多くの者を殺した
《紛争》に従って多くの戦争に赴き
多くの生者をステュクスに落としてきた
生き残る為に剣を振り
戦争に勝つ為に敵を殺した
殺して殺して殺して殺して殺し尽くした
結局何一つとして守れないまま
* * *
「♪〜」
よく晴れた昼下がり、とある森林の中を一人の男がいた。男は鼻歌まじりに迷いの無い足取りで獣道を進んでいた。
「♪〜.......」
どこか陽気な風に見えながらも、男は獣道を進みながら何かを警戒しているかのように周囲の風景を観察していた。
「.....やっぱり」
そのまま暫く歩いていると男は何かを呟き突如立ち止まる。徐々に男の精悍な顔つきは険しくなっていく。
「また.....か」
男は空を見上げ重い、重い息を吐く。それから暫く経つと男は口を開き
「迷った」
男、ポネウスは自身の現状を端的に言ったのだった。
「ん〜どうしてここまで迷ってしまうのか」
ポネウスは自身の故郷からヤヌサポリスに向かう道中だった。ヤヌサポリスへは街道もあれば地図もあるというのに、この男はなぜ迷ったのか。
「.......やっぱり途中で街道から外れたのが原因かね」
原因は明白だった。この男、ただ「こちらの方が早く着きそう」なんて理由で道から外れることが多々あった。つまりは常習犯である。
「ん〜これからどうするかなぁ........ん?」
呑気にポネウスがこれからの事を考えようとしていると、ふと嫌な感覚が背筋を走った。まるで光が微塵もない暗い夜のような、どこか狂気を孕んだような、酷く悍ましい気配。この嫌な気配には覚えがあった。なにしろ、故郷の神はこの気配の持ち主に侵されて狂ってしまったのだから。
「......こっちか」
ポネウスは気配のする方へ走り出す。もし自身の予想通りの相手ならば早急に殺し尽くすべきだ。背中に背負っていた自身の得物、柄の両端に刃物が付いた両剣を取り出す。
「....?!」
「.....!......!!」
「今のは....人か!」
ポネウスは声を聞くと、さらに速度を上げて声の場所へと向かう。その場所に近づく程に、戦場で嗅ぎ慣れた鉄錆のような匂いが流れてくる。その匂いに顔を顰めながらも、少しずつ今から自身が刃を振るう相手に対しての殺意を研いでいく。
「陣形を崩すな!崩れた所から持っていかれるぞ!!」
「ですがっ.....勢いが激し過ぎて......ガァッ‼︎」
「っクソ!せめてコデクス様だけでも...,,」
「⬜️⬜️⬜️⬜️⬜️ ⬜️⬜️ ⬜️」
「⬜️⬜️⬜️ ⬜️⬜️ ⬜️⬜️」
「⬜️⬜️⬜️⬜️ ⬜️ ⬜️⬜️」
充満する血の匂い、散乱する兵士の死体、無数の黒い怪物にそれと陣形を組んで戦っている兵士たち。彼らの背後には、要人なのか一人だけ毛色の違う服を着た者が居る。声の場所は辿り着き、現状を確認したポネウスは黒い怪物に向かって武器を構えたまま突進する。
「フッ!」
息を吐くのと同時に、兵士を攻撃していた黒い怪物たちを一息に切り捨てる。それと同時に、周囲の怪物もポネウスに気づき向かってくる。その怪物たちを両剣を、時には拳を使いながら次々と確実に仕留めていく。
「アンタら全員下がっとけ!コイツらの相手は俺がする!」
兵士たちは突然現れたポネウスに面を食らっていたが、声をかけられた事で負傷者の手当てをしながら後退する。ポネウスは兵士たちが下がったのを確認して、改めて怪物たちに向き直る。
「さぁ、覚悟はいいか暗黒の潮の造物ども」
ポネウスは凄まじい殺意を迸らせながら、造物たちに向かって剣を向ける。
「お前ら全員、ここで潰してやるよ」
ポネウスの殺意によって動きが鈍くなった造物たちが掃討されるには、さほど時間はかからなかった。
* * *
ポネウスによって暗黒の潮の造物が次々と倒されている中、後退した兵士たちはその光景に圧倒されていた。両剣を自由自在に振り回し、かすり傷一つ喰らわずに、怪物たちを薙ぎ倒していく。その光景に恐怖すら抱いていた。
「彼は....一体.....」
「恐らく、《紛争》の寵児でしょうね」
「コデクス様!?後方に居たはずでは.....いえ、それより《紛争》という事はクレムノスの....」
護衛対象がいつの間にか自身のすぐ側に居たことに驚きつつも、あの男がクレムノスの出身という事がわかり警戒を強めていく。
「コデクス様、彼が戦っている内にここを離れましょう」
兵士はそう進言する。兵士も助けられたというのに不義理だという事は理解している。だが、それ以上にクレムノスの出身という事に対して強い忌避感を抱いていた。この時代、紛争期において、クレムノスは多くの都市国家に対して戦争を仕掛け、滅ぼしていた。兵士もその戦争に参加していた事もあり、その戦争が引き起こした惨状も知っている。故にその戦争を引き起こしたクレムノス出身の人間に対して警戒してしまうのは当然の事だった。
「それは出来ませんよ」
「何故ですかコデクス様!クレムノスの人間がどんなに野蛮なのか、貴方もご存知でしょう!」
「それでも、彼は私たちを助けてくれた。礼を失すれば己の大切なものも失ってしまいます」
「......しかし.....」
「そこまでにしておきなさい」
進言を否定されて尚、兵士は危険だと訴えようとするが、コデクスはそれを止める。
「命の恩人に対して無礼が過ぎる。それに....」
「それに.....?」
「もう、終わったようですからね」
驚く兵士がコデクスの視線の先を見ると、こちらに近寄ってくるクレムノスの男、その背後には暗黒の潮の造物の亡骸が、まるで山のように積まれていた。
* * *
「アンタらも災難だったな、暗黒の潮に絡まれるなんて」
「えぇ、まったくです。ですが貴方のお陰で助かりました」
「別に良いさ、俺も偶々通りがかっただけだし。あ、でも一つ気になった事があるんだけどさ」
「?何でしょう、私で答えられる事だと良いのですが」
ポネウスは暗黒潮の造物を片付けた後、戦っていた集団の護衛対象、コデクスと話していた。当人二人の間の空気は穏やかなものだが、コデクスの背後に居る兵士たちは皆、ポネウスに対して厳しい目線を向けて、護衛対象を守れるように備えていた。だが、当の本人は兵士たちの雰囲気を気にした風も無く話を続ける。
「そういえば、アンタの服って割と高い地位の人間が着るものだろ?そんな人がなんだってこんな森の中に居たんだ?」
「あぁ、その事でしたか。私たちは近辺の都市国家からヤヌサポリスへ戻っている最中だったのですよ。その最中に暗黒の潮に襲われて、そのまま森の奥深くへ来てしまったのですよ」
「なるほどねぇ、本当に災難だな.....ってちょっと待った、アンタ今ヤヌサポリスに戻るって言ったよな?」
「えぇ、言いまし「よっしゃ!運がいい!ちょっと道に迷っててな、助けた礼ってことでヤヌサポリスまで案内してくれないか?」案内.....ですか?」
ヤヌサポリスへの案内。これを聴いて周囲の兵士たちは警戒を強める。コデクスは少し考える。相手は命の恩人、疑うような事はしたくないのだが、自身はヤヌサポリスの司祭、理由は聞いておくべきだろう。
「不躾な質問ですが、何故ヤヌサポリスへ?」
「いや〜、今まで従軍していて色んな場所に行っていたんだが、この前軍を出奔してね。旅っていう旅は今回が初めてなんだよ、だからヤヌサポリスで旅の安寧を祈って恩恵でも貰おうかと思ってね。ほら、ヤヌサポリスのタイタンって《門と道》を司ってるわけだし」
「.....成程」
コデクスはポネウスの様子を観察しながら考える。彼の言う理由に特段おかしな所は無い。それに彼の言動を見ていると特段裏はないように見える。
「.....わかりました。喜んでご案内させていただきます」
「おお!本当に助かるよ!このまま森の中で一生暮らすしかないと思ってたんだ!」
「それは些か過剰では?」
そして一行は森を抜けて、《門と道》を司るタイタン、ヤーヌスを信仰する都市、ヤヌサポリスへと向かったのだった。
* * *
「おぉ!!ここがヤヌサポリスか!」
「そこまで喜ばれると私としても嬉しいものがありますね」
「活気もあるし、色んな都市国家の品がある。流石はヤーヌスのお膝元って感じだな!」
ヤヌサポリスに着いたポネウスは周囲の風景に強く興奮を示していた。コデクスにとって未だ、この青年には若干の疑念はあるが自身の故郷を素直に喜ぶ様は嬉しいものである。それから暫くコデクスが都市を案内していると、一際目立つ大きな建物の前に着いた。
「これが、運命の三相殿....か」
「ふふ、驚きましたか?」
「あぁ、大きさもあるが、周りの雰囲気が街とは比べものにならない程『重い』な」
「ヤヌサポリスの司祭達はここで、タイタン達からのお告げを受け取るのですよ。貴方が感じた重みもタイタン由来のものでしょうね」
「成程ねぇ、想像以上の都市国家だなぁヤヌサポリスは......ん?」
「おや、何か気になるものでも?」
「あぁいや、少し気になる人間が居たもんで、ちょっとな」
「気になる方ですか?.....あぁ、成程」
コデクスがポネウスの視線の先を見ると、気になるという発言に納得する。赤い長髪に薄青色の瞳、生来の優しさを見せつつも強い意志を感じる尊顔。所々に花の飾りが着いた服。コデクスにとっては自身の娘のようにとても大切な方。
「あの方でしたか…」
「あの子の事、知ってるのか?」
「えぇ勿論、あの方はヤヌサポリスの大司祭を務める聖女
トリスビアス様です」
これから先、数多の困難、試練、災厄がオンパロスを襲う。
その苦難の中歴史を紡いでいく二人、ヤヌサポリスの聖女トリスビアスとクレムノスの殺戮者ポネウス
これは、二人の一方的な初対面だった。
人生初の投稿で戦々恐々ですが頑張っていきます
感想よろしくお願いします
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