『貴方は最も愚かな人』 作:さららま
「ふぅー」
ゆっくりと息を研ぎ澄ませ、指に伝わる感覚に身を落としていく。
的に照準を合わせる。余計な力が入らないようにしながら、そのまま矢を放った。
「この距離から当てるとは・・・なかなか様になってきてるじゃないか。」
「いえいえ、これも貴方のおかげですよ。師匠。」
「だから、私を揶揄うのはやめろと言っているだろう。」
「いひゃいでしゅ」
ジトっとした視線でこちらの頬を摘み上げてくるが、口角が上がっているのが隠せていない。可愛い。
「まぁ、お前の記憶になくとも体に染み付いているのだろう。お前は狩人として育ってきているのだからな。」
「そうか?」
「あぁ、たとえ記憶に残っていなくても、お前の両親が残してくれたものは確実にお前の一部になって助けていてくれる。だから弓を射る時のその感覚は忘れるなよ。」
「・・・はい、わかりました先生・・・ってぇ!?」
「茶化すな、全く。」
だって、なんだか恥ずかしかったんだもん。
「だが時間がかかりすぎだ。戦いは時には一瞬の差で雌雄が決する時がある。それを肝に銘じておけ。」
「・・・おす。」
ティフォンはいつも俺に口酸っぱく忠告をしてきて、それがたまには辛辣な時もある。ただ、それは彼女が俺を同じ狩人として扱ってくれているからだろう。
俺が一つ一つ技能を身につけて行くたび、彼女の凄さがわかってくる。自分が成長するたびに、彼女もまた知識や技能を吸収していく。
だが、何が彼女をそこまで強くさせているのか、俺にはわからなかった。
「よし、一通り指導も終えたし。そろそろ森へ向かうから準備しろ。」
「了解。」
こうしていつも通りに朝の訓練を終えた俺たちは森へと向かう準備をする。
朝弓術の訓練をして、その後洞窟から離れて森の探検をする。
これが俺たちの日課になりつつあった。
「今日は高いところに登るのか?」
「あぁ、近頃そこで悪魔が暴れているらしくてな。そいつを仕留めに行く。」
いつもはのんびり森を散策して、ティフォンに植生について教えて貰ってそれを観察しているのだが。どうやら今回は一味違うらしい。
ティフォンが纏う空気もいつもと違ってピリピリとしている。
「今回はいつものような探索ではない、明確な戦いだ。もし失敗しても、私は命を賭けてお前を守るつもりではいるが・・・危険に晒されることには変わりない。それでも、お前は私に同行するか?」
「・・・する。」
俺が足手纏いになる可能性を考えなかったわけではない。俺は狩はしたことがあっても、戦闘経験なんて皆無だ。
もし、彼女が失敗することがあるならそれは俺が原因となるのだろう。彼女は強い、それは俺が誰よりも分かっている。
ただ、もし万が一。彼女が危害に晒されることがあって、その時に俺がその場にいなかったら、きっと死ぬほど後悔することになる。
「俺のことは肉壁だと思って貰えばいい、喜んでお前の盾になろう。」
「・・・全く、本当に生意気なやつだ。」
コツン、軽く肘で突いてくる。さらに鋭い視線を浴びるようになったが、しかし彼女の雰囲気は和らいでいた。
「何、俺もただでは転ばんさ。」
最近は聞こえてくることが少ないが、もし戦闘になったら『アレ』が絶対出てくるはずだ。少なくとも、何もできない木偶の坊にはなりはしない。
「はぁ・・・ほら、バブルフルーツだ。高山病にならないようにしっかり持っておけよ。」
「む、分かってるさ。」
しっかりそれを懐にしまい、彼女の後ろについていく。
初めて襲撃された時以来の悪魔との対面を覚悟しながら。
「ふむ、この植物は使えるな・・・これも持っておけ。」
「栗?」
「あぁ、これを口に含むことで声を発することがなくなる。悪魔は音に敏感だからな。」
悪魔が出ているという山へ向かっている最中、俺たちは植物を採集していた。
「これらの植物は人々が悪魔に対抗するためにサーミが生み出したものという考えがあってな。なら、力を借りるのに越したことはないだろう?」
「・・・なるほど。」
食べると喋ることができなくなる口止め栗に、夢を操ることができる網、自らが運動器官を形成して移動する樹。自然にサーミの意志というのが介入しているのは知っているが、いざ実際目の前にすると想像以上のものがある。
「本当に
「━━待て。」
空気が重たくなったのを感じた。ティフォンの方に目を向けると、今までにない真剣な眼差しをしていた。
「お前は今、何に対して不思議だと言った。」
「それは、このサーミの自然が」
「それはおかしい。だってお前はこの環境が常識であるはずだ。」
鼓動が早くなったのを感じた。彼女の言動から目を離せない。
「昔、クルビア人の観光客と関わることがあった。曰く、この植生は他と比べると異常らしいが、私はそれまでこの自然を疑ったことがなかった。」
「サーミの部族が外界と接することは少ない。それがサイクロプスであるなら尚更だ。お前はこの自然の中でしか生活したことがないはずだ。」
「それなのに、お前は何と比較して
無論、私の考えすぎである可能性もあるがな。彼女は最後にそう付け足した。
確かにそうだ。俺がたとえ記憶喪失でも、ここの環境で育っているならそれに疑問を持つことはないはずだ。
なのに、俺は何と比較して不思議だと言った?俺の中の
俺の、俺にとっての・・・
「落ち着け、私が傍にいる。」
「え、ぁ」
「ほら、深呼吸だ。私の手をちゃんと握ってろ。」
「━━ふぅ。」
「もう一回だ。」
呼吸して、ティフォンの声を聞くたびに視界が開いていく。
自分の鼓動と、手から伝わってくるティフォンの体温が分かるようになってきた。
「落ち着いたか?」
彼女は慈愛に満ちた目でこちらを覗いてくる。身長的に彼女が見上げるような形になっているのだが、それなのに彼女の方が大きく感じられた。
「・・・あぁ、大丈夫だ。取り乱してすまない。」
「心配するな、おまえが無事になったらのならそれでいい。」
だんだんと自分の行動を思い返し恥ずかしくなってくる。俺は自分よりも一回りも小さい女の子に支えて貰っているのか、いまさらの話ではあるが。
「も、もう大丈夫だ。離れて貰って構わない。」
「ふっ、耳が赤いぞ?私に慰めて貰ったのがそんなに恥ずかしかったのか?可愛い奴だ。」
「揶揄うな!」
「ふふっ、いつもの意趣返しだ。」
くすくすと笑っている彼女を見てさらに恥ずかしくなる。これじゃ俺がガキみたいじゃないか。
「お前が何を抱えているのか知らないが、安心しろ。私がお前を守ってやる。」
「・・・おう。」
「もう少し時間が経ったら出発しよう。それまで私は周辺の植物を採集してくる。」
そっと俺から離れた後、辺りを物色し始める彼女。その横顔は幼いのに精悍さを感じさせる。
「しっかりしろ、俺。」
彼女は狩人としても、人間としても成熟している。問題なのは俺だ。
戦場ではさっきみたいなみっともない真似は許されない。
改めて自分の不甲斐なさを噛み締め、強く弓を握った。
「ここが悪魔が出るという場所なのか?」
「あぁ、とはいえ獲物が簡単に身を晒すことはない。しばらくは息を殺してここで待つ。」
彼女は意識を常に外に向けている。
「意識を一瞬でも切らすな。その一瞬を相手に突かれたら獲物になるのはこちら側だ。」
ここら一体は身を隠すものが少なく、銀世界だ。こちらからも相手も視認しやすいが、逆もまた然りなのだろう。
「黒い雪?」
「先程まで崩壊体がいたのだろう。しかし、この量を見るに・・・待て、誰か私たちを見ている。」
ティフォンは弓を芝生の方へと弓を向けた。
「まさか気づかれるとはな。」
「・・・サーミの戦士か。」
武装した二人の男性が芝生から姿を現し、それを見たティフォンは苦虫を噛み潰したかのような表情で声を漏らした。
「お前らも悪魔の討伐のためにここにきたのだろう?ならば私達が争う必要はないはずだ。」
「あぁ、お前も悪魔の一部であることを除けばな・・・黒い弓を背負った、気が狂っているサルカズの小娘というのはお前のことか。」
剣呑な空気が漂い始めた。俺もいつでも迎撃できるようにそっと矢を握りしめる。
「しかも、その隣にいるのはサイクロプスか?随分と忌々しいのをお供に据えたのだな。」
「私はお前らと争うつもりはない。人間同士で争うほど無益なことはないだろう。」
「あぁ、人間同士ならばな。」
既に相手は戦闘する気のようだ。剣を構え、こちらに刃先を向けている。
「お、おい。もし殺害でもしたらアルゲスやシモーネが黙っていないんじゃないか?部落同士での戦いになる可能性もあるぞ。」
「この小娘はすでに侵食されている。しかも仲間を引き連れているのが厄介だ、サーミの脅威となる前に排除するのが賢明だろう。」
一触即発。一方が制止の言葉をかけているが、止まるつもりはないのだろう。
ティフォンも冷や汗を流しながら弓を握る指が白くなっている。少しでもどちらかが動いたら、その瞬間に火蓋が切り落とされるだろう。
ティフォンの前に立てるように足の力をこめる。誰もが相手の挙動に注目して、だから気づかなかったのだろう。
ふと、俺の目の前で雪が舞った。
『黒い獣が横から襲いかかり、ティフォンに噛みつこうとしている。』
「!!ティフォン!」
「ぐぅっ!!」
咄嗟にティフォンの体を抱え、なんとか獣が襲撃する軌道から逸らす。
「ぁ、お前・・・け、怪我を。」
「大丈夫、かすり傷だ。」
あの獣は途中で噛むのは無理だと判断したのか、途中で爪での攻撃にかえて見事喰らってしまったが、痛いだけだ。
幸い箇所が背中だったおかげか、動きに支障はない。
「グワァぁぁ!」
「くそっ!おい!大丈夫か!?」
「・・・やはり、悪魔は二匹いたのか。」
向こうを見ると、あの奇襲をモロに喰らってしまったらしい。一人は大量に出血し、片方はそれを庇いながら悪魔に相対している。
「グルルっっ」
悪魔は唸りながらこちらを見据えている。
この至近距離では矢を装填する間に攻撃を受けてしまう。となると弓は使えない。
焦燥感に飲まれそうになった時、アレは唐突に響いた。
『さぁ、戦闘イベの時間だぞ!』
瞬間、体が研ぎ澄まされ。余計な感情が削ぎ落とされていき、目の前の敵しか見えなくなっていく。
俺は弓を手放し、即座に自分のバックに手を突っ込んだ。
「グゥワッ!」
獣はそれに即座に反応し、こちらに襲いかかってくる。
その攻撃を俺は・・・・
>貴方は攻撃を木刀でいなし、悪魔と戦う覚悟を決めた。