Resurrection of Rising Sun ~Failed Grand Order 作:神谷萌
トットットットッ……
のんびりしたアイドリング音を立てつつ、惰性でうまいこと、ストーム・ボーダーの乗降口に横付けする。
「ぶつけもせずに停めたなぁ。すごい腕だ」
ジングル・アベル・ムニエルが、感心したように言った。
「どうぞ、足元気をつけてお乗りください」
六四式一〇
この世界においては、大日本帝國海軍は解体されていないはずだが、彼らが着ている制服は、そのものは日本海上自衛隊の意匠になっていた。
「よろしく頼むよ」
ゴルドルフがそう言って、彼と、ムニエル、マシュが、運貨船に乗り移った。
「出しますよ」
操縦席の兵士が、ゴルドルフ達を振り返ってそう言ってから、運貨船はストーム・ボーダーを離れる。
トトトトトトトッ……
池貝ディーゼル製横倒型2気筒55馬力の焼玉エンジンの回転数が上がる。ガソリンエンジンやディーゼルエンジンのような高速ではないが、爆音はそれなりに速い連続音になる。
「へー、本当に
ムニエルが、感心のあまり不躾な大きい声で言ってしまう。
「我が国は
案内役の下士官は、苦笑しながら言う。
焼玉エンジンは燃料の量に対する効率は良いとは言えないが、精錬度の高くない低質油でも動かせる。植物油でも動くし、潤滑に必要な分だけ油を送ってやれば天然ガスでも動く。石油の浪費に不安を感じる日本向きであるとは言えた。
運貨船は以前と同じように、埋立地に挟まれた隅田川河口の延長部分を遡上するかたちで進んでいく。
「はぁ、それにしても憂鬱になるよなぁ」
ムニエルが呟く。
ゴルドルフは険しい表情で、舟が進む先を見ている。
マシュは、2人を視界に入れないようにして、押し黙っていた。
やがて、日の出桟橋の小型船発着場に到着した。
「よっ、と」
デッキ上の兵士と、桟橋側にいた職員とで、舟からのロープを桟橋側に渡し、手早く繋留する。
「到着いたしました。降りる際も、足元にはお気をつけください」
「うむ。礼を言う」
ゴルドルフはいい、渡された板を踏み外さないように桟橋に移る。ムニエル、マシュが続いた。
「お待ちしておりました、汎人類史のムジーク氏」
ゆうだちと、もう1人、艤装の部分は外しているが、ゆうだち同様の、伝統的な海軍軍装に見える衣装を身に着け、肩の部分が機械になっている、おそらくは具現化人格軍艦が、ゴルドルフ達を出迎えた。
「そちらは?」
ゴルドルフが、その長髪の相手を指して、訊ねた。
「はじめまして、ではありませんが、こうして挨拶をするのは初めてですね」
淑やかな女性の口調で、その相手はそう言った。
「と、言うことは、もしかしてあの場にいた……」
ムニエルが、この世界で初めて日本軍に ──── 大和達に接触された時のことを思い出して、少し緊張感を帯びた表情になって言う。
「はい。こちらは空母『翔鶴』さんです」
「以後、お見知りおきを」
ゆうだちが紹介すると、翔鶴が軽く会釈をする。
「ああ、それと、キリエライトさんは、あちらに」
ゆうだちが、そう言って手で示した先に、蘆屋朔が立っていた。
「マシュも別行動なのか、不安だな……立香は脱走したし、カドックもついてきてないし……」
ムニエルが、不安というか不満そうな声で言うと、
「帝都であなた方を危険に晒すことはないと、約束いたしますよ」
と、翔鶴が、女性の表情で凛々しくしつつも、穏やかさも感じさせる表情と口調でそう言った。
「では、参りましょう」
マシュの行った方を見ていたムニエルが、ゆうだちの言葉で慌てて自分達の進む方に戻す。
桟橋のターミナル施設を出ると、2台の自動車が2人の送迎のために来ていた。
「こちらへ」
ゴルドルフとムニエルは、白いKB型 ホンダ レジェンドに案内され、乗り込む。
「高級車での迎えってことは、少なくともそれなりの扱いだと思っていいのかな?」
「クルマが豪華かはともかく、賓客として扱っていると考えていただいて構いませんよ」
座席についたムニエルが言うと、助手席に座った翔鶴が、振り返り、助手席と運転席の座席の間から笑顔を見せて、そう言った。
ゆうだちが乗った前のクルマは、コンパクトカー、昔で言うところのリッターカーだった。ブランド・車名バッジはSUBARU JUSTYになっているが、OEMのトールワゴンではない。今のスバルがコンパクトカーをつくるとこんなデザインになるといった姿をしている。
「賓客という扱いは嘘ではないのだろうが、な……」
翔鶴の言葉で少し緊張を解いている様子のムニエルに対し、相手の “身内” であるゆうだちが乗るクルマがコンパクトカーというところを見ていたゴルドルフは、この後起こるだろう様々な事態を想定し、小さくそう呟いた。ムニエルはそれを聞いて、キョトン、としてゴルドルフを見る。
「出します」
「ああ」
前を向き直した翔鶴に、運転手は告げてから、ATセレクトレバーをDに入れて、衝動を感じさせないように発車させた。
── 重責すぎる……逃げ出したい気分だが、そういうわけには行かないしな……
ゴルドルフは、やや険しい表情で押し黙ったまま、胸中で呟いた。
──── 立香の脱走の翌日、マシュの不全が明らかになってから半日くらい経過した頃。
「キャプテンが管制室を離れて、私室で話とは、なんなのかね」
重要な話がある、と、ゴルドルフの私室にやってきたネモ・キャプテンに対し、ゴルドルフは、
「すでにいやーな予感はしているが……」
と、声に出していいつつ、本題を促した。
「…………どう切り出すべきかわからないから、単刀直入に言おう。ノウム・カルデアのメンバーがストーム・ボーダーから退去する準備をしておいて欲しい」
ネモがそう言うと、ゴルドルフは、唖然とした表情になって視線をネモに向けたまま、凍りついたかのように動かなくなった。
1分が過ぎたぐらいで、ようやく思考が復帰して、
「な、なぜ?」
と、まずは訊き返すようにそう言った。
「連中と戦闘になった時に、真っ先に狙われるからか?」
ゴルドルフはそう訊ねた。ネモは大和と戦うことに自信がない様子で、消極的だったからだ。
だが、
「もちろんそれもある。でももっと根本的な問題があるんだ」
と、ネモは深刻そうな表情で言う。
「今、シオンはストーム・ボーダーを離れている」
「何!?」
ネモに言われて、ゴルドルフはギョッとする。
確かに数時間来姿を見かけていないと思っていたが、報告や作戦会議がある時以外、シオンの定位置は電算室なので、艦から離れている、とは考えもしていなかった。
「もともとシオンは、汎人類史奪還のために個人として活動する道を選んだ。何もかも、そう、家族との絆や、自分のこの先の人生も、全部捨てて……君達、と言うより、 “カルデアのマスター” を助けるために」
「…………」
ネモの言葉に、現実逃避気味の薄い笑みを含んでいたゴルドルフの表情が、緊張した真顔になっていく。
「でも、……立香はそれを放棄しようとしている。だとしたら、シオンがこれ以上、カルデアと行動をともにする必要はない」
「それは、…………確定情報ではないが、まぁ、理屈はわかる」
ゴルドルフは、深刻そうな表情で、そう納得の言葉を出す。
「…………」
ネモにはなにか含むところがあったが、それをこの場で口には出さなかった。
「だが、それと、我々がストーム・ボーダーを離れなければならないことと、どういう関係があるんだ?」
ゴルドルフが訊ねる。
「忘れているかも知れないが、ボクはシオンと契約しているサーヴァントだ。シオンが離脱するとなったら、ボクは逆らいきれない」
ネモがそういうと、ゴルドルフはあっ、と、口を開き、そのまま愕然として固まった。
「ストーム・ボーダーは、ボクの宝具、『ノーチラス』を基本骨格として存在している。マシュがそうだったように、ボクも今、シオンに契約を切られたりしたら、ストーム・ボーダーを維持するのはまず不可能になる。最悪、座に送り返されたら、維持を続ける努力すらできなくなる」
「シャドウ・ボーダーはノーチラスとは独立しているが、水上能力はない……今のうちに、陸上の拠点を探しておく必要がある、ということか」
ネモの説明を受けて、くぐもった声で、ゴルドルフは呟くように言った。
「ボクとしては、最後までキミ達の行く末を見たかったんだけどね」
ニュートラルに見えつつも、いくらかの申し訳無さを感じさせる表情と口調で、ネモはそう言った。
「ああそれと」
ネモが、思い出したように付け加える。
「ダ・ヴィンチにはできれば、相談しないで」
「ああ、それは私もそう思っていた」
ゴルドルフは、深刻そうな表情のまま同意の声を出す。
「あれも基本は、汎人類史の奪還を最優先にするだろうからな……」
「そのあたりの柔軟性が乏しいことを、責めることはできないけどね。今の彼女は、
ネモが、穏やかな口調でダ・ヴィンチをフォローする。
「立香がアリのひと穴になって、カルデアがばらばらになっていく」
ゴルドルフは、呟きながら前髪の生え際を掻くような仕種をする。
「皮肉だな。一番汎人類史に近く見える世界が、最も手強いとは」
ゴルドルフと別れたマシュは、朔につれられて、別のクルマの前にまで来た。
白い軽自動車で、六連星のマークを入れている。
「すみません、公用車出払ってまして、私の私で……」
運転席に向かいつつ、朔は苦笑しながら、そう言った。
「いえ、えっと、……大丈夫です」
マシュは軽く慌てたように返す。
キーレスエントリーで、ドアロックが解除される。
「どうぞ」
「はい、失礼します」
促されて、マシュは自分で助手席のドアを開け、乗り込んだ。
朔がエンジンを始動させようとすると、その音は車体の後ろの方から聞こえてきた。
「出しますよ」
朔は、ギアを1速に入れつつ、そう宣言してから、スバル内製の軽CUV、4代目レックスを発進させた。
竹芝通りを通り、JR線の高架をくぐる。
「さて……
交差点の信号待ちの最中、行先を設定せず、ただ地図を表示している電子ジャイロケーターの画面を見ながら、そう呟いた。
レックスは国道15号へと右折。主に鉄道を用いるほどでもない、中型トラックの数が目立つ。
「昭和通り走ったほうが早いかな……? どうせ秋葉原のあたりが混んでるか」
朔はそう、言ってしまってから、
「ああ、すいません、ブツブツと……」
と、隣の助手席に座っているマシュに、申し訳なさそうに言った。
「あ、いえ、お気遣いなく」
マシュは、逆に軽く驚いたかのように、やや慌てたような声を出す。
少し走ったところで、
「朔さん」
と、それまで車窓の外を見ていたマシュが、声を出した。
「はい?」
運転中の朔は、ちらりと一瞬だけ視線をマシュに向ける。
「この街は、汎人類史と同じように栄えているんでしょうか?」
「えっ?」
マシュの言葉に、朔は思わず声に訊き返す言葉を出していた。
「……すいません。朔さんが汎人類史の東京を知っているはずないですよね」
マシュは、自分でも何を訊いたんだ、という様子で、決まり悪そうに言う。
「私は、 “異性の使徒” が持ってきた資料を見ました。映像も」
朔が言う。マシュは視線をその表情に向けた。
「地方はともかく、帝都に関して言えば、我々と同じように栄えていると思います」
「そうですか……」
マシュは、それが期待した答えだったのか否か、自分でも理解しきれずに、歯切れ悪く返した。
「ただ ────」
朔は続ける。
レックスは日本橋交差点を渡る。国道15号から国道4号へ。同時に、江戸橋方面から都電の軌道が合流してくる。中央分離帯に駒込線の日本橋電停が見える。現代的な路面電車、8800形が、『駒込線 19・27』を掲げて停車している。レックスはその脇を通り抜けた。
「── はっきりと何が、とは言えないんですが、何かを置いてきた街、のようにも見えました」
「…………」
「すみません、変な言い方をしてしまって」
マシュが唖然としたような反応を返したのに気づくと、朔は、苦笑しながら誤魔化すように言った。
「私は……その、見たことがないんです」
「え?」
マシュの言葉に、朔が繰り返す。
「私は、現代の街というものを、自分の目で見たことがないんです」
「それは……」
「その、私は、ずっと、カルデアの中で育てられましたから……あ、その、 “汎人類史のカルデア” で、です……」
「そういうことですか……」
マシュの独白に、朔は理解したことを言いつつも、どう返すべきか、言葉を選べなかった。
レックスは室町三丁目交差点を直進。経路的には、国道4号と別れて国道17号へ。都電の軌道も並行する。
「ただ……」
マシュが言う。朔は、ちらり、と一瞬だけ視線を移した。
「先輩が、この世界は消せない、といった理由は、解る気がしま……いえ ────」
マシュは、曖昧な表現を仕掛けた言葉を途中で引っ込めて、
「── 解ります」
と、断定口調で言い直した。
『小松川線 25』『須田町 秋葉原廻り』を掲示した、最新鋭の都電8900形とすれ違い、万世橋を渡る。自動車だけではなく、電気街を往き来する歩行者の賑わいも増えてくる ────
──── 本富士警察署の裏手に、表通りに面していない割には小綺麗で背の高いビルが立っている。
東京帝国大学魔術研究局。第1会館。
関係者用の駐車スペースに、朔はレックスを後ろ入れで駐車させると、マシュとともに降り、その正面口から入館する。
「ちょっとまっててください」
朔はマシュにそう言って、案内窓口に向かう。
「文部省の蘆屋だけど、降霊部霊装研究室にアポを取ってあるんだけど」
朔は、身分証明書を提示しながら、受付にそう伝えた。
「はい、しばらくお待ち下さい」
受付に座っていた若い男性は、丁寧にそういうと、目の前のFM Rをマウスで操作する。 “文部省モデル” とも揶揄される、TOWNSの表現能力をオミットしたベーシックグレードのパソコンだ。
表示された連絡事項の掲示板を確認すると、係員はビジネスホンの受話器を上げ、内線呼出のボタンを押す。
「文部省の蘆屋さんがお見えになられてます。はい」
そう伝えて、受話器を戻す。
「今、参りますので、玄関ホールの中でお待ち下さい」
にこやかな笑顔で、受付の男性はそう伝えてきた。
「ああ、しまった……」
朔は、呟くように言ってから、
「いいや、今言っておこう」
と、マシュに声をかける。
「今回、この案件を受けてくれる人なんですけど、所謂性同一性不合でして」
「性同一性不合……ええと?」
汎人類史では用いられていない日本語の単語に、マシュは戸惑う。
「つまり、精神と身体の性別が一致していない人のことです」
「そう……なんですね」
マシュはそう返しつつも、脳裏にある人物が浮かんでいた。もちろん、その人物であるはずはない……のだが。
「まぁ、普通に接する分にはいい人間…………………………………………か? いや、結構悪党な気もするな……」
「誰が悪党だって?」
朔が思い悩むようにしながら言っていると、その声とともに、その背後に1人の女性が達、目の笑っていない笑顔で朔を睨んでいた。
「もうついてたのか……」
「ちょうどエレベーターが着いたところで何をブツブツ言ってるのかと思ったら、久しぶりにしちゃあんまりな言い種なんじゃない?」
「悪かった悪かった」
傍から見てても圧力を伴って迫ってくる女性に、朔は縮こまりながら、手を前に向けて広げる。
女性、 ──────── 否、この場合は男性、 “彼”、なのだろう。
「……………………」
その彼を、マシュは見ながら、目を
「…………あの!」
と、声をかけた。
「どこかで……会ったことありませんか?」
マシュがそう訊ねる。
男性は、直接答える前に、朔に視線を向けて、
「この子が、今回の件の相手ってことでいいんだよね?」
と、訊ねた。
「ああ、うん」
まだたじろいだ様子の朔が答える。
「う━━━━ん、異世界に行ったことはないはずなんだけどなぁ」
スラリとした
「あ、す、すみません」
思わず、マシュは謝罪を口にし、視線を伏せがちにしてしまう。
「ああ、大丈夫。よくあることだしね」
マシュをフォローするように、彼は、笑い飛ばすような口調と表情でそう言った。
「改めて。自分は降霊部霊装研究室、設計・デザイン担当主任補の、
「あ、はい! マシュ・キリエライトです。よろしくおねがいします!!」
具現化人格軍艦 航空母艦翔鶴
https://x.com/kaonohito2/status/2006381755360772558
支那麺 房総
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4代目レックス(スバル内製)と
5代目ジャスティ(KR型エンジン+スバル内製車体)
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