Resurrection of Rising Sun ~Failed Grand Order   作:神谷萌

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Chapter-04

「──── だから、あの時」

 少しの間、奇妙な沈黙が流れた後、立香が声を出した。

「あの時?」

 セレスタが聞き返す。

「私と、セレスタさんとが初めて会った時」

「え」

 立香の言葉に、セレスタは短く驚いた声を出す。

 

『ああ』

 立香がつくばのアニムスフィア邸に初めて入った時、セレスタは確かにこう言った。

『久しぶり』

 

「って……」

「そんな事覚えてたんだ」

 その場の雰囲気も構わずに、セレスタは緊張感のない苦笑をする。

「そうよ、汎人類史のオルガマリー・アニムスフィア(わたし)にとってもあの体験は “春の記憶” だもの。貴方達の顔を忘れる事なんてできなかった。だから、つい」

 “春の記憶”。妖精國ブリテンで、アルトリア・キャスターの試練の際に出てきた、 “その人物にとって楽しかった事だけで構成される” もの。

「だから、冬木の特異点にその記憶が刻まれていたんでしょうね」

 セレスタの答えを聞いて、立香は、哀しげに視線を伏せがちにしてしまう。

「あの冬木での出来事が、オルガマリー所長にとって、最高に幸せだった記憶……」

「そんな……あれが……」

 立香が呟き、マシュが短く続けた。

 カルデアが爆破され、強制的に冬木の特異点に飛ばされ、崩壊した都市の中で、シャドウサーヴァントや亡者との戦いの連続……それが、汎人類史のオルガマリーにとって最も楽しい記憶だったと言う。

「そこで落ち込んだりしなくていい」

 セレスタは、笑顔で言う。

「立香には前に話したわよね、私は諦めていない。セレスタ(わたし)()()()()() “春の記憶” の候補はたくさんある。これからも増やしていく」

 セレスタは、そこまで言ってから、少し決まり悪そうに苦笑する。

「ああ、でも、ごめんなさい。2度目の冬木では少しだけウソついた」

「ウソ?」

 マシュが聞き返す。

「あっ……」

 立香は気がついた。

 

『立香、あなた達も ──── また、会える。もうすぐ』

 

「──── そう言った事、ですね?」

「あ、そうです! セレスタさんが汎人類史のオルガマリー所長なら、私達はあの時、とっくにオルガマリー所長に再会していた事になります」

 立香が言い、マシュが状況を説明するかのような言葉で続いた。

「そ。ここまで正体を隠しておきたかったから」

 緊張感のない苦笑のままながら、セレスタは少しだけ申し訳無さそうに言った。

「待ってくれ」

 そう言ったのは、ダ・ヴィンチだった。少し険しい表情をしている。

 マリスビリーは、やはり、平然としているのかそれを取り繕っているのか、済ました表情をしている。

「今の話が本当だったとして、オルガマリー・アニムスフィアの精神は2042年のカルデアスから、1942年の異聞世界(レイヤー)の日本へ移動したことになる。けれど、キミは異聞世界(レイヤー)のオルガマリー・アニムスフィアの “妹” と認識されている。オルガマリーの生年は1992年のはずだ。周囲の認識が操作された形跡もない。いや、いくら異聞(あの)世界でも人1人の生年を認識操作で誤魔化すのは無理がある」

 ダ・ヴィンチが問い詰めるように言うと、セレスタは、表情を引き締め、笑みを不敵なものに変える。

「精神を救出した時、それを維持するべき魂と肉体は用意していなかった。救出が最優先にされたからね。私の精神は仮想魂の(はこ)で一旦保管されることになった。私の存在はなにかの厄ネタだという事は、認識してもらえたみたいだった」

「そりゃあ、100年先の未来で拷問……その表現すら生易しい境遇に置かれていた人物だ ────」

 ダ・ヴィンチがそう言った時、セレスタは、顔では変わらず飄々と不敵に笑っていたが、音を立てないように、傍らに立っていたデオンの手を握る。

 ダ・ヴィンチが続ける。

「── しかも宇宙人として。何かあると考える可能性はある。特に異聞(あの)世界では魂や精神の存在を重んじる傾向にあるからね」

「それに、私が空想樹について、放置していいものではない、と答えたこともあるでしょうね。もちろん私だけがそう言っただけじゃなくて、そもそも大和も、昭和帝もそのように見ていたようだけど」

 セレスタはそう付け加えた。

 ダ・ヴィンチが、驚いたように目を見開く。

「! そ、そうか、空想樹が切除されたのは72年前とトリスメギストスII(2)は答えていた。つまり1945年だ。1942年の段階では、まだ広島異聞帯だったんだ」

「そう、昭和20年8月6日。軍の総攻撃を受けて、空想樹は切除された」

 セレスタはそう言い、チラリ、と視線を立香に向ける。

 立香は、どこか呆然としたようにはなっていたが、特に特別に反応することもなく、セレスタを見ている。

 セレスタはそれを見て、小さく息を()き、そして、続ける。

「その後、私は事情を話す段階で、この世界にもアニムスフィア家が存在しているのか調べてもらった。そうしたら、あるって言う。汎人類史と違って魔術協会(時計塔)君主(ロード)という制度はないけれど、確かに冠位指定を受けた古い魔術家が存在するって。だから、異聞(この)世界でも、マリスビリーはカルデアスの計画を実行すると確信した」

「それで、カルデアス計画を乗っ取ったんですね?」

 そう指摘したのは、立香の方だった。

「ちょっと人聞きが悪い言い方だけど、そう言う事。資金難のマリスビリーを日本政府に売り込ませて、カルデアス計画の芯ができあがったところでマリスビリーにスキャンダルを刺して、排除したってわけ」

 セレスタがそう答えると、

「その為に、50年近く待ったんですか?」

 と、立香が、重ねて問いかける。

「うん……ただ、待つだけじゃなかったけどね。もともと私 ────」

 セレスタは、そこまで言った時、デオンの手を握り直す。デオンの方からも、その手を握り返した。

 セレスタは続ける。

「その、27年もあんな事をされていたし、精神(わたし)は傷だらけで、癒す必要があった。そのための仕掛けがされた(はこ)に収められて、大和の、当時は水上機格納庫に保管されていた」

「なるほど、異聞(あの)世界でおおよそ一番安全なところに隠れてたったわけか」

「そう言うことになるわね」

 具現化人格軍艦の大和を思い浮かべながら、どこか僅かに呆れたような表情で言うダ・ヴィンチに、セレスタは不敵に笑ったままそう返した。

「ただ、そこはただ眠っているだけじゃなくて、目を覚まして、考えることもできた。だから、私は時折起きて、考えてた。どうしてこんな事になったのかって。そして ────」

 セレスタは、そこで視線を、ダ・ヴィンチや立香から、マリスビリーの方に移し、

「── アンタがしようとしている本質はなんなのか、それは正しいのか、与えてもらえるこれまでにない価値観とすり合わせて、熟慮を重ねたの」

 と、言った。

「話し方が、オルガマリー所長と少し違って感じるのも、そのせいですか?」

 マシュが問いかけた。

「あー……それは」

 セレスタは、視線をマシュの方に向けつつ、決まり悪そうに頬を掻く仕種をした。

「それはどっちかって言うと、セレスタとして生活してきた影響かな?」

「なるほど」

 ダ・ヴィンチが言う。

「セレスタの、()()()()()()()()()()()の事情はだいたい解った」

 そう言ってから、ダ・ヴィンチは視線をマリスビリーに向ける。

「残る問題は、2042年にオルガマリーの精神がサルベージされた後に起きたことだ。なぜ、カルデアスは白紙化された? カルデアス地球の人類は滅亡に至った?」

「精神が別世界にサルベージされたとは言っても、彼らにとっての “被検体:E” に変わりはなかった ────」

 澄ました表情のまま、マリスビリーは説明する。

「── 精神が再生品に代わったことで、多少の反応の差はあっただろうが、彼らはその詳細を知ることはできなかったし、その意味もなかったからね」

 その口調は、人間らしい抑揚はあるが、それが返って、彼の感情の得体の知れなさを表していた。

「そして、100年目に肉体は限界を迎えた。再生機能が低下し、需要に供給が間に合わなくなった。残されたのはもう復元しない素体だけになった。最後の摘出を終え、この部屋は閉鎖され、エリア51における人類奉仕プロジェクトは終了した」

 マリスビリーはそこまで言って、視線をダ・ヴィンチからセレスタに移した。

「彼らは “被検体:E” が何らかの信号を出していると思っていた。聞き取れない声が、未知の通信だと考えていた。苦しめれば、別の個体が呼ばれると信じ込んでいた。 ──── いや、それはある意味正しかったのだけどね」

 マリスビリーはそこまで言って、軽く肩を竦めてみせた。

「肉体が二度目の死を迎え、残されたのは崩壊した再生品の精神と、魂。そして、魂はカルデアスに融け、環境プログラムとして生まれ変わる。元々その計画だった。カルデアス上の人類圏をより良くするための生態環境プログラム、カルデアスのパーツとしてオルガマリー(マリー)は創り上げられた。人間の幸福は人間を基準にした方がいいだろう? その為にマリーには自分の役割は知らせなかった」

「そこで2つもポカをやらかしてるけどね、バカ親父」

 マリスビリーが、妙に楽しそうに説明を続けていると、セレスタが、声を上げて割り込んできた。

「うん? 2つ?」

 大して驚いた様子も見せずに、マリスビリーは、言葉で問いかける。

「1つ目。汎人類史のオルガマリーの時点でその事は薄々感づいてた。アンタ、勿体ぶった言い方をするくせに、実際に迂遠な言い回しってヘタなのよね。全部本音が漏れる。だから ────」

『君もいずれ、必ずそうなる。楽しみだよマリー。君はきっと、素晴らしい星になる』

「── こう言われた時点で、アンタは私を星にするんだって解ってた」

「…………」

 不敵に笑いながら言うセレスタに対し、マリスビリーも澄ました顔で、口元に笑みを浮かべている。

「もう1つは、汎人類史のオルガマリー(わたし)に人並みの幸せを教えなかった事。誰にも認めてもらえない、誰にも理解してもらえない、誰にも求められない。そして、その本人も誰かを尊重する事を知らないし、他者を見下しながら他者に怯える、どう考えたって精神障害者。そんなものが惑星の環境をより良くできる? 冗談よして」

 そこまで言って、セレスタは笑顔をわざと大仰に引き攣らせた。

「だから、私は、平成6年に今の私(セレスタ)になってからは、普通の人間らしく生きるようにしてきた。さっきマシュが言ってた口調の変化も、そのあたりにもあると思う。同時に、異聞(こっちの)世界のオルガマリーも、姉って呼んで人並みの姉妹として過ごした」

 セレスタは、立香に視線を向ける。

「実際に、最終的に改設計した異聞世界(こっち)のカルデアスと魂を共有するのがどっちになるか解らなかったっていうのもあるし、何より、 ──── この世界の同位存在(わたし)に、どんな形であっても幸せになって欲しかったもの」

「……結局、中身を求めるようになってしまった、か」

 マリスビリーは、嘆くかのように言ったが、それも一瞬のことだった。

「それで」

 立香が、険しい表情でマリスビリーに問いかける。

「どうしてカルデアスは白紙化したんですか」

「それが本題だったね」

 マリスビリーは言う。

「本来、カルデアスは(ソラ)に天幕を造り、地球を中心にした『宇宙の更新』を開始する、はず、だったのだけれどね、そこで悲劇が起きてしまった」

 マリスビリーは言い、視線をまずダ・ヴィンチに向けてから、さらに立香に移す。

「彼らが望んだ通り、宇宙人がやってきた。空想樹の枝で造られるはずだった天幕は、地球上に張り巡らされていたマリーの魔術回路とすり替わってしまった。空から、大地から、建物からすら伸びてくる無数の樹枝。シェルターだろうと進入してくる白い繊維。人々に対抗の手段も時間も与えられなかった。意思疎通の暇さえなかった」

 自分に視線を向けられながら、それを聞されて、立香はゴクリと喉を鳴らす。

 マリスビリーは続ける。

「宇宙人は人間ひとりひとりを見つけ出しては、丁寧に全身の神経を引き抜いて殺害した。エリア51(ここ)での作業に携わっていた研究員達はこう思った。宇宙人が復讐に来た、と。実際には、ただ、『自身の身体を復元する』という、ごく単純な機能によるものだったんだけどね。カルデアスは回収しただけなんだよ。自分だったものを、自動的に」

「そうして、カルデアス地球の人類は滅びたってわけか」

 ダ・ヴィンチが言い、

「自業自得の結末だとは思うけど……キミは、それをどうにかしようと思わなかったのかい?」

 と、マリスビリーに訊ねた。

「ああ……ここで、ずっと見ていたけどね。その必要性は感じなかった。マリーを手術台から解放する機会もなくはなかったが、()()は同じ事だからね。『約束された滅亡をどのようなカタチで迎えるのか』、これはとてもスリリングな展開だったよ。我が事のように見守っていた程にね」

「貴方は…………!」

 立香の身体が動いた。

「立香! やらなくていい!」

 セレスタが制する言葉を出した。

「私はここにいる!」

「だけど!」

 セレスタの声を振り切って、立香はマリスビリーに手を伸ばした。だが、先程ブーディカがそうしたように、その手はマリスビリーの身体を通り過ぎる。

「所長がここで苦しんだのは事実なんだ! 再生された精神が苦しめられたのも事実なんだ! それを……貴方は、自分の娘が苦しんでいるのを、ただ黙って見ていたって言うのか!?」

「だから落ち着いて立香! そいつにそんな事できなかった!」

 背後からかけられるセレスタの声で、立香ははっと我に返る。

「…………どうして、そう思うんだい?」

 軽く驚いたような表情をして、マリスビリーはセレスタに訊ねた。

「私と、広島異聞帯が最初に通じたのは1940年の事だった。万全の準備が整うまで、1年ちょっとかかった。その間はなんとか耐えられた。誰かが助けに来てくれるって解ってたから」

「セレスタ……さん」

「でも重要なのはそこじゃない」

 気が抜けた表情でセレスタを見る立香。それに代わって、セレスタがマリスビリーに睨むような視線を向ける。

「その間、私が何を考えていたのか、時折何を呟いていたのか、気付いていたはず。それを知っているなら、その場でサルベージされないように手を打ったはずよ!」

「何を……」

 マシュが問う声を出す。

「私は、実際にサルベージされるまで、()()()()()1940年に繋がったと思っていた。立香、あなたなら解るでしょう? 1940年代前半の日本よ!?」

「あ…………」

 言われて、立香は声を漏らした後、顔色を悪くする。

「せ、戦争……」

「そうよ。5年後、日本は全面戦争の上に完膚なきまでに打ちのめされた敗戦に至る。それが正しい歴史、近現代において最大限に強固な人理定礎。でも、私は ────────

 

 正しい歴史?

 人理?

 そんなものが、私にどんな価値がある?

 破壊してしまえ。

 アニムスフィア家の秘蹟と知識があれば、不可能じゃない。

 戦争の結果を覆してやれ。

 ヨーロッパがナチの闇に覆われようが、知った事か。

 私を助けてくれるのは日本人だ。

 日本人を助けてなにが悪い。

 ニューヨークに核を落としてやれ。

 歴史上の愚行を加害者に思い知らせてやれ。

 私には制裁の権利がある!

 

 ──── ってね。こんな事を考えている私がサルベージされるなんて、人理保障を至上とするマリスビリー(コイツ)に看過できるわけがない。でも、止められなかった。何故か。理由は簡単」

 言われた内容にしてはさほど動揺もしていないように見えるマリスビリーに、セレスタはさらに言う。

「ここにこんな姿でいる事で解った! とっくにコイツは生きちゃいない! 死人が世界に干渉できるわけがないのよ!!」

 

 






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