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トレートス平原では俺たち火追いの軍とクレムノスとの決戦が開かれていた。
血が飛び交い、刃が振るわれ命を奪う。
雄叫び、怒号、断末魔、悲鳴全てが戦場にこだまする。
両軍の兵士の亡骸が積み上がり、兵士たちは目もくれずにそれを踏み越える。
そんな状況が開戦から三ヶ月近く続いても尚、未だ終戦に至っていない。
トリビーたちが戦場の状況を伝えて、ケリュドラが指揮を執る。
セイレンスはクレムノス軍の猛攻を抑えケリュドラの所まで敵兵を通さないよう剣を振るう。
断鋒卿は敵軍の奥深くに突撃して指揮を乱さんと獅子奮迅の活躍を見せ、冬霖卿は敵兵を凍り付かせ無惨な氷像を作り上げクレムノスの進軍を食い止める。
牽石卿は休むことなくケリュドラと策を練り犠牲を減らすべく策を編み、吟風卿は戦場に満ちる悲惨な光景を直視して記録に残さんと筆を取り続ける。
各自が己の限界を超えて動き続ける中、俺も己の役割を果たさんと目の前の敵との死闘を演じる。
「ハァッ!!」
「ーーー!!」
俺が振るう剣を相手は容易く受け止め、片手に持つ槍を突き出す。
その刺突一つで周囲に突風が吹き荒れ周囲で戦う戦士たちを敵味方問わず吹き飛ばす。
そんなモノを喰らえば俺の身体は泣き別れ間違いなしだ。
想起された死から逃れようと突き出される槍の側面を狙い両剣の刃を打ち付けるが、槍の軌道は変わらず真っ直ぐに俺の心臓目掛けて突き進む。
槍が心臓を突き破る前に打ちつけた刃の勢いを利用して思いっきり横に跳び、何とか槍の先端から逃れることに成功する。
「っハァ.....ハァ....フゥーーー」
距離を取った俺は息を整えながら目の前の敵を観察する。
彫像のような白と青色の身体に、その手に持つ金色の槍。
どこか騎士を彷彿とさせる立ち振る舞い。
そのどれもが洗練されていて本当に己と同じ生命なのかと疑う程だ。
何より、全身から放たれる凄まじい神気が俺の身体に恐怖を刻み込んでくる。
「ーーー、ーーー!!!」
俺には聞き取れない言語を発しながら目の前の敵は槍を構えて突撃する。
俺は刻まれる恐怖を踏み潰して《紛争》のタイタン、ニカドリーに刃を向けた。
「いい加減....やられとけぇ!!」
「ーーー!」
一撃一撃が死を連想される槍を掻い潜り、神体に刃を滑らせる。
俺が振るう剣撃も並大抵の相手なら一撃で命を奪うモノだ、だというのにニカドリーの神体を砕くには何度も打ち込まなければ壊れる兆候も見せやしない。
「硬すぎんだよ....!
けどっ....!」
ニカドリーの神体には確かに今までに付けた傷が見える。
傷を付けられるなら勝てない道理はない。
問題があるとすればーーー。
「ーーー!!」
「グッ..!」
俺が負う傷の量だ。
ニカドリーと戦い始めてから軽く数時間は経過している。
もう両剣を持つ腕の感覚は無い上に、足が重しでも付けられているかのように動かない。
そのせいでニカドリーの槍も徐々に避けられなくなっている。
今身体に付けられる傷は小さいものばかりだがその内深手を負いかねない。
(狙うなら短期決戦...だけど何処を狙う?
頭、首、心臓どれ選んでもニカドリーは対応する。
それに何処を選んでも何回か切りつけないと壊せない)
堂々巡りだ。
有効な手が一向に思いつかない。
このまま考えていても待ち受けるのは死のみ。
ならばいっその事一度引いて立て直すかーーー。
「ダメに決まってんだろ、そんな事」
頭に浮かんだ弱音を即座に切り捨てる。
確かに一度体制を立て直せば俺の回復力も相まって次には勝てるだろう。
だが俺が逃げたらニカドリーの矛は周囲で戦う仲間に向けられ、多くの死人が出るのは間違いない。
最後には勝てたとしても仲間を死なせるのは御免だ。
何よりーー。
「二度も《紛争》に背を向けられるかよ」
一度クレムノスから、《紛争》から逃げた事実は汚名を晴らしても消えやしない。
俺はトリスビアスの願いに応えて火を追う道を歩み、二度と《紛争》の道に戻ることはないだろう。
それでも、自分の大元とも呼べるタイタン相手に二度も無様を晒せはしない。
「覚悟はいいか、俺。
こっから先は死線だぞ」
力が入っているかも分からない腕で得物を握る。
碌に踏ん張れない足で地面を踏みしめる。
必ず、トリビーたちの元に帰ると覚悟を決める。
狙いは定めた、後は実行するだけだ。
「ハァッ!!!」
爆発のような音を鳴らしながらニカドリー目掛けて突進する。
ニカドリーは槍を振りかぶり大地も纏めて薙ぎ払う。
そうなれば当然俺も地面の上には立っていられない、ならば何処を走るかーーー。
「ーーー!?」
凄まじい勢いで振るわれる槍、それは武神が放つ完璧な一振りだ。
ならば、そこ意外に安定した足場は今この場には存在しない。
大地を走ることが出来ないのなら今最も安定した場所を、振るわれる槍の上を走ればいい!
ニカドリーも流石に驚いた反応を見せるが、即座に気を持ち直し俺を振り落とさんと槍を振る。
だがもう遅い、狙いの場所まで一気に跳びだす。
その際左足からゴキリと鈍い音が響くが今気にするようなことではない。
ニカドリーの目と鼻の先に近づいた俺は思い切り頭目掛けて両剣を振り下ろす。
「オラァッッ!!!」
ガキンと甲高い音が鳴る。
ニカドリーの頭は少しひびが入るが壊れるような様子は見せない。
当然ニカドリーもやられるだけではない。
己の命を奪おうとする勇ましき不届き者目掛けて握りつぶそうと手を伸ばす。
アレに掴まれれば全身の骨が砕けて死は免れない。
だからこそ、先ほどのように振り下ろした刃の勢いを利用して高く高く跳びあがる。
ニカドリーの手は空を切る、しかし即座に上空にいる俺を捕捉し槍を突き出してきた。
空中に居る俺は碌に身動きが取れない。
だから俺に取れる行動はただ一つ、出来る限り身を捩り一撃で死なないようにする事だけ。
槍は俺の脇腹を抉り、肉と血を散乱させる。
しかし、槍の穂先は内蔵には届かず軽く抉るだけに留まる。
逃れられない死を乗り越えた今狙うはただ一点!
「壊....れろっ!!」
「ーーー!!!」
掛け声と共に先ほどひび割れさせた部分目掛けて再度両剣を振り下ろす。
その瞬間、先ほどよりも鈍く割れるような音が鳴り響く。
俺の目にはニカドリーの頭が大きくひび割れるのが見える。
勝ったーーー。
きっとその気の緩みがいけなかった。
「ガッ...ァ!?」
気が緩んだその瞬間、抉られた脇腹に衝撃が走る。
その衝撃をもたらしたのはニカドリーの拳だった。
きっと先ほどの一撃はニカドリーにとっても痛手だったのだろう。
だからこそ俺は地面に転がりまだ息をしている。
だがーーー。
「ーーー」
何かを言いながらニカドリーは近づいてくる、止めを刺す気だろう。
俺には、もうどうしようもない。
先ほどの衝撃で両剣は遠くに転がってしまい、脇腹からは血が流れ続けている。
左足は恐らく骨が折れて、右足も力が入らない。
負け...か。
その一文字が頭に浮かぶ。
だが俺が死んだとしても、セイレンスなら負傷したニカドリーを倒すことだろう。
だからきっと大丈夫。
アイツらならきっとーーー。
『 ......ポネウス、一つだけ約束ちて。
絶対、絶対にこんなこと二度とならないって。
....お願い』
『あぁ、約束する。
俺は、お前の従者は絶対に負けねぇよ』
「大丈夫....なわけねぇだろうがぁ...!!」
「ーーー」
歯を食いしばって拳を握り、地面に打ち付ける。
骨が折れた足で無理やり立ち上がる。
朦朧とする意識を脇腹の痛みとトリビーたちとの約束で繋ぎとめる。
何とか立ち上がった俺を見て、ニカドリーは一瞬足を止めるがそれも一瞬の事。
再び俺に近づき槍を振りかぶる。
俺は拳に力を入れるが、既に満身創痍。
籠める力は拳だけで精一杯。
それでも負けなんて受け入れない、受け入れてやるもんか。
だから槍が振るわれて俺に迫る時も、最後まで真っ直ぐにニカドリーを睨みつける。
だからだろうか、真っ直ぐに睨みつけているとふと違和感が湧き上がる。
目の前が光り輝いて、その輝きにやけに見覚えがあってーーー。
「開け!!百界門!!」
その声を聴いたから、力が湧き上がる。
目の前に開かれた扉目掛けて走り、跳び込む。
一瞬目の前が光に閉ざされるが、その後に目に入るのはひび割れたニカドリーの顔。
身体を捩じり、拳を振りかぶる。
後の力を全て拳を振り下ろす動作に集約させる。
「負けて....たまるかぁっ!!!」
振り下ろした拳がニカドリーの顔に直撃する。
その時、戦場のあらゆる時間が止まった気がした。
ピシリと小さく音が鳴り。
ビシリと更にひびが大きくなる。
そして遂にバキリとさらに大きな音をたて、ニカドリーの顔面が崩壊していく。
ニカドリーの神体は徐々に光の粒子となって空中に消え始める。
俺は拳を振りかぶったまま、碌に受け身も取れずに地面に転がり込んだ。
「..........」
戦場から音が消え、周囲の視線が俺に集中する。
力を使い果たしてもう碌に動けやしない。
だから最後に弱弱しく拳を空に向けて挙げた。
「勝った.......」
誰に伝えるでもない。
ただその事実を嚙みしめるように俺は呟く。
その声に呼応してか周囲から歓声が轟いた。
歓声の主は俺の仲間たちで、彼らは勢いを増してニカドリーが敗れ動揺するクレムノス軍目掛けて突撃していく。
俺はそれを視界の端で見た後、空に挙げた手を下げる。
そのまま意識を手放そうとしてーーー。
「ポネウス!!」
心配そうな声が聞こえてきて、離れかけた意識を繋ぎ止める。
「よう...トリビー。
さっきは...ありがとな」
「無理ちて喋らない!
今はすぐに傷を塞がなきゃでしょ!」
トリビーは慣れた手つきで俺の脇腹の傷の止血を始める。
正直その脇腹の傷も既に治り始めているようなので必要はないのだが、折角の厚意を黙って受け取っておく。
「はい、取り敢えず止血はちたけどすぐに戻ってちゃんと治療ちないと」
「応...でももう少し待ってもらっていいか?
もうちょっとで...歩ける筈だから」
「...大丈夫なの?
無理ちて歩かなくても百界門で「それはダメだ」...」
「必要ないのに...わざわざ使うことはねぇよ。
それに...一人じゃニカドリーを倒せなかったわけだし...これ以上情けない姿は見せたくねぇよ」
「情けなくなんてない、凄いかっこよかったよ」
「はは...ならよかった...かもな」
トリビーたちに少しでも格好つけられたならあそこまで頑張った甲斐があるというものだ。
本人に言ったら呆れられそうな事を思いながら息を吐く。
周囲の喧騒も、内に渦巻く高揚感も、頭に響く幻聴も、今は兎に角邪魔でしかない。
今はただ、トリビーとの時間を邪魔してほしくなかった。
そのまま暫くの間、戦場に不釣り合いなほど落ち着いた空間に二人は居続けた。
* * *
ニカドリーとの戦いの後、クレムノス軍は壊走。
ケリュドラ率いる軍団の勝利という結果で、決戦は執着した。
そして俺はニカドリーとの戦いを報告のためケリュドラに呼び出されていた。
「ご苦労だったな巡剣卿。
素晴らしい働きだった」
「そりゃどうも。
で、何の用?まだ身体が痛むから休みたいんだけど」
「呆れた回復力だな。
《紛争》のタイタンを相手にして身体が痛むで済むとは」
「あのニカドリーも本体じゃなかったみたいだし、運が良かった」
先ほど戦ったニカドリーは数多くある神体の一つで本体ではないだろう。
倒しても火種が手に入らなかった事と『天罰の鋒』を使わなかったのが何よりの証拠だ。
アレを使われていたのなら正直勝負になったかどうかすら怪しい。
「本体で無かったとしても、倒したのは事実だ。
誇ることはあっても謙遜する必要はないだろう」
「そう..なのかね。
まぁそれは置いておくとしてわざわざ呼び出すってことは前言ってた謁見の話か?」
ケリュドラは誇れと言うが、イマイチ実感が湧かない。
全力ではない相手に勝っても釈然としないのが現状だ、トリビーに百界門も使わせちまったし。
だがこれは俺の勝手な感情、今は置いておいて話を進める。
「あぁその通りだ。
今回の活躍もあったからだろうな、クレムノス側も特に拒絶の意思は見えなかった。
謁見については以前言った通り、暗黒の潮の影響とお前の加護について聞いてこい。
それ以外については巡剣卿に一任する」
「応、ちゃんと確認してくるさ。
所でカイザー、一つ聞きたいんだけどいいか?」
「ん?
何だ、言ってみろ」
「今回の決戦でクレムノスと和平条約を結んだんだろ?
俺はこのままクレムノス要塞に攻め込んでニカドリーの火種を狙うと思ってたんだけど良いのか?」
「問題ない、《紛争》に火種を狙うのは当分先だ。
具体的に言うのならニカドリーが暗黒の潮を防ぎ切れなくなった時だな。
それに、未だ運命卿の神託でも《紛争》の神権を継ぐ者について言及はされていない。
しばらくは様子見だ」
「そうか....」
ケリュドラは何か考え込む様子を見せる俺を見て、ため息を吐く。
その様子に何か悟ったのか、呆れたような目を俺に向ける。
「そう焦らずとも既に狙う火種は決まっている。
後は火を追う旅を邪魔するオクヘイマの元老院や貴族を一掃するだけだ。
そうすれば僕たちはようやく火を追う旅を始められる。
その際には巡剣卿にも大いに働いてもらうぞ」
「言われなくても分かってる。
それじゃクレムノスに行く準備でも進めてくるよ」
「あぁ最後に一つ言い忘れていた。
巡剣卿は元老院や貴族との戦争に参加する必要はない。
次の戦争は僕と僕の臣下たちだけで十分だ」
「は?」
今ケリュドラは何と言った?
これまで戦争の大小に関わらず俺も参加させていたというのに一体どういうつもりだ。
まさか、決戦の最中に頭でも打ったのだろうか。
「ケリュドラ...お前頭大丈夫か?」
「巡剣卿、どういう意図で言っているのか説明せよ。
内容次第ではクレムノスに向かう前にお前の首が飛ぶぞ?」
俺は本気で心配しているというのにケリュドラは眉間にしわを寄せて俺を問い詰める。
その声色は先ほどよりも数段冷たく圧を増していた。
でもしょうがないと俺は思うのだ。
あの戦争に勝つためなら自身の身の安全すら投げ捨てるケリュドラが戦力を減らすような真似をするとは到底考えられない。
「いやだって今までどんな戦争にも俺を出してただろ。
なのに『参加しなくてもいい』なんて急に言われたら頭でも打ったかと思うって」
「はぁ、次の戦争は僕が何年もかけて下準備を進めていたものだ。
処罰する元老院や貴族は誰か、奴らに加担する国家はどこか、その戦力も既に把握している。
故に巡剣卿が心配するようなことは何一つない。
それとお前を戦争に参加させないのは今回の奮闘に対する褒美だ。
謁見が終わってからの一か月は好きに過ごせ」
「褒美ぃ?
別に褒美になってな「それと運命卿たちにも同じ褒美を与えるつもりだ」.....」
ケリュドラの発言でようやく彼女の意図が分かった。
ケリュドラはどうやら俺にとってトリビーたちと過ごす時間が褒美になると思っているようだ。
...いや間違ってはいないのだが。
間違ってはいないのだがここまで見透かされているのはどこか釈然としない。
「...次の戦争で黄金戦争は終結する。
その後は今までよりも過酷になるであろうタイタンたちとの戦いだ。
今までのお前たちの旅路に比べたら短い時間だが、自由な時間は大事にしておけ」
「....分かった。
折角だしゆっくり休ませてもらうさ。
でもトリビーたちが褒美を受け取らないなら俺も要らないからな。
そこはそっちも分かってくれよ」
「運命卿に褒美を受け取らせるのはそこまで難しい事ではない。
安心して休暇の内容でも考えておけ」
「........」
一体何を企んでいるのかとんでもない悪人面を見せるケリュドラ。
その顔を見た俺は、黙って顔を引きつらせるしかなかった。
* * *
決戦から数日後、俺とトリビーたちはクレムノスの街中を歩いていた。
周囲には何処を見渡しても屈強な戦士が目に入り、時折こちらを睨みつけてくる。
そんな相手には軽く殺意を向けて黙らしておくとしてやはり目につくのはアレだろう。
クレムノスが誇る闘技場、その真上に位置する巨大な剣
エーグルの楽園やあらゆる都市国家を滅ぼしたクレムノス人の信仰そのもの、天罰の鋒だ。
「...懐かしいもんだな」
口から出た言葉は何も天罰の鋒だけから出たものではない。
街並みも、そこに住む人々の雰囲気も、鉄を打つ音も全てが記憶の片隅にあるものとなんら変わらない。
相変わらず物騒で、血気に満ちて、賑わいを見せるその風景にむずがゆい気分を味わう。
そんな気分を振り払うように俺は目を輝かせて辺りを見回すトリビーたちに意識を向ける。
彼女たちは目に映る物すべてが珍しいのか今にも飛び出して行きかねないほどだ、特にトリアン。
「楽しそうなのは何よりだけど離れたりしないでくれよ。
散らばれると何かあった時対処できない」
「だ、大丈夫!
ちょっと目移りしちゃっただけだから。
まずはニカドリーとの謁見だもんね」
「..あぁ」
ニカドリーとの謁見までもう時間はない。
先日戦った分身ではなく正真正銘のニカドリーの本体が、王城の神殿内で俺たちを待っている。
それを意識すると心臓が早鐘を打ってしまう。
落ち着こうとしても中々意識が纏まらない。
それでも何とか落ち着こうとしていると、いつの間にか固く握っていた拳に小さい手の感触が重なった。
「ポネウス、一回深呼吸ちよ?
大きく息を吸ってー!!吐いて~。
さ、やってみて!」
「トリビー?
急にどうしたんだ」
「だってポネウスってば緊張ちてるでしょ。
そういう時は深呼吸して気分をスッキリさせなきゃ」
「...それもそうだな」
トリビーの助言通り大きく息を吸いゆっくり吐き出す。
すると強張った意識が緩み、視界が開けるのを感じる。
どうやら自分が思っていたよりも、俺の身体は緊張していたようだ。
「どうポネウス、落ち着いた?」
「お陰様でな。
また情けないモノ見せちまったな」
「...ポネウスは前に言ってくれたよね。
弱音も文句も自分に言えばいいって、それはあたちたちも同じだよ。
あたちたちも貴方と同じものを背負ってる。
だから情けないなんて言わないで。
あたちたちの従者に情けない所なんてないんだから」
「....ありがとな」
本当に、彼女たちには敵わないことを痛感させられる。
心も足取りも先ほどとは比べ物にならないほどに軽くなった。
きっとニカドリーに会っても俺の心は揺らぐことはないだろう。
そのまま心機一転、俺たちは王城の中に入りニカドリーの元へと進む。
「......」
「大丈夫か、皆。
少し顔色悪いぞ」
「うん..歩いてたらちょっとだけ息苦ちくなってきちゃって...。
さっきまではこんな事なかったのに...」
「あ~多分ニカドリーの気配のせいだな。
《紛争》の気配は戦いなれてない人間にとっては苦しいか」
俺は平気だがトリビーたちの顔色が青ざめている。
身体に支障はないようだがこのまま放っておくのは気分が悪い。
だが対策も思いつかないので、試しにニカドリーが居るであろう方向に本気の殺気を向けてみる。
するとトリビーたちの顔色が少し良くなったようで一安心。
まぁ周囲の衛兵には睨まれるが必要なことなので見逃してほしいものだ。
(にしてもタイタンの気配を相殺できる殺気ってなんなんだろうな。
これも俺の加護が原因なのかね)
いくら本気の殺気であろうと、タイタンの特殊な気配を打ち消すのは違和感がある。
恐らく加護の影響なのだろうがイマイチ釈然としない。
...ニカドリーも加護について忘れていないといいのだが。
そんな益体もないことを考えていると、遂に神殿前に到着した。
「そういえば謁見に同行するのって誰なんだ?
俺ニカドリーが何言ってるのか分からないんだけど」
「その役割はあたしたちが請け負います。
ニカドリーの通訳は任せてください」
「トリノンだったか。
それじゃあ思いっきり頼らせてもらうよ」
トリノンはトリビーたち姉妹の中で特にタイタンからの神託を受け取り、祭事を担う役割が多い子だ。
性格は大人しく、引っ込み思案の気があり自分から積極的に動くことは少ない。
だからこそこういった場で彼女が率先して動くのは少し珍しく感じる。
「あたしたちも自分の役割を果たさなければいけませんから。
ーーそれにトリビーとトリアンばかり出番が多いですし...」
「?なんか言ったかトリノン」
「いえ、何でもありません。
ではポネウスも準備はいいですか?」
「応。
さぁ、行こうか」
俺とトリノンは開かれた扉を通り、神殿の中に入る。
神殿内には先ほど以上に《紛争》の気配が満ち満ちていて、こちらの神経をすり減らしていく。
その厄介な気配の持ち主が視界に映る。
ニカドリーの本体は先日の分身と然程変わらず、依然として神々しさを誇っていた。
しかしーーー。
(落ち着いて見ると百年前とはいろいろ違うな。
形も、気配もどこか歪んでいる気がする)
ニカドリーは一見変わりないようにも見えるが、神体の一部が神々しさとは正反対の歪み方をしているようだ。
気配も同じように純粋なものとは言えなくなっている。
(暗黒の潮の影響もしっかり受けてる、か)
その歪みがニカドリーを覆いつくすのは当分先だろう。
だが、暗黒の潮はタイタンすら飲み込んでしまう。
その事実がとても重かった。
「ー勇しきーーー、ーー用ーー」
「『《紛争》の栄光を示した勇ましき戦士よ、何用で我が元へ戻ってきた』とニカドリーは言っています」
「え?
あぁそうだな」
ニカドリーの状態を観察していると、ニカドリーの方から声をかけてきた。
だが、今トリノンが通訳をする前にニカドリーが何を言ったか少しだけ聞き取れたような気がする。
いつもの幻聴ではない、しっかりと意味が乗った言葉が聞こえたことに一瞬動揺するがすぐに気を持ち直してニカドリーに向き直った。
「《紛争》のタイタン、天罰の矛ニカドリー。
二つ俺の質問に答えてもらいたい。
一つ目は暗黒の潮について、アレは今どれだけ広がってる」
「ーーー。
ーーーーーーーーー、ーーーーーーーーーーーーー。
ーーーーーー」
「『不明だ。
暗黒の潮は神出鬼没、だが奴らが現れる範囲は徐々に広くなっている。
これから被害も増えるだろうな』」
「....成程ね。
じゃあアンタはどうなんだ、どれだけ奴らと戦える」
「........」
「ポネウス、ニカドリーは今の発言に怒っているようです。
撤回した方がいいのでは?」
トリノンが言う通り、ニカドリーは黙って俺に殺意を向けてくる。
確かに俺が訊いたのはニカドリーの弱みに繋がる、怒るのも無理はないか。
「分かった、それについてはこれ以上は訊かない。
だから二つ目の質問には答えてもらいたい。
...アンタが俺に渡した加護についてだ」
「.......。
ーーーー《紛争》ーー。
ーーーーー権能ー」
「『貴様に与えたのは《紛争》の一端。
即ち略奪の権能だ』」
「略奪?
どういう意味だ」
「ーーーーー。
ーーー」
「『《紛争》から外れた者にこれ以上教えるつもりはない。
後は己で調べることだ』とのことです」
このタイタン思ってたよりめんどくさいな。
信者に聞かれれば一発で怒るだろう事を頭に浮かべながら、加護について考える。
略奪、とニカドリーは言った。
要は奪う事なのだろうが何を奪うというのだろうか。
俺が感じる高揚感も異常な回復力も特殊な殺気についても説明がつかない。
...これ以上自分で考えても思いつかない、後で皆で考えるとしよう。
「ーーーー去れ。
ーー矛ーーーーー」
「『用が終わったのなら去れ。
我が矛で死にたくなければな』」
「応、短かったけど用件はこんなもんだ。
ーーただ最後に言っておかなきゃいけないことがある」
用件が終わったと判断したのか、ニカドリーは意識を俺たちから外す。
だが俺の発言を聞いて再び俺たちに、いや俺に意識を集中させる。
凄まじい重圧を発しながらニカドリーは俺の最後の用を待つ。
俺は一度深く深呼吸をして気持ちを整え、ニカドリーに目を合わせる。
「クレムノスから離れてから百年の間、色んな場所を旅してきた。
色んな奴らと出会って、戦って、殺しあってきた。
死にかけた事もあったし、全部が順調ってわけにはいかなかったけどさ。
それでも俺が今ここに居るのはアンタの、クレムノスのお陰だ。
ーーだからこそ俺は、俺たちはいつの日か《紛争》を乗り越える。
これが俺に出来るアンタへの恩返しだ。
楽しみにしておけ」
「........」
俺の宣言を聞いたニカドリーは何も言わずに佇むだけ。
それ以上の反応が返ってくることはなく、俺とトリノンは神殿から出る。
神殿の扉が閉ざされるまで、俺の背後にはニカドリーの視線が突き刺さっていた。
「...心臓に悪いですよポネウス。
あんな宣戦布告に受け取られかねないことを言うなんて。
ニカドリーが矛を向けてこなくて助かりました」
「悪いなトリノン。
でもクレムノスで鍛えて、ニカドリーから貰った加護が無ければ俺は多分ここに居なかった。
礼は言わなきゃいけなかったし、ニカドリーにとってアレが一番の恩返しになるって思ったんだ。
それにただの勘だけどニカドリーは襲って来ない気がしたんだよ。
何でかは分からないけど」
「もしかしたら、ニカドリーもポネウスと会えて感じるものがあったのかもしれませんね。
ポネウスにとってニカドリーが自身の大元だと感じるように、ニカドリーにとっても自分の一部を分け与えた存在ですし」
「あのニカドリーがそんな感傷に浸ることあるのかね?
...まぁそれならそれで悪くはないか」
多分、正気のニカドリーと会うのは今回が最後だ。
次に会うのは暗黒の潮に呑まれて今以上に歪んでしまったとき。
そんな気がするからだろうか。
正気を残したニカドリーが俺に何か感じることがあったのなら、そんなに悪い気はしなかった。
その後はトリビーたちに合流し、王城から出て街中を散策することにしたのだが...トリビーたちはやっぱり目を輝かせて辺りを見渡していた。
「さっきも思ったんだけど珍しいモノでもあったのか?」
「珍ちいモノってわけじゃないよ。
今までクレムノスには来た事なかったち、今はカイザーから休暇も貰ってるからいつもより気が抜けちゃってるのかも。
それにーー」
成程、と頷く。
確かに今までの旅でクレムノスは避けてきたし、今は火を追う旅のことも考える必要もない。
ならばトリビーたちがここまではしゃぐ事にも納得はいった。
だがトリビーはまだ何か理由でもあるらしくーーー。
「ここはポネウスの故郷でちょ?
そう思ったら色々気になっちゃって」
「...そっか。
じゃあ俺が出来る限り案内してみるか。
まぁ何処に何があったか覚えてないけど...俺も久しぶりに回ってみたいし」
そう言って俺とトリビーたちは連れ立って歩いていく。
こうして俺たちは黄金戦争の終わりを直接見届けることは無く、穏やかに色々な都市国家を見て回った。
人と人の争いは終わり、これからは人とタイタンとの争いが始まる。
千に分かたれたトリビーは十数人にまで減り、俺自身もタイタンの強大さは十分味わった。
だが俺たちはきっと、歩みを止めることだけはしないだろう。
ようやく一回目の火を追う旅に突入できる...
あとトリノンさんは今まで出番なくて申し訳ございません
これからも長々と続くでしょうがお付き合いいただけると幸いです