先生、怒るかねぇ~……」

 

「分かりません……」

 

柚子は、常明に対して戦車道というものに対してとても素直で、そして真摯で、何より信頼し信用するに足る人物であるという評価を下している。

何せ女性の武道とされ、男性が加わるのも難しい中で戦車道に深く関わっているということが何よりの証左だった。現状の日本戦車道からすれば、それはかなり異質であることは間違いない。例えそれが他を圧倒し一切寄せ付けない才能を有していたとしても、西住流本家家元の実子、長男だとしてもだ。それだけ日本戦車道界に蔓延る性別の壁というのは余りにも高く聳え立っている。

 

一部では戦車道衰退の一因としてこれが理由としてあるのではないか、男性を大々的に参加させてはどうか、という声もあるがごく少数だ。

一応関係者が全員女ばかりかと言うとそう言うわけでも無い。戦車の製造やパーツなどの製造を行う会社や、そこの職人は男が主で逆に女は極端に少ない。戦車整備を行う整備士の男女比も徐々に男の割合が増えつつある。

そもそも男が整備士として参画しつつあるのは常明の父と、そして家元である母の尽力もあってのこと。

更に言ってしまえば常明との会話でも言ったが、現在の戦車道協会会長は男だ。まぁ、男であると言う事で立場が弱かったりするけれども。

 

こう言った、選手として参加は出来なくても、それでも戦車道に何かしらの形で関わっていきたい、という人間も多いということだ。そう言ったタイプの人間の情熱というのは凄まじいものがあり、選手としては花開かなかったが整備士に転向して、と言う話もよく聞くし、一般的に男性整備士の『仕事が丁寧且つ素早い』と言う理由をあげられて整備士として重宝されることも多い。

 

そして西住常明という男は、そうした側に類される人間だ。しかしその熱量は遥か上を行く。

 

「西住流師範代、の肩書を取っちゃうぐらいだもんねぇ……。ただ単に好き、とかいうぐらいじゃ絶対に出来ないことだよ」

 

「だから会長は招かれたんですもんね」

 

「そーそー」

 

捕捉しておくと、確かに常明は西住流師範代の肩書を取ったが、それはあくまでも過去の話だ。

本人の才能もさることながら、当時家元であった祖母が居たからこそというのもある。

だが祖母が引退した今、肩書を取り上げられている。

 

なんにしても、戦車道において一定以上必要とされる能力と信用を持っていた、と言うのは間違いない。

杏が最後の頼みの綱として常明に目を付けて頼った理由の一つでもある。自分の持てる力や人脈を使って洗えるだけ洗った常明の経歴を知っている杏と柚子は、先日話してみて思ったのは『戦車道がとても好きで、熱心で、真面目な男性』というのが二人の常明に対する評価である。そしてそれは非常に正しかった。

 

 

「理想としては西住ちゃんが自主的に参加してくれることなんだけどね~、ここに転校してきた理由を考えれば望み薄だし。取り合えずやってみないと分かんないからね」

 

それで常明の不興を買ったら本末転倒だ、とは柚子は思ったが言わなかった。

杏も分かっている上で、後が無いからやろうとしていると言う事も柚子は理解しているからだ。

 

柚子が予算をやりくりして買った豪華な生徒会長専用チェアから立ち上がって窓の外を眺める。

この高さから眺める景色と言うのはそれはもう絶景だ。

 

杏は心の中であと何回、この景色を眺めていられるのかな、と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「会長、船舶科から五名、戦車道に参加する旨の承諾を取り付けました!」

 

「よくやったかーしま」

 

ほい、と干し芋を桃に差し出す。

いらないと断られたので、その干し芋は杏の口に運ばれた。

 

「じゃ、ちょっくら呼び出そうか」

 

「は、誰をですか?」

 

話に参加していなかった桃は不思議そうにする。

 

 

校内放送で、西住みほは友人二人に付き添って貰いながら生徒会室を訪れていた。

杏としては三人もくるのは想定していなかったがまぁ、良いだろう。

 

一番右側の女子は、五十鈴華。

艶のある綺麗な黒髪を背中まで伸ばしており、気品の中に慈愛が感じられる、ザ日本のお嬢様と言った生徒である。確か、実家が華道の家元だったかでリアルお嬢様なのは間違いなかった筈。

 

一番左側の女子、武部沙織。

明るい茶髪に、それに合うような快活でコミュニケーション能力が高い今時の女子高生と言った感じである。

 

二人の名前を知っているのは、まぁ生徒会権限で色々と調べたというのと、そもそも学校にはそれらの身辺調査書などがあるのでまぁざっくりとしたもの、虚偽申告が泣ければ基本的な個人情報が手に入ると言う理由からである。

事前調査で仲が良いと言うのは知っていたが、まさかついてくるとは思っていなかった。

 

ともかく、用件があるのはその二人に挟まれて、守られるようにしている真ん中の少女である。

 

 

「あ、あの……」

 

おどおどとしていて、気弱な印象を受ける。

 

「西住ちゃ~ん、これ、どういうことかな?」

 

西住みほ。

戦車道を知っている人間ならば、彼女の苗字に聞き覚えがあると思うものだ。

 

日本戦車道に置いて、最大流派は二つ。

一つが島田流という流派で、もう一つが西住流である。主に西日本で大きな勢力として君臨し、勢力を伸ばし続けている戦車道に於ける名門中の名門。

圧倒的火力と防御力で突き進みながら、立ち塞がる敵を悉く粉砕する鋼鉄の群れ。

 

その最大流派の片方の本家家元直系の次女。

それが西住みほという少女であった。

 

栗色の髪をボブカットで揃えた髪型。

整った目鼻立ちは常明に似ているところがあると思わせるものだ。しかし聞き及んでいる西住流とは到底思えない大人しそうな、というか、引っ込み思案な少女、という印象を杏は持っていた。大きくくりくりとした整った目には感情の機微やよく宿っている。

 

杏はみほに対してひらひらと、選択科目の履修届を見せる様にして言う。

 

「戦車道を選択しろって、いった筈なんだけどなぁ~」

 

「そ、それはっ……」

 

履修届の選択欄には、香道のところに丸が付けられている。

その問いに、怯える子供のように身を竦めた。

 

転校してきた理由をしっているだけに、杏はやっぱりか、という思いと、罪悪感で心が支配されそうになるが、それを押し潰して。

 

「なんで戦車道、選ばないかなぁ」

 

出来るだけ嫌な奴を振る舞うようにして、演技をする。自分の事ながら演技力としては中々ではなかろうか。

 

「これは生徒会からの命令だ。断るとどうなるか分かっているんだろうな?」

 

桃が冷たく言う。

吊り目に片眼鏡、それにきっちり着こなした制服と髪型は、大抵の相手には威圧感を与える外見である。なお内面は全く別物である。

ともかく、柚子とは真反対の、相手に心理的圧迫感を齎すものとして見えているに違いない。

 

それに対してみほは俯いて何も答えない。

華は毅然とした態度で、沙織は優し気な顔立ちには似つかわしくない怒りの表情を表してみほの代わりに反撃する。

 

「生徒会だからってそんな横暴許されるんですか!?幾ら何でも酷過ぎるでしょ!!」

 

「そうです!誰だって自分が選んだ道を歩む権利があります。それを生徒会だからって捻じ曲げようだなんて!」

 

内心、申し訳ないという気持ちが湧き出て来る。

なんせ転校してきた先で、一緒になって立ち向かってくれるこんなに良い友人に恵まれたというのに、それに水を差すような形で杏は戦車道を選択することを強制しているのだ。

 

「言う事聞いといたほうが良いと思うけどなぁ~?後々、どんな酷い目に合うか分かんないよ~?」

 

「はぁ!?脅すつもり!?」

 

「大体、なんだお前達は。関係の無い人間が口を挟んでくるな!」

 

「関係あるに決まってんでしょ!私達はみほの友達なの!」

 

「みほさんが困っていて、ピンチなのにそれを黙って見過ごせるものですか!私達はみほさんと共に戦います!」

 

主に桃と、沙織、華の間で激しい口論が繰り広げられている。

柚子もそこに加わって口論の激しさは凄まじい勢いで増していった。

 

対して杏は口論に加わらなかった。

確かに杏達はみほに戦車道を強制する必要があったし、そのためならば手段を択ばないつもりであった。しかしこれ以上先はみほ自身が答えを出して進んで行かねばならない。

選ぶか、選ばないかの言葉を友達に代弁させるのではなく自らの口で。

 

(西住ちゃん、君が直接言わないとこの場は収まらないんじゃない?)

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

西住みほにとって戦車道とは何か。

 

その問いに、みほは何と答えるべきか分からない。

少なくとも昔はそうでは無かったのだが、現在は戦車そのものすら直視することが出来なくなってしまっている。

 

戦車道最大流派の片割れ、名門中の名門である西住流次期家元の次女として生まれ、成長する過程で母は家元を襲名した。

一年先に生まれた姉同様、生まれてからずっと戦車道と共に過ごしてきたし、八歳離れた兄も同様だった。

 

身の回りにあったのは、他の同級生達と違って戦車関連のものばかりで、絵本では無く戦車の歴史を聞かされて育って来たし、初めて乗った乗り物も赤ん坊の時に母に背負われて乗った戦車が初めてである。

勿論、玩具や人形、ぬいぐるみや可愛い洋服というのも与えられていたが、戦車への関りは一般と比べると頭一つどころではない抜け具合だったと言っていい。

 

毎日毎日、戦車の詳細なスペックから適した運用方法を覚え、散歩や遊びに行く足には自転車の代わりに二号戦車。そんな戦車が当たり前のように身近にある環境で育って来たみほは、それを嫌だとも思ったことすら無かった。

厳格ながらも端々に優しい母と、それ以上に底抜けて優しい父。孫に甘い祖父母。そしていつも一緒だったかっこいい姉と、それ以上に強くてカッコいい、頼りになる兄。

家族に恵まれた、というのは間違いない。

 

それにみほはどんな理由があろうとも、戦車が好きだった。

狭くて暗くて鉄と油と硝煙の匂いがする戦車の中も、キューポラから身を乗り出した時の風も、エンジンの音も、キャタピラの音も。

姿形を含めて、全部が大好きだった。

戦車に触っていると、嬉しくなった。

 

家の車庫には自動車以外にバイクがあったが、それに加えて二号戦車と兄が良く乗っていた三号戦車、そして牽引車まであった。

こんな家は全国的に見ても中々無い。それだけ戦車に近い生活を生まれながらに送っていたということである。

そして二号戦車に乗ってあちこちに遊びに出掛けて回り、そのことを当然だと思っていたし、これから先の人生も戦車と共に歩んで行くということに何の疑いも持たずにいた。

 

この生活の中で、明確な転機と言えることが人生において2回あった。

一つ目。

みほが10歳頃に兄が突然家から出て行ったのである。どうやら戦車道の勉強をするために家を出たと言う事らしかったが、姉とみほは、特にみほは理由がよく分からなかったし、大好きなお兄ちゃんが何処かに行ってしまうのがそれはもう嫌だった。

兄が家を出て行かないように、玄関と兄妹しか知らない抜け道に姉と手分けをして張り付いていたぐらいだ。

 

捕まった兄に姉と一緒に泣き付いて行かないで欲しいと大号泣。

困った様に笑う兄にあやされながら、気が付いたら家に兄は居なかった。

母も兄と随分揉めたようで、二人が言い争う声が聞こえてきたこともある。今になって分かる事だが、男の人が戦車道の世界で歩みを進めると言うのは物凄く難しいと言うことである。それを良く知っていた母は兄を止めようとしたのだろう。

その当時、兄は既に師範代の肩書を得ていたからわざわざ外に戦車道の勉強をしに行く必要は無いとも思うが、兄にとってはそうでは無かったのだろう。

そして兄はそれ以降、一度も家に戻って来ることは無かった。

連絡も無く、何となく雰囲気で察していたのは、母が一度か二度ほど兄と会ったのではないか、ということぐらい。

 

兄と姉を引っ張り回していたやんちゃ気質はこの頃から失われて、引っ込み思案な性格が表に出てくるようになった。

そうしている内にみほは中学生になった。

 

みほが通っていたのは黒森峰女学園の中等部である。

戦車道強豪校の黒森峰高等部同様、中等部も戦車道に力を入れており、一年先に進学していた姉共々、戦車道に打ち込むことになる。

 

小さい頃から触れて、そして憧れていた戦車道の世界は、みほからすればそれはもう輝いて見えた。魅力以外は存在せず、毎日の厳しい、過酷とも言えるような訓練や練習でボロボロになって疲れ果ててベッドに入れば気絶してしまうぐらいの生活でもみほは不満どころか充実しているとすら思っていたぐらいである。

 

名門中の名門である家に生まれ、そして英才教育を受け、更には母親譲りの才覚まで受け継いでいたみほは戦車道に於いてすぐに頭角を現し始めた。

上級生や、高校生よりも優れた戦術、統率力を入学当初から発揮し始め、最初の紅白戦では他の一年生チームが先輩達に悉く惨敗する中で唯一大金星をぶち上げるぐらいだ。

一年生にして黒森峰女学園中等部戦車道の中核メンバーとなり、夏の大会ですぐに試合に出たし、それ以降の大会や練習試合も軒並み出場している。

 

一学年上の姉共々、西住流とは何たるかを知らしめた。

口さがない連中からは陰で色々言われていたが、それでもそれを捻じ伏せるだけの能力があり、大多数のメンバーはみほの後を付いて行くことに疑わなかった。

 

姉が卒業したら、当然かのように後任の隊長になる。

それに対して母は『当然の結果ね』と言うだけであった。

 

この頃、何と言うか、みほの中に漠然とした疑問が湧いてくることがあった。

姉は自分の道を歩んできたのに、自分はどうなんだろう?と思う事があった。それを考えてみると、自分は姉の後を付いて行っているだけなんじゃないか、それなら自分にとっての戦車道はなんなのか、そんな考えが付き纏うようになっていた。

そうした思いは段々と鬱屈して溜まり始め。

 

誰にも相談出来ないまま、両親にも、兄にも、姉にも、友人にも、誰にも相談出来ないまま高等部に進級して今までと同じように戦車道をする。

中等部から仲が良くなった友人達と共に日々、悩みを抱えながら表ではそんなことは無いように振る舞って。

 

そうして二つ目の転機訪れた。

この転機によってみほは戦車道から離れた。いいや、逃げたと言った方が良い。

トラウマによるフラッシュバックで夜は碌に眠れず、戦車を見れば震えは止まらないし、今までは何とも無かった砲撃音にも耐えられない。精神科医が見ればどう考えても離れるのは当然であるだろう。

あれだけ好きで、あれだけ打ち込んで、兄との唯一の繋がりとも言える戦車道は一瞬にして苦痛以外の何物でもなかった。

 

殆ど家出のような、母にすら碌に説明も無いまま家を出て、戦車道の無い大洗女子学園へ転入することになった。

そこで新しい生活を、戦車道以外の新しい道を探そうとしていた矢先に今回のことである。

 

戦車道が無い学校に転入してきたのに、新学期になったら何故か戦車道が二十年以上振りに復活するという。

新しく出来た友達は戦車道に乗り気で、生徒会を名乗る先輩達は脅しまで浸かって戦車道に勧誘してくる。

 

 

そんな状況でみほが感じるのは絶望以外にない。それは当然だ。

戦車道が嫌で逃げてきたのに、別の道を探すために実家から家出までして転入までしたのに、結局変わらないだろうか。逃げても逃げても、西住と言う名からも、血筋からも逃げられないという事を突き付けられたと同義である。みほの目は虚ろだった。

 

そんな状況でも、自分に不利になるかもしれないというのに、それでも手を差し伸べてくれる人がいた。

友達になって日も浅いのに、戦車道をやりたくないと言ったらじゃぁしょうがないか、と笑ってくれる人達だ。その人達は今自分の隣に立ってくれている。自分を傷付けようとする存在から自分の立場が悪くなることも厭わずに守ろうとしてくれている。

 

だからこそみほは思った。

自分の口から、断るにしろ受けるにしろ言わなければならないと。

 

多分、この場に一人でいたら何も答えられなかっただろう。

呼び出しだけで怖くて震えていたぐらいだ、相手の態度に呑まれていたかもしれない。

 

「あ、あのっ……!!!」

 

勇気を振り絞って、四人の言い争いに負けないように大きな声をだして。

それに皆がみほに視線を向ける。

 

それだけでみほは気圧されてモノを言えなくなりそうだった。

 

「私っーーー!!」

 

知らず知らずのうちに、華と沙織の手を強く握り締めていた。

二人がみほの握力に内心ビビりつつも、手を離さなかったのは、みほが手を握り締めてきた理由を察したからかもしれない。

 

(言うんだ、戦車道は出来ないって)

 

そう言おうとした時、兄と最後に交わした会話をふと思い出した。

 

 

 

「大丈夫だって。別に一生のお別れって訳じゃないしさ」

 

「や”だぁ”ぁ”ぁ”!!お”兄”ち”ゃ”ん”どこ”に”も”い”っ”ち”ゃ”や”だぁ”ぁ”ぁ”!!!」

 

兄に縋り付いて、何があっても離れるもんか、離されてやるもんか、とありったけの力を込めて。

鼻水と涙でぐしゃぐしゃになった顔を兄に擦り付けて。

 

そんなみほに兄は優しく言った。

 

「みほ」

 

「う”ぅ”」

 

「みほは戦車、好きか?」

 

「う”ん”」

 

「兄ちゃんも戦車大好きでさ。だから戦車道の為に勉強しに行くんだよ」

 

「う”ぅ”っ」

 

「みほも戦車道、やりたいんだろ?」

 

「う”ん”」

 

「じゃぁ、兄ちゃんも戦車道やってるんだから、その内また会える。男の俺が戦車道をやるってのは凄い難しいことだけど、それでも兄ちゃんは諦めないで戦車道、続けるからさ」

 

目にいっぱいに溜まった涙で、前が良く見えなくても、兄が優しい顔でみほのことを抱き締めながら。

 

「みほも諦めないで、戦車道を続けてみてくれ。そうしたら、必ずいつかまた会える日がくるからさ」

 

あの時の、兄との約束を思い出して。

 

 

 

 

一瞬言葉に詰まってから。

 

「戦車道、やります!!!」

 

その言葉に驚いたのはみほだけではない。

華も、沙織も、杏も顔には出さないが内心とても驚いていた。

 

「ええぇぇぇ!?!?」

 

「みほさん!?」

 

「良かったぁ……!」

 

全員が目を見開いて驚いているのが分かる。

 

みほが生まれて初めて、自分の意志で歩む道を選んだ瞬間だった。

きっかけが何であろうと、兄との約束があったからだとしても、それが同じ戦車道というものであっても。

 

今この瞬間に、みほは自分で自分の道を選んで、歩くという事を決めたのである。

 

「い、いいの!?戦車道、嫌なんじゃなかったの!?」

 

「そ、そうですよ!あれだけ嫌がっていたのに……」

 

「もしかして私達に気を遣ってない?」

 

「そうです、私達の事も、生徒会の方々が言う事も気にする必要は無いんですよ?」

 

そうやって言ってくれる二人にみほは心の底から温かいものが溢れてくるのが分かった。

そして友人にとても恵まれたことも同時に理解した。

 

 

 

「ごめんね……、言ってる事がバラバラで、無茶苦茶で。でも……。だけど、これでいいの」

 

「だけどーーーー」

 

「二人がいてくれるから。私は大丈夫。うん、絶対に大丈夫」

 

上手く笑えているだろうか?

でも、多分、今までの自分より絶対に良い笑顔を浮かべられている筈だ。

 

そんなみほを見て沙織と華は決心した。

 

「分かった」

 

「えぇ、分かりました」

 

二人はポケットから折り畳まれた履修届を取り出す。

そして生徒会長執務机の上の、ペン立てに入っていたボールペンを引っ掴んで書く。

 

「普通科A組武部沙織!」

 

「同じく五十鈴華」

 

「「戦車道、やります!!」」

 

それはもう、堂々とした宣言だった。

 

それを見て杏は、にっ、と笑みを浮かべて。

三人の履修届を受理する。これで後戻りはどうやっても出来ない。

 

みほは自分の過去のトラウマに立ち向かい、乗り越えていかねばならなくなった。

それは途轍もなく辛いだろうし、決して楽な道のりであるはずはない。

 

それでもみほは、大丈夫だと思った。

だって隣にはこんなに頼もしい、友達が居てくれるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

「二十六人、ですか。よく集めましたね」

 

常明は驚いていた。

最低二十人は欲しい、と言ったが、まさか二十六人も集めて来るなんて思ってもいなかったからだ。

最悪四人づつで割って誰かしらに役割を兼任させるか、とさえ思っていたぐらいである。

 

「これで、本格的に指導して頂ける。それで宜しいですか?」

 

「えぇ」

 

常明は笑みを浮かべて頷いた。

 

 

 

 

「これが履修者の新しいリスト、ですか」

 

「はい」

 

履修者のリストを見て、常明は厳しい表情を浮かべる。

想像通り戦車道経験者はたったの一人だけ。それ以外の全員は戦車道に関して超が付くほどのド素人達ばかり。引き受けたは良いが、指導する立場としてはこれ以上に厳しいものはない。というかこんな状態で戦車道の指導をするのは世界中を見ても常明が初めてだろう。

 

「やっぱり、厳しいですか」

 

「そうですね。まぁ、でも寧ろ変に経験者が居るよりも初心者ばかりの方が良いかもしれません」

 

杏はそれを不思議に思った。

だって普通なら経験者を指導する方が楽、と考えるものだ。

その疑問を常明に聞く前に、彼は履修者リストの一人を見つめている。

 

「全員初心者、だったら流石に厳しかったかもしれませんが、そうではない。……この生徒が、ここにいるのも今知って大分驚いているんですが、それ以上にどうやって戦車道を履修させたんです?」

 

その質問に杏達はすぐに誰の事を言っているのか理解した。

 

西住みほ。

彼女はある理由で戦車道から離れ、そして戦車道の無いこの学校に転入してきたのだ。その事実は、常明も当然知っていた。

 

 

「戦車道をやる、というのなら絶対に必要な人材です。説得したんです」

 

「……説得ねぇ」

 

そう呟いた常明の目は、杏の瞳を射抜いていた。

何故か杏は、彼相手に隠し事が出来ないような気がした。あの目は他者を見透かすものだ。

油断していたら、こっちの内心を全部見透かされてしまうかもしれない。

 

まぁ、なんにしても脅迫して勧誘しました、なんて口が裂けても言えるわけが無い。

口には出していないが、杏は常明がみほの兄であると言う事を分かっていた。妹さんに酷いことをしましたと言う事でお兄ちゃんの不興を買ったら堪ったもんじゃない。

 

「まぁ、いいでしょう」

 

お茶を一口飲んで、常明は保有戦車のリストが無いことを不思議に思う。

 

「保有する戦車のリストが抜けていますが……。どこに?」

 

「あー、えー、っとですね……」

 

それを聞かれた途端に杏は急に歯切れが悪くなった。当然であるがそれに常明は不信に思う。

隠しても意味は無いだろうし、戦車道に於いて全権を渡した常明には、正直に話す以外にないか、と杏は諦めて話した。

 

「書類上、何両かの戦車はあるらしいんですが……」

 

「なるほど、その場所がどこなのかが分からない、と言う事ですか」

 

「はい……」

 

「あまりにも行き当たりばったり過ぎる気がしますけども、まさか何の考えも無しに始めようって訳じゃないですよね?」

 

その問いに杏は内心、びくついていた。

その通りだったからである。

 

常明も事前に話を聞かされていたとは言え、まさか完全に戦車がどこにあるのか分からない状態である、というのは想定外だった。

 

「戦車道開始初日は、戦車の捜索から始めようと思ってます。大体の場所は分かってますから」

 

「まともな保管をされていない上に、その辺に放置されていた戦車をすぐに動かせるとは到底思えませんが、まぁ二日ぐらいは整備に充てる必要があるでしょうね」

 

「自動車部が既に動いてくれています。戦車倉庫の中にあった四号も、既に整備済みです」

 

「は?」

 

杏の言葉に驚く常明。

そりゃそうだ、二十年以上も整備どころか碌な保管方法で保管されていなかったのに、それが昨日の今日でもう整備が終わっているなんて誰が考え付くだろうか。

実際に見たわけじゃないが、少なくとも五日ぐらいは掛かる筈、と予想していただけに開いた口が塞がらない常明。

 

「それと、三号戦車も自動車部がなんか勝手に弄繰り回していましたけど……」

 

「……まぁ、構いませんよ。何と言うか、良い意味で予想外だな」

 

整備能力がここまで高いとは、常明にとっては嬉しい誤算だった。

 

 

 

 






娘よりも同人誌を描かれた女。
今作では早めに家元襲名してるぞ。


サメさんチームを初期からブッコんでいくスタイル。
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