妹がネット小説書き始めた話、聞く?   作:【ユーザー名】

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いや、そうはならんやろ!(4)

「——ってまあ、そんな感じで兄貴もカナちゃんも俺おいて行ってもうたから、来たんや!」

 

そう宣言して玄関で満面の笑みを浮かべているのは、月野ユウマ。

私服の配達員みたいな格好で、小ぶりの段ボール箱まで抱えている。

これ……配達員のコスプレしてるってことでええんよな?

 

こんなんでも——いや、こんなんやからこそなんやろか、一応、私の彼氏……である。

 

「せやって、いきなりピンポン押してくるか普通?」

そう言うと、ユウマは「あっ」みたいな顔をして肩を落とした。

 

「まあ……ヨウちゃんやったら家おるんかな思て……」

「……まあ、おるけど」

「なあなあ、俺の『お届け物でーす』ってやつ、どやった? めっちゃ上手かったやろ?」

「いや、声でバレるわ。あと、それ知らん人にやったら完全に事案やで」

「え〜、やらんて。でもバレてたんか。せっかく配達員さんっぽい服着てきたんにな……」

 

ああもう。

この男、ほんまに何をしてんのやろ。

時々、なんで私はこいつと付き合ってるんやろって、本気で考える。

 

「それ、私がおらんかったらどうするつもりやったん?」

「え……ほんなら、斎藤くん家行くわ。あいつん家この辺やったやんな」

「いや、斎藤くん彼女とおったらどうすんねん」

「そんなら……玄関まで行って」

「で?」

「……ピンポンして……」

「で?」

「『ほなおおきに』って言うてハンコだけもらって帰るわ」

「……さよか」

 

……ほんまに、どうして私はこいつと付き合おうと思ったんやろな。

 

 

***

 

 

「で、なんで配達員さんのコスプレしとったん?」

 

部屋に入り、ヨウが腕を組んで睨むと、ユウマは「えへへ……」と笑いながら、頭をかいた。

 

「いやな、最初はそんなつもり全然なかったんよ」

 

そう前置きしてから、妙に誇らしげに続ける。

 

「でも家出る時にな、ちょうど鏡見たら、なんか……あれ? これ見たことあるぞ?ってなってん。で、捨ててなかったAmazonのダンボール箱見つけて持ってみたら、あ!! これや!!って、ビビッと来てもうてん」

 

一拍置き、胸を張って言い切る。

 

「ほんならもう、誰かに見せなあかんやろ? せやから今や。今、ヨウちゃんに披露するしかない!!って思って」

 

ヨウはこめかみを押さえた。

 

「……で、なんでうちに来たん?」

「いや、やから兄貴とカナちゃんどっか行ってもうたからやって」

「いやそこはわかるけど、うち来て何するん?」

「え」

「え」

「……なんも考えんと来たん?」

「……まあ、そうとも言うかな」

 

ため息が勝手に出た。

……やっぱ顔なんかな。いや、そんなわけ——ないと思いたい。

私は顔だけで男を選んだわけでは……いや……うーん……。

性格が……いや、うん、可愛いとこもある……はず。

 

「でも俺、ヨウちゃんと遊ぶの好きやねん」

「私別に、おもろないやろ」

「いや、普通におもろいで」

「普通にって何やねん」

「なら、めっちゃおもろいで!」

「……どのへんが?」

「……ムダ毛処理に俺の髭剃り使っとったとことか」

「それは言っちゃあかんやつやろ!!」

 

ユウマは腹抱えて笑っとる。

ほんま、なんでそんな楽しそうなん。

いや、自分でも彼氏の髭剃りお股に当ててる絵面がヤバいんはわかるけど!

でもな、CMであんな深ぞりとか剃り残しゼロとか言われたら、気になるやん!

あかん、思い出したらめっちゃ恥ずかしゅうなってきた。

 

「ヨウちゃん、顔まっかっかやで?」

「うるさい!! 思い出させんな言うてるやろ!!」

 

思わずクッションを投げつけた。

当たった瞬間、ユウマは「ひっ」と謎の悲鳴を上げたけど……まあ、知らん。

 

 

***

 

 

「で、結局何するん?」

 

ヨウがクッションを抱え直しながら訊くと、ユウマはニタァ……と悪だくみ中の小学生みたいな笑顔を浮かべた。

 

「ひひ……あんな、兄貴とカナちゃんをな、尾行しよ思うねん」

「……それ私も参加するん? カナちゃんとは知り合いやからええけど、私、お兄さんのことはユウマの話でしか知らんで。そんな知らん相手を尾行すんの?」

「いや、兄貴なら大丈夫やって」

「大丈夫の基準どこやねん。前に見せてくれた写真、かっこよかったけどめっちゃ真顔で普通にちょっと怖かったで。証明写真みたいやったやん」

「兄貴はヨウちゃんのことめっちゃ好きやから平気平気」

「は? なんでお兄さんが私のこと好きなん?」

「え、普通に俺がヨウちゃんの話よくしとるからやけど」

「待って、どの話した!? 何話した!? 吐け!!」

 

ユウマは「え〜っとな……」と遠い目をしてから、数秒後、さらっと地雷を踏んだ。

 

「……なんやったっけ……釣り行ってイソメ見た瞬間、魚食べられんくなった話とか、激辛麻婆食べたいって言うから行ったんに結局トイレから出てこんくなった話とか、乾いとる下着ないって俺のトランクス履いとった——」

「ぎゃあああああああ!!!」

 

ふざけんなこの男。

お兄さんの中の私、完全にヤバい女やん。

 

「……髭剃りの話は、したんか?」

 

ヨウは震える声で問うた。

 

「おう! 兄貴めっちゃ笑っとったわ。あんなに笑っとった兄貴は——」

「殺ス」

「いや急に怖いて!」

「オマエ、ゼッタイ殺ス!!」

「大丈夫大丈夫、兄貴やで。俺の兄貴」

「……だから心配なんや!!」

 

ヨウの怒気で空気がビリビリする。

ユウマは「ひえっ」と肩をすくめつつ、なぜかちょっと笑っている。

 

「で、お兄さんなんか言っとった? 私のこと裏で髭剃りマンとか呼んでへん!? どうなん!? どうなんや!!!」

「え、それめっちゃ上手いな。今のかけとったんやろ。髭剃りとマン——」

「ええからはよ吐けや!!」

 

ヨウの拳がユウマの枕にめり込み、

ポフッ、と空気が抜ける音が響いた。

 

「いや全然。むしろヨウちゃんのことめっちゃ好きやで」

「ええからなんてゆうとったか吐け!!」

「なんやったかな……なんとかの虫も好き好きとか言うてたわ。意味わからんやろ?」

「意味わからんのはオノレやあああ!!」

 

私はユウマの胸ぐらを掴み、そのままベッドに押し倒した。

ドサッ、と沈むスプリングの音がしたかと思うと、当の本人はまたケラケラ笑っている。

 

「ヨウちゃん、まだお日様出とんで。さすがに早ない?」

「ちゃうわ!!アホんだら!!」

 

そのまま枕を投げ合ったり、ベッドの上で転がったりして、ひとしきり暴れ倒したあと。

ようやく、エアコンのゆるい風と時計のカチ、カチという音だけが部屋に戻ってきた。

 

私は髪を整えながら、ようやく本題に戻る。

 

「で、お兄さんとカナちゃん尾行するって話やけど、ふたりはどこ行ったん?」

「いや……兄貴既読もつけてくれんから、わからんねん」

「ならどうやって尾行すんねん!!」

「いや、なんとなく予想はつくんよ」

 

そう言って、ユウマは急に上体を起こし、どや顔で顎に右手の甲を当てた。

ロダンの考える人のつもりらしい。

 

「手がかりはあんねん」

「ほう」

「最近な、カナちゃんちょくちょく髪先いじっとったんよ」

「ほう」

「あ、髪先って、髪の毛の先っぽのことな」

「知っとるわ。今なんで解説しよう思うたん?」

「で、今って夏やん?」

「……せやな」

「暑いやん?」

「まあ」

「そしたらもうわかるやろ!」

「え? わからんて」

「え、わからん?」

「わからん!」

「それはヨウちゃんがまだまだカナちゃんのこと知らんからやな」

「知らんて。何なん? 髪先いじるってカナちゃんのなんかのサインなん?」

「いや、わかるやろ?」

「わからんわ!」

「なら解説するで。まず、夏は暑い。暑いと頭が——?」

「……蒸れる?」

「そう!!」

「で?」

「で、やることは一つ!」

「帽子買う?」

「ちゃう!」

「日傘?」

「ちゃうちゃう!」

「……え、髪切りたいって言いたいん?」

「正解!!」

 

「いや、ならんやろ!? その発想、完全に男子のやつやん! あと何が髪先やねん! 蒸れるんは地肌やろが!!」

 

ヨウは思わず前のめりになって叫んでいた。

息がぜーはー言うてる。

ほんまに、この男といると肺活量鍛えられる。

 

「いや、そうなんやって」

ユウマは悪びれもせんと、普通の顔で言い返してくる。

「それにな、カナちゃん。前にな? 郵便で来てた美容院のチラシじーっと見とったんよ。あれ、絶対行く気やったで」

 

「ならそれを先に言わんかい!!」

 

ヨウは両手をバサッと広げて天を仰いだ。

 

(あかん……。なんで私はいつもツッコミ側なんや。昔はもっと、清楚で静かで……彼氏の横で微笑んどくタイプやったはずやのに……)

 

「で、その美容院って駅前の新しいとこ?」

ヨウは気持ちを立て直しつつ尋ねる。

 

「いや、ちゃう。商店街の方や」

「え、あそこ客層ほぼオカンのとこやで!? カナちゃんほんまに行くん?」

 

あそこは、

 

「ちょっと短ない?」

「うちの感性やとこれがちょうどええ」

 

という理不尽バトルに負けて、前髪くるんにされて帰される率120%の店である(実体験)。

 

「中学生やし、ああいうとこの方が気楽なんちゃう? ほら、駅前のとこって、モデルさんみたいな子がよう行っとるやん」

 

「……まぁ、わからんでもないわ。クラスの知り合いとかとバッタリ会ったら気まずいしな」

 

「え、なんで?」

ユウマが本気でわからんという顔をする。

 

ヨウはそっと目を閉じ、ゆっくり呼吸した。

 

「……なんでもええねん」

 

 

***

 

 

結局——

 

「ほんなら商店街行こか!」

「まぁ今日は掃除しよ思ってただけやし、行ってもええけど……」

 

ユウマはぱぁっと顔を明るくした。

その笑顔だけは、ずるい。

ほんまに強い。

……やっぱ顔なんか? 顔なんか……?

 

「でも行くならメイクとかムダ毛処理とかせなあかんから、ちょっと待っとって」

「あいあい」

「髪もセットせな……あ〜めんどくさい……なんか行くんめんどくなってきた」

「いや見てみ? 俺の格好。ガチ配達のお兄さんやで。ヨウちゃんも気張らんで大丈夫やて」

「……なあ、私、これから配達のお兄さんのコスプレした彼氏と探偵ごっこせなあかんの?」

「やからヨウちゃんも配達員風にしようや! おそろやで!」

「死ネ」

「あ、ムダ毛処理なら俺の髭剃り——」

「死ネーー!」

 

枕が再び宙を舞った。

ユウマの「ひぃっ!」という情けない悲鳴が部屋いっぱいに反響する。

 

ヨウは額を押さえた。

 

(……なんでやろな。なんでこんなやつと付き合っとるんやろ……)

 

数秒後。

 

(……いや、わかっとるんやけどな)

 

ユウマの、あのアホみたいな笑顔が脳裏に浮かぶ。

……やっぱ顔かもしれん。

いや、顔もやけど。

 

ヨウはそっと化粧ポーチを掴んだ。

 

今日もこの男のせいで、忙しい休日になりそうや。

 

 

***

 

 

その夜、月野家の玄関にて。

 

「——ってなわけでな? これが商店街の福引で当たったパソコンやねん!!」

 

(……いや、そうはならんやろ!)

 

ユウマは、宝箱でも持っとるみたいにダンボールを高々と掲げていた。

額には汗がにじみ、前髪はぺたりと貼りついている。

どうやら本当に、この気温35度の中を延々これ抱えて歩いてきたらしい。

 

「いや、俺もほんまはSwitch 2が欲しかったんよ? でもな、クジってやっぱり運命やん? 残酷やん? 俺でもこれは無理やってん。で、パソコンもう持っとるし、ヨウちゃんも今ので十分って言うし、どうしよ〜ってふたりで困っとったんよ。けどな! カナちゃんパソコン持っとらんやんって思い出してな! そしたらもう、持って帰るしかないやろ!? いやー、暑かったでこれ! パソコンって重いんやな! 俺知らんかっ———」

 

ガサッ。

 

アラタは無言で財布を出した。

そのまま、1万円札をスッとユウマの胸元に押しつける。

 

ユウマの動きが止まる。

漫画みたいに目がまん丸になった。

 

「えっ……兄貴、なんかわからんけどサンキュー!!」

「お前にちゃうわ! その1万はヨウちゃんのために使え。今度どっかええ店にでも連れてったれ」

「よっしゃ! まかせ——」

 

アラタはその瞬間、食い気味に言葉を叩き込んだ。

 

「いや、どこ連れてくかは事前にカナと相談しろ」

 

ユウマの口が「まかせ……?」の形のまま一瞬硬直する。

 

「え、なんでや?」

「ええから。絶対カナに相談せえ」

「いや兄貴、デート連れてく相手はヨウちゃんで——」

「ええから相談せえ」

「いや、でも俺——」

「相談せえ」

「……は、はい」

 

カナも横で腕を組んだまま、無表情で小さくうなずく。

 

「……正しい判断やと思う」

 

ユウマはさらに意味もわからずうなずいた。

 

「え、なんでカナちゃんまで!? 俺なんかした!?」

「してへん。……ただ、ユウマは相談したほうがええタイプや」

「なんか刺さるわそれ!? え、ならカナ、どこがええと思う?」

「エステ」

「えっ、それやと俺一緒に行けんやん!」

「だから」

「え?」

 

カナは表情ひとつ動かさずにそう言った。

ユウマは理解力の限界を超えたのか、「?」が頭の周りを飛んでいるみたいな顔をしていた。

 

その空気を断ち切るように、アラタが指示を出す。

 

「カナ、とりあえず箱から出すのは俺がやっとく。初期設定のとき呼ぶで」

「わかった。ありがと」

「おう。ヨウちゃんのために頑張ってくれ。俺……あの子が不憫でしゃあないわ。あと今度会うときあったら、ちゃんとお礼言っとき」

 

カナはこくりと頷いた。

 

「わかっとる。……この諭吉は無駄にできへん」

 

「それ栄一やぞ」とアラタは言いかけたが、飲み込んだ。

 

2人がリビングへ消えていき、玄関にはダンボールとアラタだけが残る。

 

アラタはハサミでテープを切り始めた。

カラリ、と箱の形が崩れ、段ボール紙がぺたりと広がる。

 

「……ふぅ」

 

静かなため息が漏れた。

 

(これでどんぐり饅頭先生も、俺とユウマがおる休日でも、心置きなく続きを書けるようになったな。)

 

淡々と空箱を折り畳みながら、ほんの少しだけ口の端が上がる。

 

(ほんま、人間万事塞翁が馬やわ……)

 

段ボールを重ねたとき、リビングから聞こえてきた。

 

「カナちゃん! エステってなんなん!? 実はユウマも入れるん!?」

「……入られへんゆうてるやろ」

 

アラタは思わず天井を見上げた。

 

(……まあ、平和が一番やな)

 

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