クレムノスの殺戮者   作:同乗者

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爻光将軍のデザインが良すぎるので14話目です。



『名』

 

 

 クレムノスの軍襲来の報を受け、ケリュドラ率いる軍団はケンパー山脈近くの平原に陣取った。

 兵士たちは皆顔を強張らせ平原の向こう側を睨む。

 彼らの視線の先には、既にクレムノスの軍が布陣していた。

 

「想定したよりも速いな...関所を無理やり突破したか。

 巡剣卿、身体はどの程度戻った」

 

「万全ってわけにはいかないけど、あの程度なら問題ない。

 しかも今回は結構少ないみたいだし」

 

「ほう、僕の目にはかなりの数に見えるがそれでも少ないと?」

 

「あぁ、少ないね」

 

 俺の発言が聞こえていたのか、周囲の兵士たちは息を飲む。

 眼前に広がるクレムノスの軍は兵士だけでなく、ニカドリーの眷属までもが所狭しと並んでいる。

 アレが一斉に進軍をすればそれは津波にすら見えるほどの大軍。

 だというのにアレで少ないのか、と。

 

「クレムノスの軍の強みは個々人の実力と圧倒的な物量でのゴリ押しだ。

 あっちが本気ならアレの倍はいるだろうよ」

 

「だが、奴らの全軍がアレだけとも限るまい。

 例えば奴らが伏兵を忍ばせている線もあるのではないか?」

 

「いやそっちの方が絶対ないね。

 クレムノス人がそんな事思いつくはずがない」

 

 だって俺も思いつかないし。

 俺の返事を聞いてケリュドラも渋い顔を見せる。

 

「クレムノスは策を嫌う...などと聞いたことはあったがまさか本当だったとはな」

 

「まぁそれでも油断はできないけど」

 

 頭痛を抑える様に頭を抑えるケリュドラ。

 彼女の言った通りクレムノス人は策を弄すことを嫌うが故に、真っ向からの突撃が基本だ。

 その愚直な突撃だけで大半の相手はひき潰せてしまうのだから《紛争》の名に恥じない軍と言えるだろう。

 

「それならそれ相応の策を張り巡らせるだけだ。

 巡剣卿、準備をせよ」

 

「応、っていうか何で俺なんだ?

 いつもは大抵セイレンスとの共同だろ」

 

「布石、というやつだ、今はまだ知る必要はない」

 

「...まぁいいけどさ」

 

 少々不服だが、今問いただす必要はないと判断して準備を始めるためにケリュドラの元を離れようとする。

 意識を切り替え殺意を研ぐ、いつものように気持ちでの準備を整え始めるとふと声がかけられる。

 

「巡剣卿、お前の『名』を明かすのはまだ先だ、覚えておけ」

 

 ケリュドラの声に釣られて振りかえるが、既に彼女は参謀や兵士と話していて命令の意味を聞けそうにもない。

 だがなんとなく想像はついた、何故そんな命令を出すのかは知らないが今は置いておく。

 俺は前を向きなおし、再び準備を始めるとトリビーが心配そうな目を俺に向けていた。

 

「ポネウス、大丈夫?」

 

「大丈夫って、二日酔いの事か?

 頭痛とか吐き気は残ってるけど別に問題ないさ」

 

「そこは心配ちてないよ。

 ただ...その、相手がクレムノス...でしょ?」

 

「あぁそういうこと、まぁ今は大丈夫。

 それに自分の過去を振り返るいい機会だしな」

 

 トリビーは俺の返事を聞いても少し心配そうに見ていたが、納得したのか今はそれ以上何も言わなかった。

 ...過去を振り返るなんて言ったが、それは俺の罪を振り返ること。

 それを直視したときに、俺はしっかり答えを出せるのだろうか。

 

 

* * *

 

 

「いや~懐かしいなぁ」

 

 準備を終えた俺は軍団の最前線で両剣を手に、目の前のクレムノス軍を睥睨する。

 彼らの装備やニカドリーの眷属、最後にそれを見たのは百年前ほど前だったか。

 以前はアレの一員として、今はアレの敵として向き合うことになるとは人生ってのは分からないものだ。

 

「....さて、殺るか」

 

 気合を再度入れなおして戦闘準備を終わらせる。

 それから時間がどれほど立ったのかは分からないが、合戦の開始を示す音が平原に響き渡る。

 その音に合わせてクレムノス軍は雄叫びと共に眷属を先頭にして進軍を開始する。

 それと同時に俺も走り出し、先頭を走る眷属に狙いを定めて走りの勢いをそのままに両剣を振りぬく。

 俺の一撃は眷属の身体を半壊させるが、眷属の身体は彫像そのもの。

 脇腹の半分ほどが抉れて黄金の血を流しているというのにも構わずに俺に向かって拳を振り上げる。

 その拳が振り切られる前に、俺は眷属の頭を刎ねとばす。

 

「肉の身体じゃない奴らはこれだからめんどくせぇ」

 

 愚痴を零しながらも先ほどよりも力を込めて両剣を振るう。

 柄の先に付けられた刃が縦横無尽に振り回されて眷属たちをただの石くずに変えていく。

 それと同時に巻き散る黄金の血を浴びていると、突如凄まじい頭痛が襲ってきた。

 

「痛ッ!!」

 

 思わず頭を抑えるが痛みが引くことは無い。

 取り敢えず狙いも定めずに両剣を荒っぽく振り回すがそれも当たっているのかどうかさえ分からない。

 今までに味わったことのない痛みに思考が白熱すると同時に、どこか高揚感も感じていた。

 高揚感すらいつも以上の高ぶりを見せており、頭痛がなければ今まで以上に自分が見えなくなっていたことだろう。

 すると突然、痺れが身体を中心に走る。

 最も痺れが強い場所を防ぐように両剣を身体の前で構えると、強い衝撃と共に身体が吹き飛ばされた。

 

「なんっだ今の!」

 

 突如の衝撃を防ぎきれずに衣服を軽く切られるが、なんとか傷は負わずに済んだ。

 衝撃によって身体が痺れているのか頭痛が少しだけ落ち着く、ぼやける目を凝らして前をよく見るとそこには眷属ではなく老年のクレムノスの兵士がそこに立っていた。

 

「防いだか、先ほどの暴れようにしてはよく対処出来たものだな」

 

「...その恰好、アンタ将校かよ。

 いいのか?こんな前線に一人で居て」

 

「ふん、貴様のような戦士を放って置ける筈もなかろう。

 付き合ってもらうぞ」

 

「....」

 

 直剣を構える老兵の言い分に何も返さずにこちらも得物を構える。

 どちらともなく切り始めるが、目の前の老兵は随分と武器の使い方が巧く中々攻めきれない。

 普段ならばここまで攻めあぐねることもないのだが、先ほどの頭痛が依然続き俺の判断を鈍らせる。

 その結果、かすり傷ではあるものの傷を複数個所に作られてしまっていた。

 老兵はそんな俺を観察しているのか油断なく目を走らせている、だがその目線はただ殺しあう相手を観察するだけのものには見えなかった。

 

「両剣、凄まじい技量と膂力、黄金の血、金色の髪。

 貴様...もしや」

 

「ぶつぶつ五月蠅い!

 今頭痛いんだから叫ばせんな!」

 

 何やら呟いている老兵に叫びながら、攻めかかる。

 すると、老兵は突如として間を開け剣を下げた。

 

「急に間を開けるとか、いい加減老体には堪えたか?」

 

「貴様、名は何という」

 

「無視かよ、ていうか名前だぁ?」

 

 俺の煽りを平然と無視して老兵は問いかけてくる。

 しかも老兵が聞いてきたのは俺の名前と来た、一体何を考えているのか。

 別に答えても構わないかと考えるが、ケリュドラの命令を思い出し言いとどまる。

 

「悪いけどアンタに答える義理はないんでね、こっからは本気でーーー」

 

「逃げた臆病者には名乗る名前すら持たんか。

 まさかここまでクレムノスの戦士としての心意気を忘れるとは」

 

「....アンタ今なんつった」

 

「聞こえなかったか臆病者、いや殺戮者。

 《紛争》の加護を受けておきながら逃げ出した軟弱者と、まさかこのような場所で出会うとはな」

 

 ーーー俺を知っている人間だ。

 ようやく俺は先程の視線の意味を把握した。

 この老兵に覚えは無いが、向こうは俺の事を憶えている。

 いや、俺の正体を知っている奴がいるかもしれないことは分かっていた。

 だというのに、俺の身体は頭痛と共に重さを増していた。

 

「アンタ、誰だ」

 

「やはり忘れていたか、儂は貴様が逃げ出した軍の将を務めていた者だ。

 貴様は随分と弱くなったようだな」

 

「弱くなった、だと?」

 

「剣の冴えは落ち、膂力も衰え、判断力も鈍っている。

 何より、あの時のような遠く離れていても死を連想させる殺気すら出せていない。

 これを弱くなったと言わずして何と言う?」

 

 老兵の言う通りだ。

 今の俺は度重なる頭痛も相まって、酷く疲弊している。

 いつもの俺とは比べるまでもないだろう。

 だとしても俺がここで引く理由は無いからこそ俺は再び両剣を握る手に力を籠める。

 そのまま老兵に向かって突進して、両剣を急所に向かって振り続ける。

 

「むぅっ!」

 

 老兵は苦し気な声を出して後ずさる。

 このまま一気に攻め落とさんとばかりに両剣を振る速度を上げる。

 振って振って振って振って振って振って振って振って振って振り続けているとーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グサリ

 

 

 

 

 

 

 

 そんな小さな音が、俺の耳に確かに聞こえてきた。

 その音が鳴ると同時に脇腹に違和感を感じ、目をやるとそこには脇腹に深々と刺さった矢の姿があった。

 恐らく、眷属が射た矢だと判断するが今はそんなことは関係ない。

 ただそれが致命的な隙を晒すことになる要因になりえるだけだ。

 

「しまっ」

 

 身体が強張りそこに振られる老兵の剣。

 俺は身体を守るために両剣を構える。

 ーーーそう、老兵の初撃を防いだ時と同じように『守って』しまった。

 身体が一気に重くなり、手足の感覚が鈍くなる。

 百年近く前に感じたように、身体の力が抜けていく。

 頭痛、脇腹の矢、二回もやってしまった『守る』行為。

 ここまで条件が揃ってしまえば、結末は明白だ。

 老兵の剣は俺の身体を切り裂いた。

 

「ガッ!!」

 

 黄金の血が噴き出す。

 意識が朦朧とする。

 命が流れ出していくのを感じる。

 地面に膝をつき、なんとか傷を抑えるが血を止めたとしても死はすぐそこまで迫っている。

 

「無様だな、殺戮者。

 戦場での死は我らの栄誉、貴様には相応しくは無いが...最後の慈悲だ。

 冥界で己の不徳を呪うがいい」

 

 剣が掲げられる。

 剣が振り下ろされる。

 命を奪うために、命を食むために。

 振り下ろされる刃を目に焼き付ける。

 きっと今まで俺が殺してきた奴らもこんな光景を最後に見ていたのだろうなんて考えながら。

 

「...トリ...ス..ビ...」 

 

 脳裏に浮かぶ赤髪の人の名前が口から漏れ出る。

 そんな最後の呟きを残して、俺の首は断ち切られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「命を落とすには早いぞ巡剣卿」

 

 来る筈だった結末は荒波のような剣に流されてしまった。

 

「貴様は...カイザーの剣旗か!」

 

「生憎だが、今は相手をしている暇は無い。

 金色のカジキを連れ帰らなければいけないからな」

 

 そう言ってセイレンスは俺を抱えて戦場から離脱する。

 間近に迫った命の危機が去ったのを感じるが、相変わらず死の淵にいるのは変わらない。

 俺の意識はそのまま暗闇に落ちていった。

 

 

* * *

 

 

「ーーー」

「ーーー!!」

「ーーー、ーーー」

 

 暗闇の中で声が聞こえる。

 怒号のようにも聞こえるし、囁き声にも聞こえる。

 何を言っているのかは聞き取れないが、良いものだとは到底思えない。

 この声は俺に何を言っているのか、この声は俺にどうして欲しいのか。

 俺には何も分からない、それとも分かっていながら理解を避けているのか。

 ーーーどっちでもいいか。

 自分で答えを出せないことをいつまで考えても無駄なだけ、聞こえてくる声を無視して別の事を考える。

 やはり今一番考えるべきはこの暗闇から戻る事だろう。

 しかし、戻る場所もハッキリしていないのにどうやって戻ればいいのだろうか。

 ーーーいや戻る場所は決まってる。

 俺の帰る場所は赤髪の少女の場所って決まってるんだから、戻る場所なんて気にする必要はない。

 それに戻り方も分かりきってる。

 俺はただ、目を覚ませばいいだけ。

 今も尚俺に向けられる声を全て無視して目を開けるだけでいい。

 簡単だ、単純だ、こんな事誰だってできる事だ。

 無視をしたって結末は変わらない、もう変える事はできない。

 でも目覚める前に伝えなくてはいけない気がした。

 ーーーいつか俺もそっちに行くから待ってろ。

 

「ーーー」

「ーーー!!」

「ーーー、ーーー」

 

 そう伝えたところで声が止まる事はない、声の主たちは俺が自分たちと同じ場所に行かなければ気が済まない。

 これ以上は俺も言う事は無いのでここに居る理由もない。

 数多の声を振り切って俺は目を開けた。

 

 

* * *

 

 

「ここ...は...」

 

 目を開けると白色の天幕が目に映った。

 周りからは忙しなく動き回る足音と苦痛に満ちた呻き声が聞こえてくる。

 周りをよく見ようと痛む身体を無理やり起こそうとする。

 その瞬間ーーー。

 

「ポネウス!!」

 

「トリ...ビー?

 何でここにーー」

 

「何でじゃないでしょ!!

セイレンスお姉ちゃんに抱えられて戻ってきたら血だらけで!!

 どれだけ呼んでも起きなくて!!

 あたちたちがどれだけ心配ちたと思ってるの!!」

 

 俺の傍で座っていたトリビーが凄まじい剣幕で怒鳴り始める。

 突然言葉の津波を浴びせられ俺は何も言えずに困惑するしかない。

 それでもなんとかトリビーを落ち着かせようと言葉をかける。

 

「ちょ..ちょっと落ち着けって。

 急に言われてもよく分からなーー」

 

「いっつも無理ちたらダメだって言ってるのに!!

 セイレンスお姉ちゃんが居なかったら死んじゃってたかもちれないんだよ!!

 本当に...!本当にっ...!」

 

「....」

 

 トリビーがここまで怒っているのを俺は見たことがなかった。

 彼女は怒りで声を荒げ、涙を流して頬を濡らす。

 その顔を見ていると、身体の痛みとは別に胸が締め付けられていくと同時に、そんな顔をさせてしまったのは俺だという事を痛感させられた。

 俺は少しだけ痺れる手を動かしてトリビーの手をとる。

 その手は冷たく、震えていた。

 

「ごめん...心配させちまった。

 詫びにもならないけど、気が済むまで好きなだけ言ってくれ」

 

「...っ!

 ......ポネウス、一つだけ約束ちて。

 絶対、絶対にこんなこと二度とならないって。

 ....お願い」

 

「あぁ、約束する。

 俺は、お前の従者は絶対に負けねぇよ」

 

「....うん」

 

 トリビーは俺の返事を聞くと俯いて暫くの間、何も喋ることはなく俺の身体に寄り掛かる。

 俺もその間口は開くことなくトリビーとの約束を思い返し、決意を固める。

 

(二度とあんな顔をさせてたまるかよ)

 

 トリビーが再び顔を上げるまでその状態は続いた。

 暫くして、トリビーも落ち着いていつも通りの様子に戻ると、俺とトリビーは現状を確認するためにケリュドラの元に訪れていた。

 

「随分と手酷くやられたな巡剣卿。

 傷は落ち着いたのか?」

 

「お陰様でな、傷はもう殆ど治りかけだよ。

 結構な深手だったけど、どんな手を使ったんだ?」

 

「特に何もしていない。

 ただ、巡剣卿に付けられた傷はどうやら異常なほど回復が早いようだな。

 所で巡剣卿、何故遅れをとった。

 お前ほどの戦士であれば遅れを取ることなど滅多にあるまい」

 

 ケリュドラは咎めるような声と視線で俺の返事を待つ。

 俺も傷を負った経緯を思い出しながら説明する。

 いつも通りに兵士や眷属を切っていたこと、血を浴びた瞬間に今までにない頭痛と高揚感が生じたこと、その状態で『守る』行為をしてしまったこと、俺の出自を知ってる奴が相手での動揺など全てを説明した。

 

「ふむ...巡剣卿、その頭痛と高揚感が出たのは一般兵と眷属のどちらの血を浴びた時だ?」

 

「確か..眷属だったはずだけど...それ関係あるのか?」

 

「大いにある。

 まず普段、巡剣卿が戦場で感じている高揚感は恐らく《紛争》の加護の影響だと僕は睨んでいる。

 戦えば戦うほど調子が上がる上に、今回のように傷の治りも早い。

 これらは巡剣卿が持つ加護が戦いの最中で効果を発揮している証拠だ」

 

 ケリュドラは自身の推測を語り始める。

 俺が持つ《紛争》の加護、詳細は分からないがケリュドラは戦闘中に効果があるものだと推測したようだ。

 というか俺ケリュドラに加護を持ってるって話したっけ、と疑問も浮かぶが今は置いておく。

 

「そしてニカドリーの眷属は彫像にタイタン自身の黄金の血を流しこまれることで動くと聞く。

 恐らくそのタイタンの血が原因だろう。

 戦闘中に感じる高揚感、これが加護を授けたニカドリー自身の血に触れたことで今まで以上に効果が強く表れたのだろう。

 頭痛はその副作用、といったところか」

 

「なるほど..じゃあ俺は眷属を殺さない方がいいわけか」

 

「恐らくな、血を浴びなければ今回のようにはならないかもしれないが安全策を取った方がいいだろう。

 そして、巡剣卿には聞かなければならないことがある」

 

「...なんだ、カイザー」

 

「先ほど傷は殆ど治ったと言ったな。

 では、再び戦場に戻れるな?」

 

 ケリュドラは俺に問いかける。

 戦場に戻れるのか、戻れないのか。

 少なくとも大怪我をした人間に対する質問ではないがケリュドラの目は本気だ。

 本気で俺に戻れるかを聞いている。

 それに俺が返事を返す...前にトリビーがケリュドラに食って掛かっていた。

 

「カイザー!

 ポネウスは大怪我ちたばっかりなんだよ!

 いくら傷が治ってるからって行かせちゃダメ!

 セイレンスお姉ちゃんも居るしポネウスが行く必要はないでしょ!?」

 

「確かに運命卿の言う通り、巡剣卿が出ずとも大した問題はない。

 今は互いに息を入れている状態だが、再び本格的にぶつかれば勝利は確実だ。

 しかし僕が質問したのは巡剣卿に対してだ、運命卿ではない。

 答えよ巡剣卿、お前は再び戦場に戻り自身の名誉の為に戦えるか?」

 

「応、傷も塞がってるし問題ねぇよ。

 それにあの爺さんにも借り作っちまったからな」

 

「ポネウス!」

 

 俺の返事にトリビーは声を張り上げる。

 さっき痛い目を見たばっかりなのに性懲りもなく向かうつもりかと目で訴えられるが、俺にも引けないことはある。

 

「トリビー、さっき約束しただろ。

 俺は絶対にさっきみたいな無様は晒さねぇよ。

 それに俺自身いつまでも相手に勝ったなんて思われんのは御免だし」

 

「..........絶対に帰ってきてね」

 

 トリビーの心底不服そうな顔に思わず笑ってしまい、トリビーは頬を膨らましてそっぽを向いてしまった。

 ご機嫌取りには苦労しそうだとこれから先のことを考えるていると、ケリュドラは俺に声をかける。

 

「巡剣卿、開戦前に『名』を明かすなと命令したな」

 

「確かにされたけど...それがどうかしたか?」

 

「その命令を取り消す。

 お前の本当の名と共にクレムノス軍に教えてやれ」

 

「いいのか?

 っていうか俺の本当の名前って...」

 

「気づいていないと思ったか。

 ポネウスという名はオクヘイマ圏での呼び名だろう、お前がクレムノスに居た頃の名がある筈だが?」

 

「...わかったよ。

 盛大に明かしてやるさ」

 

 

* * *

 

 

「っていうことがあって、俺はまたここに立ってるってわけだ」

 

「なるほどな。

 カイザーも無理を言うものだ」

 

 互いの小休憩が終わり、戦場での小競り合いも同時に終わりを告げる。

 これから先はまた本格的なぶつかり合い、勝負は分かり切ってはいるがクレムノス軍は引く気ははないようで再び整列しこちらの様子を伺っている。

 後は号令を待つだけと言わんばかりの気迫だ。

 俺は最初と同じように最前線で戦闘準備を終わらせる。

 最初と違うのは、隣に友人がいることぐらいだろう。

 

「セイレンス、眷属の相手は任せる。

 俺はあの爺さんを探す」

 

「了解した。

 好きなように泳いでくるといい」

 

「...お前は心配とかはしないのな」

 

「キミの強さはこの軍でワタシが最も理解している。

 先程は遅れを取ったようだが、二度目はないだろう?」

 

「応、勿論」

 

 互いに言葉を交わしていると、再び開戦を知らせる音が響く。

 俺たちは向かってくるクレムノス軍の相手をしながらそれぞれの目標の為に動く。

 そしてーーー。

 

「やっと見つけたぜ、爺さん」

 

「とことん生き汚いようだな、臆病者」

 

 ようやく目的の人物を見つけることができた。

 目の前の老兵の目は侮蔑に満ちており、俺が生きていることによっぽど腹を立てている様子だ。

 

「それで、何のようだ。

 再び無様を晒しに来たか?」

 

「いつまでも俺に勝った、なんて思われんのは嫌なんでね。

 臆病者なんて呼び名と一緒に撤回させに来たんだよ」

 

 互いに言葉をぶつけ合いながらそれぞれの得物を構える。

 互いにどっちが先に動いてもいいように互いの一挙手一投足を見逃さない。

 

「撤回ときたか、ならば臆病者の名が無ければ貴様は何と名乗るつもりだ。

 貴様には名乗るような名はないだろう?」

 

「あるさ、今まで見ないようにしてきた名前がな」

 

 この名前を一度でも名乗ってしまえば、俺は今まで見てこなかったものを見る事になる。

 軍から出奔した時に自らの行いがバレないように名前を隠し、出身を隠し、肩書きも隠した。

 時々バレることもあったが、俺は自分で積み上げた行い直視せずに済んでいた。

 それが俺の罪だ。

 俺が殺してきた多くの人間を、俺は自分の名前や出自を隠すことで見ないようにしてきた。

 これから先にどんな事が起きるかは分からない、分からないが前に進む為にもあの聖女の横に立って恥ずかしくない自分で居る為にも、俺は俺の罪と向かい合うと既に決めている。

 だからこそ俺という罪人が此処に居るという事実を、俺自身の『名』をもって証明しよう。

 目の前の老兵に聞こえるように、戦場全体に響かせるように、オンパロス全土に轟かせるように名乗り上げる。

 

「クレムノスの殺戮者、ポーネリウス。

 《紛争》の加護を受け、幾千、幾万もの命を奪ったクレムノスの戦士の名だ。

 臆病者の名は、ここで返上させてもらう」

 

「ーーー、ハッ!

 言いおったな、小童!!」

 

 最早、言うべきことは尽きた。

 故にこれからすべきことも明白だ。

 老兵は俺の攻撃を受け流そうと直剣を構え、俺は老兵の構えを崩そうと急所目掛けて両剣を滑らせる。

 一息に加えられる複数の衝撃、老兵はその大半を受け流すが防ぎきれない剣線が老兵の身体を切り裂いていく。

 

「ぬぅっ!?」

 

 老兵の顔が驚愕に染まる。

 それも当然のことだろう。

 老兵自身の手によって深手を負わされた戦士が、先ほどより明らかに剣も、膂力も、殺意すら研ぎ澄ましている。

 老兵にとっては目を見張る変化、俺にとっては普段以上の好調っぷり。

 そのまま押し切るように俺は剣を振るい続ける。

 その嵐のような猛攻を前に、老兵は受け流しきれずに体制を崩す。

 当然、その隙を見逃すことはなく、老兵の胴体目掛けて両剣の刃を振り下ろした。

 振り下ろされる刃は容易く、容赦なく老兵の命を奪うだろう。

 だがーーー。

 

「もらったぞ!小童ぁ!」

 

 目の前の老兵は体制を崩した時点で既に反撃に出ていた。

 クレムノスの兵として、人生の大半を《紛争》に費やしてきたその身はいかなる不況に陥ろうと勝利に手を伸ばす。

 老兵の最短、最速の剣戟は一切の狂い無く俺の首に吸い込まれていく。

 俺の一撃が老兵に届くよりも速く、老兵の一撃が俺に到達する。

 なんて真っ当な戦士だろう、なんて従順な《紛争》の兵だろう。

 そんな風に感嘆を憶えていると、ザクリと肉を裂く音が鳴った。

 老兵は慣れ親しんだ肉を裂く感触を感じると、止めを刺す為に腕に力を籠め剣を進める。

 ーーー進めようとするが剣がそれ以上動くことはない。

 その原因をようやく目で確認して老兵は驚きに目を見開く。

 それは血とそれに濡れた剣、そして振られた剣を抑える俺の手だった。

 俺は首に剣が触れる直前、両剣を握っていない方の手を割り込ませることで直剣の進行を防いでいた。

 当然そんなことをすれば手は切られるに決まっている、現に俺の手は血が絶えず流れ続けている。

 今はただ持ち前の膂力を持って剣を止めているだけで長続きはしないだろう。

 ただ...俺の剣が届くだけの時間が作れればそれでいい。

 

「ハァッ!!」

 

 思い切り、両剣を振り下ろす。

 その刃は確かに老兵の身体を切り裂き、血を噴出させる。

 老兵は声を上げることなく後ろに倒れていく。

 以上をもって短くも激しい殺し合いは終わりの時を迎えた。

 ーーーしかしかなりの血を流しているにも関わらず老兵はまだ辛うじて息があるようだ。

 

「...小童、貴様...今更何故殺戮者を名乗った...」

 

「俺が言えたことじゃないけど、アンタも大概しぶといな...」

 

「茶化すな...」

 

「...ずっと気がかりではあったんだよ。

 守れなくって諦めて、逃げ出したのは事実だし」

 

「...後悔...していたと?」

 

「後悔はしてねぇよ。

 逃げた先で大切な人に会えたし。

 でも、ずっと過去から目を背けるって結構キツくてな。

 まぁ結局の所、逃げ出しっぱなしは嫌だったってだけだよ」

 

「...そうか。

 .....汚名は、そう簡単に覆せるものでは...ないぞ。

 精々、奮闘することだ...」

 

「アンタに言われなくてもやってやるさ。

 ...ゆっくり眠れよ」

 

 老兵がそれ以上声を出すことはなかった。

 彼が最後に言った言葉が激励だったのは、実は俺の事を気にしていたのだろうか?

 なんて益体もないことを考えていると、戦場を震わせる歓声がこだまする。

 クレムノス軍は撤退し、ケリュドラ率いる軍は喝采を上げる。

 俺もトリビーたちの元に戻ろうと足を進める。

 これから先もクレムノスとの戦争は続くだろうが、これから急いで俺がやるべき事はただ一つだ。

 

「どうやってトリビーたちの機嫌を取るかねぇ」

 

 そんな他人が聞けば呆れるようなことを考えながら、殺戮者は再び歩み始めた。

 

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