妹がネット小説書き始めた話、聞く?   作:【ユーザー名】

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身内の恥は、蜜の味(1)

月野アラタが玄関を開けたころには、外はすっかり暗くなっていた。

ネクタイだけをゆるめ、靴下を脱いだまま自室へと向かう。

 

ドアを閉めて深く息を吐き、椅子に腰を下ろす。

ノートパソコンの電源ボタンを押すと、起動音が静かな部屋に響いた。

 

(……疲れたな。今日も長かったわ)

 

癖になった動きでブラウザを開く。

だが、表示された検索履歴にアラタは眉をひそめた。

 

「……?」

 

スクロールしながら目で追う。

 ――「小説投稿サイト おすすめ」

 ――「ハーメルン 評判」

 ――「ハーメルン 個人情報 安全?」

 ――「ハーメルン 身バレしない?」

 ――「ネット 小説 書き方」

 ――「小説 おもしろい 設定」

 ――「ヒロイン 対義語」

 ――「主人公 魅力」

 

スクロールしながら目で追い、思わず小さく笑い声が漏れた。

 

「……これ、どう考えてもカナやろ」

 

この部屋のパソコンに触るのは、自分か、弟のユウマか、妹のカナだけだ。だが、ユウマは大学入学を機に自分のパソコンを買っている。となれば、残るのはひとりしかいない。

 

アラタは履歴をもう少し遡ってみた。

ハーメルンのトップページ。

アカウント作成画面。

「新規作品を投稿する」のヘルプ。

 

「……ガチやん」

 

間違いない。カナは本気で、小説を書こうとしている。

 

「……やばいな。おもろすぎるやろ、これ」

 

ふっと胸の奥が熱くなった。

あの、いつも黙って俺たちの後をついてくるばかりだった妹が。

いつもノートの端っこに、よくわからない紋章みたいな落書きをしていた妹が。

 

「ふふっ……あかん、笑たらあかんやろ……」

 

必死で口元を押さえていると、ノックもなくドアが開いた。

 

「兄貴ー、お湯沸くまでヒマやねん。……って、何笑てんの?」

 

さっと画面を隠して振り向くと、カップ麺を片手に入ってきたのは、弟のユウマだった。

 

アラタは一度、真顔になって問いかける。

 

「ユウマ。お前、秘密守れるか?」

「え、何いきなりシリアスなってんの? やばいサイトでも見てたん?」

「ええから答えろ。お前、秘密守れるか?」

「……まあ、兄貴にそこまで言われたら守るで。なんか重要な話ってことやろ?」

「ああ。俺、今、今年入っていちばん真剣や」

「それ、あんま真剣ちゃう気するんやけどな……。まあええわ。そんなヤバいサイトなん?」

「……ええか。今から、お前が秘密守れるやつやって信じて、この情報渡す。何見ても大声出すな。ええな?」

 

俺の真剣さが伝わったのだろうか、ユウマはゴクっと唾を飲み込んだ。

どうでもいいが、片足重心なのが妙にイラッとする。

 

まあいい、とアラタは満を持して、パソコンの画面を見せた。

 

「え、何これ……ハーメルンってあれやんな、確か小説投稿サイトの。え、兄貴、小説始めるん? てかこれ、そんな重要な話か?」

 

アラタは黙ってユウマの目を見て、もっとよく見ろと顎で促した。

 

「んー、見るんは履歴か。はいはい、なんかアホな中学生みたいな検索履歴やな……」

 

そこまで言ったところで、ユウマの動きが止まる。

瞬時にアラタの顔を見る。その目は、信じられないものを見るかのように大きく見開かれていた。

 

アラタは、ただ黙ってうなずいた。

そうするしかなかった。

 

ふたが開いたままのカップ麺が、スローモーションのように宙を舞う。

次の瞬間、ユウマは、

 

「ブフォォッ!」

 

変な音を立てて笑い転げた。

 

 

***

 

 

何度かの蹴りをお見舞いしたあと、ようやく笑いが落ち着いたらしいユウマが、床に転がったまま口を開いた。

 

「ムリやって兄貴……。俺、明日から普通に過ごされへんで。カナの顔見て、どうしたらええねん?」

「お前、絶対黙っとけよ。俺、今、今年一番ワクワクしてんねんからな。秘密は守れ」

「いや、でもさ兄貴――」

「黙れや。これカナにバレたら、絶対書かんようになってまうやろ。正直、カナって昔から、内向的っちゅうか、引っ込み思案っちゅうか、とにかく『これやりたい』って言い出すタイプちゃうかったやん。だから、俺はずっと心配やってん」

 

アラタは、一度言葉を区切って、少しだけ笑う。

 

「で、これや。あいつが自分から何か始めようとしてんねん。兄としては、応援するしかないやろ」

「……ええ話にまとめようとしてんのはわかるんやけど、その笑い堪えてる顔で言われても説得力ゼロやで」

「ええから黙れ。俺らは兄として、あいつを支えるんや」

 

ユウマも、この案件の面白さと重大さに気づいたらしい。

笑いを堪えつつも、妙に真面目な顔でうなずいた。

 

「で、兄貴。支えるって……具体的に、どうすんの?」

「お前、ハーメルンのアカウント持ってるか?」

「いや、持ってへんけど」

「ほな、まず作れ。このサイトな、感想欄あるやろ。小説にコメント付けられるんや。せやから、俺らでカナの小説に感想書く」

「それってサイトの規約的にセーフなん? グレーちゃう?」

「別に、複アカで評価操作するとかやないから問題ないやろ。俺らはカナには言わん。あくまで一読者としてコメントする。初心者の小説って、基本的に読者少ないやろ? そこに最初から感想付いとったら、それだけででかい。……そういう話や」

「なるほどな。で、このサイトどんなもんなん?」

「うーん、オリジナルもあるけど、二次創作多いイメージやな」

「二次創作ってあれやろ、なんかの漫画とかアニメ元にして書くやつ」

「そうそう。せやからカナも、なんかの二次やるんちゃうかなって思うんやけどな。もし俺らが知らん作品の二次やったら、そのときは予習すんぞ」

「マジかよ……。まあええけど。で、コメントのキャラ設定は?」

「俺は真面目な読者キャラでいく。昔作ったアカあるはずやから、それ使うわ」

「オッケー。ほんなら俺は、ちょいテンション高めで、色々提案する系読者でいこかな」

「なんでもええわ。とにかく最初は固定ファンなんてつかへんやろうし、カナのファン一号と二号は、俺らで取る」

「了解。ほな俺もアカウント作ってくるわ。ちなみに兄貴のアカ名なんなん?」

「剣聖ペンギンや」

「毎回思うけど、兄貴ってほんまネーミングセンスないよな」

「うるさいわ。さっさとアカウント作ってこんかい」

「あーい」

 

生意気な返事を残して、ユウマは自室へ戻っていった。

 

アラタは再びパソコン画面へ向き直り、自分のアカウントを確認する。

懐かしいユーザーネームの横に、昔お気に入り登録した作品名が並んでいた。

 

(大学の頃、こんなん読んでたな……)

 

そう思うと、少しだけ歳を取った気がした。

 

職場の人間関係や締切やら、考えることは山ほどある。

けれど今だけは、少しこの懐かしい作品たちに浸っていたかった。

 

だがその前に、

 

「おいユウマ! ひっくり返したラーメン、さっさと片付けていかんかい!!」

 

 

***

 

 

リビングには、夏休みらしい明るい日差しが差し込んでいた。

 

中学二年のカナは、その空気の端っこに紛れるようにソファに座り、兄のノートパソコンを膝にそっと載せた。画面の明かりだけが、静かな顔を照らす。

 

(兄ちゃんらは仕事と大学か……。今日は誰もおらん。

 ……今日こそ、ちゃんと書こ)

 

胸の奥が、すこしだけ騒がしい。

そのくせ、手足は不自然なくらい静かだった。

 

初めて書く小説で、すごいものが書けるはずなんてない。

でも、自分の頭の中の物語を画面に映すことを考えると、

何か大きなものの入り口に立っているような気がする。

 

そんな気持ちは、もちろん誰にも言わない。

 

ノートの端には、授業中にメモしたアイデアや、なんとなく書いた紋章の落書きが覗いている。自分でも意味はよくわからない。ただ、何か印を残しておきたくなったのだ。

 

ハーメルンにログインし、「小説を執筆する」のページを開く。

このサイトでは、まず本文を一話分書いてから、タイトルページやあらすじを設定する仕様らしい。

昨日はそれがわからず、調べているうちに時間切れになってしまった。

 

(ストーリー……どうしよ)

 

しばらく悩んでから、カナはキーボードを叩き始めた。

昨日読んだ「小説の書き方」のサイトには、まず設定やプロットを考えるといい、と書いてあった。

 

言い回しに何度も悩み、書いては消し、また打ち込む。

気づけば、それっぽい設定メモだけは、ページいっぱいに並んでいた。

 

(……とりあえず、こんなもん、かな)

 

読み返してみると、特別なところは何ひとつない。

けれど、その「何ひとつないもの」を、自分の手でゼロから書き上げた、という事実が、カナの胸を少しだけ誇らしくさせた。

 

震える指で、「保存して編集終了」ボタンをクリックする。

 

画面が数秒固まり、

自分の作品のタイトル編集ページが表示された。

 

(……保存、できた)

 

ごく当たり前の動作のはずなのに、

大きなことをしてしまったような気がする。

誰も見ていないのに、部屋の空気を確かめるように振り返ってしまった。

 

当然、そこには誰もいない。

 

カナはもう一度画面に向き直り、

今考えた設定をどう物語に膨らませるか、ゆっくりと考え始めた。

 

 

***

 

 

夕方。

大学から帰ってきたユウマが、キッチンで夕食の支度をしていた。

エプロン姿で玉ねぎを刻む姿は、一応「慣れている人」のそれだ。

 

カナも、その隣で皿を出したり、野菜を洗ったりと手伝っていた。

 

しばらく、包丁と水音だけが続く。

その沈黙を破ったのは、カナのぽつりとした声だった。

 

「なあ、例えばの話やねんけど……ユウマが小説書くとしてさ。登場人物の名前って、どうやって決めるん?」

 

一瞬、時間が止まる。

次の瞬間、ユウマは盛大に吹きかけて、そこから咳き込み始めた。

 

「げほっ、げほっ、げほっ……!」

「大丈夫? ちょ、包丁持ったまま咳き込むんやめて。危ないって」

 

カナが眉をひそめると、ユウマは慌てて包丁をまな板に置き、手を振った。

 

「ごめんごめん。玉ねぎのせいや、玉ねぎ。で、何やっけ。キャラの名前?」

「そう。適当でええって聞くけど、その適当がどうやるんかって質問やで。作者さんらって、どうやって決めてはるんかなって思って」

「なるほどね。そんなんやったら、キャラの名前ランダムで決めてくれるサイトとかあるらしいで」

「そんな便利なんあるん?」

「あるある。俺の友だちに昔、小説書いてたやつおってな。それで聞いたことあんねん」

「え、ユウマにそんな友だちおるん? 意外」

「おるわ! めっちゃおるわ! 普通におるわ! 高校のときの話や!」

「へえ。ほな、その人はそのサイトで名前決めてたん?」

「んー、こだわりたいキャラは自分で考えるけど、サブキャラとかモブ増えてきたら、だんだんどうでもよくなってランダムで決める、言うてたな」

「なるほどね」

 

話しているうちに、カレーの具材が鍋の中でぐつぐつと音を立て始めた。

あとはしばらく煮込んでからルーを入れるだけだ。

 

ユウマは火を弱め、タイマーをセットしながらぼそりとつぶやいた。

 

「なあ、カナ——」

 

カナは、流しでまな板を洗いながら、その言葉の続きを待つ。

しかし、なかなか出てこない。

 

「何? はっきり言うてや」

 

促すと、ユウマは少し困ったように笑い、それから真顔で言った。

 

「いや……なんでもない。ただな。大きなったなあって思て」

「……何それ。キモ」

「キモないわ! 全然キモないわ! ただ、よかったなーって」

「意味わからんし」

 

ユウマは、いつにも増して挙動不審だった。

ニヤニヤしながら鍋をいじっている姿は、客観的に見ればそこそこ気持ち悪い。

 

(こんなんがモテる世の中、絶対どっかおかしいわ……)

 

カナは、そんなことを思いながら、黙々と食器を洗い続けた。

 

 

***

 

 

夜。

カナが自室に引っ込んだのを見計らって、アラタはユウマを部屋に呼び出した。

 

「で、まだカナの小説は上がってきてへんみたいやけど……あいつ、結局書かへんのか?」

「いや、書くと思うで。さっきも、登場人物の名前付けるん悩んでたし」

「え、あいつって二次創作やるんちゃうんか? ああ、オリ主とか?」

「知らんて。……まあ軽く調べてみたけどさ、わざわざハーメルンで書くぐらいやし、二次の可能性は高いんちゃう?」

「オリ主かぁ。オリ主ねぇ。……うーん、オリ主……」

 

アラタは白湯のマグカップを手にしながら、むうっと唸る。

 

「何やねん。なんかマズいん?」

「いや、別にアカンわけちゃうで? たださ……うん」

「おう」

「これでカナがさ、登場人物とオリ主のBLもんとか書き出したら、俺、あいつの顔まともに見られる自信ないなって」

「げほっ、げほっ!!」

 

ユウマがまた変な方向で咳き込み、笑い転げる。

相変わらず沸点が低い。

 

(いや、そんなことより今いちばん大事なんはカナやろ……)

 

アラタはぬるくなった白湯をひと口飲み、話を続けた。

 

「まあ、ハーメルンやしな。Pixivやないんやから、さすがにそれはない……と思いたい。あ、でも逆にGLならハーメルンにもまあまああるか? あるな。……いやでも、それだけのためにハーメルン選ぶか、普通?」

「知らんて。てか、オリ主出るからって即BLになるわけちゃうやろ」

 

やはりこいつは色々足りないな、とアラタは心の中でため息をつく。

 

「じゃあ逆に聞くぞ。何のためにオリ主出すねん」

「いやそれは……作品の中でなんか活躍させて……」

「で?」

「えっと……登場人物たちと絡ませて……」

「で?」

「いや、でぇ言われても困るんやけど」

「絡んだ先、どうなんねん」

「絡んだ先で……もっと仲良くなる?」

「女子小学生かおどれは」

「なんやねんそれ! 仲良くなるのええことやろが!」

「男と女が仲良うなったら、どうなんねん」

「え、ああ……なるほどな。うん、恋愛になる……か」

「せやろ。ほな、男と男が仲良うなったら?」

「……ああ、恋愛に、なる……いや、ならへんやろ!」

「なるんやって!! それが腐女子の発想なんや!!(偏見)」

「いや、どうやってなるんや。凸と凸やろ」

「はー、ほんまアホやな。大学で何学んでんねん。恋愛するのに凸凹の合体、必須なんか? テトリスできんと恋愛ちゃうんか?」

「いや……そら、そうとは限らん、か。確かに。……ほな、男と男も、仲良うなったら、恋愛になる……んか。ああ、そっか。せやからカナがオリ主もん書いたら、BLになるんやな!」

「……」

 

アラタは、もう一度ぬるくなった白湯を飲み干した。

 

(やっぱりこいつ、致命的に知能足りてへんな)

 

思わず、心の中で二度目の同じ感想を繰り返してしまった。

 

「でもさあ兄貴。もしほんまにBL書いてきたら、どうするん? コメント欄で何て言うん?」

「そんなん決まっとるやろ」

 

アラタは即答した。

 

「『キャラ同士の感情の流れが丁寧で良かったです』や」

「肯定する気満々やんけ!」

「当たり前や。兄としては、どんなジャンルでも全力で褒めるのが仕事やろ」

「妹バカの鑑やな……」

 

ユウマは感心したように、そしてちょっと呆れたように笑った。

 

「まあ、BLはさておきや」

「さておかれた」

「ジャンルが何であれ、あいつが自分で考えて、自分で選んだもんやったら、それでええと思うねん。俺らは口出さん。ただ——」

 

そこで言葉を切り、アラタはニヤリと笑う。

 

「読者としては全力で口出しする」

「結局口出すんかい」

「読者のコメントは自由やろ」

「なるほどな。せやから剣聖ペンギンとしてはガチ講評、俺はテンション高めの感想、ってわけやな」

「そういうことや」

 

ふたりの間で、自然と拳がこつんとぶつかった。

 

「……にしてもさ」

 

ユウマがベッドに倒れ込み、天井を見つめたままぼそっと言う。

 

「カナ、よう自分から書こう思たよな。あいつ、なんかやりたいって言うタイプちゃうかったんに」

「……せやな」

 

アラタも、同じ天井を見上げる。

 

「だから余計に、おもろいんやけどな」

 

天井の白さが、少しだけ眩しかった。

 

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