妹がネット小説書き始めた話、聞く?   作:【ユーザー名】

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千里の道って、東京ドーム何個分くらい?(4)

俯いたまま、アラタはテーブルの縁を指でなぞり、小さく息を吐いた。

考えをまとめるように間を置いてから、ぽつりと呟く。

 

「……ごめん。なんかカナちゃんの小説、読んどった気はすんねんけどな。ショックがでかすぎたんか、内容がぜんぜん頭に入ってこんかったわ。なんやろ、一瞬で一ヶ月くらい時間すっ飛んだみたいな感覚で、話がまるっと抜け落ちとる」

 

向かいに座るユウマも、同じように虚ろな目をして、力なくうなずいた。

 

「せやな……俺もや。なんか急に一ヶ月くらい過ぎたような気ぃするわ。あれや、この感じ……一ヶ月と十日くらい、丸ごとぶっ飛んだ感覚やな」

「ああ、多分そんくらいやわ。で、どんな話やったか、覚えとる?」

「えーっと……確かやな。急に文音ちゃんと瀬戸くんが、同棲し始めた感じやった」

「嘘やん。それは階段二、三段どころちゃうやろ。飛ばしすぎや」

「いや、ほんまやって」

「マジで言うてる? あれ、文音ちゃんっていくつやったっけ。大学生やったか?」

「いや、中二やな」

「……犯罪やん」

「え、でも瀬戸くんも中二やろ? ほなセーフなんちゃう?」

「あ、瀬戸くんも中二か。ならセーフか……ってなるわけあるかい。てか文音ちゃん、実家住みちゃうかったっけ?」

「せやな。確か普通におかんおったわ」

「それ同棲ちゃうやろ」

「……確かに」

「せやけど、そうか。おかん出てきたんか……」

「ああ、出てきたはずや。なんや、カナちゃんも自分がおかんおらんくて、寂しいんかな」

「まあ、カナちゃんまだ中二やしな。あの年でおかんおらんのは……やっぱ寂しいんちゃうか……」

 

その言葉を最後に、二人の間に静かな空気が落ちる。

さっきまでの軽口が嘘みたいに、二人の間の空気がしんとした。

アラタは気まずさを振り払うように、わざとらしく話題を切り替えた。

 

「なあ……おかんがいなくなって、もう二年にもなるんやな」

「せやな。ほんまあっという間やったわ」

「……あの頃、カナはまだ小六やったもんな」

「せやな。あんなちっこい頃に、おかんおらんようなってもうて……」

 

また沈黙。

しばらくして、アラタが苦笑混じりに口を開く。

 

「……なんか自分で言うてて思うけど、この会話やと、おかん死んだみたいやな」

「せやな。俺も思ったわ。普通におとんの海外赴任についてっただけやのにな」

「なあ、お前、カナの小説のこと、おかんに言うた?」

「いや。兄貴が誰にも言うなって言うたやろ。せやから、おかんにも言うてへん」

「ああ、それで正解や。おかんに言うたら、絶対ややこしなる」

「わかる。カナちゃん、絶対拗ねるで」

「ほな、とりあえずこれは秘密のままやな」

「せやな」

 

二人は短くうなずき合い、その話題にそっと蓋をした。

 

「……で、何の話やったっけ」

 

沈黙に耐えきれなくなったように、ユウマがぽつりと聞く。

 

「カナちゃんの小説や」

「あ、せやったわ」

 

アラタは軽く頭を振り、気持ちを切り替えるように背もたれに寄りかかった。

 

「おかんのことは一旦ええねん。いや、どうでもええわけちゃうけど、今は置いとこ。それよりカナちゃんの小説や。なんやかんや言うてるうちに、ちょっとずつ思い出してきたわ」

「おん、俺もや」

 

アラタは眉をひそめ、溜め込んでいた不満を吐き出すように続ける。

 

「いやな、言いたいことは山ほどあるんや。ほんまに色々。でもな、これだけは言わせてほしい。なんで俺、文音ちゃんの家族から完全に省られとんねん。俺、いらん子なん?」

「いや兄貴はまだマシやろ。俺なんか小学生扱いやで!! なんなん、カナちゃん目線やと俺は永遠の小学生なん?」

「お前はまだ登場しとるだけええやん!! 俺なんかもう出番ゼロやで。意味わからんTシャツだけ残して消えた兄や。こんなん、家に瀬戸くん用の部屋作るためのギミックやん!!」

「あ……」

 

言葉に詰まったユウマが、思わず気まずそうな顔を向ける。

 

「……いや、そんな可哀想なもんを見る目で見るなや」

「……なんか、ごめん。せやな。俺はまだ出とるだけマシかもしれんわ。……いや待てよ。実は弟くん、まだ俺やない可能性もあるやん」

「いや、弟の名前、悠真(ゆうま)やったやろ」

「……せやったな。え、ほんなら俺、テレビアニメ真似して踊ってるようなキャラなん?」

「まんまやん」

「……せやったな」

 

短い沈黙のあと、アラタが自嘲気味に笑う。

 

「……いやほんま、お前はまだ出番あるだけマシや。俺なんて、謎のTシャツと部屋だけ残して存在抹消されとるんやで。代われや」

「それ、カナちゃんに言うてや。てか、その謎のTシャツってなんなん。あれ、ほんまに持っとるん?」

「……ずっと前に、梅田の古着屋で買ったやつや。たぶん、俺の部屋のどっかにある」

「あ、ほんまにあるんか。あれ何なん? We’re The Titsって、ほんまに俺たちはタイツですって意味なん?」

「なわけあるかい」

「ほな何なん」

「……自分で調べろ」

「えー、焦らさんと教えてーな」

「お前が今手に持っとる機械は何や。飾りか」

「ほんま兄貴、ケチくさいわ」

 

ユウマはぶつぶつ文句を言いながらもスマホを取り出し、検索欄に文字を打ち込む。

数秒後――画面を見た瞬間、堪えきれんといった様子で噴き出した。

 

「っ……ははっ……!」

 

「え、兄貴、なんでこんなTシャツ買ったん? Titsっておっぱいやん。これどんな顔して着るん? あ、胸元にWe're The Titsって書いてあるってことは、あれなん、おっぱいが自己紹介してるってノリなん? やばいな、それ聞くとおもろいやん。あれやろ、外国人が漢字の入ったTシャツ見てカッコいいって思って買うけど、実はめちゃくちゃダサいみたいなパターンの英語版ってことやろ? めっちゃええやん」

「なわけないやろが。We're the Titsで一つのイディオムなんや。俺たちは最高だっていう意味の」

「え、ああ、なるほど? 俺たちはおっぱいだっていうのと、最高のおっぱいだっていうのがかかってるってことやな。やばいな、めっちゃおもろいやん。いやでも、なんで買ったん?」

「死ね」

「いや、急にマジにならんといてって。ってか、そんなイディオムとか誰も知らんやろ普通。あ、あれか、こんなイディオムがわかる俺かっけーみたいな。お前らはおっぱいだと思ってるだろうけど、違う。俺にはわかっとる、みたいな感じなん? あれ、でも結局最高のおっぱいやん。まんまやん」

「……死ね」

「……悪かったって。そんな怒らんといてやもう。いやでもこれ、カナちゃんは意味わかっとるん?」

「……どうやろな。いや多分、わかっとらんのちゃう。わかっとったら小説に出さんやろ」

「ほんならカナちゃんはほんまにタイツやって思っとんのか」

「やろうな」

「……ここは触れんといてあげよか」

「ああ」

 

「……で、内容や」

 

アラタが唐突に言い切る。

 

「おう、急に本題入るやん」

「まあ、あれやな」

「あれ?」

「ああ、なんて言うか……めっちゃこってこての王道で来たな」

「ああ、まあ確かに。アオのハコとかでもあったわ」

「なんやそれ」

「え、知らんの? 最近ジャンプでやっとる漫画や」

「いや、さすがにジャンプはもう追えへんて」

「ああ、まあそうやろな」

 

アラタは少し考える素振りをしてから、首をかしげた。

 

「で、どんな内容なん?」

「うーん……俺も毎週ちゃんと追えてるわけちゃうから、うろ覚えやけどな」

 

ユウマは指を折りながら、思い出すように語り始める。

 

「まずな、バト部の男の子がおんねん。大喜くんって言うてな。で、その大喜くんには好きな子がおんねん。千夏ちゃんっていうんやけど」

「ほう」

「でもな、もう一人おんねん。新体操やっとる雛ちゃんって子が」

「……不穏やな」

「でな、雛ちゃんはな、最初はそんな意識してへん感じやってんけど、実は大喜くんのこと好きやねん」

「もうあかんやん」

「あ、これネタバレやからな。秘密やで」

「今さらやろ」

「ほんでな、あと大喜くんの親友ポジに笠原くんってやつがおってな。こいつがまたええやつでな。そんで――」

「ごめん、ちょっと待って」

 

アラタが手を挙げて遮る。

 

「ぜんぜんわからん。結局なんなん? 三角関係なん? 二股なん?」

「いや、二股とかちゃうやろ。そこはわかるやん」

「ほな、大喜くんが好きなんは千夏ちゃんだけなん?」

「まあ、どうやろな」

「で、大喜くんは千夏ちゃんとくっつくん?」

「いや、それ言うたらネタバレやろ」

「いや、そういうのはええねん。どうせくっつくんやろ」

「そうとは限らんやろ!!」

「知らんて。てか、それとカナちゃんの小説、何が一緒なん?」

 

ユウマは少し身を乗り出し、強調するように言った。

 

「……あれやな。千夏ちゃんもな、親の海外転勤で、大喜くんの家に住むことになるんや」

「それ最初に言えや!!」

「え」

「今までの情報、ほぼ全部いらんかったやろ!!」

「いやいや、そんなんしたらこの話の魅力が伝わらんやん」

「お前の説明でも全然伝わってへんわ」

 

アラタは腕を組み、眉を寄せる。

 

「で、なんで一緒に住むん? 親戚なん?」

「なんやったかな……確か、親同士が仲良いとか、そんな感じやった気がする」

「え、普通に他人やん」

「……まあ、せやな」

「いや、その理由で、娘を同い年の男の子がおる家に預けるか普通? 親御さん、心配ならへんの?」

「大丈夫や。同い年ちゃうで。千夏ちゃんの方がちょっと先輩のはず」

「いや、なんも大丈夫ちゃうやろ。お姉さんやで。むしろその方が色々えっちやん」

「……確かに……!」

 

ユウマはそこで言葉に詰まり、少し間を置いてから、小さくうなずいた。

 

「……いや、何の話やこれ」

 

アラタが我に返ったように、ぽつりと呟く。

 

「同じ家に住むって話やな」

「ああ、せやったな」

 

アラタは腕を組み、天井を見上げる。

 

「まあ王道やわな。理由はようわからんけど、とりあえず同じ屋根の下に住ませるやつや。思春期の男女をあんな距離に置いたら、そら話も動くやろ」

「わかるで。ありがちな展開やろ。お風呂上がりで裸見ちゃったりして、きゃーってなって叩かれるやつやろ。そんで、ほっぺたに手形がつくんや」

「……なんか、その例え、古ない?」

「ほな、寝ぼけて部屋間違えて、いっしょのベッドで寝てまうとか」

「それも古い」

「いや、でも王道ってそういうもんちゃう?」

「まあ……確かに。……いや、待てよ」

 

アラタがふと真顔になる。

 

「どしたん?」

「これ、少女漫画やんな」

「……多分な」

「お前が想像しとるの、少年誌のラブコメやろ。でも少女漫画やったら、視点が逆になるんちゃうか」

「……え」

 

ユウマは一瞬考え込み、嫌な想像に行き着いたように顔をしかめる。

 

「俺ら、これから瀬戸くんのお色気シーンを読まされるん?」

「……可能性はあるな」

「風呂上がりの瀬戸くんのおっぱいがチラリとか」

「ああ」

「寝起きの瀬戸くんのパンチラとか」

「ああ」

「朝になって固くなった瀬戸くんの瀬戸くんとか」

「……いや、それ以上はさすがにR-18ちゃうか」

「え、朝立ちくらいで?」

「……確かに。それくらいはセーフなんか? いや、わからん。男女変えただけでようわからんくなるな」

「……さすがに出してなかったらセーフなんちゃう?」

「え、そこ基準なん? 生々し過ぎん?」

「確かに、需要なさそうやな。……いや逆に、そこがええって読者もおるんか?」

 

少しの沈黙。

 

「……え、俺ら、これからそういうシーンにコメントしていくん?」

「……覚悟は、要るな」

「……やな」

 

二人は同時にため息をつき、椅子の背にもたれた。

これから始まるであろう展開の重みを、ようやく実感し始めたところだった。

 




「てかさ」

ユウマがふと思い出したように眉をひそめる。

「千里の道がなんとかって言うてたやん。あれ、結局なんやったん?」
「……わからん」

アラタは即答した。

「いや、なんでわからんねん」
「たぶんやけどな」
「たぶん?」
「一ヶ月前やったら、ちゃんとわかっとったんやと思うで」
「おう」
「……で、そのセリフ、たぶんお前が言うたやつや」
「いや雑!!」

ユウマが思わず声を張り上げる。

「俺の扱い、雑すぎん? 俺かて、そんな意味わからんこと急に言わんて」
「いや、テンション的にお前やろ」
「偏見やん。てか、兄貴も似たようなもんやろ」

アラタは少し考え込むように顎に手を当てる。

「ほな聞くけど、お前、千里の道ってどんくらいかわかっとるん?」
「あー……えっとな……」

ユウマは視線を宙に泳がせ、記憶を掘り起こそうとする。

「千里の道って……うーん……東京——」
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