アリウスの象徴は今日も死んだ顔で仕事をしている 作:ロリコンではない。好きな子がロリなんだ。
だから何だって話ですよね。
ちなみに、ちゃんと話を書くにあたって6話のあとがきに書いたような流れや社畜の考え方等はそこそこ変わってます。あの時は結構適当だったので流石にね。社畜にもちゃんと人としての感性とかあるからね。勘違いはするけど、むしろキヴォトスだと常識人側だからね。
ポツンと一人、殺風景な部屋に留まっている。たった一つの椅子しかない、独房すら生温い伽藍洞。そこに窓という存在は無く、なるほどどうして息が詰まる。
AL-1Sを連れてくると言っていたリオとトキが居なくなって早数十分、俺は暇だった。シミでもないかって何もない部屋を隅々まで見渡しちまうくらいには。結局、部屋を監視する監視カメラくらいしか見当たらなかったが。
恐らくはそうスムーズに事が運ばなかったのだろう。戦闘にでもなったか、話が長くなったか、どうやら向こうはAL-1Sの事をあまり知らないようだしな。突然連れ去られるなんてことになったら引き留めようとするのは当然か。
だが、リオもリオでちゃんと説明はする筈だ。無言で周囲を殴り飛ばして連れてくるようなヤツではない……話すのが上手いかと言われれば少し首を傾げるけど。トキも多分リオの指示の下でしか動かないしなぁ。うむ、少し心配だ。
まあ、待っていれば来るだろう。トキはアビ・エシュフも持っていったようだし負けるとは思えない。
そう考えていると、持っていた通信機に通信が入った。
『聞こえているかしら』
「……聞こえてる」
『AL-1Sの確保に成功したわ。今そちらに向かっている』
「……了解」
それだけ伝えたリオはそのまま通信を切ってしまった。おい、情報が少ないぞ。たしかにこっちに向かってはいるんだろうけどさ、もう少し何か教えてくれてもいいじゃん。これ、世界規模の大事なミッションなんだろうが。もっと話せよ。
「待たせたわね。この子がAL-1Sよ」
俺の待機していた独房もどきの部屋に押しかけてきたリオはそう言って扉の前から退いた。そこには長い黒髪を床まで垂らした一人の少女が居た。失意の底にあるような、暗い表情をしながら。
「……」
は?
きっと、俺の心の声が漏れなかったのは偶然だ。呆気に取られて声も出なかっただけなのかもしれない。それくらい、意味が分からなかった。
コレが、キヴォトスに終焉を招く兵器だと?冗談じゃない。こんなの、ただの人間にしか――
いや、事前にある程度の説明は受けていた。だが、実際に目にすると本当にそうなのかと疑いたくなってくる。そうか、そういう目的なのか?人同然の素振りをすることで人に擬態しているのか?見た目が愛らしい少女の姿をしているのも好意的に見られるためか?悲しそうな表情をしているのは同情を誘うためか?
だとするのなら、どうしてそれを今も続けている……?正体を知っている俺達相手に取り繕う必要はない。なら、これは……。
「私はこれから準備に取り掛かるわ。予定通りAL-1Sはこの部屋に隔離する。貴方はどうする?まだ仕事まで時間があるわ」
「……」
無言だ。AL-1Sはずっと喋らない。静かにただ俯いている。
「……どうせすることもないのなら、私はここでAL-1Sの監視を続ける」
「そう、分かった。監視カメラは回しているけれど、貴方から見て何か少しでも異変を察知したら遠慮なく連絡してちょうだい」
「……了解」
リオはコツコツと足音を鳴らして去っていく。ちょっとやそっとじゃ壊れないであろう厚さをしている扉はガチャリと大きな音を立てて閉まった。これで部屋には俺とAL-1Sのみ。
「……AL-1S、取り敢えずここに座って」
「……」
たった一つの椅子から立ち上がり、座るよう促す。相変わらず無言のままだが、どうやらこちらの声が聞こえていない訳では無いようだ。恐る恐るといったようだが椅子に座る。
見たところ武器は無い。連れ去ってくる時に武器まで持ってくる必要は無いし下手に抵抗されても困るからそれは妥当か。少し揺さぶってみよう。
「……AL-1S、目的は何?何故世界を滅ぼそうとする?それで得られるメリットがあるの?」
「わ、わかりません……」
質問には答えてくれるらしい。それにしても分からない、か。核心的な部分をそうやすやすと答えてくれるとは思ってもいないが、この様子だと本当に分かっていない可能性が高そうだ。
「……やっぱり人間を皆殺しにできればそれでいいの?」
「あ、アリスは、そんなこと……」
声が震えている。やはり、コイツがやりそうには見えない。完璧な擬態だとしたらお手上げだが、暴走の前と暴走中では意識が異なると考えるべきだろう。つまり、今のこの対応は素の状態であると考えるべきか。そうでないと周囲を危険にさらした説明がつかない。
「……アリス?」
「アリスは、アリスの名前です。モモイが、友達が付けてくれたんです……」
なるほど、AL-1Sだからアリス。単純だが洒落た名前の付け方をしている。リオも見習ってほしいくらいだ。
「……仲が良かったんだ」
「……はい。アリスにゲームを、友達を、楽しいという感情を、いろんな事を教えてくれました」
そう語るアリスの表情は今にも消え去りそうなくらいに儚くて、全てを諦めていた。大切な思い出を思い返すように、かつての日々に思いを馳せるように、もう取り戻せないと理解して。果たして何を言われたのだろうか。自分のことをどう思っているのだろうか。
胸に抱える感情が滲み出ている。不安、恐怖、諦念……それはすぐ目の前にいる俺から見ても分かるくらいに、どうしようもないくらい、人間らしい。俺なんかよりも、リオよりも、トキよりも。
キヴォトスを滅ぼすはずのロボットがソイツを壊そうとしている俺達の誰よりも人間らしいだなんて、いったいどんな皮肉だろうか。
「……アリス」
「なん、ですか……?」
「……少し、話をしよう」
アリスはようやく俺を見た。その瞳はどこか戸惑っているように思える。
「……このまま何もない部屋で黙って
「……っ」
アリスはグッと何かを堪え、そのままゆっくりと俯いてしまった。投げかける言葉を間違えたかと少し反省していると、アリスは堰を切ったように話し始めた。
「……アリスが目を覚ました時、アリスの周りにはみんながいました。モモイと、ミドリと、先生が。ゲーム開発部という所でゲームを知りました。そこにはテイルズ・サガ・クロニクルというゲームがあって、アリスは――」
「……」
ゲーム開発部のこと、ゲームのこと、先生のこと、セミナーのこと、エンジニア部のこと、C&Cのこと……思い詰めたような表情だったアリスは、話が進む度に悲壮感が薄れていった。
いつしか心の底から楽しそうに、大切な思い出を共有したい子供のように、俺が何を言わずともポンポンと次の話が飛び出していくようになっていた。
俺はそれを聞いて、相槌を打って、たまに質問をするくらい。聞いている者は俺だけなのに、俺の反応もたったそれだけなのに、アリスの口は止まらなかった。
誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。誰かに覚えていて欲しかったのかもしれない。
長い長い思い出話はどこか一つの物語のようで、けれど物語には終わりがあって。最後には浮かべていた笑みも鳴りを潜め、自分が世界を滅ぼす魔王であると告げていた。それを教えたのは、リオだろう。リオなら非難されることが分かっていても、心を鬼にしてでも言ってのけるはずだ。
何も知らなかったAL-1Sが様々なことを教わり、見て、触れて、アリスとして生きてきた。今その軌跡を知った。本人から教えてもらった。きっと嘘はない。そもそも、俺は特別アリスに興味があった訳では無い。本当に目の前の存在がAL-1Sとは別物なのかを知りたかった。
結果は、言うまでもない。
アリス本人は悪い存在ではないのだろう。裏の顔を隠すためのカモフラージュとして作られたか、はたまた何かのイレギュラーによってこの人格となっているのか、そういう方面に詳しくない俺がそれを見極めることはできない。
けれど、世界を滅ぼす危険性があるのは変わらぬ事実で、その予兆はもう現れている。放って置くわけにはいかない。
……クソだ。やっぱり、どこまでいってもクソだ。
ロボットも、世界も、何もかも。
『貴方、そろそろC&C達が乗り込んでくる。一応いつでも出れるようにしておいて』
突然、通信が入る。リオのその言葉を聞いたアリスはピクリと肩を震わせた。
「みんな……」
「……了解」
俺の返事を聞いたリオは通信を切る。こちらを見つめるアリスの瞳は揺らいでいた。
「……私はロボットが嫌いだ。今すぐにでも滅べば良いとすら思っている。あいつらがいなければこんな戦争にはならなかった。お前がそんな境遇で生み出されることもなかった」
「……」
アリスは黙って聞いている。だが、不安げな表情を浮かべたその顔はもう俯くこともない。
一時の気の迷いかもしれない。憐れな存在に情が移ったのかもしれない。ただのロボットには見えないから、ただの少女にしか見えないから、俺は改めて決意を固めたかっただけなのかもしれない。
俺達の失敗は世界の終わり。何としてでも成し遂げる必要がある。成し遂げなければならない。前からずっと、覚悟していた。
片膝をつき、座っているアリスに目線を合わせる。そして、一切目を離さずに言い切った。
「……私達が、アリスを殺す。キヴォトスのため、みんなのため、大義のため、私達のために殺すんだ。自分勝手な理由ですまない。恨んでもらっても構わない」
これは既に決めていたこと。変更は無い。だから、死んでくれ。最低なことを言っている自覚はある。一人の少女を犠牲にすることを良しとした俺達もまた、クソなんだろう。
だが、アリスの反応は俺の思っているものとは違っていた。
「……いいえ、アリスは恨みません。アリスは、このままだとみんなを傷付けてしまう。アリスの知らない間に、アリスがみんなを殺してしまう。それは、嫌なんです。みんなが大好きだから、アリスは……」
アリスの頬には涙が伝っていた。
「……」
「う、うぅ……ぐすっ……アリスは、アリスはっ……!」
感情が溢れ出してしまったアリスは顔をくしゃりと歪ませて泣き続けている。俺はこれからアリスを殺すこの手で、アリスを落ち着かせていた。
どれくらいの時間が経っただろうか。外からは銃声や爆発音が聞こえる。涙も落ち着き、大人しくなったアリスに対して語りかける。
「……落ち着いた?」
「……はい。……アリスは、勇者になりたかったんです」
「……勇者?」
「ゲームに出てくる、みんなと仲良くなって、みんなを守って、みんなを救って、悪い人を倒して、最後はハッピーエンド……そんな、勇者に……」
「……そう」
それは叶わぬ夢だ。だが、それを口にするのも憚られた。
『アバンギャルド君がやられた。今はトキが応戦しているけれど怪しいかもしれない。応援にきてちょうだい』
何やら切羽詰まっているらしいリオからの通信が入る。そうか、負けそうなのか。アバンギャルド君とアビ・エシュフを身に着けたトキを相手にそこまでの意地を見せるか。
向こうはそれほどまでにアリスという一人の人間を連れ戻したいらしい。
「……了解」
「……っ」
今度はこちらから通信を切る。俺達の目的のためには一刻を争う事態。だが、アリスには伝えておきたい事があった。
「……アリス、アリスが言っていたこと、一つ訂正する」
「訂正、ですか?」
「アリス、お前は周囲のみんなのために自己犠牲の道を選んだ。その感情の大半は諦めかもしれない。本心ではないのかもしれない。でも、それでも、自分のためではなくみんなのための選択をした。その気持ちは本物で、その選択は誰でも出来るわけじゃない」
「……」
俺なら無理だ。泣いて喚いて、暴れ散らかすかもしれない。その覚悟の重みを俺は知らない。想像もできない。したくもない。それを、こんな少女がしてみせた。俺の覚悟なんてちっぽけに見えてしまうような、そんな覚悟を。
「アリス、お前は魔王じゃない。紛れもない勇者だよ」
「っ!!」
勇気ある者。勇者を定義付けるのがそれだと言うのなら、アリスはきっと誰よりも勇者だった。
「あっ……ありっ、ありがとう、ございます……アリスはっ、アリスは勇者になれたんですね……」
「ああ、リオがいくら否定しようと、
泣き止んだ筈のアリスの瞳からはボロボロと大粒の涙が流れていく。それを拭うこともなく、アリスは僅かな微笑みを浮かべて俺の右手をそっと両手で掬い上げた。
「だったら……だったら、あなたはアリスの英雄です」
「英雄?」
「勇者アリスが闇の力に飲まれてみんなを傷付けないようにしてくれる、そんな英雄なんです」
「……」
「だから、アリスはあなた達を恨みません」
強がりだ。事実、俺を見る瞳も俺の手を持ち上げた手も震えている。笑顔だってぎこちない。だが、ここで笑顔を浮かべてみせたアリスに俺は応えなくてはならない。
こんな少女が、世界を、何もかもを恨んでもおかしくないこの少女が覚悟を示したというのなら、大人の俺が覚悟を決めなくてどうする。
俺はアリスの震えた手をまとめ、両手で力強く掴んだ。
「分かった。
「っ、はい!……ありがとうございます……アリスの、英雄……」
一瞬目を見開いたアリスは、ゆっくりと穏やかな表情に変わっていった。
俺はアリスの手を離し、立ち上がる。そして、アリスに背を向けてから後ろを振り返ること無くその部屋を出た。
リオの所へ辿り着くと、リオは怪訝なそうな顔でこちらを見ていた。
「貴方、どういうつもり?アレは世界を滅ぼす兵器よ」
どうやら監視カメラで見ていたらしい。それにこの言い方……もしかしたらあの監視カメラは音声も拾えるのかもしれない。
「……まあ、いいじゃん。リオも薄々分かってるんでしょ?"アリス"は兵器ではないことくらい」
「……」
リオは押し黙る。だが、その顔はこちらの様子を伺っているようだった。
「……大丈夫、ちゃんとやる事はやる。でも、少しくらい救いがあったっていいでしょ。私達が殺すんだから、それくらい」
「そう、ね」
「……それに、下手に追い詰めて暴走させるよりずっといい。合理的な判断ってやつ」
少しだけ茶化すように言うとリオは僅かに眉を上げ、息を吐いた。どうやら心配事は解消されたらしい。
「ふっ、確かに合理的だわ」
「……それで、どこに行けばいい?」
「この建物のすぐ下で戦っているトキを迎えに行ってくれるかしら。今苦戦しているようだし」
「……了解」
そうして俺は駆け出した。
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彼女が立ち去るのを見届けたリオはアリスのいる部屋がある方向へ顔を向ける。次にその視線は監視カメラの映像を映すモニターへと注がれ……深く目を閉じた。
「英雄、ね……」
そうポツリと呟きながら、トキが戦っている建物内部の映像へと視線を移す。体の横にあるその手は強く握りしめられていた。