妹がネット小説書き始めた話、聞く?   作:【ユーザー名】

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身内の恥は、蜜の味(2)

翌日、夏休みの午後。

 

リビングには、少し冷えたエアコンの風と、遠くで鳴く蝉の声だけが流れていた。

 

カナは、ソファの端っこにちょこんと座り、兄のノートパソコンを膝にそっと載せる。

しばらく画面と睨めっこしたあと、胸の前で小さく拳を握って、そっと深呼吸をした。

 

(……今日は、ちゃんと本編書こ)

 

昨夜メモした設定ページが画面に並んでいる。

 

(……地味やなぁ)

 

自分で書いておいて、そう思う。

でも、カナは「地味なところ」から始めたかった。

一番最初は、ちゃんと教室から。ちゃんと廊下から。ちゃんと、いつもの日常から。

 

昨日、風呂上がりにスマホで検索したワードが頭をよぎる。

 

(……やるしかないやろ)

 

カナは、意を決してカーソルを本文欄の先頭に合わせた。

 

そして、ゆっくりと打ち始める。

 

キーボードを叩く小さな音が、静かなリビングに規則正しく響いた。

文字が、少しずつ画面を埋めていく。

 

(……うわ、くさい。めっちゃくさい。けど……)

 

顔がじんわり熱くなる。

それでも、指は止まらなかった。

 

(……このセリフ、はいらんかな……でも、なんか言いたい……)

 

言い回しに悩みながらも、カナは書き続ける。

 

そこで一度、手を止めて全体を読み返した。

 

(……やっぱり、くさい)

 

恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。

だが同時に、胸の奥がじんわりとあたたかかった。

 

(でも、こういうのが、やりたかってん)

 

もう少しだけ、続ける。

 

カナは、そこで一度指を止めた。

 

(……ここ、ポイント、のつもりやけど)

 

自分で自分の文章に赤面しながら、なんとかまとめに向かう。

 

最後の一文を打ったあと、カナはしばらく固まっていた。

 

(…………)

 

恥ずかしさで死にそうだ。

 

だが、それ以上に——

 

(……楽しい)

 

胸の中で、はっきりとそう思った。

 

そこから先は勢いのままに書き続けた。

どれくらい時間が経ったのか、ふと我に返ると、一話分らしき文字量になっていた。

 

(……もう、ええか)

 

震える指で「保存」ボタンを押し、それから「投稿」ボタンを探す。

一度マウスを引っ込めて、もう一度進めて、今度こそ、えいやっとクリックした。

 

画面に「投稿完了」の文字が出る。

 

(…………ほんまに、やってもうた)

 

ソファの背もたれに、どさっともたれかかる。

部屋の空気が、さっきと少しだけ違って感じるのは、きっと気のせいじゃない。

 

(……誰も読まんやろけど)

 

そう思いつつも、心臓の鼓動は、さっき自分が書いた 文音(あやね) と同じくらいうるさかった。

 

(文音も今、こんな感じなんかな……)

 

そんなことを考えながら、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

***

 

 

深夜。

家の電気がほとんど落ちたころ、アラタはユウマを連れて、自室の鍵をかけた。

 

事前にふたりで決めていたのだ。

「カナが投稿したら、同じタイミングで読む」と。

 

アラタは机の上にマグカップを二つ並べ、ポットから白湯を注ぐ。

 

「まず、この白湯飲め。心、落ち着けるんや」

「なんの儀式やねん」

「どんな小説でも、笑わんための儀式や」

「……せやな。カナの初めての小説や。絶対笑ったらあかんな」

 

ユウマは真剣な顔でマグカップを握る。

さっきまでのふざけた弟の顔はどこにもない。

 

「ええか、どんだけ芳しくても、俺らは読者として盛り上げるんや」

 

軽口を交わしながらも、二人の表情にはどこか緊張があった。

 

事前に履歴から調べておいた、カナのアカウント名を検索する。

アカウント名は「どんぐり饅頭」。意味がわからない。

しかし、それもまたカナらしい。

 

ユウマに合図して、せーので一緒に投稿小説一覧を開く。

そこには確かに、小説が一本だけ上がっていた——

 

「「あった!!」」

 

瀬戸くんは、春風でできている。

作者:どんぐり饅頭


オリジナル現代/恋愛

タグ:青春

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春野文音、中学二年。

地味で、真面目で、新聞部で。

いつもクラスの片隅から世界を眺めることに慣れていた。

 

そんなある日、風といっしょに瀬戸くんが転校してくる。

 

朝の廊下、光の中で笑った彼の横顔が、文音の心臓を忙しくした。

 

記事には書けない胸の音。

新聞部のペン先が追いかけるのは、いつの間にか、彼の笑顔になっていく──。

 

これは、恋なんて知らん中学生の、最初のきらめきの物語。


  第1話 転校生が風邪と一緒にやってきた日

 

「「カナちゃーーーーん」」

 

タイトルページを開いただけで、アラタとユウマのHPは8割が削れた。

それくらい、衝撃的なタイトルページだった。

 

「……ごっつ少女漫画やんけ……」

 

アラタが頭を抱える。

 

「カナ上……お労しや……」

 

ユウマもソファに崩れ落ち、共感性羞恥の波に飲まれて目も開けられない。

事前に白湯を飲んでいなかったら、生き残れなかっただろう。

それくらいの攻撃力があった。

 

「なあ兄貴、ハーメルンって、こんなコテコテ少女漫画みたいなんが流行っとるんか?」

「……なわけないやろ。なんでや。こんなん書くんやったら、他に色々サイトあったやろ」

「やんなぁ。俺も軽くランキングとか見てたけど、オリジナル作品言うたら、もっとなんか凝った設定のやつばっかやったで」

「まあ、せやな。俺も最近は触ってへんからにわか知識やけど……こういうのは流行りがあんねん。現代恋愛もんやと、最近の流行は多分、貞操観念逆転系とかやな」

「なんやその難しそうなジャンル」

「簡単に言えば、男女比が極端に崩れて、男が希少になった世界に転生する話や。せやから女の方がガツガツして、男が奥手になる。そこを取って貞操観念逆転ものや」

「ほえ〜、よう考えるなそんなん。でも、それやと人口とかめっちゃ減らん?」

「だいたいは人工授精で解決するんちゃうか」

「でも、男が生まれる確率は少ないんやろ?」

「せやな」

「そしたら、どんどん男減ってって、遺伝子煮詰まっていくんちゃうの? どうすんねんそれ。あの子もこの子も全部親戚、みたいな。恋した相手は全員三親等内みたいな世界になるで?」

「うるさいな」

「いや、逆にそれがスパイスになるんか。兄妹やと思ってたら実は血繋がってへんかったの逆で、恋人やと思ってたら実は叔母さんでしたみたいな。……いや、それウケるんか?」

「だからええねんてその話は! 小説なんやから、ごっつ不思議な設定あってもええやろがい。お前が昔ハマっとったツンデレキャラやって、現実におったらただのDV女やからな!!」

 

ユウマと話していると、時々どうしようもなく話が逸れる。

わざとやっているんじゃないかと疑いたくなるレベルだ。

 

「まあそれはええ。今はとにかく、カナの小説や」

「ごめんて」

「まず、第1話読む前に、一番気になるとこや」

「あ、俺もそれ思った」

「せやろ。第1話のタイトル……これ、絶対変換ミスやろ」

「ぶふっ……ほんまや。それ気づかんかったわ。風邪といっしょにやってくるって。瀬戸くんウイルスやんけ」

「え、お前が気になっとったん、そこやなかったんか?」

「へ、へっへへへ……いや、別んとこやってんけど……へへへ……あかん、笑い収まらん……」

「うざいからはよ喋れや」

「へへへ、待って、瀬戸ウイルス……瀬戸ウイルス……へへ」

「はよ喋れや!!」

「すまんて。……へへ。いや、俺が気になったんはさ、新聞部のペン先が追いかけるんは、いつの間にか、彼の笑顔になっていくってとこ。これガチやったら、新聞部が週刊誌みたいになっとるやん。今週のイケメン速報みたいな。ごっつうざない。へへへ」

「なんでそんな微妙なとこ気にしとんねん。ええやろ別に、新聞部が瀬戸くんの笑顔追っかけたって」

「せやな。瀬戸ウイルスに比べたら、こんなんなんともないわ。うん。新聞部がイケメンの密着取材とかしてもええやろ。……いやでもそれやったら、逆にスキャンダル欲しならへん? こう、文春砲みたいな。あ、春野文音って名前、そういう──」

「ほんまうっさいなお前は! どこに文春砲狙いでイケメン追い回す中学新聞部がおんねん」

 

ユウマが落ち着くまで、アラタはまた白湯をちびちび飲みながら時間を潰す。

どうでもいいが、「白湯が健康にいい」というのは、実際にはそこまで科学的根拠がない──といったどうしようもない雑学が、アラタの頭をよぎる。

腹立つことに、ユウマに昔指摘され、調べたのだ。

 

(大事なんは水分摂ることと、キンキンの水をガブ飲みせんことや……白湯かどうかは正直どうでもええ……)

 

しょうもないことを考えているうちに、ようやくユウマが呼吸を整えた。

 

「まあええ。肝心なんは小説の中身や」

「せやな。このあらすじから、実は読者の期待裏切って、全然違う展開なったら、めっちゃおもろいんちゃう?」

「いや、このあらすじやと、そもそも読者が付かんのちゃうか……。いや、でも逆に、最近ありふれたジャンルから外す感じでウケるんか……? わからん。兄ちゃんにはカナちゃんがわからん」

「絶対そんな戦略とか考えてへんやろ」

「多分そうやろな。でもハーメルンって、多分読者層的には男多いんよ。そこに少女漫画路線って、逆張りにしてもウケるんか?」

「へー、やっぱ男多いんか」

「ああ。だってよ、前にな、下ネタだらけの小説がランキング上位をずっと維持しとったからな。ああいうのが人気出るってことは、やっぱ男多いんちゃうか」

「なるほどな……。なあ、なんでカナはこのサイト使おう思たんや?」

「わからん……ほんまわからん。こんな真っ黒のサイト、普通は使わんやろ。いや、カナちゃんはちょっと変な子やからな。むしろなんかビビッと来たんかもしれん」

「せやな。……まあとにかく、第1話読んでみんとわからんやろ。あらすじ裏切るすげぇ話出てくるかもしれんし」

「ああ。流石にこのあらすじはネタやろ。兄ちゃんはカナちゃん信じとるで」

 

ユウマに合図して、ふたりは「せーの」で同時に第1話をクリックする。

 

するとそこには——

 

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第1話 転校生が風邪といっしょにやってきた日

 

四月。

校舎のガラスに朝日がきらりと跳ね返るころ、私はいつものように廊下を走っていた。

 

(やば……今日の記事、まだタイトル考えてへん……!)

 

中学二年、新聞部・春野文音。

地味で、背が低くて、よくふわっとしてるって言われるタイプ。

取材メモはぎゅうぎゅうに書くくせに、肝心のタイトルだけは毎回迷走する。

 

(とりあえず職員室行って、昨日のアンケートまとめて……)

 

そう思いながら廊下を曲がった瞬間、

窓から季節の風がふわっと吹き込んだ。

 

髪が揺れる。

スカートが揺れる。

胸の奥まで、少しだけ涼しいものが走る。

 

「……あれ?」

 

廊下の先に、見たことのない男の子が立っていた。

 

白い光に溶け込みそうな黒髪。

長いまつげ。

すっと通った鼻筋。

制服の袖からのぞく手首が、なんか……やたら綺麗。

 

(ちょ、待って……誰?)

 

彼は校舎案内のプリントを持って、少し困ったようにきょろきょろしていた。

 

その横顔を見た瞬間、

私の心臓は新聞部の締切前みたいに慌ただしくなった。

 

「ごめん、ここ二年の棟って……」

 

ふと振り向いた彼の瞳は、朝の教室みたいに澄んでいた。

まっすぐで、びっくりするほど優しそうで。

 

「え、あ……あの……」

 

言葉が詰まり、変な声が出る。

やめてほしい、私の喉。

 

「二年二組って、どこかわかる?」

 

「あ、あそこ……階段上がって右に……!」

 

指をさすと、彼は一瞬目を細めて微笑んだ。

 

その笑顔は、反則だった。

 

なんというか……

春の光そのものみたいで、

ずるいくらい爽やかで、

胸の奥が急にあたたかくなるような笑顔。

 

「ありがとう。助かった」

 

その一言が、なぜかやたら丁寧で、やわらかく響いた。

 

彼が通り過ぎたあと、風が少しだけ遅れて私の髪を揺らす。

 

(…………だれ)

 

笑顔を見ただけで胸が熱くなるなんて、

少女漫画の主人公じゃあるまいし……!

 

いや、今の私は紛れもなく、

こってこての少女漫画の心臓をしていた。

 

 

***

 

 

「文音〜! どこ行っとったん?」

 

教室に入ると、幼なじみの小坂りんが、パンをくわえながら寄ってくる。

 

「はよ、記事の締切もうすぐやで」

「う、うん。でも……あんな、ちょっと……」

「ん? どしたん。顔赤いで?」

「……転校生、来てるで」

「マジで!? どんなやつ!?」

 

 私は無意識のうちに、胸のあたりを押さえた。

 

(うまく……説明できへん……)

 

「……なんか、風といっしょに現れたみたいな……」

 

「????」

 

りんが思い切り混乱した顔をした。

 

そんなことより。

 

教室の扉が少し開き、

担任の先生が顔を出す。

 

「みんなー、新しいクラスメイトを紹介するぞー」

 

(来た……!)

 

教室の空気が、一瞬だけぴん、と張った。

ドキドキしているのは、私だけじゃない……はず。

 

静かな足音。

ゆっくり入ってくる影。

 

そして――

 

私がさっき廊下で出会った、あの春の光みたいな笑顔。

 

「瀬戸葵です。よろしくお願いします」

 

瞬間、窓のカーテンがふわっと揺れた。

偶然かもしれないけど、少女漫画的には完全に演出だった。

 

(うわ……ど真ん中……)

 

一瞬で理解した。

 

これは、新聞部のネタではない。

記事にもならない。

でも、心臓だけは勝手に記事を書き始めている。

 

瀬戸葵。

 

転入初日の彼を見ながら、私は思った。

 

(……絶対、この人……ただの転校生ちゃう)

 

春野文音、中学二年。

この日を境に、

心臓が忙しい日々が始まることになる。

 

 

 

 

「「カナちゃーーーーーーん」」

 

ふたりの叫びは、深夜の月野家の天井にむなしく吸い込まれていった。

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