Resurrection of Rising Sun ~Failed Grand Order 作:神谷萌
19時50分頃。ゆうづる1号。
「なんだかお腹空いてきちゃったよ……考えたら乗ったの7時ちょっと前だったし」
立香は、上段ベッドの端に腰掛けながら、寝間着兼用のスウェット上下姿の自分のお腹に手を当てつつ、困ったような気の抜けたような表情で言う。
すると、閉まっていた下段のカーテンが開いて、中から寝台車貸出のJR模様の浴衣を着たブーディカが出てきて、通路に立ちながら立香を見た。
「確かに乗る時間が微妙だったよねぇ……」
腕組みをしながら言う。
「言い出すのがちょっと遅かったわね」
オルガマリーが自分のMCフォンを手にしたまま、腕組みになって言う。
「いわきじゃ駅弁販売終わってるそうよ」
数分前、水戸駅に停車したところだ。ホーム上で飲食物を確保できるのは、ここが最後だったわけだ。
「うー、このところ1日3食きちんと食べてたから、身体がそっちに慣れちゃったよー」
立香が言う。今までの特異点や異聞帯では、食事に事欠くことも多かったが、現代インフラが動いているこの世界では、最悪何も食べられないということはなかった。
「あたし達は、必ずしも食事は必要ないけど……」
ブーディカが苦笑しながら言う。受肉している状態に近い分、食事によるエネルギー補給の効率はいいのだが。
「4号車に自販機スペースが有るわよ」
自分の下段ベッドに腰掛けた、パジャマ姿のセレスタが、MCフォンを手にしたまま、視線を向けることもなくそう言った。立香達の視線がそっちに向かう。
「自動販売機……なにか食べ物もあるかな」
立香は視線を上に向けてそう言ってから、
「よいしょっと」
と、上段ベッドから直接、通路に降り立った。
「こらこら、ちゃんとハシゴ使って降りなさい」
ブーディカが、苦笑交じりにも咎めるような表情と口調で言う。
「だって、これぐらいなら慣れてるし」
「そうかも知れないけど……じゃなくて、ドタンドタンって音が他のお客さんに迷惑でしょうが」
ブーディカに言われて、立香は、苦笑の表情になりつつも、後頭部を掻く仕種をしつつ、小さく舌を出した。
立香達が移動を開始しようとするが、
「アンタは来ないの?」
と、ベッドに座ったままのセレスタを振り返って、オルガマリーが訊ねる。
「この人数でゾロゾロ行ったら迷惑でしょうが。アンタ達が戻ってきてから行くわよ」
「そう、じゃあお先に行ってくるわね」
そうやり取りをして、セレスタが座ったまま、デオンがその傍らに立っているのを尻目に、他の4人は移動していった。
「…………?」
4号車に入ったときに、立香が周囲を軽く見回した。
「どうしたの?」
「ううん、なんか他の車両と雰囲気が違うかなって思っただけ」
すぐ背後のブーディカに聞かれ、立香はなぜか誤魔化すように言ってしまった。
雰囲気が違うのは確かで、この車両は、出発時間の遅い新大阪発着九州方面行きのブルートレインの食堂車連結を中止して編成から抜き取られ、留置されたまま国鉄清算事業団行きになった14系オシ14形・24系オシ24形を、自販機ラウンジ車オハネ21形の種車としてJR東日本が買い取ったものだった。
元祖ブルートレインの20系と、その次の世代である14系・24系とでは、元々の内装の構造などに差異がある。
一応寝台車として、2人用B寝台個室『デュエット』を備えているが、自販機ラウンジとしての存在の方が本命の車両である。
その、自販機ラウンジに入ると……────
昭和期にドライブインなどで流行した、電子レンジ加温機内蔵の食品自動販売機、それが
「電池まで自販機で売ってるんだ」
と、それを見て、立香が、軽く驚きつつ呟いた。
軽食の加温販売機はこの頃、汎人類史でもニチレイがほとんど唯一として設置していたので、それを見たことはあったが、乾電池自販機は立香は見るのすら初めてだ。
東芝ブランドの乾電池販売機だったが、電池メーカーとしてはライバルのはずの富士通製単3乾電池式MCフォン充電器まで売っていた。
そして ────
ベンチシートに座る自身の左右に、カップ入りのポテト、箱入りのチキンナゲット、チーズバーガー、ホットサンド、たこ焼き、生姜焼き弁当、コーラ、サイダー、カルピスウォーターと並べながら、カレーライスを食べている少女。
「マシュ?」
「……はい」
「面白くって、いろいろ押したね?」
「…………はい」
立香が意地悪そうな苦笑で訊ね、パジャマ姿のマシュは決まり悪そうに返事をした。
「カード残額残ってるー? 別に浪費を咎めるつもりはないけど」
オルガマリーが、やはり、やれやれと言った感じで後頭部を掻く仕種をしながら、マシュに向かって訊ねる。ちゃっかりと、ホットスナック自販機で購入を終えて加温待ちだった。
自販機には交通ICカードのJTカードを含めた電子マネー支払いに対応していた。
「あ……まだ20円分以上は残っていると思うんですが」
汎人類史の感覚だと、だいたい1000円といったところ。そのマシュの答えを聞いて、オルガマリーは目元を手で覆った。
「まったく……」
オルガマリーは手に持っていた財布から、100円札を取り出し、マシュに差し出した。
「持ってなさい」
「え、ですが……」
マシュは、慌てたような表情になりながら、申し訳無さそうな声を出す。
「いいから。返せとは言わないけど、これ以上は浪費しないようにね」
「は、はい……すみません」
すごく気まずそうにしつつ、マシュはそれを受け取ってから、カレーを頬張るのを再開した。
「はい、
加温を終えた箱入りチーズバーガーを、アストルフォが自販機の受け取り口から取り出し、オルガマリーに渡そうとする。
「ちょっと熱いよ」
「ええ、大丈夫」
アストルフォの注意を聞きつつ、箱の端を持つようにして受け取る。
「私は……何にしようかな……」
立香は、4台の食品自販機の前で、目移りしている。
「落ちぶれたとは言え、アニムスフィア家の人間が自販機ミールで夕食とか……まぁ、あっちも同じだろうからまだいいか」
「あっち、とは?」
包みを開きながら言うオルガマリーに、マシュが訊き返す。
「“汎人類史の” ムジーク家。当主があっちの列車に乗ってるんでしょう?」
オルガマリーは、そう言ってから、チーズバーガーにかぶりつく。
それを聞いて、マシュと立香が顔を見合わせた後、2人揃って視線をアストルフォに向けた。
アストルフォは微妙に苦笑したまま、肩をすくめた。
20時15分頃、北斗星5号。
テーブルの上に並ぶ、スパイスとソースの香る上質なフィレステーキ、芳醇な香り漂うハンバーグシチュー、ギンダラの煮付けの定食……
「ふむ……列車の食堂車にしては、なかなかのものではないか」
そのフィレステーキを一口咀嚼・嚥下した後、ゴルドルフがそう言った。
「ワインも……あ、新所長ほど詳しくないっスけど、ヨーロッパの安ワインみたいなくどさがなくていい」
JR北海道担当車でしか提供されない『おたるナイヤガラ』の白を口に含んだ後、ムニエルが言う。
「そのあたりはだいたい保存の悪さが原因なんだが、これはいい。食用種ブドウでのワイン醸造は日本発祥と言っていいが、ヨーロッパの固定観念だけでは生まれなかった味だな」
ゴルドルフもそう言いつつ、ワイングラスを手にとって口元で傾けた。
食堂車、スシ25形『グランシャリオ』。
他の編成のスシ24形が元481系電車サシ481形であるのに対し、山線回り編成のこの車両は元583系電車サシ581形から改造されていた。
そのため、寝台車に合わせた屋根構造から天井が高く、クーラーを避けて小さなシーリングライトをつけている他車に対して、クーラー吹出口の間に豪華な装飾をもつやや大型のシーリングライトを取り付けている。
全体的に清潔感と上質さを兼ね備えた内装や調度品はスシ24形と同様。テーブルランプもついている。
かつて北斗星と言えば豪華コース料理が有名だったが、この世界においては、カシオペアの就役以降は回転率を上げるため、1品を中心にしたセットメニューへと切り替えられていた。洋食メニューには大きめのスープカップ提供のコーンスープとミニ食パンが付いている。
「で……なんでオマエは和食頼んでるんだよ……」
自身の隣に座るアナスタシア・オルタがギンダラ煮付定食を食べているのを、どこか呆れたように見ながら、カドックは半ば呟くように言う。
「日本食を食べる機会は少ないものだから。モスクワやキエフにも日本料理店はあるけど、本格的とは言い難いし」
済ました表情で答えてから、アナスタシア・オルタは箸の動きを再開する。
「その割には箸の使い方が上手いな……」
カドックは目を細めて、アナスタシア・オルタの箸使いを見ながら言う。
「それはそうよ。皇帝同士の晩餐会でみっともないところは見せられなかったもの」
「ああそうか、日本も
「3大国は全部君主制よ。
呟くように言うカドックに、アナスタシア・オルタは付け加えるように言った。もう1カ国のイギリスも王政である。
「…………なんなんだこの世界。いや君主制が悪いってわけじゃないが」
カドックはそう呟くように言ってから、自身のハンバーグシチューにフォークを入れるのを再開する。
「旨いか? マスター」
通路反対側の対面2人がけのテーブルで、ネモ・キャスターとマスターが食事をとっている。
「うん!」
デミグラスソースのオーソドックスなハンバーグを食べながら、少年マスターは答える。
「そうか、なら良かった」
ネモ・キャスターは、微笑ましそうにニコニコとそれを見ている。その光景は年の離れた姉弟、あるいは若く見える母親と息子のようにも見えた。
一方、 ────
2人用B寝台個室『デュエット』。
「すみません、ハベトロットさんだけこのような形で……」
「全然。このお弁当も美味しいし」
ハベトロットは、益満・タスカ主従と対面するように座り、食堂車の予約が取れなかった乗客向けのフィレステーキ弁当を、フォークで食べている。
益満とタスカも、幕の内弁当を膝に載せていた。
「それに、大衆食堂や酒場だと絶対お酒出してもらえないからねぇ……」
そう言って、この世界の『北斗星』『カシオペア』『トワイライトエクスプレス』の車内向けにしか売っていない、小瓶の焼酎『清里』を紙コップで煽る。
「ぷはー……マシュ達もちゃんと食事採ってるかな……」
ハベトロットがそう言うと、益満が女性物のセイコー製腕時計を見る。
「そうですね、乗る前に食べてないのでしたら、水戸で買えてればいいんですが……」
「へ?」
益満の答えに、ハベトロットはキョトン、とする。
「向こうの列車は、食堂車連結してないんですよね」
タスカが苦笑しながら言う。
「一応、軽食程度だったら、自動販売機で売ってるんですが……」
さらに益満が付け加えたのに、ハベトロットはしばらくボーッとしていたが、やがてニヤーッと意地悪そうに笑った。
「あれだねぇ、マシュも立香もボクを置いていったから、この国で言うところのバチが当たったってところかな?」
食事後。
2人用A個室『ツインDX』。
「ふむ……」
ゴルドルフは、就寝に備えて備え付けのJR柄浴衣に着替えた。
一方、同室のムニエルは、日中の制服ではないが、カルデアのジャージ上下を身に着けている。
「旅情というものを感じたい、みたいなことを言っていなかったかな?」
「いや……それはそうなんスけど」
ゴルドルフの質問に対し、ムニエルは少し苦い顔をする。
「飛び起きてすぐ動ける服装じゃないと、落ち着かないんですよ」
「…………そうか」
ムニエルの答えに対し、ゴルドルフは、少ししょぼくれたような表情になる。自身も最近は常在戦場のつもりでいたが、貴族らしく自身と場所に相応しい衣装を心がけることを忘れなかった。だが、ムニエルのような常に即時に対応が求められる者にとっては、その余裕すらなかったのだ。
「でも、ま」
ムニエルは笑顔になる。
「こうして楽な格好でベッドの上で寝れるってだけでも、気分は楽ですよ」
「それならいいんだが」
一方、A開放寝台車。
「どう? 似合ってる?」
「ノーコメント……」
浴衣を着たアナスタシア・オルタが、その姿をカドックに見せつけるようにするが、同じように浴衣姿のカドックは、レール方向のプルマン式のベッドに腰掛けながら、どこか疲れたようにそう言った。
アナスタシア・オルタは、そのカドックの隣に座る。
「やっぱり個室にすればよかったかしら?」
「今更ァ?」
どこかわざとらしく言うアナスタシア・オルタに、カドックは呆れたような声を出した。
「だって、2人きりならできないこともないでしょう?」
「何をだよ……」
すると、アナスタシア・オルタは、
「だってあなた、まだチェリーでしょう?」
日付変わって、4時30分。
『皆様、おはようございます。只今より車内放送を再開致します。座席車、照明の減光を終了させていただきます。あと10分ほどで、列車は青森駅に到着致します』
23時30分から一旦休止していた車内放送を再開する旨の放送がなされる中、ブーディカはそっとカーテンを開けて、顔を覗かせる。
「いいよ」
まるでそれを予期したかのように、通路に立ち、ベッドの仕切りに寄りかかっていたアストルフォが言う。
「立香はボクが見てる」
「ありがとう」
アストルフォに礼を言って、ブーディカは前の方の車両へ、1号車から、座席車8号車まで歩いていく。
寝台車の方はそうでもなかったが、座席車内に入ると、青森で下車するのだろう乗客がそろそろ準備をしていた。
「くかー……」
そんな中、ブーディカはそれを発見して、なんとも言えない表情になる。
玉彦……玉彦らしい人物と隣り合ってリクライニングシートに座ったまま、緊張感もなく、エスィルトはあられもない寝顔を晒しながら寝こけている。
玉彦らしい、というのは、彼は開いた東京スポーツを顔にかぶせて寝ていたからだ。
「まったく、戦士としてはともかく、世が世ならお姫様だってことぐらいは自覚してほしいわね」
眉間に皺を寄せつつも、本気で怒ったわけではない様子で呟いてから、そのまま苦笑した。
『まもなく、青森、青森です。青森では機関車交換と時間合わせのため15分ほど停車致します。発車時刻は4時55分となります。青森駅より先、進行方向変わりますのでご了承ください』
ここまで牽引してきたEF510形電気機関車が、連結器を解放して、青森港側に離れる。この世界においては青函連絡船用だった可動橋施設は現用とされているが、設備保有はJRの手を離れて青森県公用臨港鉄道という県の公営鉄道の一部になっている。
一方、列車の方は、これまで最後尾だった電源車側に、ED500形200番台が連結される。
「おっ、と」
8号車までは離れていることもあって、激しくはないが、確実な連結の衝動が、車内に伝わってきた。
「ん……?」
その衝撃で、エスィルトが目をさます。目を擦るような仕種をしてから、窓の外を見た。
「……まだ外暗いじゃないですか」
エスィルトが呟く。
「こらこら、暗いじゃないですか、って、今どこにいるのか忘れてるんじゃないだろうね?」
ブーディカが、呆れたように覗き込むようにしつつ、戯け混じりにも咎めるように言う。
「あ、母上」
「母上、じゃないでしょう……」
──── この世界においては、青函トンネルの在来線旅客列車維持と、北海道新幹線計画の所謂 “函館飛ばし” の否定から、青函トンネル内は、いわばミニ新幹線の逆、
在来線共用新幹線とされるのは、状況が許すのであればE6系/H6系はこの区間(新青森-五稜郭分岐点)を270km/hで走行してもいい、新幹線規格になっているためだ。
1つの制御器で4つのモーターを制御していた旧型の機関車では、青函トンネル内の万一のトラブルに備えて常に重連運用である必要があったが、VVVFインバータ制御世代の機関車はモーター1つ1つの回路が独立した構造も採れる。貨物の2車体1形式のEH500形に対して、旅客列車にここまでの余力は必要ないため、平成初期に試作されてしばらくそれきりだったED500形の量産車というかたちになった。
なお、JR東日本機という立場から、直流回路は廃止されていない。
ゆうづる1号はここまでとは逆向きに、函館駅へ向かって走り始めた。
EF510形500番台赤塗装と、
ED500形200番台
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